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[研究ノート]

はじめに―問題設定

エジプト社会は、古来、ナイル川に全面的に依存してきた。人間が住むことのできる土 地は、主として、ナイル峡谷とナイルデルタである。このナイル川流域は国土のわずか 4% にすぎないが、そこにほとんどの人口が住んでいる。ナイル川流域は高い土地生産性 でも知られ、そこでは発達した灌漑条件と恵まれた気候条件などにより生産性の高い農業 が展開してきた。 19 世紀以降の近代のエジプトも典型的な農業立国として歩んだ。しかし、このエジプト の農業社会は大戦間期に大きな変容を遂げた。その変容の最大の原因は、人口・土地比率 の変化であった。19 世紀末までのエジプト社会では、開拓地の拡大が見込まれたことも あって、問題となったのは農業労働力不足であった。それが、20 世紀に入ってからの急激 な人口増加の結果、土地と人口のバランスが悪化し、労働過剰が顕在化していく(長沢、 1997a)。それ以来、農業を営む場としてのエジプト農村は、国富を生み出す源泉であると 同時に、零細農や土地なし農民などの貧困の滞留によっても特徴づけられるようになった。 こうして農業立国エジプトでは、20 世紀以来、農業を行う主体としての農民、および農 業が行われる場としての農村が社会的、政治的、経済的な問題の中心に据えられてきた (Mitchell, 2002: 123–208)。そして、農民もしくは農村が社会問題として論じられるとき、そ れはエジプト社会の中枢であるカイロとの対比においてなされてきた。水利社会であるエ ジプトでは、カイロを中心として、都市 – 農村という上下関係でエジプト社会を捉える中 央集権的な社会観が強かった(長沢、1997b; 加藤、2008)。そのため、エジプト研究では、農 村対都市という 2 項対立的な構図でもってエジプト社会を捉えようとする視角が強かった のである。しかも、傑出した大都市カイロに工業が、地方に農業が集中しているために、 都市 – 農村関係はカイロ – 地方関係としても捉えられてきた。 実際、エジプトの社会経済的研究に関して言えば、1960 年代から 1980 年代にかけて、 農村、ことに農業部門が研究対象とされ、農業労働市場や土地分配の研究が盛んになされ た(Abdel-Fadil, 1975; Hansen, 1969; Radwan & Lee, 1986)。一方、都市に関する研究は少なく、 そのほとんどがカイロを対象にしたものであった。しかも、研究のほとんどは農村から流

入した人々が参入する都市インフォーマル部門に関するものである(Abdel-Fadil, 1980;

エジプトにおける所得の空間分布と構造

都市 – 農村・カイロ – 地方間区分の検証

岩﨑えり奈

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86 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 Assaad, 1997)。言うまでもなく、農村における基幹産業である農業部門の労働力が都市工業 部門に吸収されて農村の過剰労働問題が解消されるという発展過程が前提にされたからで ある。 こうした単純な都市(カイロ、工業)対農村(地方、農業)の 2 分法に対し、一部のエジ プト研究者によって批判はなされてきた。現在のエジプト農村では、農村の基幹産業であ る農業で生計をたてる住民は少数になってきている。こうした現状を踏まえ、例えば、文 化人類学者の Hopkins は、エジプトでは農村を都市と区分できないとの問題提起をしてい

る(Hopkins & Westergaard, 1998: 2–4)。また、経済学者の Radwan は、都市での雇用創出が進

まず、農村から都市への移動も減少していることから、1970 年代後半以降、農村と都市工 業部門の 2 重経済発展モデルがエジプト社会に適用できなくなったと指摘している (Radwan, 2003: 113)。さらに 2000 年には、世界銀行の『エジプト貧困削減援助報告書』のな かで地域(上・下エジプト)別の所得分布と変動について分析がなされ、所得分布と貧困率 が地域間で異なることが明らかにされた(Government of Egypt & The World Bank, 2002)。そし て、上エジプトにおいて貧困率が高いことから、経済学者の El-Laithy は、貧困問題の背後

に地域構造の問題があることを世界銀行の報告書のなかで指摘した(Government of Egypt &

The World Bank, 2002; The World Bank, 2006)。

しかし、こうした都市対農村という 2 元論に疑問を投げかけるような変化が指摘されて いるとしても、エジプトの社会経済的研究ではその検証が行われてこなかった。そもそも、 これまでの研究では、都市 – 農村およびその対応関係にあるカイロ – 地方の枠組みが前提 にされてきた割にはその検証がなされていない。実際、都市(カイロ)– 農村(地方)間の 所得格差の根幹には都市工業部門と比べた農業部門の所得水準の低さがあると考えられて きたものの、世帯調査データに依拠することができたいくつかの例外をのぞいて、その検 証は行われてこなかった。せいぜい、一部の研究者によって、「所得と消費に関する世帯 調査」の報告書における都市 – 農村別の集計所得データをもとに、都市と農村間の所得分 布の動向の推計がなされてきたにすぎない(Korayem, 1981)。 このような研究の遅れの主要な理由は、近年まで、エジプトでは社会調査の実施が困難 だったため、分析に必要なデータがなかったことにある。もちろん、データがまったくな いわけではない。所得に関して言えば、家計調査「所得と消費に関する世帯調査」は、 1958/59 年以来、エジプト中央統計局(正式名称は「中央国家動員・統計庁」。英語では the Central Agency for Public Mobilization and Statistics、略称 CAPMAS)によって定期的になされている。そ して、この「所得と消費に関する世帯調査」から得られるデータに依拠し、貧困対策のた めの開発報告書のなかで、世界銀行や国連開発計画などの国際機関がジニ係数で測られる 所得格差や貧困率の測定を行ってきた(United Nations Development Programme & Institute of National Planning、各年版)。しかし、エジプト中央統計局の生データは、こうした国際機関 の開発援助プログラムに関わる一部の研究者をのぞき、研究者に公開されてこなかった。

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られれば、行政末端単位(町・村落)に集計されたデータセットの形で入手することができ る。もちろん、このデータセットは生データではないので、それでもって社会経済階層間 の分析を行うことはできない。しかし、現状では可能なかぎりの最小の空間単位を分析単 位とし、空間分布を分析することは可能である。 そこで、本稿は、一橋大学・大学院経済学研究科がエジプト中央統計局との共同プロジェ クトの一貫として入手したこのデータセットに依拠し、所得の空間分布の観点から都市 – 農村間とカイロ – 地方間という、2 元論的なエジプトの社会構成を検証することを目的と する1)。具体的には、エジプトの空間的所得分布において都市 – 農村間とその対応関係に あるカイロ – 地方間の所得格差がどの程度重要であるのか、それが都市工業部門と農業部 門の 2 重構造として捉えられるのかを、可能なかぎり検証する。 本稿の構成は以下のとおりである。まず第 1 節でデータの特徴を概観した後、第 2 節で 空間的所得格差を測り、エジプトの所得の空間分布の特徴を明らかにする。その上で、第 3 節では所得を所得構成要素に分解し、所得の空間分布がどの所得構成要素の不平等によ るのかを検証する。

