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アメリカの高齢者対策におけるアドヴォカシーの役割

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はじめに

第二次世界大戦後、多くの先進諸国が福祉国家を理想 とし、福祉国家を目指した取り組みをしてきた。しかし、 近年その典型的な福祉国家である北欧諸国にも変容が見 られるようになってきた。北欧の福祉先進国の一つであ るスウェーデンにおいても、国家主導ですべての福祉政 策を担うことは財政的、サービスの質的に困難な状況と な り 、 民 間 独 自 の 力 に よ る NPO( Non Profit Organization)の拡大が見られるようになってきた。こ のことは、高齢化問題を抱える他の先進諸国においても、 現行の福祉システムに対するパラダイムの転換期である ことを示している。 このような変容のなかで、「アメリカ福祉国家は、選 別主義の徹底と福祉削減、労働力の再商品化によって事 態に対応しようとしている。」1)アメリカの高齢者政策 は指摘されているような多くの制約をかかえてはいる が、すぐれた成果も後述するようにないわけではない。 重要なことは、その背景に、NPOが、サービスの供給主 体として、またアドヴォカシー(advocacy)の主体とし て重要な役割を果たしていることである。NPOと政府の 関係を重要とするレスター・サラモン(Lester Salamon) は、国内政策に重点を置いたレーガン・ブッシュ政権下 における緊迫した財政圧縮のためには、この政府とNPO の相互関係が重要であると述べている。2)なぜなら1980 年代以降、アメリカ以外の先進諸国における福祉国家は、 政府主体の過去のシステムから政府とNPOの有効な関係 を築いたアメリカモデルへと転換しはじめているからで ある。3)イギリスにおいては、サッチャー政権が、NPO との契約を急速に広げていった。4) アメリカの高齢者政策の特徴は、政策形成から政策の 執行、政策のフィードバックまでの一連の政策システム のサイクルが明確であること。さらに、このプロセスに 一般高齢市民のアドヴォカシーグループが組み込まれて いることである。アメリカの政策過程においては政党政 治とともにロビイングが重要な位置を占めるが、そのロ ビイングを経て実現した高齢者政策は、高齢アメリカ人 法(The Older American Act)、高齢者向け公的医療保険 であるメディケア法(Medicare)、高齢化に関するホワ イトハウス会議(White House Conferences on Aging) の定例開催、雇用における年齢差別撤廃法(The Age Discrimination in Employment Act)、老人ホーム入居者 のために質の確保を義務づけるナーシングホーム規制法 (Nursing Home Reform Act)などがある。政策だけを列 挙すると、先進福祉国家では特筆すべき法ではないが、 これら政策の特徴は、高齢者自ら団体を組織し活動した 結果、勝ち取ったものである。このことは、一般高齢市 民が国の政策形成に関与できる可能性と機会が保証され ている点において重視されるべきである。 アドヴォカシーとロビイングの違いに関する研究はあ まりなく、アメリカにおいても明らかではない。アドヴ ォカシーを行う主体であるNPOの研究においてでさえ、 1985年頃までその違いは公共政策とは無関係であるとさ れており、その後急速に進んでいったものである。5)

溝 田 弘 美

1 はじめに 2 アメリカの高齢者政策の特徴 1.アメリカの高齢者政策の概要 2. 高齢アメリカ人法 3. メディケア・メディケイド 4. ナーシングホーム規制法 3 アメリカの高齢者政策過程 1.アメリカの政策過程の特徴 2.NPOの行うロビイングの役割 3.グレイロビー 4 アメリカの高齢者政策におけるアドヴォカシーの役割 1. アメリカ社会の特質とアドヴォカシー 2. アドヴォカシーの定義 5 おわりに

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た、アメリカでは福祉国家論やNPOなどのボランティ アセクター論の研究も不充分であり6)、NPOの政策活動 においては、アメリカの研究者にとってもリサーチが難 しく、そのグループ自体がしばしば政治分析の核にはな らないと見なされていた7)からである。そこで本稿では、 アドヴォカシーを「社会問題に対処するため、政府・自 治体及びそれに準ずる機関に影響をもたらし、公共政策 の形成及び変容を促すことを目的とした活動である」と し、ロビイングは「圧力及び利益活動を行う」意味で使 い、アドヴォカシーによる活動もロビイングを行うとい う考え方で論を進めていく。 アメリカにおいて、産業界のロビイングは、労働組合 や消費者団体に比べて政策に影響力をもち、政策は経済 力と人的組織力を持つ企業に優位に形成されてきた。し かし、その流れは変化しつつある。それは企業のもたら した環境問題や人権問題に対してNPOやNGO(Non Governmental Organization)の活動が影響を持ち始めて きたためである。NPOやNGOは声を上げるだけの活動 から、知識・情報戦略においても、より専門性を増した 活動となり、政府機関や企業も無視できない存在となっ てきたのである。ロビイングは、アドヴォカシー活動と して発展し、市民活動による民主主義の形成に大いに寄 与してきたと考える。 現在の福祉国家の変容は、一般市民の活動による福祉 国家の形成へと歩んでいる。アメリカの民間セクターの 高齢者政策過程への積極的なかかわり方、つまり、自己 決定を尊重する市民活動、そしてとそれにこたえる政府 との対等な関係は、新しい福祉国家における高齢者政策 のあり方と考えることができる。本研究ではアメリカの アドヴォカシーの実態から、アメリカの高齢者政策にお けるアドヴォカシーの役割を考察したい。

