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鈴 木 敏 則

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Academic year: 2021

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(1)

青 森 平 野 の 地 形 発 達 に つ い て

鈴 木 敏 則

l は じめ に

青森平野は. I968 年 5 月 16 日の マグニチ ュー ド 7 . 8 の十 勝沖 地産 . i969 年 8 月 24 日未 明の台風 9号 による洪水 と最近 2 つの大 きを災害に見舞われたOそ の災害状況 を調査 して み る と一土地性状に関係 してい る場合が少な くない) .そ こで.人間活動の主要舞台で ある沖積 平野について青涼平野 を例に とD,そ の地形区分や成 瓦 更 に発達 史を究 明 してみた。

I l 青 森 平 野 の 地 形 及 び 地 質

い) 地形区分及び地質 (第 1匡 l ) 第 1図 地 形 区 分 図

両 山地.丘疲

東 部.南部, 由部の 3 タ イ プV C分かれ るO東 部は東岳 (684 m) を中心 とす る山地で1第 3 紀 中新 世の安 山岩 .流紋岩等 で構成され I山地は壮年期的瞳格 を帯びる。 南部は鮮新世後期〜

洪頑世初期の ものと思われ る八 甲田山の噴 出物で ある石英安山岩質熔結凝灰岩が台地を形成 し

ている。 西部は漂高 60‑ 200m の丘陵をな していて ,開析 も進ん でいる。基盤 は鮮新世の

鶴ヶ坂層 よ b 在る。

(2)

( I ) 糎 岸段丘

この海岸段丘を主 として分布する地域の名を とって .高位面か ら三 内 面.石 江面,浪東 面に 分 けたo

HE 内面

三 内温泉 .元 新城.油川八十八 ヶ所墓所に見 られ ,か なb 開折を受けている。慮高 50‑ 65 mで暗赤褐色の粘土宜火山灰が上 v cのる。

( 可石江面

石江 .白旗野 ,大更 V C分布するもので ,塙 島20‑ 40m である。青森西高校 において沖積 面 との境 吃比高約 6 mの良丘 崖を形成する。 茶褐色の細〜 中粒砂が主体 とな し , 1 C 7 n 大の′ J 、 棟灰 色〜汲黄色枯土 をはさむ ,砂層 V qまク ロス ラミナが 発達 している0 50c mほ どの黄 褐色火 山灰 がの る〇

日 浪盛畏丘

安田.浪館,大 三内に分布するもの で,標高 10 m+ で比高 1 .5‑ 3 m の段丘 崖を形成 してい る。黄茶褐色〜 褐色の細〜 申渡砂で,小疎が湿る。 この面 も火 山灰でおおわれてい る。

( C) 河岸段丘

野内川中流右岸 の滝沢に滝沢段丘 ,下流部の 富田に宮田段丘 ,新 城川の鶴ヶ坂駅付近に嘘ケ坂 段丘が分布す るO レ 1 ずれ も′ 」 、 規 模であD,two一日Wing c‑ ユS P を形成してい る。滝 沢段丘 に虫い ては河 床か ら上 位面ま での 比高は約 4m ,上位面.下位面の 比高は l .5m であるO

( a . ) 扇状 地盤低 地

宮田炭 丘の前面に野内廟扶地性 低地が分布する。 扇状地ほ どの傾斜,高度差 を持ち得ず .沖頑 平野 との区 別は虜端ほ どつきに くいが .空中写真に よる色調の変化.構成物等の関係か ら扇状 地性の もの と考え .虜状地性低地 と名づけた。 しか し.これ を‑ ノラ/原とす る考え もあるが 広い範囲にわたって扇状 に堆積 している ことか ら,ノ、ンラン原 とは しなか った.ほ とん ど1C bm 大の疎 で構成され ,わずかに砂層をはさみ,粘 土資物がない。天田内 扇状地位低地は,前者 に 比べ小標で伊,粘土 質物 も多い。

( a) 古三角 州

荒) t l ・合子‑ ・横 内 川 に エ D形成れ 師 を受け ている。 傾縦 走 〜、 忘 で北加 傾 く0 1 .5‑2m の@質 ロームがの D,砂質粘土,シル ト 中〜租粒砂の互層が続 き ‑24m か らは 褐 色砂 疎 層に走るo

( I) 自然 境防

荒川 ,ノ、ツ役両部落がのる ものは河床か ら比高 1‑3m である。そのほか 古飴,小柳 .浜 舘, 大野,一 本松 に分布す る。

‑I5‑

(3)

伝) 浜夷

東部の八重田〜原別.西書取)沖密一新田に二列認 め られる. 前者は比高 1 ‑ l .5m 後者は 1m 未満だが .後者は姥間湿地が 400m と広vl .

酬 日河道

平野のいた る所に見 られ るが ,先の地産 で青森 碩橋の建物が半 展 したのは, ここを通 る旧河道 上に立地す るためである. この 旧河道は青森駅 商内か ら千刈 .信用町を通 b大野まで延びてV, る。

川 後背湿地

稔森.佃 ,桜川.花 園町,松原町,沖 虚尊に分布する もので ,地嚢に よる建物の崩裳,亀裂.

