剣道における「面切り落し面」技の研究
田渕知歯*安東三次**田渕俊彦***
(昭和57年4月30日受理)
A Study of men−kiriotoshi−men in Kendo (Japanese Fencing)
Tomoyoshi TABucHI, Mitsugi ANDs and Toshihiko TABucHI
(Received April 30, 1982)
Men−Kiriotoshi−men is one of the most advanced skills in Kendo (Japanese Fencing). Two players in the posture of chudan−no−Kamae try to strike each other s men (head) almost at the same time. lf one of them wins by means of this skill (men−Kiriotoshi−men), the other gets his shinai (sword) thrown down to the right or left and his men
(head) hit as well.
We have made this study in the full conviction that this skill will become more teachable if all its component dy−
namic parts be theoretically explained, and that theoretical understanding will always help one to master this skill.
Apart from some emotional factors influencing this skill, we now try to explain from the following three aspects.
1) C6mparison between the grasping power necessary for this skill and those grasping powers needed for other offensive striking skills.
2)Tl皿e a且d timing necesary for this skill.
3) Physical dyna皿ics needed fQr this skilL
1 緒 言
剣道に「面切り落し面」という技がある。両者中段に構 えて億とんど同時に相互の正:面を打つのである。この場合 に双方相打ち(お互が面を打ち合う)のようになるわけで
あるが,若し,AとBと相対してお互に面を打ち合ったとき,Aがこの場合「切り落し」技を用いて功を奏すれば,
Bの竹刀は右(又は左)に切り落され,Bの身体全体で打
ち込んだ進行方向さえも右(又は左)にそれてしまうので
ある。しかも,ほとんど同時にAの打ちおろす竹刀はBの 面を打撃しているのである。いわばBはAの魔法の術にかかったようなものである。 「面くらった」という語源は案 外こんなところがらきたのではないかと思えるほどの技で
ある。
ところで,この技について古書を尋ねてみると「一刀流 *津山高専
**津山高専
***鏡野高校
極意」によれば,「一刀流は切り落しに始まり,切り落し
に終る」という教えを伝えている。1)また,「五点の次第」によると伊藤一刀齊景久が鐘巻自齊から許された最上 極意の技の玄理の一つであり,「真剣」として次のとおり 述べてある。
貫天地人之中心 直入敵回心 二二至極之位也。2)
また.一刀齊兵法箇条目録によれば「切り落し」とは.
敵の太刀を切り落して然る後に勝つというにあらず,石火 の位とも,聞に髪を容れずという処なり,金石打合せて陰 中陽を発する自然により,火を生ずるの理なり。切り落す とは,ともにいつの間にやら敵に当たる一拍子なり。陰極 まりて落棄を見よ。陰中陽ありて,いつの間にやら敵に当 りて心あるの理なり」。3)
また,不動智神妙録によれば「問に髪を入れずと申すこ との候。貴殿(柳生宗矩)の兵法にたとへて申すべく候。
間とはあいだにて候。物を二つ重ねたるきわへは,髪筋も
入らぬと申す義にて候。(中略)向こうの打つ太刀とわが
動きとの間,髪筋も入らぬほどならば人の太刀はわが太刀
