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論文 長野県工技センター研報
No.10,p.M1-M5 (2015)
プラスチックの
300℃における炭化過程に関する研究*
藤沢 健*1
Research on Carbonization Process at 300℃ of Several Plastics
Ken FUJISAWA 9種類のプラスチックについて,300℃空気中で加熱し,炭化過程を追跡した。その結果,8種類のプ ラスチックについて炭化物を得ることができた。また,6種類のプラスチックについては,無機炭素の ラマンスペクトルを確認することができた。炭化物の赤外吸収スペクトルを解析した結果,炭化によ り形状が大きく変化するもの,一部変化するもの,ほとんど変化しないものに分けられた。赤外吸収 スペクトルの形状が大きく変化したPP,PBTについて,ガラス細管熱分解法を用いて炭化前後の熱分 解物の赤外吸収スペクトルを比較したところ,ほぼ同じスペクトルが得られ,炭化により大きくスペ クトルが変化したものでも炭化物の元の材質推定が可能であることが示された。 キーワード:炭化,300℃,赤外分析,レーザラマン分光分析,ガラス細管熱分解法 1 緒 言 炭化は,有機物が主に熱の影響で無機炭素に構造変化 する現象であり,炭や活性炭などの製造過程で起こる。 また,自然界では石炭が有名である。 一方,射出成形時においては,加熱筒内に滞留したプ ラスチックが熱により炭化し,成形品の表面に黒い点と して出てくることがある。これは,黒点と呼ばれ,成形 不良の一つである。 この黒点が,その成形時の加熱筒温度設定ミスによる ものか,それともその前に成形したプラスチックの残り であるか,により対策が異なり,最悪の場合には,スク リューを抜いて大がかりな掃除が必要になる。また,対 策を誤ると,その後も黒点を出し続けることになる。 黒点は,炭化現象ではあるものの,炭を作る温度より は低く,その中に炭化前の有機物の情報を残している可 能性がある。それぞれの炭化を区別するために,通常の 炭化に対して,本研究での炭化を任意温度炭化(炭化 (T ℃):Tは炭化処理を行った温度)と呼ぶ。過去に行っ た研究においても,ポリエチレンの炭化(300℃)で得られ た炭化物を,著者が開発したガラス細管熱分解法1)によ り熱分解物を作成し,加熱前と炭化物(300℃)の熱分解物 の赤外吸収スペクトルが良い相似を示していることを示 し,炭化物の元の材料推定の可能性を示唆した2)。ただ, この研究では,ポリエチレン以外の炭化物は得られず, 推定も限定的なものに止まった。 これまでの研究結果及びその後の追加試験から,炭化 (T ℃)に対しては,①炭化温度(炭化のための適切な温度), ②炭化時間(分解が支配にならない温度で十分な時間), ③試料量(分解による減量に対して炭化が進行できるだ けの量)の3つの条件が必要であることが示された。 そこで,本研究では,前述の条件を満たすように,多 くのプラスチックで炭化が期待できる 300℃で加熱試験 を行い,炭化過程を追跡した。得られた炭化物について は,ラマン分析により無機炭素の生成を確認するととも に,赤外分析により炭化物の赤外吸収スペクトルの変化 について調べた。また,炭化前後の熱分解物の赤外吸収 スペクトル比較より,炭化物(300℃)の炭化前の構造推定 の可能性について検討した。 2 実験方法 2.1 試料 試験を行ったプラスチックは,ポリエチレン(PE, Hi-ZEX2100J,三井化学(株)),ポリプロピレン(PP,エー スポリプロ MA410,エースポリマー(株)),ポリスチレン (PS,デンカスチロール GP-1-301,電気化学工業(株)), アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS 樹脂,デンカ ABS GR2000,電気化学工業(株)),ポリメ タクリル酸メチル(PMMA,アクリペット MF-001,三菱 レイヨン(株)),ポリ(POM,ジュラコン M90-02,ポリプ ラスチックス(株)),ポリカーボネート(PC,ユーピロン S-1000,三菱エンジニアリングプラスチック(株)), ポリ ブチレンテレフタレート(PBT,ジュラネックス 3800,ポ リプラスチックス(株)),液晶ポリマー(LCP,ベクトラ A950,ポリプラスチック(株))の 9 種類でいずれも原料ペ レットを使用した。なお,括弧内の型番及び企業名は購 * 経常研究 *1 材料化学部入当時の物を記載している。以後の試料表記については 括弧内の試料略称で示す。 2.2 加熱試験 各試料約 10g を,内径 35mm,高さ 65mm,容量 37.5mL の市販のガラス製の規格瓶に入れて,アルミホイルで軽 く蓋をして,電気炉(卓上マッフル炉,KDF-S70,(株) デンケン)に入れて 300℃空気中で加熱した。