Ⅰ 依拠するデータの概観

1. 依拠するデータ エジプト中央統計局の「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」は、5 年毎に実施 される全国規模の標本調査である。標本世帯は、全国の行政末端単位に相当する 600 のサ ンプル・ユニットからそれぞれ 80 世帯が抽出された。その数は、エジプト全国で合計 47,949 世帯である。本稿では、この標本調査から得られた世帯単位のデータを行政末端単 位(町・村落)に集計したセミミクロ・データのうち、所得に関する部分を用いている。集 計データであるので、ここでの所得は、町・村落別の年間世帯所得額(エジプト・ポンド、 1 米ドル = 約 5.6 LE)の集計値である。なお、この集計されたデータセットでは、合計世帯 数は報告書で発表されている数と同じ 47,949 だが、サンプル・ユニット数は 603 である。 したがって、「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」報告書で発表されている数(600) と若干の違いがあるが、本稿の分析においてとくに支障はないだろう。 集計されたデータセットである都合上、このデータセットにより分類が可能な地理的区 分は、行政区分に基づく都市 – 農村区分ならびに次の県の上位区分である。本稿では、こ の県の上位区分をカイロ以外のエジプト社会を指す「地方」と区別するため、「地域」と 呼ぶ。それらは、下エジプト(カイロ県より北のナイルデルタの県)、上エジプト(カイロ県よ り南のナイル峡谷の県)、辺境県(シナイ半島の県、紅海県、西部砂漠の県)、そして都市県(カ イロ県ならびにアレクサンドリア県、ポート・サイード県、スエズ県)である。 ただし、都市県については、本稿ではカイロを重視するため、カイロとそれ以外の都市

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88 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 県に分けた。そして、カイロ都市圏にはカイロ県だけでなく、近接県のカリュビーヤ県と ギーザ県の近接区(キスム)も含まれることから、それらの近接区の町もあわせて大カイ ロとしてまとめた。 標本抽出のサンプル・ユニットである行政末端単位は、都市部については町(シヤーハ)、 農村部については村落(カルヤ)である。行政上は、その上位区分として、農村部では郡(マ ルカズ)、都市部では区(キスム)、さらにその上に県がおかれている。 2. データの特徴 以下では、本稿が依拠する「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」の特徴につい て概観しておこう。 世帯当たりの所得額は、調査が実施された 1999 年 10 月から 2000 年 9 月までの 1 年間に 標本世帯が労働の対価として受け取った収入、資産売却から得られた収入などからなる。 賃金・給与所得と移転所得には、贈与やボーナスの一部として受け取る配給品などの現物 収入が含まれる。農業自営所得は農家生産から得られた純収入であり、農家が自家消費し た額を含む。したがって、都市と農村間の所得格差を分析する際、農家の実物収入を含め るか否かで結果に違いが生じる可能性があるが、この点について問題はないと考えてよい だろう。 本稿では、この世帯当たりの所得額を一人当たりの平均額に換算した値を所得額の指標 とする。都市部よりも農村部において家計規模が大きいことを考慮にいれるためである。 また、本稿で用いるデータは行政末端単位に集計されたデータセットであるので、ジニ係 数などの値を測る際、行政末端単位である町・村落単位の一人当たり平均額が用いられる。 そのため、本稿におけるジニ係数は、世帯を単位とする通常の値よりも低くなっている。 例えば、同じ 1999/2000 年の「所得と消費に関する世帯調査」データを用いて一人当たり の消費額を単位として算出されたジニ係数は、0.378 である(El-Laithy, Lokshin and Banerji, 2003: 10)。これに対して、本稿で用いるデータにおける町・村落単位の世帯平均消費と世帯 平均所得のジニ係数はそれぞれ 0.294 と 0.291 である。これは、本稿が依拠するデータセッ トが町・村落単位であるので、町・村落内部の所得格差が平均化されているためだと考えら れる。 ① 所得構成要素の分類 エジプト中央統計局の所得構成要素の分類は次の 6 つである。 (a)賃金・給与所得(主職と副職)は、基本給のほか、特別手当、ボーナス、現物給与(住 居、衣類、交通、食糧品などの配給)も含んでいる2)。賃金・給与所得には農業労働者の賃金 所得も含まれ、本来ならこれを区別したいところである。しかし、それは無理なので、本 稿の分析では家族農業部門に限定されることに留意しつつ、農業自営所得を農業部門の指 標として用いる。 (b)農業自営所得は、農業以外に、家畜や漁業から得た収入も含まれる。

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(c)非農業自営所得は、商業、製造業、建設業、運輸業、サービス業などの自営業から 得た収入からなる3)。 (d)不動産から得られる所得は、土地(賃貸農地、分益小作地、賃貸空き地)から得られる 地代、家賃収入、事業所・事業所設備の賃貸収入、帰属家賃(持ち家を人に貸した場合の家賃 推計額)、その他の不動産所得からなる。 家賃推計額は、実際にやりとりされている家賃額ではない。自分の家を借家とみなした とき、家賃がかかるとすれば、いくらの家賃を払うことになるかを計算したものである。 具体的には、「もし住居を売ったとしたらいくらで売りますか?」という質問に対する回 答であり、調査時の市場評価額をあらわす。この帰属家賃は家賃負担がない分、持ち家世 帯の実質的な所得水準が非持ち家世帯よりも高くなっていることを重視し、独立した所得 構成要素として区分されている。以下の分析では、データにしたがい、この家賃推計額を 帰属家賃として他の不動産所得とは区別しておく。 この帰属家賃をのぞいた場合の不動産から得られる所得のうち、農村部では賃貸農地と 分益小作地から得られる地代が不動産所得に占める割合は、それぞれ 63.7% と 14.9% であ る4)。したがって、農村部における不動産所得は地代収入に相当すると考えてよい。一方、 都市部では帰属家賃をのぞいた不動産所得に最も大きな比重を占めるのは家賃収入であ り、不動産所得総額の 43.6% を占める5)。 (e)金融資産から得られる所得は、株・証券、銀行・郵便預金から得られる利子収入、「出 資証明書」、第三者との「共同出資」から得られる利益収入などからなる6)。 (f)移転所得は、退職年金、社会保障手当て、海外・国内からの移転所得、法的扶養料な どからなる。以下の分析では、労働移動と関わる海外・国内からの移転所得を他の移転所 得と区別しておく。 海外・国内からの移転所得は世帯間の移転所得のことであり、仕送りや出稼ぎ送金など からなる。エジプト中央統計局の定義では調査年の間に累計 6 ヶ月以上不在である者は、 世帯員に含まれない。したがって、海外出稼ぎなどのため長期に渡り不在である者が家族 に仕送りするケースは移転所得に含まれることになる。 他の移転所得の大部分は年金を主とする公的福祉給付である。具体的には、政府職員を 対象にした「政府年金」、国営企業・民間部門被雇用者ならびに自営業者を対象にした「社 会保険」、「社会保険」対象外の労働者が加入を義務付けられている「社会保障」、農業組 合や各種の職業組合などが組合員に対して支給する年金プログラムである「組合年金」、 低所得者層の寡婦などに対して政府が支給する年金プログラムである「サダト年金」、「法 的扶養」、「その他の移転所得」からなる。 他の移転所得総額に占めるそれぞれの比重は、「政府年金」が 65.8%、「法的扶養」が 16.7%、「社会保険」が 9.4% である。したがって、「政府年金」の比重が高いが、エジプト では次の就業に関する指標で述べるように、政府部門就業者つまり公務員が大きな比重を 占めており、さほど不思議なことではない。