津山高専紀要第20号(1982)
となるべく候。石火の機と申すことの候。これも前の心に ことは不充分であり,いわゆる,剣道の「心法」といわれ て候。石をはたと打つとそのまま、出る火なれば,間もす る部分の要素が多分にあるであろうことを承知しながら,
きもなきことを申し候。これも心の留まるべき間なきこと 敢えて実験を試みた次第である。その結果現象面から若干 を申し候。また速きことばかりに心得候へば悪しく候。心 の資料を得たので報告する。
を物に留めまじきというのがせんに候」。の
皿実験の方法 さらに,五輪書によれば「石火のあたりという事,石火
のあたりとは敵の太刀と我太刀と付合うほどにして,我太 1)実験期日
刀少しもあげずして,いかにもつよく打也。是は足も強 第1回 昭和55年1月24轟 く,身もつよく,手もつよく三所をもつて早く打つべき 第2回 昭和56年11月29日
也」。5)と述べてあり,高野佐三郎範士の「剣道」には 2)被検者
「露の位。石火の位。半鐘の位。」として説明がなされて 第1難
いる。6) 岡 憲次郎 剣道教士八段 現警察大学教授 以上のごとく, 切り落し技 は,古来より高度な技の (全日本剣道八段指定選手権優勝者)
極致として修練に修練を重ねてきたところであり,流派に 滝山 勇 剣道教士七段 岡山県高体連委員長 よっては「割り面」,「弓打ち」,「切り割り」,「丸橋」 (ま (全日本教職員剣道大会団体第3位)
ろぼし)などの名称は異っているが同一の技であり,現 第2回
在,剣道界高段者の稽古においても,最も貴重な技の一つ 岡 憲次郎 駆上
として常に追求されているところである。 八木 昭生 剣道五段 岡山朝日高校教諭 そして,この「切り落し技」は,いわゆる心,技,体一 3)実験手順
致の技であり,古の修業者は堺町苦行し,思考錯誤を重ね 第1回
て,初めて修得しえた技である。 被検者は一足一刀の間合から「正面打」,「面すり上げ われわれは,この技の一部分でも科学的な立場からその 面」,「面切り落し面」をそれぞれ5回ずつ打撃した。こ 原理が解明できれば,他者にも比較的容易に伝達可能な の場合竹刀形把持力計(竹井機器製)を使用して,各打撃
「技」に変換されるであろうと考えたのである。すなわ 動作にともなって,2指(人指指)、3指(中指),4指
ち,目的動作に対する原理的理解をして練習に入った者 (薬指),5指(小指)の握力(把持力)がどのように関 は,そうでない者より技術の修得が著しく容易である。こ 与しているかを計測し,同時にリニアコーダー,マーク皿 のことが実験的に証明されている7)からである。 (渡辺測器製)に接続して各打撃動作における各指の把指 このような観点からわれわれは剣道の「面切り落し面」 力と打撃時前後の時間的経過を測定記録した。
の技が単なる現象面のみの分析では,その本質を解明する さらにハイカム高速度カメラによる動作分析と時間的関
面 打 すり上げ面 切り落し面(右手) (左手) (右手) (左手) (右手) (左手)
麺羅灘醸髄瀟議羅欝灘藪盤爵
1
惹.
慰
1・・タ
塾︑
L 」 L
総 uut
毎
・=・
@魏
垂i・{ 惣=嘔琴曼・1Ps1:毒塵
曄‡早 讐 ﹁萎.阜喫
滋灘鰍.購轡鱒幽:1.渥:. ll ・
Photo 1 各打撃動作におけるリニアコーダーの記録
係を明らかにするため撮影を試みたが採 光不足のため鮮明な映像が得られなかっ たため,更に2回目の撮影を試みた。
第2回
ストロボビデオ(ソニー製)により竹 刀並びに木刀による「正面打ち」, 「面 すり上げ面」, 「面切り落し面」の各動 作を撮影し各動作の比較分析と,その所 要時間の測定を行った。
皿結果および考察 1 各打撃動作の握力と「面切り落し
面」の握力の考察
竹刀把持力計の構造は一般的握力測定
器そのものに竹刀を挿入したものであり,2指,3指.4指,5指がそれぞれ 柄の握り部分に対して直角に輪切りにな っている部分に各指をかけて,これを握 りしめることによって,各指の握力が測 定されるのである。しかし,剣道におけ る柄の握り方は各階とも柄の長軸に対し て直角に握ることはあり得ない。すなわ ち剣道の正しい竹刀の握り方をすれば,
隣りの指の測定部分にも力が加わった り,5指については「柄がしら」の測定
