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ディベートで文学を<読む>学習指導II : 大学4回生の授業(「読解読書指導論」)における実践を中心に

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(1)学校教育学研究, 1996,第8巻, pp.31-42. 31. ディベートで文学を<読む>学習指導II -大学4回生の授業(「読解読書指導論」)における実践を中心に 言語系教育講座(国語)堀江祐爾 兵庫県立神戸北高校教諭井上雅彦 本論の筆者二人は,先に「ディベートで文学作品を<読む>学習指導」 (「学校教育学研究」第7巻1995年)をま とめている。その論においては,現在の国語科授業に求められている条件として次の3つを掲げ,ディベートを用い た学習指導は,この3つの条件を満足する可能性のある学習指導法であり,しかも文学の学習指導の新たな可能性を 拓くものであるという仮説を提示した。その仮説を検証するために,大学4回生に対する授業(「実地教育Ⅶ」)にお いておこなった戯曲『夕鶴』のディベート学習指導を分析・検討した0 A,生徒が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習形態による授業。 B, 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づける総合的授業。 C,それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合う場をもつ授業。 考察の結果,ディベートがこの3つの条件を満足し得る学習指導であることの一端を明らかにしたが,さらに学習 指導の実例,特に戯曲以外のジャンルでの実践例の検討をおこなうことが課題として残された。本論では,小説教材 を扱った実践を検討の対象に取り上げることにした。本論は,平成7年度学部3, 4回生対象の授業「読解読書指導 論」においておこなった小説『愛のサ-カス』 (別役実)1)に関するディベート学習指導について,上に述べた仮説 が成立することを実証しようとするものである。 キーワード:ディベート,国語科学習指導,文学教育,読みの指導. 1ディベート学習指導の定義と目的. しかし,ディベートの本質的意味は, 「言い負かし合. 1. 1ディベート学習指導の定義. い」にあるのではない。もしディベートをそのように考. ディベートは一般的には, 「ある命題をめぐり,賛成・. えるならば,我々は自己の殻から脱することはできず,. 反対の相対する立場から,根拠を示しながら論を立てて. ディベートは発展性のないただの言い争いとなってしま. いく,ルールに則った討論」2)と定義されるOつまり,. う。ディベートは互いに意見を交わす中で,自分の考え・. 一般的定義では,ディベートとは討論場面だけを指す。. 立場以外に立脚する意見・発想に出会い,それによって. しかし,ディベートを学習指導に生かそうとするならば,. 自分の考え・立場の位置や特性が明確になり,場合によっ. 「論題の決定」 「資料,データ,情報の収集と分析」 「論. ては,自分と異なった意見・考えを取り入れたり,自分. 理の構築」3) 「討論会(狭義のディベート)」などの討論. の考え・立場を変えていったりする。つまり,表面上は. 場面の前後の活動を含めて考える必要があるO. 2派に分かれ,その論の優劣を競っているように見えて. つまり,ディベートを用いた学習指導は,次の4つの 活動を含んだものでなければならないのである。. も,双方の相違点や特色を明らかにし,そこから建設的 により高い次元の意見を生みだそうとするものである。. ①論題の決定. それは「言い負かし合い」ではなく「言い認め合い」と. ②論理構築過程(資料,データ,情報の収集と分析,. とらえるにふさわしいものであろう。. 論理の構築) (彭討論会 ④ディベート(学習活動)全体についての検討4). 2ディベートを用いた学習指導の展開 2. 1 「交流」を重視した文学教材の学習指導過程 文学の授業において,教師の発間によって学習者を一. 1.2 「言い認め合い」としてのディベート. つの解釈・主題に導いていくことの問題点が論じられ,. ディベートは己の正当性を主張し,相手の非を指摘す. その問題を解決する方法の一つとして「読者論」に基づ. ることに専心する「言い負かし合い」であるというとら. く学習指導の導入が図られてきている。. え方がなされることがある。つまり,うまく相手を論破. 「読者論」に基づいた文学教材の学習指導では,読者. し,いかに自己の主張を通すかを学ぶ方法として,ディ. である一人ひとりの学習者の多様な解釈をできるだけ尊. ベートをとらえるというものである。. 重しようとする。これは当然と言えば当然のことである.