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アメリカの高齢者政策の特徴

1.アメリカの高齢者政策の概要 アメリカでは、福祉政策は行政主導によるコントロー ルはせず、市場メカニズムに任せ、公費による政策は低 所得者層に対して行う最低限のものに抑えられてきた。 また、歴史的にも、教会やコミュニティのボランティア 団体が高齢者福祉を担ってきた。しかし1929年の大きな 経済変動である大恐慌が、州及び地域レベルでの総統的 な福祉システムの崩壊を決定づけていた。8)1935年にニ ューディール政策を掲げて登場したルーズベルト大統領 によって社会保障法9)が制定され、世界ではじめて社会 保障という言葉が使用された。社会保障法は、カテゴリ ー別に援助を行うプログラムとして、国家統一福祉シス テムを提供した。10)また、何度かの改定で、「しだいに 充実した社会保険方式のモデルとして注目に値する年金 制度」11)となったため、その後は、社会保障法以外の法 の策定よりも、社会保障法の適応範囲の拡大によって対 応がなされてきた。12) 1930年代以降、医学の進歩、抗生物質など新薬の発明、 医療技術の進展などに伴う急性疾患中心医療から慢性疾 患の増加及び人口動態の変化は、アメリカの高齢化を進 展させた。社会保障給付充実への過程で、社会保障の財 政不足に対し、非営利団体の組織化がみられるようにな った。戦後もその状態が続き、いくつかの高齢者団体は、 戦後ワシントンで効果的なロビー活動を行うようになっ た。そして、周到な高齢者団体の政策形成への圧力活動 は、アメリカ高齢者法、メディケア法制定及びその他の 法制定に大きく関与することになった。 現在、アメリカの高齢者政策の主要課題は、所得保障 と介護の2点である。1995年の高齢者は約3300万人であ り、2030年には6500万人になり、そのうち650万人が要 介護者となると予測されている。13)アメリカでは、この 2つの課題に対し、主要な高齢者を保護する政府プログ ラムとして社会保障法(Social Security)、高齢アメリカ 人法(The Older American Act)そして、メディケア及 びメディケイド法(Medicare & Medicaid)がある。メ ディケア及びメディケイドは、社会保障法のもつプログ ラムであるが、その管轄は高齢者を対象にした医療政策 を 行 う 医 療 財 政 庁 ( Health Care Financing Administration)として独立した組織となっており、社 会 保 障 管 轄 の 社 会 保 障 庁 ( Social Security Administration)、高齢アメリカ人法管轄の高齢化対策庁 (Administration on Aging)とともに連邦厚生省のもとに 設置されている。この他、関連する政策として、包括予 算調停法OBRA(Omnibus Budget Reconciliation)に盛 り込まれたナーシングホーム規制法(Nursing Home Reform Act)がある。

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2.高齢アメリカ人法

1930年代以降、政策形成への圧力活動を行う高齢者団 体に全国統一の組織は見られなかったが、1960年になる と、全米高齢者ホーム協会(The American Association of Homes for Aging)、全米ナーシングホーム協会(The American Nursing Home Association)、全米ヘルスケア 協会(The American Health Care Association)など会員 制のNPOが誕生した。全米ナーシングホーム経営学会 (The American College of Nursing Home Administrators)

は老人ホーム経営の専門家を生み出している。こうした 動きが1960年、国会承認の第一回高齢化に関するホワイ トハウス会議(White House Conference on Aging)を開 催させ、高齢アメリカ人法の立法化へと発展させること になった。 1950年頃、アメリカではすでに長期介護が社会問題化 しており、すでに議会において高齢化への関心が議会で 高まっていた。議会は、さまざまなヒアリング調査及び 検討委員会などを経て高齢アメリカ人法の制定に至る が、その背景に高齢者権利運動が制度化される過程にお いては高齢者団体の政治的影響力があったと見られてい る。 高齢アメリカ人法は1965年はじめて議会で制定された 高齢者介護を対象とする政策である。連邦政府は60歳以 上のすべての高齢者を対象にソーシャルサービスを行な い、厚生省管轄の高齢化対策庁が、高齢者に対する広範 なサービスに対して補助金を支給するようになった。 サービスのほとんどは、50の州政府の高齢者担当機関か ら資金を受け、その下に670の地域機関である地区高齢 化対策局、通称トリプルA(Area Agency on Agency)、 さらにその下のコミュニティベースのエイジングネット ワークと呼ばれる機関を通じて提供される。高齢アメリ カ人法は、国レベルでは具体的な権限も財政的裏付けも なされていないが、地域レベルにおける行政の枠組みを 形成することに成功して14)おり、今後もそのニーズが高 まる政策である。 3.メディケア・メディケイド アメリカでの高齢者のうち約60%は、ナーシングホー ムで居住していると言われており、ナーシングホームは 高齢者介護において重要な存在である。アメリカのナー シングホームは、日本の特別養護老人ホームに類似され るが、日本の特別養護老人ホームは老人福祉施策の一環 であるのに対し、アメリカのナーシングホームでは保健 医療政策の一環となっている。従って、アメリカでは ナーシングホーム費用が、患者一人当たりの最高の医療 費自己負担となっており、一人当たりの医療費が世界で 最も高い。15)また、国民皆保険制度がないため入院期間 が短く、退院後をナーシングホームで過ごす高齢者が、 その負担に耐えられなくなるケースが問題となった。 ニクソン政権下では、大統領によるナーシングホーム 特別委員の指名、ナーシングホームへの支払い規定を定 めるなど、ナーシングホームの質の向上が進められた。 また、1960年には1970年からナーシングホームの運営者 資格制度を導入することを上院で可決した。 さらにこのような医療費問題に対応するため、1965年、 メディケア法とメディケイド・プログラムが同時に議会 を通過した。メディケア法(Medicare-Title XVIII of Social Security Act) は65歳以上の全高齢者が加入し、 安定した医療サービスを受給することができる健康保険 法である。

メ デ ィ ケ イ ド 法 ( Medicaid-Tittle XIX of Social Security Act)は、州が提供するプログラムで、その 50%の資金を連邦政府が拠出するものである。貧困者層 に対する給付を対象とした制度であるため、アメリカの 中流階級は、生活が困窮するまで医療費の支出のために メディケイド制度を利用できない。16)しかし、すでにナ ーシングホーム費の給付を受けている入所者のうち、メ ディケアがカバーするのは約2%にすぎず、約45%がメ ディケイドから生活困窮者のために支払われている。 近年、メディケア及びメディケイド共に、高齢化とと もに医療費を増大させ、医療費抑制が大きな課題となっ ている。そうしたなかで、医療費支払い機関として、 1 9 7 0 年 代 か ら 活 動 が 始 ま っ た H M O 医 療 費 管 理 組 織 (Health Maintenance Organization)は、医療費抑制に一 役を担った。しかし、HMOは、長期介護費にかかる医 療費は含んでいない。こうしたことから、1997年均衡財 政法BBA(Balanced Budget Act)の中に、PACE高齢者 包括介護プログラム(Program of All-Inclusive Care for the Elderly)が制定された。このPACEというプログラ ムによって形成された組織は、HMOに対してソーシャ ルHMO(SHMO)とも呼ばれる、高齢者介護費をメディ ケア及びメディケイドで支払うことを可能にしたプログ ラムである。介護に対してサービスを包括的に行う SHMOに対し、高齢者の期待は大きいが、クリントン大