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90 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 ② 標本世帯の基本属性 以下では、本稿が依拠するデータの特徴をつかむため、本稿では分析に用いないが、所 得分布に関連すると考えられる指標として、標本世帯の基本属性をみておこう。 「所得と消費に関する世帯調査」は人口センサスをベースにサンプリングがなされてお り、年齢構成と教育水準の構成比は人口センサスにおける比率とほぼ同じである。年齢構 成は都市部と農村部で若干の違いがあり、15 歳以下の年齢層が都市部 31.6% に対して農村 部では 40.9% である。これは、世帯規模が農村部で高い(農村部 5.3 人、都市部 4.4 人)こと から、農村部世帯の子ども数が多いことと関連していると考えられる。 (10 歳以上人口の)教育水準については、エジプトは途上国のなかで非識字率が高い国で あるが、農村部のなかでも上エジプト農村部で非識字率が高く、47.9%(農村部全体では 39.5%)である。これに対して、大カイロの非識字率は 16.8% である。 (6 歳以上人口の)就業については、都市 – 農村・地方別にみると、次の特徴が指摘される。 まず大カイロと他の都市県では、賃金労働者比率が 80.6% と 79.6%(全国平均 61.4%)、国営 企業等の公共部門従事者比率が 10.0% と 12.2%(全国平均 6.1%)、製造業従事者比率が 19.0% と 22.3%(全国平均 12.9%)である。それに対して、地方都市(下エジプトと上エジプト の都市部)では、政府部門従事者比率と自営業者比率が高い。実際、政府部門従事者比率は、 都市部の下エジプトと上エジプトでそれぞれ 36.9% と 40.4% である(全国平均 27.0%)。し たがって、大カイロをはじめとする大都市ではエジプトのなかで国営企業や民間企業にお ける雇用機会が最も発達しているのに対して、地方都市ではそうではなく、政府部門に雇 用を依存する傾向が強い。 一方、農村部については、農業従事者比率が辺境県農村部では 34.5% でしかないのに対 して、下エジプト農村部では 52.4%、上エジプト農村部では 59.7% である。農村部では、 非農業就業者の大半が政府部門就業者である。この政府部門就業者の比率は下エジプト農 村部で 20.0%、上エジプト農村部で 14.2%、辺境県農村部では 33.7% に上る。 職業地位中の管理・事務職従事者比率は、エジプト全体で 42.2% であるのに対して、 1996 年の人口センサスでは 32.0% であった。したがって、標本世帯では人口センサスより もホワイトカラー職従事者を有する世帯が多い傾向にあり、それは都市部と農村部、地域 別にみた場合も同じである。

Ⅱ 農村 – 都市・カイロ – 地方間の所得格差の現状

1. 所得の空間分布 はじめに、エジプトの所得の空間的不平等全体において、都市 – 農村間・カイロ – 地方 間格差がどれほどの重要性を占めるのかをみよう。都市と農村、地域別に分けて一人当た りの所得平均額を算出した結果をみると、大都市の所得水準は農村部だけでなく地方都市

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と比べても、突出して高い(表 1)。地域別に分けた場合の最も高い平均所得額は、大カイ ロで観察される。大カイロは、人口に占める割合が 20% であるのに対して所得総額の 33% を得ている。したがって、所得水準の面でも人口規模の面でも突出した大都市である。 町・村落単位の最も高い平均所得額が観察されるのも、大カイロである(地図 1)。エジ プトで最も高い平均所得額はザマーレク区、次いでアグーザ区で観察される。前者は 20 世紀前半に形成された富裕層の邸宅街、後者は 1960 年代に開発された高級住宅街である。 一方、エジプト第 2 の都市アレクサンドリア、ならびに 1974 年導入の門戸開放政策の 柱として設立されたフリーゾーン(非関税地区)を擁するスエズ運河沿いの 2 つの都市ポー ト・サイード市とスエズ市の所得水準は大カイロと比べると高くない。アレクサンドリア 市やポート・サイード市の一部の区でも高い所得水準が観察される。しかし、傑出して高 い所得水準が観察される区の数とその所得額では、大カイロが群を抜いている。 地方都市や農村部については、圧倒的に所得水準が高い大カイロや他の大都市からなる 都市県と比較した場合には、所得の空間分布に大きな違いはない(地図 2)。しかし、地域 的な違いはある。農村部についてみるならば、辺境県の村落は所得水準が高いのに対して、 下エジプトと、とりわけ上エジプトの村落は所得水準が低い。また、都市部のなかで、上 エジプトの町は下エジプトの町よりも所得水準が低い。 さらにジニ係数についても、大カイロに次いで他の都市県が高く、これらの都市県と比 べると地方は都市部と農村部ともにその値が低いが、そのなかで上エジプトは都市部と農 村部ともに値が高い傾向にある。 表 1 都市 – 農村・地域別の一人当たり平均所得額(1999/2000 年)(LE/ 年)(単位:町・村落) 村落・町数 世帯当たり 平 均 所 得 一人当たり 平 均 所 得 所得総額 (%) 人口(%) ジニ係数 大カイロ 136 17,786 4,436 33 20 0.334 他の都市県 70 15,188 3,604 14 11 0.218 下エジプト 都市部 89 11,258 2,589 14 14 0.122 農村部 135 9,404 1,856 17 24 0.091 上エジプト 都市部 59 9,994 2,105 8 10 0.182 農村部 101 8,475 1,569 12 19 0.132 辺境県 都市部 5 15,976 3,428 1 1 0.141 農村部 8 12,661 2,278 1 1 0.175 計 603 12,239 2,744 100 100 0.294 (注)1)世帯・一人当たり平均所得はそれぞれの地域別に年間所得総額をそれぞれの世帯・合計世帯 員数で割って算出した。ジニ係数は町・村落別の所得総額をそれぞれの合計世帯員数で割っ て算出した町・村落単位の一人当たり平均所得額に修正した調整値を用いている。 2)大カイロは、行政区分で用いられる狭義の大カイロを範囲とした。他の都市県は、アレクサ ンドリア、ポート・サイード、スエズの 3 つの県からなる。 (出所)エジプト中央統計局「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセット。

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92 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 地図 1 大カイロにおける区(キスム)別の一人当たり平均年間所得額(1999/2000 年) (単位:エジプト・ポンド) (注)1)「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」は標本調査でありすべての町・村落を網羅していないので、地図上 で表示しやすくする都合上、大カイロについてはサンプル・ユニットの町の所得総額を区単位で合計し、区の合 計世帯員数で割った区単位の一人当たり平均所得額を算出した。 2)地図中の中央の白色の区は、データがない区である。 3)行政上の区分では、狭義と広義の大カイロがある。本稿で用いる大カイロの区分は狭義のものであり、隣接県 のカリュビーヤ県の 2 つの区とギーザ県の 6 つの区を含む。広義の大カイロとは、カイロ県、カリュビーヤ県、 ギーザ県の 3 つの県からなる。 (出所)エジプト中央統計局編『エジプト行政区分デジタル地図』(2003 年)、エジプト中央統計局「所得と消費に関する 世帯調査 1999/2000 年」データセットより筆者作成。

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(注)「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」は標本調査でありすべての町・村落を網羅していない ので、地図上で表示しやくする都合上、サンプル・ユニットの町・村落の所得総額を区・郡単位で合 計し、区・郡の合計世帯員数で割った区・郡単位の一人当たり平均所得額を算出した。 (出所)エジプト中央統計局編『エジプト行政区分デジタル地図』(2003 年)、エジプト中央統計局「所得 と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセットより筆者作成。 地図 2 区・郡別の一人当たり平均年間所得額(1999/2000 年)(単位:エジプト・ポンド)