水害に よる被害の 集 中す る所である.

C 2 滞 川 ,駒込川 につV, て

八 甲田山系か ら発する荒川は榛高 200m 付近か ら巾約 400‑ 500m の谷底平 野を形成す る。駒込川 は田代平か ら発 し田代元湯付近か ら 200m の谷壁を持 っ Ⅴ字谷を形成 し標高 30 m

か らようや く谷底平野が東ける. 第 2 図に河床縦 断簡l * を示 したが ,歯込川は荒川に 比べ非常 に新 しい河川 とVlうことがで きる.

第 2 回 克 ) ・ J I , 釣込川河床縦 断曲歳

山 ⁝ い

i小

' 萌 '

( 3 〉 青森湾の海底地形

1.1 嘉

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‑ 叩 き

''^ 溝■

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Lヶ(q<・.(

水深 38 n付近 に海底段丘が認め られ ,段丘 崖は青森 におV,て 4m である. また奥内〜 油川 , 姫川河 口の水深 12m に比高 4m の急崖が見 られ るが .海蝕 崖と考え られる.

Ⅱ 青森平野の地下構造 ( 日 熔結凝灰 岩につV, て

青森平野 南部 の台地 を形成す る盾績凝灰岩政幸畑で地表下 15m に見 られ .大柳で上層が ‑ 50

‑ 80m, 下層が ‑1 10‑ 180m に分かれ るo これは幸畑,横 内.野木を結ぶ北東‑南西の走 向をもつ断層によるものである.下層は北 に 2‑ 30 の割合で傾斜 し.東西方向を見る と西 方 に 20 前後で傾 き.入 内断層 に エb 切断 されるO青森平野は このように二つの断層 に エ b切断

された肴造性盆地で北西 に痛 ち込んでい るo上層は海岸部で ‑86‑ II0m に見 られ ,現簸川

(4)

以 西には分 布 しなho

L 2) ポ ー1 )ング地質 に よる平野地 負各論 ( a) 第 1 膚

現簸川以東 では癖 轟廃灰岩 上層 にの る陸成 層で ‑75m まで 見 られ ,層厚 25‑35 mである。

砂 昧層が主 体で ,砂 質粘土 ,楳賀粘土 の所 もあるO 匝) 第 2 層

‑75‑ 65m に見 られ る海成層 で.青森駅 構内 ,NH Eにのみ見 られ る。 砂層.粘土層 よ D を D,見化石を含み ,屑厚 5‑ 10m ほ どである。

( C第 3 層

‑65‑55 m に見 られ る陸成層で砂 疎層 ,砂層,砂襟質 砧土層 で.層厚 5‑ I0 mほ どで あ るo

射 第 4 層

‑55‑40m に見 られ る海成層で且化石を含む。砂 層,砂賀 シル ト層 よD を D,層厚は 10

‑ 15 m で 参るo t e) 第 5 層

‑40‑30m に見 られ る陸成層で砂 喋層 ,砂 層 エD なD層厚 5‑ 10m である。 青森理科 セ ンター,浦町奥 野では上 部が後背湿地堆積 物 と思わ れ るど ‑ト混 b シ ル ト眉が 4‑ 8 mの 厚さ で分布す る。 第 5 層をおお って陸成埠嶺物 である浮石 屑が 3‑ 8 m ほ どの厚さで分布す る。 青 森 駅構 内 ,簸川以東か ら藤 田紐通 i )まで は浮 石屑が欠如 しているが ,旧荒川 ,旧劇込川 の 開析

V Cよる もの と思われるo ( f # 6 f S

‑25‑5mV C見 られ る海成層 で海抜 5‑6 m以下の 沖積低地を広 くお おい ,N 値 も O‑ 4 と 軟弱地盤 を形成す るo シル ト砧土砂 よ b 南 京され .層厚 20m に 遵するのは 砲床 ,花園町 ,秩 原町 な どの 後背湿 地 と去 ってい るところで ある。

( d第 7 層

‑ 5m 以 上 に見 られ る陸成層で現在の 平野 表 層 部を形成 してい て 6 ‑ 8 m ほ どの層厚 を もつ。

筒井, 松 原 町 ,浦町 .花 園町において , ラ グ ーン堆 積物と思 われ る ピ ‑ト 層・ ,ビー ト 混 i ) の シ ル ト層 が 1 ‑ 2mの厚 さ で分布する。

Ⅳ 青森平野 の地形 発達 ( I ) 海水面変 化 に二九 ハて

青森平 野の堆頑 層の変化及 び海底地形 等か ら グエル ム氷期以後の 海 水 面 変化につ いての試案を 第 3図に示 したO 縄文海 進v cつ . v l て払 野 内 ′, ' ッコノ 崎 の標 高 5 ‑ 6mの ノ プチが これを 物語

‑I7‑

(5)

る もの と推桑す るOまた ,押領 層の定義 につい ては ,約 l 万年 前に始ま った 縫丈海 進以後の堆 積 物 を沖積 層 と考 え. 第6.7 層が これ に当た るO

