戦 後 特 殊 教 育 政 策 研 究 ノ ー ト
その1.精神薄弱児対策の展開と民間団体(1)
埴 野 謙 二
(教育学部特殊教育研究室)
A Note
on the Policy of Special
Education
in Post-War
Japan
§1. The Development of the Policy of Education of Mental
Retarded Children and the Promotional Groups
(1)
By Kenji Hano
≪−≫ ≪二≫ I はじめに一障害児対策の問題状況にかんする一つの事例一一 問題の所在 問題の提起-一一「対策の展開と民間団体」をめぐる問題点:「民間団体」の 「圧力団体」イヒー (以上本号) Ⅱ.問題の限定一諸「民間団体」の概観と検討の視角- (以下続稿) ≪三≫ 対策の展開と民間団体の動向 I.「全日本精神薄弱者育成会」 II.「全日本特殊教育研究連盟」 Ⅲ.「日本精神薄弱者愛護協会」 ≪−≫ はじめに一障害児対策の問題状況にかんする一つの事例- ≪ドキュメント≫ 毎日新聞(大阪)40年9月6日(朝刊)-「国立で“障害児の村”・政府,具体策検討を急ぐ・ 月内にも研究会を置く」 「政府は……立ち遅れだわか国の重症心身障害児対策を41年から重点施策として推進する方針で検討して ●● ●● ● ゝ ●●●●● ●● ●●− きたが,4自橋本官房長官と竹下厚生省児童家庭局長か話し合った結果 ①療育補助の引上げ ③在宅障害 児への援護の充実 ③重症児施設の整備 ④国立心身障害児(者)の村(コロニー)の設置のための調整− など4つを柱として積極的に推進することを決めた.とくにコロニーの建設については ①非常に重要な問 題なので研究会を設けて検討する ②研究会は来年度の調査費(要求中)を待たず,予定を繰り上げて9月 ●丿丿 ●●●●中にも発足させる,などで意見か一致した. コロニーは………7月に「全国重症心身障害児を守る会」の北 浦貞夫会長夫妻,作家の水上勉氏,評論家の秋山ちえ子さんらか稿本官房長官と会ったときも7 ゛・`建設か強 い要求となってでたほか,さきの社会開発懇談会の中間報告でもその必要性か指摘されていた.厚生省は来 年度に先進国の西独,オランダ,英,米などに係官を派遣,・・・・・・調査研究するため,約150万円の調査費を ●●●・ 幽●●●要求しているか,鈴木厚相は早急に研究する必要かあるとして,このほど研究会の構想をうちだし,こんど の決定となったものである.……41年中にこの構想を固め,42年度から建設に着手したい意向である.こ・の ほか,重症児対策として同省は.今年度の4イ吝以上の17億2千万円を来年度予算に要求,この大部分を収容 施設の整備にふりむける.重症児専門の施設としては,民間団体の2ヵ所のほかに現在,・・・・・・3ヵ所で建設 .が急がれているだけで,それらを合めても病床数は570床,とても全国3万人と推定されている重症児の福 祉には役立たない….このため,来年度の整備計画は,国立療養所4ヵ所と国立整股養護園に重症児病棟を 設置するほか,民間施設への助成などで1180床ふやしたいとしている. また,現在,施設にはいっている m症児の療育費補助を現行の一人年間37万1千円から47万6千円に引きあげ,さらに在宅の重度精薄児に支 給されている扶養手・当(月額1千2百円)を重症心身障害児にも支給することを考えている.」(以上傍点 埴野)(なお,この問題については,「手をつなぐ親たち」40年8月号参照)1ろ4 高知大学学術研究報告 第14巻‘人文科学・j 第11号 - 一一 ≪コメット≫ . ● ・ ㎜ <コメントのためのドキュメント(1)> し 「社会開発懇談会」発表「中間報告のあらまし」ム(40雁が月24ぼ) ・ 総 論 り ’ ダ……… -(社会開発のビジョン)一 社会開発のピジョンは,健康で文化的な生活を国民すべてに・ゆ含わたらせ人間性ゆたかな社会を創り出す こと,即ち,人間的能力を開発するとともに,それにふさわしい社会的諸条件を整備向上させることにある. 