博 士 ( 農 学 ) 丸 山 宗 利
学 位 論 文 題 名
Biosystematics of the myrmecophilous genus Pella (Coleoptera,Staphylinidae) .
(好蟻性Pella 属の生物体系学的研究(甲虫目、ハネカクシ科))
学位論文内容の要旨
アリ 社会 に 別の 生き 物が 依存 す る現 象を 好蟻 性と い う。Pella属 はヒ ゲブトハネカ クシ亜科の Lomechusini族Myrmedoniina亜族 に 属す る好 蟻性 甲 虫の 一群 であ り、 旧 北区 から 約30種が 記 録 さ れて いる 。 体長3.5〜7.Omm程 度 で、 主に ケア リ属クサア リ亜属を寄主とし、巣の清 掃者あるい はアりの捕 食者として生活している。Pella属甲虫は好蟻性種とし ては大型であることから比較的多 く の 研 究 者 に よ っ て 調 査 さ れ て は い る が 、 そ の 成 果 は 断片 的な 記載 発 表に とど まっ てい る 。 好蟻 性昆 虫 の共 生の 実体や共 進化に関する研究が近年脚 光を浴びつっある。Pella属 甲虫は分布 域に おいて最も普通かつ個体数 の多い好蟻性昆虫であり、好 蟻性昆虫の進化学的研究に 関して非常 に有 用な材料となる可能性が高 い。よって、本属に関する総 合的研究は、好蟻性に関す る研究の推 進に 寄与することが期待できる 。本論文では、形態学・系統 学・分類学・生態学(生活 史・行動)
という4つ の視点からPella属甲虫に関 する研究を進めた。
形態
PeZ幽属甲虫の詳 細な形態学的調査はなされ ておらず、属の定義も曖味な 状態にある。実際、月池 属の分類学的取り 扱いは非常に不安定であり、 独立属あるいはろ弸s属の亜 属とされることがある。
いっ ぽ う、 ろ翻s属 は多 くの 亜属を含み、その分類は 非常に混乱している。ろ俄班 属はLomechusmi 族の 約 半数 を占 め、 この こ とは 族全 体の 混 乱を 意味 する。これらの問題はLomechusmi族における 形態 学 的研 究の 不足 に起 因 するものと考えられるので 、ここでは月Bぬ属甲虫の形 態を詳細に検討 し、さらにはLomechus血i族他属との比較形態 学的調査を行った。
く成虫形態>
A皰属 の概 形 は好 蟻性 であ るに も かか わら ず、 自由 生 活者 と大 きく 異 なるとこ ろは少ない。た だし 前胸背板の側方へ広が った形態は好蟻性種一般に 広く観察されるもので、好蟻 性への形態的適 応を示唆する。色 彩は寄主アりのものと似る傾 向があり、とくに血口eおぬ 種群における漆黒の色彩 や体表の艶は寄主 であるクサアリ類に良く似ており、nzぬめZぬ種群も寄主であるム・。.me卸脚属に 酷似し、ともに毒 性めぁる寄主へのべーツ擬態 の可能性が考えられる。
ヒ ゲブトハネカクシ亜科 における高次レベル(亜族 、属群、属)の関係を調べる 上で、口器は最 も重 要な形質であると考え られている。今回その下唇 の形態を詳しく観察し、その 内突起部分の有 用性(属問での差 異が大きく、非相同同形が少 ない)を初めて示した。
く幼虫形態冫
ハ ネカクシ科幼虫形態に 関する研究例は大変少なく 、今回初めてA虹′a属におけ るその外部形態 を詳 しく調査した。概形は 成虫と同様に自由生活者と 異なるところは少ない。最も 注目すべき形質 状態 と して 、頭 部と 上唇 が 完全 に融 合し て いる 点が ある 。こ れ は他 のkmechusmi族にも観察され るが 、ハネカクシ全体で特 異なものであり、本族の固 有派生形質である可能性が示 唆される。その ほ か 、 幼 虫 が 蛹 化 の 際 に 繭 を 作 る こ と が 判 明 し 、 肛 門 か ら 絹 糸 を 出 す こ と が 観 察 さ れ た 。