(2) 32. が,いざ授業の中でそれを実践しようと思うとそう簡単 にはいかない。 「一人ひとりの解釈を尊重する」あまり に,独りよがりの解釈,明らかに文章に基づいていない 解釈などを許してしまうことになりかねないのである。 「一人ひとりの解釈を尊重する」授業を展開するには どのようにすればいいのか,これが今の文学教育の最も 大きな課題であろう。その課題を解決する考え方として, 「交流」を重視する学習指導が注目を集めている。文学 作品を多様に読み,それを交流させる。その交流によっ て学習者は自己の読みと他者の読みとの相違(対立)に 気づき,異質な読みとの対立・葛藤によって学習者はテ クストとの対話や自己内対話をより深くおこない,読み を豊かに確かにしていく。 後藤恒允氏は,こうした「交流」の重要性について, 次のように述べている。. 2. 3ディベートを用いた学習指導の展開 ディベートを用いて文学作品を<読む>学習指導の展 開を,学習形態面に焦点をあてて整理すると次のように なろう。 I.個の読み(作品との出会い) Ⅱ.同質の読みとの出会い(小集団の形成) 刀.同質の読みとの交流(論理構築過程) Ⅳ.異質の読みとの交流(ディベートマッチ) V.個による読みの再構築(ディベート学習活動全体に ついての検討) I.個の読み(作品との出会い) 初読時の個の読みにもとづいて,学習者は論題に対す る2つの立場を選択する。ここで注意すべきであるのは, 初読時には論題に対する立場にとらわれることなくテク. 読者論による文学教育とは,読者である個々の生徒の 多義的な解釈をそのまま容認し尊重して絶対視すること ではない。生徒の多様な読みのなかに,教師が意図的に 「異質な論理や思考を対立させ葛藤させ」て, 「緊張や集 中を生み」だし,読みを深め認識を拡充させるといった 働きかけがなければならない。5). ストに向かい合い,その後に立場を選択するということ である。 I.同質の読みとの出会い(小集団の形成) 学習者は同じ立場をとった仲間が多くいることに気づ き安心すると同時に,全く異なる立場に立っものがいる ことを知り,相互に各自の読みの位置づけをおこなって いく。. こうした「交流」を重視した文学の授業の学習指導過 程をまとめると次のようになる。. Ⅲ.同質の読みとの交流(論理構築過程) 論題に対して同じ立場をとったグループにおいて,そ の立場を支持する根拠をテクストから収集し,それをま. ①多様な個の読み- ②読みの交流- ③読みの対 立- ④葛藤にもとづく対話(テクストとの対話・自. 者同士の読みの交流である。ここでは自説側の読みだけ. 己内対話) - ⑤より豊かで確かな個の読み. ではなく,他説側の読みについての予測も同時に交流す. とめて読みの論理を構築する。同質の読みをおこなった. ることになる。この交流の中で,学習者は初読時の読み. 2. 2ディベートを用いた「葛藤」 「対話」 「交流」 文学の授業をこのように展開しようとした時, 「葛藤」 「対話」 「交流」という面に注目すると,ディベートを活 用した学習指導が,重要な指導方法として浮かび上がっ てくる。. を確認,補充,深化していく。論題に対して同じ立場を とった者同士であっても,各部分の読みには微妙な違い があることや,他説側の読みを予測することを通して相 手側にも妥当性があるかも知れないことに気づいていく。 Ⅳ.異質の読みとの交流(ディベートマッチ) 同質のグループによって構築した読みを携えてディベー. ①対立する読みを意識的に<対比>することによって, 多様な読みを生み出す(論理構築過程)。 ②多くの交流場面をもっ(論理構築過程・ディベートマッ チ)。. トマッチをおこなう。これは,論題に対して異質の読み をおこなった者との出会いであり,交流である。互いの 正当性を主張する中で,全く違った角度からの読みを知. ③論題によって読みの対立を招く(ディベートマッチ)。. り,各自の読みはゆさぶられる。そしてテクストとの再. ④葛藤にもとづき対話がおこなわれる(ディベートの全. 対話を迫られ,読みは補充,深化,変容されることにな. 過程)0 ⑤個による読みの再構築をおこなう場がある(ディベー. m V.個による読みの再構築(ディベートについての検討) IからⅣの過程を経た後,学習者が個別に各自の読. ト学習活動全体についての検討)0 このような特色をもつディベート学習指導は,文学作品. みを見つめ直す場が必要になる。それは論題に対する2. を豊かに確かに読むことに適しているのではないだろう. つの立場にとらわれない読みを保障し,多面的な考え・. か。. 意見に支えられた豊かで確かな読みを再構築するためで !**.

(3) ディベートで文学を<読む>学習指導Ⅱ. 2.4ディベート学習指導の構想 『愛のサーカス』 (別役実)をディベートを用いてく読. 33. 分の読みに自信をもったり,ゆれを感じたりしながら, 読みを豊かに確かにしていく。ディベートは「言い負か し合い」ではなく, 「言い認め合い」であるからこそ葛. む>学習指導を,次の図のように構想した。なお,図中 左上のA, B, Cの各記号は,本論の冒頭にも示した次 の3つの条件に対応している。. 藤が生じてくる。この対立・葛藤を学習者が止揚するよ う努めることによって,多面的な理解をもとにした高次 の,より豊かで確かな読みに至ることが可能になる。自 己の読みが豊かに,確かになることを学習者自身が自覚. A.生徒が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習 形態による授業。 「学習形態」の欄のように, 「個-小集団-一斉一個」 といった多様な学習形態を用意した。