- 99 -㌔ . . I , . ・ -・ ・ i . ・ . 患 常 轟 心 意 博 ・ ・ * 爵 ・ ; I _ J u . i : . : ・ ・ P i r J , y L T T t ・ ノ ビ ′ & ゝ . L , i A , ー . . . I _ , . ^ ・ / . . ] J -. , ・ ・ ・ ・ ・ _ ・ ・ . ・ l ・ ・ 十 . ・ ・ 、 . ・ ∵ ・ , ' ・ ・ + . ∴ . 、 . ・ ・ 一 、 安 藤 桂 子
﹃
笈
の
小
文
﹄
一
考
察
はじめに ﹃笈の小文﹄は'芭蕉没後十五年後の宝永六年板乙州本を堆石 信頼すべき本文としているが、真蹟・伝本などが発見されない為 に'これまで様々な論議を呼んできた。自撰集の問題、紀行文名に ヽ ヽ 関する問題'成立時期の問題等は文学以前の書誌的事項であり,こ こに研究され尽-された感がある芭蕉文学にも問題が提示されてい た 。 この小論では'﹃笈の小文﹄中の句に焦点をあて鑑賞を通して制 作過程を考え'更にそれらの旬を分類し'その結軍全体を把握し 這行として如何なる位置にあるのか'宝永坂をもとに,関連する あらゆる撰集を見ながら述べてみたく思う。 「推蔽過程に見る句の位置 ﹃笈の小文﹄中の芭蕉発句総数は五十三句である。その中で右 毎について異形旬の見られるものは'別案なる句を除いて二十六句 と全体の約与を占めている。そこで、それら異形旬が成案と認めら れる句になるまでの形成過程に如何なる詩作手段・方法をもって推 鼓されたか考察して見た。これは'推蔽方法によって1旬の文学上 の位置づけがなされ、更に異形旬を持つ二十六句全ての位置づけを 見ることによって﹃笈の小文﹄そのものの位置づけが出来るのでは ないかと言-臆測からである。 先ず、推蔽過程の方法によって分類すると三分類になる事風気づ く ○ Ⅰ一句既成の助詞に推敵過程の見られる旬 Ⅱ一句既成の語順移動(転倒)に推蔽過程の見られる句 Ⅱ一旬既成の語句の変化にょり推敵過程の見られる旬 更にⅡに関しては'あまりに漠然としている為に詳細に分類する必 要があると思われ'三分類して見たのが次の分類である。 すさ ィ 1旬の韻律の為に同意語の選択を行なったもの(言葉の遊び 的なもの) ロ 1旬の対象に対する発想方法の変化によるもの(ロに関して は更に分類した)- 100 -a 対象の具象化 b 主観的把握から客観的把捉への脱却 C 情景描写から心境への移行 ハ 1句中の俗語を正したもの(理からの脱却・詩的世界への導 入 手 段 ) 以上前述の分類方法に別して作業を行なったが'一旬は必ずしも一 分類に属すものとは限らず'特に-・Ⅱは併用する場合が多い.-・Ⅱの併用した旬はⅡの中に分類し'その中で考察する方法を採っ た 。 I l句既成の助詞に推蔽過程の見られる旬 Ej]①月見ても物たらはずや須磨の夏 笈の小文 ①月を見ても物たらはずや須磨の夏 小文庫︹泊船集.花の雲︺ ﹃芭蕉句集﹄(「日本古典文学大系」)には〟どちらを採るべきとも定 め難い″とあるが、ここでは②を初案とし①を再案とする。⑧ほ上 五の字余り'助詞「を」を使-事にょって説明的なものになってい る。助詞を省いても意が通じる旬であるから'敢て定型五音を破る 必要もない.この旬の場合は助詞を省略する事によって推蔽された と言える.①②ともに'中七に切字「や」を用い二句三早と旬に深 みを増幅させる。しかし'芭蕉における切字観なるものは俳譜史全 1 てに適応されるものではな-(注-)従って芭蕉が意図した切字であ ると断定は出来ない。以後'切字は一般的なもの.として考察して行 く事を'ここで記してお-0 回①須磨のあまの矢先に鳴か郭公 笈の小文 あま ⑧須磨の蜜の矢さきに晴や郭公 油船集 中七の助詞に見られるもので﹃芭蕉句集﹄の頭注に⑧の「晴や」は 誤りと記されているが'出典が﹃泊船賃﹄だけに'この旬も異形旬 としてここに掲げた。初案と考えられる①は'切字に当る「や」を 用いているが'ここでは疑問の意の係助詞と解する.また1句の意 味を考えあわせると⑧ではな-①でな-てほ意が異なってしま-0 漁師の射る矢先を掠めて鳴いたのは'郭公であるか、と半ば詠嘆で あるのに⑧では疑問でしかない.. 。文法的訂正とも言える。 且①須磨寺やふかぬ笛き-木下やみ 笈の小文 ①須磨寺に吹ぬ笛き-木下やみ 頼有礁海 上五における助詞の異形で'初案と考えられる①ほ格助詞「に」を 用いて①よりも場所的設定が明確であり'上五の場所を更に範囲を ・狭-し固定して詠んだ座五の「木下やみ」とい-場が生きてこな い。①では'切字「や」を用いて'須磨寺での詠旬である事を強調 しながらも'韻律的効果で座五の「木下やみ」を浮き立たせている と言える.また切字を用いる事によって二句二章となり'旬の世界 を広げている。 Ⅱ一句既成の語順移動(転倒)に推蔽過程の見られる句 風①月はあれど留守のや-也須磨の夏 笈の小文 ①夏はあれど留守のや-也須磨の月 芭蕉翁実験集 典型的な語の転倒である。「夏」「月」の一語の転倒にょって旬のイ メージが異なる。須磨の風情については﹃笈の小文﹄文中にも' ; . , ヽ . -J L ・ 1 、 . 一 . . I I ・ , r / . . ∼
101 -′ -i . , 二 ・ J -・ ・ ・ I / I ・ ・ ・ ・ . ・ ・ 1 1 = A . J ・ ヽ 一 I -. \ . ・ . . . : ・ , . 1 ・ . ㌦ 十 ∵ ・ ) . l ・ . ・ 十 . I . p ・ [ ・ ・ : J j ・ J 十 二 -I ・ ∵ . . i i かゝる所の秋なりけりとかや。此浦の箕は秋をむねとするなる べし。かなしき'さびしさいはむかたなく'秋なりせば'いさ 1か心のほしをもいひ出べき物をと思ふぞ我心匠の拙なきをし らぬに似たり。 と、秋に趣があるとしている。秋の最も風情ある'あの秋の季題と もなる月を'この須磨で見たけれども'夏では物足らないと感じた 旬であるo①では夏に主体がある.ここでは前述の意味からしても ①でな-てほ句自体が解しにくい.故に⑧を初案とし'語の転倒に よって推鼓された再案であり成案を①とする? Ⅱ l旬既成の語句の変化にょり推敵過程の見られる句 すさ イ一句の韻律の為に同意語の選択を行なったもの(言葉の遊び 的なもの) 回①寒けれど二人採る夜ぞ頼もしき 笈の小文 ①寒けれど二人旅ねはおもしろき 笈日記 ③寒けれど二人旅ねぞたのもしき 境野︹如行子︺ 中七と座五に推敵の形跡が見られるが'1単語のニュアンスの違い から-るものであると思われる。初案⑧「ほ」と'再案⑧・三案で 成案とされる①の「ぞ」・との助詞による違いは前者は係助詞で一句 一章に成しているが'後者は切字の働きで二旬三阜となっている. これは一旬一章の'その性格からして散文的なものであるのに対し て'二句一章は一旬中に屈折を与え深みのある味わい深いものとし て読みとれる。更に①③の「旅ね」に対して①の「採る夜」は'上 五が絡蔽過程上一貫して使われている「寒けれど」と言-感覚的語 を捨て難-直叙している心境を恩-と、二肌着のものより後者の方が より実感の寵もった語として我々の感性に訴えてくる迫力があると 言える.座五の「おもしろき」について'この語は如何に解すべき で あ ろ -か . こ こ で は 「 お も し ろ し 」 と 言 -原 義 に 立 ち 返 っ て ' 目 の前が明る-なると解してみる。即ち、一人旅立った芭蕉に社団と い-連れが出き、たとえこの旅が諸家の解かれる様な旅であったと しても(注2) 旅そのものが現代の我々の言-旅とは違ったものであ る事を考えあわせると、この寒-心細い旅森も二人になって'この 先道中が開けたよ-だ'と解す。或るいほ話し相手が出来て楽しい と解すか。いずれにしても硯実体験として第l声は'この「おもし ろき」であった。しかし、再び上五を考えあわせると「頼もしき」 以外の何ものでもない。推敵は以上の様な点から行なわれたと考え られるが'一種のニュアンスの違いで末だ推蔽そのものに値しない と思われる。主観的'しかも感覚的な言葉の域から脱していない所 にその点があるとLt この分類に入れたものである. 回①ふるさとや贋の緒に泣としの暮 境野︹笈の小文.泊船集︺ ⑧ふるさとや膳の緒なかむとしの暮 若水 中七に変化が見られる。中七の「なかむ」 「泣」については初案⑧ 動詞+助動詞よりも'再案で成案とされる①動詞は必然的に動詞止 めの方が実質的意味合が濃厚となる。①①共に上五の切字「や」と 座五の名詞止めで二句一章の典型的句形を形成している。 且①何の木の花とほしらず匂哉 笈の小文︹杉風宛書簡.菊のちりノ. ①何の木の華ともしらず匂ひかな 名月集
