• 検索結果がありません。

日本人のマスツーリズムに関する一考察: 沖縄地域学リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本人のマスツーリズムに関する一考察: 沖縄地域学リポジトリ"

Copied!
55
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Title

日本人のマスツーリズムに関する一考察

Author(s)

松鷹, 彰弘

Citation

沖縄短大論叢 = OKINAWA TANDAI RONSO, 8(1): 79-132

Issue Date

1994-03-01

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/10661

(2)

日本人のマスツーリズムに関する一考察

1 はじめに 1 - 1.観光量の推移 1 - 2.所得・余暇および余暇意識 に 戦 後 社 会 と 観 光

2

-

1.マスツーリズムの萌芽

2

-2

.

圏内観光の状況 2 - 3.海外旅行の状況 3.日本人のマスツーリズム 3 -1.高度成長期と観光 3 -2.第1次石油危機と観光

3

-3

.

安定成長期と観光 3 - 4.パプル経済期と観光 4.まとめ 4 -1.日本人のマスツーリズムの特徴 4 - 2.沖縄観光の枠組み変化

-79-松 鷹 彰 弘

(3)

松 燃 彰 弘 1.はじめに

1

9

6

3

年に観光政策の基本的目標を定めた観光基本方が制定されてから今年

(

9

3

年)で

3

0

年を経過した。日本では

1

9

6

0

年代以降に顕著となった社会・経済的条 件の変化、とくに①可処分所得の増大、②余暇時間の増大、③生活を積極的に エンジョイしようとするような価値観の浸透、④人口の都市への集中による生 活環境の悪化が背景になって観光の大衆化(マスツーリズム)が促進された。(1) したがって日本のマスツーリズムの歴史は約

3

0

年であるとかんがえてよい。本 稿では上記の①所得、②余暇時間、③価値観の変化が、日本人のマスツーリズ ムの動態にどのような影響を与えたかを考察し、沖縄観光との関連についても 考えてみたい。 とはいえ現実の観光は、きわめて多様なものであり、大衆化と事業活動の拡 大とを基調として、さまざまな問題を抱えながら複雑なものへと変化しつつあ るといえる(図-1)。上記① ③は、観光を規定する主要な要素ではあるが、 あくまでもその一部である。また、観光と④生活環境との関係については別の 機会に考えてみたい。 図 -1 現代観光の構造 観 観│光

E 設│源 4

I _ I ーの干│の 拡 II保

-

t一一一一一--

-

---子二一│充

K

I

設 の 光 大 衆 交通機関の発達 前日l勇編[観光概論j より

(4)

-80-1

- 1

.

観光量の推移 考察にあたり多数の統計データを参考にしたが、とくに以下に重点を置いた。 ①所得に関して…実質国民総生産 (GNP・経済企画庁「国民経済計算

J

)

、 1人当たり雇用者所得(実質・経済企画庁「国民経済計算」、総務庁「労働力調 査

J

など)。 ②余暇時間に関してー・年間総実労働時間(労働省「毎月勤労統計調査jなど)。 ③価値観の変化に関して(余暇に関連する統計を抽出し余暇意識とした)… 総理府広報室「国民生活に関する世論調査

J

など。 ④観光量と質の変化…宿泊観光レクリエーションの量(総理府内政審議室の 推計)(2)、日本人海外旅行者数(法務省資料に基づく運輸省運輸政策局観光部集 計)、観光レクリエーションの実態(総理府「全国旅行動態調査

J

)

など。 図

-2

は、国民総生産(実質)、

1

人当たり雇用者所得(実質)、年間総実労 G N P、雇用所得等と圏内観光量 図-2 %∞ I 一 労 働 時 間 90 300 200 400 1 1 Q d n u q L 唱 E A n w d A u d 唱 E A ' ' A n 吋 d A 叫 d ハ H V ' E A n w u n k u n 同 J M ' E A n 叫 d 内 M U O X U 唱 E A n u d n x u 々 , . ' E A n u d n m u F h り lQdoowb ' E -A 叫 J v n 内 U S 4 ・ 1 A Q d o o q z J A1982 一 74QJQ01 且 一 1 4 0 J 0 0 0 υ 一 ' E A ハ 吋 υ ウ d n " 、 一 T A Q J ワ S o o -T i Q d m t i ワ t 一 ' E 且ハ叫 d 巧 ' ' P 的 U 一 ' l n 可 U ヴ t F k l u -a Q d m, r 4 一 ' E A n 同 z u η ' ' 句 、 リ 一 唱 目 且 n 吋 w n r ・ 内 ノ “ 一 7 A n v m i 1 A ' a A A U 、 同 J ' n H U 1 A Q U F O Q d ' ' A A 吋 u n h υ n x u lQUFOF/ ' E & ハ 叫 d n h u p h v ' I ハw u p h υ ﹁ 3 1 A Q d n h U 4 4 100

[経済白書j "観光白書lなどから作成

(5)

-81-松 燃 彰 弘 表 -1 G N P・所得・労働時間と圏内観光 (単位・%、%、万人、時間) GNP 雇用所得 国内観光 年間総実 指 数 成長率 成長率 万人 労働時間 GNP 履用所得 園内観光 労働時間 1964 9.7 9.1 5,500 2,340.4 100.0 100.0 100.0 100.0 1965 6.3 4.1 5,100 2,311. 7 106.3 104.1 92.7 98.8 1966 11. 2 6.4 5,500 2,320.1 118.2 110.8 100.0 99.1 1967 10.9 8.9 6,000 2,313.7 131.1 120.6 109.1 98.9 1968 12.8 8.4 6,500 2,297.5 147.9 130.8 118.2 98.2 1969 12.1 10.0 7,500 2,277.0 165.8 143.8 136.4 97.3 1970 8.1 9.7 10,600 2,251.4 179.2 157.8 192.7 96.2 1971 5.2 7.8 8,300 2,213.2 188.5 170.1 150.9 94.6 1972 9.0 9.3 8,700 2,202.5 205.5 185.9 158.2 94.1 1973 4.7 5.9 8,700 2,160.4 215.1 196.9 158.2 92.3 1974 ~0.2 8,600 2,088.2 214.7 210.8 156.4 89.2 1975 4.0 2.3 8,700 2,076.9 223.3 215.7 158.2 88.7 1976 4.0 1.3 15,400 2,095.2 232.2 218.5 280.0 89.5 1977 4.8 3.0 15,600 2,096.6 243.4 225.1 283.6 89.6 1978 5.1 2.5 17,800 2,104.5 255.8 230目7 323.6 89.9 1979 5.5 1.1 14,400 2,115.8 269.8 233.2 261.8 90.4 1980 3.2 1.6 14,000 2,104.3 278.5 229.5 254.5 89.9 1981 3.2 2.5 14,400 2,100.3 287.4 235.2 261.8 89.7 1982 3.5 1.3 13,600 2,095.3 297.4 238.3 247.3 89.5 1983 3.0 0.5 14,000 2,104.5 306.4 239.5 254.5 89.9 1984 4.5 1.9 15,800 2,107.0 320.2 244.0 287.3 90.0 1985 4.8 2.0 16,300 2,111.4 335.5 248.9 296.4 90.2 1986 2.9 2.8 14,300 2,103.5 345.3 255.9 260.0 89.9 1987 4.9 2.1 15,600 2,120.9 362.2 261.3 283.6 90.6 1988 6.0 2.4 15,500 2,100.3 383.9 267.5 281.8 89.7 1989 4.5 1.8 17,400 2,080.4 401.2 272.3 316.4 88.9 1990 5.1 1.3 19,000 2,052.8 421.6 275.9 345.5 87.7 1991 3.4 1.6 21,500 2,007.6 436.0 280.3 390.9 85.8 1992

.8 0.3 19,500 1,958.4 439.5 279.5 354.5 83.7 [経済白書1.

r

観光白書1(各年版)より ヮ “ 0 6

(6)

働時間、圏内宿泊観光量の1964年から 92年までの推移を、 64年を 100とした指数 で示したものである(数値は表-1)。国民の宿泊を伴う観光レクリエーション 量は、 64年の延べ5,500万人(国民1人当たり 0.57回)が、 28年後の92年には延 べl億9,500万人(同1.57回)となり、延べ人数で約3.5倍、国民1人当たりの 回数で2.8倍に達している。しかし、国民総生産などの経済数値の比較的なめら かな推移に比べ、観光量の変化は凸凹である。これは所得や余暇以外の要素、 たとえば観光対象(観光地)や観光媒介(交通・情報)の働きかけが観光量の 増減に影響を与えているためと考えられる。たとえば75年の大きな盛り上がり は大阪万博開催が原因だが、一時的なものであり、長期的には経済要因に沿っ た動きとなっている。また、 75年以前と 76年以後の観光量では推計方法が変わ り直接的対比は不能になっている(後述)。

1-2

.