ディベートはそれ ぞれの学習形態(段階)において学習の目的と手順が明 確にされており,学習者自身が主体的に学習できるよう になっている。つまり,これまでの教師主導の知識獲得 型授業とは違い,学習者はさまざまな学習形態のもとで, 主体的に活動することが可能になるのである。 ディベートは学習者の<読み>にかかわりなく,形式 的に2つの立場を決めることがある。しかし,今回の実 践においては,学習者の読みをできるだけ尊重して2つ. する時,言語によって互いを理解し合う重要性を認識さ せることができるのである。 一一. 935. : ? M B r i a^E". I ・ .・ :. RHn口日日 441. 月月月. 年. 第第第第第第. B読みの変化. AB心的過程. I 3し1'.). (木) -120分 5次" 11月18日(木)-75分×2 6次-課外学習(感想を書く) 4次- 〟 11月1. 学習指導過程. 確 認 ・ 位 置 づ け 八 文 字 ). しるが仁. 第3次-個の読みの位是づけと読みの深化・拡充 ⑤く小集EfIの形成) ・どの作品を,どちらの立場でディベートするか知る ⑥く個人での作再読による理由の盤理) 各自がなぜその立軌こ立つのか,その理由を再考 1つの理由 につき黄色のカード(記名) l枚に箇条書きにす (偉人レベルの滋養の古き出 t自説傭〉 ) ※8枚以上書くことを目標にする。 -ブレーンストーミング (注:以下理由のことを,ディベートの論拠と考え,論拠と呼ぶこ とにする) 個人で相手側の lつの論拠につきピンクのカード (記名) 1枚にt: 一十視点の変更蛋. ※8枚以上書くことを目培 ⑦く読みの方法把握) OHP使用による, KJ法的手法の理解 (茸狸構築の賛嘆助郷き ﹀(に﹀れ 散由)散さ 拡理名拡想 流の加記の予 交)追無)ー の側で(側で み説一ド説一 のか( 読自バ(他パ 色分拠 る(ンカ(ン 刀;蝣Cj論 よみメのみメ に読の色諺の 団のプ黄のプ. 1=. 質 と. 拠を考える-視点. カード(無記名)に記入する。 、ち合い) (鎗鵜の種別) (両説)を観点別に類別するo ※論拠と論点の区別 の読みの整理) 論拠の関連づけ くii確繍篭及び論拠J)塙鋸づけ). の 交. 汰(音声中心). ピンク色)に言己入する. ⑳く小集団での読みの再整理及び収束). ‥-: '∴ ∴.'. - 'Il.'・.j去・!.'A一圭工品. ・グループで,中心となる論拠を3つ程度にしはりキャプテンが約 -;'M- :.y.;j :・:∴. 異質との交流(音声). 5次-ディベートマッチによる全体での読みの交流. ・ディベートマッチの概略を説 *伊聴音も審判を行うことを伝 ⑬く全体での読みの分かち合い) U ヽエrr ヽ・V-′ノーVノノJ/J ̄蝣J蝪サ ・ディベートマッチを行う ⑰く個人の読みのゆさぶり). デ1ペ-トマッチの. ・ディベートマッチの判定結果を発表する。. 第6次-個の読みの再構築 ⑳く個人の読みの再構築) ・ディベートの立場を離れ,自由に感想を書くo L r ﹁ 一 ﹁ ﹁. ^. 一. ム1. s 一. 一. r ^. ﹁. & i. 5ム﹀. ﹀分﹀. m. イ一イ論 *s"弁 戦戦戦終 作論作最. ﹁. ト納約2納納22納納. く作戦タイム) (反対尋問). マ得得分得得分分得待. イ. ☆デ く立論). ベ. 確信. 化. 充 ・ 変 容 1 さ ら な る 読 み へ. 性. 個人内で読みの再構築. 個. 表の「交流過程」欄のように,ディベート学習活動を 通して,学習者の中に生み出された多様な読みを音声言 語や文字言語を用いながら交流させていく。 「心的過程」 「読みの変化」欄のように,学習者は,自. 3次-. 第2次・・1国別での作品の読み く作品の黙読) ・「愛のサーカス」の黙読をする。 く作品に対する各自の立場の決定) ・論題に対する各自の立場を決める。. 主体的な学習活動を展開できると考えたからである。こ のように,ディベートのもっゲーム性と学習者自身の必 然的な欲求とが相まってこそ,主体的な学習活動が可能 となり, 「心的過程」の欄に見られるように,不安であっ た読みが,しだいに確信の持てるものに変化していくの である。. C.それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合 う場をもつ授業。. コK一蝣. 第1次-ディベートの理解 (指導者の説明による理解) ・プリントによる,ディベートの理解。. の立場の選択をおこなわせた。それは勝敗だけを目的に ディベートをおこなうのではなく,自己の読みの正当性 を証明するという目的があってこそ,内実のともなった. B. 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づけ る総合的授業。 「交流過程」の欄を見ると,学習者が音声言語と文字 言語の両方を用いながら,同質の読みや異質の読みとの 交流を通じて自分の読みを作り上げていく様子がうかが われる。 「ディベート学習指導」を, 「ディベートマッチ (討論会)」だけではなく, 「論理構築過程」, 「ディベー ト学習活動全体についての検討」も含めたものととらえ た時, 「ディベート学習指導」は音声言語活動と文字言 語活動とを総合的におこなう授業となる。それは音声言 語や文字言語の取り立て指導とは違い,言語を使用する 生きた「場」として自然な形で言語能力の育成を図るこ とができる学習指導であるといえよう。. 1次-平成6. ッチの構成 して払った派」 -2分 しないで払った派」 -・2分 しないで払った派」へ3分 して払った派」 -3分. しないで払った派」 -・2分 して払った派」 -2分.