日本において社会開発が登場した背景は,高度経済成長かもたら七だ`ひずみ,の是正にあると同時に, ・●●● ・・● ●●● ● ●●他方社会開発が経済の今後における安定成長をより効果的に推進する役割を果たすと考えられるようになっ ● ● ●●●●.●・● j・●●●㎜ た点である. ・ この意味で,まず経済の成長過程において,その目的である人間の福祉を第二義的に考えた誤りを反省し. ●.,ダ r ●●国民の潜在的エネルギーをひき出し安定した国民生活を保障するとともに,経済開発と均衡のとれた施策を 推進することが社会開発の課題となる.(中略) ≒ し 各 論 い IJ i 1.国民の資質能力の向上に関する問題(中略) 社会開発を可能にする基礎条件は,国民のすべてか相互に信頼し協力し合う理想社会の確立を目指し,そ の前提として各自が調和と社会性の精神に徹しながらそれぞれの能力を十分に発揮することである.さら に,この場合特に大切なことの一つは人間性の中に本来そなわっている宗教的・道徳的茄操が十分に発揚さ れなければならない点であり,二つは人間にはすべてそれぞれ大切な社会的持前かあるという正しい人間評 価が社会的通念としてまた慣習として確立されなければならないこと・である. 以下主なる事項をあげれば次のとおりである.(中略)ブ 一 (7)精神障害者の多くは適正な医療を加えることにより社会復帰を期し.うるので,医療訓練施設を整備 I ・・− ¶ ・ 拡充し,在宅者に対する訪問指導体制を充実するなど措Hするとともに,精神障害者の放置に起因す る社会問題の惹起を防止する施策を講ずるべきである. (8)その他,精薄児,虚弱児等のための特別な教育施設の拡見国民栄養改善のための措訟の強化,児 蛮問題相談機関の増設,ボーイスカウト活動等青少年団体活動の活発化の助成,へき地教育9格差是 正などの施策を推進すべきである.(中略) I ’ 4.社会保障および福祉対策に関する問題 ゛ 社会保障および福祉対策は,これまでとかく落伍した者への救済策としていわば後向きに取り扱われてき た.もちろん人生途上において不可避的に遭遇する事故にもとづく不安の排除か社会保障の目指すところで はあるが,このような不安の除去がとくに最近の社会・経済の大きな変動と結びついて必要となっていると ころに今日の問題がある.何よりもまず高度経済成長の逆坑効果としイての社会生活の圧迫がとりあげられな ければならず,これに加うるに人口構造・労助力構造・生活柵造の変化等の最近の現象がたとえば心身障害 者や老人の能力開発.低所得階層の子弟の進学援助,家庭生活の健全化などを必要ならしめ,そのための社 会保障福祉対策は社会・経済の変動に応ずる前向きの意復を.もつものであって,そこに社会開発とのつなが りも認められ,その最も基礎的な政策手段としての意義をもっのである. 以下主なる施策事項は,次のとおりである. \ (l)心身障害者は近時益々その数を増しており,しかも障害者のいる世帯は多く低所得層に属していること に問題がある.リハビリテーションを早期に行なうこ,とにより社会復帰を促進する必要がある.このため 温泉地区等全国数力所にメディカルセンターをつくり,られにリハピリテーションの施設を集めることか 考えられる. (2)一般の社会で生活していくことの困題な粘神薄弱者児に対しではレ環境のよい土地にコロニーを建設 し,能力に応じ生産活動に従事さ,せることか必要である. こー,のため国有地,公有地を優先的にまわすなど 土地の確保を図るべきである. ’− j■ = ■ (3)その他,母子世帯に対する福祉貸付金制度の充実,老人対策,年金制度の内容充実,医療保険制度の改 乱児童手当制度の創設など広汎な諸施策の推進と社会保障体系の聾倫を図ることが必要である.
