ISBN 0288-0911
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虞宗連合準舎研究紀要
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﹁浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察
||他者との関係性をめぐって||・ ・ ・
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||二種深信を中心としてll
真宗相承に見る五念門の意義
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﹃安楽集﹄の三身説に関する一考察::::::龍谷大学
||惰代諸師の三一身解釈との比較を通してll
無明についての蓮如上人の御教示
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||ビハ l ラ に 学 ぶ | | | 邑 岡 ←t三L 豆王 秀︵一︶ 品 木 淳 善 ︵ 一 六 ︶ 殿 内 長 谷 川 岳 恒 ︵ 一 一 九 ︶ 史 ︵ 四 七 ︶ 智 谷 公 和 ︵ 六 四 ︶西
野 村 伸 佐 々 木 瑞 慶 津 晃 教 恵 ︵ 七 七 ︶ 夫 ︵ 九 四 ︶ 軍 云 ︵ 一 己 ] ︶ 隆 ︵ 二 八 ︶光明本と﹃尊号真像銘文﹄
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浄土三部経諸註釈における一考察::
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道徳教育と宗教::
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||浄土真宗の立場から|| 藤 谷 信 四 清 一 ︵ 一 四 ニ ︶ 辺 派 八 力 麿 超 ︵ 一 六 回 ︶ 団 派 堤真宗と靖国
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||真宗門徒にとっての靖国問題とは何か||新出の親鷺真蹟をめぐりて
・ ・ ・ 大
近代の真宗と真俗二諦
1 1 梅原真隆を通して||尾
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星野元豊氏の親鷺浄土教理解:::
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||滝沢克己氏との関連において||﹁
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||戦時期・暁烏敏の教説をめぐって||伊藤証信の
﹁無我愛﹂運動と真宗
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史 ︵ 一 七 八 ︶ ( ブL 亡コ ) 文 ︵ ニ 口 四 ︶ 青 ︵ ︵ 三 八 ︶ 仁 ︵ 二 四 五 ︶ 谷 派 福 島 栄 寿 ︵ 一 一 五 九 ︶清
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田 代 俊 孝 ︵ 二 七 六 ︶ 安 冨 信 哉 ︵ 二 八 九 ︶ 谷派前田恵問子︵一一己四︶︿ 記 念 講 演 ﹀
真宗連合学会の願いとその歩み
千 葉 乗 隆 平 松 令 名 畑 学 l』 葉 報 Z』 Z三三 貝 異 動 ( 三五 ) 出 一 小 ( 互三 ヨ玉 ) ( ー ) 五﹃
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国土荘厳に関する一考察
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他者との関係性をめぐってーー
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現代社会における浄土の位置づけ
我々の救済の﹁場﹂として見出された浄土は﹁仏説無量寿経︵以下﹁大経﹂︶﹂において、 世尊、我無上正覚の心を発せり。願はくは仏、我がために広く経法を宣べたまへ。我当に修行して仏国を摂取 し清浄に無量の妙土を荘厳すべし。我をして世において速やかに正覚を成じ、諸の生死勤苦の本を抜かしめた ま へ 。 ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 七 頁 ︶ と説かれるように、法蔵菩薩が我々の救済を願われ、 それを実現する﹁場﹂として﹁国・妙土﹂として荘厳された ものである。そして法蔵菩薩は四十八願を建立され、不可思議兆載永劫に諦土を荘厳され、浄土が成就して自らも 正覚を取られ我々衆生を救うと説かれている。それは自ら仏に成ることも、衆生を救うことも、浄土を荘厳するこ とにより満足されるということである。即ち浄土を荘厳することにおいて、自利利他円満するということである。 しかしながら我々現代人の多くにとって浄土とは漠然としたイメージであり、所謂通俗的な﹁死後の世界﹂として ﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察﹁浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 しか想起されない。 さらには浄土という言葉そのものが、既に死語となりつつある。 現代人の捉える浄土の特性には二つ側面がある。 一つは﹁都市﹂という人工空間で合理性と客観性を生活の拠所 としている現代人にとって浄土は極めて神話的な世界観として説かれ、到底信じられるものではないという側面。 そしてもう一つは合理性と客観性を拠所としながらも、依然として﹁死後の世界﹂という浄土観を根深く有する側 面である。この相反する二つの側面を内包しているのが現代社会の特性である。 かつて鈴木大拙氏は浄土三部経に 説かれる浄土について 浄土がいかにも物質的・肉感的・感覚的に描かれるので、何だか嫌になる。 それから、西方十万億土などと、 方角を定め、距離を限定して、たといそれが甚だ﹁不限定﹂なものであっても、とにかく、数字を並べて あるのが、不可解といわれる。 ﹃ 浄 土 系 思 想 論 ﹄ ・ 二 九 七 頁 ︶ と指摘している。鈴木氏の指摘のごとく、荘厳された浄土は﹁いかにも物質的﹂である。 そこに我々が浄土を神話 化し、或いはまた別世界︵死後の世界等︶ として実体化する具体的な相がある。 では現代人にとって浄土は最早単 なる神話的な世界としての意味しか持たないのであろうか。 しかしながらそこには必然性があるはずである。すな わち浄土が﹁物質的﹂・﹁実体的﹂に説かれるところに、浄土が荘厳という形で表現される意義があるといえるので はないだろうか。その因由は我々の虚妄性にあるのではないか。したがって﹁国・土﹂として荘厳される浄土を明 らかにすることは、我々衆生の虚妄性が明らかになることと、決して別のことではない。この点に浄土の救済論理 が確認されるのである。 浄土が荘厳される必然性と我々との関係について安田理深氏は、 我々は社会というが、これは畢寛浄土の問題ではなかろうか。浄土ということは仏道の問題であるけれども、 浄土のない仏道は二乗である。宗教的エゴイズムである。浄土なくして人間は成立しない。
