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Academic year: 2021

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(1)

博 士 ( 水 産 科 学 ) 岩 田 容 子

    

学位論文題名

Conditional reproductive strategy     of the squid Loligo bleekeri     

(ヤリイカにおける条件付き繁殖戦略)

.学位論文内容の要旨

    行動 、形 態、 生理、生活史といった生物の形質には、しばしば種内・性内で表 現型 の多 様性 がみ られる。このような変異が進化的に安定に共存するメカニズムの ーっ とし て、 「各 個体がそれぞれの置かれた状況において、最も適応度が高くなる 戦術を選択する」という条件戦略が考えられる。条件戦略は、1)戦術は遺伝によっ て決定されず個体の意思決定により決まること、2)集団中の社会的相互作用により 決 定 さ れ る 各個 体 のstatusに伴い 戦術 が決 定さ れる こと 、3) 戦術 が切 り替 わる switch pointでは、両戦術の適応度は等しいこと、4)各個体の選択した戦術は他の 戦 術 よ り も 高 い 適 応 度 を も た ら す こ と に よ り 成 り 立 っ と 考 え ら れ て い る 。   条 件戦 略の 最も よく知られる例として、雄のサイズに依存した代替的繁殖戦術が 挙げられる。ヤリイカLoligoろleekeriは、環境条件によって成長率のばらっきが大き く、個体の成熟サイズに変異が大きいことが知られている。また、雄の成熟サイズに 2型が みら れる こと や、 精子 受け 渡し 場所 自体 が異なるという特殊な代替的繁殖戦 術を持つことから、個体によって繁殖成功の差が大きいことが予測される。さらに、

本種 は単 年性 で、1シー ズン のみ 繁殖 を行 うた め適応度を測定しやすく、条件戦略 を検証するのに適している。

  そ こで 本研 究で は、ヤリイカ雄の成熟サイズと競争能力、繁殖戦術の使い分け、

各 繁 殖 戦 術 の繁 殖 成 功 度 、 代 替 繁 殖 戦 術 に 伴 う 形 態 形 質のswitchを調 べる こと によ り、 表現 型多 様性を維持するメカニズムとして考えられる条件戦略について検 討する。

(2)

lヤリイ カの繁殖行 動:雄間 競争およ び交接行 動の記載

  はじめ に、飼育実 験による 行動観察 により、 本種にお いてほとんど知られていな か った 交 接前 個 体 間相 互 作用 ( 雄 間競争 ・求愛) と代替的交 接戦術に ついて記 載 した。 その結果、 性特異的 な体色変 化パター ンが観察 され、それらは雄間のディス プレイ 、雌への求 愛に用い られていた。雄間競争は1:1のコンテスト様式をとり、視 覚ディスプレイから接触ディスプレイ、攻撃へと段階的にエスカレートした。交接行 動 は 、 他 のLoligo属 と同 様 に 、雄 が 雌の 外 套 膜内 に 交接 腕 を 挿入 し 輸 卵管 開 口 部 に 精 莢 を 渡 すmale‑parallelと 、 雌 の 口 部 貯 精 嚢 付 近 に 精 莢 を 渡 す head‑to‑headの2つ の交接様 式が観察 された。 また、交 接中およ びガード中 の雌に 対するhead‑to‑head様式でのス ニーキン グが観察 された。

2行動的競争:雄間競争・交接行動における体サイズの影響

  体 サ イズ は 個 体の 競 争能 カ を 決定 する最も 重要な要因 であり、 雄の競争 能カの 差は代替 的繁殖戦 術を通し て繁殖成 功に強く 影響する ことが予測される。そこで、

    ,

雄2個体 、雌1個体 を1セット とし、雄 間の相対 サイズ比を 変えた行 動実験を 行い、

体 サ イ ズ 差 が 雄 間の 競 争 強度 に 与え る 影 響、 そ れに 伴 う 交接 行 動 の変 化 を調 べ た。

  その結果 、雄間の サイズが 近いほど 競争強度 が強く、 体サイズが1.2倍以上離れ ると優劣が明確になり、大型雄がディスプレイや求愛を多く行った。自分が相手より も小さくても、両者の体サイズ差が小さい時は、小型雄はディスプレイから威嚇、攻 撃へと雄間競争行動をエスカレートさせた。また、自分が相手よりも小さく、相手が male‑parallel交接試 行を多く 行ってい る時に、 小型雄はhead‑to‑head交接を多く 行うことが明らかとなった。これらの結果から、ヤリイカは競争相手とのサイズ差、相 手の振る舞いにより、ベア戦術とスニーキング戦術を使い分けていると考えられた。

