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エアロビック競技の発達史 ―国内外の歴史的変遷―

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エアロビック競技の発達史

―国内外の歴史的変遷―

武内 麻美

筑波大学大学院・玉川大学

   中村  剛

筑波大学

A history of the development of aerobics competitions:

The historical transition in Japan and overseas

Asami TAKEUCHI  Tsuyoshi NAKAMURA

Abstract

In 1996, aerobics has become a genre of gymnastics. Whereas related techniques and tech-nologies have also improved, the rules continue to move toward a more acrobatic direction. How-ever, rather than concentrating on accurately achieving established techniques that are highly dif-ficult to master aerobics competitions focus on competing for originality and energetic routines.

Bearing this polarization in mind, we question what this new form of the sport-whose charac-teristics are ambiguous-is competing for and whether this sub-genre will be fruitful. The purpose of this study is to investigate the premise of this new genre of aerobics, its characteristics, and how it is won and lost. This study aims to reveal its competitiveness. I examined this from the per-spective of the history of competitive development.

Aerobic dance is an aerobics exercise that is performed rhythmically without breaks in any step. However, it is reborn as a group of music-a new competitive sport that pushes the limits of physical fitness. Whereas people should freely express their personality with high-strength continu-ous routines, a competition now focusing on originality, I knew that I was gradually competing for technical strength of advanced skills. The aerobics competition has evolved into a competition of gymnastics. As a result, the rules have transformed and evolved. It has now become a completely different competition involving the performance of acrobatics and highly difficult routines with per-fect techniques. However, the essential feature of aerobics, which maintains its energetic sequences in sync with the music, is not completely compromised, and the difficulty of the technique and en-durance that keeps it vigorous are the two pillars that characterize this competition. Therefore, I cannot conclude that it is a completely different competition altogether. However, in my opinion, aer-obics has the potential for expansion in the future, where it can become a gymnastics competition. We should determine its unique characteristics as an athletic event in gymnastics.

スポーツ運動学研究33:123∼137,2020

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Ⅰ.問題の所在と研究目的

1996年,エアロビック競技注1)が,国際体操連

盟Federation International de Gymnastique(以下, FIG)が統括する体操の一分野(Disciplin) 注2) 認定されたことでこの種目の競技性が大きく揺ら いでいる。それは,国内外において様々な組織に よってエアロビック競技の大会が開催されたり, 組織あるいは各国においてルールや部門が異なっ ていたりしており,この競技の捉え方が多様化し ていることからも伺うことができる。なかでも, FIG認定のエアロビック競技であるエアロビッ ク・ジムナスティックスと,そうではないエアロ ビック競技が対立している問題 注3)は,この世界 に大きな波紋を拡げている。 FIGが統括している運動種目は,体操競技,新 体操,スポーツアクロバット,トランポリン,エ アロビック・ジムナスティックス,一般体操,パ ルクールの 7 つである。この中でオリンピック種 目は,体操競技,新体操,トランポリンの 3 つだ けであり,エアロビック・ジムナスティックスは オリンピック競技ではない。しかしこのエアロ ビック・ジムナスティックスは,将来のオリン ピック競技化に向けて,ワールドゲームズ 注4) ユニバーシアード 注5)の大会を開催するなどの活 動を行っている 注6) このように大規模な国際大会が開催されるよう になるにつれて,選手による新技の開発が活発に なっている。近年,高難度の新しい技が次つぎに 申請されており,エアロビック・ジムナスティッ クスは,よりアクロバティックな方向へと変貌し 続けている。なお,このような方向への変化は, 1996年 に FIG に よ っ て 英 語 表 記 が「Sports Aerobic」 か ら「Aerobic Gymnastics」 へ と 改 変 されたことにも少なからず影響を受けていると思 われるが,今後もこのような変化は,継続してい くものと予測される。 しかしその一方で,同じくエアロビック競技と 呼ばれる種目の中には,アクロバティックな動作 や高難度の技の技術を競い合うことに重きをおか ず,ステップの連続動作をエネルギッシュに行う ことや,そのオリジナリティを競い合うことを重 視するものも存在している(FISAF, 2021, p.16)。 このように現在のエアロビック競技は,その競 技性に二極化が起こっていると言える。当然どち らの方向性も,これまでの歴史の中でこの競技に 関わった多くの人々によって培われてきた競技性 というものが息づいていることは間違いないと思 われる。しかし,そこに二極化が起こっていると いうことになると,この競技において競われてい るものが一体何なのかが曖昧になり,この競技自 体の成立が危うくなると考えられる。また,当然 このような状態を放置していては,この競技の実 り豊かな発展ということも望めないと言える。 そこで本研究では,エアロビック・ジムナス ティックスも含めたエアロビック競技が,どのよ うなものであり,そこで何が競われ,どのように 判定されるものであるかということ,すなわちそ の競技性を明らかにするための前提として,この 競技がどのような歴史を辿って今の状態に至った のかということを競技発達史的な立場から考察し ようとするものである。 近年,佐野ら(2019,p.58)は,体操競技に関 する技術発達史的研究を行っており,そこでは, 体操競技固有の伝統的価値観ないし様式美の理解 なしには後世に伝承価値を持つ新技開発は実現で きないことが述べられている。これはまさに未来 におけるその競技のあるべき姿を問う上で,その 競技の発達史的研究の不可欠性を指摘したものと 言える。本研究も,このような佐野らの考え方と 軌を一にしており,エアロビック競技の競技性を 探究するにあたっては,発達史的研究が不可欠だ と考えている。しかしこれまで,エアロビック競 技に関して,そうした技術発達史的研究や競技発 達史的研究はなされていない。

Ⅱ.方法

「エアロビック競技とはいったい何なのか」と いうことを歴史的背景から洗い出すための発達史 的研究は,単なる連続的な線的思想史ではなく, 非連続のなかに構造化されている深層の思想をと らえ(金子,2017,p.100)ようとするフーコー の始原論分析が想定されている。そこではさまざ