(4) 34. 2. 5ディベート学習指導によって文学の何を<読む> のか 拙論「ディベートで文学作品を<読む>学習指導」. としたしぐさや表情に感動しながら見っめ,寝る場所を 用意してやり,静かに寝入ったことを知っては喜び合う のであった。. (「学校教育学研究」第7巻1995年)において,ディベー. 少年は何も言わないので,どこからやって来たのかわ. トによって文学作品の何を中心に読み広げるのか,また. からないままであったが,人々は,少年と象がいたわり. その場合,どのような作品が通しているのかを試案とし. 合う姿を見ては感動し合い,笑い顔を見ると身も心もと. て次のようにまとめた。. ろけそうになるくらい幸せな気分になるのであった。街. ①作品の形象を切り口として,構造・主題へと<読み広. の人々は,お父さんやお母さんに会えない少年を喜ばせ. げる>--・韻文のように,短く,多様な形象を導き出. ることを考えては感動し,街全体が和やかになっていく。. せる作品. 11日目,突然4頭立ての大きな黒い箱馬車がその街に. ②作品の構造を切り口として,形象・主題へと<読み広. 乗り込んでくる.その中から金星サーカスのB]長と称す. げる>・・-・小説等,比較的長く,対立構造をもっ作品. る紳士が現れ,少年と象はみんなを感動させるサーカス. ③作品の主題を切り口として,構造・主題へと<読み広. を演じていたと告げる。そして感動した代償にお金を払. げる>-・-寓話,民話(テクストは個が内包する場合 がある) この拙論では戯曲『夕鶴』を用いて大学4回生を対象. うように街の人々に要求するのである。 黒い箱馬車の中から少年の母親らしい若い美しい婦人 が現れると,少年の顔には大きな喜びが広がり,しっか. におこなったディベート授業を取り上げ, 「②構造を切. りと二人は抱き合う。それを見た人々は思わず涙を流し,. り口として,形象・主題へと<読み広げる>」ことが可. 声をあげ,拍手をする。. 能であるかどうかを検証した。 本論においても,大学4回生を対象におこなったディ. ところが,紳士は「どんな名人の,どんなすばらしい 離れ技も,何も知らない何もできない少年の純真な魂ほ. ベート授業を取り上げ, 「②作品の構造を切り口として,. ど感動的ではないのです」と,人々からたっぷりと見物. 形象・主題-と<読み広げる>」ことが可能であるかど. 料をせしめる。そして,少年と象を箱馬車に手荒く追い. うかを検証する。検証の内容は前回の論と同じであるが,. 込み,鍵をかけると,いずこともなく去っていく。. 教材が異なっている。戯曲ではなく,いわゆる小説であ る『愛のサーカス』を用いても,同じように「②作品の. 3. 2論題設定の基本的姿勢. 構造を切り口として,形象・主題へと<読み広げる>」. ディベート学習指導においては,どのような論題を設. ことが可能であることを証明しようとするものである。. 定するかが,学習指導が豊かなものになるかどうかの重. ここで注意しておかなければならないのは,構造を切. 要な要素となる。作品の形象・構造・主題という3つの. り口として形象・主題へと<読み広げる>という場合,. 要素が絡み合いながら作品の全体像が明らかになる論題. 作品構造を最初に読み,次に形象や主題を読むという順. を用意しなければならないのである。. 序性を持ったものではないことである。小説や戯曲など. 学習者が論題を自分で見つけだすのが理想的な展開で. の比較的長い作品の場合,韻文のように限られた表現か. あるが,今回はほとんどの学習者がディベートの初心者. ら多くの形象を読むのではなく,どちらかと言えば形象. であったこともあり,指導者が論題を用意した。. の集合体である作品構造といった面に焦点が当てられて. 次のような基本姿勢に基づいて論題をさぐっていった。. 読まれることが多くなり,同時に形象や主題についても. ディベートは対立構造をもった作品を<読む>ことに. 読むことが可能であるという意味である。 なお,今回取り上げるディベート学習指導の実践は,. 適している。つまり,作品に隠された対立構造を指導者 はとらえ,それに論題を重ね合わせるのである。. 兵庫教育大学学校教育学部言語系コース3 ・ 4回生を対 象におこなった堀江担当の「読解読書指導論」の授業に. 方の極に,そして「作品に措かれた構造に対立すること. おいて,読みの学習指導における「総合学習」 「学習指. がら」を一方の極に設定していると考えられる。例えば. 導過程」の在り方,方法を学生に考えさせることを目的. 『羅生門』の場合,作品の結末で,下人は追い剥ぎをす. に展開したものである。. 作品の対立構造は, 「作品に措かれたことがら」を一. るということから,エゴを認める認識-下人の視点「作品に描かれたことがら」に近いものとなり,それに. 3 『愛のサーカス」 (別役実)の作品構造と論題設定 3.1 『愛のサーカス』のあらすじ ある港町に象と象使いの少年が流れ着く。互いをかば. 「対立することがら」としてエゴを認めない認識-老婆 の視点-<反>作品の認識に近いものという設定になる。 この相反することがらについてディベートをおこなう. い合うように身を寄せ合い,不安そうにする象と少年に,. ことにより,学習者の認識の亀裂が大きくなり,それを. 街の人々は食べ物を与え,その食べる様子を見て,ちょっ. 乗り越えようとした時に,弁証法的に新たな読みが生み.