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統領の世代であるベビーブーマー世代が50歳代に突入し たことで、加速する高齢化に対する医療費抑制にどれだ けの効果を与えるか、また、抑制される医療費に対する 高齢者団体の反発がどのように生じていくかが今後の課 題である。 4.ナーシングホーム規制法 メディケイドの創設により大きな財源を得たナーシン グホーム産業は、1965年以降成長期に入って行った。70 年代に入ると、急増したナーシングホームのスキャンダ ル、メディケアの財政破綻の問題が表面化するようにな った。医療費の架空請求、ナーシングホームの転売によ る利ざや稼ぎ、患者を紹介した見返りに対するソーシャ ルワーカーへのリベート供与、そして入所者への虐待な どである。これらのスキャンダルが社会問題化したこと で、全米各地において市民団体によるナーシングホーム 改良運動が展開され、連邦政府はナーシングホームの質 向上に乗り出した。17) レーガン政権は、メディケイド創設以来増加傾向にあ る医療費の削減を重要課題とした規制緩和政策の一環と して、ナーシングホームへの監査を緩和しようとした。 しかし、施設サービスの質の低下を恐れた強力な高齢者 の政治的圧力団体の強固な反対を受け、結局、医療研究 所IOM(Institute of Medicine)の答申を待つことになっ た。IOMの答申をうけて民主党主導の議会は、1987年に 「 包 括 予 算 調 停 法 」 OBRA( Omnibus Budget Reconciliation)による「ナーシングホーム規制法」 (Nursing Home Reform Act)を制定、ナーシングホーム

への新たな規制を導入、違反条項にメディケア・メディ ケイドの停止の権限を課した。 また、メディケアの財政破綻の問題構造は、多発する 病院関係者による不正請求や詐欺事件もその原因のひと つとして指摘されている。不正請求や詐欺、適正を欠い た経営に対するメディケアの支払額は推計で240億ドル から290億ドルにも及ぶといわれており、メディケア年 間支出の14%から17%に相当する額である。 こうした問題に関して、NPOが重要な役割を果たして いる。病院の評価基準を設定し、医療の質を高めること を目的とした非営利の民間認定組織には、ヘルスケア組 織 認 定 合 同 委 員 会 JCAHO( Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organization)など全米に約 20団体ある。それらの組織では、認定機能を中心に、ア メリカの病院及び施設などのヘルスケア組織における利 用者へのケア並びに人的サービス、質の向上を目的とし、 さまざまな政策に対する監視機能として民間組織が役割 を果たしている。JCAHOの認定をもって州の監査とみ なすという規定は、医療機関については現在、44の州で 採用されており、長期介護施設の認定についても広がっ ている。 以上、アメリカにおける高齢者政策を述べてきたが、 政府の役割は、ナーシングホーム政策に見られるように 自ら介護サービスプログラムを提供するというより、市 場メカニズムに任せてきた。ナーシングホームのサービ スの質を決定づけるケースマネジメントも、1900年初め に、民間のセトルメントやチャリティ団体によって示さ れ18)、質に対する研究、関係団体からの働きかけが反映 された結果、ナーシングホームのサービスの質における 評価内容の立法化となったのである。 社会保障法制定時から1980年代までの高齢者の特徴と して、拡大する貧困層を反映したNPOの働きかけがメデ ィケア、高齢アメリカ人法などの立法化を実現した。19) そして、1980代以降の高齢者は、若い世代に使う公共支 出をもっと高齢者に使うことを要求することに加え、以 前の高齢者に比べて政治的影響力をもつようになったこ とが、アメリカの高齢者政策形成への関与が重要な特色 である。次節では、高齢者が政策過程に関与できる素地 をさぐっていく。

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アメリカの高齢者政策過程

1.アメリカの政策過程の特徴 アメリカは、他の先進諸国に先駆けて、1980年代のレ ーガン政権期から小さな政府を目指してきた。その改革 は、規制緩和、歳出削減をとおして民間活力を引き出し、 アメリカ経済を復活させることをねらいとしたものであ る。クリントン政権においては、政府の力を縮小するた めのダウンサイジングやアウトソーシングとして、公立 学校の民間委託、州レベルでは福祉サービスの民営化が 行われている。 1996年成立した連邦の福祉改革法 (Welfare Reform) は 、 要 保 護 児 童 扶 助 AFDC( Aid to Families with Dependent Children)の受給資格に一定期間における労 働義務を課し、受給者に労働インセンティブをつけよう としている。これは大恐慌時に政府が個人や企業に与え