3精子競 争:代替 的繁殖行 動による 受精成功 の違い

  ヤ リ イ カ類 の 行動 的 特 徴か ら、雌は 産卵時に 複数の雄由 来の精子 を保有し てお り、交 接成功だ けで雄の 繁殖成功 を評価す ることは難しい。そこで、交接行動の観 察と遺 伝的手法 による親 子判定を 同時に行 うことにより、交接様式と受精成功の関 係を明 らかにし た。

    ー85−

(3)

  3度 の 実 験で 産 卵 され た4腹 の卵の父 子判定を 行ったと ころ、全 ての雌の産 んだ 卵におい て複数の 父親が確 認された 。また、 産卵直前 にmale‑parallelを行った雄 が約90%、headーto‑headによるスニーキングを行った個体は8.5%の卵を受精させる こと、実 験開始以 前に野外 で交接を 行った個 体もわずかな卵を受精させること、同 一雌 の 産 んだ 複 数 の卵 嚢 間で父性 の割合が 異なるこ とが明ら かになった 。雄間の 受精成功 の差は、 交接様式 により精 子を受け 渡す部位が異なることによって、卵と 精子が出会う時間のずれにより生じると考えられた。

4形態的適応:代替的繁殖戦術に対応した精子投資戦術

  代 替 的 繁 殖 戦 術に 伴 い 、ベ ア 戦術 者 は 行動 的 競 争に 有 利と な る よう な 外部 形 質を、ス ニーキン グ戦術者 は行動的 競争の不 利さを補 填し、また常にさらされる精 子競争リスクに対応するため、より精子生産に資源を投資することが知られている。

そこで、 様カな外 部形態・ 精子競争 に関する 内部形態 (精莢長・生殖腺重量)にお い て 、 代 替 繁 殖 戦 術 に 対 応 し た 形 態 の 二 極 分 化 が 生 じ て い る か を 調 べ た 。   そ の 結果 、 雄 の成 熟 サイ ズ にお いて2型は 見られず 、各外部形 ・態に2型 は見ら れ な か っ た 。一 方 、内 部 形 態〈 精 莢長 ) に は外 套 長204mmで明 確 な2型 に分 か れ るswitch pointが見ら れ、それ より大き い雄は長 い精莢、小さい雄は短い精莢を作 ることが明らかとなった。生殖腺(精巣と付属腺)への投資量を比較したところ、小型 個体ほど 生殖腺全 体量ヘエ ネルギー を多く投 資してい た。また、体サイズの大型化 に伴 い 精 巣重 量 の 増加 率 は減 少 すること 、小型雄 は付属腺へ より多く のエネル ギ ーを配分 すること が明らか となった 。付属腺 は生産さ れた精子を貯蔵、精莢にパッ ケー ジ ン グし 、 完 成し た 精莢 を 貯蔵する 部位であ る。生殖腺 内での投 資配分の 違 いは、精莢長でみられた戦術の違いを反映し、パッケージングにかかるコストに対応 していると考えられた。このような内部形質における不連続なパターンは、異なる精 子 受 け 渡 し 場 所 を 持 つ 代 替 繁 殖 戦 術 を 反 映 し て い る と 考 え ら れ た 。

5総 合考 察

  本 研 究で 得 ら れた 優 劣の決 定される 体サイズ 比、交接 行動の違い 、各交接 行動 の受 精 成 功率 、 成熟 雄 のサ イズ頻度 分布を用 い、雄の 体サイズに 伴う代替 的繁殖

(4)

