博 士 ( 法 学 ) 正 木 宏 長
学 位 論 文 題 名
行政法と官僚制 学位論文内容の要旨
序 章
本 論 文は 、「 専 門性 」「 中 立性 」と い う官 僚制 の諸概念に着目 して、行政法学に おける問題解決体系 のフ ロン テ ィア を発 見 し、 開拓 す る試 みで あ る。 また 、考察に際して 、行政学やその他 の隣接諸学問と行政 法学 との 関 篠を 検討 す るこ とを 副 次的 目的 と する 。第 一章では、隣接 諸学問と行政法の 関係を考察する第一 作業 とし て 「行 政法 学 と行 政学 」 との 関係 に つい て総 説的に考察する 。第二章では官僚 制の「専門性」と行 政法 との 関 係を 、第 三 章で は官 僚 制の 「中 立 性」 と行 政法との関係を 考察する。終章で は上の考察をふまえ て、
わ が 国 の 行 政 法 に お け る 行 政 官 僚 制 の 「 専 門 性 」 と 「 中 立 性 」 の 問 題 を 論 じ る 。 第 一 章行 政法 学 と行 政学
わ が 国で 行政 法 学と 行政 学 との 「対 話 」は 第二 次世界大戦後、 その必要性が認識 されつっも、次第に 低調 とな っ てい った 。 行政 法学 と 行政 学の 分 離は 広が り、現在も「対 話」の試みはなさ れているのだが、差 は広 がり 続 けて いる 。 行政 法学 と 行政 学の 対 話が 活発 でないのはドイ ツ・フランス・ア メリカにおいても同 様で ある 。
第 二 章 専 門 性 と 行 政 法
官僚 制 の担 い手 で ある 官僚 が 専門 性を 有 して いることは非 常に古くから官僚 制の一命題であっ た。アメリ カ にお い ても 建国 期 から 行政 の 専門 性へ の 尊重 と不信が語ら れていた。行政学 では専門的公務員 制度の確立 の ため 政 治と 行政 の 分断 論が 発 達し たが 、 行政 法学ではニュ ー・デイール期に 行政過程の正統化 と司法審査 基 準の 双 方で 役割 を 果た す専 門 家理 論が 発 達し た。しかし、 専門家理論には当 初から批判があり 、一九七○
年 代 に 入 っ て 廃 れ た 。 ま た 、 プ ロ フ ェ ッ シ ョ ン に よ る 行 政 へ の 批 判 の 議 論 も 現 れ た 。 しか し 、一 九ハ 〇 年代 以降 、 テク ノク ラ ート の科学的専門 性の尊重の議論や 行政官僚制の専門 性の再評価 の 議論 が 現れ てき て 、現 在、 行 政法 の争 点 とな って い ると ころ で ある 。
判例 で は二 〇世 紀 中盤 には 専 門家 理論 が 一定 の役割を果た していたが、現在 では専門性の理論 の役割は低 く なっ て いる 。近 年 のア メリ カ 行政 法の 最 重要 判例 で あるChevron判 決とそれ に続く諸判例も行 政の専門性 に 関わ る もの だが 、 その 範囲 は 依然 とし て 不透 明で あ る。
アメ リ カに おけ る 議論 を見 る と、 専門 性 はの 行政の日常的 活動による専門性 ◎科学的専門性◎ プロフェツ シ ョン の 専門 性に 類 型化 可能 で ある 。
第 三 章 中 立 性 と 行 政 法
ドイ ツで は 中立 性の 議 論と して 、 議会 や社 会と ぃった諸勢カからの 行政官僚制勢カの 中立性が古くから 論 じ られていたの に対し、アメリカ では猟官制の敷衍 を背景に、ます官僚 制を構成する個々 の公務員の「政治 」 か らの中立性か ら議論がなされた 。そこでは行政学 の「政冶」と「行政 」の分断論が一定 の役割を果たした 。 そ して 、行 政 法へ の司 法 的手 続の 導 入を へて 、手 続の司法類似性に基 づく中立性の議論 が導入され、最後 に 虜 理 論 の 問 題 提 起 も あ り 、 ド イ ツ 的 な 諸 勢 カ か ら の 官 僚 制 の 中 立 が 論 じ ら れ る よ う に な っ た 。 アメ リカ に おい て諸 勢 カか らの 行 政官 僚制 の中 立性は議会・執行部 ・私的利益の各々 に対応するものが 論 じ られ てい る 。議 会か ら の行 政官 僚 制の 中立 性は 議会委員会や議員個 人による介入が争 点となる。執行部 と の 関係 では 大 統領 の公 務 員の 任命 権 や行 政予 算管 理局による行政統制 が争点となる。私 益からの中立性は 行 政 手続 への 私 人の 参加 の あり 方が 争 点と なる 。