⑨何の木の花ともしれぬ匂ひかな 反古集 ここでも中七においてのみ異形が見られるo 分類Ⅰにおいて見る'I( ノき異形旬かも知れないが動詞の活用語尾にも変化が見られか為'敢 てここに分類した.﹃芭蕉句集﹄に記されている﹃花はさ-ら﹄に 初案を①とし'再案を「花ともしらず」としているとい-記述があ る。しかし再案の句形は①軌⑧のいずれの旬にも無く出典が明ら かではない.推蔽順序も様々に考察出来るが'第一に①の句が杉風 宛書簡(元禄元年二月中旬筆)に見られ、①③の出典は'いずれも これより時代の下っ七ものである点からして'また軍産助詞「と は」は「とも」より理に適った表現に陥りやすい点'第三に﹃花は さ-ら﹄においても①と同句形を初案とする点、以上三点からして も①が初案であると考えられる。①が初案で成案ならば⑧③ほ共に 誤伝であろ-か。﹃花はさ-ら﹄の記述を考えあわせると'この出 典で再案とする旬形に近い③が三案で⑧が③以前'①以後の推蔽で あると考えられる。⑧を再案とする。⑧ほ①よりも何の木かわから かぐわ ぬが漂-馨しさを表現しているし'座五の切字「哉」の一句三早に 加えて韻律を滑らかにしている.故に三案を成案⑧としても良いの ではないだろうか。しかし'ここでは前述の出典に従ってお-。初 案で成案ならば'これら②③の異形句も推敵には値せず虚しい努力 すさ でしかあり得ない。従って、この旬は言葉の遊びとしての分類に入 れ た 。 瓦①物の名を先づとふ芦の若葉哉 笈の小文 ②物の名を先とふ荻の若葉哉 笈円禦泊根葉・真撃 中七の「芦」 「荻」の三mの違いである。W.芭蕉句集﹄正は〝「芦」 「荻」いずれとも決め難い″とある。古歌「物の名も所によりてか ほるなり'難波の芦は伊勢の浜荻」を踏まえての旬である以上、こ の旬の詞書に「龍聞合」と伊勢の神官の名が見え伊勢での吟詠であ る事などを考え合わせると'今でも此、伊勢の地では古歌に詠まれ ている如-荻とこの若葉を呼んでいるのですか'お聞かせ下さい、 と尋ねた句であると思われる。よって最初そこで称されている名で 1句を仕立て更に別の呼称で考えられる語に置き変えたと見るべき だろう。⑧を初案'①を再案と解した。言わば、どちらでも良かっ すさ た三mの変化は古歌からも解せる如く、それだけ遊び的要素が濃厚 であると言える。 回①いも植て門はむぐらの若葉哉 笈の小文 ⑧薮椿門はむぐらの若葉哉 笈日記︹泊船集︺ ⑧やぶ椿かどは葎のわかばかな 真蹟 ①③は同旬形であるが詞書が僅かに遵-事から(注-)列挙したが、 推敵を考える際にあってほ⑧=⑧o⑧として解する。上五のみの変 化である。①②共に季題の重複の感があると言える。①ほ上五「い も植て」1芋で秋、中七・座五に渡ってある「葎の若葉」l春。①ほ 「椿11春、①同様に「葎の若葉」1春。発句において季題は1つ である。にも拘わらず重複を感じさせる句を詠み得たのか.重複あ るいは重複感を与える句自体、推蔽度の低い初期のものではないだ ろうか。①の上互より①の上五の方がより草庵らしさが出る。リズ ムが加わる。この句も韻律的なものを求め、イメージを追い求めた
L_ TPEB れr J ふ.I.{・: - 103 -取 掛 鳶 翫 ・ r I 諾 r ・ ,L J・ . ・, :I :I t I :. y T. 塗,誌 ・: . ・・ T;_ : :I ... ・ / -・ ・ ・ ・ ・ ・ , ・ ・ . ものと言えるだろう。 醤①御子良子の一もと床し梅の花 芭蕉猿蓑L笈の小文・泊船集︺ / ①梅稀に一もとゆかし子良の舘 実践 純粋にⅡに属すものではないが一応この分類に入れた。初案⑧ほ上 五の「稀」'中七の「一もと」一「ゆかし」と因果的傾向が強すぎる0 稀なるものは、一つしかない少数を示す語であるLt稀なるもので あるから'ゆかしさがある。ゆかしさを強く句に打ち出させたい心 境は解せるが'この様に続-とかゝ鳶てゆかしさが薄らいで理に適 った句となり詩情性に欠ける。再案①においてほ'表面的に⑧の語 順が入れ替わった様であるが①のマイナス要因は消失し推敵に成功 した句となり得ているo韻律的にも整っている。 囲①春雨のこしたにつたふ清水哉 笈の小文 ⑧はる雨の木下にかゝる雫かな はせを小文庫︹泊船集︺ 中七・座五に変化が見られるが﹃芭蕉句集﹄に⑧ほ誤伝かとある。 しかし'ここでも1応異形旬がある以上は'本稿の対象として扱っ て見た。①の中七の「かゝる」この語は「掛ける」と他動詞に置き かえて見るとよ-解せる。春雨の雫が木下に降り注いでいるイメー ジがする.「かゝる」と言-言葉自体に動性があるとも言えるo① ほ'これに対して上五の春雨の静かなイメージと相対似して-動な る情景を詠んではいるが1そこには静なる世界がある。座五に関し ては'この句の詞書に「苔清水」とあり'と--の清水での吟詠 である事を恩-と①でしかあり得ない。また前述した﹃芭蕉句集﹄ の⑧に対する推測に関しては'①には詞書がなく故にそのまま① に当てはまるとほ言い難い.よって一概に誤伝とするには早計であ ると思-。五年前の「甲子吟行」から再度の訪れであり'再び句を 詠み得たりではあるが'以前の旬' 露と-- 心鼻に浮世すゝがぼや と比較する時、この句が上五・中七の二箇所に字余りの見られるの に対して①においては破調はなく十七字の詩型に詠み得る事が出来 ている。ここに芭蕉の詩作上の過程の一端が伺える。⑧から①への 推敵と考えるなら背景も①には深遠な世界があり'韻律も整ってい る 。 掴①一ツぬひで後に負ぬ衣がへ 笈の小文︹前後園︺ ⑧ひとつぬぎて-しろにおひぬころもがへ はせを蕉影余禦真贋写︺ ③一つ脱て-しろにおひぬ衣吏 績別座敷︹境野・秋津島・観魚荘図録︺ ④ 一 つ 脱 で せ な に 負 け り 衣 が へ 小 文 席 上五・中七が異なる。上五に関しては「脱ぐ」とい-動詞四段活用 のものと'音便の形を採っているものとに分かれる。③④ほ「脱」 に'ふり仮名がないが助詞「て」の清濁を考えると⑧ほ「ぬぎて」' ④ほ「ぬひで」となる。活用形そのままの句⑧③ほ動詞連用形+揺 続助詞'この形でイ音便となった句が①④である。音便の形を踏ん でいる事は換言すれば口語拘であると言える。この点からみれば文 語的である「ぬぎて」の語に「ぬひで」よりも推敵の形跡が見られ る。④が初案とされるものであるが'これは中七からの見解であろ ぅ。中七にポイントを置-とt A列(㊨)とB列(①⑧③)とに分かれ る 。 「 せ な 」 と 「 う し ろ 」 の 違 い で あ る 。 A に つ い て は 「 負 う 」 と
