はじめに 日本の高齢化率は,2012(平成 24)年に 24.1%(3,079/12,752 万人)(2012 年 10 月 1 日)であり,高齢化の速度が他の先進 諸国と比較にならないほど速く,世界一高齢化した国であると いって過言ではない1)。特に,このような社会構造の急速な変 化に制度的な対応を迫られており,医療制度改革や介護保険制 度改革が必要であろう。介護保険制度は 2000(平成 12)年に, 高齢化に伴う要介護高齢者の増加に対応し,要介護者を社会全 体で支える新たな仕組みとして導入された。介護保険では,「高 齢者本人の自己実現の達成を支援すること」をその基本理念と しており,単に要介護にならないことのみを目的としているわ けではない。ただ,残念なことに,要支援・要介護高齢者数は 毎年増加をたどったため,介護サービスを使わず,できるだけ 自立して生活していくことを目的として,2006(平成 18)年 に介護保険法は改正され,予防重視型システムが導入された。 高齢者における健康の定義 世界保健機関(WHO)2)は,1948 年に「健康とは単に病気 でない,虚弱でないというのみならず,身体的,精神的そして 社会的に完全に良好な状態を指す」と定義した。この定義は, 「目標」としての健康を定義したとも考えられ,老化に伴い疾 病を抱える高齢者の健康の定義としては適切とはいい難い。そ こで,WHO3)は 1984 年に,「高齢者の健康は,死亡率が高い とか,罹患率が高いとかではなく,自立度(autonomy)の高 さで判断すべきである」とした。疾病がないことを高齢者の健 康の定義とすると,ほとんどの高齢者は不健康と定義されるこ とになり,その定義の意味がないことになってしまう。疾病を 抱えながらも自立して生活できるかどうかで,健康であるかど うかを判断するということが合理的であることがわかる。 介護予防とは 上述のように,高齢者の健康が自立であるかどうか,という 視点で見るべきであるということから考えると,自立できな い,つまり,要介護である状態にならないようにすることの重 要性を改めて認識できる。 では,介護の予防と考えられる介護予防はどのように考えた らよいであろうか。狭義には,「要介護」予防であるが,「以前 の生活(暮らし方)を継続できること」,そして,それは,「も とのライフ・スタイルを続けること」であり,そのことは,「高 い QOL(生活の質)を保つこと」であろう。それを,大田仁 史氏は,「…自助努力を基軸とした,保健・医療・福祉等の立 場からなされる多面的なアプローチである。」4)と定義した。 なお,介護保険法では,「要介護状態の発生をできる限り防ぐ (遅らせる)こと,そして要介護状態にあってもその悪化をで きる限り防ぐこと,さらには軽減を目指すこと」と定義されて いるが,その基本理念は,「高齢者本人の自己実現の達成」を 支援することであることを肝に銘じておく必要がある。 具体的な介護予防プログラムを考える際に,要介護の原因を よく知っておく必要がある。介護予防が検討された際に高齢者 の要介護の原因としては,第 1 位が脳血管疾患,第 2 位が高齢 による衰弱,第 3 位が転倒・骨折となっており,悪性新生物, 心疾患,脳血管疾患という 3 大生活習慣病が上位を占める「死 亡原因」とは著しく異なっていることがわかる(図 1)。この ことは,「生活習慣病対策をしているだけでは,介護予防は十 分とはいえない。」ということを示している。疾病対策の重要 性はいうまでもないが,加齢・老化に伴う体力低下などに対応 する必要性があることがわかる。 2000(平成 12)年の介護保険制度の導入と同時に,介護予 防・生活支援事業も開始され,また,2003(平成 15)年の介 護保険法の見直しに伴い,介護予防・地域支えあい事業として 充実が図られた。しかし,十分な効果が見られず,2006(平成 18)年に,介護保険法が改正され,新予防給付・地域支援事業 の導入という本格的な介護予防システムの導入となった。この 制度改革は,「明るく活力ある超高齢社会」 を目指し,市町村 を責任主体とし,一貫性・連続性のある 「総合的な介護予防シ ステム」 を確立することがその柱となっている。 介護予防は,高齢者の生活機能の程度・状態に対応して対策 が考えられている(図 2)。介護予防事業には,おもに元気高 齢者を対象とする介護予防一般高齢者施策(現在は一次予防事 *
Eff ective Home-visit Disability Prevention Program Development and Expectation to Physical Therapist
1) 福島県立医科大学医学部公衆衛生学講座 (〒 960‒1295 福島県福島市光が丘1)
Seiji Yasumura, MD, Sachiko Yamazaki, CP: Department of Public Health, Fukushima Medical University School of Medicine 2) 文京学院大学人間学部心理学科