暑
戦後特殊教育政策研究ノ.−ト(1ト(埴野)
1ろ5 「社会開発」というキャッチフレーズヘの障害児対策の包摂化一包摂化における「ビジョン」と 「各論」との使いわけ・にもとづく対策の腰少化 <コメントのためのドキュメyト(2)> 「重症心身障害児対策促進協議会」答申「重症心身障育児対策促進について」(31年7.月311日) 近年児童福祉の施策は著しく進み,各種の障害児に対し福祉の手か仲びてまいりましたことは,誠にご同 慶の至りに存じます.しかしながら残念なことに,もっとも養護療育を必要とする生涯自立困難な重症の障 児,二重苦,三m苦の子供たちは後まわしにされ,ほとんど顧みられていないといっていい現状にあります. これらの子供の実態は未だ明らかに‘されず在宅児に対する福祉施策はなにーつなく,受入れる施設もなく. ●● ●●● ●● ●●●●● ●たとえあったとしても二・三の例外的なものであり,その措置の内容か重症,二重苦,三重苦の子供を対象 としていないため,処遇も極めて不十分であって,わずかに施設側め篤志にすがるとい`つた有様であります. またこのような子供を抱えた家庭は精神的にも経済的にも負担の大なること言語を絶するものかあり,今日 の如く野放しにされている実情にあっては親子心中,家庭崩壊などの悲劇を生んでおります. これらの子供といえども,人間としての価値に何等変りあるものでないことはいうまでもありません.早 期に適当な養護療育を施すならば,その能力をこれらの子らなりに十分伸ばし人間としての幸福を味わわせ ることができるのであり,適当な福祉措置を講ずるならば,その家庭をして,後顧の憂いなく社会のため貢 献せしめることができるのであります. 私共,障害児福祉に関する団体は相結んで重症心身障害児対策促進協議会を作り,これが対策につき研究 協議を重ねてまいりましたが,とりあえず下記の如き対策が一日も速かに実施されるよう切に要望いたしま す.(中略) 2 実態調査と対策基本要項の策定 対策樹立の基礎を固めるため実態の把握が先決である/そのため重症心身障害児の数,障害の種類と程 炭,養護の現状レ該当児の家庭の状況等につき速かに実態調査を行ない,これに基づき対策の基本要項を 策定すること. − 3 当面の諸対策 , ≒ 重症心身障害児の福祉対策は,年令に拘らず生涯を通じ諸分野を覆う総合的かつ一貫したものか樹立さ るべきであると考えるが,問題の切実性に鑑み当面下記の如き対策が講ぜられ・るよう要望する. I 発生の予防と早期発見および早期措置の促進(中略) n 在宅重症心身障害児養護の強化(中略) Ⅲ 既存の施設の強化と措置内容の改善(中略)・ IV ,専門施設の建設(中略) V 専門職員の養成と研究の強化(中略). VI 経済的福祉対策の強化(中略) Ⅶ 社会一般の理解増進をはかる(中略)’ 4 総合的対策の確立 以上の対策は当面の要望を列挙したものであるが,これを系統化し,恒久的な施策を確立するには,下 記の如き総合対策か必要であると考える. J‘ (1)行政組織,障害の種別を超え,これを総合する審議機関を設けて基本対策を確立する. ●● ● ●●● ● ● ●● ● ●●● ● (2)総合的な専門研究機関を設け施策の内容を充実する. (3)障害率に応じた国家保障を行なう. ( 4 ) I -. J r r ■ i ^ l l 参 院 関係機関および施設に関する考え方を確立し,年次計画をもって必要かつ十分なる数を確保する. (「精神薄弱者問題白書」(1963) pp. 315∼317-傍点埴野) 児対策への民間団体の努力の一つの表示−「答申」提出の時期に注意−「答申」内容と≪ド1ろ6 高知大学学術研究報告 第14巻 人文科学 第11号
キュメント≫に示した牛ヤヤッチフレーズにもとづく施策の内容との差に注意一民間団体の努力の
様式の問題性・「要望」という発想.