● 言-動詞に背負-意が含まれている事から、わざわざ十七字の貴重 な句の中に説明的に表現する必要はないと言える。Bは漠然とした 語を使-事によってAよりは'その点で救われている。この旬は衣 替えの風変りな方法を詠み得る事にょって陀びた旅の様子を出し' それはまた詩材として適し'一興あるものとして扱われたに過ぎな すさ いと恩-。因って'同意語の遊び的なものからほ進歩し得なかった のではないか。上五の字余りと言-韻律上からもマイナスであるの に推敵過程上何ら変化は見られない。「一つ脱ぐ」と言う意を表現 する語は、この言葉しかなかったのであろ-か。音便の形から脱却 するのみであったのか。定型五音に収めよ-とすれば同内容の言葉 を使って'或いは中七・座五などを更に考察し'た上で定型を保つ事 が出来たのではないか。この句は'比率的には他の旬に比べて異形 すさ 句が多い。しかし前述からの意味合において遊びで終わってしまっ たと言える。次に推蔽順序であるが'初案は④'上五に音便形を用 いているので前述の音便の考察から④を初案とする。再案はB列の 中のいずれかであり違いは上五のみである。﹃芭蕉句集﹄では①を 成案としているが、①の上五が④と同様に音便形である以上'再案 とLt 三案を⑧⑧(仮名か漢字か'表記上の違いのみで同一句形で ある)とする。ここで問題となる事は'初案'再案'三案と順序立 てて見た場合必ずしも三案が成案とされないと言-事にある。なる ほど成案とされる①ほ他の三旬より一句が滑らかに詠める。しかし 音便の問題に適わず①を採れば今までの記述が壊れてしま-.一体 どこに原因があるのだろ-と考えて見る時'取りも直さず俳譜その ものの文学上の位置にある。俗の中に生まれ'その俗を正す事によ って文学と芸術の世界に踏み込む事を可能にした詩であるからと言 えるだろ-。では'どこまでが俗を正した部類に属すのか。音便形 の使用は当時俳壇において'どの様な位置にあったのか。この問題 については定かではないが'ここでは主旨ではない為'問題提示に 留め置-。参考までに同じ「脱ぐ」を使っての句が詠まれていたの で一旬掲げてお-0 ぬ ぎ -ぐひすの声に脱たる頭巾哉 (津島)同市柳 境野 巻之lT初春 音便形ではな-動詞活用形のままである。 因①若葉して御めの雫ぬぐはゞや 笈の小文 ②青葉して御目の雫拭ばや 翁笈日記 ︹泊船集︺ 上五'一語の推敵である。①⑧いずれを初案とするかほ決め難い。 二つの名詞の持つィ.メ-ジほ'ある点で帰1同化するものと思われ るからである。、芭蕉の句の中で'この両語を一旬中に使っているも のが見られる。﹃奥の細道﹄卯月朔日'日光での旬に あらた-と青葉若葉の日の光 中七において見事に詠まれている。﹃芭蕉句集﹄での中七・座五の 解 に 濃淡とりどりの緑の葉に降りそそぐ日の光 とあり'青葉若葉は濃淡の縁としての意に解されている。概して言 えば'若葉は芽の出かかった葉で柔らか-'青葉はその若葉の茂っ たものである。新鮮さを出すには'やはり①を再案で成案と採るべ きである。﹃奥の細道﹄の旬を考え合わせるとこの句もいずれを採
- 105 -jL - ・ ・ ・ ■ .z nL S . i _ すさ っても良い旬で'イメージの問題であり'同意語的な遊びである。 ロ一旬の対象に対する発想方法の変化によるもの (a.対象の具象化) 四①いざさらば雪見にころぶ所迄 翁諾︹陸奥衛.泊船集.四山集︺ ⑧いざ行む雪見にころぶ所まで 笈の小文︹境野︺ ⑧いざ出むゆきみにころぷ所まで,はせを真蹟 上五のみの推敵である。ト」の旬について﹃其法師﹄に明快率直な表 現を賞美しているとある(荏-).散文的以前に'まだ口語的1句で あると思われるo ﹃其法師﹄にある 〝言葉をかざらず'すなはな る〟をよしとするならば'果して詩的となり得るだろ-か。心は素 直なところに着眼点を置-としても'言葉は詩的世界でな-ては俳 譜とい-文学には成り得ない。初案③の「出む」は'ある時点から 外へと'まだ現われたばかりの状態で動性が小さい。再案①ほ⑧と 比較して前方への進行性がある。しかも'③より語句のニュアンス が柔らかであり一旬が滑らかである。三案で成案とされる①ほ⑧に ■ 対す鳩因果的連想であり「行む」に対して「さらば」と対象の焦点 を具象化している。しかも'そ-い-手法を採る事によって我々に は⑧よりも③よりも'その情景が鮮明なものとして伝わってくる。 しかし句としての構えの様なものがなくその為か句らしからぬ感 がしないでもない。この原因は'上五の「いざ」と推蔽過程上一貫 して変化が見られない感動詞の使用に原因がある。一旬を鑑賞する 時へあくまでも前向きの姿勢で旅の心に燃えている芭蕉の姿が生き ′\と詠みとられるのも'この句の推融が具象化の手段を採ってい る為であると言える。また、この旬に関しては∵﹃笈の小文﹄出典 の⑧が成案とされず①の臭形旬として掲げられている点にも注意し た い 。 頭①香を探る梅に歳見る軒端哉 笈の小文 ①香を探る梅に家みる軒端哉 笈日記︹泊船集︺ 中七の'しかも三mの推蔽であるがこれも対象の具象化に属すもの と思われる。初案①の「家」は漠然とした対象物であり'どの様な 家か'これだけでは解し難い。再案で成案である①においてほ対象 を絞って漠然とした家のイメージから蔵のある家とい-所まで具象 化されて行-。一旬を解す上においても効果がある。切字「哉」が 座五に位置する為貯一句一章となり①⑧通じて句を流れのあるもの にしている。①①共に問題となるのほ季題の重複が見られるという 事である.上五の「香を探る」と言-言葉に既に梅の香が裏付けさ れている。とすれば中七の「梅」と重複するのではないかと言-事 で あ る 。 困①旅探してみしや-き世の煤ほらひ 笈の小文︹境野︺ ①旅をしてみしや浮世の煤ほらひ 泊船集︹宇陀法師・世中富︺ 上五のみに変化が見られる。初案⑧ほ「旅をする」と言-動詞に解 し上五で切って考える事も出来るだろ-。助詞「を」によって説明 的'散文的な旬になっている。「旅」とい-総体的な言葉よりも' 再案で成案と孝見られる①では「旅森」として旅そのものの重量感 が 加 わ っ て -る . 「 旅 採 」 と す る 事 に よ っ て 1 日 一 日 の 経 過 と ' そ れに伴ったであろ-事柄と喜怒哀楽をも推測できるのである。現実
. i すさ っても良い句で'イメージの問題であり、同意語的な遊びである。 ロ一旬の対象に対する発想方法の変化によるもの (a.対象の具象化) 四①いざさらば雪見にころぶ所迄 翁諾︹陸奥衛.泊船集.四山集︺ ⑧いざ行む雪見にころぶ所まで 笈の小文︹境野︺ ⑧いざ出むゆきみにころぷ所まで,はせを真蹟 上五のみの推敵である。)」の句について﹃其法師﹄に明快率直な表 現を賞美しているとある(注-)。散文的以前に'まだ口語的一旬で あると思われる。﹃其法師﹄にある 〝言葉をかざらず'すなはな る″をよしとするならば'果して詩的となり得るだろ-か。心は素 直なところに着眼点を置-としても'言葉は詩的世界でな-ては俳 譜とい-文学には成り得ない。初案⑨の「出む」は'ある時点から 外へと、まだ現われたばかりの状態で動性が小さい。再案①ほ⑧と 比較して前方への進行性がある。しかも'③より語句のニュアンス が柔らかであり一句が滑らかである。三案で成案とされる①は①に め 対す鳩因果的連想であり「行む」に対して「さらば」と対象の焦点 を具象化している。しかも'そ-い-手法を採る事によって我々に は⑧よりも③よりも'その情景が鮮明なものとして伝わってくる。 しかし句としての構えの様なものがなくその為か句らしからぬ感 がしないでもない。この原因は、上五の「いざ」と推蔽過程上」貫 して変化が見られない感動詞の使用に原因がある。一旬を鑑賞する 時'あくまでも前向きの姿勢で旅の心に燃えている芭蕉の姿が生き ′ーと詠みとられるのも'この句の推融が具象化の手段を採ってい る為であると言える。また、この旬に関してはT 高笈の小文﹄出典 の⑧が成案とされず①の顛形旬として掲げられている点にも注意し た い 。 囲①香を探る梅に蔵見る軒端哉 笈の小文 ②香を探る梅に家みる軒端哉 笈日記︹泊船集︺ 中七の'しかも三叩の推蔽であるがこれも対象の具象化に属すもの と思われる。初案①の「家」は漠然とした対象物であり'どの様な 家か'これだけでは解し難い。再案で成案である①においてほ対象 を絞って漠然とした家のイメージから蔵のある家とい-所まで具象 化されて行-。一句を解す上においても効果がある.切字「哉」が 座五に位置する為貯一旬l章となり①⑧通じて句を流れのあるもの にしている。①①共に問題となるのほ季題の重複が見られるとい-事である。上五の「香を探る」と言-言葉に既に梅の香が裏付けさ れている。とすれば中七の「梅」と重複するのではないかと言-事 で あ る 。 ES]①旅探してみしや-き世の煤ほらひ 笈の小文︹境野︺ ①旅をしてみしや浮世の煤ほらひ 泊船集︹宇陀法師・世中古嶺︺ 上五のみに変化が見られる。初案②ほ「旅をする」と言-動詞に解 し上五で切って考える事も出来るだろ-。助詞「を」によって説明 的'散文的な句になっている。「旅」とい-総体的な言葉よりも' 再案で成案と考えられる①では「旅森」として旅そのものの重量感 が 加 わ っ て -る 。 「 旅 採 」 と す る 事 に ょ っ て 1 日 一 日 の 経 過 と ' そ れに伴ったであろ-事柄と喜怒哀製をも推測できるのである。現実