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94 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 2. 都市 – 農村間・カイロ – 地方間所得格差の比重 それでは、所得の空間的不平等全体において都市 – 農村間・カイロ – 地方間格差はどの 程度の比重を占めているのだろうか。ここでは、タイル指数を用いて、町・村落当たりの 平均世帯所得をグループ間格差とグループ内の不平等に分解することで、この 2 つの区分 が所得の空間的不平等全体に占める比重を調べる。タイル指数とは、サンプルを任意のグ ループに分解して、グループ間の格差とグループ内の不平等がそれぞれ不平等全体にどの 程度の比重を占めるかをあらわす尺度である。 ここで取り上げるグループは、次の 5 つである。それらは、①カイロ – 地方(その他の都 市県、下エジプト、上エジプト、辺境県)、ならびに比較のために取り上げる地理的区分とし て②都市 – 農村間、③都市県 – 地方(下エジプト、上エジプト、辺境県)という区分、そして、 ④都市県 – 下エジプト―上エジプト(辺境県を含む)、⑤都市県 –(下エジプト、上エジプト) 都市部 – 農村部の区分である。 まず、エジプトの所得不平等全体にとって最も重要だと考えられるカイロと地方の 2 つ のグループに分けて、それぞれのグループ間の所得格差とグループ内部における所得不平 等に分解した結果をみよう(表 2)。それぞれのグループに分解した結果をみると、都市 – 表 2 地域格差の構造(1999/2000 年)(単位:町・村落の一人当たり平均所得 LE/ 年) タイル指数(× 1000) % 都市 – 農村(2 グループ) グループ間格差 47.1 26.2 グループ内不平等 132.4 73.8 計(n=603) 179.6 100.0 都市県 – 地方(2 グループ) グループ間格差 64.7 36.0 グループ内不平等 114.9 64.0 計(n=603) 179.5 100.0 大カイロ – その他の都市県・地方(2 グループ) グループ間格差 49.4 27.5 グループ内不平等 130.2 72.5 計(n=603) 179.5 100.0 都市県・地方の都市部・農村部(3 グループ) グループ間格差 71.0 39.6 グループ内不平等 108.5 60.4 計(n=603) 179.5 100.0 都市県・下エジプト・上エジプト(辺境県含む) (3 グループ) グループ間格差 66.1 36.8 グループ内不平等 113.5 63.2 計(n=603) 179.6 100.0 都市県・下エジプト(辺境県含む)・上エジプト (3 グループ) グループ間格差 67.1 37.4 グループ内不平等 112.4 62.6 計(n=603) 179.6 100.0 (注)1)データは町・村落単位のデータであるので、所得額は町・村落別の年間所得総額をそれぞれの 合計世帯員数で割って算出した町・村落単位の一人当たり平均年間所得総額を用いている。 2)都市部と農村部は、行政末端単位の町を都市部、村落を農村部として区分した。他の都市県は、 アレクサンドリア、ポート・サイード、スエズの 3 つの県からなる。 (出所)エジプト中央統計局「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセット。

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農村間格差が所得不平等全体に占める比重は 26.2% である。これに対して、大都市からな る都市県と地方間(下エジプト・上エジプト・辺境県)に分けた場合、両者の間における所得 格差の比重は、所得不平等全体の 36.0% を占める。 大都市のなかでも所得不平等に大きな影響をもつのは、大カイロである。大カイロと地 方間における所得格差の比重は、それのみで所得不平等全体の 27.5% に上る。したがって、 エジプトの所得の空間的不平等全体にとって最も重要な所得格差は、大カイロと地方との 格差である。 他方、地方をさらに上エジプトと下エジプトに区分した場合の格差が所得不平等に占め る比重は、都市県と地方に分けた場合の比重とほぼ同じである。地方を都市部と農村部に 区分した場合も同様である。したがって、所得の空間分布に関して、エジプトの所得不平 等全体に影響を与えるほどの格差は地方において観察されない。カイロに所得が一極集中 するなかで、上エジプトと下エジプト、地方都市と農村部の間に観察される所得水準の差 は目立たない状況にある。

Ⅲ 都市 – 農村・地域別の所得分布構造

1. 所得の構成要素 先に第 1 節で述べた 6 つの所得源のうち、農業自営所得については、農村部では辺境県 をのぞき 7 割の人口が農業自営所得を受け取っている(表 3)。しかし、所得額の比重につ いては、農村部における一人当たり平均所得総額の 31.4% を占めるにすぎない(表 4)。と くに辺境県の村落は、農業自営所得を受け取る人口の割合が低いだけでなく、農業自営所 得額が所得総額に占める割合も低い。したがって、ナイル川に全面的に依存する上・下エ ジプトと異なり、砂漠のオアシス村落が主体の辺境県では、農業への依存度が極端に低く なっていると言える。 これに対して、上・下エジプトでは、農業自営所得が所得総額に占める割合は辺境県の 村落よりも高いが、それでもそれぞれの値が 30.1% と 34.5% でしかない。したがって、オ アシス村落だけでなく、ナイル川流域の村落でも非農家が多く、農家の場合もその多くが 兼業農家であると考えてよい。 賃金・給与所得を受け取る人口は、エジプト全体では人口の 68.9% である。この割合は 都市部よりも農村部で低いが、それでも農村世帯全体で 62.1% に上る。また、賃金・給与 所得が農村部の一人当たりの総所得額に占める割合は 34.0% である。したがって、都市部 だけでなく農村部においても、賃金・給与所得は最も重要な所得源であると言えよう。し かし、農村部における賃金・給与所得の一人当たり年間平均額は、辺境県をのぞき、都市 部における値の半分以下である。その平均額は上エジプト農村部で低い。 非農業自営所得については、農村部よりも都市部のほうが多く受け取っている。そのな

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96 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 表 3 都市 – 農村 ・ 地域別の各所得構成要素を受け取る人口の割合( % )、一人当たり年間平均所得額( LE/ 年) 都市部 農村部 全体 大カイロ 他の都市県 下エジプト 上エジプト 辺境県 計 下エジプト 上エジプト 辺境県 計 受け取る人口の割合( % )賃 金 ・ 給与所得 74.8 75.6 70.0 72.4 86.4 73.5 65.1 56.9 77.1 62.1 68.9 農業自営所得 1.7 2.2 21.1 23.8 11.4 10.4 69.7 71.9 52.7 70.1 34.5 非農業自営所得 27.6 30.2 35.8 31.9 26.0 30.8 21.4 21.2 25.4 21.4 27.0 不動産所得 44.8 36.8 72.0 76.2 54.8 55.3 96.5 98.2 86.9 96.9 72.1 金融資産所得 15.4 10.7 5.4 2.3 2.2 9.7 2.0 0.8 1.4 1.5 6.4 移転所得 47.5 59.5 40.8 41.0 34.0 46.9 35.9 41.1 36.9 38.1 43.4 年間平均所得額( LE/ 年) 賃金 ・ 給与所得 1,907 1,633 1,082 964 2,142 1,497 657 480 1,078 597 1,133 農業自営所得 29 34 11 7 133 106 70 550 535 303 536 258 非農業自営所得 1,092 905 703 488 661 854 238 207 449 232 602 不動産所得 154 72 91 73 27 107 64 51 22 57 87 帰属家賃 210 46 141 11 0 156 144 141 101 126 124 136 金融資産所得 279 145 44 16 19 148 9 8 6 9 92 国内移転 82 73 47 32 25 63 30 48 24 38 52 国外移転 98 207 78 62 128 109 43 37 139 43 82 その他の移転所得 586 489 286 227 163 428 124 103 132 11 6 302 所得総額 4,436 3,604 2,590 2,106 3,428 3,419 1,856 1,570 2,278 1,751 2,744 人口数 45,573 23,848 31,1 13 22,859 1,894 125,287 54,861 43,680 2,289 100,830 226,1 17 町 ・ 村落数 136 70 89 59 5 359 135 101 8 244 603 (注)受け取る人口の割合は、人口数(合計世帯員数)に占めるそれぞれの所得構成要素を受け取る人口の割合。所得額は、町 ・ 村落別の年間所得総額をそれぞれの 合計世帯員数で割って算出した町 ・ 村落単位の一人当たり平均年間所得総額を用いている。 (出所)エジプト中央統計局「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセット。