Sachiko Yamazaki, CP: Bunkyo Gakuin University, The Faculty of Human Studies, The Psychology Course
業と呼ぶ)と要介護リスクのある介護予防特定高齢者施策(現 在は二次予防事業と呼ぶ)がある。生活機能の低下が疑われる 状態,つまり,要支援 ・ 要介護状態となるおそれのある高齢者 (いわゆる特定高齢者)に対する取り組みとしては,地域支援 事業(①運動器の機能向上,②栄養改善,③口腔機能の向上, ④閉じこもり予防・支援,⑤認知症予防・支援,⑥うつ予防・ 支援)が行われる。さらに,軽度の生活機能の低下が認められ る状態,つまり要支援状態にある高齢者に対する取り組みとし ては,新予防給付(①運動器の機能向上,②栄養改善,③口腔 機能の向上)が行われる。 さて,介護予防特定高齢者施策(現在の二次予防事業)では, 通所による集団的な実施を中心とする通所型介護予防事業(以 下,通所型プログラム)が主であり,閉じこもりやうつ,認知 症といった通所型プログラムになじまない要介護ハイリスク者 に加え,その他の運動器の機能向上,口腔機能向上,栄養改善 などにおいても,意欲が高い,あるいは,ある程度機能が維持 されている対象者の参加がほとんどである。機能低下があって も人が集まる場所への参加を躊躇する対象者の場合には,プロ グラムの恩恵を受けることができない。さらには,男性高齢者 は一般に集団教室への参加を好まない傾向にあるなど,通所型 プログラムに参加していない要介護ハイリスク者は数多く存在 する。このような通所型のプログラムの非参加者ほど,機能は 低下した状態にあり,早急な支援の実施が求められる5)。 介護予防事業の流れと課題 介護予防特定高齢者施策(二次予防事業)の流れは,図 3 の ようになっている。市町村には,生活機能低下が疑われる高齢 者(旧特定高齢者)の早期把握が求められる。地域包括支援セ ンターでは介護予防ケアマネジメントにより対象者ごとのケア プランが作成される。そして,市町村(受託事業所)は,事業 (介護予防プログラム)の実施前後に,事前・事後アセスメン トをすることとなった。地域包括支援センターは一定期間後に 図 1 65 歳以上の死亡原因と要介護の原因 (人口動態統計および国民生活基礎調査(2001 年から 65 歳以上高齢者について作成)) 図 2 介護予防の考え方─生活機能の程度と高齢者の状態─ (厚生労働省老健局.介護予防に関する事業の実施に向けての実務者会議資料.2005.10.27. 一部修正)
効果評価を行うこととなった。効果評価が事業の一環に加えら れたのは画期的である。ただし,まだ事業評価の方法等につい てのマニュアルは少なく,適切な評価が行われることが課題で ある6)。 平成 12 年の介護保険導入後当初には,218 万人であった要 介護認定者数は,増加の一途をたどり,前述の通り,それに対 応した改革が種々なされてきた。課題としては,①ハイリスク 者の把握が不十分,健診による把握に要する費用負担大,②ケ アプラン作成にかかわる業務負担大,ケアマネ本来の支援業務 が不十分,③魅力あるプログラムの不足,特定高齢者施策(二 次予防事業)への参加率が低い,などが指摘された(図 4)。 これらの課題に対して国としては,①には,「たとえば対象 者の選定方法を健診に代えて高齢者のニーズを把握するための 調査を活用する方法に見直すなど,事業の効率化を図る。」② には,「介護予防事業におけるケアプランについては,必要と 認められる場合に作成できるものとし,ケアプランの作成の必 要がない場合には施策前・施策後に事業実施担当者と情報共有 することにより替えることができるようにすることなど,事業 の効率化を図ることとする。」③には,「より高齢者のニーズに 合ったものに見直し,事業の充実を図ることとする。」といっ たことが,平成 22 年8月 22 日付けの地域支援事業実施要綱の 改正の際に謳われた。 図 3 介護予防特定高齢者施策(二次予防事業)の流れ (厚生労働省老健局.介護予防に関する事業の実施に向けての実務者会議資料.2005.10.27) 図 4 介護予防事業の課題
