行動理論的経営経済学に関する考究
一ーキュンター・シャンツの見解を中心に一一
渡 辺 敏 雄
I 序 科学的研究営為が単に現実の側面的研究に終始せず,一種の体系的研究をな してはじめてその科学的研究営為の成果は「学説」と呼ばれるに値する条件を もっ, と考えられる。もちろん,経営経済学における事情も例外ではない。わ れわれがギ高で、取り上げようとするギュンター・シャンツ (Gun加 Schanz)の 経営経済学は,根底に明示的な方法論的基盤をもち,それに基づきつつ実際に 理論を提示し, さらに理論を経営経済の現象に適用してみるというところまで いたっている。方法論の展開,理論の提示,現象への適用を含むという意味で かれの研究は体系化されているのである。 かれが提唱する経営経済学は,理論に基づいているということからもわかる ように,因果論的な方向で研究を進めようとしているのであり,またかれは, 理論を現象に適用するとは言え,技術論の展開を目指すのではなく第一次的に は現象の説明を目指している。それ故,かれの学説は現代の理論学派のそれで (1) 本稿は,本稿筆者の昭和 61年度内地留学期間中の研究成果のひとつである。当該期間 中に指導を賜った田島壮宣告一橋大学教授からは,本稿の第一次原稿に対しても,詳細で有 益な指摘を頂いた。ここに記して深謝の意を表したい。もちろん,本稿の内容の責任は, 本稿筆者ひとりが負うべきであることは言うまでもないことである。 (2) ギュンター・シャンアの経営経済学説を取り上げた本夢見における研究には,われわれの 知る限り,次のものがある。 小島三郎(稿),G
シャンyの科学理論と経営経済学方法論に関する学説史的考察,ごさ 回商学研究第 26巻 第 2号, 1983年 6月。 今野 登〔稿),行動理論的経営経済学について一一GシャンYの評価と位置づけのた めに一一,三田商学研究第 28巻特別号, 1986年 4月。-156ー 第60巻 第3号 618 あると言える。ここに,シャンツの経営経済学説は,因果論的な理論学派的な 研究方向の内容を具体的に見極め検討する好個の対象となるのである。 われわれは本稿で‘は主として行動理論的経営経済学の基礎~
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, Kδln 1975) と『社会科学としての経営経済学.~(
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Stuttgart1979)の 2つの書物と若 干の論稿を用いたい。 II 科学の目標と副作用の方法論 シャンツは,科学は方法と共にその目標によっても特徴づけられると説く。 かれは,内的目標ないし認識的目標(intrinsischesbzw.. kognitives Ziel)と外的 目標ないし実践的目標 (extrinsischesbzwリ praktischesZiel)とを一応区別し つつ次のように考えている。 まずシャンツは認識的目標について次のように議論する。認識的目標で問題 となるのは認識のための認識 (Erkennenum des Erkennens willen)ないし知( 3) 本稿でこの書物を引用する場合それを
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と略記する。 レーパー(GReber)は,この書物に対する書評のなかでこの書物を「経営経済学におい て意識的にひとつの新しい学派(eineneue Schule)をつくろうと意欲し,それなりの承認 を得るために,とりわけ,固有の理念を明確にかつ本質的に一貫して提示するという2つ の根本特性をもっ極めて野心的な業績(einauserordentlich ambitioniertes WerktJで あるとしている。 G Reber, (Buchbesprechung), Gunther Schanz: Grundlagen der verhaltenstheore. tischen Betriebswirtschaftslehre, J C B Mohr (Paul Siebeck), Tubingen 1977, 373 Seiten in;f
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おじlu.β,30.. Jg., 1980, S. 97 また,レーパーのこの書評を本稿で引用する必要のある時は,それをG Reber, Buch. besprechungと略記する。 (4) 本稿でこの書物を引用する場合それをE
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Jiと略記する。 ( 6 ) 経営経済学の目標に関するシャンYの見解については次を参照のこと。C
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, S..58ff (7) われわれは,以下では認識的目標で統ーする。 (8 ) われわれは,以下では実践的目標で統ーする。 ( 9) G Schanz, a. a.0, S.. 59619 行動理論的経営経済学に関する考究 -157ー 的情熱(intellektue
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eN eugier)ないし認識関心(Erkenntnisinteresse)であっ て, こうした関心を端的に表現するならば,-目標は,現実(Realitat)(ないし そのときに議論されている現実の断片Realitatsausschnitt)を最大限正確に把 握することである」ということになる。そうして,現実を把握する唯一の手だ てとなるものが,理論(Theorie)である。すなわち,シャンツが理論の助けを借 りつつ,現実を最大限正確に把握することを認識的目標の規定としていること をわれわれは窺い知る。 以上の認識的目標は,理論を提示しつつ,その助けを借りて現実を説明する ことまでを含むものと解される。 次に,実践的目標について,シャンツは次のように論じる。かれは,実践的 目標と言うものの,この目標は技術論的(technologisch)な目標とは明確に異な ることを断言し,副作用 (Nebenwirkung)を強調する立場がかれの言う科学の 実践的目標の意味するところなのだと説く。 その際,かれは,アルバート (HAlbert)の言う実践志向の二形態たる啓蒙 (Aufklarung)と統御 (Steuerung)との区別に基本的には立脚する。まず「啓蒙」 とは法則的知識に基づいて意図に導かれた行為の副作用す"なわち意図に導かれ た行為の様々な帰結を評価することである。 シャンツはさらにその副作用を克服するような可能性を示していくことまで を実践的目標の名の下に含んでいる。この場合には,-ある可能性をとるならば, 副作用を押さえつつ主たる目標の達成がなしとげられる」とし、う形の仮説が形 成されると考えられ,-副作用を押さえつつ主たる目標の達成をなしとげるため (10) G. Schanz, a.. a 0, S. 59 (11) G Schanz, a a 0, S. 63. (2) G.. Schanz, a a.0, S..63 (13) シャンYによると,現実の最大限正確な把握を目さすためには,その把握の用具たる理 論が常に進歩改善の対象たらねばならない筈なのである。この点に関して,シャンYも認 識的目標の追求の途上における認識進歩(Erkenntnisfortschritt)の重要性を認識し,認 識進歩の基準を,新しい理論の発見に求め,人間行動をその対象とする社会科学において は,認識進歩は,人聞の特質 (Natur des Menschen)へのより良い洞察(verbesserte Einsicht)を意味する,と論じている。 (Vg.lG.. Schanz, a a.0, SS. 64-65.) (14) G. Schanz, a. a 0, S 65.-158- 第60巻 第3号 620 には,ある可能性を採用せよ」という形では示きれない。ここに,シャンツが, 技術論の展開を目標とはしないことがあらわれているのである。 厳密に言えば,実践的目標のうちで副作用の指摘を行うまでが「啓蒙」であ り,副作用を含む負の作用を克服する可能性を示していくということは「統御」 に相当しているのである。 結局,シャンツの見解における認識的目標は,理論に基づく現存の事態の説 明をめざし,現存の事態のうちでも特に副作用の説明とその克服の可能性を仮 説の形で提示するのが実践的目標なのだと解される。われわれは,等しく説明 をめざす認識的目標と実践的目標に含まれる固有の意味での啓蒙とを「説明」 ということでひとまとまりの課題にして,実践的目標に含まれる統御を「可能 性分析」としてもうひとつの課題とする方が明快であると考える。このように 整理すれば,シャンツの科学の目標は次のようになる。 l 普遍的理論に基づき,発生している副作用を含む現存の事態を説明する。