不能の部分に指がかからざるをえないな ど,この測定機による剣道の把持力の数 値は極めて不正確であるといわざるを得 ない。最近報告された剣道打撃動作時の 胆力のの分析における数値は残念ながら 信愚性を欠ぐものであることを指摘して おきたい。ただ,打撃前,打撃時.打撃 後などについて,各指の握力の傾向と,
左右比較対照の資料としては許容される ものと思われるので,これについて考察 してみたい。
漬 被検者 種目 面打ち すり上げ面 し面 切り落
T o T o
o
一X
SD
囲X
SD
騨X
SD
層X
SD
文
SD
3 指
呼 左
4.60 O.346 3.80 O.572
7. 50
O. 668
6.37 O. 794
4 指
右 左4. 10
O. 141
2. 77
O.208
5. 00
O.816 3.23
10. 83
O.238 9.23
3.07 O.548
2. 93
11. 00O.294
8. 67
O.100
O.835
4. 77
O.420 O.918
8. 07
o. ooo
8. 87
O.420
9. 80
O.4121 1,745
3. 77
O.341 8.80 o. ooo
5 面
出 左
5. 67
O.574
7. 07
O. 759 3.93
O. 420i
3. 67
O.216
3. 77
O.412 1.17 O.238
8. 07 1 4. 37
O. 7591 O.173
7. 53
O. 129 2.97 o. ooo
合 計
右i左
14.371 2,243
x..i×
13.641 18.71
xlx
11. 84
×
14.23
×
16.07
×
20.87
×
23.40
×
19.84
×
Tabte 1打撃までの最高握力(kg)
2109876543219111
k
面
すり上げ面一一一
切り落し。一一一一・一・一一
右手
灰/ノ
︑
@ 3指 @こ
12
h1098765413Zひ㎏ 左手 x
x
一 t
︑︑︑︑ ︑
︑Photo 1は,正面打ち,すり上げ面,切り落し面をリニ アコーダーマーク皿で記録したものである。(縮写約垂)。
最小の一撃の横線は0.02秒であり,縦線は0.SKgである。
各打撃動作とも左手の第2指が計器の故障で計測ができ
なかったのが残念であるが.剣道の竹刀の握りにおいて,
3,4,5指の役割が重要なことから,これらの指の握力
を左右対照にして検討してみたい。なお,上端の直線の中 の震動の部分は竹刀の打撃時点の信号マークである。
1)打撃までの最高握力
Photo 1の各打撃動作におけるリニ・アコーダーの記録の
4 5 3 4 5
北下 三指指
Figユ打撃までの最高握力
数値をまとめたものがTable 1である。左手,右手の握力 を比較してみると各打撃動作とも,右手よりも左手に大幅 な握力の増加がみられる。
Fig.1は被検者0氏の各動作における最高握力をグラフ
にしたものである。
右手と左手を比較してみると,右手には5指が最も強く 作用し,左手は3指4指が強く作用している。これはそれ
ぞれの三つの打撃動作に共通して現われた傾向である。剣
道練習者の平素の注意点として,左手の5指はしっかり握ることとされているが,むしろ3指,4指が強い握力を示
津山高専紀要第20号(1982)
していて,左手5指の握力は右手と比較して逆に弱くなっ
ている。これは竹刀を振りかぶる時点で右手5指に力が加わり,左手は母指球のところに力が加わっているものと思
われる。2)打撃時の握力
時にも移行している。そして面打ちの場合よりも,右手,
左手ともに強い握力が加わっていることを示している。
2)面すり上げ面の握力
Table 3およびFig.3のすり上げ時の握力をみると,相
手の竹刀をすり上げるために右打の5指が大きく作用して躯 幹者
種目 面打ち し面 切り落
o o
旛X
SD
一X
SD
3 指
右 左4 指
右 左2. 00
O.283 3.83 O.289
4.27 [ 1. 03
O.216i O.332
6. 66 1 2. 20
O.3321 O.082 3.43 O. 100
3.90 O. 163
5 指
右 左
5. 83
O.216 4.40 O. 141
O. 97
O. 100
1. 56
O. 790
合 計 右 左
8. 86
×
10.43
×
8. 67
×
12. 12
×
12
P110987654321㎏
右手 面
Table 2打撃時の握力 (晦)
切り落し一一一一一一一
ノ
/
/7
12
P110987654321㎏
左手
N N x N.