戦術問での繁殖成功度の違いを検討した。個体群中で、ランダムに出会った他個 体と1:1の対戦を行うと仮定し、ベア戦術を行った場合の繁殖成功度の期待値を、

(対戦の勝利確率)x (male‑parallelの受精成功率90%)で試算した。また、スニー キング戦術を行った時の繁殖成功度は常に10%とし、繁殖成功度を求めた。その 結果、ベア戦術による雄の繁殖成功度の期待値は体サイズにより大きく異なり、外 套長約19 5mmでスニーキング戦術による期待値を下回った。このことから、ヤリイカ において、より高い繁殖成功が期待される雄の戦術は個体のサイズによってswitch することが明らかとなった。この予測された戦術のswitch pointと、精莢でみられた 形態のswitch pointは概ね一致していた。

  以上のことから、ヤリイカ雄では、自身の成熟サイズと競争相手となる他個体のサ イズ頻度分布によって各個体の有利な戦術は異なると判断された。ヤリイカの雄に 見られる表現型の多様性は、「各個体がより高い適応度を得られる戦術を選択す る 」 と い う 条 件 戦 略 に よ っ て 維 持 さ れ て い る と 考 え ら れ た 。

(5)

学位論文審査の要旨 主査

副査 副査 副査

教授 教授 助教授 助教授

桜 井 泰 憲 帰 山 雅 秀 綿 貫    豊 宗 原 弘 幸

     学位論文題名

Conditional reproductive strategy     of the squid 工 oligo bleekeri

( ヤ リ イ カ に お け る 条件 付 き 繁殖 戦 略 )

  同 種 ・ 同 性 内 で み ら れ る 行 動 、 形 態 、 生 理 、生 活 史 とい っ た 表現 型 の 多様 性 が 進化 的 に 安 定 に 共 存 す る メ カ ニ ズ ム の ー っと し て 、 「各 個 体 がそ れ ぞ れの 置 か れた 状 況 に お い て 、 最 も 適 応 度 が 高 く な る 戦 術 を選 択 す る 」と い う 条件 戦 略 が考 え ら れて い る 。 条 件 戦 略 の 最 も よ く 知 ら れ る 例 と し て、 雄 の サ イズ に 依 存し た 代 替的 繁 殖 戦術 が 挙 げ ら れ る 。 ヤ リイ カLoligo bleekeriは 、 環 境条 件 に よっ て 成 長率 の ば らっ き が 大き く 、 個 体 の 成 熟 サ イ ズ に 変 異 が 大 き い こ と が 知 ら れ て い る 。 ま た 、 雄 の成 熟 サ イズ に2 が み ら れ る こ と や 、 精 子 受 け 渡 し 場 所自 体 が 異 なる と い う特 殊 な 代替 的 繁 殖戦 術 を 持 つ こ と か ら 、 個 体 に よ っ て 繁 殖 成 功 の差 が 大 き いこ と が 予測 さ れ る。 そ こ で本 研 究 で は 、 ヤ リ イ カ 雄 の 成 熟 サ イ ズ と 競 争 能力 、 繁 殖 戦術 の 使 い分 け 、 各繁 殖 戦 術の 繁 殖 成 功 度 、 代 替 繁 殖 戦 術 に 伴 う 形 態 形 質 のswitchを 調 べる こ と によ り 、 表現 型 多 様性 を 維 持 す る メ カ ニ ズ ム と し て 考 え ら れ る 条 件 戦 略 に つ い て 検 討 し た 。

1ヤ リ イ カ の 繁 殖 行 動 : 雄 間 競 争 お よ び 交 接 行 動 の 記 載

  は じ め に 、 本 種 に お け る 交 接 前 個 体 問相 互 作 用( 雄 間 競 争・ 求 愛 )と 代 替 的交 接 戦 術 に つ い て 記 載 し た 。 雄 間 競 争 は11のコ ン テ スト 様 式 を とり 、 視 覚デ ィ ス プレ イ か ら 接 触 デ ィ ス プ レ イ 、 攻 撃 へ と 段階 的 に エス カ レ ート し た 。 雄が 雌 の 外套 膜 内 に交 接 腕 を 挿 入し て 輸 卵管 開 口 部に 精 莢 を渡 すmale‑parallelと 、雌 の 口 部貯 精 嚢 付近 に 精 莢 を 渡 すhead‑to‑head2つ の 交 接 様 式 が 観 察 さ れ た 。 ま た 、 交 接 中お よ ぴ ガー ド 中 の

(6)