温度プロ グラムは,室温から 5 分で 300℃に到達後,300℃で 5 時 間,10 時間,20 時間,40 時間それぞれ保持し,その後 は室温まで自然放冷,により行った。試験終了後,試験 前後の重量変化を測定,外観観察を行い,その後の分析 試料とした。 2.3 赤外分析,レーザラマン分光分析 試験終了後の試料のうち 40 時間試験後(POM について は 10 時間後)について,表層の炭化物(300℃)を削り取り, 赤外分析及びレーザラマン分光分析を行った。赤外分析 は,ダイヤモンドプレスで薄片処理後,赤外顕微鏡を用 いて透過法で測定した。レーザラマン分析は,励起波長 532nm のレーザを使用し,経験的にプラスチックへのダ メージが見られない OD1 の減光状態で測定した。使用し た機器名及び分析条件を表1に示す。 3 実験結果及び考察 3.1 加熱試験前後の試料外観比較 図1に加熱時間ごとのPE,PP,PS,PMMAのガラス容 器の外観の変化を,表2に40時間加熱後の試料の残留率 を示す。なお,POMは10時間での値である。 PEは,空気に触れる表面部分がまず空気酸化し,主鎖 に酸素が結合した部分からの炭化(300℃)は進行するが, 酸素が届かない内部は-(CH2)-と構造が単純であること から熱に安定でありそのままの状態を維持している。 表1 装置名称及び測定条件 ①赤外分析 装 置 名 フーリエ変換赤外分光分析装置 FT/IR-6300,日本分光(株) 付 属 品 赤外顕微鏡 IRT-7000,日本分光(株) 測定条件 窓板:Ge 分解能:4cm-1 積算回数:64回 後 処 理 ATR補正 ②ラマン分析 装 置 名 レーザラマン分光光度計 NRS-3100 日本分光(株) 測定条件 励起レーザ波長:532nm 分解能:4cm-1 OD(減光率):1 露光時間・積算回数:2秒間・40回 PPは,同様に炭化水素系のプラスチックであるが,PEよ りも炭化に対して耐性が見られる。添加剤(酸化防止剤) の有無が考えられるため,一概に両者を比較することは できないが,表面の炭化層ができてからは,PEに比べて 内層の変色は大きい。PPは側鎖にメチル基を有する点が PEとは異なる。熱分解GC/MS分析において,PEはラン ダムな主鎖分解物が生成するのに対して,PPは主分解ピ ークとして2,4-ジメチル-1-ヘプテンが確認される。今 回の変色も,この構造部分が熱的に切断されて生じたも 表2 300℃40時間加熱後の各試料の残留率(%) 試料名 残留率 試料名 残留率 試料名 残留率 PE 100 ABS樹脂 82 PC 98 PP 91 PMMA 23 PBT 90 PS 70 POM 8 LCP 99 ※POMは10時間加熱後の値 PE 0h 5h 10h 20h 40h PP 0h 5h 10h 20h 40h PS 0h 10h 20h 40h PMMA 0h 5h 10h 20h 40h 図1 300℃加熱時間ごとの容器の外観変化
のと考えられる。 ABS樹脂,PBTも同様に空気と接触した表面部分がま ず炭化(300℃)するが,その後,炭化(300℃)は全体に及ん でいく。 PS,PCは,べっ甲色に変色後,それが濃くなっていく。 PMMAも同じようにべっ甲色が濃くなるが,量も徐々に 少なくなっていく。 POMは一気に蒸発し,10時間で容器内にはほとんど樹 脂は確認できなかった。 LCPは試験温度がLCPの融点280℃を超えるものの,ペ レット形状のままで溶融せず,色もわずかに濃くなった 程度であった。 3.2 加熱試験後のラマンスペクトル 図 2 に 40 時 間 (POM は , 10 時 間 ) 加 熱 後 の 炭 化 物 (300℃)のラマンスペクトルを示す。PE,PP,PS,ABS, POM,PBTについては,蛍光妨害はあるものの無機炭素 由来のラマンスペクトルが確認された。一方,PMMA, PC,LCPは蛍光妨害によりラマンスペクトルを得ること ができなかった。 3.3 加熱試験前後の赤外吸収スペクトルの比較 図3にPP,PEの300℃40時間加熱前後の赤外吸収スペ クトルの比較を示す。PE,PPは加熱前後で大きくスペク トルが変化している。いずれも主鎖の酸化によるもので あり,また炭化(300℃)に伴い分子構造が乱れピークが幅 広くなっている。PPは側鎖にメチル基を有し,これによ る2950cm-1のピークが大きい以外はPEとの違いはほとん ど見られない。 図4にPS,ABS樹脂の300℃40時間加熱前後の赤外吸収ス ペクトルの比較を示す。PS,ABS樹脂は,加熱後,幾つ かの新たなピークが見られるが,加熱前のピークも残 っている。スチレン系のプラスチックはスチレン骨格 が 赤 外 吸 収 ス ペ ク ト ル 形 状 を 維 持 す る た め , 炭 化 物 (300℃)についても元の構造を推定可能と考えられる。 