- 106 -体験が対象物の具象化を促した推敵と言える。 国①此山のかなしき告よ野老掘 笈の小文 ⑧山寺のかなしきつげよ蘇はり 笈日記︹泊船集・莫蹟(田中善助氏蔵)︺ 上五における推敵である。初案⑧の「山寺」と'再案で成案と考え られる①の「此山」は同じ意味でありながら語の持つ奥行きが異な る。①⑧共に詞書は菩提山で、菩提山神宮寺を指している.一般に 由緒ある等'勅願にょって建立された寺などの総称に「-山」とい \ ぅ呼称が使われるが'①の.「此山」も詞書の寺が聖武天皇の勅願寺 である事からして寺と言-意を含むものと解すべきだと思われる。 ⑧が山の中に'ひっそりと仔んでいる陀しい寺のイメージと結びつ -のに対して'①ほ栄えた大寺院のイメージへと結びつく.勅願寺 として栄えた寺院であったからこそ,荒廃の虚無感なるものは①よ りも更に鮭烈さを極めて-る。散に②ではな-①にあって始めて中 七の「かなしき告よ」とい-語が生きて-る。今まで考察してきた Ⅱ・ロの分類において対象物の具象化'焦点を絞る事にょって一句 の世界を作り得たのに対して「此山」の旬にあってほ'表面的には 「山寺」から「山」 へと山寺をも含む山その4.のへと対象の拡大で あり'他の推敵過程と逆説の位置にあるものである。しかし'内容 的には前述の如-「山」の語の意から更に深部を詠みとる事の出来 る旬形成過程を示している。より抜きんでた対象の具象化と言える のでほないか。 (b.主観的把握から客観的把握への脱却) 頭 ① は し ざ き の 闇 を み よ と や 噂 ち ど り 酢 撃 翫 錘 t y # . Q K 節 物 語 ︺ ◎星崎や闇を見よとてともきこえぬ 泊船葉 上五の助詞「の」「や」、中七の助詞「とや」「とて」'座瓦の変化と 一句中全ての箇所に推巌が見られる。先ず上五について'初案①ほ 切字「や」を用い「星崎」とい-地名とそのイメージを強調してい る。再案で成案とされる①ほ格助詞「の」を用いる事にょって句切 れはないが説明的感を免れない。中七においてほ逆に⑧が接続助詞 「とて」(格助詞「と」+接続助詞「て」1格助詞の転)を用いるの に対して①ほ格助詞「と」+係助詞「や」 を用い①の方が説明的で ある。更に②は中七の助詞に続いて座五にも「とも」と助詞が使わ れており一句十七字中をこれだけの付属語が占めているのでは句意 が浅-推鼓の余地があるものと考えられる.しかも⑧においては俳 譜の発句として欠-べからざる当季の季題が表面化せず'星崎と言 -地名しかも千鳥の名所であると言-事を思い出さねは'この旬の 鑑賞が逸れる危険性を考え合わせると無季の①よりも①の「ちどり 」と季題を持つ旬に発句としての品位と格がある。更に'この旬は 座五に推蔽過程の心理を最も顕著に見られる.それは⑧において主 観的感情しか詠み得なかったのに対して'①では⑧から脱して客親 的実在物'しかも当季の季題として1旬に詠み得る事が出来たので ある.この点に推蔽過程が伺える。一 団①冬の日や馬上に氷る影法師 ⑧冬の田の馬上にす-む師法師 ⑧さむき日や馬上にす-む影法師 ④すくみ行や馬上に氷る影法師 笈の小文 知行子 薫 合歓のいびき は せ を 笈 日 記 ︹ 泊 船 集 ︺ 日 . I I . ‖ 一 . 1 ・ ・ ・ 1 1 1 一 ' 、 . 7 T T -一 一 1 . ︼ 一 つ ー ・ . -. . ー
- 106 -体験が対象物の具象化を促した推鼓と言える。 団①此山のかなしき告よ野老掘 笈の小文 ⑧山寺のかなしきつげよ蘇はり 笈日記︹泊船集・其蹟(田中善助氏蔵)︺ 上五における推敵である。初案⑧の「山寺」と'再案で成案と考え られる①の「此山」は同じ意味でありながら語の持つ奥行きが異な る。①①共に詞書は菩提山で'菩提山神宮寺を指している.一般に 由緒ある寺'勅願にょって建立された寺などの総称に「-山」とい \ ぅ呼称が使われるが'①のT此山」も詞書の寺が聖武天皇の勅願寺 である事からして寺と言-意を含むものと解すべきだと思われる。 ⑧が山の中に'ひっそりと仔んでいる陀しい寺のイメージと結びつ -のに対して'①ほ栄えた大寺院のイメージへと結びつ-o勅願寺 として栄えた寺院であったからこそ,荒廃の虚無感なるものは⑧よ りも更に鮮烈さを極めて-る。故に①ではな-①にあって始めて中 七の「かなしき告よ」とい-語が生きて-る。今まで考察してきた Ⅱ・ロの分類において対象物の具象化'焦点を絞る事によって一句 の世界を作り得たのに対して「此山」の旬にあってほ'表面的には 「山寺」から「山」 へと山寺をも含む山その79.のへと対象の拡大で あり'他の推蔽過程と逆説の位置にあるものである.しかし'内容 的には前述の如-「山」の語の意から更に深部を詠みとる事の出来 る旬形成過程を示している。より抜きんでた対象の具象化と言える のでほないか。 (ら.主観的把握から客観的把握への脱却) 頭①はしざきの闇をみよとや暗ちどり 酢撃翫紬鵠讃節物語︺ ◎星崎や闇を見よとてともきこえぬ 泊船葉 上五の助詞「の」「や」、中七の助詞「とや」「とて」'座瓦の変化と 一旬中全ての箇所に推融が見られる。先ず上五について'初案⑧ほ 切字「や」を用い「星崎」とい-地名とそのイメージを強調してい る。再案で成案とされる①ほ格助詞「の」を用いる事によって句切 れはないが説明的感を免れない.中七においてほ逆に⑧が接続助詞 「とて」(格助詞「と」+接続助詞「て」1格助詞の転)を用いるの に対して①ほ格助詞「と」+係助詞「や」 を用い◎の方が説明的で ある。更に①ほ中七の助詞に続いて座五にも「とも」と助詞が使わ れており一句十七字中をこれだけの付属語が占めているのでほ句意 が浅-推敵の余地があるものと考えられるo しかも⑧においてほ俳 譜の発句として欠くべからざる当季の季題が表面化せずへ 星崎と言 -地名しかも千鳥の名所であると言-事を思い出さねは'この旬の 鑑賞が逸れる危険性を考え合わせると無季の⑧よりも①の「ちどり 」と季題を持つ旬に発句としての品位と格がある.東に'この句は 座五に推蔽過程の心理を最も顕著に見られる.それは⑧において主 観的感情しか詠み得なかったのに対して'①では⑧から脱して客廟 的実在物'しかも当季の季題として1旬に詠み得る事が出来たので ある。この点に推蔽過程が伺える。 頭①冬の日や馬上に氷る影法師 ⑧冬の田の馬上にす-む師法師 ⑨さむき日や馬上にす-む影法師 ④す-み行や馬上に氷る影法師 笈の小文 知行子 薫 合歓のいびき は せ を 笈 日 記 ︹ 泊 船 集 ︺ j t t 一 「 一 1 一 、 一 . . 一 t ・ , 、 = . 1 , . . 一
驚 ∴・ 、今' ■ -- 107 ■ -- 107 -∴ ∵ ・ 1 ㌧ ︰ ・ 、 ・ -・ ・ 、 . . ノ′ . t 鎚 上五と中七に推敵の跡が見られる。四旬を大別するとA列(初案① 再案③'三案④)とt B列(四案で成案の①)の二分類となる。A 列についてへ⑧は上五の助詞「の」を用いている為旬切れな-一句 〓早となるが'やや散文的である。③④ほ共に'上五に切字「や」 を用い座五に名詞止めと、二旬三早の発句としての典型的旬型を表 わtている。A列では'「す-む」(「す-み」)・「さむき」など主観 的感覚語が一貫して使われ'その中でも③は上五の感覚に対して中 七で反射的動作をも表現し散文的である。④は③の中七の反射的動 作を上五に表わし'中七は「氷る」とい-冬ならではの自然現象を 全-新しい感覚をもって詠み得たところに③よりも推敵が見られ る。しかし、上五の破調(字余り)までして主観的語を脱しきれな い点が更に①への推敵を促したと考えられる。A列は④濫よって漸 -主蔵的レンズを外す事による視界の広がりを兄い出したと言える が'全体として句を見た時'まだ主観的レンズを外しきれないもの がある事がわかる.それがB列①においてほ'主観的感覚語を自己 の中に終-事により客観的に詠み得たのである。