<コメントのためのドキュメント(3)> 座談会「心身障害対策をめぐって」における,「重症心身障害児対策」についての厚生省児童家 庭局母子衛生課長の発言 滝沢 中央児童福祉委員会の中に心身障害児童会を作りまして,ようやく発足して第一回の会合をやって ……ここでは,時間がかかり根本的にやるものと,とりあえず四十年度に手をつけるものとに分けて,いろ いろご検討願いたいと思ってます.そういう中で,亜症心身障害児というものは,いわゆるリハビリテーシ ョンというものはほとんど困難なケースですね,そうするとこれを治療して学校教育をさせるというような 夢がないヶ−スなんてすね.そこで18歳とかの年令を切らず,ずっと考えると,これはぼう大な施設を必要 とするわけですよ.そうするとやはりある程度,実態を把握するということがどうしても必要になってく る.………l,春期以後のー生にわたってペットを考えるべきだ.だからそういう数字を割り出し,そういう性 ●丿 ●● ・●●格をきちんとし,原則を打ち立てる.こういうしくみを十分討議していただいて.それに従って,施設をブ ロックごとに作るなり,従来の肢体不自由児施設,その他に併設してゆくなりして,相当数のベッドがい る.……入れる子どもの年令の条件,施設の性格,従って児童福祉法で精薄一元化か起ったんですか,同法 ●●●●●●●●●・●● ●●●●●の改正で,重症心身もやろうというのは,ちょっと無理があるのではないか.そうするとどうしても他の施 設との関係で18歳問題というのががらまってくる.社会局・児童局的関連も出てくる.こういうことになり ますから初めは児童局でいいと思うんですよ.スタート,は子どもの時からで,ちょうど精薄一元と同じよう にね.重症心身というのは,大人になったって脳の障害や感党障害を併せて持っているのが多いんですか ら.そうしますと精薄者福祉法一本でいくように,やはり重症心身障害者の単独立法も考え,精薄一元化論 と併せて検討するなりして,大人になった時の社会保障的な問題をどう取り扱ってやるかを考えないといけ ないんじゃないか.その場合,全部か全部医療施設でいかなくちゃいけないか,一生病院で入院するのか. ……その保障の仕方というのは,八割の部分については単な芯社会ほ険の点数でいくというような医療方式 でいくべきなのかどうか,この辺も大きな課題ですね………だからこういうような形も含めて,年令の問 題,従ってそこに従事する職員の構成まで性格づけられる……それに関連する措置費をどうみるか.社会保 険からはずしてみるか,そうすると国の費用というものを相当かけなくちゃならない.今,社会保険に半分 おんぶしてるわけですよ.となるとこういう重症障害者の社会保障的な取り扱いをどうしていくかというこ とは,国民全部か税金使ってやってもよいという世論か起,らないと大蔵省だって出しにくいですよ,(雑誌「青少年問題」40年5月号から引用一傍点埴問:)
暑
キャッチフレーズヘ包摂化された内容及び牛ヤッチフレーズにもとづく施策の内容と,この発言
が考慮しようとしている内容との間の大きな差に注意−この発言の内容と上記「答申」(くコメッ
トのためのドキュメント(2)>)との同―性に注意・「答申」の時点から今日までの時間の空転
華
「社会開発」というキャッチフレーズのかげの下での障害児養護制度の秩序形成への志向の喪失
化・制度の従物にすぎない個々の機構の管理への傾斜.
≪二≫ 問題●の所在
I.問題の提起−「対策の展開と民間団体」をめぐる問題点−
① 私か,この小論において課題とすることは,特殊教育の戦後の展開を,特派教育政策の展開
過程という一つの側面の検討を通じて,考えようとすることにある.
戦後20年目の今日,日本の諸分野において,「戦後」め内実を再検討することが試みられている.
戦後特殊教育政策研究ノート(1)
(埴野)
1ろ7戦後20年とはいうものの,すでに「戦後はおわうた」ともいわれてから数年後の今日における「戦
後」の再検討とは,なにを意味しているのだろうかーそうした再検討の試みは,一方では,「戦I
争の真の終り」を追求しようとする意欲と,他方では,それと重なりあいながら,「進むべき未来
の方向」を考察しようとする意欲とによって,支えられているように思われる.しかし,そうした
意欲は,戦後の時間の経過の底にたえず潜流してきたものであるともいえるのであって,それか・
今日,「戦後」の内実の再検討といかたちをとってあらわれていることは,昭和40年か戦後20年目
であるという単なる時間的区切りによるものではないことはいうまでもない.「戦後」の内実の再
検討は,「戦後」こそがその所有を可能にした「理念」の,戦後20年間のあり方に対するl,再検討
の試みであり,その「理念」の戦後20年目の今日における様態に対する「危惧」にもとづく,今日
の状況にふさわしいあり方の創出のための再検討の試み,であるといってよいように思われる.