ABS樹脂は,スチレン-アクリロニトリルの共重合体に ブタジエンが分散したもので,PSと基本構造は同じであ 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 PE PP PS ABS樹脂 POM PBT 炭(竹炭) Raman shift(cm-1) In te n si ty (a rb .u n it ) 図2 40時間加熱後のPE,PP,PS,ABS,POM,PBT 及び参照データ(炭(竹炭))のラマンスペクトル 比較(励起レーザ波長:532nm,ベースライン補 正:あり) 3500 3000 2500 2000 1500 1000 Wavenumber(cm-1) PE 加熱前 PE300℃40h 加熱後 PP 加熱前 PP300℃40h 加熱後 A b so rb an c e (-) 図3 PE,PPの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外吸 収スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 PMMA加熱前 PMMA300℃40h加熱後 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 図5 PMMAの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外吸 収スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 PS加熱前 PS300℃40h加熱後 ABS樹脂加熱前 ABS300℃40h加熱後 A b so rb an c e (-) Wavenumber(cm-1) 図4 PS,ABSの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外吸 収スペクトル比較
り, 従っ て炭 化物(300℃)の スペ クト ルも 似て いる 。 2300cm-1のニトリル基に起因するピークは幅広くなるが 残っ てい る 。 960cm-1のブ タ ジエ ンの ピ ー クが 炭化 物 (300℃)にほとんど見られないのは,分散するブタジエン がスチレン-アクリロニトリル共重合体に比べて熱的に 弱く優先的に劣化しているためではないかと考えられる。 図5にPMMAの300℃40時間加熱前後の赤外吸収スペ クトルの比較を示す。PMMAは,加熱前と炭化物(300℃) とで違いは見られない。過去の実験から,温度が低いと 全く変化せず,少しでも高くなると分解蒸発が支配的と なる結果が得られている。今回の実験においても,酸素 や熱の影響でわずかに構造は変化するが,それ以上にモ ノマーへの分解が生じているためと考えられる。 図6にPBTの300℃40時間加熱前後の赤外吸収スペク トルの比較を示す。PBTはエンジニアリングプラスチッ クであるが,汎用プラスチックのPE,PPと同様に大きく スペクトルが変化している。PE,PPとは形は異なるが, 1600cm-1, 1200cm-1付近にピークが現れている点はPE, PPと類似している。PBTは,主骨格の一部は耐熱性に優 れる芳香族ではあるが,-(CH2)4-鎖を有しており,この 部分が熱的に影響を受けているためと考えられる。 図7にPOMの300℃10時間加熱前後の赤外吸収スペク トルの比較を示す。POMは,10時間の時点でほとんど残 分がなく容器内壁に付着していたものを炭化物(300℃) として採取測定している。得られたPOMの炭化物(300℃) のスペクトルには,-(CH2O)-骨格に起因するピークとは 異なるピークが多く見られることから,-(CH2CH2O)-も しくは,添加剤に起因する炭化物(300℃)のピークである 可能性が考えられる。 図8にPC,LCPの300℃40時間加熱前後の赤外吸収ス ペクトルの比較を示す。PC,LCPはいずれも加熱前と炭 化物(300℃)でスペクトルの違いは見られない。芳香族骨 格を有するプラスチックは耐熱性に優れる。外観観察か ら, LCPはほとんど変色せず影響を受けていないことが わかるが,PCはかなり変色しているにも関わらず赤外 吸収スペクトルは変化しなかった。PCの黒点については, そのまま分析しても材質を推定できる可能性が高いも のと考えられる。 3.4 熱分解物の赤外吸収スペクトルの比較 図9にPPの炭化(300℃)前後のガラス細管熱分解法に よる熱分解物の赤外吸収スペクトルの比較を示す。図よ り,炭化(300℃)前後の熱分解物の赤外吸収スペクトルに 相似が見られる。前報2)では,得られた炭化物はPEのみ であったため,その他についてはわからなかったが,今 回の結果より,PPについても熱分解物の赤外分析により 炭化物(300℃)の材質推定が可能であることが示された。 図10にPBTの炭化(300℃)前後のガラス細管熱分解法 による熱分解物の赤外吸収スペクトルの比較を示す。 