N x N
xx N
xx
N10
X87654321㎏
右
右
N N N
、、!ノ:3 4 5 3 4
ま旨 }旨 才旨 手旨 才旨
Fig.2打撃時の握力
打撃時の握力はTable 2, Fig.2である。この打撃時の
握力は右手5指を除いては,すべて強い握力をもって打撃している。これは,打撃の時点ではFig.1の竹刀をふり上
げるときと同様に,打撃時点においても1指のつけ根(揖子球)のところに力が加わっているものと推定される。
右手については打撃前の最高握力の傾向がそのまま打撃
N
s xN N
x x
N
左一一一一一・
左
︒
5指
T
NO xT
3 4 5 指 指 指 Fig.3すり上げ面の握力
いる。とくに被検者0氏の場合は極めて顕著である。これは,相手の竹刀が自分 の面に相当接近するまで中毅の構えを保 持していて,しかるのちにすばやくすり 上げ動作が行なわれるための握力と思わ れる。これは,Photo 2における(B)か ら(G)にみられるとおりである。
3) 「面切り落し面」の動作の握力
「正面打ち」の動作と「面切り落し面」の動作は,形の うえでは殆んど同じようにみられるが,Table 1にみられ
るように握力,さらにFig4にみられるところの打撃前の最高握力から打撃などの時間(スピード)について,甚だ 異なるところがあった。
すなわち,Table 1の打撃までの最高握力につ
図分 濠
被検者
T o
文
SD
一X
SD
3 指
右 左4 指
右 左5. 16
O. 624
3,17 1,500
3.33 1 2.00
O.9431 O.883 4.83 : 2.83 O.8541 O.238
2. 16
O. 238
4.27 O. 759
5 指
右 左
4. 03
O. 968
7. 60
O. 432 O. 80
O. 191
2.26
O. 526
合 計 右 左
11.19
×
13.60
×
6.29
×
11.33
x
Table 3面すり上げ面の時の握力
いても, 「面切り落し面」のときが「正面打ち」
のときより,左手5指を除いてすべて強い握力を
示している。このとき左手5指の握力の低下は,
打撃に際して竹刀の刃筋,方向性を維持するコン トロール的役割を果すための結果か9),この測定 器による不備のものか不明であるが,おそらく,
前者であろうと推定される。
つぎに,Table 2の打撃時の握力については,
右手5指以外は「面切り落し面」の場合がすべて
(A)
(E)
(B)
(F)
(c)
(G)
(D)
Photo 2 「面すり上げ面」の打撃動作
強い握力を示して「面切り落し面」は「正面打ち」よりも,
打撃までの最高握力については右手約18%,左手約6%増 加を示し,打撃時の握力についても,右手18%,左手40%
の握力の増加がみられる。これは,面切り落し技が,正面 打ち動作の中に相手の竹刀を切り落す動作が入るために,
検者 種目 3匠 渋
指 4 指15 手
﹄日握力の増加は当然と思われるし,Phote 3のとおり大きい 技でしかも,短時間の打撃動作が行われるために,一段と 強い握力を必要とするものと推定される。
2 時間的,タイミング的立場からの考察
被検者0氏の,面打ちと切り落し面の最高握力から打撃
Table 4面打ち し心 切り落
o
o
右1左
剛X
SDト
O. 09
O, 005 O. 11
O. 0941
右1左障 左
薗X
SD
O.27 O. 047
O. 05 1 O. 08
O.005, O.OOO O.20 O.002
O. 12
O. 057
O. 08
O. 13 O. 13
O.0471 O. ca7
O. 08
1 0.OOII O.OOI O. 08
o. ooo
合 計
右 左
O.49×