(5) ディベートで文学をく読む>学習指導Ⅱ. 出され,各自の読みがより確かなものになっていく。 論題を導き出す際の方法として,対立構造を代弁する 人物があれば,その人物の行動についての是非や予測な どに関する論題を掲げると,登場人物の心情に即したディ ベートが可能になり,形象を読みやすくなる。例えば, 『羅生門』をディベートで扱う際,作品の対立構造を. 35. らえらることができるのである。 【形象(具体的文章表現の各部分から読みとったもの)】 この作品の主な登場人物は街の人々,少年,紳士であ る。少年は何もしゃべらず特に目立った行動をしないが, その少年をとりまく街の人々の行動が描かれている。 「納得して払った」と主張する立場は,街の人々の形. 「極限状態のエゴイズムの肯定,否定」ととらえる場合,. 象を中心に読んでいくことになるであろう。つまり,少. 論題を「極限状態のエゴイズムは認められるか,認めら. 年の振る舞いにいちいち感動する人々,それに対してたっ. れないか」とするより,この作品の対立構造の間で揺れ. ぷりと払ったお金,また誰一人反対しない状況などを読. 動いた下人を取り上げ, 「下人の老婆に対する行動は許. むのである。. されるか,許されないか」としたはうが,下人や老婆の 心情に即し,人物形象をとらえやすい。 このように論題の設定をおこなうことによって,作品 形象が<読み>易くなるとともに,この論題によって作 品の読みを深めていく中で作品に隠された対立構造を< 読む>ことが可能になるのである。. 一方「納得しないで払った」と主張する立場は,紳士 の形象を中心に読んでいくことになるであろう。つまり, 紳士のずるい性格,あくどい行動,たっぷりとせしめた お金,了解もなしにおこなう興行などを読むのである。 【主題(各部分の読みが結びつき,作品全体についての 読みに統合されたもの)】 論題にしたがって読み進めていくうちに,学習者たち. 3. 3 『愛のサーカス』における作品構造と論題設定. はより細かく街の人々の形象をっかむようになる。例え. こうした基本姿勢に基づいて,論題を決定するのであ. ば,街の人々の中には子どもや若者がいないこと,少年. るが,前述したように登場人物の描き方に注目すると, 論題を整理しやすい. 『愛のサーカス』には,少年,象,. の行動に逐一感動や喜びを感じていることなどである。 そこから「納得して払った」派は,街の人々はこれま. ウルじいさん,街の人々,そしてサーカスの団長である. でに刺激がなく感動に乏しい,寂しい生活を送っていた. 紳士が登場する。このうち最も注目すべき登場人物は紳 士であろう。最終場面において,紳士は, 「愛のサーカ. ことを読み,主題は「愛や感動をお金で買おうとする現 代人の抱える孤独感や寂しさ」であるととらえる。. ス」を観ることによって愛や感動を得たのだから,それ に対してはお金を払うべきだと主張する。街の人々は,. 反対に「納得しないで払った派」は街の人々はどのよ うなことにも感動しやすい,純粋な人々であることを読. 紳士の言い分に納得してか,納得しないままかはわから. み, 「純粋な市民社会に不純なものが到来し,それに翻. ないながら,結果的にはお金を払う。この最終場面にお. 弄されてしまった」ととらえるのである。. いて, 「愛や感動」と「お金」というこの作品の主題に. このように作品の二項対立構造が浮かび上がるように. かかわる大きな対立要素が提示されるのである。. 設定することによって,構造を<読み>,その対立構造. そこで「街の人々はお金を納得して払ったか,納得し ないで払ったか」をディベートの論題として設定した。. を支える様々な形象を<読む>ことが可能になる。しか も,対立する立場からの異なった読みとの交流をおこな うことによって,それまではある一面からしか作品を読. 3. 4論題に基づく作品の<読み>の予測 次に,この論題を用いてディベートを展開した場合,. めなかった者が,他の読みを知ったり,多角的に形象を 読むことが可能になり,作品のもつ新しい面を発見する。. 『愛のサーカス』という作品の「構造」 「形象」 「主題」. 対立する矛盾を解決しようとするときにこれまでの論題. を,学習者はどのようにとらえるかを予測してみた。. についての平面的な読みから作品の主題に関わる立体的 な読みをおこなうようになる。つまり作品の客観的理解. 【構造(各部分の読みがいくつか結びっいたもの)】 この論題は, 「愛や感動はお金で買うことができる」 という認識と, 「愛や感動はお金で買うことはできない」. が可能になるのである。 4ディベートによって構造・形象を<読む>. という認識という作品の対立構造に直結している。した. 4. 1作品の構造を<読む>. がって, 「納得して払った」と主張する学習者は, 「愛や. 先に述べたように論題を設定し,ディベート学習指導. 感動はお金で買うことができる」という認識に立ち,. をおこなうことによって,どのように作品の構造が把握. 「納得しないで払った」と主張する学習者は, 「愛や感動. され,読みが深化・生成・変容していったのかを,具体. はお金で買うことはできない」という認識に,自分たち. 的にディベートマッチ(「討論会」)の逐語録および作品. が立っているということに気づいていく。つまり,この. についての感想文を挙げながら検証していく。 (逐語録. 論題によって, 「愛や感動」と「お金」という対立をと. の「肯」は肯定側「納得してお金を払った」派を, 「否」.