上五の季題、中七 の「氷る」と言-対象物を越え'しかも的を得た新しい表現方法t A列⑧⑨と同様の前述の典型的旬形。推敵によって正に発句と成り 得たと言えるこの「旬に'.俳譜として鑑賞していられる安堵感なる ものが微妙に伝わって来る。 ④かげろふに悌つ-れ石の-へ 三冊子 困①丈六にかげろふ高し石の上 ⑧丈六のかげろふ高し石の上 ◎丈六にかげらふ高し石の跡 笈 の 小 文 ︹ 小 文 輝 ︺ 芭蕉 笈日記 悶中喜助氏蔵真童 一句中全ての箇所に推敵が見られる。大別すると'この旬も二分類 される。A列(初案④)とB列(第四案で成案の①'三案⑧'再案 ⑨)である。A列は観念的世界であるのに対してB列はその対象を 客観的世界において詠んでいる。しかも再案から既に客観的把握を 成し遂げている所に'この旬の詩作上の推寂速度が推測できると言 える。﹃三冊子評輝﹄︹加勢朗︺の中の「赤冊子」に①⑧④について 述べられている。ここに抜粋すると' ④ほ懐古の情、自己の気持ちにつきすぎた。陽炎がそのまま尊 像の姿をとってぁらわれるよ-に願っている。陽炎が丈六俳にな りきっていない。 ⑧ほ陽炎の中に既に丈六の尊像を感じとっている。①ほ◎とは 1字の相違で句の品位に大きい韓換が行なわれたo 「高し」とい ぅ語を生気あらしめる。丈六燐とい-観念を陽炎の後方に-すれ させてい-.陽災の客観的叙景が表面に生き-∼と生きて-る. 観念の世界はなれ、実感的迫力をもち'しかも句位を高雅ならし めている。 と評されていた。A列④ほ「石の-へ」に陽炎が燃えている。その 陽炎に何か傍を兄い出そ-としている。今見た陽炎に対して現実体 験を瞬時にして詠み得たo即実即詠'加えて素直に思-がままを十 七字の世界に収めた1種のインスピレーションであった。B列はA 列の段階を踏襲しての詩作であるけれども既に傍は漠然とした傍で はな-丈六の高さを言い表わす事によって仏像の傍を陽炎に託して
- 107 -︰ . ・ . ∴ ・ ︰ _ -I . 、 ′ 、 \ ∴ . 了 ・ ∴ ∴ - . こ 1 4 上五と中七に推鼓の跡が見られる.四旬を大別するとA列(初案⑳ 再案⑨'三案④)とt B列(四案で成案の①)の二分類となる。A 列について'⑧ほ上五の助詞「の」を用いている為旬切れなく一旬 〓早となるが'やや散文的である。⑨④ほ共に、上五に切字「や」 を用い座五に名詞止めと、二旬l章の発句としての典型的旬型を表 わしている。A列では'「す-む」(「す-み」)・「さむき」など主観 的感覚語が1貫して使われ'その中でも⑧ほ上五の感覚に対して中 七で反射的動作をも表現し散文的である。④ほ③の中七の反射的動 作を上五に表わし'中七は「氷る」とい-冬ならではの自然現象を 全-新しい感覚をもって詠み得たところに⑨よりも推敵が見られ る。しかし'上五の破調(字余り)までして主観的語を脱しきれな い点が更に①への推融を促したと考えられる。A列は④濫よって漸 く主親的レンズを外す事による視界の広がりを兄い出したと言える が'全体として旬を見た時'まだ主観的レンズを外しきれないもの がある事がわかる.それがB列①においてほ'.主観的感覚語を自己 の中に終-事により客観的に詠み得たのである。上五の季題'中七 の「氷る」と言-対象物を越え、しかも的を得た新しい表現方法t A列②③と同様の前述の典型的句形。推敵によって正に発句と成り 得たと言えるこの二旬に'・俳譜として鑑賞していられる安堵感なる ものが微妙に伝わって来る. 困①丈六にかげろふ高し石の上 ◎丈六のかげろふ高し石の上 ③丈六にかげらふ高し石の跡 笈 の 小 文 ︹ 小 文 箪 ︺ 芭蕉 笈日記 悶中音助氏蔵真蹟 ④かげろふに悌つ-れ石のうへ 三冊子 山句中全ての箇所に推鼓が見られる。大別すると'この旬も二分類 される。A列(初案④)とB列(第四案で成案の①'三案⑧'再案 ③)である。A列は観念的世界であるのに対してB列はその対象を 客観的世界において詠んでいる。しかも再案から既に客観的把握を 成し遂げている所に'この旬の詩作上の推蔽速度が推測できると言 える。﹃三冊子評輝﹄︹細勢嗣︺の中の「赤冊子」に①⑧④について 述べられている。ここに抜粋すると' ④ほ懐古の情、自己の気持ちにつきすぎた。陽炎がそのまま尊 像の姿をとってぁらわれるよ-に願っている。陽炎が丈六燐にな りきっていない。 ⑧ほ陽炎の中に既に丈六の尊像を感じとっている。①ほ②とは 一字の相違で句の品位に大きい韓換が行なわれた.「高し」とい ぅ語を生気あらしめる。丈六燐とい-観念を陽炎の後方に-すれ させていく。陽災の客観的叙景が表面に生き-1と生きてくる。 観念の世界はなれ'実感的迫力をもち'しかも旬位を高雅ならし めている。 と評されていた。A列④ほ「石の-へ」に陽炎が燃えている。その 陽炎に何か傍を兄い出そ-としている。今見た陽炎に対して現実体 験を瞬時にして詠み得た。即実即詠'加えて素直に思-がままを十 七字の世界に収めた1種のインスピレーションであった。B列はA 列の段階を踏襲しての詩作であるけれども既に傍は漠然とした悌で はなく丈六の高さを言い表わす事によって仏像の傍を陽炎に託して
I ・ヽ ヽll - 109 -の世界で鑑賞しても或るいほ詞書を加えても解し難い句であり、地 の文を読んで始めて解せる旬であって末だ十七字の発句にすら収め きれない未完成的な点にその原因があると言えよ-。またこの旬① は形容詞語尾「し」が切字となって二旬一章を成している。 国①草臥て宿かる比や藤の花 重患︹笈の小文・葛の松原︺ ⑧はとゝぎす宿かる比の藤の花 惣七宛書簡 上五の詩作上の発想法の違い、中七の助詞の変化の二箇所に推敵が 見られる。初案①は上五「はとゝぎす」1夏へ座五「藤」1春と季 題.Q重複で有名な旬である。①⑧についての評輝があるので'ここ に抜粋すると' 芭蕉が1層に作句を催された感興の世界へと深まって行き、そ の結果として「はとゝぎす」を捨てて「草臥て」とおきかゝ㌃たも のと感じられる。(略)「はとゝぎす」では藤の花と季感が重複す る.旬の中心が二つに分裂して何れに焦点が定められているか迷 ふや-な旬となるので再考したものと思ふ。(略)「宿かる比の藤 の花」に力点おけば黄昏に疲れた足を引-際のけだるい感じが眼 目となる。それを素直に取りつ-ろはず「草臥て」と打ち出し一 句にしっかりとした緊密性をあたえた.﹃三冊子評輝﹄「赤冊子」 とある。これに付言すると①ほ季感の重複を無視すると詩的である のに対して①ほ現実的実感語をそのまま表現し詠み得ているだけに 未だ俗の域であると言える。②から①への過程は実景の描写に自己 の感情を移入できた時点までである。中七の助詞に関しては'⑧が 格助詞で連なっている為に一旬〓早を成し①ほ切字「や」を用いて 二句一章となっている。 圏①さびしさや華のあた句のあすならふ はせを躍鰭糊.泊舶集︺ ⑧日は花覧着てさびしやあすならふ 笈の小文 上五・中七に異形が見られる。﹃芭蕉句集﹄では成案に﹃笈の小文 ﹄出典を採らずに﹃笈日記﹄出典の旬が採られている。出典の成立 順では﹃笈日記﹄ ﹃泊船集﹄ ﹃陸奥衛﹄ ﹃笈の小文﹄となり◎が最 も遅-公表された句であるが旬形からすると初案と考えられる。⑧ の上五・年七の表現法'特に上五ほ発想的に逆をとっている様な表 現に詩的なものを感じるが'中七に続けるとなると上五の助詞が目 障りとなる。日が暮れるとい-自然現象に対して抱-寂雰感'現象 と感覚の因果的な二物を一句中に出した為に散文的なものとなって しまっている.①ほ上五に感覚的語を用い、切字「や」で二旬〓早 を成し、加えて座五の名詞止めで典型的旬形となっている。①⑧通 じて'花に並ぶすあなろふの夕景の寂参感を詠んでいるが'その寂 しさを出すのに「さびし」と言-諺,<kJそのまま使い'主観的感情を 脱しきれない所に句の未完成さ・推敵不足が伺えるよ-に思えるo 観 ① 扇 に て 酒 -む か げ や ち る 楼 笈 の 小 文 ⑧扇子にて酒-む花の木陰かな 翁 駒放 1句全てに変化が見られる。初案と考えられる⑧は'長閑かで麗ら かな春の日に桜花欄漫'既に時をはずし'落花の頃の旬であるのだ ら-か。万菜の花の棺から'ひら-1と散るその木の下で扇を広げ て酒を酌む所作をすると言う風情ある一旬である。「扇子」も「扇