O. 33
×
O.36
×
O. 24
×
O.25
O.20
O,1
O.10
O.05 秒
Table 4打撃前の最高握力から打撃までの時間(秒)
右 ノ
\\\︑ ︑ ︑
︑/〃11
左 面打
一一一一一 リり落し面
O.15
O.10
O.05
秒
/3 4 5 3 4
5 指 指 指 指 指 指
Fig.4打撃前の最高握力から打撃までの時間(秒)
までの時間を比較したものが,
およびFig.4である。右手については,
3指が早くついで5指,4指が最も時間
がかかっている。これは右手4指が早く 打撃動作に握力を加えていることがわか る。しかし,左手については,大体時間 的には各署とも,あまり変らない。
そして, 「面打ち」と「切り落し」を 比較してみると,切り落しの場合が最高 握力から打撃時までの時間が極めて短か
い。これは,3)の握力の考察と併せて,切り落し面が早い動作で行われてい ると同時に打撃点での握力も強くなって いることを示しているものである。
Pheto 3は被検者0氏(左)がY氏の
面打ちを切り落して面を竹刀により打っ たところであり,「hじto 4は木刀による
「面切り落し面」である。
PLoto 3の場合の竹刀移動の残影がみ られるが,この時間は約0.03秒置ある。
1.0氏の「罐切り落し面」Total・time
(一般の反応時間でいうところの Reaction timeは含まず,単なるMuscular・timeである)は0.333秒
であった。この時間は過去の研究におい
(A)
(E)
(A)
津山高専紀要第20号(1982)
(B) (C)
(F) (G)
Photo 3竹刀による「間切り落し面」
(B)
(E)
(A)
(F)
(c)
(G)
Photo 4 木刀による「面切り落し面」
(B)
(E) (F)
(c)
(G)
(D)
(D)
(D)
Photo 5木刀による「面OJり落し面」を背後からの撮影
(A) (B) (c) (D)
Photo 6 一部を拡大撮影(Photo 5)
ても妥当な時間である。1。川)
2. Y氏の竹刀始動からO氏の竹刀にあたるまでの時間 は0.209秒であった。
3. Y氏の竹刀が始動後約0.06秒経てから0氏の竹刀が 動きはじめた。
4.相手の竹刀を切り落しはじめてから相手の面打撃ま での時間は0.06秒であった。
この0.06秒がいわゆる石火のあたり,間に髪を入れず と古来いわれているところの時間である。ただし,この場 合,被検者のストロボカメラによる,竹刀の始動,接触点 を測定したものである。
そして,この動作をみると大きく振りかぶり,相手の竹 刀を切り落している。このことについては,五輪の書に
「我太刀少しもあげずして,いかにも強く打つなり」と
は,はなはだ異なる点がある。しかし,0氏のPhoto 3およびPhoto 4をみれば判るように大きい技である。こ れは「一刀流極意」の技の解説に「相手がわが面を打ちに
くる竹刀にこだわらず,わが竹刀をさらに大きく,高く,
速かに振り上げ気力を満たし正しく相手の面に相打ちに入 口に一拍子に切り落す」1)。と述べてあり被検者0氏の場 合は全くこの解説どおりの動作といえよう。
Photo 4は木刀による切り落しであるが,「木刀で行え ば,竹刀の場合より容易である」と被検者0氏は語ってい る。これは竹刀よりも木刀,さらに刃引き(昔から日本刀 の刃を落して,剣道形,組太刀の練習に用いたもの)を使 用すれば,一一一一層この技は小さくても武蔵が五輪書に述べて いるように「小さく三所をもって切り落すJことも当然予 想されることである。
Photo 5および6は被検者の背後から撮影したものであ る。正面打ちの場合と全く同じように真すぐに振りかぶ り,そして,木刀の表(相手の木刀の左)に切り落してい