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まな言説のなかに隠されている表象や主題を分析 するのではなく,それらの主題がどのような無意 識な構造にしたがって行われるのかに問いかけて (金子,2017,p.101)いくことになる。 本研究の主題に引き寄せていうならば,エアロ ビックのさまざまな動きかたの習得を目指す選手 と,その選手に習得すべき動きかたの目標像を提 示する指導者が,共に支配されている歴史的,文 化社会的に共通認識されてきた動向(匿名の枠組 み構造)を明るみに出そうとすることになる。そ れというのも,習練形態を創発する学習者も,そ の学習者に習練目標を与える指導者も,その時代 の文化社会的な共通認識にいつのまにか支配され ているのであり,そうした枠組み構造は,彼らに よって作り上げられるエアロビック競技の競技性 に如実に反映されていると考えられるからであ る。 なおこうした始原論的分析に関して,金子 (2017,p.101)は「言説を記録としてではなく記 念碑として,つまり,オートノミーをもつように なった「歴史のなかに生きたモニュマンとして扱 うことになる」と述べている。そのため本研究に おいては,エアロビックに関するさまざまな言説 を取り上げ,それを単なる記録としてみるのでは なく,この競技の競技性に影響を与えた記念碑的 な出来事として取り扱い,その背景にあった匿名 の枠組み構造を明るみに出そうとすることにな る。 このエアロビック競技の起源となった有酸素運 動プログラムから現在のエアロビック競技に至る までの経緯を追いながら,そこでの記念碑的な出 来事を,公益社団法人日本エアロビック連盟 Japan Aerobic Federation(以下,JAF)が出版し た雑誌,この組織に関わった人物への聞き取り, 第 1 回競技大会から現在の FIG の大会に至るま でのトップクラスの選手映像,さらには採点規則 の記載内容から見出そうとする。そしてその出来 事の前後におけるエアロビック競技の変化を確認 した上で,その競技性を捉える枠組み構造に,ど のような変化が見られたのかについて明らかにす る。このような手続きを踏むことで,このエアロ ビック競技がどのようにして現在の状態に至った のかという通時的,共時的な枠組み構造を踏まえ た上で,このエアロビック競技の本質的特性につ いて一定の見解を提示しようとする。これによ り,現在,二極化という問題を抱えているエアロ ビック競技に対して一つの方向性を示すことがで きるのではないかと考えている。

Ⅲ.エアロビック競技の発達史

ここではまず,エアロビック競技の発達史へと 考察を進める前に,この競技の前身となったエク ササイズとしてのエアロビクスについて確認して おくことにしたい。 1 .エアロビックの源流(エクササイズ運動期) エアロビック競技が,健康保持や体つくりの意 味合いをもったエクササイズとしてのエアロビク スから派生したもので,今では「魅力的な動きか たのパフォーマンスとなり,世界規模の国際競技 会 ま で 開 か れ る に 至 っ て い る( 金 子,2015, p.291)」ことは周知のことである。 エアロビクスとは,英語の aerobic(酸素の, 有酸素の,という意味)から酸素を多く取り入れ る運動とそのプログラムの総称として1967年にケ ネス・クーパー(Kenneth H. Cooper)博士によっ て名付けられたものである 注7)。日本においてエ アロビクスは,有酸素運動と訳されている。その 定義は,「十分に長い時間かけて心臓や肺の働き を刺激し,身体内部に有益な効果を生み出すこと のできる運動」であり,ランニング,水泳,自転 車こぎ,その場駆け足などが典型例であった (( 社) 日 本 エ ア ロ ビ ッ ク フ ィ ッ ト ネ ス 協 会, 1999,p.3)。しかし,クーパーはこの有酸素運動 に大きな変革をもたらすことになる。 クーパーは,現代人にとって最も必要な体力要 素は有酸素性作業能力,すなわち呼吸循環器系を 活発に働かせて酸素を体に取り込みながら,過度 の疲労なしに作業を持続的に行う能力だと考え, その能力を向上させるには,エアロビクスを行う べきだという結論に達した。そして,12分間走テ スト(12分間でどのくらいの距離が走れるかを評 価するテスト)という体力テストによって体力レ

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ベルの区分を行い,その区分に応じた運動プログ ラムを年齢・体力別に提供した。この運動プログ ラムは,例えばランニング1.6km を 8 分以内で週 6 回走ることができたら30点という規定を定め, 運動量が週当たり最低30点になることを目標と し,運動種目も点数で選択できるようにしたもの である。運動種目はランニング,水泳,サイクリ ングなどである。 その後,1969年になって,アメリカのジャッ キー・ソーレンセン(Jacki Sorensen)が音楽を 用いたエアロビックダンスエクササイズを考案し ている((社)日本エアロビックフィットネス協 会,1999,p.5)。彼女は,「子供の頃からずっと ダンスを続けており,クーパーの12分間テストを 受け,成績が良かったことから,ダンスも体力づ くり運動になり得るのではないかと思いついた (( 社) 日 本 エ ア ロ ビ ッ ク フ ィ ッ ト ネ ス 協 会, 1999,p.5)。」と言われている。その後,このエ アロビックダンスエクササイズはトレーニングジ ムやスタジオで行われるようになる。さらに, ジェーン・フォンダ(Jane Fonda)によって,エ アロビックダンスエクササイズは筋肉を付けるこ とや健康になることなど目標達成のために自発的 に行うもの,すなわちワークアウトだということ が示され,それと同時にファッショナブルでエネ ルギッシュなエクササイズプログラムが展開され たことが契機となって,マスコミにも大々的に取 り上げられ,アメリカ国内で爆発的な人気を博す ようになった((社)日本エアロビックフィット ネス協会,1999,p.5)。 この頃のエアロビックダンスエクササイズの特 徴は,健康・体力づくりを目的としたもので,技 術の向上や美的表現を目指すものではなく,クー パーのエアロビクス理論に基づくフィットネス指 向型のプログラムであった。それは,さまざまな 下肢運動(ステップ)に上肢運動を組み合わせた 全身運動の連続から成り立っており,一定時間 (最低15分以上)運動を途切れさせることなくリ ズミカルに続けることが重視された。また,ダン スの要素を取り入れたリズミカルな有酸素運動で あるという条件を満たしてさえいれば,どのよう な動きを組み合わせても構わない自由なフィット ネスプログラムであった。そのため,受講生は無 理をしたり,他人と比較したりする必要もなく, インストラクターが自由にプログラミングした レッスンを個人の体力に応じて選択し,各自の目 標とする強度の範囲内で運動を行うというもので あった。また,このようなフィットネスプログラ ムは,呼吸循環器系の機能向上が主たる目的とさ れていたが,その中には,筋持久力,柔軟性,巧 緻性などの体力トレーニングの要素も含まれてお り,トータルフィットネスプログラムとして幅広 いトレーニング効果も期待されていた((社)日 本エアロビックフィットネス協会,1999,p.10)。 したがって,プログラム内容は,そうした目的 を 達 成 す る よ う に 構 成 さ れ な け れ ば な ら ず, ショーダンスの振り付けのようであってはならな いとされていた((社)日本エアロビックフィッ トネス協会,1999,p.10)。基本的なエアロビッ クダンスエクササイズのプログラムは,時間にす ると 1 回45∼90分で,60分のプログラムが最も多 い。一般的には,ウォームアップ( 5 ∼10分)で 始まり,エアロビクス(20∼30分),局所筋力・ 筋持久力を強化する運動(10∼15分),クールダ ウン( 5 ∼10分)という構成になっていた((社) 日本エアロビックフィットネス協会1999,p.9)。 2 .エアロビック競技の発達史 これまで見てきたエアロビックダンスエクササ イズから,エアロビック競技が発展してきたので あるが,このエアロビック競技の発達史は,黎明 期,普及期,変容期,変革期の 4 つに大別される。 それというのも,このスポーツは,有酸素運動と してのエアロビクスが徐々に技を競い合う競技へ と発展していくのであり,このエアロビック競技 として競技会が開催されるようになった時期を黎 明期と考えることができるからである。またこの 競技会がアメリカ国内や海外において広がってい くことになった時期については普及期と呼ぶこと ができると考えられる。さらにこの競技は,より 高度なスキルを競い合う競技スポーツへと変わっ ていくことから,その時期を変容期と呼ぶことが できるし,その後 FIG の登録団体となり,体操 競技のような非日常的なアクロバティックな動き

