博 士 ( 農 学 ) 田 中 規 子 学位論文題名
アマゾン地域における日系移民の農業展開と協同組合の役割 一 ト メ ア ス 総 合 農 業 協 同 組 合 を 事 例 と し て ―
学位論文内容の要旨
本論文はブラジルアマゾン地域において世界的な胡椒産地を形成した日系移民農業の展 開 と そ こ に お け る 農 業 協 同 組 合 の 役 割 を 解 明 す る こ と を 課 題 と し て い る 。 序章においては、発展途上国における大土地所有と結ぴついたアグリピジネスの展開と 対比した小農による協同組合的展開の意義が明らかにされ、あわせてブラジルにおける日 系農業協同組合の特徴が示されている。そのなかで、従来の研究がコチア産業組合に代表 される都市近郊型農協に偏り、もうーつの類型である奥地型農協の分析が欠落していると が 示 さ れ 、 ト メ ア ス 総 合 農 業 協 同 組 合 を 対 象 と す る 意 義 が 明ら か に さ れ て い る 。 以 下 の 第1章 か ら 第4章 に お い て は 、1980年 を ピー ク と す る胡 椒生 産の動 向に 対応 し た 地 域 農 業 の 動 向 と 農 協 の 機 能 の 変 化 が 画 期 区分 に し た がっ て述 べられ てい る。
第1章はその前史であり、南米拓殖株式会社による殖民事業の内容とその撤退後の日系 移民社会の変容が述ぺられている。当初のカカオ栽培を目指した経営方針の失敗により移 民会社が撤退し、移民による自主的協同組合が自給的な陸稲生産と都市部への野菜販売を 基礎に設立されたこと。協同組合の事業が、農産物の販売、生活資料の購買、野菜・米の 前払いを主とした信用事業など、日本の産業組合の発展に影響を受けた総合的事業を行っ ていたことを示している。また、会社撤退後は日系移民社会の維持のために、協同組合が、
病院、学校、運輸など様々な社会インフラの整備を行い、農業のみならず日系社会の自治 に大きく寄与した点も指摘している。
第2章は、第二次大戦後の胡椒価格の高騰を受けて、トメアスおよびそれを取りまく日 系移民地において、急速な胡椒の産地形成が行われる過程が示されている。胡椒生産の拡 大に対応して、トメアス農業協同組合は国内外市場への販売網を確立し、倉庫、組合事務 所などの施設整備を行っている。また、生産資材を多用する胡椒生産農家に対し、肥料、
機械、農薬などの供給を伸ぱし、開拓期における生活購買事業中心から、生産資材中心の 購買事業へと移行した。またそれによって生じる農家の資金需要においては、政府融資の 転貸、「為替前借り」を原資とした信用事業も行っていた。その他にも農事部を設置し、
農業試験場などにおける技術開発と営農指導を行うなど、胡椒の産地形成を支える総合的 事業展開を行ったことを明らかにしている。
第3章においては、農業協同組合の総合的事業展開の基礎となった資金の調達・運用構 造 を 明 ら か に し て い る 。1960年 代 か ら70年 代 に おい て は 、 農協 の運 転資金 は潤 沢で あり、政策資金と「胡椒輸出前借り融資」を原資として、組合員への融資と自己の運転資
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金と して いた 。し かし 、1980年 代に なると 胡椒 価格 の低 迷と イン フレ の高 進を 伴った ブラジル経済の悪化、さらには政策融資の削減によって、「胡椒輸出前借り融資」への依 存が強まり、経営危機に至る。ピメンタ「為替前借り」金融の特徴は、生産物担保であり 90日以内支払いという短期融資であったこと、投機的に推移するピメン夕価格に影響され ること、ドル金融であったためインフレ下でも目減りせず、逆に焦げ付きは急激に増大す る仕組みの金融であることから、リスクの高い内部構造を有していた。っまり輸出農産物 を主作物とせざるをえない、奥地型農業における協同組合の総合的事業展開が、限界を示 したことを明らかにしている。
第4章 で は 、1970年 代 に発 生し た胡 椒の 病害 の蔓 延を 契機 とし た胡 椒単作 から 経営 多角 化へ の農 協の 対策 を示 して いる 。多角 化は1970年代 の生 産者 グル ープ によ る青果 物販 売か ら始 まる が、 東北部との産地間競争に敗れる。1980年代の経営危機の過程で、