( 2 滞 森平野の地形 発達 第 3 図 ブ コレ ム氷期 以後の海水面変化 青森平野 は ,西部において膚ケ坂 層の堆積 ,南 ' '

′ ■ 部の 熔績凝 灰岩 に 上る山地形成 と.それ に続 く , ̲

入 内断層 ,北東〜 南西方 向の断層によD,鮮新世 ̀

‑ J t 未朗 よ b洪積世初 期にかけてほぼ 構造塩盆地 の ‑ J ● 骨組 が できあが った。 盆 地の凹部 には熔清廉 灰 ・ . ・ 岩 と交指状に青森盆 地膚 と仮 示され る堆 積物が ‑ ' ' T ; r J 厚 く堆戻 してL へき,この堆 積 と前後 して海岸 段 , . 丘 の形成が始まるO まず三 内段丘 ,次t J lで石 江 小

‑ l r 段丘が 形成され .石江段丘 に呼応 して滝沢河岸 段丘 .鶴 ヶ坂河岸段丘が 形成され た。そ の あと 浪嬉段丘の 形成が始 ま D.高 田古三角州が海岸

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部に発達 してい った。 やがて グエル ム氷期 の最大海 水面低下期が 釆たが .それ と共に第 1層が 形成されてい ったOその後海水面上昇期に入 9,第 1回の海進は ‑ 60 皿前後 で第 2 層が形成 されたO この第 2層は分 布状態か ら旧荒川 ,駒込川 の化石谷を埋 めて堆積 した もの と思われ る。

次 に ‑65m まで海退 し第 3 層が形成され た○ そ のあ と ‑35m まで海進 し,そ こで停 滞 し平 担面を形成 。 2 回 目の海退が 第 1表 地 形 区 分 対 比 表

お こ 9‑45m まで下 D,港 岸 段丘 を形成 したo その時陸 では 第 5 層が堆積 し.更にそ の上 に浮石屑 の堆勤 王 行われ た。その後縄文海 進が あD, 海 面は急激 に上昇 し+ 5‑ 6

皿ま で遺 した もの と思 われ . 第 6層の形成が行 われた。そ の際.‑ I2m で小規模 を停 滞 なt J l L は海退 がか こD.港 蝕崖が形成された。 天田内意

地質時代 地形 孟 代 表 的 地 形 面

海 成 陸 成

沖 Ⅴ 浜 姥 後背湿地 自然娃防

痩 旧 河 道

世 古 潟 湖

海 蝕 崖 天 田内扇状 地性 底地

讃 Ⅳ 海 床 段 丘

吐 浪 飽 段 丘 ( 藤沢段 丘 に対比) lOづ 高 巴 古 三 角 州 皿 石江段丘 ( 20 ‑4 0) 滝 沢 河 岸 段 丘 世 ・ ( 玉 捺段丘 に対比) 鶴 ヶ坂河岸段 丘

1 三 内段 丘 ( 5 〔 卜 60)

先四 第系 山地 .丘 顔

状地性低 地 がこの時形成され海 蝕崖 をお

I

Dてい る。 更に現 姫 川 河 口に海蝕崖 がは っき b 残

ている ことか ら,この 当時まだ姫川は存在 しなか った こ とが 知 られ るO また大野 , 小 柳 に 自然

(6)

堆防 が形成された0歳大海進時には現在の市境 地が全 部海面下に没 していたo海底 では浜姥が 形 づ くられていた。 やが て海 退朗に入 D,海水 面は 現在の位 直まで下が D, それ とともに浜 姥 が地表に現われ ,入 口をふさ ぐ形にな

i) .

筒 井 ,松原 .浦町 ,花園町,新 町V C広が る ラグ ーン が形成されたO この ラグーン形成後 ,荒 川, 駒込川は ラグーンV C直凄そそ ぐよ うにな D. この 埋めたてが始ま ったo これ v cよ b 現在の沖頑低地が形成され たが .このラグ ーンのあ とは後背 湿 地として残 った。

V 終 i )吃

以上 おお ざっぱ に地形発達につい て述べてきたが ,さ らに くわ しい・ ' #地形区分 ,火山灰に よる 段丘形成

労 内扇 状地kJ 底地か対比 .また氾直虎との頗係をどが今後の 魂頭 として残 った.

く 参 考 文 献 >

( 日 田鎖闇治 ( 19 81 . ) :青森 市域の水文地 質学的研究 弘前大学教育学部地学卒論 ( 2) 青森県 ( 1963 ) :青森県 地質説明書

( 3) 小西 ,安藤,菅野 ( I963 ) ' .青森平野の地下 永 通産省地質調査所

( 4) 水野冷 .堀 田報誠 ( 196 句 ' .十勝沖 地裏v cよる青森県の 災害 東北地 理 voL Z ]N o . 4 ( 5) 井 関弘太 郎 ( 196∂ : 沖積層に頗す るこれ までの知見第四紀研究 vo L 5 N o 3 ‑ 4 ( 6) 成瀬洋 ( 196 5 ) :海永準変化の 諸間癌 第四紀研究 vo l . 4 N Q . 2

‑ I9‑

参照

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