効果的な訪問型介護予防プログラムの開発 上述のように,「対象者を増やし,通所型プログラムに参加 してもらう」ということを目標として事業の効率化,弾力的運 営が図られたといえるが,要介護リスクの高い「家からあまり 外出しない」高齢者に対しては有効なプログラムがないことに は変わりがなかった。 閉じこもり,うつ,認知症などの高齢者に対しては,従来か ら,限定的ではあるが個別に訪問する訪問型介護予防事業(以 下,訪問型プログラム)がある。厚生労働省の「閉じこもり予 防・支援マニュアル」7)作成の代表者として,筆者らは訪問型 プログラムの作成もしたが,今まで効果的で簡便な訪問型プロ グラムはなく,「通所型プログラムへの非参加者」というハイ リスク者への対策は皆無であったといえる。 今後,要支援・要介護状態への移行を抑制するには,地域に おける二次予防事業対象者を確実に把握し,その状態の改善に 向けた効果的な支援を確立していくことが必要である。通所型 プログラムに参加しないが,支援は必要な対象者を漏れなく把 握し,支援を提供し,状態の改善を図るためには,訪問型プロ グラムは必須である。しかし,エビデンスに基づく訪問型プロ グラムは存在せず,実行可能性が高く,エビデンスに基づく訪 問型プログラムの確立が喫緊の課題であった。 筆者らは,通所型プログラムへ勧誘されても参加しない対象 者への訪問型プログラムとして,閉じこもり予防・支援,うつ 予防・支援,認知症予防・支援を中心とする全 6 分野に対応し うる「介護予防パッケージ・プログラム」を作成し,複数の地 域において実施した。その結果,一定の効果が得られ,その実 行可能性を確認することができた8)。さらに,平成 24 年度は, 前年度あきらかになった課題をもとに,より効果的なプログラ ムへと改訂し,全国各地の自治体の協力のもと,複数の地域に おいて実施し,その効果検証を行うことで新しい訪問型介護予 防プログラムの確立を目指した。これにより,各要介護ハイリ 図 5 介護予防パッケージ・プログラムフロー
分程度とし,対象者の要介護ハイリスクの重複により組み合わ せを選択する。ただし,すべての対象者に「運動器の機能向上 プログラム」を実施する。これは,本事業が,二次予防事業対 象者はすべて老年症候群である,という考え方に立っているた めである。要介護ハイリスクが 1 つの場合は,初回の訪問介入 時には,運動器の機能向上プログラムに加え,1 プログラムの み実施し,2 つの場合は 2 プログラム行う。要介護ハイリスク が 3 つの場合は,初回の訪問介入で 2 プログラムを実施し,残 り 1 プログラムを約 1 ヵ月後に行う。訪問介入後,1 ヵ月毎に 電話介入(状況確認等)を 2 回行う。事前アセスメントより 3 ヵ 月後に事後アセスメントを行う。介入の有効性を確保し,介入 実施者のスキルや士気向上のため,事前に専門家による研修会 (1 回)を開催する。すべてのプログラム実施方法については, DVD を作成した。 3)各要介護ハイリスクにおけるプログラム概要 いずれの要介護ハイリスクにおいても,パンフレットを用い た支援とする。またパンフレットの実施方法については,様々 な職種の介入実施者により支援提供が可能となるよう,マニュ アル(パンフレット解説)を作成する。 【初回訪問(事前アセスメント)】 (1)プログラム説明 ・自治体で実施している「通所型プログラム」の案内を行い, 拒否された場合に訪問型のパッケージ・プログラムに勧誘する。 ・「同意書」を読みながら本プログラムについて説明し,調査 参加に対する同意の有無について確認する(インフォームド・ コンセント)。 ・対象者から同意が得られたら,同意書に記入していただく。 ・担当者も同意書に記名する。 (2)事前アセスメント+開眼片足立ち ・アンケート調査票を用いて聞き取り調査を行う。それぞれ 6 つの要介護ハイリスクに関する指標のうち,基本チェックリス トで対象者が該当している者のみをピックアップし実施する。 ただし,SF-8 のみ,すべての対象者に実施する。 ・開眼片足立ちは,できるかどうかを確認,安全に配慮し,開 眼片足立ち時間を測定する。 (3)介護予防パッケージ・プログラムの説明 ・運動器の機能向上プログラムについて,資料「自分にあった 運動プログラムを選んで実施しましょう!」を用いて希望され る体操を選択してもらう。 ・このプログラムに参加し,「約 3 ヵ月後には,どんな自分に ■残りの要介護ハイリスクプログラムがない場合(電話介入) (1)電話フォローの実施 ・各要介護ハイリスクのプログラムで決められているフォロー 内容を確認する。 ・次の電話フォローのおおよその日程を伝える。 ■残りの要介護ハイリスクプログラムがある場合(訪問介入) (1)要介護ハイリスクプログラムの実施 ・残りのプログラムを行う。 ・前回実施したプログラムのフォローを行う(図では電話フォ ローとなっている部分)。 【介入実施から 2 ヵ月後(電話介入)】 (1)電話フォローの実施 ・各要介護ハイリスクのプログラムで決められているフォロー 内容を確認する。 ・事後アセスメント(約 1 ヵ月後)に訪問する日程を伝える。 【訪問3回目(事後アセスメント)】 (1)事前アセスメント+開眼片足立ち ・アンケート調査票を用いて聞き取り調査を行う。それぞれ 6 つの要介護ハイリスクに関する指標のうち,基本チェックリス トで対象者が該当している者のみをピックアップし実施する。 ・開眼片足立ちは,できるかどうかを確認,安全に配慮し,開 眼片足立ち時間を測定する。 ・事前アセスメント時に立てた目標がどの程度達成できたかを 確認する。 運動器の機能向上プログラムについて 在宅で利用できる複合型介護予防サービスの運動器に対する 効果を検討する目的で,基本チェックリストの運動器の機能 向上に該当する 72 名に対しパンフレットを用いた介入を行っ た。男性は 16 名,女性は 56 名,平均年齢はそれぞれ 80.1 ± 5.3 歳,79.5 ± 5.8 歳であった。運動は,有酸素運動を中心とした 「楽しく体力向上プログラム」,筋力トレーニングを中心とし た,「若わか筋トレプログラム」,バランストレーニングを中心 とした「転ばんバランス向上プログラム」,「ロコモ体操プログ ラム」の中から,各人の興味にあったものを選択できるように した。もっとも多く選択されたのは,ロコモ体操プログラムで 34 名であった。3 ヵ月間の実施の後,身体機能面では,男性で 片足立ち時間に,健康関連 QOL では,前期高齢者の社会生活 機能に統計学的に有意な改善を認めた(p < 0.05)。その他の項 目には有意差を認めなかった。パンフレットによる介護予防介 入は,一部の身体機能,健康関連 QOL を高めるとともに,機
能を維持する効果があると考えられた。 今後の方向性 介護予防を目的とした訪問型のプログラムは,筆者の知る限 り,先進諸国にもない。本プログラム開発は遅い時期からの開 始にもかかわらず,15 自治体の協力を得て実施することがで きた。また,介入期間終了後には,通所型プログラムへの参加 につながった対象者もおり,本事業の実施により,訪問型プロ グラムの最大の目的である対象者の機能改善が一部において認 められている。また,94%の対象者が本プログラムを継続・完 了することができており,本プログラムは実行可能性が高いと いえる。さらには,運動器の機能向上,閉じこもりの改善,口 腔機能の向上において有意な改善が認められた。その他の要介 護ハイリスクにおいても,改善には至らなかったものの機能の 維持効果が認められており,有効性においてもきわめて高いプ ログラムといえる。 一方で,上述のように本事業の課題があきらかになった。そ れに対応したさらなるプログラムの改訂が必要であろう。ま た,各要介護ハイリスクの評価ができるような対象者数の増加 も必要である。 まとめとしてのセラピストへの期待 「超高齢社会」,「高齢化」に対応して日本で創設された介護 予防事業という新しい分野は今後もその重要性は増大すると考 える。セラピストとしての知識や経験,実績のある理学療法士 に期待される領域である。予防が重視される時代の中で,理学 療法士も予防の視点での取り組みとその評価が求められていく であろう。理学療法士の新しい役割のひとつである介護予防分 野に参入してくる実践家,研究者がひとりでも増えていただけ れば,幸甚である。 謝辞:本報告の「運動器の機能向上」の結果に関しては,平 成 24 年度老人保健健康増進等事業の国庫補助「効果的な訪問 型介護予防プログラムの開発に係る調査研究事業」報告書にお ける「運動器の機能向上」担当の大渕修一氏(東京都健康長寿 医療センター研究所・室長)の報告をもとにまとめたものであ り,大渕氏に深謝申し上げる。 文 献 1) 内閣府:平成 25 年版高齢社会白書.2013,p. 2.
2) WHO: Preamble to the Constitution of the World Health Organization as adopted by the International Health Conference, New York, 19-22 June 1946, and entered into force on 7 April 1948.
3) WHO: The uses of epidemiology in the study of the elderly. WHO Technical Report Series 706, Geneva, 1984, p. 53.
4) 大田仁史:改訂 介護予防.荘動社,東京,2003. 5) 安村誠司(編):地域ですすめる閉じこもり予防・支援マニュアル. 中央法規出版,東京,2006. 6) 安村誠司,甲斐一郎(編):高齢者保健福祉マニュアル.南山堂, 東京,2013,pp. 139‒147. 7) 安村誠司:閉じこもり予防・支援マニュアル(改訂版),厚生労働 省, 平 成 21 年 3 月(www.mhlw.go.jp/topics/2009/05/dl/tp0501-1g.pdf) 8) 公立大学法人福島県立医科大学:平成 23 年度老人保健健康増進等 事業の国庫補助「介護予防事業におけるうつ・閉じこもり・認知 症の予防・支援に関する調査研究事業」報告書.平成 24 年 3 月. 9) 公立大学法人福島県立医科大学:平成 24 年度老人保健健康増進等 事業の国庫補助「効果的な訪問型介護予防プログラムの開発に係 る調査研究事業」報告書.平成 25 年 3 月.