(6) 36. は否定側「納得しないでお金を払った」派を示す記号で あり,その後につけた番号は発言者の区別をするための ものである。また,下線と丸番号も論者によるものであ る。以下同様。). つまり論題に対する論拠を求める場所が韻文などに比べ て広範囲なために,形象の集合体としての意味単位,つ まりは構造や主題を論拠として掲げる可能性が高くなる。 しかし,論題についての検討をより緻密に重ねていくに したがって,細かな形象まで読むことが可能になる。 ディベートマッチにおいて,ある形象を多様に読んで いる箇所を具体的に挙げる。 否 3. で は, 次 の質 問 にい きます0. 3 番 の論 拠 につ いて,. そち ら側 で は 「愛 が なか った街 の人 」 とい うふ うに言 わ れ たんですけ ども, それ ほど のへ んか ら街 の 人 達 に は愛 が 無 い つてい うのがわ かるんで しょうか0 肯 2. え っと, まず① 街 の人 の人 物 構 成 というか, 街 の. 人 に はどんな人 が い るか な ってい うの を考 えた ときに, 結 構 お じいさん とか, それ か ら奥 様 とか , おば あ さん と か い う人 が多 くて, 結 構 年 齢 層 が 高 く, お年 寄 りが多 く て, そ の代 わ り若 い人 た ちが いな い とい うのが 気 づ い た んです けど, そ こで若 い人 が いな い寂 しさ とか, それ か ら自分 の息子 とか 娘 にあ たる人 が あ ま りい ない ので , 若 い人 にあま り普 段 接 してな くて, そ れ な りの 自分 の子 ど もとか孫 のよ うに思 って, す ご く可 愛 が つたの で, ② 街 の人 達 は普 段 そ うい うことが な くて, あ ま り愛 情 を与 え るとか, 与 え て もらうとか い うことがなか ったので, 愛 に 飢 えて いるので はないかな と考 え ま した0 否 4. その ことに関 してです けど, 各 街 の人 の様 子 を描. いて いる部分 があるんです けど, ③ 街 の人 は少 年 に対 し て さつそ くにね, ご飯 を取 りに行 った とか 自分 た ちの 子. 否定側「納得しないでお金を払った」派は, ①におい. ど ものことのよ うに とか, そ うい った表 現 が あるんで す け. て,愛はお金で買えるものではないと主張している。そ. ど, これ は もうそれ ぐらい に街 のひ とはす で に純 粋 なJL、. れに対し,肯定側「納得してお金を払った」派は, ②に. を もつた人達 であ って, だか らこそ 少 年 の 一 つ 一 つ の行. おいて,それを悲しいことと認めながらも, ③において,. 動 に感 動 した り した りして るんで はないで しょうか○. 愛はお金で買うことができると主張する。そして, ④に. 肯 1. まず一 番 最 初 の ところを見 て い ただ きた いん です. おいて,愛はお金で買えるものではないのなら,この作. けれ ど も, ④ 「やせた野 良 犬 が 一 匹 」 とい うのが あ りま. 品の結末がなぜ愛に対してお金を払うということになっ. すね0 子 ど もの, 象 使 いの子 どもに 対 して は いろ いろ優. ているのかと,肯定側がさらに疑問を投げかける。 これはディベートマッチの開始直後の主張であるため,. しくして あげる人達 が, 野 良 犬 に餌 を上 げ ない と い う こ とは, や っぱ しおか しい と恩 うんですね, だ か らそれは少. まだ「さぐり合い」の段階であるが,それでもこのよう. 年 で あるか ら世 話 を した ので あ って , それ はサ ー カス の. に,対立構造が浮かび上がっている。作品の対立構造を. 一 員 が少 年 に対 してはそ うで あ って, 最 初 か らそうであ っ. もとに設定した論題にもとづき,ディベート学習指導を. た とは思 えな いと思 うんです0. おこなう中で,学習者は作品に隠された作品の対立構造. 否 5. ですけ ど, 象 に は上 げてい るんです よね○. を<読む>ことになるのである。. 肯定側「納得して払った」派は, ①のように街の人々 4. 2作品の形象を<読む>. の年齢構成が高いところに目をつける。それをふまえて,. 小説や戯曲のように比較的長い作品を扱うディベート. ②において人々は日頃から愛情を与え与えられるといっ たことや,感動するような刺激的経験が乏しかったので. の場合,一つ一つの文章表現の吟味をおこなうよりも, まず一つ一つの文章表現から読みとったものを結びつけ. はないかと読んでいる。このような人々だからこそ,少. た作品の構造や主題の把握から入り,そしてもう一度具. 年と象の演じるサーカスによって愛を感じ,感動し,. 体的な形象を読んでいくという展開のディベートになる。. 「納得して払った」はずであると主張するのである。.