雌 に 対 す る head‑to‑head様 式 で の ス ニ ー キ ン グ が 観 察 さ れ た 。 2行動的競争:雄間競争・交接行動における体サイズの影響

  雄2個体、雌1個体を1セットとし、雄間の相対サイズ比を変えた行動実験を行い、

体サイズ差が雄間の競争強度に与える影響、それに伴う交接行動の変化を調べた。そ の結果、雄間のサイズが近いほど競争強度が強く、体サイズが1.2倍以上離れると優 劣が明確になり、大型雄がディスプレイや求愛を多く行った。小型雄は相手によって 雄間競争行動のエスカレート度合いや交接行動を変化させた。これらの結果から、ヤ リイカは競争相手とのサイズ差、相手の振る舞いにより、ベア戦術とスニーキング戦 術を使い分けていると考えられた。

3精子競争:代替的繁殖行動による受精成功の違い

  ヤリイカ類の行動的特徴から、雌は産卵時に複数の雄由来の精子を保有している。

そこで、交接行動の観察と遺伝的手法による親子判定を同時に行うことにより、交接 様式と受精成功の関係を明らかにした。

  3度 の 実 験 で 産 卵 さ れ た4腹 の 卵の 父 子判 定 を行 っ たと こ ろ 、産 卵 直前 に male‑parallelを行った雄が約90%、head‑to‑headによるスニーキングを行った個体は 8.5%の卵を受精させること、実験開始以前に野外で交接を行った個体もわずかな卵を 受精させること、同一雌の産んだ複数の卵嚢間で父性の割合が異なることが明らかに なった。雄間の受精成功の差は、交接様式により精子を受け渡す部位が異なることに よ っ て 、 卵 と 精 子 が 出 会 う 時 間 の ず れ に よ り 生 じ る と 考 え ら れ た 。 4形態的適応:代替的繁殖戦術に対応した精子投資戦術

  代替的繁殖戦術に伴い、ペア戦術者は行動的競争に有利となるような外部形質に、

スニーキング戦術者は行動的競争の不利さを補填し、また常にさらされる精子競争リ スクに対応するため、より精子生産に資源を投資することが知られている。そこで、

様々た外部形態・精子競争に関する内部形態(精莢長・生殖腺重量)において、代替 繁 殖 戦 術 に 対 応 し た 形 態 の 二 極 分 化 が 生 じ て い る か を 調 べ た 。   その結果、雄の各外部形態に2型は見られなかったが、精莢長には外套長204mm で明確な2型に分かれるswitch pointが見られ、それより大きい雄は長い精莢、小さ い雄は短い精莢を作ることが明らかとなった。また、生殖腺(精巣と付属腺)への投 資量も体サイズによる違いがみられ、体サイズの大型化に伴い精巣重量の増加率は減 少すること、小型雄は付属腺へより多くのエネルギーを配分することが明らかとなっ た。このような内部形質における不連続なパターンは、異なる精子受け渡し場所を持

(7)

つ代替繁殖戦術を反映していると考えられた。

5総合考察

  本研究で得られた優劣の決定される体サイズ比、交接行動の違い、各交接行動の受 精成功率、成熟雄のサイズ頻度分布を用い、ベア戦術を行った場合の繁殖成功度の期 待値を、(1:1対戦の勝利確率)x(male‑parallelの受精成功率90%)で試算した。ま た、スニーキング戦術を行った時の繁殖成功度は常に10%とし、繁殖成功度を求めた。

その結果、ベア戦術による雄の繁殖成功度の期待値は、 外套長約195mmでスニーキ ング戦術による期待値を下回った。この予測された戦術のswitch pointと、精莢でみ られた形態のswitch pointは概ね一致していた。

  以上より、ヤリイカ雄にみられる表現型の多様性は、自身の成熟サイズと競争相手 となる他個体のサイズ頻度分布により、「各個体がより高い適応度を得られる戦術を 選択する」という条件戦略によって維持されていると考えられた。本研究は、イカ類 において、代替的繁殖戦術による繁殖成功の違い、内部形質(精莢)の明確な2型を 世界で初めて明らかにしている。これらの成果は、イカ類の繁殖生態解明に大きく寄 与するものと評価される。審査員一同は、本論文が博士(水産科学)の学位を授与さ れる資格のあるものと判定した。

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