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表 4 所得階層 ・ 都市 – 農村別の各所得構成要素の比重(単位 :町 ・ 村落の一人当たり平均所得額 LE /年、 % ) 所得階層 一人当り平均 所得( LE/ 年) 所得構成要素( % ) 賃金 ・ 給与所得 農業自営 所得 非農業 自営所得 不動産 所得 帰属家賃 金融資産 所得 国内移転 国外移転 その他の 移転所得 計 全体( 603 町 ・ 村落) 最下位 20% 1,406 35.4 31.8 12.1 2.0 6.4 0.3 2.9 2.4 6.5 100.0 下位 20% 1,815 39.2 23.4 14.3 3.2 6.9 0.5 1.5 2.3 8.7 100.0 中位 20% 2,207 41.9 12.2 20.2 3.5 5.8 1.0 1.5 3.6 10.3 100.0 上位 20% 2,794 47.9 3.5 23.5 2.8 3.4 1.6 1.7 3.1 12.5 100.0 最上位 20% 5,517 43.2 1.3 25.4 2.9 3.4 5.0 2.1 3.6 13.1 100.0 計 2,744 41.5 14.5 19.1 2.9 5.2 1.7 1.9 3.0 10.2 100.0 都市部( 359 町) 最下位 20% 1,786 48.7 7.1 20.5 2.8 5.3 0.6 1.0 3.1 10.9 100.0 下位 20% 2,321 46.0 3.9 22.9 3.1 4.8 1.3 1.7 3.7 12.7 100.0 中位 20% 2,756 48.8 2.0 23.2 2.7 3.3 1.8 1.7 3.3 13.2 100.0 上位 20% 3,431 48.8 0.8 24.8 2.5 2.3 2.5 1.5 3.7 13.2 100.0 最上位 20% 6,848 40.7 0.9 25.8 3.0 4.2 6.4 2.5 3.0 13.5 100.0 計 3,419 46.6 2.9 23.4 2.8 4.0 2.5 1.7 3.4 12.7 100.0 農村部( 244 村落) 最下位 20% 1,269 32.7 35.1 11.2 1.5 5.5 0.4 4.1 3.1 6.4 100.0 下位 20% 1,512 34.8 34.5 10.7 2.3 7.1 0.3 2.6 1.7 6.0 100.0 中位 20% 1,707 31.3 35.4 11.7 2.7 8.1 0.4 1.8 1.9 6.8 100.0 上位 20% 1,933 37.0 27.7 13.1 3.8 7.7 0.6 1.4 1.8 6.8 100.0 最上位 20% 2,348 34.4 24.3 17.1 4.4 6.9 0.6 1.6 3.7 7.0 100.0 計 1,751 34.0 31.4 12.7 2.9 7.0 0.4 2.3 2.4 6.6 100.0 (注)所得額は、町 ・ 村落別の年間所得総額をそれぞれの合計世帯員数で割って算出した町 ・ 村落単位の一人当たり平均年間所得総額を用いている。 (出所)エジプト中央統計局「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセット。

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98 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 かで、大カイロとその他の都市県は、上・下エジプトの都市部よりも受け取る人口の割合 が少ない。しかし、その一人当たり年間平均所得額については、エジプト全体のなかで突 出して高い。 帰属家賃を含めた不動産所得は、都市県よりも地方、とくに農村部が多く受け取ってい る。不動産所得の項目別の受け取り人口数についてはデータがないのではっきりとは分か らないが、これは、帰属家賃のためであろう。農村部のほうが住居を所有している世帯が 多いと考えられるからである。また、帰属家賃が所得総額に占める割合は農村部のほうが 高くなっている。これは、持ち家の評価額に立地条件の違いが十分に反映されておらず、 過大評価されているためだと考えられる。 帰属家賃を除いた不動産所得については、大カイロの高級住宅街であるザマーレク区と アグーザ区において、所得総額に占める比重は 7% であるが、所得額ではいずれも 1,300 エジプト・ポンドとエジプトのなかで傑出して高い値である。 農村部で帰属家賃を除いた不動産所得額が高いのは、下エジプト北部のカフル・シェイ フ県とブヘイラ県、上エジプトのミニヤ県ベニー・マザール郡の村落である。これらの地 域は、綿花栽培やサトウキビ栽培を中心とした大農場経営が歴史的に展開した地域として 知られる。 また、カイロ近郊の村落(下エジプトのカリュビーヤ県、上エジプトのギーザ県)でも不動 産所得額が高い。これらの地域は、禁止されている農地の宅地転用によって市街地化され た「インフォーマル」な住宅街として知られる(Ministry of State for Environment Affairs, 2006)。 したがって、農地の地代というよりも、農地を宅地に転用して建てられたアパート住宅な どから得られる家賃収入だと考えられる。 金融資産所得は都市県にのみ顕著な所得構成要素である。下エジプト、上エジプト、辺 境県に共通して、農村部では金融資産所得を有している世帯はごくわずかである。その額 は、大カイロで突出して高い。これは、大カイロのなかでも一部の区で突出して高い額を 得ているためである。具体的には、20 世紀前半に形成された高級住宅街であるカスル・ニー ル区、1960 年代に開発された高級住宅街のノズハ区とマディーナ・ナスル区である。これ らの 3 つの区では、金融資産所得が所得総額の占める比重はそれぞれ 19%、15%、10% で あり、他の区では 1% から 5% までにすぎないのとは対照的である。 これらの 3 つの区では、一人当たり年間平均額もずば抜けて高い。保有する金融資産額 についてはデータがないので分からないが、これらの区では多くの金融資産を保有してい る世帯が多いこと、また金融機関の利用が一部の高所得者に限定されていることが考えら れる。 国外と国内からの移転所得が所得総額に占める比重の平均値はそれぞれ 3.0% と 1.9% に すぎない。しかし、近年の調査結果によると国外出稼ぎ者からの送金を受け取る世帯の割 合がごくわずかであること7)、国外労働移動が湾岸戦争以後から、国内労働移動が 1970 年 代以後からそれぞれ停滞していることからすれば8)、この値の低さは過小評価ではないと