PBTについても,炭化(300℃)前後の熱分解物の赤外吸収 スペクトルに相似が見られ,熱分解物の赤外分析により 炭化物(300℃)の材質推定が可能であることが示された。 このように,初期パターンが全く見られないほど大きく 変化した赤外スペクトルが,熱分解物で良い相似を示し た理由として,炭化(300℃)により乱れたPBTの高分子構 造が,熱分解時にバラバラな分解ではなく,PBTの骨格 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 図8 PC,LCPの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外 吸収スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 PC加熱前 PC300℃40h加熱後 LCP加熱前 LCP300℃40h加熱後 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 図7 POMの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外吸収 スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 POM加熱前 POM300℃10h加熱後 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 図6 PBTの加熱前と300℃40時間加熱後の赤外吸収 スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 PBT加熱前 PBT300℃40h加熱後
の一部であるテレフタル酸由来の構造を中心とした規則 的な構造に熱分解したためではないかと考えられる。 図11にPOMの炭化(300℃)前後のガラス細管熱分解 法による熱分解物の赤外吸収スペクトルの比較を示す。 炭化物(300℃)は未加熱物と全く異なる赤外吸収スペク トルが得られている。スペクトル形状がグリコール系の 赤外吸収スペクトルに類似していることから,炭化物 (300℃)の赤外吸収スペクトルで考察したとおり,炭化物 (300℃)は共重合体成分由来か添加剤由来の物質と考え られる。 4 結 論 PE,PP,PS,ABS樹脂,PMMA,PC,POM,PBT,LCP の9種類のプラスチックについて,300℃空気中で加熱し, その炭化過程を追跡した。 その結果,以下の結論を得た。 (1) PE,PP,PS,ABS樹脂,PMMA,PC,POM,PBTの8 種類のプラスチックについて炭化物を得ることができ た。LCPは炭化を起こすにはまだ温度が不十分と思わ れる。 (2) PE,PP,PS,ABS樹脂,PBT,POMの6種類のプラス チックについては,蛍光妨害はあるものの無機炭素の ラマンスペクトルが確認できた。一方,PMMS,PC, LCPについては蛍光妨害が大きく無機炭素のピークを 確認することはできなかった。 (3) 炭化物(300℃)の赤外吸収スペクトルから,①PE, PP,PBT,POMのように炭化により大きく赤外吸収ス ペクトル形状が変化するもの,②PS,ABS樹脂のよう に一部変化するもの,③PMMA,PCのように変化しな いものに分けられた。 (4) スペクトル形状が大きく変化したPP,PBTについて, ガラス細管熱分解法を用いて炭化物の熱分解物と加熱 前の熱分解物のスペクトルを比較したところ,良い相 似が確認され,熱分解物の赤外吸収スペクトルから炭 化物の元の材質確認が可能であることが示された。 参考文献 1) 藤沢健.ガラス細管内で生成したプラスチック熱分 解物の赤外分析による定性評価.長野県工技センタ ー研報.No.1,p.M6-M9(2006) 2) 藤沢健.赤外分析及びレーザラマン分析による加熱 変色したプラスチックの評価, 長野県工技センター 研報.No.5,p.M5-M8(2010) 図9 PPの加熱前及び300℃40時間加熱後の炭化物 (300℃)の熱分解物の赤外吸収スペクトル比較 3500 3000 2500 2000 1500 1000 Wavenumber(cm-1) PP 熱分解物 A b so rb a n ce (-) PP300℃40h 加熱後の 熱分解物 図11 POMの加熱前及び300℃10時間加熱後の炭化物 (300℃)の熱分解物の赤外吸収スペクトル比較 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 3500 3000 2500 2000 1500 1000 POM加熱前 POM300℃10h加熱後 Wavenumber(cm-1) A b so rb an c e (-) 3500 3000 2500 2000 1500 1000 PBT熱分解物 PBT300℃40h加熱後物の熱分解物 図10 PBTの加熱前及び300℃40時間加熱後の炭化物 (300℃)の熱分解物の赤外吸収スペクトル比較