るところであるが,このとき,打ちおろす角度は,殆んど 無いといってよいほどである。写真の場合は相手の木刀と 相打ちになった瞬間であるからその衝激で角度が生じた程 度とみることができる。ただし,打ち下すときは相手の木 刀の鏑ぎを切り下ろす感じの「入れ刃」にて打つように一 刀流極意には述べてある13)。が,そのような「手の内」の 働きがなければ,相手の木刀(竹刀)がこのように鮮かに 切り落すことはできないと思われる。
3 「隅切り落し面」の力学的考察
打太刃 此所強し
〆\付べからず
此所弱し愛に付べし 此虚にて付べし
Fig.5高野佐三郎著(剣道)
遣太刀
高野佐三郎範士の「剣道」によれば,「遣太刀は打太刀 の一体を視,強きところ弱きところを視て,弱きところへ 附くべし」と遣太刀の付けどころをFig.5のように示して
いる14)。
これは,Phete 3,およびPhoto 4の(E)と全く一致し ている。このことについて,力学的立場から考察してみた い。竹刀の打撃が短時間作用する時の運動を簡単にするた め,竹刀を一様な棒の運動と仮定してみれば次のとおりで
ある。
Fig.6は打太刀を前方から見たものである。遣太刀が当
たる前には,竹刀は紙面に垂直方向にのみ運動している。
津山高専紀要第20号(1982)
F
tu
A
Fig.6
B唐太刀が右からP点に当たった後では,竹刀は紙面に垂直
な運動とともに紙面に平行な運動もすることになる。この
紙面に平行な運動は,竹刀の重心G(AG… BG)の並進運動と,G点のまわりの回転運動に分けられる。
竹刀ABの長さを1,質量をmとし,.G点から.xだけ離 れた点Pに右から遣太刀が当たる時,P点に働く力のAB に垂直な成分をF,この力の働く時間をtとする。そして
この力により,G点が速さvで左に働き, G点のまわりに 竹刀が角速度ωで左まわりに回転するようになるとする。
G点の並進運動については,力積が運動量の変化に等しい ことから,Ft=mvがなりたち, G点のまわりの回転運動 については,力積のモーメントが角運動量の変化に等しい ことから,Fxt=10ωがなりたつ。ただしIoは竹刀の重心 のまわりの慣性モーメントであるが,ここでは竹刀を一様
茎黙ヒ翠寸止野と表わされ乱以上
さて,竹刀がG点のまわりに角速度ωで左まわりに回転 しながら,G点も速さvで左に動くとき, G点からrだけ
離れた点Cが速さv で左に動くとすると,v ==v−rtUがな りたつ。そして,もしv・=rtoであれば, v =Oとなり,こ
の場合はC点は静止することになる。ただしここで言う静止とは,紙面に平行な方向の静止であって,紙面に垂直な
方向には今まで通り運動している。0=緬のωに,先に求臨議響巌蒲姦飛翫
G点からrだけ雛れたCは紙面内では動かないということ
になる。竹刀は紙面内では,C点を中心に回転する。従っ
て,竹刀を握る手の位置がC点にあれば,竹刀は最も回転 12
のときはC点は動くので,手の位
しやすい。また劣≒
12r
置がG点にあれば,手が竹刀に及ぼす力は,C点の運動を
妨げる向きに働くので,竹刀は回転しにくくなる。
{購欝鱗1壽1鴛1
以上の考察から,遣太刀が打太刀に当たる位置として
は・打太刀の繍から大体告ない・去の瀞最も蘇的で
あることがわかる。
要 約
剣道における「貸切り落し面」という高度な技を科学的 な立場から分析して,この技の原理的理解を得ることがで きれば,技術の習得もより容易になり,他者にも伝達可能 な技に変換されるであろうと想定した。そして現代の日本 剣道界で若手円熟者の一人,教士八段,岡 憲次郎氏を被 検者に依頼して実験を試みた。
その結果は次のとおりであった。
1. 「面切り落し面」の握力について