所得と余暇および余暇意識 観光量および質を規定する要因の内、所得と余暇時聞は密接に関連し、共に 数量的把握が可能である。この2要因の増・減・同により、 9つの組合せパター ンを想定することができる(図-3)。 図

-3

所得と余暇 時間 所 余 目 陵 時 間 1964年から 92年までの所得と労働時間の大まかな動きをみると、経済の高度 成長期から第

1

次石油危機を含む75年までは、年々の雇用所得が増加し年間総 実労働時間も短縮されている。ただし、 70年までの労働時間短縮は主として生 活必需時間の増加にあてられ、余暇時間の増加にはつながっていない(後述)。

(7)

-83-松 燃 彰 弘 また、実質雇用所得の年々の増加率も石油危機を契機に低下するので、 71年噴 からのトレンドはそれまでとは異なると考えられる。 76年以降88年までの安定 成長期では、実質の雇用所得の伸びは低下し、総実労働時間の横這いが続く。 パプル経済期を含む89年以降、総実労働時間の短縮化が顕著になる一方、 92年 以後の実質雇用所得は横這いまたは前年を割り込む状況になっている。 64年か らのマスツーリズム時代に先立つ時期では、 1955年以後は国民の年々の所得と 労働時間が共に増加するが、 60年を境に労働時間も短縮されるようになり、マ スツーリズムの条件が整ったと考えられる。 以上のような所得と余暇時間(年間総実労働時間の増減は余暇時間の増減と 概ね反比例すると考えた)の傾向変化で55年から 92年までを区切ると次のよう になる。 1 )マスツーリズム萌芽期 (55年~63年)…パターン⑦→① 2 )東京オリンピックから日本万国博覧会までの高度経済成長期 (64年~70 年)…パターン① 3 )第 1 次石油危機による不況期 (71年~75年)…パターン① 4 )第 2 次石油危機以後の安定成長期 (76年~88年)…パターン④ 5 )パプル経済以降 (89年~92年)…パターン①→②または③ 余暇意識は観光行動の量・質を変える方向と、所得や余暇時間を変える方向 の二方向に作用することを念頭に置き、その他の要因では円相場の変動や交通 機関の改善が海外旅行および圏内観光各々に与える量・質の変化などにも配慮 し、以下各時期の観光動態の考察を試みる。

2

.

戦後社会と観光 終戦直後のどん底から朝鮮特需をテコに立直った日本経済は、 1955年以後高 度成長期に入り、年々のGNPや実質雇用所得は大きな伸びをみせるが、年間 総実労働時間も増加する(パターン⑦)。しかし、 60年をピークに労働時間も短 縮されるようになる(パターン①)。

-8

4

(8)

-2

主要指標

(

5

5

-

6

3

年) G N P l人当たり雇 年鵬実労働時間 (実質成長率) 用所得(実質)

1

9

5

5

2

3

5

5

.

8

時間

1

9

5

6

6.3%

5.9%

2

3

8

5

.

0

時間

1

9

5

7

8.2%

3.2%

2

3

7

7

.

6

時間

1

9

5

8

6.7%

5.8%

2

3

7

8

.

7

時間

1

9

5

9

1

1.

0%

6.8%

2

4

2

0

.

1

時間

1

9

6

0

1

2

.

0

%

6.5%

「岩戸景気」

2

4

2

5

.

5

時間

1

9

6

1

1

1.

5%

8.1%

2

3

9

9

.

2

時間

1

9

6

2

7.6%

6.8%

「転型期不況

J

2

3

6

3

.

2

時間

1

9

6

3

1

0

.

0

%

6.4%

「オリンピック景気」

2

3

6

6

.

3

時間

2

-1

.

マスツーリズムの萌芽

1

9

4

5

8

1

5

日、

8

年余りにわたる戦争が終わったとき、日本は朝鮮、台湾、 樺太などを失って領土は

60%

弱に減少し、これらの地域からの引揚者、復員者 は約

6

0

0

万人に達し、戦災被害と併せて食料、衣料および住宅の不足は著しく、 46年の国民所得は戦前水準の 52% 、鉱工業生産は20~30% 、エンゲル係数82% という状態であった。ところが、

5

0

6

月に朝鮮動乱が起こり、日本経済は特 需ブーム、輸出が増加し、生産は拡大して鉱工業生産は戦前の水準を超える。 エンゲル係数は

50%

まで下がり、レジャー的経費の支出もみられるようになる。

5

4

年には消費水準も戦前を上回り、昭和

3

1

年(1

9

5

6

年)の経済白書は「もはや 戦後ではない」とうたった。 昭和20年代(1 945~54年)の国民生活は、衣食住の確保に追われ交通事情も 悪かったため、この時期のレジャーは、重苦しい軍国主義からの開放と気晴ら しの時期であり、手軽な雑誌やラジオなどのマスメディア、アメリカを始めと する外国映画、野球見物が主流であった。

5

3

年に本格的な放送を開始したテレ ビは、

5

年後の

5

8

年には

1

0

0

万台、

6

0

年には

5

0

0

万台と急速に普及して、以後テ レビは余暇活動の中心的存在になる。また、

6

0

年にはカラーテレビ放送が開始 され、映画館の入場者もピークに達した。 F 同 υ 0 6

(9)

松 燃 彰 弘 55年以後政府は、「経済自立5箇年計画

J

r

所得倍増計画j などを策定して積 極的な経済成長政策を実施し、輸出増加、技術革新、生活構造の高度化などに よって、経済は「神武景気

J

(55-56年頃)、「岩戸景気

J

(58-61年頃)、「オリ ンピック景気

J

(63-64年)、「し〉ざなぎ景気

J

(66-70年頃)など高成長、好景 気の時代を迎える。 55年以降は国民1人当たり雇用者所得が年々急増、年間総実労働時間も60年 までは増加、以後は減少に向かい、国民の生活が安定し生活にゆとりが出るに つれて、映画やテレビなど受動的レジャーのみならず旅行やスキー、ゴルフな どの積極的レジャーも徐々に行なわれるようになる。とくに観光に対する関心 が高まり、民間の観光事業も活発になってくる。このように55年から63年の時 期に日本のマスツーリズムが萌芽するのである。 64年には1M F 8条国へ移行し、 OECDにも加盟して貿易・資本を自由化 し、日本は国際経済社会の一員となるが、それ以前、 62年10月に策定された全 国総合開発計画は、地域間格差の是正を目標とし、観光開発を含む公共施設の 整備の方向を示し、また、これと相前後して、観光レクリエーション振興や観 光資源保護のための各種法制も整備される。とくに「観光基本法(3)

J

の制定(1963)、 「海外観光旅行の自由化{叫

J

(1964)は特筆すべき事項である。

2

-2

.

圏内観光の状況 昭和20年代 (1945年~54年)の観光についての全国的規模での調査はなく、 その全体像は明らかではない。しかし京都市の観光調査(表 3 )でみると、 1948年では180万人弱にすぎなかった京都市への観光客数は、特需ブームの50年 以降増加を続け、 57年には1,000万人近くになる。とくに、 48年には1割弱だ、っ た団体旅行客が、 57年には4割を占め、並行して宿泊客比率が増加する。 50年 代の京都観光の繁栄は全国各地からの修学旅行など団体観光客がもたらしたも のであることがわかる。 1991年の京都市への総観光客数は約4千万人だが、過 去10年間では横這いまたは微増の状態、宿泊客比率25%、団体客比率10%で、 終戦直後に戻ったような構成になっている{九

(10)

-86-表-3 京都市の観光客数推移 (千人、%) 観光客数 指 数 内日帰 内宿泊 内個人 内団体 1948 1,798 100.0 75.0 25.0 1949 1,649 91.7 73.0 27.0 1950 3,186 177.2 72.0 28.0 90.6 9.4 1951 3,520 195.8 72.0 28.0 90.4 9.6 1952 5.690 316.5 74.0 26.0 74.3 25.7 1953 6,845 380.7 73.0 27.0 73.7 26.3 1954 7,059 392.6 72.0 28.0 66.4 33.6 1955 7,749 431.0 71.0 29.0 63.5 36.5 1956 8,450 470.0 71.0 29.0 62.5 37.5 1957 9,181 510.6 70.0 30.0 58.0 42.0 京都市「観光調査年報」より 国民の観光旅行のニーズに対して行政は、各種の低廉な宿泊施設の整備に着 手するが、本格的な観光行政実施のためには、観光に関する基本的な資料が必 要であり、総理府を中心として各種観光調査が実施され、統計が作成されるよ うになる(6)。 これら調査によると、 1 )国民(18歳以上)の l泊以上の観光旅行の年間参加率… 1957年 (29%)、 1960年 (34%)、1964年 (42%) 2 )利用交通機関 (57年)…①鉄道 (59%)、②パス (38%)、乗用車 (0.5%) 3 )利用宿泊施設 (57年)…①旅館 (77%)、②親戚・知人宅 (16%)、③簡 易宿泊所・寮・保養所 (7%) 4) 1世帯当たり年間平均収入と旅行費用・・・年間平均収入460千円の内、旅行 費用 16千円 (2.3%)、経営者・自由業、市部居住者が高く、労務・農業、 郡部居住者との聞にかなりの差がある。 5 )全国民 1人当たり年間旅行回数…平均0.65回(内・観光目的0.35回)、男 可 t o o

(11)

松 騰 彰 弘 0.84回(内・観光目的51%)、女0.47回(内・観光目的60%)、男の回数が 女の約2倍である。 6 )観光旅行における行動…①風景・都会の見物 (27%)、②親睦 (24%)、 ③湯治・休養 (24%) 7 )旅行l回当たりの日数と消費額…平均日数3.8日、平均消費額5,400円(交 通・宿泊・その他に各1/3) 8 )同行者…男・①なし (27%)、②職場 (23%)、③家族 (20%)、女・家族 (40%) 統計方法や各調査項目の定義が異なり現在との直接対比は不能であり、相互 に矛盾もみられるが、経済の高度成長に連れて国民の観光量は増加する。内容 的には職場を単位とする男中心の団体旅行であり、交通機関は鉄道やパスを利 用、旅館に宿泊し、風景・都会見物と親睦、湯治が目的であるなど、当時の観 光のアウトラインがうかがわれる。l回当たりの旅行日数は平均3.8日とかなり 長いのが注目される。

2

-3

.