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た「庇護」を取り払い、「自立」を促し、規制緩和によ り活力を高めようとする政府の方針と同じである。 ここには、アメリカの高齢者政策に関して前節で述べ たことからも窺えるように、アメリカの政策過程には改 革を積極的に推進していく民間組織の勢いがみられる。 民間組織は、アメリカ民主主義の象徴であるロビイング をもって公共政策過程へ関与する機会が与えられてお り、アメリカ議会及び支援機関の充実に寄与している。 アメリカ議会における議員は、本会議の任務だけでな く、地元有権者の要請に対応するために秘書や政策補佐 官、報道官など多くのスタッフを抱えている。なかには 弁護士や政策分野の専門家なども多い。それ以上に、ア メリカの議会が強力なのは、議会を支援する機関がある からである。議会は立法府として対案作成をサポートす る議会調査局CRS、会計監査局GAO、議会予算局CBO等 の機関を持っており、これらは議会が行政府に対抗する だけの政策立案能力を備えている。また、政策の客観性、 独立性を保つため、民間非営利の独立したシンクタンク20) や大学などの学術研究機関が存在し、政策形成機関は産 業として経済的に成り立っている。ワシントンD.C.では、 連邦政府の活動の監視及びロビイングを行うためにシン クタンクができた21)が、それは、政策の代替案を必要と する需要層があるからである。需要層は政治家であり、 政策担当者、実務者、企業、メディア、研究者、学生、 市民である。つまり、アメリカの民主主義の強さは、政 策形成産業と民間市場の強さにある。このことは、市場 や市民団体が政府・議会の動きに対して早期に対応でき るロビイングがアメリカの政策決定過程に組み込まれて いるからであると考えられる。 2.NPOの行うロビイング ロビイングは、連邦政府や州政府であっても、政府や 議会の動きをいち早くつかみ、その決定に影響を与える ことができる。その存在がユニークなのは、アメリカ合 衆国憲法でロビイングの権利を認めていることである。 もちろん、情報公開が徹底しているアメリカでは、政 府・厚生省のみが情報を独占したり、それを恣意的に利 用することもできない22)が、市民団体にとってもIT(イ ンフォメーションテクノロジー)の開発と普及がロビイ ングを支える重要な要因となっている。 ロビイングを行うロビイストの所属は多様であるが、 企業や各業界のスタッフのロビイスト、または特定の企 業や団体からの委託を受けてロビイングをするロビー弁 護士事務所に分けることができる。その役割は、ロビイ ストが議員やスタッフと接触して自らが代表する企業、 団体の立場に理解を求めるほか、政策に関する情報やデ ータを議員に提供することで持ちつ持たれつの関係を築 こうとするものである。23)こうした癒着の関係から官僚 の天下りに対し批判的な声が高まり、1946年の「連邦ロ ビイング規制法」(Federal Regulation of Lobbying Act) を改定した「ロビー公開法」(Lobbying Disclosure Act) が1995年に成立する。この「ロビー公開法」は、NPOに 対しても活動に関する公開規定を強化する方向に進ん だ。NPOに決算の情報公開を義務付け、補助金を受ける NPOのロビイングの規制が強化されたのである。 元来、このように問題視されるまでにロビイングが盛 んになったのは、連邦政府の予算が膨らんだこと、及び、 それにつれて連邦政府の権限が広がったことに起因す る。1920年代までは、共和党の信念のひとつになってい る「小さな政府」が実現されており、連邦政府の米国経 済や産業に対するロビイングもそれほど必要とされてい なかった。24)しかし、1930年代、フランクリン・D・ル ーズベルト大統領のニューディール政策によって、連邦 政府の権限が広がり、米国経済や産業に与える影響力も 大きくなった。そうした結果、各種の業界や組織の圧力 団体が議会や政府に働きかけをする、ロビイングが盛ん になったのである。 民間のNPOはアメリカ建国当初から存在したが、大き く成長するのは、特に福祉国家政策が全盛を迎える60年 代から70年にかけて、その担い手としてであった。それ は政府の強力な支援を受けて組織を拡大し、従来の営利 組織の従来領域も含め、社会の各方面に活動を伸ばし25) それぞれの関心のある分野について政府や議会の行動を 常に市民の目から監視し、チェック機能を果たしてきて いる。 さらに、1970年代にはウォーターゲート事件以来行わ れた議会改革により、より開かれた議会にするためにロ ビイングの必要が高まった。この状況は継続しており、 現在3000近くあるといわれている業界団体のロビイング の増加をソルズベリー(Robert H. Salisbury)は、1960 年代以降のアメリカにおける圧力団体の「数の爆発 (explosion in numbers)」と述べている。26) ロビー団体の活動の展開は政策過程に大きく関与する ためその公正な質が問われる。アメリカの圧力団体は、

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活動の対象を議会だけでなく連邦政府、さらに裁判所へ と活動対象を広げてきた。今日ではさらに政策実施過程 の重要性の高まりに伴い、その活動は、いまや「問題の 確認」「政策決定のための議題設定」「政策提案の定式化」 「政策への正統性の付与」「政策の実施」「政策の評価」 の連鎖から成る政策過程の全域にまたがるものである。27) ロビイストは政策にかかわり、その政策を立案する議員 に対して政党に関係なく活動を行うことができる。従っ て、アメリカでは政策実施過程へ関与することは企業団 体だけなく、NPOにとっても特権ともいえる。その中で も高齢者団体が活発な活動を行っているということは、 アメリカならではの現象といえる。次に、数ある市民団 体のなかでアメリカの高齢者団体は、どのような政治力 をもって活動しているのかを見ていく。 3.グレイ・ロビー アメリカの経済の基本方向はマイノリティによる貧困 問題というハンディを含みながらも、経済における自由 化とグローバル化であり、個人の自由を保障することが 政策方針の基本になっている。したがって高齢化問題は 新たなシルバービジネスの機会を生み出すことになっ た。このことは、同時にNPOの存在を成り立たせること にもなった。個人に対する福祉政策もナショナルミニマ ムであるため、その不足を補完するために高齢者NPOに よる自発的な力が必要とされてきたのである。 このようにして、NPOは政府及びビジネスセクターだ けでなく国内経済の状態及び人口動態やさまざまな公共 政策によって影響を受け、アメリカ経済社会のなかで一 つのセクターを形成してきた。28)しかし、NPOは公共財 を提供する主体としては限界があり、サラモンはボラン ティアセクターの失敗を見逃しがちであることを指摘、 NPOを「第三政党政府」29)と位置付ける。NPOは「市場 の失敗」と「政府の失敗」の解決としての存在であり、 政府の失敗には第三党政府理論30)が作用するというわけ である。従って、現存する100万以上もの目的の違う NPOの特定の利益を代弁するロビイングは、アメリカ政 治システムの心臓であり、政府への市民参加は非難され るよりもむしろ支援される31)ものである。 レーガン政権以来、推奨してきた「小さな政府」及び 「福祉の民営化」による財源削減や、過熱するシルバー ビジネスの加熱する環境において、6000万人以上もいる 高齢者を支えているのは、ロビー活動を行う多くのグレ イ・ロビー(Gray lobby)といわれる高齢者団体である。 これらの高齢者団体によるグレイ・ロビーの活動は、一 般の圧力団体の場合とほとんど異なるところがなく32) 草の根ロビイング活動の推進、政治活動委員会PAC (political action committee)を通じての選挙過程への参 加、ロビイストによる対連邦議会・連邦政府活動などを 軸として展開している。 高齢者団体の活動の始まりは、1920年代から1930年代 に起こった年金を勝ち取るために発展した活動であり、 世論の議論を引き起こすため、デモ行進のような保守的 な方法で、組織的には短命で初歩段階であった。33) パウエル(Lawrence A. Powell)らによる高齢者権利 運動の研究によると、社会保障制度が制定された1920年 代から1930年代、及びメディケアが制定された1960年代 には、高齢者政策には乗り気でない政府の権力者たちに 対し、政策作成機関外から政治的圧力をかけようとする 改革者たちが戦闘的活動を行ったのに対し、1960年代後 半以降、双方の関係はより包括的で調和的段階34)にある。 高齢化問題が社会の関心となったことで、高齢者権利運 動は「より成熟の段階」35)に入ったと言える。 その後、1950年から1965年にかけて高齢者政策に対す る運動は新段階に入る。組織的に安定した全国自動車産 業 退 職 者 組 織 ( the United Auto Workers Retiree Organization)やAFL-CIO(American Federation of Labor/ Congress of Industrial Organizations)などの新し いタイプの労働組合の組織が生まれ、AARP(American Association of Retired Persons)、NCSC(National Council of Senior Citizens)や他の高齢者団体と共に、 国民健康保険制度の制定へ向けて積極的なロビイングを 行った。これらの組織の活動が活発化したことでメディ ケア法の制定へ結びつくことになるが、それは、国民健 康保険制度に反対する医療を提供する業者側であるアメ リカ医師会やアメリカ病院協会、商工会議所とのロビイ ング合戦の結果、成功を収めたからである。 1930年代及び1940年代の高齢者団体の活動と違い、 1950年代及び1960年代の高齢者団体は20年以上継続した 活動を行い、徐々に政府の政策決定に強い政治力を持つ ようになってきた。さらに、1970年代及び1980年代の高 齢者団体は政治的に形成され、政府に対するロビイング、 会員の教育、メディアの関心を引き起こすことから始め た。36)1980年代において、高齢者の最大の関心であった 社会保障とメディケアは国家政策であり、政治家やメデ