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現存の事態にとってかわりうる可能性と副作用の克服との関係を仮説の 形で提示する。 こうして整理してみるならば,シャンツの設定している科学の目標はまさに 応用科学ないし技術論の展開を排除していることを特徴とする。この特徴は, 就中,主たる目標に対してある事態がもたらす作用のみではなく,その他の価 値に対する作用にも注目し,これに説明を加えていくということにあらわれる のである。シャンツは,理論から知ることのできる限りで,社会に対する害に 満ちた帰結すなわち副作用を指摘していくことが科学者の責任なのである,と まで言うのである。 (15) 社会科学における価値に対するシャンアの取りくみ方を次に要約しておこう。(VglG Schanz, Einf抜hrung,SS..117-118 u. SS. 122-126) シャンツによれば,規範複合体に関する現代の議論においては,科学的言明体系へ価値 判断を含みこむという言明関連における価値の議論から,価値基礎の領域(Wertbasis -bereich)に関する議論へと問題が移行している。研究者が問題を選択しまた研究方法を 選択する際に既に価値に影響されるのであり,価値基礎の領域とはそうした問題の選択 や方法の選択の領域をさし示しているのである。価値基礎の領域に対してなされている 議論にしたがうと,実質問題(Sachproblematik)の選択が研究者の環境に依存している621 行動理論的経営経済学に関する考究
-159-III 行動理論的経営経済学の指導原理
シャンツは,経営経済学を社会科学 (Sozialwissenschaft)のひとつとしてと らえている。かれが社会科学という言葉を使う場合,次の意味がこめられてい る。社会科学は,そのすべてが,人聞の行為ないし行動 (Handlungbzw. Verhal-ten von Menschen)を扱うとし、う意味で共通性をもっ。そして,シャンツの見 解では,社会科学は,こうした共通性を超え, さらに,同ーの理論に基づくと 故をもってのみ既に科学に価値自由ではないというのである。ところが,かれは,直接的 日常実践に近くそれだけに直接的日常実践によって影響を受ける低水準の場当たり的仮 説(adhoc-Hypothese niederen N iveaus)は研究者の環境によって比較的大きく影響を 受け,それ故確かに,そこへ価値が流入しやすいのだが,かれの研究を含めた科学的研究 が目ざす認識進歩は,直接的日常実践からは速い一般的理論にあらわれるとする。こうし て,直接的日常実践から速いだけ,問題の選択が研究者の環境によって影響されることを 通じた価値の流入は比較的少なくなるのである。このことを換言するならば,価値の流入 が比較的少なくなった一般的理論はそこから特定の価値に対する帰結のみを導出できる のではなくて,様々な価値の実現に対して利用しうるようになるのである。 こうして,理論にたくわえられた情報の実践的利用の可能性が大きく,その理論の発見 者の死後随分時間が経てはじめてその可能性がわかるということもあるような事情の下 では iかれ(理論の発見者 渡辺)に寅任を負わせようとするのは,明らかに無意味な のである。J(A a.0 , S.. 123)それ故,本文でも紹介しているように,科学者が,理論か ら,知ることのできる限りで,社会に対する害に満ちた帰結つまり副作用を指摘していく ことがシャンYにとっての科学者の責任なのである。 (16) G. Schanz, a. a 0, S.30 シャンアは,行為(Handlung)と行動(Verhalten)を区別しているわけではない。それ 故,われわれは本稿ではできる限り,行動で統ーする。 これに対して,行為と行動を区別し,前者が人間の目標志向的な活動であり,それ故目 的論的説明の対象であるのに対して,後者が刺激反応的な活動であり,法則的説明の 対象であるとする見解もあり,シュタインマン(HSteinmann)らの構成主義的(kon -struktiv)な経営経済学説がこの見解をとっていると解される。目的論的説明については 注 ~7)参照のこと。そのことについては更に次の書物を参照のこと。 田島批幸,企業論としての経営学,税務経理協会,昭和59年,特に第11'言。 さらに,シュタインマンらの経営経済学説については次の審物を参照のこと。 小島三郎,現代科学理論と経営経済学,税務経理協会,昭和61年,特に補章。 鈴木辰治,経営経済学の理論と歴史,文真堂,昭和62年。 行為と行動の上記のような区別に立つならば,われわれが本稿で取り上げているシャ ンYの経営経済学説については,当然,行動で統一すべきなのである。かれの書物の題名 において「行動理論的J(verhaltenstheoretisch)という用語が用いられているのも,もと より,こうした区別を踏まえているものと解すべきであろう。
-160ー 第60巻 第3号 622 いう共通性をもつこととなり,結局,社会科学は,人聞を対象とした統一的理 論を基礎におくこととなるのである。このことをシャンツ自身は次のように述 べている。「一一すべての社会科学的言明は,人聞の行動に関する言明として解 釈されうる。Jiここで追求される統合の企画(Integrationsprogramm)は,社会 科学の統一 (Einheitder Sozialwissenschaft)の理念から出発する。あるいは, その統合の企画は,この理念を,人間の行動と行為に関する普遍的理論に基づ いて実現しようとする。」 このように,シャンツは, 自らの経営経済学説を個人に関する認識を中心に 据えて構成しようと試みるのであるが,かれは,個人に関する認識から出発す るという方向を指導原理(Leitprinzip)として明示的に採用することによって, その方向がかれの経営経済学説にもっている意味を正確に画定しようとする。 ここに指導原理とは,ある理論の構成を導く大綱的方針を意味するのであって, それには方法論的指導原理(methodologisches Leitprinzip)と理論的指導原理 (theoretisches Leitprinzip)の2つがある。まず,方法論的指導原理が理論の構 成される余地を大まかに限定し,残された余地が理論的指導原理によってさら に一層限定されることによって理論が構成されるのである。 われわれは,本節ではこうした2つの指導原理のうち専ら方法論的指導原理 を取り上げる。 シャ、/ツは方法論的指導原理として方法論的個人主義(methodologischer (17) G. Schanz, Grundlagen, S 332 (8) G Schanz, a. a 0, S.334 統一的理論に基づく社会科学の統合の要求は,シャンYにおいては既に早くから見ら れた。例えば次の論稿を参照のこと。 G Schanz, Betriebswirtschaftslehre und sozialwissenschaftliche Integration Prolegomena zu einem verhaltenstheoretisch fundierten Erkenntnisprogramm, in: Zeilschrijt所γdiegesamte Staatωissensιhajt, 1974 (19) 本節以降の三つの節ClII, IV, V節〉は,本稿筆者の次に掲げる旧稿に大幅に加筆修正 を施したものである。 渡辺敏雄(稿),行動理論的経営経済学の検討ーーギュンター・シャンツの学説を中心 にして一一,一橋研究第7巻 第3号(通巻57号), 1982年10月。 (20) 方法論的指導原理に関するシャンyの見解については次を参照のこと。 G Schanz, Grundlagen, SS 67-97