海外旅行の状況 日本人の海外渡航は、終戦直後は原則として禁止されていたが、 47年 4月か らは連合軍最高司令部 (GHQ) がとくに指定した個人について、 49年 8月か らは、日本人技術者についての渡航が許可された。渡航にはG H Qの許可が必 要であったが、 50年 1月からは日本政府を経由した G H Q許可、 51年12月から はG H Qの許可は不要となり、日本政府が自主的に旅券を発給できるようになっ た。 52年 4月、平和条約の発効とともに日本人の出入国に関する主権が回復さ れる。しかし海外渡航に際しその目的及び外貨の持ち出しは厳しく制限され、 観光目的の海外渡航は事実上不可能であった。 50年の海外旅行者数9,000人が平和条約が発効した 52年には26,000人、海外渡 航自由化前年の63年には100,000人になるが(表-4)これは戦前のピーク (1935 年29,800人)の 1/3、昭和初期 (1928年100,300人)程度の水準である。また、 海外旅行の目的調査に観光の項目はない。渡航先はアメリカ、香港、英国、ド イツ、フランスなどだが、この他に沖縄への旅行者が57年で27,500人(本土居

(12)

-88-住者のみでは11,800人)、 63年には86,400人(同35,200人)存在した(表-4)

本土居住者の沖縄への旅行目的は戦争犠牲者の慰霊である{九 表

-4

海外旅行者数の推移 (千人) 戦 前 戦 後 沖 縄 沖 縄 沖縄在住含 本土在住含 1912 8,000 1950 9,000 1913 11,000 1951 20,000 1914 13,200 1952 26,000 1915 15,700 1953 35,000 1916 17,100 1954 35,000 1917 19,900 1955 43,000 1918 21,000 1956 36,000 21,713 1919 21,300 1957 46,000 27,505 11,793 1920 21,200 1958 49,000 32,251 12,139 1921 20,000 1959 57,000 35,396 13,081 1922 18,700 1960 76,000 43,206 14,829 1923 16,100 1961 86,000 57,606 21,596 1924 12,300 1962 75,000 70,927 28,765 1925 25,100 1963 100,000 86,357 35,213 1926 15,600 1964 128,000 93,560 40,158 1927 18,000 1965 159,000 106,856 48,845 1928 10,300 1966 212,000 128,949 66,922 1929 13,400 1967 268,000 160,291 90,642

I

1930 13,500 1968 344,000 198,174 123,479

I

1931 14,500 1969 493,000 219,200 136,928 1932 13,900 1970 663,000 272,738 133,453 1933 17,100 1971 961,000 307,082 170,011 1934 18,700 1972 1,392,000 140,883 418,052 1935 29,800 1973 2,289,000 724,059 1936 24,900 1974 2,336,000 787,722 1937 23,100 1975 2,466,000 1,523,918 1976 2,853,000 820,780 1977 3,151,000 1,186,507

(13)

-89-松 腐 彰 弘 前 戦 後 沖 縄 沖 縄 沖縄在住含 本土在住含 1978 3,525,000 1,472,842 1979 4,038,000 1,770,238 1980 3,909,000 1,746,778 1981 4.006.000 1,849,745 1982 4,086,000 1.802.876 1983 4,232,000 1,784,379 1984 4,659,000 1,965,900 1985 4,948,000 1. 999.700 1986 5,516,000 1,965,000 1987 6,829,000 2,178,800 1988 8,427,000 2,316,000 1989 9,663,000 2,556,600 1990 10,997,000 2,803,900 1991 10,634,000 2,822,000 1992 11,791,000 2,953,200 琉球政府『観光要覧j、f観光白書j などより作成 (戦後社会)

O

経済とレジャー…領土・国民所得半減→特需→経済成長政策→高度成長 開始 映画・ラジオ・テレビ(気晴らし) 0所得と労働時間… (55年~)共に増加・パターン⑦→ (60年~)労働時間短 縮・パターン①

O

観光量…徐々に増加(マスツーリズム萌芽)、海外観光旅行は禁止

O

観光質…団体旅行(職場・学校) - 90一

(14)

3.日本人のマスツーリズム 経済の高度成長時代初期に芽生えたマスツーリズムは、国民の所得・余暇双 方が年々増大する1960年頃から人々の関心を集めるようになり、東京オリンピッ ク、海外渡航自由化、観光基本法制定、日本万国博など国家的イベントや政策 が相次ぐなかで64年頃から本格的化してゆく。 3 -1.高度成長期と観光 64-70年 (6年間)では、年々の雇用者取得が大幅な伸びを続け、年間総実 労働時間も短縮化さる(パターン①)。この期間に圏内観光量は約

2

倍、海外旅 行者数は約5倍に増加している(表-5)。 表一5 主要指標 (64-70年)

GNP

l人当たり雇用 年臣官S実労働時間 国内宿泊観光量 海外旅行者数 (実質成長率) 者所得(実質) 1964年 9.7% 9.1% 「オリンピック景気」 2,340.4時間 5,500万人 128千人 1965年 6.3% 4.1% 「構造不況j 2,31l. 7時間 5,100万人 159千人 1966年 1l.2% 6.4%

)

r

-

~_J

2,320.1時間 5,500万人 212千人 1967年 10.9% 8.9% 2,313.7時間 6,000万人 268千人 1968年 12.8% 8.4% 2,297.5時間 6,500万人 344千 人 1969年 12,1% 10.0% 2,277.0時間 7,500万 人 693千人 1970年 8.1% 9.7% 2,25l.4時間 10,600万 人 663千 人 1964年は、アジアで初めてのオリンピック大会が東京で開催され、戦後のわ が国にとって大きな節目になった年であった。 1959年にミュンへンで聞かれた 第55回

IOC

総会の席上、第

l

次投票で第四回東京大会の開催が決まると、日 本は国をあげてこの世界的行事に精力をそそぎ、全経費ではときの国家予算の 四分のーを投入した。当時の国民生活の状況を見ると、 64年のGNPは約30兆 円、対前年伸び率は約16%(名目)と高度成長の真っ只中にあり、個人所得は 毎年大幅な伸びを記録していた時期であった。また、この年には、東海道新幹 線の開業、名神高速道路の全線開通など幹線道路の整備の進展、東京国際空港 の拡張などオリンピック開催に合わせ、各種の交通施設が整備され、多くの大 -

(15)

91-松 鷹 彰 弘 規模ホテルの建設が行なわれるなど、その後の人的交流の活発化と観光レクリ エーションの大量化時代を招く下地が形成された

1

年であった。 オリンピック後の日本経済は、短かい不況期(構造不況)を経験するが、66"""""70 年は日本経済史上最長の好景気(いざなぎ景気)となり、年々の経済成長率は 実質で10%を超える。これに伴い国民の観光も観光事業も目覚ましい伸張を遂 げるが、とくに70年に大阪で開催された日本万国博覧会問では総入場者が6,400 万人となり、同年の宿泊国内観光量は延べl億600万人と初めて年間I億人を超 える。 (1) 所得の状況 経済の高度成長は国民の所得水準の大幅な向上をもたらすが、とくにいざな ぎ景気時には連続して実質で年10%近い雇用者所得の増加となった。所得向上 図-4 消費構造の変化 % 50 40 料 居 熱 服 叫 M 食 住 光 被 雑 / / / f 30 20 10

L

---一一一

-7:7

ごごご

:

7

ご一¥ーーてよ7 一一一ーミ亡._-τ三二一 1960

• 1 A Q J に dFb ・・一一一目白日・ー・…一一一-ー I I I I I I I I I I I I I I I I 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 6 6 6 6 6 6 6 7 7 7 7 7 7 7 7 7 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 総里

n

府「家計調査」より作成

(16)

-92-は家計における「消費構造の高度化」をもたらし、消費支出の総額に占める「基 礎的支出

J

(食費、光熱費、家賃、地代など)の割合が減少し「その他の支出」 (余暇関連支出など)が増加する。 総理府の「家計調査」によれば、人口

5

万人以上の都市勤労者世帯における 1ヵ月当たりの平均消費支出総額は、 55年の23,513円から年々増加して78年に は201,715円になるが、55年で44.5%を占めていた食料費比率が、66年には雑費 (医療費、教育費、教養娯楽費など)と等しくなり (37.3%、37.9%)、以後は 食料費の比率低下に反比例して雑費が上昇し、 78年では食料費30.2%、雑費 46.7%になっている。雑費には旅行費と自動車関係費が含まれるが、とくに自 動車関係費の増加が著しい。この問、住居費、光熱水道料、被服費は比率にお いて大きな変化はみられない(図