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ィアの関心を引き起こしやすいことも、グレイロビーに 拍車を掛けている。 さらに、1990年代になり、従来からの高齢者の所得格 差等に加え、高齢化に伴う介護の問題が複雑化してきた。 このことは、高齢者団体にとってロビイングだけを活動 目的とするだけではなく、高齢者に利益をもたらす社会 政策の形成と執行までを含めた包括的な活動が要求され ているといえる。 コ ロ ラ ド 州 の 民 主 党 議 員 シ ュ ロ ー ダ ー ( P a t r i c i a Schroeder)は、「今日ロビイングはかつてないほど多く なっているが、その強欲なイメージは、市民活動グルー プによるロビイングの勃興により薄められてきた」37) 述べており、NPOの行うロビイングの影響は、ロビイン グのもつイメージ向上に貢献している。 アメリカにおける高齢化の顕著な進行を背景とした高 齢者団体の台頭が、高齢者政策プログラムの積極化を促 し、さらにそれが高齢者団体の増加や活動の活発化に繋 がっている。高齢者政策をめぐるアドヴォケイツのなか でも顕著なロビー活動を続けている最も主要組織とし て、AARP38)があげられる。AARPのワシントンD.C.の 本部は、ロビイングを登録する専用のジップ・コードを もち、125人の議会・政策スタッフと18人の登録ロビイ ストを擁している。39)「アメリカにおける最も危険なロ ビー」40)と恐れられながらも草の根ロビイングによりロ ビイングのもつダイナミズムと政治力をもつAARPは、 アメリカにおける高齢者政策の流れを変えてきたといえ る。 アメリカでは、高齢者のためのロビイング活動をする 圧力団体をグレイロビーと呼ぶように、アドヴォカシー 機能を担う団体の中で高齢者のアドヴォカシーは他のア ド ヴ ォ カ シ ー と は 区 別 し 、 シ ニ ア ア ド ヴ ォ カ シ ー (Senior Advocacy)またはエイジングアドヴォカシー (the Aging Advocacy)と呼ばれる。シニアアドヴォカ シーは政治過程であり、そのゴールは高齢者の社会政策 と一般の公共政策とを区別し、高齢者に利益をもたらす 社会政策の形成と執行である。41) アメリカは、自由競争社会であることと不正を取り締 まること、又は防止するシステムがバランス良く政策の なかに組み入れられて政策を形成している。前出の JCAHOやAARPのようなNPOがあるからこそ、自由裁量 社会ののバランスが取れているといえる。従って、高齢 者NPOのような団体によるアドヴォカシーとは、政策形 成にかかわる活動であると考える。

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アメリカの高齢者政策における

アドヴォカシーの役割

1.アメリカ社会の特質とアドヴォカシー アメリカでなぜ高齢者のアドヴォカシーグループの力 が強力なものとなってきたであろうか。そして、福祉国 家を率先して提唱してきた北欧では、なぜ際だったアド ヴォカシーグループの存在が見られないのであろうか。 スウェーデンは人口がわずか860万人ではあるが、地 方分権化が行われ、地域のニーズに適応した地方自治が すすめられてきた。さらに、国家的レベルでのコーポラ ティズムと呼ばれる制度が存在し、労働組合や年金受給 者団体の政策過程への参加が実現している。加えて、オ ンブズマン制度が存在し、障害者、子供、女性など、社 会的に弱い立場にある者の権利を擁護する活動が行われ ている。このように、先進的な高齢者福祉政策の存在と あいまって、政策過程への参加のしくみが制度化されて おり、コーポラティズムやオンブズマン制度がアドヴォ カシー活動を機能的に代替していた。これはアドヴォカ シーがより進んだかたちで制度化されている反面、そこ に本来備わっていた創造性や活力を形骸化している。 一方、人口が2億を超えるアメリカでは、事情は異な る。広大な国土・多様な民族・浅い歴史、その他種々の 事情が折り合って、アメリカ合衆国という国家を形成し ている。その多様性と複雑性は、中央集権による制度化 や組織化を困難にしている。ここに自由主義や個人主義 が原理とならざるをえない事情があり、大きな政府に対 する警戒心が北欧型の福祉国家政策を受け入れなかっ た。そのため、その不備を補いつつNPOを基盤としたア ドヴォカシー活動が発展したと考えられる。 アメリカにおける政策決定に影響するものとして、第 2章でロビイングについて述べたが、公共性の強いロビ イングの独自性が顕著であることから、アドヴォカシー 機能を持ったグループの影響力の大きさが伺える。同じ ようにロビイストとして活動するアクターであっても、 企業の利益と人権擁護とではその利益内容は全く違って くる。厳密に分類することは困難であるが、前者は物質 的・個別的利益を掲げるのに対して、後者は精神的・公 共的権利を守り獲得することが目的となることが大きな 違いである。その活動目的から、組織形態は、前者は営

