教員養成課程という文脈でのアイデンティティ発達研究の
今後の課題
――半澤氏・若松氏のコメントに対するリプライ――
岩佐 康弘
1・杉村 和美
2・田爪 宏二
3Future Task of Research on Identity Development in the context of the teacher training program: A Reply to HANZAWA s and WAKAMATSU s Comments
Yasuhiro IWASA1
, Kazumi SUGIMURA2
and Hirotsugu TAZUME3
はじめに 本稿は,青年心理学研究第31巻第 1 号に掲載さ れた拙論「教員養成課程の大学生における教職を 目指す過程での再考及び理想の教師像への志向性 とアイデンティティ発達との関連」(岩佐・杉村・ 田爪,2019;以下,原論文)に対して,半澤氏と 若松氏から頂いた意見論文へのリプライ論文であ る。両氏には,大変貴重なご意見を頂いたことに 深く感謝を申し上げたい。本稿では,両氏の意見 を踏まえて,( 1 )教員養成課程という文脈,( 2 ) 特定の文脈でのアイデンティティ発達,( 3 )ア イデンティティ研究とキャリア形成支援,( 4 ) 教職を目指す過程での再考の位置づけ,について 考えを述べさせて頂く。 教員養成課程という文脈 教職を目指す動機の多様性 半澤氏から,教員養成課程で教職を目指す学生 における志望動機の多様性に関して意見を頂い た。原論文では,教職を目指しているか否かに着 目したため,目指している者の動機の多様性まで は考慮していなかった。しかし,教職を目指す動 機によって,大学での学びへの取り組み方や学生 生活の過ごし方が異なり,それらがアイデンティ ティ発達に関わる将来の目的の定め方に影響する ことが予想される。従って,今後,教職を目指す 者の多様な志望動機のどのような側面が将来の目 的の定め方に影響しているかを明らかにすること は重要な課題である。また,近年,自己決定理論 に基づいて,学習への動機によって,青年のアイ デンティティ発達に差異があることが理論的に示 唆 さ れ て い る(Kindelberger, Safont-Mottay, Lannegrand-Willems, & Galharret, 2020)。 そ の 視 点を取り入れるのなら,多様な教職志望動機を自 己決定理論に基づいて整理・精緻化した上で,ア イデンティティ発達との関連を検討することが有 用であると感じた。
1 広島大学大学院教育学研究科(Graduate School of
Education, Hiroshima University)
2 広 島 大 学 大 学 院 人 間 社 会 科 学 研 究 科(Graduate
School of Humanities and Social Sciences, Hiroshima University)
3 京都教育大学教育学部(Faculty of Education, Kyoto
University of Education) 2020,32,46-50
教員養成課程における教育課程の影響 若松氏から,教員養成課程における教育課程の 影響に関して意見を頂いた。実際,原論文で,教 職を目指す過程での再考やアイデンティティ発達 の得点に,学年による差異が示されたことを踏ま えると,各学年で履修する教育課程の影響が推測 される。とりわけ,教育実習はアイデンティティ 発達に関わる将来の目的を吟味する重要な機会で あると考える。教育実習は,実際の教育現場に学 生が初めて従事した上で教職に進む者としての自 己内省を促す機会だからである(児玉,2012)。 原論文では,そのような教育課程での特定の体験 の影響を考慮できなかったが,今後の研究では, 教育実習期間に着目し,教育実習での体験とアイ デンティティ発達がどのように関連性するかを, 縦断的に検討したいと考えている。 特定の文脈でのアイデンティティ発達 アイデンティティ研究における文脈 若松氏から,青年期のアイデンティティ研究に おける原論文の知見の位置づけについて,意見を 頂いた。原論文は,若松氏の指摘の通り,教員養 成課程という特異な文脈に所属する学生を対象と しているため,得られた知見を青年全般のアイデ ンティティに一般化することには慎重であるべき である。