﹃ 安 田 理 深 選 集 ﹄ 第 九 巻 ・ 一 二 三 O 頁 と指摘している。我々の現代社会の問題は、浄土荘厳の中に見出され、 それは社会の問題として止まらず、人間成 立の根源的な問題として見出されてくるのではないか。 では現代社会は浄土の荘厳に具体的にどの様な問題を見出 すことができるのだろうか。 以上の様な問題意識から、現代社会を振返ったとき、我々の生活の場は﹁共に﹂ということにおいて深刻な問題 を抱えている。それは﹁コミュニティの崩壊﹂という問題である。この﹁コミュニティ︵
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ロ 巳 弓 ︶ ﹂ と い う 語 の可。5
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﹂ は ﹁ 共 に ﹂ の意味を表している。このことからコミュニティの語には﹁共同体・共同社会﹂等の訳語 が多く用いられているのである。この﹁コミュニティの崩壊﹂は人聞が生きてゆく為の基本的な﹁共に﹂という他 者との関係性の喪失を意味しているのである。この他者との関係性の喪失は現代の特徴的な問題として捉えられて いる。しかしこの問題は現代社会のみが抱えている特徴的な問題ではなく、我々が他者との関係性において根源的 に抱える問題ではないかと考える。 現代社会におけるコミュニティの崩壊 コ ミ ュ ニ 一 ア イ ︵8
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︶ とはもともと社会学で用いられる概念で、学者によってその定義は様々であるが、 コミュニティの基礎は、地域性と共同性にあるという点ではかなりの一致をみているだろう。このコミュニティと いう言葉を広く社会に認知させたのはマツキ l ヴァ l ︵ 周 忌 ぬ 三 宮 。 三 一 由 。 ロ 冨R
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N H C 弓 ︶ である。このこと について社会学者の青井和夫氏は、 アメリカで一九二0
年代のコミュニティ解体時代に﹃円。E
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吉 区 内 包 ∞ 苫 身 ー ︵ 早 口 ︶ ﹂ と い う 有 名 ﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 四 な 本 を 書 き ま し て 、 それから社会学では地域社会のことをコミュニティと使うようになった思うんです。 ﹃ コ ミ ュ ニ テ ィ ﹂ 四 0 ・ 二 ハ 頁 ︶ と指摘している。さらにコミュニティ崩壊が問題視されはじめた時期について青井氏は、 一 九 二
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年 代 ︵ 中 略 ︶ ち ょ う ど 農 業 就 業 人 口 が コ 一O%
を割る前後なんですね。日本も農業就業人口が三O%
代 にコミュニティの解体がはっきり意識されるようになります。︵中略︶ 日本は時期的にはだいぶ遅れまして、 戦後いろいろな社会変動をへて大体一九六0
年代になってこのような現象が起きたのだと思います。 ﹁ コ ミ ュ ニ テ ィ ﹂ 四 0 ・ 二 ハ 頁 ︶ と指摘している。農業就業人口三O%
におけるコミュニティ崩壊の危機感は、地縁・血縁を基盤とする農村コミユ ニティ崩壊の危機感である。それは都市化により農村から都市へ﹁生活の場﹂が転換したことを意味する。この転 換の背景には排他的な地縁・血縁コミュニティを脱却し、都市の匿名性を希求するという側面がある。都市の匡名 性への希求を原動力とする﹁生活の場﹂ の転換は深刻な問題を社会にもたらすことになる。芦原義信氏は、 都市化が進めば進むほど、戦前やさらには江戸時代のような地縁的な人間関係の深いコミュニティは消失し、 生も死もそれぞれの専門家にまかされ、人間本来の使命感や全体性を見失いがちになるのである。 ︵ ﹃ 続 ・ 街 並 み の 美 学 ﹄ 一 一 O 頁 ︶ と指摘している。この問題は単なる都市構造的な問題に止まらず、﹁生・死﹂の問題を身近な﹁場﹂から排除し、 ﹁人間本来の使命感や全体性﹂という我々人間存在の意味の喪失にも繋がるような深刻な問題意識の喪失へと展開 する。これは身近な﹁生活の場﹂から、宗教的・精神的性格を排除することを意味する。 地縁・血縁コミュニティ崩壊による危機感は新たな都市コミュニティ形成の必要性を論義する契機となった。我 が国では一九六九年に国民生活審議会が次のようなコミュニティの概念規定を行っている。生活の場において、市民としての自主性と責任を自覚した個人および家庭を構成主体として、地域性と各種の 共通目標をもった、開放的でしかも構成員相互に信頼感のある集団をコミュニティとよぶ。この概念は近代市 民社会において発生する各種機能集団のすべてが含まれるのではなく、 そのうちで生活の場に立脚する集団に 着 目 す る も の で あ る 。 ﹁ 都 市 計 画 ﹂ 九 一 頁 ︶ この提言はその後のコミュニティ計画推進の端緒を拓くものであった。ここで着目すべきは我々社会に発生する 様々な﹁各種機能集団﹂等の﹁他者との関係性﹂全てをコミュニティとは定義しないということである。 ティとは﹁生活の場に立脚﹂した他者との関係性であることをその基本概念とするのである。すなわち﹁場﹂と ﹁他者との関係性﹂は不可分の関係にあると定義されているのである。
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場と他者との関係性を喪失した現代社会
我々の﹁生活の場﹂である都市は、基盤整備も整い、近代的高層ビルも建ち並ぶ、衛生的で﹁豊かな﹂都市環境 と感じられる側面がある。しかし一方では、西欧と日本の都市比較において、日本の都市の﹁貧しさ﹂は常に指摘 されることである。日本の都市の﹁貧しさ﹂を指摘されるとき、常に主眼とされるのは日本の都市におけるコミユ 二 一 ア イ の 喪 失 で あ る 。 上 回 篤 氏 は コ ミ ュ ニ テ ィ と い う の は 、 一種の地域共同体であるが、確かに日本の都市には市民の聞にそういう共同意識と い う も の は 少 な い 。 ︵ ﹃ 日 本 都 市 論 ﹄ 五 一 二 頁 ︶ と 指 摘 し て い る 。 コミュニティを喪失させる日本の都市という﹁場﹂はどの様な性格を有しているのだろうか。そ のことについて芦原義信氏は、 ﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 五﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 ム ノ 、 そこでまず第一にとりあげられるのは、都市空間における自己の滅却であり、個人は大きな空間の全体性の中 に溶けて平均化してしまうというわが国独特の性格をあげることができよう。 ﹁ 続 ・ 街 並 み の 美 学 ﹄ 三 六 頁 ︶ 日本の都市化推進の背景が、都市の匿名性への希求を原動力とした﹁生活の 場﹂の転換だからである。現代社会は農村の地縁・血縁コミュニティを排他的な﹁煩わしい﹂ものとして﹁場﹂と と指摘する。これは前述したように、 ﹁他者との関係性﹂を放棄し、﹁自己の滅却﹂と﹁平均化﹂という匿名性を希求したのである。この匡名性の希求 は、芦原氏が指摘したように、﹁生・死﹂という人間としての宗教性・精神性の放棄ともなる。そして日本の都市 は身近な﹁場﹂から宗教性・精神性を排除するという特性をもつにいたるのである。 では我々は新たな﹁場﹂を都 市に見出したであろうか。 日本と西欧との﹁場﹂を比較したとき、西欧の都市では、教会や市庁舎が広場に面して配置され、都市の中心と いうものが核として存在している。 ロラン・バルト氏は西欧の﹁場﹂ の も つ 中 心 性 に つ い て 、 いっさいの中心は真理の場であるとする西欧の形而上の歩みそのものに適応して、 わたしたちの都市の中心は つ ね に ︽ 充 実 ︾ し て い る 。 ︵ ﹁ 表 徴 の 帝 国 ﹄ 四 三 頁 ︶ と指摘している。西欧都市には中心としての﹁場﹂が明確に位置づけられているのである。そこは﹁真理の場﹂で あり、同時に人々が集い﹁他者との関係性﹂を築く﹁場﹂なのである。その中心は﹁真理の場﹂として宗教的・精 神的性格を有している。 では我々の都市の中心は如何なる性格を有するのだろうか。日本の都市の代表である﹁東 京﹂についてロラン・バルト氏は、 都 市 ︵ 東 京 ︶ は、次のような貴重な逆説、︽いかにもこの都市は中心をもっている。だが、 その中心は空虚で ある︾という逆説を示してくれる。 司 表 徴 の 帝 国 ﹂ 同 三 頁 ︶ と興味深い指摘をしている。既存の﹁場﹂を放棄することによって都市化を進め、新たな﹁生活の場﹂として選ん