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考えられる。 また、国内移転だけでなく、国外移転の一人当たり年間平均所得額の最高値も非常に低 い。したがって、出稼ぎ送金が過少評価されている可能性は否めないが、出稼ぎが村落内 部におけるごく一部の階層によって行われているか、所得移転が出稼ぎ送金としてより も、冠婚葬祭などの折に子どもや親戚が故郷に現金・現物を贈与していると考えたほうが よいと思われる。 国外からの移転所得平均額については、他の都市県と次いで辺境県が高い。これは、他 の都市県についてはスエズ運河に面したポート・サイード県が 315 エジプト・ポンド、辺境 県については南シナイ県の都市部が 364 エジプト・ポンド、紅海県の農村部が 435 エジプ ト・ポンドと一人当たり年間平均国外移転所得額が突出して高いためである。ポート・サ イード県については理由が不明だが、南シナイ県は遊牧民が産油国などに出稼ぎを行って いることで知られていること(Marx, 1987)、紅海県は紅海を挟んでサウジアラビアに面し ていることから、この 2 つの県における高い国外移転所得額は産油国からの仕送りによる ものだと思われる。 国内移転所得の一人当たり年間平均所得額は、都市部では地域による差がみられないの に対して、農村部では上エジプトで高くなっている。アスワン県とソハーグ県、ケナ県に おける値が高くなっているためである。これらの 3 つの県は、歴史的に出稼ぎ者・移住者 をカイロに多く送り出してきたことで知られる。したがって、出稼ぎ送金だと考えたくな るが、これらの 3 つの県では国内移転所得が所得総額に占める割合は他の県の平均値より も多少多いとはいえ、県レベルの平均値でわずか 7% である。また、それぞれの県におけ る年間平均移転所得額は 123、102、89 エジプト・ポンドでしかない。したがって、特定の 村落におけるごく一部の世帯が海外出稼ぎ送金を受け取っているのかもしれない。 その他の移転所得の額は、都市部、なかでも大カイロで高い。しかし、大カイロの 65 歳以上の年齢層の比率は、全国平均 3.3% よりも若干高いとはいえ、3.9% である。したがっ て、大カイロでその他の移転所得平均額が高いのは、年金を受け取る年齢層が多いためだ とは考えにくい。また、先に指摘したようにその他の移転所得の大部分は政府年金だが、 大カイロで政府部門就業者が取り立てて多いわけでもない。したがって、政府部門就業者の なかでも高い職業地位に就いていた退職者が高い額の年金を受け取っていると考えられる。 2. 都市 – 農村・地域別の所得分布構造 ① 所得階層別の所得構成要素の比重 さて、それぞれの所得構成要素は、所得の空間分布にどれほどの影響を与えているのだ ろうか。町・村落を 5 分位の所得階層別に分け、それぞれの所得階層別に所得構成要素の 比重を算出した結果をみよう。 農業自営所得は中位 20% 以下の町・村落が主に受け取っており、最下位 20% の町・村落 において最も比重が高くなっている(表 4)。これに対して、農業自営所得以外の所得構成

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100 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 表 5 エジプト全体・都市 – 農村・地域別の所得分布の構造(1999 年 /2000 年)(単位:町・村落の一人 当たり平均所得額 LE /年) 都市部 農村部 所得総額に 占める比重 (%) 各所得項目の 不平等度 (擬ジニ係数) 所得総額のジ ニ係数に対す る寄与率(%) 所得総額に 占める比重 (%) 各所得項目の 不平等度 (擬ジニ係数) 所得総額のジ ニ係数に対す る寄与率(%) エジプト全体 (603 町・村落) 賃金・給与所得 41.3 0.303 42.6 農業自営所得 9.4 –0.346 –11.1 非農業自営所得 21.9 0.436 32.6 不動産所得 3.2 0.368 4.0 帰属家賃 4.9 0.195 3.3 金融資産所得 3.3 0.782 8.9 国内移転 1.9 0.289 1.9 国外移転 3.0 0.324 3.3 その他の移転所得 11.0 0.389 14.6 所得総額 100.0 0.294 100.0 大カイロ (136 町) 賃金・給与所得 43.0 0.207 26.7 農業自営所得 0.6 0.375 0.7 非農業自営所得 24.6 0.426 31.4 不動産所得 3.5 0.488 5.1 帰属家賃 4.7 0.574 8.1 金融資産所得 6.3 0.708 13.3 国内移転 1.8 0.462 2.5 国外移転 2.2 0.249 1.6 その他の移転所得 13.2 0.263 10.4 所得総額 100.0 0.334 100.0 他の都市県 (70 町) 賃金・給与所得 45.3 0.162 33.7 農業自営所得 0.9 –0.041 –0.2 非農業自営所得 25.1 0.290 33.4 不動産所得 2.0 0.417 3.8 帰属家賃 1.3 0.295 1.7 金融資産所得 4.0 0.560 10.4 国内移転 2.0 0.413 3.9 国外移転 5.7 0.090 2.4 その他の移転所得 13.6 0.175 10.9 所得総額 100.0 0.218 100.0 下エジプト (都市部:89 町) (農村部:135 村落) 賃金・給与所得 41.8 0.115 39.5 35.4 0.088 34.3 農業自営所得 4.5 –0.152 –5.6 29.6 0.027 8.7 非農業自営所得 27.1 0.175 39.0 12.8 0.214 30.1 不動産所得 3.5 0.127 3.7 3.4 0.222 8.4 帰属家賃 5.4 0.008 0.3 7.6 0.043 3.6 金融資産所得 1.7 0.268 3.8 0.5 0.246 1.3 国内移転 1.8 0.152 2.3 1.6 –0.039 –0.7 国外移転 3.0 0.184 4.5 2.3 0.296 7.5 その他の移転所得 11.1 0.139 12.6 6.7 0.091 6.7 所得総額 100.0 0.122 100.0 100.0 0.091 100.0 上エジプト (都市部;59 町) (農村部:101 村) 賃金・給与所得 45.8 0.171 43.0 30.5 0.113 26.2 農業自営所得 6.3 –0.144 –5.0 34.1 0.086 22.2 非農業自営所得 23.2 0.277 35.3 13.2 0.215 21.6 不動産所得 3.5 0.260 5.0 3.2 0.478 11.7 帰属家賃 5.2 0.045 1.3 6.5 0.221 10.8 金融資産所得 0.8 0.342 1.5 0.5 0.317 1.2 国内移転 1.5 0.256 2.1 3.1 –0.021 –0.5 国外移転 2.9 0.249 4.0 2.3 –0.047 –0.8 その他の移転所得 10.8 0.215 12.7 6.6 0.154 7.7 所得総額 100.0 0.182 100.0 100.0 0.132 100.0 (注)1)所得額は、町・村落別の年間所得総額をそれぞれの合計世帯員数で割って算出した町・村落単位の 一人当たり平均年間所得総額を用いている。 2)辺境県の都市部と農村部はサンプル数が少ないので除外した。 (出所)エジプト中央統計局「所得と消費に関する世帯調査 1999/2000 年」データセット。