その上で,原論文の視点は,青年が所属 している文脈に応じたアイデンティティ発達を捉 え る 視 点 に 依 拠 し て い る(Erentait , Vosylis, Gabrialaviciute, & Raiziene, 2018)。そうすること で,青年が文脈と関わることによって発達すると いう,アイデンティティの本質をより深く理解で き る か ら で あ る(Erikson, 1959; 西 平・ 中 島 訳 2011)。従って,教員養成課程に所属しているが 故に抱く固有の体験(教職を目指す過程での再考 や理想自己への志向性)に着目することで,先行 研究では見過ごされてきた文脈固有の体験とアイ デンティティ発達との関係性を捉える視座を提示 したという点で,一定の意義はあったと考えられ る。ただし,文脈もアイデンティティも本来変化 し続けるものである。双方が互いに変動して影響 し合うダイナミックな関係性を捉えるためには, 様々な時間軸上で縦断的に検討する必要があり (Kunnen & Metz, 2015; Lichtwarck-Aschoff, van
Geert, Bosma, & Kunnen, 2008),本研究の次のス テップとして計画しているところである。 アイデンティティ発達を捉える上でのアプローチ 若松氏から,アイデンティティ発達を捉えるア プローチである person-centered approach の意義 に 関 し て, 意 見 を 頂 い た。person-centered approach とは,個人は独自な存在であり,究極的 には各個人に対してそれぞれの心理モデルを当て はめられる,という仮定に基づいている(von Eye & Bogat, 2006)。しかし,実際は,各心理学 理論に基づいて検討すると,各個人には典型的な パターンを見出すことができ,それらのパターン ごとに複数のグループに分類及び解釈ができると 考えられている。アイデンティティ研究の場合, 探求とコミットメントの組み合わせからなるアイ デンティティ・ステイタスが,そのグループに該 当する(Crocetti, & Meeus, 2015)。従って,個人 は等質であるという仮定のもと各変数を個別に検 討する variable-centered approach と,変数同士を 組み合わせて各個人の独自性を検討する person-centered approachは視点が明確に異なり,それぞ れのアプローチに意義がある。そして,アイデン ティティ研究においては,探求及びコミットメン トは全ての個人にあてはまる現象ではあるが,行 動レベルで個人間差異も理論的に想定されるた め,視点が異なるそれら 2 つのアプローチを用い て,包括的に理解する重要性が主張されている (Crocetti, 2017)。 アイデンティティ研究とキャリア形成支援 若松氏は,キャリア形成支援の観点から,アイ デンティティは観念的なものであり,必ずしも将 来の進路に関する目標実現のための具体的な「ア クション(行動)」に結びつかない可能性を指摘
した。若松氏の指摘の通り,アイデンティティは, 斉一性と連続性を自己内で感じると共に他者から も認められているという自覚であり(Erikson, 1959; 西平・中島訳 2011),観念レベルの事象で ある。一方,アイデンティティの統合の感覚へ至 る過程に着目した場合,将来の目的への探求とコ ミットメントからなる行動指標を捉えることが可 能となる。原論文で扱った多次元アイデンティ ティ発達尺度(Luyckx et al., 2008; 中間・杉村・ 畑野・溝上・都筑,2015)は,そうした指標とし て認識されている(Bogaerts et al., 2019)。つまり, 肯定的な探求やコミットメント自体が将来の目的 を定める為の適応的な行動であり,それを促す要 因を検討することが,将来希望する進路を実現す る為の行動の支援,すなわちキャリア形成の支援 の手立てにもつながると考えられる。ただし,就 職活動期にある職業に就職するために計画を練り 必要な行動をとるといった,学校から職場への移 行のための具体的な戦略的行動は,アイデンティ ティの統合の感覚を得るための探求とコミットメ ントとは捉えている現象が異なると考えられてい る(Marttinen, Dietrich, & Salmela-Aro, 2018)。 