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が取り入れられた競技へと大きく様変わりするこ とから,その時期を変革期と呼ぶことができると 考えられるのである。以下順番に見ていくことに する。 1 )エアロビック競技の黎明期 ①アメリカにおけるエアロビック競技の誕生 1970年代,アメリカで既にエアロビックのコン テストが開催されていたことが分かっている ((社)日本エアロビック連盟,2009,p.6)。コン テストを主催していたのは,ロバート・A・アン ダーソン(Robert A. Anderson)という人物だと 言われている。彼は,競技としてのエアロビック を 広 め る こ と を 目 的 と し た 組 織 Fitaerobic International Association(以下,FIA)を設立し た人物でもある。この頃のルールについての詳細 は分かっていないが,アメリカで大人気となって いた雑誌「FIT」(1982)の写真 注8)を見る限り,ス テージ上で派手な色のレオタード姿の男女が,集 団で演技している様子が伺える。ステージはライ トアップされ,自由に踊るファッションショーの ようなものであったとされている 注9) ②日本へのエアロビック競技の導入 (公社)日本エアロビック連盟の前理事長であ る小西は,当時,マーケティングやプロモーショ ン事業を行う会社を経営しており,アメリカの雑 誌「FIT」の日本版を自身の会社で出版して欲し いという依頼を受けていた((社)日本エアロビッ ク連盟,2009,p.5)。小西は,日本で初めてのエ アロビックの雑誌を華々しく演出するため,プロ モーションイベントを企画・運営している。その イベントの内容は,エアロビックのパフォーマン スと面接で審査を行う,というものであった。露 出度の高い派手なレオタード姿で,ステップや筋 力トレーニングなどを実施し,スタイルが良く, 健康的な印象を与える者が審査を通過し,通過し た者は,審査員からの質問に対して受け答えをす るという独自のコンテストであった。 その後,雑誌「FIT」に掲載されている数々の 写真に感銘を受けた小西は,実際に,アメリカで 行われているコンテストを視察に行くことにな る。しかし,そこで目の当たりにしたコンテスト は,ミュージカルのワンシーンのようなもので, どんなルールで何を審査しているのかが非常に分 かりにくいものであったという((社)日本エア ロビック連盟,2009,p.6)。そこで,小西はコン テストの主催者であるアンダーソンにコンテスト の演出の仕方などについて,以下のようなアドバ イスを行なっている。 ・ 1 次予選:参加者全員の公開エクササイズを行 い「持久力」を審査 ・2 次予選:規定演技で「技術力」を審査 ・決勝:「表現力」を審査 小西がこのような提案をした背景には,エアロ ビックを「女性は美しく,男性はカッコ良くなれ るスポーツ」としてデビューさせたいという想い があったという((社)日本エアロビック連盟, 2009,p.6)。そして,このような小西による提案 が一つのきっかけとなって,エアロビックダンス エクササイズが競技スポーツに生まれ変わり,そ れまでになかった「音楽と一体となって体力の限 界を目指していく」という,競技する選手にとっ ては充実感や満足感を味わうことができ,さらに 見る人はその美しく,迫力ある演技を堪能するこ とのできる,魅力ある競技に発展していくことに なったと考えられる。 2 )エアロビック競技の普及期 ①アメリカにおけるエアロビック競技の普及 1984年にアメリカにおいて,新たに National Aerobic Championship(以下,NAC)という組織 が 設 立 さ れ た。 そ の 後1990年 に こ の 組 織 は, Association of Aerobic Championship( 以 下, ANAC)に改名することになるが,この組織がサ ンディエゴで第 1 回の世界大会を開催することに なる。 この大会は,上述した小西のコンテストの考え 方を踏襲しており,エクササイズで予選を行い, そこを勝ち抜いた選手が演技を行うというもので あった。これは,後述する小西の作り上げる競技 のルールに大きく影響を受けたものだと考えられ る。