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要素の比重は所得水準が高い町・村落ほど高い。したがって、農業自営所得に依存する町・ 村落とそうでない町・村落の間で、所得水準に大きな隔たりがあると言える。 農村部に限ってみるならば、農業自営所得は上位 20% と最上位 20% の所得階層よりも、 最下位 20%、下位 20%、中位 20% の所得階層の村落において比重が高くなっている。し たがって、所得水準が低い村落は農業自営所得に依存する傾向があると言える。一方、賃 金・給与所得は、どの所得階層の村落にも分布している。所得階層によって分布に大きな 違いが観察されるのは、非農業自営所得である。非農業自営所得は上位 20% と最上位 20% の村落において比重が高くなっている。 ② 都市 – 農村・地域別の所得分布構造 以下では、所得不平等の総体を構成要素ごとに分解する手法を用いて、さらに詳しく所 得分布構造を分析する。この手法を用いると、所得不平等の総体がどの所得構成要素に起 因するのか、それぞれの所得構成要素が所得不平等の拡大か緩和かのどちらに働くのかを 調べることができる。ここでは、都市 – 農村間とカイロ – 地方間の所得格差をもたらす構 造を明らかにするため、エジプト全体、そして下エジプト都市部と農村部、上エジプト都 市部と農村部別にそれぞれの所得分布構造の分析を行う。 それぞれの所得構成要素が所得総体の不平等にどれだけ寄与しているかは、寄与率にみ てとれる。エジプト全体の所得分布構造においては、農業自営所得が負の値の擬ジニ係数 であり、所得不平等を緩和する方向に働いている(表 5)。これに対して、賃金・給与所得 は所得総額に最も高い比重を占め、所得総額のジニ係数に対する寄与率が最も高い。しか し、その擬ジニ係数は総所得のジニ係数とほぼ同じ値であり、所得不平等の要因になって いない。したがって、農業自営所得だけでなく賃金・給与所得も所得の空間的不平等をも たらす要素ではない。 賃金・給与所得内部における町・村落間の格差が小さい理由としては、第 1 節で指摘した ように、本稿が依拠するデータセットでは肉体労働者の世帯が調査で十分に網羅されてい ないことが考えられる。そのため、低賃金の肉体労働者が多くいる町・村落の所得水準が 過大評価されている可能性がある。しかし、仮にそうだとしても、これも第 1 節で述べた ように大カイロと地方では民間部門就業者の比重において差があるが、そうした就業上の 違いにかかわらず、賃金・給与所得に大きな差がないということになる。 エジプト全体での所得不平等をもたらす要因は、非農業自営所得である。非農業自営所 得は、所得総額に占める比重が低い割にジニ係数に対する寄与率が高い。さらにその他の 所得構成要素に目を向けると、金融資産所得とその他の移転所得の擬ジニ係数が高くなっ ている。したがって、エジプト全体における所得の空間分布の不平等に影響を与えている のは非農業自営所得と、比重は低いが金融資産所得と公的年金等の移転所得である。 次に、都市 – 農村・地域別に所得構成要素の寄与度を分解した結果をみてみよう。 まず、大カイロの所得分布構造をみると、賃金・給与所得は所得総額に占める比重が最 も大きい。しかし、擬ジニ係数が最も低く、所得総額の不平等に与える影響は 26.7% にと

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102 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 どまる。これに対して、非農業自営所得は、賃金・給与所得よりも所得総額に占める割合 は低いが、所得不平等度が高い。そのため、ジニ係数に対する寄与率は所得要素のなかで 最も高くなっている。また、比重は低いが、金融資産所得と次いでその他の移転所得、帰 属家賃も所得総額の不平等に対する寄与率が高い。したがって、大カイロの特徴として、 その内部において、非農業自営所得や金融資産所得、住宅資産などの空間的不平等が突出し て高いことが指摘される。エジプト全体における所得の空間分布に大きな影響を与えている のは、この大カイロ内部における空間的不平等、具体的には自営業や資産所得などで高い 所得を得ている世帯が多く住む一部の町とそれ以外の町の差であると考えていいだろう。 さらに、大カイロでは、他の都市県や下エジプト都市部、上エジプト都市部と異なり、 農業自営所得は所得総額に占める比重が小さいが、擬ジニ係数にあらわされる所得不平等 度が正の値である。農村に農地を所有し、農業経営を行う地主が大カイロに住んでいるの かもしれない。 一方、その他の移転所得は擬ジニ係数が低く、所得不平等をもたらす要素ではない。そ の他の移転所得は、エジプト全体では所得の空間的不平等をもたらす要素であった。しか し、大カイロのみに限るとそうならないという事実は、その他の移転所得における町・村 落間の格差が大カイロ内部でよりも、大カイロと地方間で大きいことをあらわしている。 その他の移転所得の大部分が政府年金所得であること、大カイロの就業者の職業地位が高 いこと、そして賃金・給与所得内部における所得の空間分布に差が観察されなかったこと を考えあわせると、政府部門内部における所得格差は賃金という基本的な部分ではなく、 それ以外の福利厚生に係わる部分で生じているのかもしれない。 その他の都市県は、大カイロと類似した所得分布構造をもつが、それぞれの所得構成要 素の不平等度はいずれも、大カイロよりも低くなっている。これは、アレクサンドリアや ポート・サイードなどの大都市では、大カイロほどに自営業への就業や退職者年金などで 高額な所得を得ている世帯が多くないということだろう。 下エジプト都市部では、金融資産所得を含め、どの所得構成要素も所得不平等度がさら に低い。都市県との違いは、帰属家賃の擬ジニ係数が非常に低くなっていることである。 したがって大都市と異なり、地方都市では町によって家賃収入に差がないと考えられる。 また、下エジプト都市部では、国外移転所得とその他の移転所得が所得不平等をもたらす 要因になっている。つまり、所得不平等度が全体的に低いなかで賃金・給与所得以外の所 得構成要素における町間の所得格差が都市県よりも際立っている状況にある。 上エジプト都市部も、下エジプト都市部と同様に、都市県よりも所得不平等度が低い。 しかし、非農業自営所得については大カイロ以外の都市県並みに擬ジニ係数が高い。また、 不動産所得、国内移転と国外移転所得については、下エジプト都市部よりも擬ジニ係数が 高い。これは、上エジプト都市部では、自営業への就業や国内外からの仕送りも一部の高 い所得水準の町に限られていることを示している。 下エジプト農村部では、農業自営所得は所得総額に占める比重が上エジプト農村部より

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も低いだけでなく、擬ジニ係数が著しく低いために所得総額の不平等に対する寄与率もほ ぼ皆無である。同様に、賃金・給与所得は所得総額に占める比重が所得構成要素のなかで 最も大きいが、不平等度が非常に低い。したがって、下エジプト農村部の特徴として、賃 金・給与所得がどの村落にも平等に分布していることが指摘できる。第 1 節で指摘したよ うに、農村部における主要な非農業就業は政府部門への就業であるが、政府部門における 雇用機会や賃金水準は村落によって差がないのかもしれない。他方、非農業自営所得が村 落間の所得分布に最も大きな影響を与えている点は都市部と同じである。 上エジプト農村部では、農業自営所得は所得総額に占める比重が高いが、下エジプト農 村部と同様に擬ジニ係数で測られる不平等度が非常に低い。また、賃金・給与所得が村落 間で平等に分布している点も、下エジプト農村部と同じである。しかし、賃金・給与所得 が所得総額に占める比重は下エジプト農村部よりも低い。上エジプト農村部では下エジプ トよりも非農業就業者が全体的に少ないためだろう。 また、上エジプト農村部では国内からの所得移転だけでなく、国外からの所得移転も所 得不平等を緩和する役割を果たしている。したがって、上エジプト農村部における所得水 準の低い村落では非農業就業機会が少ない分、カイロや国外の都市に住む家族からの仕送 りが頻繁になされていると考えられる。 さらに、上エジプト農村部は、下エジプト農村部と異なり、不動産所得の擬ジニ係数と寄 与率が高い特徴がある。これは、先に述べたように高い不動産所得額がカイロ近郊の村落に 観察されることからして、農地を宅地に転用して得られた家賃収入によると考えられる。