従って,アイデンティティ発達と就職活動に関わ る具体的な戦略的行動との関連を検討すること は,実践に即したキャリア形成支援の観点から有 用であると感じた。 教職を目指す過程での再考の位置づけ 教職の選択への再考と教師の適性への再考の関係 性 若松氏から,教職を目指す過程での再考におけ る「教職の選択への再考」と「教師の適性への再 考」の包含的な関係性,及び 2 つの再考の抱き方 の人による多様性について意見を頂いた。教職を 目指す過程での再考とは,教職を目指しているが 故に,教職を目指している自分自身について現在 考え直している状況,を指す。その具体的な内容, つまり教職を目指している自分自身について考え 直す内容として,教職の選択への再考(職業の選 択肢として自分自身が教職を目指すことについて 考え直すこと)と教師の適性への再考(教師とし て求められる資質・能力について自分自身が考え 直すこと)の 2 つがある。 若松氏の前者の問いである 2 つの再考の関係性 に関しては,variable-centered approach の視点か ら考えると,一方の再考が他方の再考に全て含ま れる関係ではなく,部分的な包含関係のもと相互 関連していると想定している。つまり,職業とし ての教職を目指すことを考え直す過程で,教師と しての資質・能力を考え直すことが促されたり, 教師としての資質・能力を考え直す過程で,教職 を目指すこと自体を考え直すに至ったりすること もある,と考えている。また,後者の問いである 2 つの再考の抱き方の多様性に関しては,再考の 標準偏差がアイデンティティのそれと同程度で あったことを踏まえると,各個人によって抱き方 が異なるのではないかと考えている。このことを person-centered approachの視点からさらに考え ると,典型的なパターンに分類されることが予測 される。つまり, 2 つの再考を両方強く抱いてい る者もいれば,一方の再考のみを強く抱いている 者もいて,若松氏が指摘した,「進路を教職に定 めたうえで適性を確かめたいという人」や,「本 当に迷っている人」といった特徴を有するパター ンが見出されると考えられる。しかし,原論文で は, 2 つの再考の詳細な関連や再考の程度のパ ターンの特徴を検討できていないため,今後,量 的な縦断的調査のみならず質的な面接調査からも 詳細に検討したいと考えている。 教職を目指す過程での再考とキャリア形成の関連 両氏から,教職を目指す過程での再考とキャリ ア形成との関連性に関して,意見を頂いた。原論 文では,教職を目指す過程での再考を,教職を目 指す自分自身を見直すといった,内面的な自己へ の認識の問題,と捉えていたため,省察・反芻と いった内面的な自己への注目の仕方(高野・丹 野,2008)との関連を検討した。しかし,教職を 目指す過程での再考は,進路選択上の事象である
ことを踏まえると,教師効力感や時間的展望と いった,キャリア形成に関わる変数との関連も予 想される。従って,今後の研究では,教職を目指 す過程での 2 つの再考が,進路選択上でのどのよ うな意味を有するのかについて明らかにするため に,キャリア形成に関わる変数との関連を検討す る必要があると考えられる。 おわりに 半澤氏・若松氏に頂いたご意見をもとに,原論 文の課題や今後の展望について考えを深めること が出来た。両氏に重ねて感謝申し上げる。また, 教員養成課程の学生のアイデンティティ発達とい う研究テーマは,特定の文脈にいる青年を対象者 としているが故に,青年期のアイデンティティ発 達の知見として一般化するには,丁寧な段階を踏 んで研究を遂行する必要性を感じた。今後は,教 員養成課程のように,青年が所属している特定の 文脈自体の捉え方を検討すると共に,その文脈と アイデンティティ発達のダイナミックな関係性の 理解に貢献できるよう,研究をさらに深めていき たい。 謝 辞 本論文執筆にあたり,貴重なご意見を下さった 日原尚吾先生(広島大学)に心より感謝申し上げ ます。 引用文献
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