だ都市は、単なる構造としての中心性を有するが、﹁場﹂としては何ら機能しておらず、そこは﹁空虚﹂であると する。この﹁場﹂の﹁空虚﹂さは、都市の様々な﹁生活の場﹂においてみられるのである。現代社会は古き宗教 的・精神的﹁場﹂を放棄し、新たな宗教的・精神的﹁場﹂をも見出せないという、﹁場﹂ の喪失状態にあるといえ る。この﹁場﹂の﹁空虚﹂さは、﹁他者との関係性﹂の﹁空虚﹂さという必然的現象を生み出すのである。
我々に場を聞く国土荘厳
けが抱える問題ではない。 我々の現代社会は﹁場﹂と﹁他者との関係性﹂の﹁空虚﹂さを抱えている。しかしこの問題は現代或いは日本だ それは我々人間存在が﹁場﹂と﹁他者﹂に対して本質的に抱える問題であると換言でき るのである。そのことを浄土の荘厳に確認することができるのである。 浄土の荘厳は前述したように物質的であり、実体的であると指摘される。しかしながら我々の現実を振返ったと き、我々を取巻く日常は全て物質的であり、実体的であるといえる。我々が精神的に訓練し、深化したとしても、 現実に我々を取り巻く物質的・実体的な世界を越えて思索し、精神的に深化することは不可能ではないだろうか。 そこに人間の根源的な﹁虚妄性﹂があるのではないだろうか。 親鷺は浄土の本質である﹁真如 U 法 性 法 身 ﹂ に つ い て 、 法 身 は い ろ も な し 、 かたちもましまさず。しかれば、こ﹀ろもおよばれずことばもたへたり。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ・ 一 七 一 頁 ︶ と ﹃唯信紗文意﹄に語る。我々にとって﹁真如リ法性法身﹂は決して触れることの不可能なものである。対して 我 々 は ﹁ い ろ が あ り 、 かたちがあり、ことばがある﹂という極めて﹁物質的・実体的﹂であるところにおいて初め ﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 七﹃浄土論註﹂国土荘厳に関する一考察 }\ て﹁何か﹂を認識し、思索へと展開することができるのではないか。したがって浄土の荘厳は人間の﹁虚妄性﹂に 応じたものであると捉えることができる。 浄土の荘厳は世親の﹃浄土論﹄、曇鷺の﹁浄土論註︵以下﹁論註﹄︶﹄によって、十七種の国土荘厳、 八種の仏荘 厳、四種の菩薩荘厳として二十九種荘厳功徳成就が明らかにされている。この中において浄土の﹁場﹂としての性 格を荘厳しているのは、具体的には国土荘厳である。この国土十七種荘厳は器世間といわれ、環境と換言すること ができる。そして国土十七種荘厳の内容には単に﹁器﹂としての荘厳のみならず、浄土の住民の﹁関係性﹂につい ても荘厳されているところに﹁場﹂としての特性が見出されるのである。 まず曇鷺は﹁器﹂と衆生との根源的な関係について﹁論註﹄ の﹁巻下・善巧摂化章﹂において、 衆 生 及 び 器 、 ま た 異 を 得 、 ず 一 を 得 ず 。 一ならざるは則ち義をして分つ。異ならざるは同じく清浄なればなり。 器は用なり。謂く彼の浄土はこれ彼の清浄の衆生の受用する所なるが故に名づけて器とす。浄食に不浄の器を 用いれば器不浄なるを以ての故に食また不浄なり。不浄の食に浄器を用いれば食不浄なるが故に器また不浄な るが如し。要ず二つ倶に潔くして乃ち浄と称することを得。これをもって一つ清浄の名に必ず二種を掃すと。 ﹁ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 三 三 八 頁 ︶ と語られる。根源的に曇鷺は﹁衆生及び器﹂、 すなわち﹁身と土﹂は﹁不二﹂ であると語られるのである。そこに は 相 互 作 用 す る と い う こ と が あ る 。 ﹁ 身 ﹂ ・ ﹁ 土 ﹂ いずれかが﹁不浄﹂であれば、必ず﹁不浄﹂となる。﹁清浄﹂とい うことを実現するためには、﹁要ず二つ倶に潔くして乃ち浄と称することを得﹂と語るのである。浄土とは﹁身・ 土﹂が相互作用し共に﹁清浄﹂ であることによって成立するのである。 この人間と環境との相互作用について三木清氏は次のように指摘している。 即ち人間と環境とは、人間は環境から作られ逆に人聞が環境を作るという関係に立っている。この関係は人間
と自然との聞にばかりでなく、人間と社会との聞にも同様に存在している。︵中略︶人聞は環境を形成するこ とによって自己を形成してゆく、これが我々の生活の根本的な形式である。我々の行為はすべて形成作用の意 味をもっている。︵中略︶人間のあらゆる行為が形成的であるというのみでない。人聞は環境から作られると いう場合、自然の作用も、社会の作用も、形成的であるといわねばならぬ。 ﹃ 哲 学 入 門 ﹄ 七 . 良 ︶ 我々の日常が物質的・実体的である因由をこの﹁形成作用﹂に見ることができる。人間と環境が関係する﹁形成 作用﹂には必然的に﹁形を与える﹂ということがある。即ち我々は環境を、 その相互作用において具体的な﹁場﹂ として﹁物質的﹂・﹁実体的﹂なものとして捉えてしまうのである。我々の社会はこの相互の﹁形成作用﹂の関係に よって成立しているのであり、 その関係に立脚し、我々は全てを認識することを超えないのである。そこに人間の ﹁虚妄性﹂が顕在化してくるのではないか。我々が環境との﹁形成作用﹂を捉えた場合、大きくは二つの捉え方をし ているのではないだろうか。 一つは、我々は環境を極めて限定的なものとして捉えているのではないかということ である。すなわち具体的な価値・評価対象としての環境の捉え方である。もう一つは、環境を形成しているのは 我々人間であると認識し、占有対象としての環境の捉え方である。どちらも﹁人間と環境﹂を分断した捉え方であ る。すなわち﹁身と土﹂は﹁異﹂であると捉えている。その﹁虚妄性﹂に対して、曇鷺は﹁身と土﹂とは﹁不二﹂ であると語るのである。 この﹁身と土﹂を﹁塁乙であると捉えてきた具体例を、我々人間にとって最も基本的な﹁場﹂である﹁大地﹂を 占有してきたという歴史にみることができるのである。そのことについて大塚久雄氏は、 ﹁富﹂包括的な基盤ともいうべき﹁土地﹂こそが、他ならぬ﹁共同体﹂がまさにそれによって成立するところ の物質的基礎となるのであり、 ︵中略︶﹁共同体﹂が何よりもまず占有するところの対象となる。 ﹁ 共 同 体 の 基 礎 理 論 ﹂ 一 二 頁 ︶ ﹁浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 九
﹁浄土論註﹂国土荘厳に関する一考察
。