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②日本におけるエアロビック競技の普及 小西は,既にアンダーソンが設立していた組織 FIAの日本本部を設立し,1984年には「第 1 回 ドールカップ全日本エアロビック選手権大会」を 開催している。国内外の協力企業を数社獲得し, テレビやラジオ局からも協力を得て,参加者は総 勢1604名になった((社)日本エアロビック連盟, 1990,p.8)。この大会は個人演技のみで行われて いたが,1985年から1989年にかけては,地区大会 と全国大会が開催されていた。 地区大会は,第 1 次予選,第 2 次予選,決勝と いう流れで進められており,全国大会では個人演 技のみを行うこととされていた。第 1 次予選で は,インストラクターを模倣しながらステップを 中心とした集団でのエクササイズ,第 2 次予選で は,同じくインストラクターを模倣しながら,ス テップに加え,筋力や柔軟性を必要とする動作を 組み込んだエクササイズ,決勝では,個人演技と なっている。なおこの大会で使用されたルール は,アメリカのアンダーソンと小西が協力して作 り上げたと言われている 注10) この頃の採点規則には,個人演技の審査とし て,「演技の技術得点」,「動きの質」,「身体の線」, 「構成力」,「変化」,「コンビネーション」,「完成度」 という記述が見られる。また,難易度という項目 があり,「強さ−プッシュアップバリエーショ ン」,「ダイナミックさ−キックコンビネーショ ン」,「跳躍−良いポジションでの跳躍の高さ」, 「柔軟性−ストレッチムーブメントの熟練度」, 「強壮性−難易度の高い動きのコンビネーショ ン・全身の多様な動き」,「バランス−敏捷性とバ ランスを指す多用のホッピング」という記載が見 られる。 また演技には,開脚ジャンプや前後開脚など, 自分が得意とする動作を自由に組み込んで良いと されていた。そして,必修動作として,腹筋やハ イキック,腕立て伏せを 4 回連続で行うことが明 記され,それらのやり方についてはオリジナリ ティが評価され,加点されるようになっていっ た。なおここでいうオリジナリティとは,腕立て 伏せを例に挙げて言うと,単純に両手両足を床に ついた状態で肘を曲げ伸ばしする動作ではなく, 片足を床から浮かせたり,片手腕立て伏せをした りと,強度の高い動作を連続して行うことであ る。さらに,採点規則には,スタイルと均衡とい う項目があり,そこには「エネルギー」,「曲に加 えた審美性」,「直感」,「衣装」,「独創性」と記載 されている(小西ら,1984) 注11) ③エアロビック競技の国際化 小西は,「スポーツ」としてのエアロビック競 技をさらに世界に広めていきたい,という考えを 持 ち,1989年 に 国 際 エ ア ロ ビ ッ ク 連 盟 International Aerobic Federation(以下,IAF)と いう組織を新たに設立する。そして,日本大手自 動車メーカー 1 社をスポンサーに付け,1990年に アメリカで「スズキワールドカップ」という競技 会を開催している。その後,ブルガリア,インド ネシア,ブラジルなどでも同大会を開催していっ た。さらに小西は1992年になって日本で新たに (社) 日 本 エ ア ロ ビ ッ ク 連 盟 Japan Aerobic Federation(以下,JAF)を設立している。そして, IAFと JAF の協力体制を整備し,エアロビックを 世界的な競技にすることを決意する((社)日本 エアロビック連盟,1990,p.6)。このことが,後 で見るこの競技の二極化を生み出す契機になった と考えられる。 この時期以降のルールは,IAF によって作成さ れ,日本ではそれを翻訳して使用することにな り,その内容に大きな変化が見られることにな る。特筆すべきは,倒立や側方倒立回転,宙返り などの体操競技の動作やアクロバティックな動作 が禁止されるようになったことである((社)日 本エアロビック連盟,1990)。 このようにルールで禁止しなければならなかっ たということは,逆に演技の中で強度の高い連続 動作に加え,難易度として自由に演技に組み込ん で良いとされていた動作として,アクロバティッ クな動作を取り入れる選手が現れ始めていたこと を示唆している。そしてそれにもかかわらず,そ のような動作を禁止していたということからは, この時期のエアロビック競技が,強度の高い動き をエネルギッシュに連続的に行うものと捉えられ ており,一つひとつの動きかた(金子,2002,p.3)

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の技術力の高さを競うものではないと広く認識さ れていたことが分かるのである。 ④普及期のエアロビック競技の特徴 この時期のルールや映像資料 注12)から,予選に おいては,集団によるエクササイズで,ステップ や筋力トレーニングの動作を連続的に実施し,持 久力や筋持久力を競い合っていたことが分かる。 そして個人演技 注13)では,お腹や背中が開いてお り,ハイレッグな露出度の高い派手なレオタード を着用し,ステップや腕立て伏せなどの動作を連 続的に体全身でエネルギッシュに実施すること や,個性を活かした振り付け,そして表情からも エネルギーに満ち溢れた様子を表現することで, 観客を惹きつけることができるような演技が,高 く評価されていたと考えられる。 3 )エアロビック競技の変容期 ①エアロビック競技の競技性の変容 1994年から,少しずつ競技の方向性が変わり始 める。それは,1994年にルールが改正され,「技 術点」,「芸術点」で採点されるようになったこと に端を発する(武内,2010,p.4)。技術点は膝や 爪先の曲がり,回転不足などが減点法によって評 価され,芸術点は音楽に合っているか,ステップ と技の繋ぎ動作が工夫されているか,フロアのス ペースは偏りなく利用できているかなど,構成面 について,加点法によって評価されることになっ た。 これまでのエアロビック競技は,連続動作を力 強くかつエネルギッシュに実施する演技が良いと されていた。しかし,小西はエアロビック競技を 「美しいスポーツ」にしようと考えるようになっ ていた。その背景には,派手な衣装に身を包む女 性達が過激に踊ったりポーズをとったりするセク シーな姿ばかりにマスメディアが注目し,スポー ツとしてのエアロビックにスポットが当たること が少ないという不満があったと言われている ((社)日本エアロビック連盟,2009,p.9)。この ことから,スポーツとしてのエアロビック競技で は,身体能力の高さだけではなく,より美しい演 技が良いとされるようになり,その美しさを競い 合うものへと変化していくことになった。 技術点について考えてみると,例えば必修動作 のハイキック(脚を高く上げる連続動作)は,そ れまでバレエダンサーの脚の振り上げ動作のよう に,爪先を伸ばして美しく上げることは重要では なかった。しかし,小西が考える美しいスポーツ としてのエアロビック競技は,エネルギッシュで ありながらも膝や爪先が伸びた状態で,より美し く高く脚を上げられることが望ましいという実施 技術に重点を置き始めたのであった。これは,全 ての動きかたに対して同じことが言えるだろう。 ただし,前述の普及期で示したように,既にアク ロバティックな技を実施する選手が現れており, より巧みに動くことのできる能力を持つ選手もい たことが予測されることから,エネルギッシュに 動き続ける中においても,爪先を伸ばしたり,キ レ良くスムーズに難易度の高い動作を実施したり と,巧みに動くことのできる能力に加えてより美 しく実施できる選手も多くいたのではないかと考 えられる。そうしたことから,上記のような小西 の考え方は,当時のエアロビック競技の現状に相 応したものであったと考えられるのである。 また,1997年に改定された採点規則((社)日 本エアロビック連盟,1997)では,それまで演技 に取り入れなければならなかった腹筋やハイキッ ク,腕立て伏せなどの必修動作が撤廃され,自由 に組み込んで良いとされていた難易度の高い動作 (開脚ジャンプやスプリットなど)が「難度点 (技)」として扱われるようになった。このことは 非常に大きな変化であり,これ以降,これまで重 視されていた腕立て伏せやキックの連続動作に対 する得点の比重が少なくなり,一つの動作を綺麗 に行い,より高い難度点を獲得することに対する 得点の比重が大きくなった。なおこうしたことは 当時の演技を撮影した映像からも伺うことができ る 注14) ②変容期のエアロビック競技の特徴 この時期の大会の映像 注15)より,演技構成を書 き出し,表 1 に示した。回転を伴う跳躍系の技や 連続技も多く,ステップや腕立て伏せなどを連続 する規定動作に加えて,複雑なステップや上肢の