‑ 1224−
歪―筮
Lomechusmi族 はそ の大 部 分が 好蟻 性に よ って 構成 され 、好 蟻性の進化パタ ーンを研究する上で 好適 な 材料 であるが、 族内の系統関係は未だ調査 されていない。好蟻性種の形 態は寄主への適応に よっ て 非常 に特殊化し ており、類似する形態形質 の多くが平行・収斂の効果に 由来するため系統解 析に 有 用で はない。し たがって、信頼できる形態 形質に基づぃた系統関係の解 析が必要とされてい た。 こ こで は系 統解 析に 有 用と 考え られる口器の 形質を使用し、Lomechu8血i族の姉妹群と考えら れ るAthetmi族 の 種 を 外 群 に 選 び 、 分 岐 学 的手 法を 用い 、B畆幽 属 の種 を含 むLomechus血i族19 種間の系統解析を 行った。
この結果、月巳 ぬ属の単系統性は以下の固有 派生形質によって支持され た:1)唇舌に剛毛を欠き 感覚孔を有する;2)下唇髭の第2節が1節とほ ぽ等幅。また、以下の共有派生形質により朋り伽Decぬ 属と の 姉妹 群関 係が 支持 さ れた :1)前 基節 基部 内突 起 の側 方が突出する;2)下唇髭の第2節が1 節と ほ ぽ等 長。朋おmDed白属は好蟻性種からなり 、好蟻性が両属のグランドプ ランである可能性が 高い。
Lomechusmi族 に はkmechus血aとMyrmedonimaの2亜 族 が 知 ら れ る が 、 本 研 究 に よ り Lomechus血a亜 族 がMyrmedonima亜 族 の 内 群 に 位 置 づ け ら れ る こ と が 判 明 し 、Myrmedonima の非単系統性が示 された。
ろ 弸s属 は 世界 から67亜 属800種 が知 ら れる が、 属の 定義 は曖味であり、 その単系統性が示さ れた こ とは ない 。今 回、 こ のう ち4亜属 を解 析に 加え た が、 その系統位置はLomechus血i族内で分 散し、ろ伽s属の非 単系統性を明白に示すこと ができた。
得 ら れ たLomechusmi族の 系統 樹に 各 種の 好蟻 性の 有無 を 対応 させ たと ころ 、 族内 での 好蟻 性 の進 化 は少 なく とも4回 、独 立し て 生じたことが 示された。好蟻性の複数回進 化は以前から示唆さ れ て い た も の の 、 そ れ を 検 証 し た 例 は な く 、 単 一 族 内 で の 複 数 進 化が 今回 初 めて 示さ れた 。
分一類
Pella属に は、 原記 載 後一 世紀以上が過ぎ 、未だ再記録・再記載がなさ れていない種も多い。ま た、Pella属/丶丶の所属の疑わしい種も残されている。したがって、本属の生物学的進展のためには、
その 分類学的検討 が必要不可欠である。本研 究はこの要請に応えるもので あり、既知種の全てと多 くの 未記載種を扱 い、新たな分類学的枠組み の構築を試みた。既知種にっ いてはほば全ての種のタ イプ標本を調査した。
ま ず、Pella属 に所 属 する 全種 に共 通 な形 態形 質を 探索し、成虫形質 に基づくPella属の再定義 を行った。また、いく っかの種のに幼虫形質基づき 、Pella属の定義補強を図り 、さらに卵、蛹など 他の未成熟期の記載を 行った。
Zyras属 の亜 属と され て いたMyrmelia、Lepム 、B畆航 泣rDmnn幽に 含 まれ てい た種 をBBZ′a属 に移 すと と もに 、こ れら の分 類 群を 凡tな属 の同 物異 名とした。その結 果n新種を含む37種をA也b 属に 認め、それら の記載・再記載を行い、同 定のための検索表を付けた。 また、各種の分布や寄主 アり に関 す る情 報を まと めた 。 従来 月池 属に 置か れ てい た6種を 別属 へ移 し、 それらの再記載を 行った。