623 行動理論的経営経済学に関する考究 -161 Individualismus) を採用する。「方法論的個人主義は,社会的過程(If社会~Gesell schaft)が個人の行動に関する法則の助けによって一一巨視過程が徴視法則性 によって一説明されうるという説によって特徴づけられ丸これに対して方 法論的集団主義(methodologischerKollektivismus)は,社会的なものは社会 的なものによって(Sozialesdurch Soziales)説明されると説き,-独立の種類の 実在としての社会(Gesellschaftals Realitat eigener Art)は,心理学的説明原 理に依存しない理論的法則性を要求する」と考えて社会学の自律性(Auto -nomie der Soziologie)を主張する。そこで,シャンツにとって,方法論的個人 主義の採用を根拠づけることが問題となる。 シャンツは,方法論的集団主義をとったデュ/レケーム (EDurkheim)の自殺 率(Selbstmordrate)に関する研究を批判的に検討することによって,方法論的 個人主義の選択の根拠づけをはじめる。デュノレケームにとっての問題は,なぜ 社会が異なると自殺率の高さが異なるのかであった。その際,方法論的集団主 義をとるデュルケームは,心理学的説明では十分ではなく,社会の組織的特徴 が考慮されるべきであると考え,一国の総人口に占めるプロテスタント教徒 (Protestant)の割合が高いとその国の自殺率は高く,一国の総人口に占めるカ トリック教徒(Katholik)の割合が高いとその国の自殺率は低い,という社会の 組織的特徴をもって自殺率の相違を説明する仮説を設定した。 シャンツによると,デュルケームは心理学を先天的行動性向に関する学問 (Lehre von den angeborenen Verhaltensneigungen)であると見ていることも あって,より深い説明には進んでいないが4)デュルケームの説明の背後には, 次のような仮説による説明がある。 l 欲求不満(Frustration)の深刻さが増大すると,人聞の自殺傾向は高ま (21) G Schanz, a a. 0, S.. 67 (22)G.Schanz, a. a.0, S.. 80 (23) デュノレケームに対するシャンYの見解については次を参照のこと。 G Schanz, a a 0, S..79任 (24) G.Schanz, a. a..0, S..82 (25) G.Schanz, a.. a.0, SS..82-83
-162- 第60巻 第3号 624 る。
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社 会 的 結 び つ き が 強 ま る と , 人 間 の 欲 求 不 満 の 程 度 は 弱 ま る 。 3 カ ト リ ッ ク 教 徒 内 部 の 社 会 的 結 び つ き は , プ ロ テ ス タ ン ト 教 徒 内 部 の 社 会的結びつきより強い。 4 それ故,プロテスタント教徒の占める割合の高い国においては,カトリッ ク 教 徒 の 占 め る 割 合 の 高 い 国 に お け る よ り も , 人 間 の 自 殺 傾 向 は 高 い 。 このうち1と2は心理学的な一般的仮説であり,3は 欲 求 不 満 の 程 度 な い し 深 刻 さ を 規 定 す る 枠 組 条 件(Randbedingung)である。そして, 4が 被 説 明 事 項 すなわち説明されるべき事態なのである。 こ の 説 明 は , 法 則 と 初 期 条 件(Anfangsbedingung)か ら な る 説 明 項 ( Ex -planans)か ら 被 説 明 項(Explanandum)を 導 出 す る 演 縛 法 則 的 説 明(deduktiv -nomologische Erklarung)の 図 式 に 従 う も の で あ り , そ う し た 説 明 図 式 は , シャン Yの ま さ に 採 ろ う と す る も の に ほ か な ら な い 。 つ ま り , か れ は , 目的論 的 説 明 や 機 能 的 説 明 で は な く , 説 明 の 包 摂 模 型(Subsumptionsmodell der Erklarung)の方向をとるのである。 (26) V gL G Schanz, Einf
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励m昭, SS 75-85 シャンyは,演縛法則的説明の形式を次のように考えている。 (A.a0, S 77) 法 則 もしPならば,その場合qが生まれる。 初期条件 今 pが起こった。 〔原因) 結 果 それ故 qが生まれているのである。 (27) シャンYがとろうとする演縛法則的説明あるいは説明の包摂模型は,自然科学にも社 会科学にも使用されうる説明の形である。これに対して,社会現象には独特の説明の形が 存在することを強調するのが, 目的論的説明(teleologischeErklarung)ならびに機能的 説明(funktionaleErklarung)の立場である。 目的論的説明は,説明されるべき事態を行為の結果(resultof action; Ergebnis)とし て解釈する。また,この行為の結果がもたらした事象が行為の帰結(consequence;Folge) である。つまり,行為の結果とは,なされた物事(thething done; das, was getan wurde) であって,行為の帰結とは,もたらされた物事(the thing brought about; das, was herbeigefuhrt wurde)である。例えば,窓を開くとL、う行為の結果は,窓が開かれた状態 にあることであって,このことによってもたらされる室温の低下は行為の帰結である。(Cf.Georg Henrik von Wright, Eゆlanation and Understanding, Third printing,
New Y ork1981, p川67 なお,この書物のドイツ語訳も参照のこと。VgJ.Georg Henrik
625 行動理論的経営経済学に関する考究 163-そ し て , こ の 説 明 の 図 式 に お い て , 説 明 項 の な か の 法 則 が 心 理 学 的 法 則 で あ る こ と に よ っ て , そ れ は 方 法 論 的 個 人 主 義 に 基 づ く 説 明 と な っ て い る が , 初 期 条 件 が 社 会 的 文 脈 の 特 性 を 記 述 し た 枠 組 条 件 で あ る こ と を 特 徴 と し て い る 。 の上記英語の書物には次の邦語訳がある。
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フォン ウリグト(著),丸山高司・木岡 伸夫(訳),説明と理解,産業図書,昭和59年。〉 そLて,行為の結果として解釈された社会現象を,行為者の目的から説明しようとする の が 目 的 論 的 説 明 で あ る 。 「 そ の 際 利 用 さ れ る 導 出 図 式 は 実 践 的 推 論(praktischer Schlus)と呼ばれ,次のような一般的な形式をもっ。 PはWをもたらそうと意図する。 PはhをなすときにのみWをもたらすことができると信じている。 したがって, Pはhをなすことに着手する。J(A.Kieser u. H.. Kubicek,。な-anisations -thωrien!, Stuttgart 1978, S.44. 田島壮幸〔監訳),組織理論の諸潮流 I,千倉書房, 昭和56年, 41-42ページ。〉この導出図式のなかには,説明の包摂模型において使用され ている「法則」は姿を見せないのであって, この導出図式は iわれわれが行為者に彼の 追求する,あるいは追求した目的を帰属させる目的の主張(Zweck behauptung)と,われ われが彼に目的・手段関連に関する前提を帰属させる意見の主張(Meinungsbehauptung) から」出発している。 (AKieser u. H Kubicek, a. a.0, S.44,前掲邦訳, 42ページJ こうした目的論的説明においては,ある行為が何を目指しているのかを問うことを通 じて,行為の結果を説明しようとしているのであって,行為が何をもたらすのか(行為の 帰結)を説明しようとしているのではない。この点からすれば,行為の帰結が行為者の目 的とおりの事態ではなくとも,行為の説明は可能なのである。 説明の包摂模型は,前件(原因のこと〉による因果論的説明(causal explanation in terms of antecedents; Kausalerklarung mit Hilf von Ante氾edensdaten)(G H vonWright, op cit, p 59;G.H.. von Wright, a.a.0, S.63.)であるのに対して,目的論的 説明においては,めざしている目的あるいは意図との関連において説明がなされるわけ である。 さて,次に機能的説明においては i説明されるべき事態が,それがなんらかのシステ ムの支障のない働きないし存続にとって必要な特定の作用をもっ,というように解釈さ れJ(A Kieseru..H Kubicek, a.. a.0, S 51,前掲邦訳, 50ページ),上位のシステム に対する機能からその存在が説明される。この説明においては,ある事態の存在の理由 が i特定の機能を果たすために」というかたちの解答に求められていくために, 見し て目的論的説明と形式上は似ている。だが,機能的説明は,注目している事態とそれがも たらす作用との聞に法則的関連を前提してのみ成立しているのに対して,既述のように, 目的論的説明においては,法則の存在は説明の成立には前提とならない。 就中,目的論的説明が,説明の包摂模型の方向をとるシャンYの経営経済学説に関連を 持ってくることについては,われわれは本稿V(3)にて触れている。 以上の解説に関しては,次を参照のこと。 田島壮宰,前掲書,特に第1章。 A Kieser u. H. Kubicek, Organisationstheorien!, Stuttgart 1978,田島壮幸(監訳), 前掲邦訳。 とくに目的論的説明については,さらに, ウリクトの前掲書を参照のこと。
-164- 第60巻 第3号 626 シャンツは,こうした特徴の故に,この説明の方途を制度論的個人主義(institu -(28) tionalistischer lndividualismus)と称し,自らその立場を採ろうとするのであ る。すなわち,シャン Yが採ろうとする制度論的個人主義においては,社会的 文脈あるいは枠組条件が,それ以上個人に遡って説明する必要のないものとし て導入されているわけである。 ここで,社会的文脈あるいは枠組条件が,個人主義的な説明の必要のないも のとして取り入れられているが, こうした不必要性は,不可能性を意味するわ けではない。シャンYは,社会的文脈あるいは枠組条件が,個人に遡って説明 できるものだと考える。なぜ、なら,かれによるならば,-個人主義的な見通しに 基づいて創発現象(Emergenzphanomen)を満足のいくかたちで解明すること ができないのならば,個人主義的な見通しは決して実り多い構想ではありえ な〈ちからなのである。社会における現象はすべて個人に遡って説明がつくも のであると考えられたことによって,個人には見られず,個人が集まってつく られた集団になってこそはじめて見られる創発的特性 (emergentproperty)は 否定されたことになるのである。 以上を要するに,社会的文脈あるいは枠組条件は個人主義的に説明すること が可能であるが,説明の図式のなかでは特にそうする必要なくそれらを取り入 れて使用してもよいとする制度論的個人主義こそシャンツの立場である。 ところで,方法論的指導原理としての方法論的個人主義は,シャンツの経営 経済学説の基礎に置かれる筈の理論の形成の余地を大まかに制約するのである が,理論の形成のうえで残された余地がさらに理論的指導原理によって一層限 定される。われわれは,シャンツが理論的指導原理として何を選択するのかに 関して次節で跡づけたい。
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賞罰の理念、と基本的仮説 方法論的個人主義が個人に関する法則から社会を見るという方向で大まかに (28)Vg
l.G. Schanz, Grundlagen, S 93 (29)G Schanz, Grund以gen,S..93165-行動理論的経営経済学に関する考究 627 研究に枠組を与えるとしても,個人に関する法則ないし理論の形成の仕方には この理論の形成上の選択の余地を限定する指導原理こ そが理論的指導原理である。シャンツは,こうした機能を果たす理論的指導原 理 と し て 賞 罰 の 理 念(Ideeder Gratifikation)を 選 ぶ の で あ ご こ こ に 賞 罰 の 未だ選択の余地があり, 理念とは r川川。行動様式と行為様式の(期待され, 報酬 (Belohnung)な い し 処 罰 (Bestrafung)一 一 一 般 に は 賞 罰(Gratifikation) ー に , 個 人 の 行 動 と 行 為 の 決 定 的 原 動 力(masg仙 heKraft)内 ら れ む あるいはまた予期された〉 とし、う事態を表現するのである。 この原動力という言い方に,人聞の動きを,その目的から説明する目的論的 説明の方向ではなく,賞罰の期待が原因となって人聞を押し動ヵ
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論ないし包摂模型にシャンツが従っていることがあらわれている。 シャンツは賞罰の理念に導かれながら心理学的な基本的仮説を提示するのだ が,その際かれは賞罰の理念に導かれつつも基本的仮説を結び、つける若干具体 的な構想として期待理論(Erwartungstheorie)を用いていると解されるのであ ここに期待理論とは理論と言うものの人間行動に関する一種の枠組的見方 を与えているものなのである。 る。 (30) 理論的指導原理!としての賞罰の理念とそれに基づく基本的仮説については次を参照の こと。 G. Schanz, Grundlagen, SS.97-178 G.. Schanz, a. a.0, S.. 99 Gratifikationという言葉は,ドイ y人の用語感では奇異にうつるようである。レーパー は前述の書評の中で, Gratifikationをぎょうぎょうしい言葉(bombastische W ortpra -gung)として,英語のreinforcementの新しい訳語か,と問うている。 V g.lG. Reber, Buchbesprechung, S 98. (32) 因果論的立場に関して「原因が人間を動かす」と言い表すことについて,われわれは, ウリクトの“puttingtoward the future"という表現を借りている。“puttingtoward the future"の対語は,“pullingfrom the future"である。 Cf G.H. von Wright, opdt.., p..92 トイ Y語の表現では,それぞれ}auf die Zukunft hin treiben{と}von der Zukunft her ziehen{である。 Vg.lG H von Wright, a a川 0,S..90. (33) シャンアは期待理論と同等の意味の言葉として,期待模型(Erwartungsmodell)という 用語も用いる。 (GSchanz, a. a.0, S. 214)それらの内容の説明については次を参照の こと。 G. Schanz, a.a.0, S..214ff (31)-166ー 第60巻 第3号 628 その見方は,人間の努力 (Anstregung)が帰結(Resultat)につながり,この帰 結が努力した人,聞の賞罰(Gratifikation)につながると見て,人間の行動は,努 力が賞罰に結びつくことに関する期待によって規定されると把握している。こ の期待理論は,第
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に,人はかれにとって価値あるものに結びっく行動つまり, そのときそのときの欲求を満たす行動を行うという賞罰の理念そのものを前提 とし,また第2