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動作も多く見られた。こうしたことからは,これ までのように有酸素的持久力,筋力の競い合いだ けではなく,より音楽に調和した動作や動きのバ リエーションとして,例えばステップに関して言 えば,身体の面の変化など複雑な動作が高く評価 されるようになったことが分かる。またそれに 伴って,他者にはできない独自の動作で,人を惹 きつけることができる演技も徐々に評価されるよ うになっていったと考えられる。 4 )エアロビック競技の変革期 ①エアロビック競技の体操競技化 1996年 に FIG と IAF が 協 力 覚 書 を 締 結 し, 2003年以降 FIG が採点規則を作成するようになっ た。日本においてもこの FIG 版の採点規則が正 式に採用された。これにより,採点規則において は,エアロビック競技という英語表記が Sports Aerobicから Aerobic Gymnastics へと変更され, 体操の一分野として認定されるようになった。 そしてこの名称変更が,エアロビック競技に関 わる全ての人々に大きな影響を与えることとな る。それは,これまでのようにエクササイズから 表1 演技構成(スズキワールドカップ,1996,ブラジル女子個人演技) ①最初のポーズ 片足バランス ②単独技(跳躍系) 開脚ジャンプ〜前後開脚での着地 ③単独技(支持系) V 字での支持〜片手開脚支持 ④連続技(跳躍系) 開脚ジャンプ連続 ⑤必修動作 ハイキック連続 ⑥単独技(柔軟系) I 字バランス(1 回転) ⑦単独技(跳躍系) 開脚ジャンプ(1/2 回転)と前後開脚ジャンプ(1/2 回転)の連続 ⑧単独技(支持系) 両手開脚支持(11/2 回転) ⑨必修動作 エアロビックステップ左右の連続(開脚ジャンプを含む) ⑩単独技(跳躍系) 開脚ジャンプ(1/2 回転) ⑪単独技(腕立て系) 片手腕立て伏せ ⑫必修動作 腕立て伏せ連続 4 回(足の開閉動作) ⑬単独技(柔軟系) 前後開脚 ⑭ステップ エアロビックステップ連続(回転、複雑な上肢の振り) ⑮単独技(柔軟系) I 字バランス ⑯ステップ ステップの組み合わせ(上肢、下肢自由) ⑰単独技(跳躍系) 開脚ジャンプ 1/2 回転 ⑱規定動作 腹筋連続 4 回(複雑な上肢、下肢の振り) ⑲単独技(腕立て系) 片手腕立て伏せ ⑳単独技(跳躍系) 前後開脚ジャンプ ㉑最後のポーズ 立ちのポーズ 表 1  演技構成(スズキワールドカップ,1996,ブラジル女子個人演技)

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発展してきたエアロビック競技とは異なった体操 としての発展を望むエアロビック競技の方向性を 生み出すことになったのである。このようにして エアロビック競技は,これまでのようなエクササ イズから発展してきた競技とは,大きく異なった ものへと変貌を遂げていくことになる。そしてこ のことが,後段で述べるエアロビック競技の二極 化を引き起こしていくのである。 2004年に JAF は現(公財)日本スポーツ協会 や(公財)日本体操協会に正式に加盟する。そし てこの時期から,全日本選手権大会の上位者は, 2 年に 1 度開催される FIG 世界選手権大会の出 場権を獲得し,そこに派遣されるようになる。こ れに伴い,この FIG が主催する世界選手権大会 こそが,エアロビック競技選手にとって最高峰の 試合とみなされるようになっていく。 さらに2020年時点では,FIG の世界選手権大会 におけるランキング上位 8 カ国は, 4 年に 1 度開 催されるワールドゲームズへの出場権も獲得でき るようになっている。この大会は第 2 のオリン ピックとも言われ,現在のエアロビック競技の世 界では,最高峰の試合に位置づけられている。 ルールの面から見ると,1996年以降に,国内の みで行われていたエクササイズ形式の予選はなく なり,変容期と比べて個人,ミックスペア,トリ オ,グループと部門数が増え,演技のみで予選と 決勝が行われるようになっている。エクササイズ 形式とは,エアロビックダンスエクササイズと同 様,インストラクターの動きを模倣しながら,約 30∼45分間,エアロビックのステップを動き続け るというものである。 また,自由に組み合わせて良いとされていたス テップは 7 つに制限され,難易度の高い動作は 「技」(難度エレメント 注16))として区分され,難 易度によって0.1点から1.0点まで得点が付与され た。そして,技は,以下の 4 グループに分類され るようになっている。 ・A グループ(ダイナミック・ストレングス) ・B グループ(スタティック・ストレングス) ・C グループ(ジャンプ & リープ) ・D グループ(バランス & フレキシビリティ) 演技は,実施点,芸術点,難度点で評価され, 総合得点を競い合うものとなっている。実施点に ついては,全ての動作の姿勢が正しく実施できて いるか,また正確に技の形を見せることができて いるか,など細かい基準が定められている。芸術 点については,音楽に調和しているか,多様なス テップや上肢の動作が複雑な組み合わせとなって いるか,ステップから技に入る繋ぎ動作が工夫さ れているか,競技フロアをより大きく利用してい るか,などの基準が定められている。難度点につ いては,それぞれの技に最低条件が定められ,そ れを満たしていなければ点数を獲得できず,完璧 な実施が求められるようになった。さらに,大き く変わったのが,2012年からアクロバティックな 動作(アクロバティック・エレメント)が実施可 能となったことである((社)日本エアロビック 連盟,2012)。これは,側方倒立回転やロンダー ト,後方抱え込み宙返りなど,体操競技のゆか運 動においても実施されている技である。難度点は 付けられていないが,エアロビック競技の難度エ レメントとアクロバティック・エレメントを連続 して実施することが可能となり,成功すれば加点 さるようになった((公社)日本エアロビック連 盟,2017)。 また競技フロアも写真 1 のように,ジムノバ (GYMNOVA)やシュピース(SPIETH)という 体操器具販売会社で作成された,裏面にスポンジ の入った弾力性のある床に変わっている。これに より,難度エレメントやアクロバティック・エレ メントを実施しやすくなり,器具の面からも体操 写真 1  ゆかの裏面(筆者による撮影,2010)