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利組織であるのに対し後者は非営利組織であることが多 いといえる。 さらに、歴史的にアドヴォカシーをみると、情報化が 未発達であった時代にはアドヴォカシーという言葉こそ 使われていないが、その初期段階として市民が自ら行う デモ活動であり暴動がある。また、1960年代から1970年 代半ばまで続くアメリカにおける消費者運動を組織する 者は、公共的な義務として広範囲にわたる議題を提起し ていた。42)現在でも、環境や薬害分野などの新たな問題 に対処するアドヴォカシーが形成される初期過程にはさ まざまな活動形態があり、徐々に組織的または技法的に 確立された組織は最終的にはロビイングへ向かってい る。アメリカの民主主義における市民参加は、このよう にしてアドヴォカシー及び公共利益団体の台頭によって 生じたと考える。 そのロビイングを、活動目的別にみれば、私的利益 (Private Interest)、公的利益(Public Interest)に分類 できる。ジェンキンス(J. Craig. Jenkins)はこの点を明 確にし、公的利益のためにロビイングを行なう非営利組 織を「非営利アドヴォカシー」Nonprofit Advocacy と 呼び、このアドヴォカシーの提議者たちをアメリカの政 治的システム改新の主要力43)とみなしている。市民主体 のグループによるアドヴォカシー活動が継続的な成功を みている理由のひとつとして、IRS(内国歳入省)がこ れらのグループに対する寄付の税制優遇措置を認めてお り、そのことが政党への献金よりも優位な立場にしてい るからである。44) アメリカでは、人権を擁護するために団体を代表して 行うロビー活動者は、ロビイストだけではなくアドヴォ ケイツ(Advocates)とも呼ばれる。しかし、アドヴォ ケイツは、非営利組織のアドヴォカシーを行う組織とし て使われるだけでなく、私的利益ロビイストの中でも、 組織的に直接または代弁する商工会議所や不動産業者協 会のような組織にも使われる。1970年代頃から非営利の 政策アドヴォカシーの増加が見られるが、未だ私的利益 アドヴォケイツが国家に対する圧力システムとして君臨 し続けている45)ため、アドヴォケイツという呼び名から ロビイングの形態を限定することは難しい。しかし、こ れらの組織事態は、収益向上を目指していなくとも会員 は営利を目的とした組織であるため、市民の行うアドヴ ォカシーと区別すべきである。そこで、次にアドヴォカ シーの定義について見ていく。 2.アドヴォカシーの定義 サラモンは、「アドヴォカシーは政治プロセスの中で 特定の利益や関心事を代表すること」46)と述べているが、 かなり広い意味で使われているため、もう少し具体的に 見ていくことにする。非営利のアドヴォカシーを「政策 アドヴォカシー(Policy Advocacy)」と表現するジェン キンズは、ほとんどの非営利アドヴォケイツの行動の理 論的根拠(Rationale)とは、社会における特定された 経済的利益に対して、一般市民社会の非商業的公共財を 申し立てることであると述べる。47)さらに、それらの非 営利組織がアドヴォカシーとサービス提供とを混同して しまっていることを指摘し、サービス提供は現状の政策 を変えることなしに提供されることであるのに対し、ア ドヴォカシーは政策を変えること、公共財を確保するこ とであると述べている。48) ジェンキンズは、政治的アドヴォカシー組織の形成に いたるまでのアプローチ方法を、伝統的な 「妨害行動」 理論(”disturbance”theory)、「企業化精神」理 論(”entrepreneurial”theory)、「政治的機会」形 成(”political opportunity”formation)の三つに分類 する。妨害理論とは社会制度の緊張と中断が起こるよう な社会変化の中に介在するものである。反対に、企業化 精神理論とは新たなアドヴォカシー組織を作る鍵をにぎ るリーダーの努力と定義に焦点を当てるものである。さ らに、最近の研究により進んできたのが、政治への望ま しい介入である。49)妨害行動や企業化精神は、アドヴォ カシー組織形成の前提であると考えられる。 しかし、アドヴォカシーの定義をさらに明確にするの は容易ではない。そこで、その類型をさぐるためカミサ (Anne M. Cammisa)及びフォアマン(Christopher. H. Foreman. Jr)の研究を紹介する。 政府間ロビイング(Intergovernmental lobbying)を研 究するカミサは、「利益集団としての政府」のなかで行 なうロビイングの分類を、政策とメンバーシップという 2方法から行っている。まず、政策によって分類するな らば、3つのタイプ1公的グループ(公的利益を代弁)、 2 私的グループ(特定利益を代弁)、3 政府グループ (州及び地方政府を代弁)である。次に、そのメンバー シップによって分類するならば、職業的に分類される利 益集団は、4つのタイプ1営利セクター、2非営利セク ター、3混合セクター、4政府セクターからなる。50) カミサのこの分類に基づけば、本稿におけるアドヴォ

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カシーとは、政策的には、1の公的利益を代弁する公的 グループとなり、メンバーシップとしては、2の非営利 セクターといえる。 また、フォアマンは、公衆衛生という限定した課題に 対して活動する利益集団を、4つのタイプに分類してい る。1経済的ステークホルダー(アメリカ医師協会、製 薬業者協会など) 2伝統的な疾患ロビー(アメリカ癌 学会、アメリカ心臓病協会など) 3イデオロギー的ア ドヴォカシー組織(ヘルスリサーチグループなど) 4 グラスルーツ被害者組織(エイズ患者や乳癌患者の会な ど)とし、イデオロギー的アドヴォカシー組織とグラス ルーツ被害者組織は、さまざまな点において似通ってい ると述べる。前者が健康と安全規定を強化することに関 与するために、政府を監視し政治的影響力を持っている のに対し、後者は政治的影響力を持たなくとも組織力や そのダイナミックを持っていると、組織の違いを明らか にしている。51) フォアマンのこの分類に基づけば、アドヴォカシーは、 3及び4の双方を含むイデオロギー的でグラスルーツ的 な組織といえる。 以上、アドヴォカシーについて述べてきたが、アドヴ ォカシーはロビイングの概念と区別するべきであると考 える。ロビイングは単なる圧力活動の名称であり、アメ リカ人の万人及び全組織がその権利を持つことができる のに対し、アドヴォカシーは、社会問題に対処するため 政府・自治体及びそれに準ずる機関に影響をもたらし、 公共政策の形成及び変容を促すことを目的とした活動で あると定義する。多くのNPOが、公共政策と制度にお ける変革を主張するものであり、アドヴォカシーの努力 のほうがロビイング及び選挙キャンペーン自体よりもさ まざまな形式をとることができる。52) このように、アメリカ社会においてアドヴォカシーは 発展してきたが、高齢者のアドヴォカシーの定義も明確 ではない。 高齢者のアドヴォカシーを3つの要因(アドヴォカシ ーの定義、アドヴォカシーの見通し、民主主義との関係) から研究するカプラン(Barbara Kaplan)は、高齢者ア ドヴォカシーを社会的枠組みの広い範囲で捉えている。 つまり政府の民主主義的システムの中にある固有のもの としてそれを捉え、そのメンバーの価値とニーズを反映 する利益争いを解決することを根底にした、多元主義社 会に介入する基本的様式と定義づける。53)そして、アド ヴォカシーのゴールを、コミュニティで生活する人々の 生活の維持、支援、防御、強化のため、コミュニティが 本質として認めた変化の実現を達成することとしてい る。54) それに対して、コーン(Jody Cohn)は、より具体的 で、ロビイングという限定された活動の枠組みで捉え、 アドヴォカシーの定義を、「影響力を及ぼすこと、パワ ーの再分配を効果的にするための基礎をつくること、ま たは特別なグループの利益のために行うロビイング」と している。55)昨今の高齢者のアドヴォカシーは、資源と 社会サービスの分配に影響を与える立案プロセス上にあ り、主要なアドヴォカシーの結果は、高齢者のニーズに 応えるプログラムの開発である。56)つまり、アドヴォカ シーは高齢者政策の立案過程における形態であり、高齢 市民から自発的に生まれてきたグラスルーツのグループ が行う合法的アクター57)としての「市民アドヴォカシー」 (Citizen Advocacy)であり、政府の政策決定に繋がる立 案 過 程 に 関 与 す る 「 政 策 ア ド ヴ ォ カ シ ー 」( P o l i c y Advocacy)58)である。 アメリカにおける高齢者利益のためのアドヴォカシー は、高齢者政策の立法化における代議士が高齢者のアド ヴォケイツになってこれをすすめていくことが望まし い。しかし、代議士に課されている課題は多岐に渡って おり、高齢者政策だけを取り扱うのは不可能である。そ こで、立法化を実現させるためにアクターとしてのアド ヴォカシーが生まれるとするならば、そのアドヴォカシ ーの役割とは高齢者政策と高齢者NPOの相互関係である と考える。高齢者アドヴォカシーの政策への関与は、ア ドヴォカシーグループ内におけるサービスを提供する役 割とアドヴォカシーを担う役割の間に緊張感をもたら し59)、組織内のマネジメントの充実及び社会的信頼性を 得ることに有効に作用する。また、政府プログラムの委 託事業の授受により、NPOは組織の自治性の喪失及び政 府との相互関係が希薄になるという問題が生じるが、 NPOはアドヴォカシーを強化していくことで対応してい くべきである。高齢化の進展する今後、アメリカの高齢 者の直面する医療・長期介護の継続的課題は山積する が、政府の持つプログラムのみでは対応できないため、 高齢者アドヴォカシーの存在意義があると考えられる。