に,人は実際に何かが報酬に結び、つくという期待に左右される, ということを前提している。期待理論の枠組を採っていると考えられるシャン ツは,その枠組に従って, これら2つの前提のうち前者に関して動機づけ理論 (Motivationstheorie)から,後者に関して学習理論(Lerntheorie)から基本的仮 説を採用する。 まず,人間の行動の決定的原動力が行動のもたらす賞罰にあるとする賞罰の 理念に沿うと,基本的にまず重要な認識は,人聞にとって何が報酬として作用 するかを知ることである。動機づけ理論にまつわる基本的仮説は,人聞の欲求 にはどのようなものがあるのか,ならびに当該の欲求をもっ人聞にとって何が 報酬として作用するのかの知識をわれわれに教えてくれるのである。それ故, シャンツは,動機づけ理論にまつわる基本的仮説を取り入れる。 その際,まず,マズロー (AH.. Maslow)の階層的動機づけ模型 (hierarch i-(34) sches Motivationsmodell)が紹介される。マズローの仮説は次のとおりであ る。 仮説。人間の基本的欲求は,飢えや渇きから逃れようとする欲求を示す生理 的欲求 (physiologischesBedurfnis),物質的確実性・病気や不安からの保 護 ・ 不 安 の な い 生 活 な ど を 望 む 欲 求 と し て の 安 全 性 欲 求(Sicherheits -bedurfnis),友人関係をつくり組織に属し社会性を得たいという欲求とし ての共属欲求(Bedurfnisnach Zugehorigkeit),自己尊敬と他人からの尊 (34) マスローの仮説に関するシャンYの論述については次を参照のこと。 G.Schanz, Grundlagen, SS.104-110 その際,シャンYが特に参照している書物は次のものである。 A H.Maslow, Motivation and Personality, Second printing, New York-Evanston -London1970629 行動理論的経営経済学に関する考究 7'A P0 ケ' 敬を得たL、とL、う欲求としての評価欲求 (Wertschatzungsbedurfnis),創 造的に活動し,知識や普遍性の追求をしたいとし、う欲求としての自己実現 欲求(Strebennach Selbstverwirklichung)か ら 構 成 さ れ る 。 そ し て , こ れ らの5つの欲求は,この順序でひとつ前の段階の欲求が満たされないと当 該の欲求は人聞を動機づける力をもたない。 シャンアは,続いてノ、ーズバーグ(F.Herzberg)による動機づけの仮説を紹 介する。ハーズパーグは,労働条件の因子を,給付上の成果・承認・責任・労 働それ自体・成長可能性・職業上の進歩という特徴を含む動機づけ因子(Moti -vator)と所得額・上司や同僚や部下との対人関係・物理的作業条件・企業政策 一般を含む衛生因子 (Hygiene-Faktor)に 2分類し,前者の動機づけ因子の方 は労働者の満足に導くのに対して,後者の衛生因子は労働者の不満足の回避に は導くがその満足には導かないとし、う仮説を提示した。シャンツによれば, こ うしたハース、パーグの仮説はマズローの階層的動機づけ仮説に含まれる特殊な 考えである。なぜ、ならハーズパーグの仮説は,マズローの言う欲求のうち下位 の欲求が既に満たされている歴史的状況に関連してつくられたのであって, こ の意味でハーズバーグの仮説はマズローの仮説に特殊条件を付け加えてそこか ら導出されるからなのである。 シャン Yの紹介する限りでは,ハーズパーグの仮説では,下位の欲求と上位 の欲求の二分割に基づき,上位の欲求をもっ人聞にとっては何が報酬となるの か, という知識を付け加えたのである。 上述の動機づけ理論は,個人にとって何が報酬となるかを決める基礎的認識 である。ところがシャンクによれば,人間の行動は,その個人にとって何が報 酬となるのかということとならんで,個人によって過去になされた経験(inder (35) V gl G. Schanz, o.a.0, SS..110-113 (36) V gL G.. Schanz, a.. a 0, S 111 シャンアは,動機づけ理論に関してはマズローの仮説を基本的なものと見なし,マズ ローの仮説に対して経験的テストが試みられかれの仮説にとっては反証する経験的発見 事 項 が 見 ら れ る に も か か わ ら ず , シ ャ ン ア は マ ズ ロ ー の 仮 説 が 代 替 的 理 論(Alter -nativtheorie)を促進したという結果に専ら基づき,マズローの仮説を高く評価している。
-168- 第60巻 第3号 630
Vergangenheit gemachte Erfahrung)によっても規定される。シャンツはこ う考えつつ,実際に何かが確実に報酬に結びつくかどうかの知識を与えてくれ る学習理論を採用する。その際,かれはホーマンズ (GCHomans)の仮説を採 用するかたちをとる。シャンツが,ホーマンズの見解から取り上げた学習理論 的仮説は次の諸仮説である。
1
ある個人の行動がより頻繁に報酬に結びつくと,かれはその行動をより 大きな確率をもって行うであろう。〈成功仮説 Erfolgshypothese) この仮説1
は,期待理論の枠組に関連づけて言えば,行動が報酬に結びつく 期待がより大きくなると,個人がその行動を行う見込みがより大きくなるとい う合理的行動の前提を表現していて,先にも触れたとおり,この仮説lの内容 は,期待理論の枠組の前提としてそこに踏まえられているのである。この意味 では,仮説1
も期待理論の一部といってよいものである。 2 過去において特定の刺激ないし刺激群がある行動全伴うと,現在の刺激 が過去の刺激と似ているほど,ある個人はその行動あるいはこれと似た行 動を行うであろう。(刺激仮説 Reizhypothese) この仮説2
の本質は,個人の経験の中で特定の刺激と特定の反応の結びつき が強化されると,その刺激が再度あらわれたときにそれと結びついた反応がな される見込みが大きくなるということであるのだが,学習理論だけで切り離し てみた場合こうした仮説はありえても,シャンツの従う賞罰の理念からすれば こうした単純な刺激と反応の結びつきを説く仮説の重要性は失われるものと解 される。 3 ある行動の報酬がある個人にとってより価値のあるものならば,かれが (37) VgL G.. Schanz, a a..0, S.148. (38) VgL G. Schanz, a a..0, S8..158-167 その際,シャンYはホーマンズの次の書物から仮説を引用している。 G.. C. Homans, GmndJ示。'gensoziologischer Theorie, Opladen 1972 なお,同様の仮説は次にも見られる。 G.. C. Homans, Social BehavioァーIts Elementary Formsー, revised edition, N ew York 1974円 ツ ハ hU 7 i 行動理論的経営経済学に関する考究 631 その行動を行う見込みはより大きくなる。(価値仮説W erthypothese) この仮説3は,期待理論の枠組に関連づけて言えば,個人はかれにとって価 値あるものに結びっく行動つまりそのときそのときの欲求を満たす行動を行う という賞罰の理念そのものに近い内容を表現していることとなり,先にも触れ この仮説
3
の内容は,期待理論の枠組の前提としてそこに踏まえら たとおり, この仮説3も仮説lとならんで期待理論の 一部とL、ってもよいのである。それ故,期待理論が枠組的役割を果たすことを 考え合わせるならば,仮説1と仮説3を含めて期待理論がシャンツの言う理論 の中での公理の意味をもっていると解されるのであご上述の仮説1