ジに結びつけるには∵やはり①ではな-①でな-てほニュアンスが 異なる。⑧ほ切字「かな」が座五に位置している為'一句〓早のゆ ったりとした調べを持っている。⑧では情景の写生句としか受けと められないのに対して再案で成案である①には⑧から更に一歩擢ん でるものがあると思える。それは'長閑かなこの美しい一時に私達 が戯れ事をしている間にも美しさほ留まらず自然は転変して行-' と解して情景を通して鋭-人生を凝視した芭蕉の人生に対する無常 観・人の惨さ、美的なものの惨さ'その哀愁を十七字の世界に収めた と言えるのでほないか。その意味で情景から心の移入を可能にした 句である。この句①においてほ問題点がある.上五の「扇」1夏' 座五の「棲」.1春'+)季題の重複が見られるo ハ一句中の俗語を正したもの(理からの脱却・詩的世界への導 入 手 段 ) の名詞止めと'これも典型的旬形であった。 圏①雲雀より空にやすらふ峠哉 笈の小文 ①雲雀より上にやすろふ峠哉 境野︹卯辰集・小文庫︺ 中七の一語の置き換えである.⑧について、 「上に」ではあまりに平板であり、﹃境野﹄の杜撰を諸集踏襲し た か 。 ( ﹃ 芭 蕉 句 集 ﹄ ) と頭注がある。⑧は楽し-歎書に満ちて鳴-雲雀よりも上に、確か に「上」転位置して9吟詠である。事実そのままを旬にすると理が 強-利き過ぎる.再案で成案である①ほ「空」と言-語に、⑧の意 と更に「空」自体のイメージが加わって⑳以上の詩的広がりがあり 理から脱した推敵と言える。 以上'三分類に大別しながら推蔽過程を考察して来た結果へ 頭①枯芝やや1かげろふの一二寸 笈の小文 ⑧かれ芝やまだかげろふの一二寸 芭蕉︹磯野・泊船集・蕉翁句集︺ 中七の「まだ」と「やゝ」との語句のもつ意味上の推敵である。初 案⑧の「まだ」は'その時に至らないで今なお'と言-意味合で表 現方法は理に適った俗語である。一二寸の灰かな陽炎を見て早春さ え遠いと言-一種の焦燥に駆られた様子が伺える。再案で成案であ る①ほ漸ぐと言-意に期待していたものが,やっと現われた、と対 象物に対する優しさがある。⑧の俗語を詩的・俳語的語句に近づけ たと言える。この僅かな副詞にも神経を行き届かせ俗語を正した芭 蕉の心情が察せられる推蔽句である。①②共に'上五の切字・座五 分 類 -に 属 す 句 ・ ・ ・ 三 旬 分類Ⅱに属す句-一旬 分 類 Ⅱ に 属 す 旬 ・ ・ ・ 幸 二 句 -Ⅱ 川 九 句 -Ⅱ ㈱ 三 旬 -Ⅱ困二句 1 回 a 四 旬 -回 b 三 句 -回 C 四 句 と右記の如-旬数的には圧倒的に分類Ⅱが多く'相当数を隔ててⅠ ・Ⅱの順になっている。この推蔽過程において'どの分類が最も初 歩的推蔽段階かと問われれば即答ほし難い。何故ならば'一句毎の 出発点が必ずしも同1線上に始まるものではないからである。しか し'今まで考察してきた異形旬は共に一紀行上にあるもので以前の 貞門'談林から天和調への様な大きな詩作上の起伏は無く出発点 においてもそれ程、振幅は見られないので敢てこの場で段階的位置 づげをし'東に創作時期を考察して行-。
E Jl ・l ■ 辻や. - 111-. 十 ㌧ . ∴ ∵ ■ ' ・ ・ -・ ・ ・ ∵ ・ . ・ ・ -. ・ ・ J . I . ・ ・ ∴ 一 . 、 ∴ . ∵ ・ 1 . . ・ -・ , -・ i I , ・ ・ -・ . T ・ ∴ 手 工 ∴ 1 . . 1 や ・ ) ・ ・ ・ L ・ _ , ∵ ; ! ・ J ・ \ 十 , ・ ・ j t . 1 ; -∵ ∴ † . ・ ・ ∵ ! J 一 ・ ・ t t ▲ / 分類を更に大別すると'手段・方法を採って推鼓して行-Ⅰ・Ⅱ に対して、事段として語句を変化させてはいるものの更に根本的に 変えよ-とするⅡとに分かれる。表記的面での推敵がなされるⅠ・ Ⅱの方がⅡよりも初歩的と言える。 Ⅰについては'助詞の省略'1般的助詞から切字になり得る助詞 (係助詞・格助詞) への推敵が見られた。句の﹃笈の小文﹄紀行文 中の位置づけをすると、三旬(Ej凪瓦)とも全て「須磨」の旬であ った.「須磨」 の旬については綱島三千代氏の「﹃笈の小文﹄ 成立 上の諸問題」(「日本文学研究資料叢書」所収)において、 ﹃境野﹄ 所収の旬が旅行のはば全域にわたっているのに、須磨 の旬だけは1句もないことである。(略)﹃境野﹄に収録されてい ないのほ'前述の猿離宛書簡に'須磨の記述が中心をなしながら '須磨の旬の記されていないことを考えあわせると'貞享五年秋 までに\ これらの句が未だ作られていなかったためではあるまい かと監-0 ∫ と'その成立を考察された論文がある。綱島氏が﹃境野﹄に「須磨 」の旬が収録されていない卓を論証され'また﹃猿蓑﹄で須磨の旬 一句初出(蛸壷やほかなき夢を夏の月)する事を掲げておられる が'この旬は異形旬の存在しない旬であった。﹃笈の小文﹄本文に は「須磨」と詞書ある旬から七旬(回Ej]・海士の顔先ちらる1やけ しの花・回・はとゝぎす消行方や島1つ・回・蛸壷やはかなき夢を 夏の月)詠まれている。その中で異形旬を持つ旬は四旬(E]望5]回 )あり'その四句のうち三句まで(Ej回回)がこの分類lに属すも のであるo残り一句(回)は分類Ⅱに属す旬である。しかも、これ ら四句の異形句を持つ句は全て'芭蕉生前の撰集などにほ一旬も収 録されていない.綱島氏が指摘された﹃猿蓑﹄ ﹃けし合﹄に各々一 句ずつ(蛸壷や/海士の顔)収録されているのは異形句のない句で あり芭蕉生前に須磨の句を収録する唯一の撰集である。芭蕉没後初 出する須磨の旬は二句(田・はとゝぎす)﹃芭蕉庵小文庫﹄に見られ る.分類Ⅰの三旬は全て助詞に異形が生じている点に分類規準を置 いたものであるが'前述の撰集収録上から'これら異同ある旬を見 る時'信感性に欠けるのである。一字の助詞は最も誤伝しやすい対 象であるとも解せるからである。(﹃芭蕉句集﹄には恩の異形旬を誤 伝かと疑-注がある.)しかしながら分類Ⅰで考察してきた助詞につ いては助詞の省略・置き換えなどによ\つていずれも明らかに推敵の 形跡が見られた。また出典撰集を見ても異形句を収録している撰集 は成案と認めた句(ここでは成案が全て﹃笈の小文﹄収録の句であ った)を収録している紅のよりも時代の早いものであった.故に助 詞にのみ変化ある異形旬は全て誤伝とは言い難い.綱島氏の前掲論 文によれば' 紀行の須磨の条の現在の形が成立したのは、﹃猿蓑﹄の成立と あまり隔たらぬころであったはず-とある。これを更に絞って﹃猿蓑﹄の歌仙が巻かれた元禄三年十月 頃から﹃けし合﹄が刊行された元禄五年頃までに須磨の句が形成さ れたと見るべきであろ-。何故'この須磨の句のみ﹃笈の小文﹄の 旅となった点字四年・点字五年から時を隔てて形成されたのであろ
- 112-うか.これは当時の俳壇を考える時'﹃笈の小文﹄においても顕著 に見られるが'尾張鳴海'蓬左(熱田・名古屋)'伊勢などにおいて ほその先々で歌仙を巻いている(注5)。或るいほ単に挨拶句として( 発句と脇のみ)だけで歌仙を巻いていない句(注6)もあるが'挨拶旬 である以上'自然詠の中に相手(亭主)に対して何らかの心遣い・ 思いやりを含んでいる。また歌仙を巻-上にあってほ懐紙に硯をひ らいて自己の思考のみ吟詠するものとは自ずからして句そのものが 逮-であろ-。何よりも対象である座の連衆に対して一句は音とし て聴覚に先ず入って来る。7座を設ける上にあってほ当然'記録す る執筆も居たであろ-.音として発表された句は執筆によって文字 に表わされ撰集として世に公表されて行く財を媒介として'出発 点は個々の魂からのものであっても他人を通じてその一旬は既に山 座する者の旬となるo故に自己の意志のみに左右されず句は公表さ れ'従って句形成過程が早いと言える。逆に歌仙を巻-場(機会) を与えられず懐紙に留めるのみの句は形成過程が前者よりも遅れを とる事が言える。更に歌仙を巻かれた旬にあってほ'紀行構成の手 段として引き合いに出される俳文が見られない点にも注意したい。 一体、芭蕉における俳文は、どの様な意味を持つものであったのだ ろ-。