と指摘されるように、﹁大地﹂を﹁占有する﹂という人間の欲求を満足させる﹁場﹂として捉えてきたのである。その ﹁ 場 ﹂ の占有を巡って、我々は古来より争いを展開してきたのである。その最も象徴的なものが我々に﹁国・国 土﹂として捉えられるものである。我々にとって﹁場﹂とは、必然的にその中心と領域が設定されるのである。同 時に﹁他者との関係性﹂も自己中心的な領域を有する、限定された関係となってしまうのである。 この様な捉え方は現実社会に対してだけでない。我々は浄土に対しても同様に自己の中心的な欲求を満たす ﹁場﹂として﹁占有﹂し、都合の良い﹁他者との関係性﹂しか見出さないという根深い ﹁虚妄性﹂を抱えているの である。そのことを曇鷺は﹃論註﹄ の ﹁ 善 巧 摂 化 章 ﹂ に 、 もし人無上菩提心を発せずして、 ただ彼の国土の楽を受くこと間無きを聞きて、楽の為の故に生を願、ずるは、 また当に往生を得ざるべきなり。 ︵ ﹁ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 三 三 九 頁 ︶ と指摘するのである。この人間の﹁為楽願生﹂という極めて限定的な﹁場﹂としての浄土観、すなわち﹁不浄の 食﹂をもって浄土を捉えれば、曇鷺が﹁不浄の食に浄器を用いれば食不浄なるが故に器また不浄なるが如し﹂と語 るように、浄土という﹁器﹂は必然的に﹁不浄﹂なものとなるのである。このような人間の占有を超越するものと して、浄土の国土は荘厳されるのである。 徳 ﹂ 、 浄土は様々な相をもって荘厳されるが、曇鷺が浄土の総相と語る﹁清浄功徳﹂、その無限の体相を語る﹁量功 そして根源としての﹁性功徳﹂の三つを基軸として展開される。我々の現実相について、曇驚は﹃論註・巻 上﹄の﹁清浄功徳﹂に、 三界は是虚偽の相、是輪転の相、是無窮の相にして、収穫循環するが如く、蚕繭自ら縛わるが如くなり。哀れ なるかな衆生、この三界の顛倒の不浄に締るを見そなわして、衆生を不虚偽の処に不輪転の処に不無窮の処に 置いて、畢寛安楽の大清浄処を得しめむと欲しめす。 ﹁ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 二 八 五 頁 ︶と人間の﹁虚偽性・不浄牲﹂という現実を語る。 その﹁虚偽性・不浄性﹂は﹁窮まり﹂がある世界なのである。こ の我々の現実世界の限定性について、 一二界を見そなはすに、陳・小・堕・陸・陪・附にして或は宮観迫注なり。或は土田逼障し、或は志求路促まり、 或は山河隔ち障ふ、或は国界分部せり。此の如き等の種種の挙急の事有り。是の故に菩薩此の荘厳且一功徳を興 したまへり、願わくは、我が国土虚空の如く広大無際ならむと。 ﹁ 真 聖 4 1 ﹂ 一 ・ 一 一 八 六 頁 と続いて﹁量功徳﹂に語られるのである。この﹁量功徳﹂は人聞の世界が如何に限定されたものであるかを示す。 それは大地の地形等による限定であり、或は﹁国界分部せり﹂として、国境という自己中心的な欲求を満たす ﹁場﹂として占有していることが一不される。このような人聞に対して ﹁ 論 註 ・ 巻 下 ﹂ の ﹁ 量 功 徳 ﹂ に 、 彼の国の人天もし意に宮殿・楼閣、 も し は 広 さ 一 由 旬 、 も し は 百 由 旬 、 もしは千由旬、千間万聞ならむと欲へ ば心に随い成ずる所なり。人各かくの如し。 ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹂ 一 ・ 一 一 二 九 頁 ︶ と語られるように、﹁無量の国土﹂として聞かれるのである。 浄土は人間の限定的で占有された﹁場﹂に対して、﹁無同一一の国土﹂という無限の﹁場﹂をもって超越するのであ る。そしてこの﹁無量の国土﹂である浄土は、 また十方世界の衆生、往生を願ずれば、 も し は 己 に 生 れ 、 も し は 今 生 れ 、 も し は 当 に 生 れ む 。 一 時 一 日 の 頃 、 算数のその多少を知ること能はざる所なり。しかるを彼の世界常に虚空の如し、迫注の相無し。彼の中の衆生、 か く の 如 き の 量 の 中 に 、 任 し て 、 志 願 広 大 に し て 、 また虚空の如くして、限且一有ること無けむ。彼の国土の量、 能 く 衆 生 の 心 行 の 量 を 成 、 ず 、 何 ぞ 思 議 す べ き や 。 ︵ ﹃ 真 聖 全 ﹂ 一 − 一 一 二 九 頁 ︶ という功徳をその住民にもたらすのである。浄土という無限の﹁場﹂は、 その﹁無量﹂をもって浄土の住民の志願 を﹁広大にしてまた虚空の如くして、限量有ること無し﹂とするのである。何故ならば﹁彼の国土の量、能く衆生 ﹁浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察
﹁浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察 その国土の住民の志願の﹁無量﹂さを決定するからであ る。この﹁量﹂ということにおいて﹁場﹂と我々人間との決定的な関係性が見出されるのである。 の心行の旦一を成ず﹂と語るように、国土の﹁無量﹂さが、
﹁無量の国土﹂に荘厳される他者との関係性
親鷺は ﹁ 教 行 信 証 ﹂ の﹁真仏土巻﹂に﹁量功徳﹂ の 文 を 引 か れ 、 また﹁入出二門偶煩﹄においては、 彼の世界を観ずるに辺際無し。究寛せること広大にして虚空の如し。 と﹁清浄功徳﹂と﹁量功徳﹂を一体として語られる。このことから、親鷺は﹁清浄功徳﹂と﹁量功徳﹂ ﹃ 定 親 全 ﹄ 二 ・ 一 一 一 一 頁 ︶ に浄土の本 質を見出されていたのではないだろうか。 浄土の国土荘厳の特性は、この﹁無量﹂ の国土を﹁場﹂として﹁関係性﹂が荘厳されていることである。国土荘 厳における﹁関係性﹂とは、具体的には﹁主功徳﹂、﹁替属功徳﹂、﹁大義門功徳﹂と捉えることができる。 浄土の関係性においては、﹁正覚の阿弥陀法王善く住持したまへり︵主功徳︶﹂と﹁如来浄華の衆は正覚の華より 化生す︵呑属功徳︶﹂という﹁主と香属﹂という関係性が荘厳される。この関係性について安田理深氏は、 主功徳・脊属功徳を掲げて、社会関係における社会的身体をあらわす。そして次の受用功徳・無諸難功徳・大 義門功徳をもって社会生活をあらわす。 ︵ ﹃ 願 生 浄 土 ﹄ 一 三 八 頁 ︶ と指摘されている。この関係は浄土という﹁場﹂において成立する関係なのである。﹁主功徳﹂について曇鷺は、 有る国土を見そなわすに、羅剰を君と為す、則ち率土相敵す。宝輪殿に駐まる、則ち四域虞無し。之を風の磨 くに警ふ、宣本無からむや。この故に願を興したまへり。願わくは我が国土には常に法王有して、法王の善力 に 之 を 住 持 せ ら れ む 。 ︵ ﹁ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 二 九 四 頁 ︶と語る。我々の国・国土は王或いは指導者を﹁主﹂とするのである。この﹁主﹂は﹁場﹂としての占有を象徴する ﹁主﹂である。我々はこの﹁主﹂を中心として国・国土という領域を﹁場﹂として占有するのである。 さらに ﹁ 場 ﹂ の占有という視点で﹁主﹂を捉えたならば、 それは我々一人一人が﹁主﹂となって個人的な限定された ﹁ 場 ﹂ を 形 成 し 、 そこに自己中心的な他者との関係性を築いているのである。 それは国・国土の王であれ個人であ れ、﹁羅剰を君と為す、則ち率土相轍す﹂と語られるように、互いに﹁場﹂を巡って喰らいあっているのである。 それに対して浄土の﹁主﹂は﹁法玉川仏﹂であると一不される。﹁法王の善力﹂が﹁住持﹂する﹁無量の国土﹂をも って、個人的な一々異なった﹁場﹂を破るのである。 我々は皆一々異なっている。それ故に個人が形成する﹁場﹂も無数にあるのである。我々の社会には、 そういう 本的に生じない。﹁平等﹂ということは見出せないのである。