面切り落し面は,動作のうえでは正面打ちの動作とあま り変らない技である。そこでこの二つの技を比較してみた 場合
1)打撃までの最高握力では,切り落し技の場合左手5
指をのぞく,すべての指が強い握力を示している。右
手においては約18%,左手においては約6%の増加であった。
2)打撃時点の握力では,切り落し技の場合,右手5指
を除く,すべての指が強い握力を示している。右手に おいては約18%,左手においては約40%の増加であっ た。
3)1)の場合の左手5指,2)の場合の右手5指は共 に振りかぶる動作のときには左手母指球に,打撃時に は左手の母指球に力が加わったためか,それぞれの5 指は円運動の方向性をコント.ロールをする役割をして 本来握力をあまり必要としないのか,あるいは本実験 測定器の不備によるものか不明である。
2. 「面切り落し面の時間,タイミングについて 1)0氏のTotal time(Muscular time)約0.333秒であ つた。
2)相手の竹刀始動から0氏の竹刀に当たるまでのTime
は約0.209秒であった。
3)相手の竹刀が始動してから約O,06秒後0氏の竹刀が
始動した。
4)相手の竹刀を切り落してから正面打ちまでのTime
は約0.06秒であった。いわゆるこれが石火の位,間に 髪を入れずの時間がこれであった。
3.力学的立場からの考察
1)遣太刀が打太刀を切り落す位置としては,打太刀の
先端から約告ないし去の点が最も効果的である。
2)遣太刀の動作は,Photo 3およびPhote 4を見るか
ぎりにおいて,極めて大技である。
以上「面切り落し面」技の現象面を科学的立場から分析 を試みたのであるが,剣道の技の追求には,必ず「心法」
がある。最後に平山子竜の「剣徴」15)を附記して要約の参 考にしたい。
「荘子の説剣fi16)に,それ剣をなす者は,これに後れて 発し,これに先んじて至ると。言う心は,この五尺の躯殼 を敵の餌にして,じりじりと仕掛くれば,いやとも敵より 刀を打ち出すゆえ,敵の末勢を受けて,一ひじきにするゆ え,後るれども先立つに同じ。この趣旨筆舌に述べ難し。
躬行実践して自得すべし。悪く心得へば七分三分で打つ
の,或は四分六分の所で打つのという。これは勘定算盤の
つもりなり,一足切断の場に立ちてあにこのことあらんや」
本実験にあたり,警察大学教授 岡 憲次郎先生には,
再度にわたり,被検者として,また助言者としてご指導を
いただき,岡山県高体連剣道部委員長 滝山 勇先生,津 山市教育委員会 藤田長久先生,岡山朝日高等学校 八木 昭生先生に格別のご協力をいただきました。
また本校一般学科助教授 堀 悦男先生には,力学的立 場からのご指導を賜わりました。ここに謹しんで御礼を申 し上げます。
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笹森順造 笹森順造 山岡鉄舟 沢庵禅師 宮本武蔵 高野佐三郎 小野三嗣他
(1980)
林 邦夫 林 邦夫 田渕,安東 田渕,安東 笹森順造 笹森順造 高野佐三郎 平山子竜 墨東 玄
参 考 文 献
一刀流極意(正進社印刷)429p(1665)
一刀流極意(正進社印刷)470p(1965)
一刀齋兵法箇条目録(1836〜1868)
不動智神妙録(石火の機)(1629)
五輪書(水の巻)(1662)
剣道(剣道発行所)238p(1915)
スポーツトレーナー教:本(2級)153p 日本武道学会報Noユ3 (1979)
日本武道学会報No.13 (1979)
津山高等専門学校紀要一巻5号(1967)
津山高等専門学校紀要二巻1号(1968)
一刀流極意(技の解説)359p(1965)
一刀流兵法十ニケ条目録(1965)
一刀流聞書220p(1915)