単に旬の詞書ではなく'それ自体に'屡'文学的価値が高い と評されているものである。歌仙との関連性がある様に思われる。 ここでは俳文そのものの考察ではないので問題点に留めてお-。前 述の句形成上の歌仙の位置から考えても'須磨では一として歌仙は 巻かれておらず'当時'俳壇も須磨・明石に皆無な点からして「須 磨」の旬が'より詩作の遅れた一因を成したものであると思われ る 。 分類Ⅱについては'一旬回のみであったが'前述した様に'これ が須磨の句である以上'分類lと同様な事が言える。 分類Ⅱでは更に三分類し詳細に見てきた。中でもイほ私の鑑賞眼 の拙さが災いした分類とも言えるが、ありのままに考察して行く。 分類Ⅰ・Ⅱがいずれも表記面での異形であったのに対して'分類Ⅱ のロは根本的発想の変化であると言える。またⅠ・Ⅱが須磨の旬を 占めているのに対してⅡほ'須磨以前'大坂までの句(正確には奈 良・唐招提寺までの旬に異形句が見られる)であり'よって根本的 発想の変化に至る推蔽句は﹃笈の小文﹄全篇には見られず1貫した 紀行文としてほ推蔽度が大きく二分されるものであった.故に'1 ヽ ヽ 文学作品として見る場合にも推蔽過程に'むらがあると言える。 イほ紀行文中(須磨除-)はぼ全般に点在する。初出は点字四年 一句団'元禄四年一句囲'元禄八年三旬画回国'元禄九年一旬硯で すさ あった。いずれの旬も言葉の遊びとしか鑑賞出来なかったが'その すさ 遊びにょって表面的には推鼓されたと考えられる旬ばかりである。 これは詩歌全般と散文との間にl線を画すとすれば'そこには韻律 の効用とも言-べきものがある。これと同様に発句自体にもそれぞ れ韻律がな-てほならない。その韻律を句に表現するには言葉の選 択しか方法を持たない.(俳語における定型十七字、季題、切字も 韻律的効果の一因であるが'イの分類は根本的要因で'定型を成す それ以前の分子である。) 言葉の選択は'それが同意語である以上
- 113-その地点より抜けきれない。やはりそこは同一世界、同一観点での すさ 世界でしかない。それ故'言葉は遊びとしか考えられず韻律的効果 のみを旬に装飾する。この点に推蔽らしからぬ推鼓の初期的段階が 伺われる。 ロはⅡの分類中'過半数を占めている。ロは対象物を異質観点か ら推蔽したものと言える。推蔽過程上'優れた飛躍的進歩である。 観点を変える事は'詩作・創作1般を通じて何らかの精神的自己犠 牲があり'故に歯難であり'そういうものであるからこそ'より高 度な方法であると思われる。ロを更にa・b・Cと分類したので順を 追ってまとめる。aほ初出元禄二年二旬図回'元禄八年二旬間]国で あった。紀行文中は伊勢までの旬で吉野からの句には、この方法は 採られていない.対象物の具象化は中世的象徴主義精神を根底に持 っ芭蕉にあってほ脱の境地と言える。脱の境地こそ近代的写実主義 精神なるものの世界であり'早くも'ここにその現れを見る事が出 来 る . 0 松の事は松に習へ'竹の事は竹に習へと、師の詞のありしもへ 私意を離れよといふことなり。この習へといふところをおのがま まに取りて'終に習はざるなり。習へといふほ.'物に入ってその 徴のあらほれて情感ずるや'句となるところなり。 ﹃三冊子﹄ 「 赤 冊 子 」 有名な芭蕉の俳譜観である。〟私意私情を捨て対象と同化融合する 時'真の俳語が生まれる″と持論を打ち出した。この私意を離れよ と明確堅11Hい放つ事が出来たのは'いつの頃であったのだろ-。俳 文にあるこの文も同一内容だと思われる。次に掲げるとヘ いに 音しへより風雅に情ある人々.jy後に笈をかけ'草軽に足をい ため'破笠に霜露をいとふて'をのれが心をせめて′'物の箕とし る事をよろこべり。﹃嶺塞﹄「其詞」 この俳文は﹃嶺塞﹄ 「許六離別ノ詞」に続いて収録されて.いる。「 許六離別ノ詞」の終わりに〝元禄六孟夏末″と記されており'この 俳文が﹃三冊子﹄の「私意を離れ」ると内容的に似かよっている事 を考え合わせへ この持論の確立は'はば元禄六年四月末と変わらぬ 頃であったと考えられる。分類aに戻って'対象物の具象化は換言 すれば「物に入」る事にある。物を知らなければ具象化は出来ない ● .また物を知るにはその物に入らなければ知る事は出来ないのであ ヽ ヽ る。aの段階では高度な俳譜芸術理念とは距離がある。まだと言-感が強い。今一度aの旬を見ると田「いざ出む」-「いざ行む」1 「いざさらば」'囲「旅をして」 1「旅探して」 とそれぞれ出立・ 旅を現実に体験し'その中に自らをお-事によって概念ではな-具 体性をもって推鼓された。aの段階で成案と認められても他の分類 段階に置き換えると推蔽不足である。aでは前掲の芭蕉俳詩論-私 意私情を捨て対象と同和融合する-初段階であると言える。bにお いてはaよりは対象と同和融合を成し得たと言える。主観的把握か ら客観的把握への脱却を旨とす分類bの旬について先ず初出を見る と点字四年一句困'元禄二年一旬団'元禄八年一旬担、であり紀行 文中前半に位置し'鳴海・あまつ縄手・伊賀での三句であった。自 然・絶景などに接した時'人はその感情の送りを詠まずにはいられ
ず歌に託した.万葉集など古代歌謡には'そ-いった主観的感情を 詠んだものが多い。人にあってほ当然の情である。芭蕉の句も時と レて同様な事が言える.芭蕉は,しかし1点に止まらず彼にあって ほ脱主観的詩界が広がったのである。bにおいて考察してきた様に 凍てつ-よ-な寒い冬の日を表現するのに「さむき」 「す-みゆ く」と主観的語を連ねても,たとえその寒さは詠みとれてもそれ以 上の広がりは持たない。それら主観的語を捨て「氷る」 「冬の日」 とい-自然現象を客観的に写しとる事によって'或るいほ客観的語 を用いる事によって鑑賞者には無限の世界が広がる。詩作者の感情 が入れば少なくともその感情に左右され詩界はより小さ-なり感性 のみに語りかける。客観的に対象物を捉え'あるがままの状態を詠 めば鑑賞者は詩作者とい-1個人を媒介とせずにそのものに出会っ た事となる。その感動は、詩作者が持ち得た感動と'やや条件的ギ ャップはあっても主観導入とい-一個人のレンズを通して見るもの よりほ新鮮である。感性のみに語りかけていたものが'ここに至っ て感性に訴え'且つ知性に訴え'鑑賞者が持つ最大限の創造力を持 って鮮明な画像として心に-い込むのである。Cについて'初出は 点字四年一句因'点字五年一旬圏'元禄八年一旬因'刊行年不明出 輿(﹃駒撒﹄)国'で'この中に「吉野」の旬が二旬見える。この分類 Cの情景から心境への移行は一見してabと相反する感がある。で は旬として'a・bよりも以前の段階だろ-かo思-に芭蕉が元禄 六年竪別掲の高度な芸術理念に辿りつ-までの段階で単に客観的世 界を保持するだけでなくその世界に自己の直情をも時として許容 したのではないか'と言-事である。故にCをⅡの分類にしたo ハほ'一句中の俗語を正したもので初出は二句圏国とも元禄二年 であった。 師のいほ-、俳語の益は俗語を正すなりo つねに物をおろそか にすべからず。このことは人の知らぬところなり.大切のところ なりしと伝へられ侍るなり。﹃三冊子﹄「黒冊子」 俳諮観の一である。俳語としての体を成す上の手段と言える。俗語 を正す事から始まって'俗語を正す事に終わるものが俳譜かも知れ ない.分類ハほ'前述の分類イと同一線上にある。それはイ・ハ共 に俳語の俳譜たる体をなす為のⅠ・Ⅱより高度な手段・方法であっ た事に起因する。以上まとめる土 山 分類Ⅰ・Ⅱほ共に須磨の句のみに見られる推敵で'表記上一部 分の異形に留まり発想の推蔽までは成し得なかった。 闇 分類Ⅱにおけるイ・ハほ共に旬形成の手段であった。ロはⅡの 句の過半数を占め'分類中とりわけ高度な推蔽テクニックであり 更にaからbへと芭蕉の芸術理念に近づいていると言える。 二 破調についての考察 延貿末年から天和にかけてのいわゆる(天和調)(虚栗調)の俳風 模索時代に旧派否定の為の手段として芭蕉が採ったのは五・七・五 定型の否定'倒置表現、漢詩的境地への導入がある。中でも定型否 定は字余り'字足らずと一旬に破調をきたし、旬であって'もはや旬 ではな-散文的である。芭蕉をして或るいほ俳譜の発句を代表する