私の課題もまた,こうした試みの志向と同じ関心にもとづくものではあるか,特殊教育政策の展
開過程の検討をもって,総体としての特殊教育の展開過程の検討とすることが出来ないことはいう
までもなく,また,以下に具体的にのべる「精神薄弱児対策」の検討をもって,特殊教育政策の検
討とすることも出来ない.したがって,私の,この小論における課題は,特殊教育の「戦後」の内
実の検討という課題の,ほんの一部分をしめるものにすぎない.しかし,後にのべるように,特殊
教育の戦後の展開の中核をなすものが,(展開の領域という側面からみるならば,)精神薄弱児教育
の進展であるということを考えるならば,私の課題を解いていくごとによって,課題の総体にせま
るための手がかりを,いくぶんなりとも明らかにすることが出来るのではないか,と思う.
② 特殊教育の戦後を特質づけているものを何にもとめるかは,総体としての特殊教育の構造の
どこに着眼するかによって,必ずしも一義的ではないけれども,その構造の性格そのものを規定し
ているものとして,「子どもの権利」−「権利としての教育」という理念の課題化ということをもっ
て,特殊教育の戦後の特賞と考えてよいように思われる.戦後まもない時期に「制定」された日本
国憲法・教育基本法に「明記」された,この理念は,戦後20年目の今日,如何なる実態と対面して
いるだろうか.特殊教育の戦後の特=質ともいうべき,この理念の課題化は,「戦後」の経過のなか
で,如何なる現実として,実現されているだろうか.たとえば,「特=殊学級」「養護学校」への精神
薄弱児の「在籍率」は,累年増加の傾向を示しているが,`昭和39年度においてさえ,「特殊教育を
受けるべき推定児童数」の約10%にすぎないという事実は,また,たとえば学校教育法の規定によ
る「養護学校」の都道府県における「義務設置制」が,今日なお/実施されていないという事実
は(1)特殊教育の今日の現実が,どのようなものであることを示しているだろうか.もちろん,こ
れらの事実が,その現実を構成している実態のほんの一部分をしめるものにすぎないことは自明の
ことである.しかし,さきの「子どもの権利」−「権利としての教育」という理念にとって,これら
の事実は,なにを意味しているだろうか.「在籍率」10%という事実は,その理念の構成要素をな
しているとでもいうべき,「各人がその能力と適性に応じた教育を受けるという原則」(2)にとって,
なにを意味しているだろうか.また,「義務設置制」未実施という事実は,同じく「チ々ンスが,
すべての人に平等に開かれているという原則」(2)にとって,なにを意味しているだろうか.これら
の意味を考えるならば,これらの事実は,それが,ほんの一部分をしめるものにすぎないというこ
とによって,かえって逆に,特殊教育の今日の現実を構成している総体としての実態の性質を,明
ら・かにしめしているといってよいように思われる.