が, この意味では, れているのである。 手段 としての行動と目的としての報酬の結びつきに関して言明をなしているのに対 (39) シャンYによれば,理論という概念を規定する仕方にはL、くつかがあるが,結局,かれ は法則的仮説の体系(Systemnomologischer Hypothesen)としての理論とL、う理論の 概念をとる。そして,理論の概念のこうした規定に沿って,シャンyは次のように議論し ている。 (Vgl G Schanz, Einfi古hrung,SS 41-50) まず,法則的仮説の体系としての理論とし、う場合の仮説とは,現実の構造的特性に関す る推測(Vermutung)で あ り , 特 に そ れ が 一 般 的(allgemein)で 維 持 さ れ て い る(sich bewahren)ときに,法則的仮説といわれる。つまり,限定された範囲の現象だけにではな く広範囲の現象に言及していること,ならびに覆そうとする試みに今迄のところ耐えて いることが法則的仮説の「法則的」たるゆえんなのである。 さらに,法則的仮説の体系としての理論とし、う概念規定の場合の「体系」という言葉の 意味を,シャン Yは,演縛的操作(deduktiveOperation)ないし演縛(Deduktion)という 手続きをもって明らかにしようとする。シャンyは,その際,次の図を書いて解説する。 E里 中水準の定理 公¥
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低水準の定理 公理(Axiom)が体系の基本前提をかたちづくる。公理とは,法則性の地位を要求するこ とのできる仮説のことである。この公理から,前提(ここでは公理〉から結論への「単な る情報の移行にすぎない」演鰐を通じて,中水準の定理(Theoremmitt1eren Niveaus)な らびに低永準の定理(Theoremniederen N iveaus)が導出され rし、くつかの公理から導 出可能な全体の言明が定理といわれる」のである。シャンYはこうして図示しつつ「体系」 の意味を明らかにしている。-170- 第60巻 第3号 632 し て , 仮 説3は そ も そ も 報 酬 が 個 人 に と っ て 目 的 と し て の 価 値 が あ る か ど う か に 関 す る 言 明 と な っ て い る 。 以 上 が シ ャ ン ツ の 採 っ て い る 動 機 づ け 理 論 と 学 習 理 論 で あ る 。 そ の 紹 介 の な か で も 明 ら か な よ う に , か れ は , 人 間 の 行 動 は , 伺 が 賞 罰 と な る の か に よ っ て 決定される, と 考 え て い る 。 そ し て , 基 本 的 に は , ど の よ う な 欲 求 を も っ 人 聞 が , ど の よ う な 刺 激 ( 労 働 そ れ 自 体 か 賃 金 の 獲 得 か と い っ た こ と 〉 に ど の よ う な 反 応 ( 高 い 動 機 づ け 〉 を す る の か と し づ 刺 激 と 反 応 の 仮 説 を つ く ろ う と し て い る と 考 え ら れ る 。 こ の こ と は , 法 則 に よ る 人 聞 の 行 動 の 説 明 を 行 お う と す る シ ャ ン Yの 立 場 の あ ら わ れ な の で あ る 。 V 行 動 理 論 的 経 営 経 済 学 の 指 導 原 理 の 適 用 わ れ わ れ は 前 節 ま で で , 行 動 理 論 的 経 営 経 済 学 の 基 礎 と さ れ る 一 般 的 理 論 を み て き た 。 シ ャ ン ツ は , こ う し た 「 人 間 の 行 動 に 関 す る 一 般 的 理 論 を 学 科 特 殊 (40) 学習理論には,なお次の仮説がふくまれてレる。 4 ある個人がより近い過去に特定の報酬を頻繁に獲得してLまうと,その報酬の次 の一単位はかれにとって以前ほど価値のあるものではなくなる。(不必要一飽和 仮 説Entbehrungs-Sattigungs-Hypothese) この仮説4は,上述のマズローの動機づけ理論において,ある欲求が飽和状態周辺まで 満たされるとその欲求は動機づける力を失い次の段階の欲求が動機づける力を得るとい われていた事態とほほ同一『の事態を表現していると解されるのである。 5 個人の行動が期待されたようには報奨を与えられなかったり期待に反して処罰さ れると,かれは怒り,怒りの状態においては攻準的行動の結果が報酬をもたらす。(欲 求不満ー攻幌ー仮説Frustrations-Aggressions-Hypothese) この仮説5は無条件に成立しているわけではなく,過去において欲求不満の状態にお いて攻懐的行動をしたらそれが報酬につながったという経験と組み合わされて,すなわ ち仮説1(成功仮説)と組み合わされてはじめて意味をもっ。またこの仮説5が言ってい る攻壊的行動そのものはシャン Yの論述においては大きな意味をもっとは考えられな い。だがこのこととは別個に,この仮説5には r行動」が直接「報酬」に結びつくとい う上述で仮定してきた期待理論の枠組は一層精級に考慮され,意図された行動にいたっ ても,行動がもたらす「帰結」に対して行動を起こした個人とは異なる者による評価が介 入しはじめて報酬に至るのだという事情が取り入れられなければならないことが読み取 れるのであり,ここに至って,期待理論の期待というのが努力・帰結・期待(Anstregungen -Resultate-Erwartung)と帰結・賞罰・期待(Resultate-Gratifika tion -Erwartung)の2 つに分かれることをわれわれは知る。
633 行動理論的経営経済学に関する考究 -171 的説明問題へ適用すること (Anwendung)J によって,現象の説明を行おうとし ている。その場合,一体シャン Yは,その理論に含まれる基本的仮説をどのよ うな場面に適用しようとするのだろうか。 シャンアは,行動理論的経営経済学の指導原理の適用の場面としては,組織 (Organisation)と市場 (Markt)の
2
つの場面を考え,次のように言う。「…、・社 会科学としての経営経済学の課題は,特定の状況的コンテグトo
組織〈と 〉市場()のなかに見られる諸現象に対する説明を見い出していくことなので ある。J,-。…これら2
つの制度(組織と市場一渡辺〕は,社会科学としての経 営経済学の(主たる〕対象なのである。」シャンツは, このことを,-…いわれ われは,一方で組織参加者 (Organisationsteilnehmer)としての個人に,他方で 市場参加者 (Marktteilnehmer)としての個人に関心をもっている」とも表現 している。シャンツは,組織と市場を,個人の経営経済的に重要な関連をもっ 行動の枠組 (Bezugsrahmen)として捉え, この2
つの制度のなかの個人の行動 を説明しようとしているのである。 同時に,ここには,社会科学の統ーをめざすシャンツの考え方のなかで,社 会科学に属する様々な学科は相互にどのように区別されるのか, とL、う問題へ の解答が含まれている。すなわち,シャンツは,それぞれの学科は,特定の制 度のなかでの人間行動を扱う故に,一応の自律性ないしは相対的自律性 (rela -tive Autonomie)をもっ,と考えている。この点に関して,経営経済学もまた組 (41) G Schanz, Sozialwissenschajt, S..92 シャンアは,一般的理論を学科特殊的説明問題へ適用することをとらえて,行動理論的 経営経済学は適用科学(angewandteWissenschaft)だとしている。 (VgL G.. Schanz, a a. 0, S..91 u 92.) かれの言う angewandteWissenschaftのangewandtは,西独の経営経済学界で通常 angewandte Wissenschaftと言う時の「現実の形成行為を支援してL、く技術論的ないし 応用的な」という意味でのangewandtとは大きくその意味を異にする。われわれが,か れのangewandteWissenschaftを「応用科学」とせず r適用科学」とするゆえんである。 (42) G Schanz, a. a.0, S.91 (43) G. Schanz, a a.0, S..91 (44) G.Schanz, a. a 0, S 91 (45) V gl G Schanz, a. a..0, SS. 13-14-172ー 第60巻 第3号 634 織と市場とし、う特定の類型の制度のなかにおける人間行動を扱う故に,社会科 学に属する他の学科からは一応区別されることとなる。 われわれは, これらの制度のうち,シャンツが相対的に力点を置いていると 解される「組織」の方に関するかれの議論の跡づけを行おう。 シ ャ ン ツ は , 組 織 を , 人 々 の 欲 求 を 満 た す こ と を 目 的 と し た 賞 罰 の 源 泉