何故ならば、 ﹁場﹂が重層的に、且つ錯綜しているのである。この﹁場﹂を巡る関係は﹁則ち率土相轍す﹂という関係性しか基 それは曇驚が﹁答属功徳﹂に、 凡そ是雑生の世界には、 も し は 胎 も し は 卵 、 もしは湿もしは化、答属若干なり。苦楽万品なり、雑業を以ての 故 に 。 ︵ ﹁ 真 聖 4 1 L 一 ・ 三 二 五 頁 ︶ と語るように、我々は一々異なり﹁雑業日様々な業﹂を有しているからである。それ故に﹁苦楽万品﹂であり、 そ こにあるのは他者との軌醸である。謝礼醗を回避しようとすれば芦原氏が 全体性の中に溶けて平均化してしまう﹂と指摘したような関係性となってしまうのである。このような我々社会の ﹁自己の滅却であり、個人は大きな空間の 関 係 性 に 対 し て 、 彼の安楽国土は是阿弥陀如来正覚浄花の化生する所に非ざることなし。同一に念仏して別の道無きが故に、遠 く通ずるに夫れ四海の内皆兄弟とするなり。香属無量なり。 ﹃ 真 聖 全 ﹂ 一 ・ 三 二 五 頁 ︶ と 浄 土 の ﹁ 答 属 ﹂ の平等性が示されるのである。浄土の香属は﹁同一に念仏して﹂形成される関係性である。そこ ﹃浄土論註﹄国土荘厳に関する一考察
﹁浄土論註﹂国土荘厳に関する一考察 四 には﹁念仏﹂という答属一人一人が歩む共通の﹁道﹂が見出されるのである。﹁空虚な場﹂を紡佳する現実社会の 我々に対して、浄土の答属は﹁念仏﹂という歩むべき﹁道﹂を得るのである。その﹁道﹂は﹁四海の内皆兄弟﹂と して﹁共に﹂歩む﹁道﹂なのである。 お わ り 親鷺は国土荘厳に﹁関係性﹂が荘厳されるという特性に一貫して着目されている。親鷺の国土荘厳に対する着目 は、﹁清浄功徳﹂と﹁量功徳﹂を浄土という﹁場﹂の本質として捉え、その根源としての﹁性功徳﹂ への着目であ る。特に﹁場﹂という側面に着目するならば﹁無量﹂なる﹁場﹂における﹁関係性﹂ への着目と捉えることができ るのではないだろうか。 親 驚 は ﹃ 教 行 信 証 ﹄ の﹁真仏土巻﹂において、 ﹁論﹄には究寛して虚空の如し・広大にして辺際無しと日うなり、往生と言うは﹃大経﹄には皆受自然虚無之 身無極之体と言へり。﹃論﹄には如来浄華衆正覚華化生と日へり。又同一念仏して無別の道故と云へり。 ﹃ 定 親 全 ﹂ 一 ・ 二 六 五 頁 ︶ と報土について﹁量功徳﹂と﹁香属功徳﹂という﹁関係性﹂を引文して語られる。親鷺は十七種の国土荘厳中、 ﹃教行信証﹄の﹁証巻﹂には﹁主功徳﹂、﹁答属功徳﹂、﹁大義門功徳﹂を引き、﹁真仏土巻﹂にも﹁答属功徳﹂、﹁大 義門功徳﹂を引文される。さらに﹃入出二門偶煩﹄では、 女人根欠二乗の種、安楽浄利には永く生ぜず。如来浄華の諸の聖衆は、法蔵正覚の華より化生す。諸機は本則 ち三三の品なれども、今は一二の殊異無し。同一に念仏して別の道無ければなり。猶消沌の一味なるが如きな
り 日 疋 親 全 ﹄ 二 ・ 一 一 一 一 一 頁 と﹁大義門・替属功徳﹂を組み合わせて語るのである。親驚は、浄土という﹁場﹂に﹁念仏﹂という歩むべき ﹁道﹂を﹁共に﹂見出すような関係性が荘厳されることに、浄土の救済論理を見出されたのではないだろうか。 引用・参考文献 ﹃真宗聖教全書し一三経七祖部 ﹃定本親鷺聖人全集﹄第一・二巻 ﹃解護浄土論註﹄蓑輪秀邦編 ﹃浄土系思想論﹄鈴木大拙著 ﹃ コ ミ ュ ニ テ ィ ﹄ 四
O
地域社会研究所編 ﹃都市計画﹄日笠端著 ﹃日本都市論﹄上回篤著 ﹁続・街並みの美学﹄芦原義信著 ﹁表徴の帝国﹄ロラン・バルト著 ﹃共同体の基礎理論﹄大塚久雄著 ﹁安田理深選集﹂第九・十巻安田理深著 ﹃願生浄土﹄安田理深著 ﹁哲学入門﹄三木清著 例 引用に際して、原漢文のものは全て書き下しとした。 漢字は原則として通行の字体に改めた。 また出典は以下のように略した。 ﹃ 真 宗 聖 教 全 書 ﹄ | ← ﹃ 真 聖 全 ﹄ ﹃ 定 本 親 驚 聖 人 全 集 ﹄ | + ﹁ 定 親 全 ﹄ 凡 ﹃ 浄 土 論 註 ﹂ 国 土 荘 厳 に 関 す る 一 考 察 五親驚における信と疑
||二種深信を中心として||
大谷大学 ιコ I司木
ム 浮
主主 Eコは
じ
め
親鷺が信疑の決判を明確に述べる文として、﹃教行信証﹄ コ ト ハ ノ ニ ス ル ニ テ ヲ ス 卜 還 ニ 来 生 死 輪 轄 家 − 決 以 二 疑 情 J局 二 所 止 一 カ ニ ル コ ト ハ ノ ミ ヤ コ ニ ス テ ヲ ス ト イ ヘ リ ト 速 入 二 寂 静 元 局 繁 一 必 以 二 信 心 一 掃 二 能 入 一 ﹁ 行 巻 ﹂ 正信伺の源空章に、 ︵ 定 親 全 一 ・ 九 一 頁 ︶ と讃じられている。これは、親鷺の師法然が ニ ト ハ ク ζ ニ ル 次深心者、謂深信之心。首レ知、 ス ル ノ ヲ 決 二 定 九 品 往 生 一 者 也 。 生 死 之 家ニ『 川、選 とへテ択 疑ヲ集 局シ』 所 三 止卜心 \ 章 で ニ ハ テ ヲ ス ︸ 浬繋之城以レ信局二能入 40 故今建二立二種信心\ ︵ 真 聖 全 一 ・ 九 六 七 頁 と述べたのを受けたものである。法然のこの信疑決判は、﹁観経﹄所説の三心︵至誠心・深心・回向発願心︶ の 中 深心について、善導の二種深信の説示を仰ぎながらなされたものである。ここで法然は信疑の得失を一示し、続いて ﹁故に今二種の信心を建立し﹂と述べている。つまり、法然において信疑の決判は、二種深信が何故善導によって説かれなければならなかったのかという、 二種深信建立の根拠に関わる事柄として位置付けられているといえる。 親驚が﹁正信偏﹂で、信疑決判を以て法然を讃嘆していることを鑑みると、法然の信疑決判の説が、親驚にとっ て重要な意味を持っていたことが窺えよう。本論では、親鷺における信と疑の関係について、法然の説示をふまえ て、特に二種深信の教説が持つ意味を中心に考えていきたい。
一
、二種深信と疑惑||法然の示唆
1|
法然において、何故二種深信建立の意義が信疑決判によって確かめられていくのか。また、法然は﹁疑﹂をもっ て 生 死 の 家 、 すなわち迷いの境界に止まるとしているが、ここでいう﹁疑﹂とは、 ︵ l ︶ の記述を参照してみたい。 どのような内容を持つものなの か。﹁和語燈録﹄所収の﹁往生大要紗﹄ わたくしに此二つの轄を見るに で法然は、深心について﹃往生礼讃﹄と ︵中略︶はじめにはわが身のほどを信じ、 ﹁観経疏﹄﹁散善義﹂の深心釈の文を取意して引いた後、 ﹃ 往 生 大 要 紗 ﹂ のちにはほとけの願を信ずる也。 たましのちの信心を決定せしめんがために、 はじめの信心をばあぐる也。 ︵ 真 聖 全 四 ・ 五 七 七1