しかし,いうまでもなく,特殊教育の今日の現実の性質について,上のように考えることは,
「子どもの権利」という理念が,特殊教育の戦後を特質づけるにたる資格を欠いているということ
を意味しているわけでもなく,またその理念の課題化の実現につとめてきた諸々の努力を無視して
よいということを意味しているわけでもない.今日の現実が,その理念にとってどのように貧しい
1ろ8 高知大学学術研究報告 第14泡;①人文科学・ 第11号 ものであるとし七・も,そのような現実すらが,そうした諸々の努力によって,作り出されてきたの であるし,その努力の存在によってこそy七の実現化の貧しい理念をもって,特殊教育の戦後の特 質とすることか,なお可能とされているのである. べ この小諭における私の,特殊教育の戦後の展開を,特殊教育政策の展開過程を通じて考えようと いう,課題は,いいかえれば,そうした努力のこれまでの性格をふりかえってみるということであ り,そのことを通じて,上にのべた理念が,特殊教育の戦後を特質づける,という資格をますます 充実していくためには,如何なる努力が必要であるかを自らかにしようということにある,のであ る.しかし,そうした努力が,複雑な構造を示しており,様々な次元にわたっていることはいうま でもない.しただって,特殊教育政策の展開過程の検討は,そ・う・した総体としての努力の限られた 一つの次元犀関するものにすぎない.以下において具体的にとりあげる「精神薄弱児対策の展開と 民間団体」という問題は,「精神薄弱児対策」という特殊教育のーつの領域の,「精神薄弱児対策の ● ● ● ● ● ● ● ●● ● 展開と民間団体」という特殊教育の一つの次元において,政策形成という努力か,これまで如何に 行われてきたか,という問題である.「精神薄弱児対策」'をめぐるいくつかの「民間団体」は,戦後 過程を通じて,その努力の中核的なにないてであり,-そのて民間団体ふと,政策形成のまさに当事 ● ● ● ● ゛ ● ● 者とでもいうべき政治主体との,政策形成という努方のなかでの関係を,検討することが,問題の 内容にほかならない. ③ さきに,特殊教育の戦後を特質づける「子どもの権利」一「権利としての教育」という理念 が,戦後20年目の今日,如何なる現実と対面しているか,ということについて簡単にのべたか,こ うした今日の特殊教育における理念と現実との関係のあ匂ようぱ,特殊教育の戦後の展開をささえ てきた努力に対してなにを意味し,なにを示唆しているだろうか.これまでの努力の性格をふりか えり,今後の努力のおり方を考える,ということにダ.とって,その関係のありようを,どのように考 えるかは,きわめて重要なことであると思われる(3) あるいは,今日の貧しい現実の前で,「子どもの権利JTr権利としての教育」という理念は. ● ●● ● ●’ たとえそれが,「国家」の基本法や教育の基本法に規定されでいるとしても,すでに色ざめた理想に すぎず,そうした規定は単なる「宣言」なのだ,ど考え.なければならないだろうか.この,いわば すべての人が自明視する理念は,それが自明視されれば,されるほど,無価値なものとなり,現実に 対する非有効性をあらわにするものなのだろうか.たしかに,今日における理念と現実との間には うめがたいずれがあり,そのずれの存在をもって,\理念の空想性をいうことは容易である.しか . ● ●. − .i ゛j ・ − ● し,この理念は,かえって,現実が,理念からずれた実態によって構成されれていることを明らか にし,そのことによって,現実を構成する実態を理念へ近づける努力の必要性を指示しているので はないだろうか.この理念がいかに貧しい現実と対面しているとしても,理念と現実との関係のあ りようを,どのように考えるかについては,必ずしも一義的な結論が出てくるわけではない.問題 は,理念と現実という二つの次元で考えることそれじたいが重要なのではなく.その両者の関係づ けをどのように考えるかによって,理念9もつ意味と池念の実現化に対する努力の態庶がちがって くる,ということにあるように思われる.例えば,戻の理念を,-いわばたてまえと考え,たてまえ としては正しいけれども現実はそうではないという二元論として考えることも出来よう.しかし. この場合には,理念と現実を動かそうとするなんらかの努力との間を関係づける論理か生まれるこ とはないといわなければならない.例えば,この理念を,プそこに向うべき理想であると考え,そこ に向うべきなんらかの努力か必要であると考えるととも出来よう.したがって,現実はいかに貧し いといえども,理念に向う努力によって作り出されたものであ匈,その努力がつづけられるかぎ り,理念に向って現実は勁きつつある.と考えることも出来よう.この考え方は,先きの二元論に