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の問題を取り上げている。以 下われわれは, このうち主として作業能率の決定要因をめぐる論述を取り上げ たい。そこには,既述の指導原理が相対的に一貫して適用されているからであ る。 まず,初めに,個人の行動と組織的効率の結びつきを示すためにシャンツが (46) 組織を賞罰の源泉として位置づける見方については次を参照のこと。G
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182-190 (47) VgLG
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212-221635 行動理論的経営経済学に関する考究 組織的環境(2) 活動の特質 組織構成員 の態度(31 (期待,労働(不) 満足,動機づけ) (自律性,完結性等) 作業状況 (集団状況, リーダ ー ン yプ,組織構 造と組織規模,発 展可能性,賃金等) a 作成した図を掲げておく(図
1
参照〉。 組織構成員 の行動(41 (労働移動, 欠勤と能率) 外的環境(51 (安定性,景気 変動と労働市 場, その{也) 図l b -173-組織的効率(7) (売上高,手JI潤, 職場の確保,付 加価値,その他) 個人の特質(1)と組織的環境(2)の共同作用で組織構成員の態度(3)が決定され る。この態度が組織構成員の行動(4)に導き,さらにこれが組織的効率(7)につな がっていく。外的環境(5)は,例えば労働市場の状況が労働移動の容易性を決定 するかたちで,組織構成員の行動への影響を介して間接的に,組織的効率に影 響し,また例えば景気変動が価格形成の可能性に影響するとか,環境の安定性 との関係で商品の販売量が変動するというように直接的に,組織的効率に影響 する。組織的環境の中にも含まれている組織構造(6)は,例えば,背の高い階層 (48) Vgl G Schanz, Sozialwissenschajl, S 95. ただし,われわれは図lを掲げるに際して,ごく少数の修正を原図に施した。またこの 図1をめぐる本稿の以下の解説に関しては次を参照のこと。 G. Schanz, a. a 0, S..94 u S 96-174- 第60巻 第3号 636 的 構 造 が 伝 達 経 路 の 長 さ 故 に , 意 思 決 定 を 難 し く し , こ の こ と が 組 織 的 効 率 に 作用する, というかたちで,直接的にも組織的効率に影響する。 わ れ わ れ は , こ の 図
1
な ら び に そ れ を め ぐ る シ ャ ン ツ の 仮 説 に 関 し て 次 の 点 を指摘しておかなければならなし、。 そ れ は , シ ャ ン Yが 最 終 的 に 問 題 に し よ う と す る 組 織 的 効 率 は , 組 織 構 成 員 の 行 動 に 立 ち 帰 る こ と に よ っ て 説 明 が つ く と 考 え ら れ て い る こ と で あ る 。 換 言 す る な ら ば , か れ が 説 明 し よ う と し て い る の は , 何 故 あ る 組 織 の 組 織 的 効 率 が 高 い あ る い は 低 い の か , で あ り , こ う し て , 被 説 明 項 は 組 織 全 体 の 効 率 で あ る 。 こ の 組 織 全 体 の 効 率 が , 組 織 を 構 成 す る 個 人 の 能 率 か ら 説 明 さ れ る と 考 え ら れ て い る 。 こ こ に , シ ャ ン ツ の 採 用 す る 方 法 論 的 個 人 主 義 の 考 え 方 が あ らわれているのである。 組 織 構 成 員 の 個 人 的 行 動 に 立 ち 戻 る と な る と 問 題 に な る の が , 組 織 構 成 員 の 作業能率である。 組 織 構 成 員 の 作 業 能 率 に 関 し て , シ ャ ン ツ は 特 に 個 人 的 作 業 能 率 を 問 題 に し て い る 。 か れ は , そ れ が 主 と し て 組 織 構 成 員 の 能 力(Fahigkeit)と 動 機 づ け (Motivation)に よ っ て 決 定 さ れ る と 考 え て い る 。 そ し て , そ の う ち 特 に 動 機 づ け に つ い て , そ の 規 定 要 因 を め ぐ っ て 既 述 の 期 待 理 論 の 枠 組 に 沿 い つ つ 次 の よ (49) 図1に関してわれわれはさらに2つのことを注意しておきたい。第11こ,シャンツは組 織的効率という用語に等しいものとして,経済組織の給付能力(Leistungsfahigkeitvon Wirtschaftsorganisation)とL、う用語をも用いている。そしてそれは,一定品質以上の製 品の生産量で測定されることが示唆されている。 (Vgl G Schanz, Wege zur indi -vidualisierten Organisation, Teil 2: Praktische Konsequenzen, in:Zeitschrijt fur Organisatω
n, 46.J
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, 1977, S 345)シャンYの経営学説について組織構成員の能率と の関係を探るためには,寧ろ, この生産量ー的側面で考えていく方が妥当である。 第2に,組織的効率の影響要因としての組織構造の位置に関して,組織構造が,直接的 に,つまり組織構成員の行動を介さずに,組織的効率に影響を与える,ということはない と考えられる。例えばシャンアが挙げている例としての背の高い階層的構造は,組織構成 員の行動を介して,意思決定の遅さに導く。組織構造は,そこに組織構成員が入って行動 して,はじめて組織的効率に導くと考えられる。しかし,反蘭,図 1において,組織構造 の位置を,組織的環境にのみ限定するのも妥当ではない。なぜなら,組織構成員の行動と はあくまで個人的行動であって,そこに動機づけ要因として組織構造が影響していると ともに,また組織構造は,仕事の連結の仕方を規定して,まとまりとしての集団の能率に 影響するからである。637 行動理論的経営経済学に関する考究 -175-うに考えている。 期待理論の枠組においては,期待が,人間の努力
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つの要素によって規 定されるのである。 動機づけはより端的に,次の式であらわされる。 動機づけ=努力・帰結・期待×帰結・賞罰・期待 ×賞罰の誘意、性 ここには 2種類の期待ならびに賞罰の誘意性の高い個人は動機づけが高く なり,動機つ会けが高い個人は作業能率が高いという経路が表現されている。 シャンツはさらにこの式の右辺にあらわれた2
つの期待と賞罰の誘意性がど のような要因によって決まってくるかを論じている。 第lに,賞罰の誘意性の決定要因は,個人の欲求であって,個人が作業状況 においてどのような欲求を満たそうとしているのかということなのである。つ まり,たとえ賞罰に達する見込みが大きいとしても,個人のそのときそのとき の欲求しだいでは賞罰自体の魅力が小さくなることが考えられ,その場合には 動機づけは小さくなってしまうのである。ここにどういう欲求を強くもつ人が, どういうことに魅力を感じるのか,つまり何が賞罰として作用するのか, とい う認識が必要となり,ここに動機づけ理論の情報が必要となってくるのである。 第2
に,努力・帰結・期待の決定要因は,実際の状況(
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であるが,このうち,シャンツによって決定要因として 最も重要だとされているのは実際の状況であり,努力・帰結・期待との関連で (50) V glG.S