五 七 八 頁 ︶ と述べる。ここで法然は二種深信建立の意義として、法の深信︵﹁のちの信心﹂︶ を決定せしめるために、機の深信 ︵﹁はじめの信心﹂︶が説かれたのだという。この見解の背景には、仏の本願に依って往生を得るのであれば、その ︵ 2 ︶ 本願を信ずること、すなわち法の深信だけでよいのではないかという問題が前提されており、それに答える形で、 以降機の深信の必要性が説かれてくる。 むねをいだしたらましかば もしはじめのわが身を信ずる様をあげずして、たまちにのちのほとけのちかひばかりを信ずべき まさしく輔陀の本願の念併を修しながらも、なを心にもし食欲・眠悉の ︵ 中 略 ︶ そ の ゆ へ は 、 親鷺における信と疑 七親驚における信と疑 !\ 煩悩をもおこし、身におのづから十悪・破戒等の罪業をもおかす事あらば、 みだりに自身を怯弱して、返りて 本願を疑惑しなまし。 ︵ 真 聖 全 四 ・ 五 七 八 頁 法 然 は 、 もし機の深信が説かれずに、法の深信だけが説かれたとしたならば、本願への疑惑が生じるであろうとい ぅ。それは﹁まさしく弥陀の本願の念仏を修しながらも﹂とあるように、表面的には弥陀の本願を信じ、念仏を修 するという態度・事実にありながら、生じる疑惑である。 その疑惑とは、心に貧膜等の煩悩が起こったり、身に十 悪等の罪業を犯すことによって、自身を怯弱・卑下してしまうことから生じるという。 つ ま り まことに此輔陀の本願に、十撃・一聾にいたるまで往生すといふ事は、 おぼろげの人にてはあらじ。妄念をも お こ さ ず 、 つみをもつくらぬ人の、甚深のさとりをおこし、強盛の心をもちて申したる念悌にてぞあるらん。 ︵ 同 右 ︶ とあるように、念仏による往生は、 いわば聖者にのみ可能であり、煩悩を起こし罪を造る我が身にとっては不可能 であろうという思いを抱く。その思いが、本願に対する疑惑なのだという。 つまり本願に対する疑惑といっても その本質は、我が身に対する認識の在り方が問題とされているといえよう。 では、このような我が身に対する認識の在り方の、何が問題となるのであろうか。考えるに、煩悩を起こしたり 罪業を造るから往生できないと思う心の裏側には、煩悩を断じて罪業を造らないようになれば往生できる、 と い う 思いが隠されているのではないだろうか。すなわち、自身を息慮凝心・廃悪修善の定散の機として認識しているの である。今これを、仮に﹁機の疑惑﹂と呼ぶことにする。 ﹂のような機の疑惑が、伺故本願への疑惑であるとされるのか。機の疑惑は、 ほとけの本願をぼうたがはねども、わが心のわろければ往生はかなはじと申あひたるが、 やがて本願をうたが ふ に て 侍 る 也 。 ︵ 真 聖 全 四 ・ 五 七 九 頁 ・ 傍 点 筆 者 ︶
といわれるように、意識として積極的に本願そのものを疑うわけではない。 、 F
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ナ J ナ J われらがさとりにて、 ほとけの本願はからひしる事は、 ゆめノ\おもひよるまじき事也。 ︵ 真 聖 全 問 ・ 五 八 O 頁 ︶ と誠められているように、衆生の価値観によって本願を計らい知ろうとすることが、結果として本願を疑うことに なると指摘されているのである。 このように法然は、念仏行者における疑惑の問題を提示した上で、 善導和尚は、未来の衆生のこのうたがひをおこさん事をかへりみて、この二種の信心をあげて、 われらがごと き煩悩をも断ぜ、ず、罪悪をもつくれる凡夫なりとも、 ふかく輔陀の本願を信じて念悌すれば、十聾・一撃にい たるまで決定して往生するむねをば樺し給へる也。 ︵ 真 聖 全 四 ・ 五 七 八 1 五 七 九 頁 ︶ と述べる。法然は、差量寸が二種の深信を説いたのは、衆生がこの疑惑を起こすであろうことを顧慮してのことであ ︵ 3 ︶ る と い ﹀ つ 。 つまり、衆生の我が身に対する認識の在り方に問題があるからこそ、法の深信だけでなく機の深信も説 かれたということである。 機 決 の 定y深 深 ク 信 信ズは 白 「 向一 散 河 ハ 主 皇現ニ暴
是 」 罪 で 悪 生 死ノ 凡 夫 噴劫巳来、 ニ シ ニ y 常 没 常 流 韓 、 無 p有 二 出 離 之 縁 一 。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 五 三 四 頁 ︶ と説かれる。機の深信の中身として、疑惑の衆生と一線を画するのが、﹁出離の縁有ること無し﹂という一句であ ろう。これまで見てきたように、疑惑の衆生は、善を積み聖者となることによって実現する出離の可能性を、自ら に認めようとしている。これに対して機の深信は、 その可能性を一切否定するものといえよう。 つまり、自身が聖 者になる可能性を完全に否定し、﹁噴劫より己来常に没し常に流転﹂する﹁罪悪生死の凡夫﹂でしかありえないこ とを、﹁現にこれ﹂と、徹底して説き示すのである。法然は機の深信を、先に引いた﹁往生大要秒﹄では、﹁はじめ にはわが身のほどを信じ﹂と押さえる。それは正しく機の疑惑に対して、機の信知といえるものである。 親鷺における信と疑 九親鷺における信と疑
。
一 方 、 ﹃ 往 生 大 要 紗 ﹂ では次のようにも述べられている。 はじめにわが身は煩悩罪悪の凡夫也、火宅をいで、ず、出離の縁なしと信ぜよといひ、 つぎには決定往生すべき ︵ 真 聖 全 四 ・ 五 七 八 頁 ・ 傍 点 筆 者 ︶ ここに、﹁はじめにわが身は煩悩罪悪の凡夫由、火宅をいでず、出離の縁なしと信ぜよといひ﹂と述べられている 身なりと信じて一念もうたがふべからず ことに注目すべきであろう。ここで法然は、機の深信の文を﹁信ぜよ﹂という呼びかけとして聞いている。 つ ま り 疑惑の衆生に、機の信知への目覚めを促す言葉として、機の深信を受け止めているのである。 その目覚めは、単に機の信知に終わるものではない。﹁のちの信心︵法の深信︶を決定せしめんがために、 は じ めの信心︵機の深信︶ をばあぐる也﹂と述べられていたように、法の深信を決定せしめるところに、機の深信が説 かれた意義がある。 つまり、機の信知に目覚めることによって、法の深信が決定するのである。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 五 三 四 頁 ︶ と、乗彼願力による往生を信ずることを内容として説かれるが、法然はここで、﹁っ、ぎには決定往生すべき身なり 法 決 の 定y深 深ク信 信ス・は 下 彼ノ副阿害
調 草 陀 竺 悌ノ明早
止
/¥ 願ハ 掻 ニ 受 衆 生 、 無 レ 疑 無 ν 慮 、 乗 二 彼 願 力 ン デ ト ヲ 定 得 中 往 生 上 。 と信じて﹂と述べる。 つまり法の深信が、決定往生の身の信知として語られているのである。ここにこそ、法の深 信だけでなく機の深信が説かれたことの意義が、最も具体的に見出せるのではないだろうか。 いう我が身の信知があればこそ、法の深信を﹁決定往生すべき身﹂の自覚として領くことができるのである。我が つまり、機の深信と 身 の 信 知 な し に 、 ただいたずらに本願念仏による往生を求めても、 それは信心とはいえない。我が身の信知を内容 いわば対象として計らい知ることではなく、正しく﹁乗彼願力﹂の事実として、身を もって信知することである。ここに、﹁往生礼讃﹄で、 ニ ハ チ ノ 之 ス ハ セ ル グ ニ y y ニ ト ヂ ヲ y ノ 二者深心、即是員賓信心。信下知自身是具−足煩悩−凡夫、善根薄少流−醇三界一、不歩出ニ火宅↓。今信丙知晴陀 と す る 信 心 、 そ れ は 本 願 を 、本 弘 誓 願ハ プ マ ﹄ デ ス ル ー ヲ 及下栴二名競\ 下 至 十 聾 ・ 一 撃 等 上 、 定 得 乙 往 生 問 、 乃 至 二 一 念 一 無 ν有 三 疑 心 一 、 故 名 二 深 心 一 。 ︵ 真 聖 人 土 一 ・ 六 凹 九 貞 ︶ と説かれるように、﹁信知﹂を内容とするこ種の深信が、﹁真実の信心﹂として仰がれるものと思われる。 以上、﹃往生大要紗﹄によって、二種深信が説かれた意義と疑惑の関係について、法然の領解を見てきた。法然 は、念仏行者が抱える問題として、本願への疑惑を指摘した。その疑惑の本質は、自身を定散の機と認識し、 そ の 立場から本願を計らい知ろうとすることであったといえる。そして二種深信︵特に機の深信︶が説かれたのは、疑 惑からの目覚め、すなわち機の信知を促し、真実信心を明らかにするためであるという。﹁選択集﹄﹁一二心章﹂で、 深心に関して信疑決判が一不されたのも、これと意を同じくするものであろう。そして法然のこの説示が、親驚にも 重要な示唆を与えたと考えるのである。
一
一
、願心の回向成就としてのこ種深信