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競技化への流れが見受けられる。 このように,エアロビック競技が体操としての 一つの分野に認定されたことにより,採点規則の 内容が大幅に変更され,それに伴って難度エレメ ントに対する比重が非常に大きくなった。また試 合で使用される器具もアクロバティックな動きを 実施する上で有利なものに改変された。そして現 在では,採点規則において高難度の技の数が増 え,その中にはバタフライといった体操競技の男 子ゆか運動の技も多く見られるようになった。 これまでと同じように複雑なステップで動き続 けながら技を成功させていくということは変わっ ていないものの,高難度の技をいかに美しく減点 のない動きで成功させていくかという点が重視さ れる競技への変化は顕著なものと言えるのであ る。 また,海外では,試合の出場国や選手に大きな 変化が見られている。それはエアロビック競技が FIGに認定される前までは出場していなかった, ロシア,中国,ルーマニアの選手たちが新たに参 加するようになったことである。近年,この 3 ヶ 国の選手が世界選手権大会でメダルを獲得し続け ている。特に中国は体操競技選手がエアロビック 競技に転向し,個人,団体( 5 人),ミックスペア, トリオ( 3 人)の全てのカテゴリーにおいてメダ ルを獲得するようになっている。そしてこのロシ ア,中国,ルーマニアの選手たちが参加するよう になった時期から,演技の内容が劇的に変化した のであった。エネルギッシュなステップでの表現 よりも,技を連続し,常に動き続けるという演技 構成へと変わってきているのである。 さらに,武内(2010,p.26)が述べているよう に,これらの強豪国の選手のほとんどが体操競技 経験者であり,練習環境も体操競技場やエアロ ビック競技の弾性のある床で練習を行なってい る。それに対して日本では,FIG ルールが採用さ れるようになった当初は,体育館やダンススタジ オの板張りの床で練習を行なっている選手が多 く,とりわけ難度エレメントやアクロバティッ ク・エレメントの技術に大きな差が生まれていた のであった。 しかし現在では,日本においても,JAF が選手 強化システムを構築し,海外のコーチを招聘して の合宿を開催したり,選手やコーチもアクロバ ティック・エレメントの練習に適した環境を整え たりと,さまざまな工夫を行なうようになった。 こうしたことは,エアロビック競技が体操の一分 野であるという認識が日本においても広まりつつ あることを示していると言えるのである。 ②変革期のエアロビック競技の特徴 表 2 は現在のトップランクにあるロシア選 手 注17)の演技構成を示したものである。この選手 は,2018年の世界選手権年齢別選手権大会におい て,個人の部(15-17歳)で優勝した女子選手で ある。演技はエアロビック競技でありながら体操 競技のゆかの演技のようにアクロバティックな動 作が連続して見られ,体操の一分野であることを 象徴したものと言える。この表からは,1/1ひね り以上の単独技や連続技に加え,アクロバティッ ク・エレメントやつなぎ動作にも体操競技と類似 した動作が組み込まれていることが分かる。この ように,この選手は,一つひとつ高い難易度の動 作を,ステップを踏みながら止まることなく連続 して実施しており,このことからこの競技が高難 度の技を減点なく美しく,かつ力強く表現するこ とで高得点を得られるスポーツに変貌しているこ とが伺えるのである。 5 )エアロビック競技の二極化 1996年以降,エアロビック競技の体操競技化が 進む中で,独自のルールを用いて試合を開催する 組織や人々も国内外に存在し,競技の方向性に二 極化が起こっている。FIG に認定されたエアロ ビック競技とは異なる方向性を持つエアロビック 競技は,演技に取り入れる難度点に上限を設けた り((一社)日本リズムダンス連盟,2020,p.8), 必修動作として自由に構成した 8 カウントのス テップを連続して行なったり(FISAF, 2021, p.16) するなど,高難度の技の技術面を重視していな い。これらは,変容期以前のエアロビック競技の 特徴であった音楽に合わせてエネルギッシュに動 き続けるという側面にも価値をおいており,体操 競技化によって,エアロビック競技の本来の姿が

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失われることに対する抵抗という側面があるので はないかと考える。しかし,変容過程においても 技や正しい技術を追求する側面があったことか ら,どのような姿勢で実施されたか,どれだけ珍 しい実施であったかという体操競技の非日常的驚 異性(金子,1985,p.12)と同様に,人にできな いことをやってのけるという力自慢的な要素は, 以前から存在していたのであり,現在の体操競技 化の流れはある程度必然的であったと考えられ る。 また,ステップがより複雑な動きとなり,連続 していた動作が一つの技となってその技術が高度 化しても,音楽に合わせてエネルギッシュに動き 続けるというエアロビック競技の特徴は,技の難 易度追求の波に押されて影が薄くなってはいるも のの,完全に損なわれたわけではない。そして, 表2 演技構成(ヨーロッパ選手権,2017,ロシア女子個人演技) ①最初のポーズ 立ちのポーズ ②単独技(跳躍系) 前後開脚ジャンプ(1 回転)難度点:0.6 ③連続技(跳躍系) 前後開脚ジャンプ(1 回転)+コサックジャンプ 11/2 回転 難度点:0.6+0.8 加点+0.1 ④ステップ 1カウントずつ違うステップの組み合わせ(複雑な上肢の振り) ⑤単独技(跳躍系) 片足踏切で斜め上方に 1/1 回転 難度点:0.6 ⑥ステップ 1カウントずつ違うステップの組み合わせ(複雑な上肢の振り) ⑦ ア ク ロ バ テ ィ ッ ク・エレメント 後方倒立回転跳び ⑧単独技(支持系) 開脚旋回(体操競技の鞍馬に類似した技)難度点:0.6 ⑨ ア ク ロ バ テ ィ ッ ク・エレメント 後方宙返り 1 回ひねり ⑩単独技(跳躍系) 開脚ジャンプ 難度点:0.4 ⑪ステップ 1カウントずつ違うステップの組み合わせ(複雑な上肢の振り) ⑫単独技(支持系) 両手開脚支持(2 回転)難度点:0.9 ⑬ステップ 1カウントずつ違うステップの組み合わせ(複雑な上肢の振り) ⑭単独技(支持系) 両手開脚支持(2 回転)難度点:0.6 ⑮単独技(腕立て系) ヘリコプター 難度点:0.5 ⑯単独技(柔軟系) 足の旋回(新体操に類似した技)難度点:0.6 ⑰つなぎ動作 後転倒立 1/2 ひねり ⑱最後のポーズ 膝立ちのポーズ 得点 合計得点:21.600 難度点:3.150,実施点:9.000, 芸術点:9.450 ※難度点,実施点,芸術点の合計得点で競われ,実施点は 10 点満点から 0.1 点ずつ減点さ れる。 表 2  演技構成(ヨーロッパ選手権,2017,ロシア女子個人演技)