生 態
好蟻 性は 興 味深 い生 態学的適 応の1っであり、その進化パ ターンを知る上で、各種の 生活史や行 動は 情報源として大変重要であ る。ヒゲブトハネカクシには 非常に多くの好蟻性種が含 まれるもの の 、そ れら の 行動 や生 活史が詳 しく調べられた例は少ない 。ここでは調査を行ったPella属約10種 の 生活 史と 行 動観 察の 結果 を報 告 する 。
く 生活 史>
全て の種 で 年1化 であ ること が判明し、大部分の種では以 下の発生経過をたどる。春 先に成虫が 出 現し 、す ぐ に交 尾・ 産卵する 。未成熟期はそれぞれ、卵 (2日)、1齢幼虫(2―3日) 、2齢幼虫
(2―3日) 、 蛹(5−7日) であ り 、約11−15日 のごく短期 間で成虫となる。新成虫は 秋遅くまで 活 動し 、そ の まま 越冬 する。別 の2種では上記とは明らかに 異なった生活史を持ち、幼 虫か蛹で越 冬 する 可能 性 が考 えら れた。Pella属甲虫は通常同所的(同 一巣)に6―8種が生息し、 このような 生 活史 のず れ は季 節的 なす みわ け であ るこ とが 示唆 さ れる 。
―1225−
く行動>
Pella属成虫は通常、寄主の巣の清掃者(アリ死骸・餌の残り)、寄主アりの捕食者、寄主コロニ ー盗食寄生者という主に3つの食性パターンを持つ。捕食は主に夜間に行い、寄主の 首 を噛み 切ることが観察された。幼虫は清掃者であり、アりの死骸から体液を吸汁する。幼虫、成虫ともコ ロニーから離れた場所へ餌を運搬するが、餌の運搬行動は甲虫ではあまり例がなく、アりによ る探索を逃れるための適応的な行動であることが想像される。
‑ 1226―
学位論文審査の要旨
主 査 教 , 授 諏 訪 正 明 副 査 教 授 斎 藤 裕 副 査 助 教 授 秋 元 信 一
副 査 助 教 授 大 原 昌 宏 ( 北 海 道 大 学 総 合 博 物館 )
学位論文題名
Biosystematics of the myrmecophilous genus Pella (Coleoptera ,Staphylinidae) 、
(好 蟻性 Pella 属の 生物体系学 的研究( 甲虫目、 ハネカク シ科))
本論文は 図版104 (図412) 、表 1 を含む総頁数 453 の英文論文であり、他に参考論文 27 編が添えられている。
Pella 属はヒゲブ卜ハネカクシ亜科のLomechusini 族 Myrmedoniina 亜族に属する好蟻 性甲虫の一群で、旧北区から約30 種が記録されている。主にケアリ属クサアリ亜属を寄主 とし、巣の清掃者あるいはアりの捕食者として生活している。本属甲虫は分布域において 最も普通かつ個体数が多く、好蟻性昆虫の進化を探る上で好適な研究対象生物群であると ともに、環境指標生物群としての有用性が高い。本研究は、形態学・系統学・分類学・生 態学(生活史・行動)という各視点からこのPella 属甲虫を総合的に調査し、昆虫類に広 く見られる好蟻性の進化を解決するための情報基盤を築くことを目的としており、その概 要は以下の通りである。
墜―襲
Pella 属甲虫の詳細な形態学的調査はなされておらず、属の認識は定まっていなぃ。また Lomechusini 族全体の分類体系も混乱した状況にある。ここではPella 属甲虫の形態を詳 細 に 検 討 し 、 さ ら に は Lomechusini 族 他 属 と の 比 較 形 態 学 的 調 査 を 行 っ た 。 成虫の色彩は寄主アりに類似する傾向があり、とくにfunetsta 種群における漆黒の色彩 や体表の光沢は寄主であるクサアリ類に良く似ている。ru 轟め′.ぬ種群も寄主である ムみme 卸 um 属に酷似し、ともに毒性のある寄主ーのべーツ擬態の可能性が考えられた。
ヒゲブトハネカクシ亜科における高次レベル(亜族、属群、属)の関係を調べる上で、