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おわりに

アメリカでは、国および州の高齢者福祉政策は必ずし も体系的ではなく、その資源についても潤沢ではないが、 高齢者団体を初めとする民間福祉団体のアドヴォカシー が存在することで福祉政策のバランスを保っている。昨 今、従来の福祉国家が、NPOと政府の相互作用の関係を 促すアメリカモデルへ転換しはじめているが、双方の相 互関係を築くための活動ともいえるのがアドヴォカシー である。 高齢者政策にかかわらず、福祉国家政策は下からの政 策形成があることが望ましい。達成の度合いはともかく アメリカでは高齢者の政策への関心も高く、下からの政 策形成が実現している。なかでも、参加型福祉を目指し、 積極的に活動する高齢者団体が先んじている。それは、 議会システムが明確であるだけではなく、ロビイングに 透明性をもたらすため、連邦政府によるロビイスト規制 法が1946年に成立され、1995年のロビイング公開法によ ってNPOのアドヴォカシー活動もにおいても圧力活動が ある程度ルール化されているためである。反面、この改 定法で、NPOに決算の情報公開を義務付け、補助金を受 けるNPOのロビイング規制の強化は、NPOのマネジメン ト及びアカウンタビリティの強化が成されていくととも に、達成できないNPOは淘汰されていくであろう。 高齢者ともなれば個々の動きには限界があるからこそ 組織的に集約していくことが決定要因となるが、高齢者 自体が持つ力(政策形成力)を効果的に活用することが 重要である。AARPのような高齢者NPOがロビイングを 行い、高齢者政策形成に影響力をもつようになったのは、 アドヴォカシーという効果的な方法があったからであ る。 確かにアメリカでは、市民がイニシアティブ(市民発 議権)やレファレンダム(州民投票)等、投票以外でも 政治に参加する制度及び機会は多い。また、行政の評価 制度を法定化することで政策のアカウンタビリティの提 示は、アメリカにおける高齢者のアドヴォカシー活動の 推進に寄与するものである。60)しかし、制度以上にアメ リカにおける政策形成過程に関与し、高齢者団体が高齢 者のアドヴォカシーとして重要な役割を果たしている。 それは、アクターとしての高齢者アドヴォカシーが、政 府との強力な相互関係を築くことでアメリカの高齢者政 策を形成してきたからである。確かに、これまで北欧型 福祉国家の達成の前でむしろ反面教師的な扱いを受けて きたアメリカの福祉政策はその到達という点からみると 問題も残されている。しかし、そのような制約のなかで も高齢者団体によるアドヴォカシー活動という観点から みるならば、その政策展開には多くの学ぶべきものがあ る。 1)宮本太郎 「序章比較福祉国家の理論と現実」『比較福祉国 家論―揺らぎとオルタナティブ』(法律文化社、1997年)。 p.39

2)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the Modern Welfare State, The John Hopkins University Press, 1995, p.4.

3)Ibid. p.4.

4)Taylor, M, The Changing Role of the Nonprofit Sector in Britain: Moving Toward the Market, 1992, pp.147-75. 5)Lawry, R C, Nonprofit Organizations and public policy,

Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)

6)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the Modern Welfare State, The John Hopkins University Press, 1995, p.15.

7)Rothenberg, L S, Linking Citizens to Government: Interest Group Politics at Common Cause, Cambridge University Press, 1992, p.4.

8)大恐慌による失業者の住宅問題が深刻化していたこともあ り、社会保障法で、ナーシングホーム産業の成長に対し、間 接 的 に 責 任 を 負 う こ と が 定 め ら れ た 。 Goldsmith, S B, Essentials of Long-Term Care Administration, An Aspen Publication, 1994, p.6

9)社会保障制度の細かいサービスについては、アメリカ連邦 社会保障庁 http://www.ssa.gov を参照した。

10)Goldmansmith, S B, Essentials of Long-Term Care Administration. An Aspen Publication, 1994, p.4.

11)西原道雄編 『社会保障法』 〔第3版〕 (有斐閣、1995 年) p.49.

12)大恐慌による失業者の住宅問題が深刻化していたこともあ り、社会保障法で、ナーシングホーム産業の成長に対し、間 接的に責任を負うことを定められた。

13)Evashwick, C J, The Continuum of Long-Term Care: An Integrated Systems Approach. Delmar Publishers, 1996, p.18. 14)Torres-Gil, F M, The New Aging: Politics and Change in

America. Auburn House, 1992, p.49.