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表3 各時期における競技の特徴 各時期 エクササイズ運動期 開発された運動 ・健康,体力づくりを目的とした有酸素運動の開発。 ・音楽を用いたエアロビックダンスエクササイズの開発。 運動の特徴 ・様々な下肢運動(ステップ)に上肢運動を組み合わせた全身運動の連続。 ・一定時間(最低 15 分以上)を途切れさせることなくリズミカルに持続。 ・呼吸循環器系の機能向上を目的とし,筋持久力,柔軟性,巧緻性などの体力トレーニン グ要素を含む。 エアロビック競技の黎明期 エアロビック競技の誕生と導入 アメリカ ・集団で自由に踊るファッションショーのようなコンテストの開催。 日本 ・プロモーションとしてイベントの開催。 競技内容と審査内容 ・ステップや筋力トレーニングなどのエクササイズを実施。 ・審査員からの質問に対して受け答えをするという面接。 ・スタイルが良く,健康的な印象を与えるものが審査を通過。 エアロビック競技の普及期 組織の設立と競技会の開催 アメリカ ・NAC、ANAC という新たな組織の設立。 ・第1回世界大会の開催。 日本 ・NAC-Japan の設立。 ・FIA(日本本部)の設立。 ・IAF の設立。 ・JAF の設立。 ・第 1 回全日本エアロビック選手権大会の開催。 競技形式とルール アメリカ ・ステップを中心とした集団でのエクササイズで予選。 ・決勝で個人演技。 日本 ・第 1 次予選ではステップを中心とした集団でのエクササイズ。 ・第 2 次予選では筋力トレーニングを含むエクササイズ。 ・決勝で個人演技。 ・必修動作(連続)の実施。 ・アクロバティックな動作の禁止。 ・連続する強度の高い動きをエネルギッシュに実施。 エアロビック競技の変容期 ルールの変更 ・技術点による減点法。 ・芸術点による加点法。 ・連続動作の撤廃。 ・技の現れ。 競技の方向性 ・美しさを競い合うものへと変化。 ・高い難度点の得点が重要視。 エアロビック競技の変革期 体操競技化 ・FIG の採点規則を正式採用。 ・体操の一分野としての位置づけ。 ・弾性のある床に変更。 ルール ・エクササイズ形式の予選の撤廃。 ・ステップは 7 つに制限。 ・アクロバティック・エレメントが実施可能。 競技の方向性 ・高難度の技をいかに美しく完璧な実施で成功させるかというものへと変化。 表 3  各時期における競技の特徴

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技の難易性とエネルギッシュに動き続ける持久性 は, 2 つの柱として,この競技を特徴づけている と考えられる。 3 .考察のまとめ これまで見てきた,エアロビック競技の源流で あるエアロビクスとその後の各時期におけるこの 競技の特徴を表 3 に示した。エクササイズ運動期 では,健康,体力づくりを目的とした運動であり, エアロビック競技の源流がエクササイズであった ことが確認できた。主に呼吸循環器機能を向上さ せるための運動であることから,高強度の運動プ ログラムであったことが分かる。 エアロビック競技の黎明期では,1970年代に既 にアメリカで行われていたコンテストが1980年代 には,日本でも行われるようになった。その内容 は,派手なレオタード姿でステップや筋力トレー ニングを実施し,スタイルの良さを審査するとい う内容から,ミスユニバースのようなオーディ ション 注18)に近いものであったと推測される。 そして,黎明期で行われたコンテストが,集団 で音楽と一体となって体力の限界を目指してい く,というこれまでにない新しい競技として普及 していくことになる。この普及期の競技の特徴 は,予選で筋力や筋持久力を競い合い,勝ち抜い た選手が決勝で個人演技を行うというものであ る。そしてそこでは,集団で楽しむエクササイズ によって体力を競い合うものだけではなく,より 自由な表現で自分の個性を発揮できるという点が 魅力となっていたと考えられる。 次の変容期においてエアロビック競技は,美し さを競い合う競技へと変わっていく。連続動作が 一つの技となり,高い難度点を獲得することに重 点が置かれるようになっていった。そして,音楽 に合わせて,演技の中で人ができないようなこと を簡単にやってのけるというような高い身体能力 が評価されるようになっていく。このようなこと により,強度の高い運動を連続することで人を惹 きつけるということがこの時期の競技における魅 力とされていたと考えられるのである。 さらに,変革期では,高難度の技をいかに美し く完璧な実施で成功させることができるかという これまでとは全く異なった競技になった。 このようになった背景には,アクロバティック な演技をする選手の現れや,より美しいスポーツ として発展させていきたいという小西による考え と,エアロビック競技が FIG に認定され,体操 としての一つの分野になったことが大きく影響し ていると考えられる。 しかしこのような大規模な変革にともなって, 技の技術を追い求めていく方向性と,技術よりも エネルギッシュさや連続したステップのオリジナ リティを重視する方向性との二極化が生じること となった。 なお一見すると,この両者の方向性はまったく 相反するものであり,そこに何の共通点もないよ うに思われるかもしれない。しかし音楽に合わせ て人と違った動きでエネルギッシュに動き続ける という点では共通性を持っているとも言える。確 かに,そこには人と違った動きというのを,オリ ジナリティーの高いエクササイズ動作やステップ と見るか,アクロバティックな動作や技と見るか という点での違いはある。しかしそれでもなお, 音楽に合わせて人と違った動きでエネルギッシュ に動き続けるという共通点は見出すことができる のである。 このような二極化する問題を解決していくため には,本研究で明らかにしたような共通点と相違 点を踏まえた上で,このエアロビック競技の競技 性ということをさらに追究していく必要があると 考えられる。

Ⅳ.結語と展望

1996年にエアロビック競技が体操としての一つ の分野になったことで,この競技の競技性が大き く揺らぐことになった。そして,この競技の競技 性に混乱が生じたのであった。当然,このような 状態を放置していては,この種目の実り豊かな発 展を望むことはできない。このような問題意識を 端緒に,本研究では,エアロビック競技の競技特 性を明らかにするための前提として,この競技が どのような歴史を辿って現在の状態に至ったのか ということを,競技発達史的な立場から明らかに