(7) ディベートで文学をく読む>学習指導Ⅲ. 一方,否定側「納得しないで払った」派は, ③のよう に街の人々の具体的な行動から,彼らは純粋な優しい人 達であって,愛や感動のない心寂しい人達ではないと読 む。. 37. せた。 ○グルーピングしたく読み>において,相互に関連する ものを線でつなぎ,その関係を明らかにさせた。 ○補うべき<読み>を小集団で話し合い,メモに追加記. それに対し,肯定側は④のように「やせた野良犬が一. 入させた。. 匹」という表現に目をつけ,否定側が言うように街の人々 が純粋で優しい人達であるなら,腹をすかせた野良犬な どいるはずはないと主張する。 小説のような長い作品の場合,ディベートの論題に基 づいて作品を読んでいくとき,形象の集合体としての意. 5, 2個の<読み>一井上恵美さん(「納得しないで払った」 派の場合) 次に示すのは, 『愛のサーカス』を読んでの井上さん の初議の感想文である。. 味単位,つまり構造や主題を論拠として掲げる可能性が 高い。しかし,作品の表現に立ち戻って論拠を挙げさせ ることにより,論題についての検討をより緻密に重ね, 作品の細かな形象まで<読む>ことが可能になるのであ る。 5ディベートによって主題を<読む> 5. 1書売みの確認・補充・変容過程を追う これまではディベート学習指導全体について述べてき た。本項では,ある一人の学習者が,ディベート学習指 導において多様な読みとの出会いを通し,それを認め合 いながら,個の読みを確認・補充・変容し,豊かで確か な個の読みを形成していく過程を追う。 今回の実践においては,そうしたひとりひとりのく読 み>の変化を学習者自身に自覚させる手だてとして,次 の1(2X3)をおこなった。 (1)論理構築を小集団でおこなうまえに,個の<読 み>の確認・整理をおこなう。 〇日分が支持する立場についての考え・意見を黄色のメ モに,反対の側に立って推測した考え・意見をピンク. この感想文を見ると,ディベートの論題が提示される 前から,井上さんは紳士の行動に対する不快感を感C, 愛はお金で買えるものなのかと疑問を呈していることが わかる。 この初読の感想をもとにして,論題に対する自分の立. ○考え・意見をどんどん文字にしていくというブレーン. 場を決めるのである。井上さんは当然, 「納得しないで 払った」という立場に立っ「否定側」に属した。 次に挙げるのは,立場決定後に,井上さんが先の(1)の. ストーミングの手法を用いさせた。 ○後で意見の整理がしやすいように, 1枚に1つの考え・. てだてによって導いた読みである。一方は自説側「納得 しないで払った」派の論拠となる読み。もう一方は,他. のメモに記入させた。なお個の<読み>と集団の<読 み>を区別できるよう,このメモには記名をさせた。. 意見を書くようにさせた。 (2)論理構築段階において,小集団によって<読み> の拡散をおこなう。. 説側「納得して払った」派の論拠を予測した読みである。 (用紙に1枚に1つの意見が書かれている。整理の都合 上,論者が分類記号を文頭につけた). ○個人ではなく,小集団で力を合わせて考えたものの中 で,自分が支持する立場についての考え・意見を黄色 のメモに記入させた。さらに,反対の側から出るであ ろう考え・意見を推測してピンクのメモに記入させた。 先の個の<読み>とこの集団の<読み>を区別できる よう,このメモは無記名にさせた。 (3)論理構築段階において,小集団によって<読み> の整理と追加を次のようにおこなった。 〇個と小集団でおこなった<読み>を出し合い,似たよ うなものをグルーピングして,それに見出しをつけさ. 【自説側「納得しないで払った」の論拠となる読み】 □「感動」はお金で買えるものではない。確かに少年と 象のおかげだけど,それを利用して見物料をせしめる 紳士は,何かちがうのでは?と村人は思ったはず。 ■何も知らない,何もできない少年の純真な魂を利用し ている紳士に,嫌悪感を感じたから。 ■「ずるそうに笑った」紳士をみて,気のいい村人も少 し不愉快な気分になった。 ■「少年と象を箱馬車に-」から紳士の人柄が分かる.