ジュース加工原料を含めた多角化が推進され、以降、熱帯果樹(クプアス、アセ口ラ、マ ラク ジャ )と の多 角化 が進 めら れて いる。 しか し、1990年代 に農 協は 再び 経営 危機に 陥り、胡椒を中心とした総合的事業展開を廃止せざるを得ず、熱帯果樹加工を中心とした 販売 組合 へと 転換 して いる 。さ らに 、ブラ ジル 経済 は1994年 まで は高 イン フレ 、以後 はレアルプランによる不況下にあり、日本への出稼ぎが急増しており、農業危機の中で多 角経営が行われている。その中でも熱帯果樹との多角化を進めている中規模層にとって、
協同組合の加工事業が必要とされているのである。
終章では、以上を総括した上で、総合的考察を行っている。ブラジルの発展途上地域で あるアマゾン農業において、日系移民の協同組合が果たした役割は、胡椒の産地形成に求 められる。アマゾンという未開の地において、地理的気候的問題を克服し、胡椒という輸 出農産物の世界的産地を形成し、協同組合がそれを支えたのである。また、社会インフラ を整備し、農事部においては試験研究、営農指導、技術開発研究を行うなど、協同組合は 農家単位では行えない事業を担ってきた。事業的には胡椒の「為替前借り」という輸出農 産物に対する低利融資を原資とし、組合運営、信用事業に運用していたことが、その内部 構造を支えていたためである。ブラジルにおいて「部市近郊型」の日系協同組合が事業上 の特徴として有していた総合的事業方式が、「奥地型」の日系協同組合にも同様に見られ たのである。
しかし、ピメンタを基幹とした世界市場向けの商品生産化と小農との矛盾も指摘しなけ ればならない。移住地における農業経営はプランテーション農業を典型として、モノカル チャー型が一般的であり、トメアスにおいてもこの点は否めなかった。しかしながら、そ れらは国際商品であり、価格変動が激しく、小農経営によるりスク負担の吸収はきわめて 厳しい。この点は、貿易金融を原資とした前貸し金融によって一定克服されたが、最終的 には協同組合の破綻となって現れたのである。
また、モノカルチャー農業は地力収奪的であり、第4章において示したようにかなり早 期からその脱却の試みが行われていたが、結果として現在のところ成功をみていない。上 層にみられる大規模牧畜業や大量の雇用労働に依拠するピメンタモノカルチヤー経営は企 業的展開を目指すものであり、協同組合的結集とは正反対の方向に向かうものと思われる。
これに対し、中規模層にみられるアグ口フオーレストリーなどの環境保全型農業への取り 組みが注目されるが、こうした方向こそが今後の協同組合の再生にとって大きな足がかり になるものと考えられる。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査
副 査 副 査
教授 教授 助教授
太田原 黒河 坂下
高昭 功 明彦
学位論文題名
アマゾン地域における日系移民の農業展開と協同組合の役割
. ― ト メ ア ス 総 合 農 業 協 同 組 合 を 事 例 と し て 一
本 論 文 は 、 序 章 、 終 章 を 合 わ せ6章 か ら な る128ペ ー ジ の 和 文 論 文 で あ る 。 図20、 表37を 含 み 、 他 に 参 考 論 文2編 が 添 え ら れ て い る 。
開 発 途 上 地 域 の 農 業 問 題 に お い て は 、 植民 地時 代か らの 大土 地所 有と モ丿 カル チヤ ー農 業 の 存 在 、 さ ら に は 多 国 籍 ア グ リ ピ ジ ネ スの 参入 など 、国 内の 貧困 ・所 得格 差問 題か ら世 界 的 な 環 境 破 壊 問 題 に 至 る 矛 盾 が 山 積 し てい る。 こう した 現実 に対 して 、農 地改 革の 実施 や 貧 困 層 に 対 す る 所 得 対 策 、 農 法 問 題 な ど に っ い て 国 際 機 関 やNP〇 な ど の 多 く の 提 言 が 行 わ れ て い る 。 な か で も 、 小 農 に よ る 協 同組 合の 育成 は政 策的 にも 大き く位 置づ けら れて い る 分 野 で あ る 。 こ う し た 課 題 に 対 し 、 本論 文で は、 日系 移民 が設 立し 一定 の成 果を あげ て い る ブ ラ ジ ル の 日 系 農 協 を 対 象 と し て 、そ の事 業展 開を 追う こと から 開発 途上 地域 にお け る 協 同 組 合 の 可 能 性 を 追 求 し た も の で ある 。ブ ラジ ルの 農協 はコ チア 産業 組合 に代 表さ れ る 「 都 市 近 郊 型 」 の 展 開 を 特 徴 と す る が、 アマ ゾン とい う「 奥地 型」 の輸 出農 産物 (胡 椒 ) を 基 幹 と す る ト メ ア ス 農 協 を 対 象 と して 、そ の事 業構 造の 特徴 を総 合事 業型 とし て描 き 出 し て い る 。