戦後特殊教育政策研究ノート’田 (埴野) 139 比べて,理念と現実との関係づけについての一つの論理を用意するものであることはたしかであ’る けれど,そこからは,現実を理念に向って勁かす努力が,理念に向っていさえすればよい,という きわめてあいまいな関係づけしか生れてこない,いいかえれば,努力の質とあり方についての明確 な規定は明らかになら,な.い,といわなければならない.例えば,この理念を,その構成要素とし て,すでに,その内にその実現のためにあるべき努力についての規定を,内包しているものと考 え,理念を,現実を動かす努力にとっての,いわば規範である,と考えることも出来よう.さきに のべた,理念が,かえってずれのある現実を明らかにし,現実を理念へ近づける努力の必要性を指 示しているのではないかということは,このように,理念を,努力の規範であると考えこその・よう に理念と現実とを関係づけることによって,はじめて,大きな意味をもってくるのではないかと思 われる.いいかえれば,理念を,努力の規範であると考えることは,努力の質とあり方が,如何な るものでなければならないかを,理念か決してあいまいにはしていない,と考えることを意味して いる.いうまでもなく,理念か努力の質とあり方については決してあいまいでないということは, 理念の規範性が,理念をたまたまある人が規範だと考えることによって生れてきたというような 「先験的な」ものではなく,理念が思想というかたちをとって人間の所有物となるにいたった人間 の歴史の発展の内に,・その根拠をもっている(4),ということによっている.一一特殊教育の戦後の 展開をささえてきた努力の性格は,こうした理念の規範性という面から,どのように反省岑れなけ ばならないだろうか. あるいは,20世紀後半の今日において,「子どもの権利」7「権利としての教育」という理念は, それが思想というかたちをとって人間の所有物となるにいった歴史上の時点の特定性の故をもっ て,今日の現実を勁かすにたる資格を欠いているyと考えなければならないのだろうか.さきにこ の理念の規範性ということをのべたが,今日の時点において,そうした規範性を考えることじたい が,すでに時代錯誤なのだろうか.しかし,いうまでもなく,理念の規範性というものは,いわ ば,ほっておいても,その規範としての力を保持しつづける,というようなものではない.・また理 念の規範性ということ,いいかえれば,理念が,現実を勁かすべき努力の質とあり方について,け っしてあいまいでない,ということは,きわめて貧しい例え方ではあるが,オモチャ箱にオモチャ の組み立てかたがかいてあるように,理念の内に努力について規定が,内包されている,というこ とではない.さきにのべたように,理念の規範性が,理念が思想というかたちによって人間の所有 物となるにいたった人間の歴史の発展の内に,その根拠をもっている,ということ,そのことが, 同時に,規範性が規範性として生きつづけるためには,何か必要であるかを指示している,といっ てよいように思われる.即ち歴史上の特定の時点で生れた理念が,その後の歴史の展開のなかで, なおかつ人間の所有物でありうるためには,理念か生れた時点で,また,理念が人間の所有物とな るために通過した思想の内部で,理念を支え,理念が要求した事態や要素との連関性を,その後の 歴史の展開の過程を構成している様々な変化の条件に照応した新たな連関性において,くみIかえる いとなみが必要であることを,指示しているといってよい.くりかえすならば,この理念が,「一 石の教育原則として,特定の教育実態から生まれ,またそれを反映して生まれたということは,… (その理念が)…単純なーつの事ではなく,生きた関連しあう事柄であったし,今日でもそれ舛現代 の社会実態のなかでの新しい関連をもとめている(5)」と考えなければならないのである.理念の規 ■ . ●範性というものは,・こうした理念の連関性を媒介にしてはじめて生きつづけるのであり;理念か, こうした連関性のたえざるくみかえのいとなみの必要性の指示を内包していると考えることによっ てごそ,はじめて,理念か努力の質とあり方について,けっしてあいまいではない,ということか 出来るのである.したがって,そうしたいとなみへの試みを欠いで,単純に,理念に対して時代錯 誤とすることは,そして,さらに,時代鉛誤ということをもって,今日のきわめて貧しい現実に対 する努力についての反省をおこたることは,この理念が人間の所有物となることをささえた営為に
140 高知大学学術研究報告 第14巻 人文科学 第11号
対して不遜である,といわなければならないー.特殊教育の戦後の展開をささえてきた努力の性
格は,こうした理念の連関性という面から,どのように反省されなければならないだろうか.