口器は最も重要な形質であると考えられている。本研究においてその下唇の形態を詳しく 観察し、その内突起部分の有用性(属間での差異が大きく、非相同同形が少ない)を初め て示した。
―1227―
最 も注 目す べき幼虫の形質状態として、頭部と上唇が完全に融 合するという特異な点が あ り 、本 族の 固有派生形質である可能性が示唆された。そのほか 、幼虫が蛹化の際に繭を 作 ることが判明し、肛門から絹糸を出すことが観察された 。
歪亅慮
Lomechusini族 はそ の大 部分 が 好蟻 性種によって構成され、好 蟻性の進化パターンを研 究 す る上 で好 適な材料であるが、族山の系統関係は未だ調査され ていない。ここでは系統 解 析 に有 用と 考え られ る口 器の 形質 に基 づき 、Pella属 の種 を含 むLomechusini族19種間 の 系統解析を分岐学的手法を用いて行った。
こ の 結 果 、Pella属 の 単 系 統 性 は2っ の 固 有 派 生 形 質 に よ っ て 支 持 さ れ た 。 ま た 、 Wyrmoecia属 と の 姉 妹 群 関 係 が 支 持 さ れた 。Myrmoec凾 属も 好蟻 性 種に より 構成 され る の で、両属の祖先種が好蟻性であった可能性が高い。
得 られ たLomechusini族 の系 統 樹に 各種の好蟻性の有無を対応 させたところ、族内での 好 蟻 性の 進化 は少 なく とも4回 、 独立 に生じたことが示された。 好蟻性の複数回進化は以 前 か ら示 唆さ れていたものの、それを検証した例はなく、単一族 内での複数回進化が今回 初 めて示された。
盆亅匱
ぬ ぬ属 の分 類体系には定説がなく、種の同定も容易でない状況 にあり、また、本属の生 物 学 的研 究が 進展するためにも、その分類学的検討が必要不可欠 であった。本研究はこの 要 請 に応 える ものであり、既知種の全てと多くの未記載種を扱い 、新たな分類学的枠組み の 構 築 を 試 み た 。 既 知 種 に つ い て は ほ ば 全 て の 種 の タ イ プ 標 本 を 調 査 し た 。 ま ず、 全種 の成 虫形 質に 基づ きR也b属 の再 定義 を行 った 。 また 、数種の幼虫形質によ っ てR坦 ´a属 の定義補強を図り、さらに卵、蛹など他の未成熟期 の記載を行った。本属に 11新 種を 含む37種を認め、それらの記載・再記載を行い、同定の ための検索表を付した。
ま た、各種の分布や寄主アりに関する生態的情報をまとめ た。
生亅盤
多 くの 好蟻 性ハネカクシが知られるものの、それらの行動や生 活史が詳しく調べられた 例 は少なく、その情報の不足が好蟻性の進化パターンを知る上で大きな障害となっていた。
本 研 究で はこ の不 足を 補う ため12種 の月 仏属 甲虫 につ いて 、 その 生活史と行動を調査し た 。
全 て の 種で 年1化 であ った 。大 部分 の種 では 早春 の約ll―15日 問 の短 期間 で卵 から 成 虫 と なる が、 別の2種 では これ と は季 節的に異なった生活史を持 っていた。A也b属甲虫は 通 常 同所 的( 同一巣)に6ー8種が生息し、このような生活史の時 間的ずれは季節的なすみ わ けであることが示唆された。貝也函属成虫の食性が主として、清掃者、寄主アりの捕食者、
盗 食 寄生 者と いう3型 に類 別さ れ るこ と、幼虫は清掃者であり、 アりの死骸から体液を吸 汁 することが判明した。
以 上の よう に本 研究 は好 蟻性昆虫群Pella属に関する総合的な基礎情報を明 らかにした ものであり、その成果 は学術的・応用的に高く評価される。よって審査員一同 は丸山宗利 が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。 ―1228―