-4

、 表 -

6

)

。 表

-6

消費構造の変化 世帯人員 総 額 食 料 f主 居 光 熱 被 目反 雑 費 1955 4.71 23,513 44.5 6.1 5.0 12.2 32.2 1960 4.38 32,093 38.8 9.8 4.8 12.3 34.4 1963 4.30 40,246 38.7 9.5 4.6 12.4 34.8 1964 4.29 44,481 38.1 9.4 4.4 12.0 36.1 1965 4.26 48,396 38.1 9.2 4.5 11.6 36.6 1966 4.19 52,516 37.3 9.2 4.4 11.2 37.9 1967 4.15 57,071 36.8 9.3 4.3 11.1 38.5 1968 4.07 63,607 35.5 10.1 4.1 11.1 39.2 1969 3.99 70,386 34.6 10.7 3.9 10.9 39.8 1970 3.98 79,531 34.1 10.6 3.9 10.8 40.6 1971 3.96 87,475 33.3 10.8 4.0 11.0 40.9 1972 3.93 96,026 32.7 10.7 3.8 10.9 42.0 1973 3.91 112,116 31.9 10.5 3.7 11.5 42.5 1974 3.90 136,024 32.6 10.3 3.8 11.0 42.3 1975 3.89 157.982 32.0 9.7 4.0 10.5 43.8 1976 3.84 174,790 31.6 9.3 4.0 10.5 44.6 1977 3.82 190,497 30.8 9.1 4.2 10.1 45.8 I 1978 201,715 30.2 9.1 4.2 9.8 46.7 (単位:%、円、%) 総理府「家計調査」より q a n B

(17)

松 照 彰 弘 このように旅行費など余暇支出の財源は消費支出額増大と食料費率の低下(エ ンゲル係数の低下)になっている。なお、 55年から 77年の23年間に l世帯当た り平均世帯人員が4.71人から 3.82人に減少した。 (2) 余暇時間の状況 1964~70年において年間総実労働時間が、 2 , 348時間から 2 , 239時間へと約 110 時間 (4.9%) 短縮される(表-7)。時短のはじまった60年代初頭は、労働条 件の相対的に低い企業を中心に過長な残業時間の短縮が行なわれた。好況下の 64年以降では、残業時間など所定外労働時間の短縮はわずか(時短要因の20%) で、週休2日制を中心とする制度的休暇の導入が主因(同80%) である。この 時期になって、本格的な時短が進行したといえる。 表

-7

年間労働時間及び出勤日数の推移 (tji位時間/年、/日/年) 産 業 計一 サービス業を除く産業計 総 実 所定外労 所 定 内 出動LI数 総 実 所定外労 所 定 内 出勤日数 労働時間 働 時 間 労働時間 労働時間 働 時 間 労働時間 1951 2.306.4 208.8 2.097.6 283.2 1952 2.305.2 282.2 1953 2.332.8 284.4 1954 2.324.4 193.2 2.131.2 284.4 1955 2.337.6 198.0 2.139.6 285.6 1956 2.39l.6 229.2 2.162.4 289.2 1957 2.380.8 237.6 2.113.2 286.8 1958 2.376.0 220.8 2.155.2 288.0 1959 2.401.2 249.6 2.15l.6 288.0 1960 2.432.4 262.8 2.169.6 290.4 1961 2.412

260.4 2.151.6 286.8 1962 2.373.6 225.6 2.148.0 286.8 1963 2.359.2 220.8 2.138.4 285.6 1964 2.348.4 223.2 2,125.2 284.4 1965 2.314.8 198.0 2.116.8 283.2 1966 2.318.4 208.8 2.109.6 282.0 1967 2.316.0 222.0 2,094.0 282.0 1968 2.312.4 223.2 2.089.2 280.8 1969 2.280.0 223.2 2.056.8 277.2 L..一一ーーーー ー -94

(18)

産 業 昔i サービス業を除く産業計 総 実 所定外労 所 定 内 出動日数 総 実 所定外労 所 定 内 出動日数 労働時間 働 時 間 労働時間 労働時間 働 時 間 労働時間 1970 2,239.2 200.4 2,038.8 274.8 2,239.2 200.4 2,038.8 1971 2,217.6 180.0 2,037.6 274.8 2,217.6 180.0 2,037.6 1972 2,205目6 175.2 2,030.4 273目6 2,205.6 175.2 2,030.4 1973 2,184.0 184.8 1,999.2 270.0 2,184.0 184.8 1,999.2 1974 2,106.0 151.2 1,954.8 264.0 2,106.0 151.2 1,954.8 1975 2,064.0 127.2 1,936.8 260.4 2,064.0 127.2 1,936.8 1976 2,094.0 139.2 1,954.8 262.8 2,094.0 139.2 1,954.8 1977 2,096.4 144.0 1,952.4 262.8 2,096.4 144.0 1,952.4 1978 2,102目4 147.6 1,954.8 262.8 2,102.4 147.6 1,954.8 1979 2,114.4 158.4 1,956.0 264.0 2,114.4 158.4 1,956.0 1980 2,108.4 162.0 1,946.4 262.8 2,108.4 162.0 1,946.4 1981 2,101.2 160.8 1,940.4 262.8 2,101.2 160.8 1,940.4 1982 2,096.4 157.2 1,939.2 262.8 2,096.4 157.2 1,939.2 1983 2,097.6 160.8 1,936.8 262.8 2,097.6 160.8 1,936.8 1984 2,115.6 170.4 1,945.2 262.8 2,115.6 170.4 1,945.2 1985 2,109.6 177.6 1,932.0 261.6 2,109.6 177.6 1,932.0 1986 2,102.4 172.8 1,929.6 261.6 2,102.4 172.8 1,929.6 1987 2,110.8 177 .6 1,933.2 261.6 2,110.8 177 .6 1,933.2 1988 2,110.8 188.4 1,922.4 261.6 2,110目8 188.4 1,922.4 1989 2,088.0 189.6 1,898.4 256.8 2,088.0 189.6 1,898.4 1990 2,052.0 186.0 1,866.0 252.0 2,052.0 186.0 1,866.0 1991 2,016.0 175.2 1,840.8 248.4 2,037.6 190.8 1,846.8 」 ー」 一 『労働白番j より

(

3

)

余暇意識の状況 所得水準向上による物質的豊かさ、労働時間の趨勢的減少による余暇時間の 増加という過程で、余暇に対する人々の意識にも変化が現われる。たとえば、 残業に対する考え方では、「残業をなるべくしたくない

J

若者が多くなり、仕事 に対する態度では、「仕事は仕事、遊びは遊びjと割り切るものが「仕事が義務

J

と考えるものよりはるかに多くなる。また、

11

日の労働時聞が長くても週休

2

日制を望む」が過半数の63%、「暇が減るなら収入は今のままでよい

J

(4l.6%) が、「暇が減っても高い収入を選ぶ

J

(34.7%)を上回る(9)など、労働時間は労働 者にとって賃金に次ぐ重要な問題となり、その内容も週休2日制を志向したも

(19)

-95-松 騰 彰 弘 表 -8 24時間の使い方の変化 (1) 平 日

~当

睡 眠 食 事 身のまわりの用事 必 要 時 間 仕 事 家 事 運 動 な ど 移 動 拘 束 時 間 交 際 休 養 レ ジ ャ ー 活 動 新 聞 、 雑 誌 、 本 フ ジ オ ア レ ピ 自 由 時 間 日曜の自由時間 (2) 日 曜

二下ミ望

交 際 休 養 レ ジ ャ ー 活 動 新 聞 、 雑 誌 、 本 フ ジ オ ア レ ピ 自 由 時 間 成 人 男 60 65 時間

i

.

8: 15 8: 10 1 : 08 1 : 15 25 10: 36 9 i 48 10 i 01 8: 10 8: 07 38 26 : 37 : 50 9 i 25 9 i 23 35 37 1 : 13 1 : 06 22 29 44 47 1 : 30 31 53 2: 47 5: 17 6 : 17 成 人 男 60 65 時間 分 1 : 05 56 1 : 20 1 : 11 57 1 : 29 55 44 1 : 45 30 1 : 15 3: 36 7 : 17 8: 26 子 成 人 女 70 60 65 a 8: 04 7: 47 7: 43 1 : 31 1 : 15 1 : 22 58 24 40 10 : 33 9: 26 9 i 45 7: 54 4: 23 4: 48 28 5: 33 5: 18 : 51 27 30 9 i 13 10: 23 10: 36 42 33 40 36 1 : 10 56 29 21 21 40 21 21 35 1 : 55 31 2: 47 1 : 00 3 : 17 5: 49 5: 20 6: 06 子 成 人 女 70 60 65 1 : 11 1 : 06 55 43 1 : 12 52 1 : 45 28 45 42 21 20 30 1 : 51 22 3: 37 1 : 14 3 : 41 8: 28 6: 12 6: 55 (注) 1. NHK

r

国民生活時間調査

J

(昭和70年)による。 子 70 7: 42 1 : 37 1 : 03 10 i 22 4: 00 5: 26 : 24 9: 50 40 38 22 26 26 3: 46 6: 14 子 70 1 : 04 40 53 18 17 3: 58 7: 01

2

.