④ 特殊教育の一つの領域としての精神薄弱児教育の戦後の展開をささえてきた努力のなかで, 政策形成の努力という一つの次元に注目するとき,その努力のこれまでの質とあり方における問題 ● ● ● ● ● ● ● ●● ● ● ● ゛ ● ● 点は,その努力のにないてに即していうならば,「精神薄弱児対策」をめぐる「民間団体」の「圧 ● ● ● ● ● ’l ・ ● 力団体」化ということに,集約することが出来るように思われる.すでにくりかえしのべ,また, ≪三≫において具体的に明らかにするか「民間団体」は,精神薄弱児教育の戦後の展開をささえて. きた努力の一貫した中核的なにないてであるといって過言ではない.しかし,その努力のこれまで の性格を反省するならば,「民間団体」が,努力の中核的なにないてになればなるほど,そして, その努力の「成果」が生じれば生じるほど,その中核的なにないてであること,そのことのなかに, 努力の一層の発展や努力の「成果」の拡大を,おしとどめるものが生れてきているのではないか, と思われる.そして,そのおしとどめるものが,「民間団体」の「圧力団体」化ということに帰着 するのではないか,と思われるのである.周知のように,「精神薄弱児対策」をめぐる「民間団体」 の多くは,その「事業目標」のうちに「施策の推進と社会の理解増進」ということをかかげている. この点について例えば,「全日本精神薄弱者育成会」(通称「手をつなぐ親の会」)においては「… 中央地方を通じて,施設や教育機関の増設をはじめ施策推進のための陳情や協力活動か常時行なわ れ,育成会活動の中心を占めている.…国の施策においても,育成会の熱意を傾けた問題に主点が 注れて来たことなどに,この活動の顕著な効果が実証されている.」(6)とされ,その「中央会」に は「国会対策部」が設けられている.いうまでもなく,こうした「施策推進のための陳情や協力活 動」というような政治行動を,「民間団体」が「常時行な」」うこと,そのことをもって,「民間団体」 ‘が「圧力団体」イヒしたということが出来ないのは勿論であり,重要なことは,そうした政治行動が, どのような質のものであるかにかかっていることは,・自明のことである.この政治行動の質がどの ような性格のものであるかについて,例えば,前記「精神薄弱者育成会」の「専務理事」の次のよ うな発言報告は,きわめてたんてきに示しているように思われる.私か専務理事Rニなった年の大会の決議文を携えて国会陳情を行なった時のことはー生忘れられ
ません.その当時の国会議員先生は『精神薄弱』という言葉さえ知られませんでした.いろいろ
申上げても背を向けてこちらを向こうとはせず,返事もせず,ただ一言『あなたは何票持ってお
られるか』と背を向けたまま質問されました.私はくやしくて……『5百万票持っています』と
1 ● ●● ● ‘●●`
…どなりました.回転椅子をぐるっとまわして…陳情を聞いてくれました.……今日では10年前
とはまるで違い,親切に扱われるようになりました.,ほんとうに有難いことです.しかし決め手
には変りません.子どもたちの幸せのための予算や法律や政令は国会や市町村会で作られるので
す.これを上手に勁かすことが一番の近道です.それには団結であり選挙権の行使を誤らないこ.
とです.そしていたずらに理想論に走るのでなく決定権をもった政党を上手に使い,実力ある政
● ● ● ● ・ ● a a a ` ゜^ ^ ’^ ’
...− − ミ ミ ー ミ ・ ・ ● ・・ ●・ ● ● ・ ・● ●● 治家に精薄の重要性を知っていただいて十分働いていただくしと,その方には,選挙でご恩返し をすること以外に手はないと思います.…本年の逃挙には大いに働いて私たちの政治への発言力 ● ・ ● − − − − を大きく増大いたしたいものであります.」(7) 「目的達成の手段として政治への発言力を増すこどか精薄対策推進上いかに大切であるかとい 皿 − − 皿 皿 − 皿うことが全国の会員全部にようやく徹底してまいりました.それには主権在民の民主政治下主権
行使の最大の行事は選挙であり,その機会に私・たちの分散された力でなく集約された団結力を示
すことか先決であります.
来るべき参議院選挙に臨む態度として.『精薄対策に理解があり,力
戦後特殊教育政策研究ノート(1) (埴野) -141