現在まで使用可能です。さらに、これらのアプリケーションプログラムの開発自体も研究業績 の
1っとして評価される点も見逃せないでしょう。
私の周りでは多くの人がコンビューターを意識せずに使っています。長崎大のコンピューテ ィングセンターも早くこうなってほしいと願っています。
コンビュータと私
薬学部
木 下 敏 夫
昨今のコンピュータの発達、普及はめざましく、好むと好まざるとにかかわらず生活の中に 深く根ざし、コンピュータのない生活は考えられなくなっている。このような状況の中で研究 を行う上でも、種々の補助的な手段として手軽に用いられるようになって来ている。ここでは、
私がこれまでコンビュータを何に、どのように利用して来たかを簡単に述べてみたい。
私がコンピュータとかかわりをもったのは、
1971年に分子軌道法
(MO)のフォートラ ンプログラムの本が刊行されてからである。
MOには以前から興味を持っていたが、計算が複 雑で実際に応用することはなかった。それで、これを機会にコンピュータを使い、研究に関連 がある化合物について、種々の反応性を予測してみようと考えた。夏の暑い日
2‑3週間、当 時工学部にあったカードノ
4ンチ室に通い、本学部の松田先生と一緒に、ヒュッケル
MOの反応 性指数、
CNDO/II、
MINDO/IIなどのプログラムをカードにパンチした。リストを とりデバックし、カードのパンチをやりなおしてやっと
O Kが出たと思ったら、オーバーフロ ーのメッセージが出てコンビュータのメモリーの小さい事を思い知らされた。
MOでは分子中 の原子の数が多くなるにしたがって、必要とするメモリーが幾何級数的に増えるので、計算で きる原子数を減らし、コモン、セグメントのコマンドを用いても、一番簡単なヒュッケル
M Oで原子数
13個が最大限であった。これはナフタリン分子の計算はできるが、アンスラセン分 子ではもうメモリー不足で計算できないといった状態である。より複雑な
CNDO/II、
MINDO/IIでは、リストをとりデバックするだけで実際に計算することはとうていでき なかっ
7こ 。
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その後、 1979年に情報処理センターが設置され、コンビュータもFACOM M‑18 OIIAD という最新の機器が導入され、これまでの事情は一変した。プログラム、データの 入力や訂正がCRTの画面を見ながら簡単にでき、しかも計算の結果はほとんど待たずにCR T上、またはプリンターに出力されるようになった。またメモリーの小ささに泣かされたMO
の計算は、 CNDO/II、MINDO/II でもある大きさの分子までは使用できるようにな った。その上、 1982年には大学問コンピュータネットワークに加入したため、大型コンビ ュータのライブラリが使用でき、その気になれば現在最も精度が良いといわれている
abinitio 法によるMOの利用も、本学からできるようになった。またこのネットワ ークを利用して、各大学にある種々のデータベースの使用が可能となったので、東大のセンタ ーにあるCAS(Chemical Abstract Search)、MOL(化合物名 と登録番号の対応ファイル)などを利用して文献検索を行っている。 CASの欠点の一つは、
ある化合物についての情報がほしい場合、その化合物の登録番号 (RN)がわからないと検索 しにくいことである。このような場合はMOLでRNを調べてからCASで検索するという手 聞がかかることになる。しかしコンピュータによる検索は速くて、 E確で、キーワードさえ適 当であれば文献の見おとしがないので有用である。 CASのサービスは東大のほかに、
J
01S (圏内、 J1 C S T)、D1 ALOG (アメリカJロッキード社)等でも行われているが、
東大を利用すると2/3‑1/3の費用で検索することができる。
1 9 8 2年末には、本学部のPC‑8801とセンターとの聞に、モデムを介して専用線で 接続され、センターのM‑180、東大のデータベースなどが容易に利用できるようになった。
つぎにマイクロコンピュータ(マイコン)の利用についてであるが、先に述べたTSSのタ ーミナルとしてほかに、1)個人用文献ファイル 2)化合物データファイル 3)核磁気共 鳴 (NMR)スペクトルのシミュレーションなどに用いている。これまでに集まった文献カー ドは30 0 0枚以上になり、その中から必要な情報を得るのに大変な労力を要するようになっ たので、マイコンの利用を考え、数年前からコンピュータに入力しやすく、しかも検索しやす いように項目の分類を種々検討した。試行錯誤の結果、 14の項目に分類し、有機化学の基本 である結合の切断、結合の生成、反応形式などで容易に検索できるようにした。
8
インチのフロッピーディスクを用いると、 l枚の中にプログラムと約3800件のデータが入れられる。
化合物データファイルは研究に関連した化合物の名称、分子式、物性などの項目に分けて、前 に述べた文献ファイルと閉じように利用している。 NMRシミュレーションは、複雑なカップ リングをしているスペクトルを解折したとき、その解折が正しいかどうかを確めるために用い ている。
以上、私のコンビュータの利用の一端を述べたが、今後も大いに活用したいと思っている。
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終りに、
TSS用プログラムは清木、芳本両氏によって開発されたもの(センターレポート
3
号 、
19頁)、文献検索用プログラムは柴崎(本学部)、戸)
11(附属図書館)の両氏によっ て改良されたのを基に、有機化学用に改変したものを用いている。ここに上記の各氏に感謝の 意を表したい。
最適設計とコンビュータ
工学部
小 西 保 則
私は大学を昭和
25年に卒業して
22年間民間橋梁会社に勤務し、そこで鋼橋の設計に携わ った。設計とは計画、設計計算、製図、材料表作成を行なうことである。
22年聞に約
100橋にも及ふ
e橋梁を設計して来た。当時は競争設計で
10数社が
l橋の受注のために凌ぎを削る。
少しでも軽い所が探用されて受注をする。設計条件として、橋梁の型式、支閥、幅員、橋種等 は決定している場合が多い。そして最も重量の軽い橋梁を設計する。之が即ち最小重量設計で ある。勿論当時は手動の計算機しかなく、合成桁の設計計算なら
2週間はかかる。せめて数橋 条件を変えて比較設計すればその内
1橋は最適なものが設計できる。それすら不可能で、
l発 勝負である。そこで
1位に成らなければ、例え
2位でも駄目である。考えて見れば今最適設計 の研究を行なっているが、最適値を求めるためには計算機の中で数百、数千の橋梁を設計して いる事になる。苦しいが懐かしい思い出である。それでも私が設計した橋が日本全国で今も見 る事が出来る。その当時今日のようなコンピュータがあったならと思う。
昭和
47年
4月長崎大学の土木工学科、土木構造研究室に赴任して、研究者として、従来の 経験を生かして、土木構造物(主として橋梁)の最適設計に関する研究を行なう事になった。
コンピュータを利用して、応力制限、たわみ制限、座屈防止のための部材の細長比制限等のも とに、重量文は費用を最小にするのが最適設計である。コンビュータによる数値解析を行なう 為、その使用法を覚えたのもその当時からである。以来今日に至る迄、
12年半にわたってた だ一筋、コンピュータを相手に対話のやり取りを行なって来た。
そこで色々な事を経験した。コンピュータは真に巨大馬鹿である。こんな事ぐらい判断して
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