必需時間、拘束時間、自由時間の合計には、それぞれの項目に テレビ等の「ながら時間

J

が含まれているので、合計しても24時 間にはならない。 -

(20)

96-のになっている。 人々は、獲得した時間の余裕をどのように配分したのだろうか。

NHK

の「国 民生活時間調査

J

(1970年)によれば、新たな時間的余裕と 24時間の使い方の変 化は表

-8

のようであった。 すなわち、平日では成人男子の拘束時間(10)は、労働時間の短縮を反映して仕 事の時間の確実な減少傾向にそって推移している。成人女子の家事時間も減少 の傾向にあるといえるが、それほど大きく変わっていないのは、テレビや省力 的耐久消費財の普及によりテレビを見ながら家事をするといった「ながら族」 が増えているためだと思われる。余暇時間(自由時間)については60~65年で は増加しているが、 65~70年ではそれほどでもなく、生活必需時間(必要時間) の増加と対照的である。必需時間の増加は食事や身の回りの用事にかける時聞 が増えたことによるものであるが、これは生活にゆとりができ、食事を中心と するだんらん、身の回りの用事にゆっくりと時聞をかけるようになったためと 思われる。日曜の生活時間も平日と同様の傾向が強いが、交際、レジャー活動、 テレビへの時間配分が多くなっている。このように、生活時間の中でみると、 労働時間の減少分は、そのまま余暇時間の増加として現われてはおらず、まず 満たされるべき生活必需時聞に優先して配分され、それが充足されて後ようや く実質的余暇時聞が増加する。 73年実施の同じ調査でみると、平日の余裕時聞 は70年までの 10年間に約1時間増加したが、 70年までは主に食事と身の回りの 用事に配分され、 70年以降余暇時間への配分が多くなっている。 (4) 観光の状況

O

圏内観光 前述のように 64~75年の圏内観光量は、 5 , 500万人から 1 億600万人へと 2 倍 近い成長を遂げる。総理府の「全国旅行動態調査

J

i

国民の日帰りレクリエーショ ンに関する実態調査

J

、制日本観光協会の「観光の実態と志向

J

などから、この 時期の観光の特徴を拾いだすと次のようになる ①宿泊観光量の一貫した増加…宿泊観光量は過去10年間で3.9倍になった (61 年・延べ3,700万人→70年 1億600万人、 70年は万博効果を含む)。

(21)

-97-松 燃 彰 弘 ②観光の目的、形態、時期の変化 *旅行目的…慰安旅行の後退(66年63.5%→70年39.2%)と自然文化の見物・ 行楽の増加(14.4%→32.0%)。 *旅行形態…団体旅行の激減 (68年52.3%→70年33.5%)と家族・友人との 旅行の増加 (18.5%・24.5%→28.7%・26.8%)。小グループと団体の比率は61 年では40.5%対52.3%、67年に50.1%対40.7%と逆転し以後も小グループが増 加する。 *観光旅行の時期…夏への集中(7・8月40%)。 ③自家用乗用車利用の増加…64年8.0%が70年に18.9%(鉄道・パスに対で3 位)になり、以後も比率を高めてゆく(日帰り観光では70年には41.2%と2位 以下を大きく引き離す)。

0

海外旅行 海外旅行者数は64年以降急増し70年には66万3.000人となるが、この背景は次 のようである。 ①海外渡航制限の緩和…1963年までは海外観光旅行のための外貨持出しは認 められず、海外旅行は事実上禁止されていた。 1964年に 1人1年I回500ドル(日 本国内で円で支払う船舶・航空運賃は別枠)の範囲で観光旅行のための外貨持 ち出しが認められることとなり、その後も外貨または円貨の持ち出し限度額が 逐次引きあげられ{川、海外旅行増大の最初の直接的契機となった。 ②海外旅行費用の相対的低下…60年代からの経済の高度成長による国民所得 の大幅増加に加えて、航空機の大型化に伴う座席当たり運送コストの逓減なら びに包括旅行割引運賃および大口団体割引運賃の新設などにより、航空運賃水 準が低下ないし横這い傾向となったH九このため、海外旅行費用は相対的に著 しく低下して、圏内遠隔観光地と近隣諸国への旅行費用との聞に大差がなくなっ た。これが国民の海外旅行意欲を大いに刺激する結果となった。 ③パッケージツアーの出現…65年に安価なパッケージツアー(一定の旅行日 程の下に航空運賃、宿泊費など海外旅行に必要な諸経費を一括して支払い、通 常添乗員またはガイドが同行)が発売され、以後次々と各種ノfツケージが発表 されるに至った。これにより海外経験が不足し、語学力に不安のある日本人も -98

(22)

気楽に海外旅行に参加できるようになり、更にパッケージツアーを却売りする ホールセラーの出現により、ノfッケージツアー販売網が拡充されたこともあり 利用者が大幅に増加した(とくに若年皆川)。 ④リピーターの増大…海外旅行経験者は、再び海外に行く希望を持つことが 多いといわれる。海外旅行の普及と共にリピーターの比率が年々増加する (72 年

12%

7

6

4

1

%

)

が、石油危機後も変わらぬ海外旅行人気につながった。 ⑤その他…余暇時間増大に伴う観光活動に対する意識の変化(もともと海外 志向が強い国民性、更にテレビなどのマスコミの宣伝)、後には円高が大きな要 因となる。 海外旅行の目的では、経済目的が

6

3

年の

68%

から

7

1

年には

20%

に急減し、観 光目的が

7

0

64%

7

1

76%

と急増する。旅行先は地理的に近く、手軽に海外 旅行が楽しめるは台湾、香港が多く、

7

0

年当時は男性が

78%

・女性

22%

で男性 が圧倒的に多い。 (高度成長期)

O

経済…高度成長 i

O

所得と余暇時間…共に増加・パターン① i 所得水準大幅向上→消費構造高度化→余暇支出増加 本格的時短(週休2日制増加など)→生活必需時間に優先配分 →余暇時間に対する欲求増大

i

O

東京オリンピック、大阪万博、海外渡航自由化 i

O

観光…(圏内)量増大(2 倍)、慰安→見物、団体→家族友人 (67年~) (海外)急増(

5

倍←大型航空機、パック、リピーター)、男 3 - 2.第1次石油危機と観光 第

1

次石油危機を契機に日本経済は高度成長から安定成長の時代へと移行し、 雇用所得などの伸び率もそれまでに比べ鈍化する。余暇時聞は

7

5

年までは実質 的増加を続け、パターン①のトレンドは継続するが、囲内観光量の増加は微増

(23)

-99-松 騰 彰 弘 程度に留まる。対照的に海外旅行は、 73年の変動相場制導入以後の円高を背景 に高成長を持続する(表-

9

)

。 表-9 主要指標 (71-75年) GNP l人当たり震 年間総実労働時間 国内宿泊観光量 海外旅行者数 (実質成長率) 用者所得(実質) 1971年 5.2% 7.8% 2,213.2時間 8,300万人 961千人 1972年 9.0% 9.3% 「列島改造景気

J

2,202.5時間 8,700万人 1,392千人 1973年 4.7% 5.9% 2,160.4時間 8,700万人 2,289千人 1974年 0.2% 7.1% 「第l次石油危機j 2,088.2時間 自,600万人 2,336千人 1975年 4.0% 2.3% 2,076.9時間 8,700万人 2,466千人 空前の好況を続けていた日本経済も、 71年になってかげりがみえはじめる。 同年8月には米国の「新経済政策」の発表があり、一段と景気後退の様相を深 める(ニクソン・ショック)が、それも長くは続かず

7

2

年には

9.5%

の高成長を 回復する。ところが73年秋、第 4次中東戦争が勃発して中東産油国が原油の供 給制限を行なった。このため原油価格は暴騰し、安い輸入原油にたよっていた 日本経済は大きな打撃を被り、

7

4

年には経済成長率が

0.5%

と前年を下回る事 態となった。その後、原油の供給は緩和したものの価格が高値安定、日本経済 の高度成長時代は終駕する。高度成長から安定成長への目標転換により第

1

次 石油危機不況からの脱出に成功、経済成長率は75年から少しづっ回復した。 なお、 71年8月の米ドルの金先換停止で、円相場は一時スミソニアン・レー ト (1ドル

3

0

8

円)となるが、

7

3

年2月には変動相場制が導入される。 (1) 所得の状況 I人当たり雇用者所得(実質)は73年までは引き続き高い伸びをみせる。し かし

7

3

年秋からは石油危機の影響でGNPの実質的伸びが鈍化、

7

4

年に入ると、 石油をはじめとする資源節約と総需要抑制策の浸透が重なって経済はマイナス 成長となり、消費者物価上昇率

20%

以上の狂乱物価となる。物価上昇による名 目所得の減少、時間外賃金減少による名目所得の減少、石油危機後の家計によ

1

0

0

(24)