以 下 の 釈 文 証 で 、 親鷺は真実信の獲得を、﹁如来の清浄願心の回向成就﹂であると鎮いた。その信は、﹃教行信証﹄﹁信巻﹂大信釈 一心、二種深信、菩提心として確かめられていくが、特に信の自覚内容をあらわすものとしては、 善導が説いたこ種深信が挙げられる。 では、二種深信として説かれる信の内容とは、 いかなるものなのか。前章で の考察をふまえて見ていきたい。 機の深信は、衆生が自らの力を根拠としては生死を出離することができない凡夫であることを、徹底して説き一不 す。それは衆生の信としては、﹁無有出離之縁﹂ の自身の信知として自覚される。しかしそれは、出離の道が完全 に閉ざされることを意味するものではない。存覚﹃六要紗﹂に、 親鷺における信と疑親鷺における信と疑 力ニ「 鉦
有
等 者 ク ス ゼ ヲ ラ ノ ヲ 正 明 下 不 レ 論 ニ 有 蓋7
無 益 口 一 不 レ 億 二 白 功 一 、 出 離 偏 在 中 他 力 上 ︵ 中 略 ︶ テ ニ ノ 寸 ヲ ニ 今 教 依 レ 知 二 自 力 無 u功偏師二例 ︵ 真 聖 全 二 ・ 二 八 一 頁 ︶ と釈されるように、出離生死において自力が無功である、と知ることによって、他力による出離の道が開顕され、 ︵ 5 ︶ ﹁本願に帰す﹂と表白されるような自身の信知が獲得される。それは、法の深信として説かれる﹁乗彼願力﹂が、 正しく身の事実として額かれたことを意味する。このことを親鷺は、如来の願心の回向成就として領いたのである。 換言すれば、二種深信とは、願心の回向成就として衆生に信知されるものであり、﹁無有出離之縁﹂﹁自力無功﹂と いうことも、決して衆生の人間的な反省や洞察によって知られるものではない。あくまでも、如来の願心の力用と して、衆生にもたらされる信知である。 では、このような信知をもたらす願心の力働性は、 どのように確かめられ て い る の か 。 親鷺は﹁教行信証﹂﹁信巻﹂ご二問答で、﹁大経﹄第十八願に説かれる至心・信楽・欲生の三心を推求することを 通して、衆生に一心として成就される真実信の根源を尋ね求めていく。まず字訓釈では、三心を信楽におさめ、真 実信の根源として見定めた。続く仏意釈では、その信楽を釈する中で、 一切凡小一切時中貧愛之心常能汚二善心一膿憎之心常能焼二法財一急作急修如三灸二頭然一衆名二雑毒雑修之 ト ク テ ン ク ヰ ト ル ノ ︸ テ ノ ヲ ス ル ト 善一亦名二虚偲諸偶之行 4不 三 名 二 員 買 業 一 也 、 以 二 此 虚 偲 雑 毒 之 善 欲 一 ニ 生 二 克 量 光 明 土 − 此 必 不 可 世 ︵ 定 親 全 一 ・ 一 一 一 一 頁 ︶ と、衆生が修する行は、合貝愛・膜憎の煩悩に汚染されているが故、﹁虚仮雑毒の善﹂であり、往生の正困とはなり 得ないことを明示する。煩悩具足の凡夫が、﹁わがみをたのみ、わがこ﹀ろをたのむ、わがちからをはげみ、わが ︵ 6 ︶ さまハ L 、の善根をたのむ﹂といわれるように自力をはげむことによって往生を求めても、往生は不可能だというの である。これは、正しく機の深信の﹁無有出離之縁﹂ の自覚を表すものといえるだろう。で は 、 どうして衆生に﹁無有出離之縁﹂が自覚されるのか。続いて﹁何を以ての故に﹂と、 その根拠が示されて ’ν ノ \ ヲ ノ 一 シ ク テ ナ リ タ マ フ シ ノ タ キ ノ モ キ 一 一 コ 十 何以政正由下如来行二菩薩行 J時 三 業 所 修 乃 至 一 念 一 剃 那 疑 蓋 一 尤 中 雑 上 その根拠は、如来の因位の修行が疑蓋無雑であることに求められている。つまり、衆生が﹁無有出離之縁﹂を自覚 することの根拠が、如来因位の修行の清浄性にあるというのである。ここに、﹁無有出離之縁﹂が人間的な洞察等 によって知られるものではないことが確かめられる。それはあくまでも、如来の清浄願心の力用によって成就され lwJ
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る 信 知 な の で あ る 。 さ ら に 信 楽 に つ い て 、 ナ ル カ ニ ス ル ノ ト 斯心者即如来大悲心故必成二報土正定之因− と、信楽が如来の大悲心であるから、必ず往生の正因と成るといわれる。ここで﹁成る﹂と表現されているのは、 信楽が無条件に往生の正因であるということではなく、衆生に﹁無有出離之縁﹂の信知︵機の深信︶として成就さ |司 右 れることによって、往生の正因と成ることを意味するものと思われる。 では、信楽が往生の正因と成るとは、 ど の ような事実として衆生に自覚されるのか。それは、﹁彼の願力に乗じて、定んで往生を得と信ず﹂という法の深信 の信知にほかならない。法の深信の信知が、如来の大悲心たる信楽が往生の正因として成就した事実として確かめ られているのである。しかも﹁必ず﹂といわれているように、 それを必ず成就しようとする心として、如来の大悲 心が仰がれている。その大悲心の現働が、 レ ン シ テ ノ ヲ テ ノ ヲ シ タ マ ヘ リ ニ 如来悲二憐苦悩群生海一以ニ克守慶大浄信’回二施諸有海一 同 右 ︶ といわれるように、信楽が衆生に団施される事実として領かれるのである。 その内実は、言うまでもなく二種深信 の 信 知 で あ る 。 つまり如来の大悲心が、衆生に二種深信の信知を﹁必ず﹂成就しようと現働する心として仰がれて 親驚における信と疑親驚における信と疑 四 おり、換言すれば、二種深信の信知において、 その根源たる如来の願心の力働性が確かめられているといえよう。
三、仏智疑惑と果遂の誓い
その如来の願心の力働性を一京すものとして注目したいのが、信楽釈に引かれる﹁華厳経﹄の文である。 ヲ テ ノ ノ ニ ク シ ム ト ナ リ セ 如来能永断二一切衆生疑↓随二其心所集日普皆令一満足 J ︵ 定 親 全 一 ・ 一 二 四 頁 ︶ まず、如来が一切衆生の疑いを断つと説かれる。ここで言われる﹁疑﹂は何を意味するのか。そもそも親鷺におい て﹁疑﹂は様々な用例が見られ、その意味も、無明・自力心・罪福信等に解するとして、古来詳細な分類がなされ てきた。しかし基本的な意味としては、如来の本願に対する疑惑であり、衆生と如来の聞に生ずる疑惑である。こ こでもそのように解すべきと考える。その上で、今信楽釈の中でこの文が何を表そうとしているのかを考える時、 ここで言われる﹁疑﹂とは、 まず第一義的には﹁虚仮雑毒の善を以て無量光明土に生まれんと欲する﹂ような衆生 の在り方が、如来の本願に対して疑惑存在となっていることを意味するものといえよう。このような衆生と如来の 関係における疑惑を断つということは、如来の願心が衆生に﹁無有出離之縁﹂ の信知として回向成就されることで あ り 、 それが衆生においては疑惑からの目覚めとなるのである。 ここで問題としたいのが、如来が衆生の疑いを﹁能く永く﹂﹁断つ﹂と説かれていることである。如来が衆生の 疑いを断つことによって、二種深信の信知を内容とする真実信心が衆生に獲得されるわけだが、 では信心の獲得に おいて、疑いは完全に断じ尽くされるのであろうか。思うに、﹁無有出離之縁﹂の信知とは、あくまでも出離にお いて自力が無功であることの信知であって、自力の心そのものが無くなることではない。それまで無意識に肯定さ れてきた自力の心が、初めて無功なるものとして課題化されたことを意味する。それは、課題化されたことによって無くなるのではなく、 むしろ以後継続して課題となり続けるものなのではないだろうか。このことは、例えば ﹁恵心尼消息﹂に記される、親驚五十八歳の時に病床で語られた、 三部経千部読謂の回想の中の、 人のしうしん 執 心 ︶ じりき︵自力︶のしんは、よく/\しりよ ︵思慮︶あるべしとおも ︵ 田 山 ︶ ひ な し て ︵ 定 親 全 三 ・ 書 簡 篇 一 九 六 頁 ︶ という言葉等からも窺えよう。