/ - 115-秀句として引き合いに出す時'それは〝閑かさや″ 〝夏草や″ 〝五 月雨の″旬であり'それらは全て定型に詠みこまれている。天和調 のもとにあっての定型が否定されたとはいえ究極は俳譜芸術上、最 も適した詩型として肯定されている事が前述の秀句にも殿著に見ら れる。芭蕉におけ-る破調は'自ら規則を破る事によって規則の意を 解し得る事が出来たマイナス面からの効用であったと言える。それ 故'破調は句形成上初期的段階ではないだろ-か。二」の観点から紀 行文を見れば'芭蕉紀行文全体の位置づげ、更に﹃笈の小文﹄の位 置づけが出来る様に患えるので地の文の意識は一まずおいて五大紀 行文の発句の破調を順追って述べてみる。 ‖﹃野ざらし紀行﹄における芭蕉発句総数四十五句,-ち破調の見 られる句十六旬(注7)と全体の約与を占めている。破調箇所は上五に 十1((1-1 1)注7参照以下同じ)旬'中七に八句(5・6・9・1 1・1 ・S・S・1 6)'座五に二旬(l・1 5)'その中でも上五・中七に重複し ● て破調の見られる旬四句(5・6・9・H)'中七・座五の重複一旬(1 4 )。破調と言っても字余りで一字の字余りから三字にまで及んでい る 。 日﹃鹿島紀行﹄における芭蕉発句総数七旬、破調は皆無. 日﹃笈の小文﹄は一(推蔽過程)で述べた如-である。破調は四句. 破調箇所は上五竺萄'中七は皆無'座五竺旬。上五の字余り (一つぬいで後に負ぬ衣がへ・月はあれど留守のや-也須磨の夏・ 須磨のあまの矢先に鳴か郭公)は三句とも座五が名詞止めである為 かあまり気にかからないo座五の1句(行春にわかの浦にて追付た り)は動詞+助動詞で終わっている為か散文的感を免れない。この 旬に関して仁枝忠氏﹃芭蕉に影響した漢詩文﹄十四において' 私はこの「追付たり」の典拠を﹃唐詩選﹄に見える張説の「萄 道後レ期」と提する詩であら-と考へてゐる。即ち客心争二日月一。 来往預期レ程。先至二洛陽城一。(略)仝-張説の「秋風不二相待」を 裏返しにして俳句に課したものと言ふべきであって--と漢詩の影響を説いておられる。この論については芭蕉の漢詩的教 養'当時の漢書等の点から典拠に問題があるが単に漢詩の影響上す れば天和調の破調の多-が漢詩的境地を俳語に吹き込む為の手段で ぁった様に、この破調も同様な事が言ゝ見る。しかし天和調のそれと 比較すると漢詩の持つあの途切れくのような堅さはむほやなく既 に日本的詩調として詠み得ていると言える。全体として四句の破調 を見ると紀行本文中末尾にあり'しかも二旬までが「須磨」の旬で あった。 栂﹃更科紀行﹄における芭蕉発句総数十一旬'破調は皆無。 国﹃お-のはそ道﹄における芭蕉発句総数五十一句'破調は上五に 見られる三旬(笈も太刀も五月にかざれ昏職・あっち山や吹浦かけ て夕すゞみ・塚も動け我泣馨は秋の風)のみ.中七・座五ほ皆無。 日から国までの紀行を総体的に見ると先ず気付-事は'紀行文に おけるいわゆる地の文と発句とに関してr臼国は程度の差こそある が融合している。これに対してjI銅は紀行文自体も短かいものであ ったが、地の文を書き終えてから発句をまとめて書いた感の強いも のであった。これは紀行文としてほ初期段階である。しかも発句数
も少な-、また破調は見られず紀行文としての実質的破調考もr田 圃の三大紀行の考察と言える.この三大紀行は二分類されると言え る.rに対して臼国である.紀行文中発句の与を占める破調、三字 に及ぶ字余り'上五・中七・座五と全ての箇所に数旬あり'一旬中 二箇所の破調の重複とも言-べき旬が五句ある。正に破調がそれと 1日で解せるHが天和調の傍を多分に持つ初期的段階である9に対 し'臼はHから大幅な減少である。旬数の上のみならず字余りが三 字にまで及んだrに比較すると僅かに一字の卓余りであり表現上AJ の様に詠む事しか出来なかったと許容し得る破調である.破調箇所 も上五・中七と二箇所に減り'的においてほ上五にのみ見られる。 ここに至って田は紀行文として見る時、芭蕉紀行文初期のrに近い ものではなくへ国の紀行文としても蕉風文学としても重要な位置を 占め生涯の傑作とされるものに近いと言える。よって文学的価値も 餌に近いと考えられる。しかし、ここで付記すると臼の破調が紀行 本文中末尾にあり「須磨」の旬が二旬占め、前述の如-破調そのも のが初期的段階のものである事へ またl(推蔽過程に見る旬の位置) で考察してきた事'以上を考え合わせると田は一貫した紀行文では なかったと言える。 おわりに 観点を変えれば分類が崩れると言-危険性を伴いながら自分なり に推蔽過程に見る句'更に破調考と未定稿﹃笈町小文﹄の位置を考 察し問題提起に終わったものも少な-はないが'1・二で述べてき た如-「須磨」の旬とそれ以前の旬との問に一線を画し一貫した紀 行文とは言い難いが一紀行としてみた時﹃奥の細道﹄に接近したも のであったと言えよ-0 読 (1) 芭蕉の切字観は﹃去来抄﹄﹃三冊子﹄などに見られる様に従来 の切字説否定独自のものをもっていた.「第一は切字を入る句 は旬を切るため也.切れたる旬は字をもって切るに及ばず。い まだ句の切れる、切れざるを知らざる作者のため'先達切字の 数を定められたり.此字を入るときほ十に七八は旬切る也。残 二三は入てきれざる旬あり。又入れずしてきれる旬あり。此故 ● ● ● ● に或はこのやはロあいのや'このしは過去のしにて切れず或は 是は三段切、是は何ざれなどとて名目して伝授事なり」 ﹃去来 抄﹄. 「切字に用る時は'四十八字皆切字なり.用ざる時は一字もき れ 字 な し 」 ﹃ 去 来 抄 ﹄ 「切字を加へても付句の姿ある旬あり誠に切たる句にあらず。 又切字な-ても切る旬有。其分別切字の第1也。その位は自然 .としらざれはしりがたし」 ﹃三冊子﹄「自冊子」 (2) 諸家が「﹃野ざらし紀行﹄ の旅においての句 〟野ざらしを心 に風のしむ身かな″と'﹃笈の小文﹄の〟旅人と我名よばれん 初葬″を比較してわかるよ-に後者には前者のよ-な心細さほ ない.旅そのものへの観念が違い'後者には余裕がある」と説 かれる。その様な解し方。
IiiZ! Eid 4 3 匹■i l芦■i Eiiil lii 白■! 7 6 5 iZq iR iZg - 117-l ′ ノ 、 ● - ′ 回の詞書、①1〟二乗軒″◎1〟二乗軒と云草庵合″とある 「只旬は本体は意味を一として作を二とし'言葉をかざらず すなはなるをはいかい生玉べきにや.いざさらば雪見にころぷ 所迄芭蕉の旬ぞ慕はるゝ物なれ.人丸・西行・其也古人の歌に 言葉おは-た-みたるはなし。自然の風情自然の意味本心の誠 かたまって三十一文字になりぬ.俳譜何ぞかはるべき9是を以 お お く た の し む て好人多して楽人す-なし」 ﹃其法師﹄(敬海) 岩波古典文学大系﹃芭蕉文集﹄54-55頁頭注・補注参照 〟香を探る海に戒見る軒端哉″と防川への挨拶旬 1猿をき-人すて子にあきのかぜいかに 2みそか月なし千とせの杉を抱あらし 3いもあらふ女西行ならば歌よまん 4倍朝顔幾死かへる法の松 5堪打てわれにきかせよや坊が妻 6 露 と -ト 心 見 に -き 世 す ゝ が ば や 7御廟年を経てしのぶは何をしのぶ等 8狂句風の身は竹斎に似たるかな 9つゝじいけて其陰に千鱈さ-女. 10命ニッ中に活たるさ-らかな 11牡丹英ふか-分ケ出る蜂の名残かな 12馬に採て残夢月遺しちゃのけぶり 13革ま-ら犬もしぐるゝか夜の馨 14海くれて鴨の馨はのかに自し 1 5なつ衣いまだ風をとりつ-さず 1 6手にとらは消んなみだぞあつき秋の霜 (8) 1 4の旬は中七字足らずであるが'この旬は座五が七とあり中 七・座五の転倒であり字足らずの部類には属さないと言えるだ ろちノ。 付 記 1 推蔽過程と言っても異形旬のみの考察で別案(例〟月見ても 物たらはずや須磨の夏″の別案)も一啓の推蔽過程と考えられ るのに省略した. 2 句の成立年時の傍証や俳書・撰集の類の信濃性の問題につい て本文中でふれえなかった。 右の二点に関して紋数の都合上'又、時間的余裕のなさから不 備のままに終ったが、今後の問題として考えていきた-忠-. ただ'主観的な鑑賞におわらなかったかとおそれる。