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してきた。その結果,エアロビック競技は,アク ロバティックな動作や高難度の技の技術を競い合 うことに比重をおいたものと,それらに重きをお かずステップの連続動作をエネルギッシュに行う ことや,そのオリジナリティを競い合うことを重 視するものに分化してはいるものの,そこにはこ の競技に携わってきた者に共通に認識されてきた 動向というものがあることが明らかとなった。そ うした枠組み構造を踏まえた上で,このエアロ ビック競技の競技性ということをさらに追究して いく必要がある,ということについても一定の示 唆を得ることができた。 最後に,競技スポーツとして技の技術が向上し ていくことは,ごく自然なことであり,エアロ ビック競技は今後もさらに高度化し,より体操に 近づいていく可能性が高いのではないかと考えら れる。しかしそうした中においても,エアロビッ ク競技の独自性を見出していく努力を怠ることは できないと考えられる。 また,さらなる高度化が予測される体操として のエアロビック競技は,高得点を得ていくために 必要となる技の指導方法の確立が急務であると考 えられる。そして,そうした指導方法を確立する ためには,複雑化し続ける技やアクロバティッ ク・エレメントの構造体系論が不可欠だと言え る。

注 1 ) 本研究で扱う用語について,ここで整理して おく。本研究では,ケネス・クーパーが開発 した有酸素運動を「エアロビクス」とする。 ジャッキー・ソーレンセンが開発した運動プ ログラムを「エアロビックダンスエクササイ ズ」とする。また「エアロビックダンスエク ササイズ」から派生して競技として実施され るようになった運動種目を総称して「エアロ ビック競技」とする。なお,とりわけ FIG に 認定されているエアロビック競技に限定して 言及するときには,公式の英語名称「Aerobic Gymnastics」のカタカナ表示である「エアロ ビック・ジムナスティックス」と表記する。 注 2 ) FIG の HP より参照 https://www.gymnastics. sport/site/pages/disciplines/hist-aer.php (閲 覧日:2020年10月21日) 注 3 ) この問題は,一方の団体の試合に出場した選 手は,他方の団体の試合には出られないと いったことである。 注 4 ) FIG のHP より参照 http://www.jwga.jp/about_ meet/6th_akita.html ( 閲 覧 日:2020年10月21 日) 注 5 ) FIG の HP より参照 https://www.aerobic.or.jp/ uploaded/ketsudannshiki.pdf( 閲 覧 日:2020 年10月21日) 注 6 ) このことは,FIG エアロビック競技技術委員 会の委員長であるタミー八木・北川への聞き 取り調査からも明らかになっている。両氏は, 聞き取り調査において「エアロビック・ジム ナスティックスがオリンピック競技になるた めには,観客から見て分かりやすい演技や ルールにしなければならない,つまり体操の 一分野としてエアロビック競技の独自性を見 出していく必要があるだろう」と述べている。 (2019年 9 月 3 日,海外渡航中のため Skyp に て) 注 7 ) FIG の HP より参照 https://www.gymnastics. spor t/site/pages/disciplines/hist-aer.php  (閲覧日:2020年10月20日) 注 8 ) この写真は,(社)日本エアロビック連盟 (2009)エアロビックで世界に挑んだ日本人 , 株式会社ハードフィールド・アソシエイツ :4 に転写されたものである。 注 9 ) これらのことは,「(社)日本エアロビック連 盟(2009)エアロビックで世界に挑んだ日本 人」に執筆協力した元(公社)日本エアロビッ ク連盟常務理事である島貫への聞き取り調査 から分かったことである。(2020年 9 月10日, 玉川大学) 注10) これらのことは,現(公社)日本エアロビッ ク連盟理事長への聞き取り調査から分かった ことである。 注11) 作成されたルールについては資料としてしか 残っておらず,作成者の氏名は記載されてい ない。(公社)日本エアロビック連盟の現理

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事長の知念に聞き取り調査したところ,小西 と(公社)日本エアロビック連盟現理事長の 知念が作成したルールであることが分かっ た。 注12) Youtube(https://youtu.be/KqoALtnga94)(閲 覧日:2020年 8 月30日) 注13) Youtube(https://youtu.be/KqoALtnga94)(閲 覧日:2020年 8 月30日) 注14) Youtube(https://www.youtube.com/ watch?v=4aq58JLVLG4)(閲覧日:2020年 8 月 30日) ルールは全て男女同じであるため, 性別を分けずに女子選手のみの映像を抽出し た。また,変容期の競技の特徴は「力強く動 きながらも技の美しさを競う」ものに変化し ているため,女性の演技を提示した方が美し さを表現するという点においてはこの時期の 特徴が捉えやすいと考えた。 注15) Youtube(htt ps://www.youtube.com/ watch?v=exMr8CIvHA4)( 閲 覧 日:2020年 9 月 7 日) 注16) JAF エアロビック競技・採点規則に記載され ている技の表記である。 注17) Youtube(https://Youtu.be/CfeK3dMXsxU) (閲覧日:2020年 8 月30日) 注18) このことは,「(社)日本エアロビック連盟 (2009)エアロビックで世界に挑んだ日本人」 に執筆協力した(公社)日本エアロビック連 盟元常務理事である島貫への聞き取り調査か ら分かったことである。(2020年 9 月10日 , 玉 川大学)

付 記

本研究は武内と中村の 2 名で研究構想を練り, 本論全体を武内がとりまとめた。また,「Ⅱ . 方法」 については,主に中村が執筆を担当した。

文 献

FISAF International(2021)SPOR TS AEROBICS, TECHNICAL REGULATIONS (2021-2123). (一社)日本リズムダンス連盟(2020)演技ルール ブック . 金子明友(2017)身体知の構造,明和出版:100-101. 金子明友(1985)体操競技のコーチング,大修館書 店:12. 金子明友(2015)わざの伝承,明和出版:3 . (株)東弘通信社(1982)「FIT」. (公社)日本エアロビック連盟・審判委員会(2017) JAFエアロビック競技・採点規則. 小西晃一(1984)エアロビック競技・採点規則. 佐野,渡辺(2019)あん馬における片足系・倒立系 の技術発達史的研究,スポーツ運動学研究,32: 43-62. (社)日本エアロビック連盟(2009)エアロビック で世界に挑んだ日本人,株式会社ハードフィール ド・アソシエイツ:5-8. (社)日本エアロビック連盟・審判委員会(1990) JAFエアロビック競技・採点規則(1990-1993). (社)日本エアロビック連盟・審判委員会(1994) JAFエアロビック競技・採点規則(1994-2002). (社)日本エアロビック連盟・審判委員会(2003) JAFエアロビック競技・採点規則(2003-2012). (社)日本エアロビック連盟・審判委員会(2012) JAFエアロビック競技・採点規則(2012-2016). (社)日本エアロビックフィットネス協会(1994) 新・エアロビックダンスエクササイズの実技指 導,第 1 版第 1 刷発行:2-18. 武内麻美(2010)エアロビック競技選手の練習環境 及び練習方法についての研究−国内外の比較か ら −,修士論文. 受付2020年 9 月15日 受理2020年11月24日

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