序 章 で は 、 以 上 の 分 析 視 角 を 述 べ る と とも に、 ブラ ジル にお ける 農協 展開 を示 し、 事例 の 位 置 づ け を 行 っ て い る 。 第1章 か ら 第4章 に お い て は 、1980年 を ピ ー ク と す る 胡 椒 生 産 の 動 向 に 対 応 し た 地 域 農 業 の 動 向 と 農協 の機 能の 変化 が画 期区 分に した がっ て述 べら れ て い る 。
第1章 は そ の 前 史 で あ り 、 南 米 拓 殖 株 式 会 社 に よ る 殖 民 事 業 の 内 容と その 撤退 後の 日系 移 民 社 会 の 変 容 が 述 べ ら れ て い る 。 移 民 会社 の撤 退後 、移 民に よる 自主 的協 同組 合が 自給 的 な 陸 稲 生 産 と 都 市 部 へ の 野 菜 販 売 を 基 礎に 設立 され 、当 初か ら日 本の 産業 組合 にな らっ た 総 合 的 事 業 が 行 わ れ て い た こ と 、 農 業 のみ なら ず日 系社 会の 自治 に寄 与し た点 も指 摘し て い る 。
第2章 は 、 第 二 次 大 戦 後 の 胡 椒 価 格 の 高 騰 を 受 け て 、 ト メ ア ス お よび それ を取 りま く日 系 移 民 地 に お い て 、 急 速 な 胡 椒 の 産 地 形 成が 行わ れる 過程 が示 され てい る。 胡椒 生産 の拡 大 に 対 応 し て 、 ト メ ア ス 農 業 協 同 組 合 は 国内 外市 場へ の販 売網 を確 立し 、施 設整 備を 行う と と も に 、 生 産 資 材 中 心 の 購 買 事 業 へ と 移行 した 。ま た農 家の 資金 需要 に対 応し て、 本格 ‑ 957―
的な信用事業を展開することが示されている。
第3章においては、事業の総合的展開の基礎をなした信用事業にかかわる資金の調達・
運用構造を明らかにしている。それは、政策資金と「胡椒輸出前借り融資」を原資として た もの であ り、1980年代 に胡椒 価格 の低 迷と イン フレ の高 進を 伴っ たブ ラジ ル経済の 悪化、政策融資の削減によって、「胡椒輸出前借り融資」への依存が強まり、経営危機に 至ることが示されている
第4章 で は 、1970年 代 に 発 生した 胡椒 の病 害の 蔓延 を契 機と した 胡椒 単作 から 経営 多角化への農協の対策を示すとともに、個別農家の事例分析から農家段階での多角化の様 相 を明 らか にし てい る。1990年 代に 農協 は再 び経 営危 機に 陥り 、胡 椒を 中心 とした総 合的事業展開を廃止せざるを得ず、熱帯果樹加工を中心とした販売組合へと転換している。
ブラジル経済はレアルプランのもとで依然として不況下にあり、農業危機の中で熱帯果樹 との多角化を進めている中規模層において、協同組合の加工事業が必要不可欠であること を明らかにしている。
終章では、以上を総括した上で、総合的考察を行っている。事例としたトメアス農協は、
都 市近 郊型 の農 協と は異なり、輸出農産物に依拠した展開を示すが、事業的には胡椒の
「為替前借り」という特殊な制度を活用しながら、日系協同組合が事業上の特徴として有 する総合的事業方式を採用していた点が再確認されている。
以上のように、本論文はブラジルにおける「奥地型」の農協の事業方式を解明するとと もに、それが形態は異なるとはいえ「都市近郊型」の農協と共通した総合的事業方式であ ることを明らかにして日系農協の事業方式の統一的理解を提示し、さらにはそうした事業 方 式 が も つ 脆 弱 性 と 制 度 的 支 援 の 必 要 性 を 明 ら か に し た と い う こ と が で き る 。 よって審査員一同は、田中規子が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有するも のと認めた。
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