アメリカ行政 法で中立性の問題 を処理するう,え で一方的交信の禁止 の法理が大きな作 用を果たしている 。 そ して 、中 立 性の 根拠 と して は専 門 性が 挙げ ら れて いる 。
ま た 、 公 務 員 の 中 立 性 を 維 持 する シス テ ムと して 、 公務 員の 政 治活 動の 禁 止や 政府 倫 理法 制が あ る。
終 章 行 政 官 僚 制 と 日 本 行 政法
専 門性 に つい ては 、 @行 政の 日 常的 活動 による専門 性◎科学的専門性◎ プロフェッション の専門性につい て、 それ ぞ れ対 応す る 行政 法の 問 題が わが 国にも存在 する。わが国の行政 法では漠然と行政 の専門性が論じ られ てき た が、 上の 三 類型 から 議 論の 再構 築 が可 能で あ る。
中立性について、 わが国でばもっぱ ら公務員の政治活 動の禁止が行政法の 争点となっていた が、近年の「距 一 9
離」の原則の議論に見られるように、行政法が行政官僚制の諸勢カに対する中立性を論じる余地がある。
行政官僚制の「専門性」や「中立性」は、行政法学においても常に問題となり続けることである。にもか かわらず、我が国の行政法学は行政官僚制の「専門性」や「中立性」あるいは「政治」に対する「行政」の 問題をあまり論じてニなかったが、これらの問題は現代の行政法において避けて通れる問題ではない。その 意味では行政法の構造改革が必要とされているのであるし、議論の深化のためには行政学のような他の隣接 諸学問学問との連携も不可欠となる。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
行政法と官僚制
( 論 文 の 要 旨 )
本 論 文 は 、 主 と し て 1930 年 代 以 降 の ア メ リ カ 行 政 法 学 の 展 開 過 程 を 行 政 の 「 専 門 性 」 「 中 立 性 」 と い う 概 念 を 使 っ て 分 析 し 、 行 政 法 学 の 構 造 転 換 の 必 要 性 を 提 唱 す る も の で あ る 。 第 1 章 で は 、 わ が 国 に お け る 行 政 法 学 と 行 政 学 と の
「 対 話 」 の 必 要 性 が 認 識 さ れ つ っ も 、 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 対 話 が 低 調 と な り 、 行 政 法 学 と 行 政 学 の 分 離 が 広 が り つ っ あ る 状 況 が 示 さ れ る 。 第 2 章 で は 、 ア メ リ カ に お け る 官 僚 の 専 門 性 を め ぐ る 議 論 の 経 緯 を た ど る 。 ア メ リ カ で は 建 国 期 か ら 行 政 の 専 門 性 へ の 尊 重 と 不 信 が 語 ら れ て い た 。 ニ ュ ー ・ デ ィ ー ル 期 に 行 政 過 程 の 正 統 化 と 司 法 審 査 基 準 の 双 方 で 役 割 を 果 た す 専 門 家 理 論 が 発 達 し た が 、 1970 年 代 に 入 っ て 廃 れ た 。 し か し 、 1980 年 代 以 降 、 テ ク ノ ク ラ ー ト の 科 学 的 専 門 性 の 尊 重 の 議 論 や 行 政 官 僚 制 の 専 門 性 の 再 評 価 の 議 論 が 現 れ 、 現 在 、 行 政 法 の 争 点 と な っ て い る 。