る買いだめ、買い急ぎの反動などで、大幅な賃金の上昇はあったものの物価上 昇率が高く実質的な所得の向上につながっていない。

(

2

)

余暇時間の状況 年間総実労働時間は引き続いて大幅に短縮される(70年2,239時間→75年2,064 時間、 175時間の短縮)。景気後退による残業など所定外労働時間の短縮もある が、週休2日制はさらに普及するなど所定内労働時間も短くなった(表 7 。) 週休2日制の適用労働者比率は70年・完全週休2日制4.5%・部分週休(月 l回 以上の週休2日)17.9%から75年には各21.4%・69.9%に増加し、年間出勤日 数も274.8日から260.4日へと約14日間少なくなっている。ただし週休2日制の 導入状況は産業別、企業規模別に大きな差があり、農林漁業・自営業にはほど 遠いものであった。週休以外の休日でも国民の祝日、年末年始の休日、夏季休 暇用特別休暇などが増加し、祝日振替休日を実施する企業も半数に達した。当 時の月別労働時間で、他月に比べ短いのは、

1

月、

5

月、

8

月であるが、とく に 8~9 月が短く、夏期に休暇をとる者の増加を裏付けている。 労働時間短縮は労働者にとどまらず、 30代以降の出生率の低下や家事省力型 の耐久消費財、冷凍食品、インスタント食品の普及などにより広く家庭婦人に も及んでいる。この結果、睡眠、食事、身の回りの世話といった生活必需時間 や家事の面にレジャー的色彩が濃くなっている。 75年版(昭和50年版)

r

観光白書』は、「余暇時間を余暇活動において価値あ る時間として使おうとする時代がようやくはじまった」と記している。

(

3

)

余暇意識の状況 石油危機による景気低迷は、人々に生活環境の変貌を気づかせ、生活意識に 変化をもたらす。 経済成長についての意見は「大いによかった

J

(11%)、「多少よかった

J

(37%)、 「よくなかった

J

(10%)。自然環境の保護に関しては「保護優先

J

(59.7%)が 「開発優先

J

(20.2%)を大幅に上回るなど、所得や消費水準が上昇し、余暇が 増大した反面、生活環境が悪化したとする者が増加する。マスコミは「成長の -

(25)

101-松 鷹 彰 弘 ひずみ」として自然環境の破壊に加えて消費者物価上昇、社会資本整備の相対 的立ち遅れ、複雑化する現代社会の中における緊張感・孤立感・疎外感の増大 を取り上げる。「仕事一途jは

1

割以下となり、日頃の生活での充実感では「家 族団らんの時

J

(46%)、「仕事に打ち込んでいる時

J

(33%)、「ゆっくり休養し ている時

J

(22%)、「友人や知人と会合・雑談している時

J

(14)など、人間性回復 や真に豊かな価値ある生活へのあこがれ、物質的豊かさから精神的豊かさ、職 場から家族への志向転換が見られる。 国民生活センター「生活意識に関する研究

J

(75年)によれば、日常余暇(平 日・土日によく行なう余暇活動)では、テレビ・ラジオ(90%)、新聞(80%)、 家族との談話(50%)、読書(49%)など全体として室内的な余暇活動が多く、長 期余暇では(夏休み、年末年始、連休など)、宿泊観光(43%)、テレビ・ラジオ (19%)、日帰り行楽(18%)、外食・ショッピング(13%)の順で、戸外での余暇 活動が多くなっている。その他「やりたい余暇」では海外旅行 (28%)、宿泊観 光 (25%)の希望が多く、国民の余暇活動の志向は観光関連に集中している。

(

4

)

観光の状況 71年の宿泊国内観光量は万博の反動で、 1億人から8,300万人に落ちたが、以 後少しづっ回復して75年には8,700万人になる。 72年には沖縄が日本に復帰するが、同年12月決定の沖縄振興開発計画では、 社会資本の積極的整備や公共サービスの確保と並行して、沖縄の優れた亜熱帯 海洋性自然を生かして国民的保養基地とするなどの方向付けが行なわれる(問、 また復帰記念事業の一環として75年7月に沖縄国際海洋博覧会(16)が開催される。 その他、観光関連の特記事項としては、第6次道路整備5ヵ年計画 (70年開 始)の推進で高速自動国道や都道府県道が整備され観光地への快適なドライブ が可能になった。 72年3月・山陽新幹線の新大阪・岡山間開業 (75年には博多 開業)、国際航空では路線拡大とB747型など大型機導入と団体割引運賃制採用。 国内航空関連では東京・大阪両空港の発着能力や騒音問題などによる幹線の減 便とローカル路線拡充、ジェット化・ジャンボ化による輸送力増強、また沖縄 の本土復帰で東京・大阪・福岡・鹿児島・奄美大島一那覇が国内線に編入され -

(26)

102-るなど、交通関係の事柄が多い。 この時期の観光動態で、新たな傾向を総理府「観光レクリエーション基本調 査

J

i

全国旅行動態調査」から抽出すると、次のようになる。 1 )小グテループ旅行の一層の増加…小グループ57.5%に対して団体36.3%と なり、同行者3人までが6割を占めている。また、日帰り観光で、は小グループ が80%と圧倒的である。同行者では①家族38.2%が最も多く、②友人知人、③ 職場、④地域旅行団体の順になっている。 2 )自家用自動車利用の一層の増加…自家用車利用 (31.0%)がパスを抑え て2位に浮上、トップの鉄道 (55.1%)を追っている。旅行形態と利用交通機 関の関連は深く、団体旅行ではパス (60.1%)の利用が最も多く、家族、友人・ 知人では自家用車 (69.6%)、自分1人は鉄道 (83.3%)になっている。 3 )スポーツ目的の宿泊観光の減少…道路網の整備・交通機関のスピード化 で日帰り観光圏が拡大し、ゴルフ・スキーなどのスポーツの多くが日帰りで楽 しめるようになった。海外旅行者数は70年代に入っても引き続き伸びているが、 とくに73年は、 2月に変動相場制が採用されて以後円高 (273円程度)が進み、 相対的旅行経費が低下したため前年比64%の急騰、人数で100万人近くも増加し て229万人となった。しかし、その後の増加率はやや鈍化する。旅行先は①香港、 ②台湾、③韓国の順であったが、

7

2

9

月に日中国交回復が行なわれ台湾への 旅行者は減少し、かわってハワイとグアムが浮上する。 観光目的の増加 (75年81%)、航空機利用の増加 (75年98%)、8月と年末年 始への集中などがこの時期に著しくなり、海外旅行先での旅行マナー(無礼不 作法、相手国の事情に無知、女性に対する行為、経済的優越感の露骨表示)が 問題化する。 (第1次石油危機)

O

経済・・・高度成長→安定成長

0

所得と余暇…引き続き増加・パターン①、とくに週休

2

日制普及、家 事労働減少

O

生活環境の変貌→価値観変化(環境、家族・友人志向)→観光志向 。交通革新(道路網整備、自家用車普及) -

(27)

103-松 臆 彰 弘

0

変動相場制→円高

O

観光…(国内)微増、小グループ・自家用車志向の一層の高まり (海外)号│き続き急増、トラプルも

3

-3

.

安定成長と観光 経済の安定成長時代に入札 76~88年では実質雇用所得伸び率も低下する。 しかし、第2次石油危機の80年を例外とすれば、いずれも前年を上回わってい る。一方、余暇時間は、それまでの年間総実労働時間短縮が2,100時間のところ で約12年間も停滞してしまう(パターン④)。前年とあまり変わらぬ所得と余暇 時間の連続は、国民の観光のありかたを変える。圏内観光量の一進一退に対し て海外旅行は、 85年のプラザ合意後の円高でブーム的に躍進する。 表-10 主要指標 (76-88年)

GNP

l人当たり雇用 年鵬実労働時間 園内宿泊齢恒 海外旅行者数 (実質成長率) 者所得(実質) 1976年 4.0% 1.3% 2,095.2時間 15,400万人 2,853千人 1977年 4.8% 3.0% 「ミニ不況」 2,096.6時間 15,600万人 3,151千人 1978年 5.1% 2.5% 2,104.5時間 17,800万人 3,525千人 1979年 5.5% 1.1% 2,115.8時間 14,400万人 3,909千人 1980年 3.2% -1.6% 2,104.3時間 14,000万人 4,038千人 1981年 3.2% 2.5% 危機不況J 2,100.3時間 14,400万人 4,006千人 1982年 3.5% 1.3% 2,095.3時間 13,600万人 4,086千人 1983年 3.0% 0.5% 2,104.5時間 14,000万人 4,232千人 1984年 4.5% 1.9% 2,107.0時間 15,800万人 4,659千人 1985年 4.8% 2.0% 2,111.4時間 16,300万人 4,948千人 1986年 2.9% 2.8% 「円高不況」 2,103.5時間 14,300万人 5,516千人 1987年 4.9% 2.1% )猷型景気」 2,120.9時間 15,600万人 6,829千人 1988年 6.0% 2.4% 2,100.3時間 15,500万人 8,427千人 一時安定していた石油状況は、 78年12月のイラン政変を機に再び需給が逼迫 して原油価格が急騰、 1 ~;;:30 ドル時代を迎える。やや緩慢ながら回復過程にあっ た日本経済は80年に再び不況に見舞われる(第