ここには親鷺自身が、本願に帰しながらも消え去ることのない﹁執心自力の心﹂を 思い知ったという体験が吐露されている。これは、自身がいつの間にか自力をたのもうとする、本願への疑惑存在 となっていたことに気づかされたことを告白するものといえるのではないだろうか。この省察は、自力が功有りと い う 立 場 か ら は 、 なされるはずのないものである。自力が無功であるという﹁無有出離之縁﹂の信知があるからこ そ、このように語られるのである。極言すれば、﹁無有出離之縁﹂ の信知たる真実信自身が、 その信の持つ能動性 として、親鷺の執助な自力心を照らし出し、 その無功なることを改めて信知させたのである。 このように見てくると、如来が衆生の疑いを断つということは、獲信によって完了するのではなく、むしろ獲信 を契機として、継続的に断ち続けようとしていくものであるといえよう。であるならば、﹁如来能く永く一切衆生 の疑いを断たしむ﹂と説かれる﹃華厳経﹄ の経言に、このような真実信の能動性が、如来を主体とする願心の能動 性として確かめられているといえるのではないだろうか。それは、衆生に二種深信の信知を徹底させようという、 如来の大悲心の現働にほかならないのである。 そして親驚の思索の展開として、獲信以降の歩みにおいて浮き彫りにされてくる疑惑の問題が、﹁大経﹄智慧段 に説かれる仏智疑惑の経説に尋ね求められていったと考えられる。仏智疑惑は テ ノ ニ 〆 ゼ モ Y ヲ 〆 ヲ ぜ ン レ / ト ノ ニ 於 此 諸 智 一 、 疑 惑 不 レ 信 、 然 猶 信 二 罪 福 \ 修 二 習 善 本 一 、 願 レ 生 二 其 園 子 ﹃ 大 経 ﹄ ヲ ﹂ ふ み 、 ﹄ y v ︵ 真 聖 全 一 ・ 四 三 頁 ︶ と説かれる。親鷺は ﹁ 浄 土 三 経 往 生 文 類 ﹄ ヲ ﹂ 、 ﹄ 親驚における信と疑 五
親驚における信と疑 ーム ノ\ 定散自力の行人は、不可思議の悌智を疑惑して信受せず、如来の尊競をおのれが善根として、 みづから浄土に 廻向して果遂のちかひをたのむ、不可思議の名競を橋念しながら、不可栴不可説不可思議の大悲の誓願をうた
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ミ J、 ︵ 広 本 定 親 全 二 一 ・ 和 文 篇 三 四 頁 ︶ と述べているが、善因善果・悪因悪果の道理を信ずる罪福信の立場から、名号を善と執して往生を願うことが仏智 疑惑であるとされる。善と執している以上、行者の意識としては疑惑の感情はない。 いわば無意識・無自覚の疑惑 であり、人間の自己反省等によって認識されるものではない。﹁定散自力の行人﹂ともいわれているが、執勘なる ﹁執心自力の心﹂によって、疑惑存在に陥ってしまっているのである。 このような衆生の疑惑を断とうとする如来の大悲心が、﹃大経﹄第二十願に説かれる果遂の誓いに見出されてい ったのである。第二十願は、﹁浄土三経往生文類﹄︵広本︶では﹁植諸徳本の願文﹂として引かれる。 設 我 得 二 悌 一 、 十 方 衆 生 、 聞 二 我 名 競 一 、 係 二 念 我 園 一 、 植 二 諸 徳 本 一 至 二 心 J 廻 向 欲 一 ニ 生 二 我 圏 一 、 不 ニ 果 遂 一 者 、 不 三 取 二 正 貿 ︵ 定 親 全 三 ・ 和 文 篇 一 二 五 頁 ︶ ここに、﹁植諸徳本﹂の心で名号を称する衆生の往生を、必ず果たし遂げんとする如来の大悲心が誓われているが、 そ の ﹁ 願 成 就 文 ﹂ と し て 、 ﹃ 大 経 ﹄ の胎生・疑惑の経説が引かれる。今、 その全てに言及することはできないが、 次のように説かれる。 願成就文。﹁経﹄言。﹁︵中略︶悌告二輔勅\此諸衆生亦復如 t是 一 以 三 疑 二 惑 併 智 一 故 、 生 二 彼 胎 宮 一 。 生 識 二 其 本 罪 一 、 深 白 悔 責 求 三 離 コ 彼 慮 一 。 ︵ 以 下 略 ︶ ﹂ 到 若 此 衆 定 親 A t 二 一 ・ 和 文 篇 三 五i
三 六 質 ︶ 仏智疑惑の衆生は胎宮に生ずると説かれる。続いて、﹁其の本の罪を識りて、深く自ら悔責して彼の処を離れんと 求めよ﹂という経説が引かれ、植諸徳本の願成就の内容として見定められている。親驚は﹁大経﹂ の 経 説 に よ っ て 、 そのつみふかくおもくして、 七賓の牢獄にいましめられていのち五百歳のあひだ自在なることあたはず、 賓を み た て ま つ ら ず 、 っかへたてまつることなしと、如来はときたまへり。 山 疋 親 全 一 一 7 和 文 篇 三 円 頁 ︶ と、仏智疑惑が﹁つみ﹂であるという。それは如来が説きたまえることとして﹁つみ﹂なのであり、 その意味で如 来によって知冶りされた﹁つみ﹂である。親驚はそれを﹁ふかくおもくして﹂という。これは、植諸徳本の願成就と して、仏智疑惑を﹁其の本の罪﹂と識らされ、深く重い罪として悔責されたことを意味するのではないだろうか。 そして、仏智疑惑が深く重い罪と識らされることによって、 その根源にある﹁執心自力の心﹂が露呈されるのであ る 如 来 の 果 遂 は 、 どこまでも自力による出離を求めて﹁有出離之縁﹂であろうとする人間存在の根源的罪業を、仏 智疑惑の罪として照らし出し、 その自力が出離において無功であるという﹁無有出離之縁﹂ の信知を徹底させよう とするものであるといえよう。それは、衆生に二種深信の信知として獲得された真実信そのものが、 その信知を徹 底させるために衆生の疑惑を断ち続けようとしていく、大悲の活動として額かれるのではないだろうか。 お わ り 法然は、善導による二種深信建立の意義が、衆生に疑惑からの目覚めを促し、真実信心を明らかにするところに あると領解した。真実信心は疑惑と無関係に成り立つものではなく、 むしろ根本的に疑惑を課題とするものである ことが、二種深信の説示に確かめられたといえよう。 親鷺は法然の指南をもとに、 さらにそれを如来の願心にまで遡って確かめていったと考えられる。 つまり、疑惑 からの目覚めである機の深信の信知を、願心の回向成就として確かめた。さらに、真実信が衆生の疑惑を課題とす るものであることを、仏智疑惑と果遂の誓いの経言に尋ね求めていったのである。このような親鷺の思索の根底に、 親驚における信と疑 七
親 鴛 に お け る 信 と 疑 }\ 二種深信の教説が重要な意味を持つものと考えるのである。 註 ︵ 1 ︶妙音院了祥述﹁歎異紗聞記﹄に、﹁この﹃大要紗﹄は恐らくは元祖の御作にはあらず、聖賓の筆なるべし﹂︵法蔵 館﹃歎異抄聞記﹄一五七頁︶と指摘されているように、﹁往生大要紗﹄は法然の真作であることが疑わしいという 説が出されている。しかしながら、﹃和語燈録﹄に収められており、法然の法語として伝えられてきたという点を 鑑みて、今回資料として用いた。 ︵ 2 ︶本法院義譲一述﹃三種深信聞書﹄では、﹁叙二種深信之立意﹂の標題の下、﹁問云、﹃大経﹄第十八願成就の文に ﹁聞其名号信心歓喜﹂と説き、智慧段に﹁明信仏智﹂と説きたまへば、法を信ずる、深信はあるべき筈なり、名号を 聴きて信心を決定する処に、直に本願名号を信ずる、法の深信一つにて事足るべし。然るに善導大師、法の深信の 外に機の深信を立て給ふは何の意趣かあるや。﹂という問いを立て、二種深信の立意を明かそうとする。その答え として、﹁一には自力を捨て他力に帰せしめん為の故に。二に機の疑を除きて願力を信ぜ令めん為の故に、此二つ の訳ありて善導大師二種深信を建立し給ふなり。﹂と二義を挙げ、﹁二に機の疑を除きて願力を信ぜ令めん為の故 に﹂の証文として、﹁和語燈録﹄﹁往生大要紗﹂を引いている︵続真宗大系十三一・六四