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218-219.-176ー 第60巻 第3号 638
問 題 と な る 実 際 の 状 況 は , 職 務 の 特 質(Aufgabenmerkmal)である。
第3qこ , 帰 結 ・ 賞 罰 ・ 期 待 の 決 定 要 因 は , 実 際 の 状 況 , 他 人 が そ の 状 況 に つ い て ど う 言 う か(wasandere uber diese Situation sagen), 過 去 の 経 験(Ver -gangenheitserf ahr ung), な ら び に 努 力 ・ 帰 結 ・ 期 待 で あ る 。 こ の う ち シ ャ ン ツ が 最 も 重 要 だ と し て い る の は , こ こ で も 実 際 の 状 況 で あ り , 帰 結 ・ 賞 罰 ・ 期 待 と の 関 連 で 問 題 と な る 実 際 の 状 況 は , 職 務 の 特 質 , リ ー ダ ー シ ッ プ の 様 式 (Fuhrungsstil),賃金制度 (Gehaltssystem)お よ び 昇 進 制 度 (Befδrderungs -system)で あ る 。 シ ャ ン ツ は , 期 待 に つ い て は , こ う し た 方 向 で , そ こ へ の 決 定 要 因 を あ げ , そ れ と 期 待 と を 結 び つ け た 仮 説 を 考 え よ う と し て い る 。 シ ャ ン ア は , 以 上 の よ う な 作 業 能 率 の 決 定 要 因 に つ い て 考 察 を 加 え て い る の で あ る が , 特 に 賞 、 罰 の 誘 意 、 性 の 方 に 関 し て か れ が 注 目 す る の は , 最 近 し ば し ば (52) Vgl G Schanz, a. a 0, SS 219-220 (53) シャンYは,作業能率の決定要因について以上のように論じた後に,それに続いて作業 満足の決定要因について次のように論じている。 作業満足と労働移動(Fruktuation)ならびに欠勤(Absentismus)との聞には負の関係 があり,ここに作業満足の決定要因に関して考慮をめぐらせる理由がある。作業満足ない し作業不満足の現象を把握する理論的認識としては次のような考え方が妥当である。 組織構成員の満足は,個人が得た実際の報酬(tatsachlicheBelohnung)と個人が得る べきだとする望まれた報酬(erwunschteBelohnung)との間の議離(Diskrepanz)によっ て規定される。そして,個人が得るべきだとする望まれた報酬の水準は,個人のなした作 業投入最(Arbeitseinsatz)の知覚,準拠個人(Bezugsperson)の作業投入量と報酬の知覚 および職務の特質の知覚の影響を受けながら決まる。個人は,それらのf置を参照しつつ, 得るべき報酬を決め,これと実際の報酬とを比較して,得るべき報酬と実際の報酬が一致 する場合には満足し,得るべき報酬より実際の報酬が少ない場合には不満足(Unzufri -edenheit)にレたり,実際の報酬が得るべき報酬より多い場合には罪悪感(Schuldgefuhl) を感ずる。こうして組織構成員の満足,不満足が決まってくると考えられている。ここで, われわれは,満足,不満足が報酬を受け取った後の事後的評価として出てくるものである ことに注意したし、。 作業満足の決定要因に関する以上の論述の本質は報酬の実際値と希望値との「比較」に あったのであり,その論述は特に期待理論の枠組とは関連なく進んだのであった。それ 故,シ守ンァが取り上げた「組織のなかの個人」の項目のなかでは「作業能率」に関する 論述の方が行動理論的経営経済学の指導原理を一貫して適用しているという点で,相対 的に重点をtN:かれていることは確かである。 ここで,作業満足に関する論述と期待理論の基礎となっている努力一帰結ー賞罰の経 路とを一応関連づけるとすれば次のようになると考えられる。個人は,期待と1!罰の魅力 に誘われながら何らかの動機づけによって努力をなす。その結果ある帰・結が生じ,その帰
639 行動理論的経営経済学に関する考究 -177-問題とされる「職務の特質」である。かれは,生理的欲求や安全性欲求が広範 に満たされている現代における職務の特質とそれに対する個人の反応について 主として英米の研究成果を参照しつつ次のように論じる。 自己実現欲求に相当すると考えられる成長欲求(Wachtumsbedurfnis)を強 くもつ個人は,変化性(Varietat),完結性 (Identitat),職務の重要性 (Aufgaben-wichtigkeit)および自律決定性 (Autonomie)が高く,結果に関する情報の還流 (Riにkkopplung)がよく行われているという特質をもっ職務に対して,高い作 業動機づけ(hoheArbeitsmotivation),高い作業の質 (hoheArbeitsqualitat), 高い作業満足(hohe Arbeitszufriedenheit)および低い移動率と欠勤率 (gerin・ ge Fluktuations…und Absentismusrate)をもって反応するのである。ところ が,成長欲求の弱L、個人は,そのような「職務の特質」に対しては,必ずしも 高い作業動機づけや高い作業満足をもって反応するわけではないのである。 職務の特質とそれに対する個人の反応に関するこうした認識は, どのような ことに報酬を感じ高い動機づけを経験するかをめぐるものであって,その限り でハーズノミーグの認識と種類は同じであるが, より一層具体的なものとなって いるのである。 以上を要するに,シャンツは,作業能率の決定要因を期待理論の枠組に関連 結が何らかの事実上の報酬につながる。他方でその個人は得るべき報酬益の水準につい て期待をもっていて,これと実際の報酬との比較によって満足,不満足,罪悪!惑を抱くに いたる。こうして事後的に決まる満足や不満足は,報酬の誘;古性(Valenz)の評価を相対 的に引き上げあるいは引き下げることを通じて,次の努力への動機づけに影響を与える のだと解される。そして,上述のシャンYの関心からすれば,この経路を通じて,動機づ けが強められることが,労働移動と欠勤を滅少させるという関連が想定されていると解 されるのである。 (54) 職務の特質に関してはシャンyは特にハ y!1マン(JR Hackman)とオノレダム(GR Oldham)の研究に基づいて論述してレる。その際,シ寸ンyが参照を求めているのはかれ らの次の業績である。
J R Hackman and G R Oldham, The
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ob DiagnosticSurveY Technical Report,Department of Administrative Sciences, Yale University 1974
ゆめ この場合の作業満足は,報酬の実際値と希望{直が比較されて決められるとは考えられ ておらず(注側参照入ここにはこうした比較によって作業満足が発生するのではなく, 欲求に見合うある程度の実際値が生まれれば,作業満足が発生するのだという相対的に 単純な構閃が考えられているのである。
-178- 第60巻 第3号 640 付けながら挙げてきた。ここに,行動理論的経営経済学の指導原理の「組織の なかの個人」への適用の意味がみられるのである。 ここで述べられた作業能率の決定要因の考察をもって現状の説明,特に副作 用的帰結の説明はどのように行われることになるのか。かれが特に論じていた ことから考えて,作業職場の副作用的帰結は,かれの構想の場合 i職務の特質」 と「個人の欲求」の適合関係をもって説明されることとなるだろうことは明白 である。こうした副作用的事態の欲求からの説明とL、う行為を超えてさらに, 成長欲求とそれを満たす「職務の特質」との聞の関係を示す仮説から,直ちに, 成長欲求の強い組織構成員に対して形成すればよい職務の特質を知ることがで きるのである。 (2) 組織のなかの集団 シャンツが行動理論的経営経済学の指導原理を適用しようとしている場面は 上述の作業能率や作業満足の決定要因の考察に限定されているわけではなく, 行動理論的経営経済学の指導原理の適用の第