第 3 章 で は 、 ア メ リ カ に お け る 中 立 性 を め ぐ る 議 論 の 経 緯 を た ど り 、 続 け て 、 議 会 委 員 会 や 議 員 個 人 に よ る 介 入 、 大 統 領 の 公 務 員 の 任 命 権 や 行 政 予 算 管 理 局 に よ る 行 政 統 制 、 行 政 手 続 へ の 私 人 の 参 加 の あ り 方 を 詳 し く 分 析 す る 。 終 章 で は 、 日 本 に お い て も 、 専 門 性 に つ い て 、 @ 行 政 の 日 常 的 活 動 に よ る 専 門 性 、 ◎ 科 学 的 専 門 性 、 ◎ プ ロ フ ェ ッ シ ョ ン の 専 門 性 が 存 在 す る と し て 、 行 政 の 専 門 性 を め ぐ る 議 論 を 、 上 の 三 類 型 か ら 再 構 築 す べ き で あ る と す る 。
(評価の要旨)
本 論 文 は 、 執 筆 者 に よ れ ば 、 「 専 門 性 」 「 中 立 性 」 と い う 官 僚 制 の 諸 概 念 に 着 1
目 し て 、 行 政 法 学 に お け る 問 題 解 決 体 系 の フ ロ ン テ ィ ア を 発 見 し 、 開 拓 す る こ こ ろ み で あ り 、 そ の 構 想 の 斬 新 さ にお いて 注目 すべ きも ので ある 。
道 格
一
武
龍
山 理
下
畠 亘
山
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
第1 に、アメリカ行政法理論を形成した巨星・俊英が次々と取り上げられ、主 張の簡潔な紹介とともに、その位置づけが試みられている。アメリカ行政法理論 の発展過程をモデルによって分析するという手法はスチュアー七が著名な論文
(1975 )で試みたものであるが、本論文は、同じ試みを「専門性」「中立性」
の 概 念 を 基 軸 に 成 し 遂 げ た と こ ろ に 大 き な 意 義 が 認 め ら れ る 。 第2 に、専門家理論の興隆・衰退・復権の過程を明確に跡づけるとともに、1 970 年 代以降 の行 政法 理論 を漸増 主義 と総 覧主義 の交 錯の 構図 の中に位置 づけ、市民共和主義理論にも言及するなど、現代行政法理論の形成に連なる 幾多の潮流にも十分な目配りがなされている。
第3 に、アメリカ合衆国において「中立性」を確保するための制度構築がなさ れてきた経過を、立法例・裁判例を取り上げ、詳細に明らかにしている。この種 の分析はこれまで先行する研究がほとんどなく、本論文が初めてのまとまった 研 究 業 績 と い え る だ け に 、 今 後 の 研 究 に 与 え る 影 響 が 大 き い 。 しかしながら、他方で本論文の欠点も散見される。第 1 章では日本における 行政学と行政法学の関連が詳しく取り上げられるが、有意味な結論に到達して いない。第2 章は、アメリカ行政法の諸学説の本格的な分析として評価できる が、すでに良く知られた著書・論文・判決の分析が大部分をしめ、新鮮さや意 外性にかける。また、各学説に対する執筆者自身の評価が先行し、関連する 多数の文献が十分に参照されていない。脚注の使い方にも一層の工夫が必要であ る。翻訳や記述にっいては、かなりに改善されてはいるが、さらに読みやすさを 心がけるべきだろう。
以上、執筆者の意気込みと論文の構想が大きいだけに欠点も目に付くが、こ れまでのアメリカ行政法を代表する大部の著書論文を時間を費やして読み込み、
執筆者の問題関心に即して最大限の整理を試みた点で、労作と評することができ る。本論文はアメリカ行政法研究の全く新しい方向を示す論文として学界から注 目されることが明らかであり、本論文のもつ特徴を最大限に評価し、審査員全員 の一致をもって合格と判断した。
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