15)二木立 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』 (勁 草書房、1995年, p.72)。

(11)

の財源」 『高齢化の日米比較』(日本経済新聞社、1995 年, p.209)。 17)財務当局は改革を押し進め、金銭的スキャンダルに関して は、監査を強化し、連邦政府は虐待などの施設処遇に関して、 ケアワーカーの質向上を目的とした教育プログラムを行うこ とで問題を改善した。

18)Evashwick, CJ, The Continuum of Long-Term Care: An Integrated Systems Approach. Delmar Publishers, 1996, p.162.

19)Torres-Gil, F M, The New Aging: Politics and Change in America. Auburn House, 1992, p.11.

20)アメリカにおけるシンクタンクは元来、政治に左右されず、 社会科学的手法に基づいた政策研究を目指して作られたもの である。アメリカでシンクタンクが大きく成長し根付いたの は、1960年代にジョンソン大統領が推進したことによる。そ れは「偉大な社会」を目指す福祉政策は社会福祉国家におけ る政府の役割を大幅に拡大するものであった。それと同時に 政府による介入がどの程度効果をあげているのかを具体的、 客観的に評価する必要が出てきたためである。これを受けて 大学や政府内でも行政と科学を結びつけた学問的な政策研究 への気運が高まったと考えられる。

21)Skocpol, T, Boomerang: Health Care Reform and The Turn Against Government With A New Afterword, W.W. Norton & Company, 1997, p.85.

22)二木立 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』 (勁 草書房、1995年, p.8) 23)小野恵子 「アメリカの国内政治について」日興リサーチ センターワシントン事務所編 『アメリカ政治・経済ハンド ブックーワシントンの常識で“内側”からアメリカの政策を 読む』 ダイヤモンド社、1997年, p.25 24)信田智人 『アメリカの議会をロビーするーワシントンの 中の日米関係』 (ジャパンタイムズ社、1989年, p18) 25)篠田徹 「圧力団体」 『アメリカの政治―ガリバー国家の ジレンマ』(早稲田大学出版部、1994年, p.115

26)Salisbury, R H, The Paradox of Interest Group in Washington-More Groups, Less Clout, in Anthony King, (Ed.) The New American Political System, 2nd ed, 1990, pp.204-5.

27)内田満 『変貌するアメリカ圧力政治―その理論と実際』 (三嶺書房、1995年, p.245)

28)Independent Sector, Nonprofit Almanac: Dimension of the Independent Sector1996-1997.

29)サラモンは政府が委託または投資する事業を行っている NPOを第3政党政府理論として位置づけている。

30)Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the Modern Welfare State, John Hopkins University Press, 1995, p.16.

31)DeKiffer, D E. The Citizen’s Guide to Lobbying Congress,

Chicago Review Press, pp.16-17.

32)内田満『変貌するアメリカ圧力政治―その理論と実際』 (三嶺書房、1995年、p.225)

33)Powell, L A, Branco, Kenneth J. & Williamson, John B, The Senior Right Movement: Framing the Policy Debate in America. New York, Twayne Publishers, 1996, pp.41−127) 34)Ibid. p.127.

35)Mause, A, On being Strangled by the Stars and Stripes: The New Left, the Old Left, and the Natural History of American Radical Movement. Journal of Social Issues 27: 102-85. 1997, p.41.

36)Day, C L , What Older Americans Think- Interest Groups and Aging Policy. Princeton, Princeton University Press, 1990, p.65.

37)Schroeder, P, Forewords in The Citizen’s Guide to Lobbying Congress. Chicago Review Press, 1997.

38)http://www.aarp.org/ を参照。

39)Loomis, B A. & Cigler, A J. The Changing Nature of Interest Group Politics, Interest Group Politics4th ed, CQ Press, 1995, p12

40)Ibid.

41)Cutler, N. E. Resources for Senior Advocacy: Political Behavior and Partisan Flexibility. In Advocacy and age Los Angeles, The University of southern California Press, 1976, p.23

42)Bykerk., L. & Maney, A, Consumer Groups and Coalition Politics on Capital Hill. In Loomis, B.A. & Cigler, A. J. (Eds.) Interest Group Politics 4th ed, CQ Press, 1995, p.259.

43)Jenkins, J. C, Nonprofit Organizations and Policy Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A Research Handbook.. New Heaven, Yale University Press, 1987, pp.310-312.

44)Skocpol, T. Boomerang: Health Care Reform and The Turn Against Government With A New Afterword, W.W. Norton & Company, 1997, pp.88-89.

45)Jenkins, J. C, Nonprofit Organizations and Policy Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A Research Handbook. New Heaven, Yale University Press, 1987, pp.310-312.

46)レスター・サラモン 『米国の非営利セクター入門』 入 山映訳 (ダイヤモンド社 1994年 p.210)

47)Jenkins, J. Craig, Nonprofit Organizations and Policy Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A Research Handbook.. New Heaven, CT: Yale University Press, 1987, pp.310-312.

48)Ibid 49)Ibid

(12)

Intergovernmental Lobbying and the Federal System. Praeger Publishers, 1995, p.25.

51)Foreman, C H. Jr, Grassroots Victim Organizations: Mobilizing for Personal and Public Health. In Loomis, Burdett A. & Cigler, Allan J. (Eds.) Interest Group Politics fourth edition, CQ Press, 1995, p.34.

52)Lawry. R C, Nonprofit Organizations and public policy, Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)

Cutler, N E, Resources for Senior Advocacy: Political Behavior and Partisan Flexibility. In Kerschner, Paul A (Ed.) Advocacy and age Los Angeles, CA: The University of Southern California Press, 1976, p.23

53)Kaplan, B, A Case Study of Advocacy. In Kerschner, Paul A (Ed), Advocacy and Age: Issues experiences strategies. Los Angeles, CA: The University of Southern California Press, 1976, p.113.

54)Ibid. p114

55)Cohn, J. (1976). Advocacy and Planning. Los Angeles, CA:

The University of Southern California Press.p.72 56)Ibid. p.73

57)Ibid. p83

58)政策アドヴォカシーという表現は、Lawry、Jenkinsの二人 が用いている。

Lawry. R C, Nonprofit Organizations and public policy, Policy Studies Review. V.14 (Spring/Summer ‘95)

Jenkins, J. Craig, Nonprofit Organizations and Policy Advocacy. In Powell. W.W. (Ed), The Nonprofit Sector: A Research

Handbook.. New Heaven, CT: Yale University Press, 1987, pp.310-312.

59) Salmon, L M, Government- Nonprofit Relations in the Modern Welfare State, John Hopkins University Press, 1995, p.111.

60)1997年、GPRA (Government Performance and Results Act によって行政評価が法制化された。

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