2

次石油危機不況)。世界的な景

(28)

-104-気停滞、省エネルギーの進展、代替エネルギーの開発などにより世界の石油需 給はじきに緩和に向かうが、日本経済も83年には比較的良好に危機を乗り越え る。石油危機以後の日本経済は、企業の投資意欲の減退や家計消費の伸びの鈍 化により、内需が相対的に減少したため、いきおい外需に依存する度合いが高 まった。この結果、貿易収支黒字が急速に拡大して各国との経済摩擦が激しく なる。 85年 9月、 5ヵ国蔵相により、当時問題となっていた過度のドル高を是 正するための協調介入が合意される(プラザ合意)。主として日・米・独三国の 通貨当局による協調介入により、合意当時 1ドル240円台で、あった円相場は以後趨 勢的に上昇し、 87年 2月には 150円台に達する。この影響で日本経済は86年11月 を谷とする不況(円高不況)に直面する。 政府は85年から内需主導型の経済への転換を標梼し内需拡大、輸出依存度の 低下、貿易黒字の縮小、対外不均衡の是正を目指すことになる。中曽根政権下 の87年 5月に発表された緊急経済対策は総額 6兆円規模

(GNP

比 1.8%) で、 過去最大の大型経済対策である。また、円高・それに基づく輸入原材料安・圏 内低金利というトリプル・メリットを享受できたこと、物価の安定・資産効果 から消費・投資とも活発化したことにより、日本経済は一転して内需主導型パ ターンに移行し、持続した好調が始まる(超大型景気)。 緊急経済対策は、労働基準法の改正や公務員の 4週 6休・閉庁方式の導入な ど、労働時間短縮による消費機会の増大を通じての内需拡大も盛り込んでいる。 労働基準法は同年改定されるが、①週40時間労働に向けて法定労働時間の段階 的短縮、②フレックスタイム制の導入など法的規制弾力化、③労使協定による 有給休暇制度改善などがその内容になっている。また、新経済計画「世界とと もに生きる日本

J

(88年閣議決定・ 5ヵ年計画)では労働時間短縮、自由時間充 実(週刊時間労働制、年間総労働時間 1,800時間)の実現が目標になっている。 また、運輸省は88年に、 91年までに日本人の海外旅行者を 1,000万人にして、国 際理解の増進と国際収支の黒字べらしをしようというテン・ミリオン計画(海 外旅行倍増計画)を発表する。 -

(29)

105-松 鷹 彰 弘

(

1

)

所得の状況 76~81 年の名目所得の伸びは 6~10% だが物価上昇率も高く、実質の 1 人当 たり雇用者所得の伸びは 1~3%程度 (80年は 1.6%)となり、それまでと比 べて成長率はかなり鈍化している。その後物価は落ち着きをみせるようになり、 所得の伸びも低いながら安定したものになるが、 85年から始まる円高で、 86年 以降の物価はきわめて安定したものになり、実質所得の伸びも拡大している。 (2) 余暇時間の状況 60年代から順調に進行してきた時短が、 76年以降ピタリと停止してしまう。 76年の年間総実労働時間2,095時間から12年後の88年には2,100時間、 82年を除 き各年いずれも2,100時間以上になっている。所定内労働時聞はやや短縮された が、長期好況のために所定外労働時聞がそれ以上に増加した。週休2日制普及 も鈍化して (76年・完全23.6%、部分71.3%→88年・29.6%、79.9%、図- 5、 図 -6)、その他の休暇(国民の休日、年末年始、夏季休暇など)も横這いで、 年間出勤日数は76年262.8日、 88年261.6日とほとんど改善がみられない。 図-5 労働者 l人平均年間総実労働時閣の推移 (事業所規模30人以上) (W¥'問) 2.500 2,420 2.400 総実'J'i働時間 c o -h d q ミ υ -q / ︼ ト ハ リハ H v q J 4 〆 - 2230 2,164 -5 hH 問 、 丸 出 吋 ・ ・ 山 川 H v a ﹃ M m 4 扮 ﹂ 叩 U 4 所 -ハ υ -ロ J V フ u E 炉 l I A H " n H V H M n り 円 / M ' E A 内 / ︼ 内 / “ 2,104 2,111 2,120 ,__.ー←4ー 噌... 2,104 2,100 2,000 2,042

.

2,077 ¥・ー・-・ー…1,943 1,933 1,938 一一・ 一・一・・-.--.・ー・ーー・ー-・--、・ 1,947 η L 1

9 、 . l n / “ 内 ペ d n u d I 1,900 1,800

T I I I I I I I I I I I I I I I I I I I I I I 1%5 00 ~

r

o

~ M L....L...L....L 85868788 (年度) (討:l労働者「毎月勤労統計調作jによる。 -

(30)

106-週休2日制の普及率の推移(調査産業計、企業規模30人以上) 図-6 (%) ハ り } { l 3 í6.~) iH.tlli.1

1れ 11品 川 附 州 何 世 " q_9i1.: i12.0i2.:1n.!'~二一一-ー.__←ー←- 川 " .);.7 _ .I!i.l .1i.6.11 州山(1 .1 1. 2.19 半日与ン'昨~11a

[l関 川 主 的 山 ,12絹.13.,1-1:1.,1 .J:).()H.i ! lO れ り c o ヲτツ“7れr; I 刈 リ 羽 : }2~..:,完全湖休 211制油川 じ ゅ ) 2.1.1 2l,,U二ι...キ二回・.-'"'--

-

_

.

.

.

.

ツi'j'肋行数山川" 21ドιi2:1.1;'ム ~;I..) 2:υ_....----16.4_....-..---ー---~

-

-じ十'21 い"-.19.9 .... .I.:iヨ 斗/バイ I 'I~ぷ丹/,て 半み抗.;ρ川l什5υ 4 2' 一-一←←.--"_一.→一-一.-一.一-←←.~ι-一-→-唱一-~.一_-_ (1た,>草E散伽Uω}川什 。じ邑ir[.I~:.I~--:.r.-I 了。 I I I I I I 197071 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 (1ド) 40 (a) 1.労働省「賃金労働時間制度等総合調室 jによる。 2. 58ifo以前は各年9月末、 591ド以降は各年12月末現在である。

NHK

放送世論調査所の「国民生活時間調査」によれば、 70"""85年の成人の 余暇時間の増加は平日 15分、日曜20分とごくわずかであり、 80年と比較すると やや減少している。また総理府統計局「社会生活基本調査

J

(82年調査)によれ とくに 20"""50歳代の余暇時間が少なく、高年齢になると余暇時間が増加し ば、 て、 70歳代では 1日の 1/3が余暇時間であるという。 余暇意識の状況 余暇に関する国民の意識はどのよう変わっただろうか。総理府「国民生活に 関する世論調査

J

(88年)によれば、「今後、生活のどのような面に一番力を入 れたいと考えているかjとの設問に対し、 73年では①住生活 (30.5%)、②レジャー・ 余暇生活 (20.2%)、③食生活(14.4%)であった。 74年からは第 1次石油危機 不況の影響でレジャー・余暇生活は一時減少するが、その後漸増・一進一退の 後、 83年に初めてレジャー・余暇生活が l位になる。その後もレジャー・余暇 生活に力点を置く者の比率が増加して、 88年では①レジャー・余暇生活 (31.7%)、 ②住生活 (24.1%)、③食生活 (13.4%) になっている(図一 7)0 ['日常生活で 一10

7-(

3

)

(31)

松 鷹 彰 弘 の充実感は

J

の答えは①家族団らん、②仕事に打ち込んでいる時、③ゆっくり 休養している時の順番であり、これは

74

年以来変化がない。 (%) 35 25 20 15 10 図-7 今後の生活の力点の推移

巨互百

13.4 日言語瓦家具、自動車などの耐久消費財の面│ 7.4 74---225ワ6・3 6

"

'

_

'

_

5.6 5

31685E'〈」・・J ・・ 6.0 、 ヤ ノ 、 4.6

匝盃言記

J

2.6主弘引

!

l

2A1γ2 5.2 2.5 _..

5~1

4 :S'4~";幻.J

l

r

4

0

ν

I

1

苧:戸

5

ρ

2

η

1

7

r

.一一一

.

.

τ

?

t

42

Y

.

!

h

Z

t

に一プ-プ十?