おわりに

本稿では、エジプトにおける所得の空間分布と構造について、行政末端単位に集計され たデータセットに依拠し分析を行った。その分析結果から導き出される結論は、次の 4 つ である。 第 1 に、所得の空間分布に関しては、大カイロ、その他の都市県、地方都市、農村部と いう序列が指摘できる。そのなかで、エジプト全体の所得の空間的格差に最も大きく影響 しているのは、傑出して高い所得水準のカイロと地方間の所得格差である。一方、都市 – 農村間の所得格差はそれほど大きくない。大カイロと地方都市との間で所得水準に隔たり があるためである。 第 2 に、農業自営所得は低い所得水準の村落に集中している。したがって、農村のなか でも家族農業部門に依存する村落がエジプトの所得分布の底辺を構成しているという構造 はたしかにある。にもかかわらず、都市 – 農村間の所得格差がカイロ – 地方間ほどには大 きな影響をエジプトの空間的所得分布に与えていないのは、最も大きな所得源である賃 金・給与所得が農村部においても平等に分布しているためである。そもそも、現在のエジ

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104 アジア研究 Vol. 55, No. 2, April 2009 プト農村では農業自営所得は農村の所得総額の 32% を占めるにすぎず、低所得水準の村落 においてさえも、農業自営所得より賃金・給与所得のほうが所得源として重要である。政 府部門雇用を中心にした農村部における賃金部門の発達が都市 – 農村間の所得格差を抑制 しているのかもしれない。 第 3 に、所得分布構造の分析結果では、大カイロにおける空間的不平等は、非農業自営 所得と金融資産所得、住宅資産、公的年金などの移転所得における不平等が主要な原因で ある。したがって、自営業への就業や資産所得、公的福祉給付における不平等の問題だと 言える。この大カイロ内部の不平等がエジプト全体の所得の空間分布に大きく影響してい ると考えてよいだろう。 第 4 に、都市部と農村部、さらに地域によっても、空間的不平等をもたらす要因は異な る。上エジプト農村部と下エジプト農村部は、賃金部門の発達や国内外からの所得移転な どが所得の空間分布に与える影響を異にしている。 以上の 4 点を踏まえるならば、「はじめに」で述べた都市(工業)– 農村(農業)間とそ の対応関係にあるカイロ – 地方間という、これまでのエジプト社会経済研究で前提にされ てきた 2 元論的社会構成について、所得分布の観点から次の点が指摘できる。 まず、所得分布に関するかぎり、通説どおり、エジプト社会がカイロ – 地方関係を中心 軸とすることは明らかである。傑出して高い所得水準であるカイロと比べると、地方のな かでもデルタ流域と砂漠のオアシス、さらに上エジプトと下エジプト間で観察される所得 差は目立たない。 しかしながら、このカイロ – 地方関係は、単純な都市(工業)対農村(農業)関係ではな い。たしかに、都市工業部門を家族農業部門からの賃労働排出過程として捉えるかぎりに おいては、エジプトの所得分布の根幹には農村(農業部門)と都市(都市工業部門)の 2 重 構造がある。カイロへの一極集中の構造のなかでみえにくくなっているものの、都市部よ りも農村部、さらに農村部のなかでも家族農業部門に依存する村落ほど所得水準が低いか らである。そうした傾向は農村部のなかでも上エジプトに強くみられる。しかしながら、 カイロと地方間の所得格差は、そうした農村(農業)と都市(工業)間よりも、資産や公的 福祉給付などから得られる所得がカイロの一部の地区に集中していることが大きく影響し ている。したがって、所得の空間分布に関しては、現在のエジプト社会が通説どおりにカ イロ – 地方の社会構成であるにしても、それは人的資産格差による所得格差ではなく、実 物資産格差の問題として特徴づけられる。 以上の結論から導き出される今後の課題は、第 1 に、所得分配の決定要因について、実 物資産格差などの非人的資産格差の側面に留意しつつ、町・村落内部の所得分配も視野に 収めた分析を行うことである。そのためには、世帯単位のミクロデータに依拠する必要が ある。本稿では依拠するデータセットが集計データであったため、個々の経済主体が直面 する要素賦存の差異、社会経済的階層の違いなどが平均化されていた。ミクロデータに依 拠することによって、本稿の分析結果から重要な課題として浮かび上がった資産格差の問

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題を分析に含め、所得分配の決定要因を明らかにすることが第 1 の課題である。 第 2 は、所得分配の動向について時系列の分析を行うことである。本稿の分析では賃金 所得内部に大きな格差は観察されなかった。人的資産による所得格差が大きな比重をもた ないのは、賃金や投資における規制緩和が進まないためなのか、不況による景気循環的一 過性のものであるのか、あるいは産業構造が変化し農業部門の底上げがなされた結果とし て起こっているのか。民間部門の成長が停滞しているなかで政府部門における労働過剰が 長引き構造化していることが考えられるが、この点について分析するためには、他の途上 国との比較を行うとともに、所得構成要素を時系列に分析する必要がある。 (注) 1) この研究プロジェクトは 2004 年度から 2007 年度まで科学研究費補助金・基盤研究(A)「エジプト社会 経済関係基礎データの蓄積と学際的分析―世帯調査と GIS の接合を中心に」(代表:一橋大学・加藤博教 授)として実施された。本稿で扱うデータセットは、このプロジェクトの活動の一環として、エジプト 中央統計局と何度も交渉を積み重ねるなかで、エジプト中央統計局関係者の尽力によって可能となった ものである。 2) 副職から得られる賃金・給与所得は賃金・給与所得総額の 2%、基本給以外の賃金・給与所得(特別手当、 ボーナス、現物給与)は 21% を占める。 3) 非農業自営所得の産業別内訳は、商業 44.5%、サービス業 21.2%、製造業 12.3%、運輸・建設業 9.4%、 その他 1.4% である。 4) 農村部における帰属家賃を除く不動産所得の主要な構成は賃貸農地 63.7%、分益小作地 14.9%、家賃収 入 13.6% である。 5) 都市部における帰属家賃を除く不動産所得の主要な構成は家賃収入 43.6%、賃貸農地 29.3%、分益小作 地 7% である。 6) 金融資産から得られる所得の構成は、銀行などの普通預金口座の利子収入 33%、当座預金口座の利子 収入 23%、「出資証明書」から得られる利益収入 21%、郵便貯金の利子収入 10%、その他の利益収入 6%、 第三者との「共同出資」から得られる利益収入 5%、株から得られる収入 1% であった。 7) 「労働市場調査 2006 年」の結果によると、国外出稼ぎ者を有する世帯は 4.8%、国外出稼ぎ送金を受け 取る世帯は 4% だったという(Wahba, 2007: 7–8)。 8) 人口センサスにおける出生地別統計によると、広義の大カイロ外で生まれ 1996 年の時点で大カイロに 居住していた人口が大カイロ総人口に占める割合は 9.2% である(CAPMAS, 1996)。 (参考文献) 日本語 加藤博(2008)、『ナイル―地域をつむぐ川』刀水書房。 長沢栄治(1997a)、「エジプト農業労働力の動態」ディスカッション・ペーパー第 19 号、一橋大学経 済学研究科。 ―(1997b)、「エジプトの中央集権性―ガマール・ヒムダーン著『エジプトの個性』をめぐって」 後藤晃・鈴木均編『中東における中央権力と地域性―イランとエジプト』アジア経済研究所、 59–119 ページ。 英語

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参照

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