F

r

年 7η3 7刊4 7九47万57祁57河67花67η7 7祁8 7拘9 初8

o

8剖1 8幻2 8幻3 8似4 8邸5 8泌6 8肝7 8腿8 月 1 1 115115115 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 (注)総理府広報室「図民生活に関する世論調査J(63年5月)による。 国民の生活における余暇志向は一層強まり、余暇活動における家族志向にも 変化がない。ただし、長期間にわたる所得の伸び鈍化と余暇時間の横這いは、 余暇活動や観光行動の様相を変えてゆく。 (4) 観光の状況 総理府は、

7

6

年の宿泊観光レクリエーション量を延べ

1

5

4

0

0

万人と推計し ているが、これは前年の

8

7

0

0

万人の約

2

倍になっている。国民の観光レクリエー

(32)

-108-ション量について総理府は、 60年に第 1回の全国旅行動態調査(17)を行い、 76年 までに 4回の調査を実施してきたが、これらの結果および他の関連諸統計とを 併せて分析し、年毎に推計してきた。 76年の観光量は、 75年10月から 76年 9月 までの

1

年間に行なわれた第

4

回調査が基礎となっているが、調査方法、内容 などの改善を行なったため、 75年以前の数字と時系列的に直接連結することが できなくなったと『観光白書.1 (昭和53年版)で説明が行なわれている。 宿泊囲内観光量の推移を見ると76年(l億5,400万人)から 78年(l億7,800 万人)までは拡大基調だが、第2次石油危機不況で急落、 82年には 1億3,600万 人になっている。その後回復に向かい、筑波・国際科学博覧会の開催された85 年には1億6,300万人となるが、翌年は反動で落ち込み(1億4,300万人)、 88年 はl億5,500万人になっている。76年と 88年を直接対比するとほぼ同じ数値であ る。 観光関連の特記事項では、新東京国際空港開業 (78年)、東北・上越新幹線開 業 (82年)、リゾート法(総合保養地域整備法)制定 (87年)、 88年には青函ト ンネルと瀬戸大橋が開通し列島

4

島が陸続きとなるなど、開発と交通に関する 事項が多い。 88年秋からはイベントなどが自粛されるが、年明けとともに昭和 が終わる。 (5) 観光活動の効率志向 前述のように 76~88年では、生活の中でレジャー・余暇生活により一層の力 点が置かれるが、長期間にわたる所得の伸び鈍化と余暇時間の横這いの中で、 旅行回数は減らさず、交通費などの経費は節約するなど、観光旅行における効 率志向が強くなる。 ①往復の交通機関…割安な交通機関を選ぶ、近距離旅行に切り替える。総理 府「全国旅行動態調査

J

などによれば、 67年では観光利用の8割を占め、圏内 (長距離)旅行の代表的交通機関であった鉄道の利用が、 70年代後半には約半 分になり、 81年には 3割以下 (29.4%) に低下する。一方同年には自家用車利 用率が最も高くなり (37.7%)、鉄道はその後も低下、自家用車は増加する(表-11)

-

(33)

109-松 賂 彰 弘 表

-

1

1

利用交通機関 鉄 道 ノて ス 自家用車 タクシー・ 航 空 機 船 舶 レンタカー 1967 79.9 50.5 1.7 7.6 1972 68.8 45.2 26.6 13.7 2.7 8.9 1973 50.5 44.9 31.1 18.3 3.5 10.4 1976 46.2 37.2 34.7 11.3 3.4 7.3 1981 29.4 28.7 37.7 6.5 4.1 4.2 1987 28.3 28.2 40.2 8.6 3.6 3.7 1992 26.5 26.6 44.8 7.9 6.2 3.1 総理府「観光レクリエーション基本調査」 同 「全国旅行動態調査jによる。 ②旅行日数…宿泊数を減らして経費を節約する。上記調査によれば、 73年に は3.2日だった l回当たり平均旅行日数が76年2.9日、 81年2.6日と短かくなり、 その後87年2.66日、 92年2.71とやや長くなっているが、 73年レベルにはほど遠 い状況である。 ③利用宿泊施設…安い宿泊施設を選ぶ。これも同じ調査で、表 -12のように、 73年ではホテル・旅館の利用が62.4%であったが、 76年、 81年ではホテル・旅 館利用が半分近くに低下し、知人・親戚 (76年)、民宿・ペンションが増加した。 しかし 87年、 92年には 73年の水準に戻っている。また81年以降、知人・親戚宅 は減少したが、民宿・ペンション(とくにペンション)は

1

割以上を保ってい る。

(34)

-110-表-12 利用宿泊施設 ホテノレ旅館 山小屋キャンプ 公 的 施 設 民宿ペンション 策 保 護 所 知 人 税 戚 宅 1973 62.4 3.2 4.8 6.7 7.3 16.7 1976 55.5 2.7 5.0 6.4 6.7 21.3 1981 55.4 4.0 6.4 10.9 6.7 8.0 1987 62.6 3.7 5目4 12.6 6.3 6目7 1992 61.0 4.6 5.4 12.1 7.4 6.2 総理府「綴光レクリエーション基本調査I 同 「全国旅行動態調査jより 安定成長期に進行した効率型観光の内、交通費節約と旅行日数短縮は現在も 続いているが、宿泊費はその後元に戻っている(図-

8

)

。一度は親戚宅や民宿 を使ってみたが、宿泊施設は旅の快適性に直結するので、ホテルや旅館が再び、 選ばれるようになったのだろう。 図-8 旅行関連支出の推移 合計 (旅行かぱん代含む) 150 140 140,263 ハ w d n u n v -5 3 1 4 C U ' にd i M 120 114,715 105,025 • 106,218 (宿泊費)100513 100 89817.fp

.

_

80ト / V 75,338 ,~吋ノ 93,992 6日412

66,741 67,226 ...-~-....

M4

L

ンン/叩

ノ",."T-〆ノ_.-酔…. 、¥、... ---~.-40ト 川

1

1

・748'JJ,ゼ:注笠.冶

L

←←

-

f

!

?

4 ι 2 2

'L.

-

_

.

_

f

ご_.,.'/〆〆.f"/〆,戸, _.-三-士』ご-念dニ'-←... . . 守 { 20卜26,25928,083 92,779

o

63 65 70 75 8D 85 90 91 92"下 (注)1.総務庁統計局 I家百│調査j及び「消費者物価指数j に基づき、総理府内政審議 室で作成したものである。 2.金額は、 1世椴当たりの宿泊費(宿泊料、パック旅行費)、交通費(電車・汽車 託、航空運賃、他の交通)及び旅行かぱんの年間消費額の合計であり、 4年価格 に換算しである。 - 111

(35)

-松 鷹 彰 弘 石油危機前後に一時停滞した海外旅行は85年秋の円高からは爆発的な増加を みせる。 86年には500万人台を超え (552万人)、 3年後の90年には早くも1,000 万人台に到達する

0

,100万人)。これには旅行業者の海外格安ツアー販売合戦 も大きく作用している。当時の旅行業をめぐる状況は概ね次の通りである。 高度成長期以降、観光需要は増大したが、圏内旅行はモータリゼーション普 及の影響で、旅行業への依存度が低下してしまった。大手運輸機関の自社内販売 機能強化などもあり、旅行業の営業の重点は海外旅行に置かれるようになるが、 成田空港開港による海外航空会社の乗り入れ増加やジャンボ機導入で座席供給 量が増加し、オフシーズンには採算無視の低価格航空券がはんらんする。その 上、旅行業を成長産業ととらえた他産業からの進出が相次いぎ、「机と電話一本 あれば開業できる」参入の容易さもあり、業者数が急増した。とくに海外旅行 商品をめぐっては価格競争・ダンピング競争が繰り広げられ、その結果、薄利 多売が旅行業の体質となって行く(lヘ 海外旅行の爆発的な伸びは、所得水準、余暇時間など観光レクリエーション の基礎的な諸条件に著しい好転がみられなく、円高メリットを最も実感できる 海外旅行の割安感が国民の聞に広く浸透しブームを呼んだ、と考えられる。

(

6

)

余暇と観光の自己評価 こうした余暇活動と観光に対する国民の自己評価はどうだろう。総理府「国 民生活に関する世論調査J(88年)では、「現在のレジャー余暇生活に満足J(45.5%) と「不満足J (48.8%)とが相半ばする状況であるが、 35歳から54歳では不満足 が多くなっている。 総理府「余暇と旅行に関する世論調査

J

(86年)は、宿泊観光レクリエーショ ンをした者に満足の様子をたずねているが、「大いに満足J (41%)、「どちらか といえば満足J(54%)、「どちらかといえば不満J(4 %)、「大いに不満J(0.3%) であり、 95%が満足したという結果である。また同調査 (88年)の長期滞在型 旅行をしてみたし功冶の問いには、「してみたいJ(40.9%)、「したいができそう にないJ(30.7%)、「したいくないJ(26.1%)の答えであり、「したいJは若年 層、大都市居住者、世帯収入が高い階層に多い。また、「したい」と答えた者の q L 唱B A 唱 E A

参照

Outline

関連したドキュメント

[r]

現在政府が掲げている観光の目標は、①訪日外国人旅行者数が 2020 年 4,000 万人、2030 年 6,000 万人、②訪日外国人旅行消費額が 2020 年8兆円、2030 年 15

海外旅行事業につきましては、各国に発出していた感染症危険情報レベルの引き下げが行われ、日本における

旅行者様は、 STAYNAVI クーポン発行のために、 STAYNAVI

⑤調査内容 2015年度 (2015年4月~2016年3月) 1年間の国内宿泊旅行(出張・帰省・修学旅行などを除く)の有無について.

全国の宿泊旅行実施者を抽出することに加え、性・年代別の宿泊旅行実施率を知るために実施した。

※調査回収難度が高い60歳以上の回収数を増やすために追加調査を実施した。追加調査は株式会社マクロ

((.; ders, Meinungsverschiedenheiten zwischen minderjähriger Mutter und Vormund, JAmt