(8) 38. と思う。そんな紳士に理論づけされても,不快感は村. ○事態を把握する前に団長に払わされたのでは? 「せし. 人にあったはずだし,すっきり納得するなんてできな. め」からも納得したとは思えない。 <相手側の反論の. かっただろう。. 予測-納得したから「たっぷり」と払ったのではない か。>. 「納得しないで払った」という立場をとる要因として 「感動や愛はお金では買えない」という考え方を井上さ んが持っていることが口からわかる。. ●映画のように感動を得ようとして見たのではない。押 しつけの感動。 e「やっぱり少しはにかんだまま,集まった人々にてい. また, ■では紳士の行動からあくどい紳士の形象を読. ねいにおじぎをしました」というところから,少年も. んでおり,それが紳士に対する嫌悪感につながっている。. 演じていたのでは?何度もやっているのではないだろ. このような嫌悪感を感じさせる紳士の言われるままに街. うか。. の人々は納得してお金を払うはずがないと考えるのであ. 金黒い箱馬車の中から若い美しい婦人が現れたのがあや しい。本当はこの婦人も他人であり,少年の十日間の. m これら2つの理由から井上さんは否定側に立ったと考 えられる。 この段階では,まだ作品に措かれた細かな形象を読ん だり,深く作品を理解したりすることはできていない。 つまり客観的に作品を読み, 「街の人々が納得してお金 を払ったか,払わなかったか」を考えるのではなく,自 分の考えと作中の人物の行動とを同一の次元でとらえ, 「自分は納得できないから街の人も納得していないはず である」と考えているのである。 【他説側「納得して払った」の論拠を予測した読み】 △今までにない感動をさせてもらったから。 △「どんな名人の,どんなすばらしい離れ技も-」の紳 士の発言を聞いて,なるほどそうだと思った。 △少年と象のおかげで街の雰囲気がよくなり,それはこ れを企画した愛のサ-カスのおかげであるから。 ▲少年のさびしそうな顔をみなくてすむと思い,そのた めだったらお金は惜しくないと思って納得した。 ▲少年がとても幸せそうなので,まるで自分たちのこと のように喜んで納得して払った。. 表情も全て演技であったと考える。 金感動したのは町の人が純粋すぎるから。 <相手側の反 論の予測-純粋な街の人々だからこそ納得したので は> ▽子どもがいない(登場していない)という所をっいて, 純粋な少年を送り込んできた。人間の痛いところをっ いていて紳士はずるい。 ◆感動を与えるというハッピーエンドで終わる話の中に ち,現実をみつめるべきだという訴えがあるのでは同質の読みを持つ小集団の中で,他の人と意見を交わ す間に,井上さんは自分の意見以外のさまざまな意見と 出会う。井上さんがこれまで気づかなかった, ○のよう に「たっぷりと見物料をせしめ」の「たっぷり」と「せ しめ」という語に注目すること, ●のようにサーカスが 一方的な興行であったこと,令のように少年も婦人も演 技をしているのではないかという読みに出会うのである。 また,街の人々が少年の行動に逐一感動することから, 街の人々は純粋すぎるほど純粋であり,それにつけ込む 紳士の校賢い形象を読んでいる意見にも出会う。そして ◆のように,作品を客観化し,この作品の主題に深く関. 井上さんは,対立する側の意見の論拠を次の2面から 予測している。. わる読みにも出会っている。 「納得して払った」という同じ立場に立っという意味. △のように, 「少年と象によって街の人々は感動を与. では同質であるが,細かく意見を交流すると,さまざま. えられ街の雰囲気がよくなったことから,街の人々はお. な読みが存在するということを,井上さんは知る。そし. 金を納得して払った」という予測。. て,このような交流を通して,この作品が, 「感動を与. ▲のように, 「母親と対面できた少年の幸せそうな様. えられたというだけで喜んでいることはできない,純粋. 子を見ると,街の人々はお金を払うことなど惜しまない」. な街の人々に忍び寄る隠れた昆」を描いているのではな. という予測。. いかといった,より深い読みへと至るのである。. 5. 3同質の読みをおこなった小集団での<読み>の追加. 5. 4ディベートマッチでの異質の<読み>の追加. 次に示す読みは,井上さんが個の段階では読んでいな. 個の読みに,同質の読みをおこなった小集団の読みを. かったが,論理構築段階において他のメンバーと互いに. 追加して,いよいよ異質の読みをおこなった集団とディ. 話し合うなかで追加した読みである。. ベートマッチ(「討論会」)において討議(読みの交流) をおこなう。. 【同質の読みを持つ小集団における読みの追加】.

(9) ディベートで文学をく読む>学習指導Ⅱ. 否3さっきテーマを「愛をお金で買う寂しさ」と決め つけたと思うんですけど,それは本当に決めつけていい のでしょうか?あの,私たちでは愛をお金でかえるだろ うかというのを,読み手がどう考えるかという意味でテー マにしたらいいと思います。だからこちらであえて決めっ けなくても,私たち全員が読み手がどう患うか,それを どう考えるかということにテーマをおいてもよいのではな いでしょうか。あと,それと感動しているというのはわか るんですけど, ①やっぱり紳士の校賢い性格によってこ. の人の良い街の人達がだまされていて,そして納得とい う形ではなくて,払わされているという形になっているの ではないでしょうか。. 肯1紳士の性格がどうであろうと,街の人々は少年が 来たことによって,いろいろ感動したり,あと221ページ の11行目あたりからもあるんですけども, 「少年のために 優しくしてやりたいという街の人々の気持ちがしだいに 広がって,街全体が和やかになっていくようです」とあ るように, ②街が少年がきたことによって和やかになっ. て,今まで街の人々は愛情に飢えていて,街も暗いイメジだったんですけど,明るくなって,街も和やかになっ. ていったんですね。そのことに対して,街の人々は納得. してお金を払っているので,紳士の性格がどうこうって いうことはなくって,街の人々は自分たちの街が変わっ たということにお金を払っているので,紳士の性格など あまり関係ないのではないかと患います。. 39. 交流の場において,これまでの同質の読みにおいては出 会うことのできなかった新しい読みに出会う。これまで は作品を一面からしか読めなかった学習者が,反対の立 場からの読みの存在を知り,作品の新しい面を発見する ことによって,多角的に作品を読むことが可能になるの である。 5. 5ディベート終了後の井上恵美さんの読み 次に示す文章は,ディベート終了後に書いてもらった 否定派(納得せずに払った派)に属する井上さんの感想 文である。 私達も肯定派と同じように, 「若者のいない街」とい うところに着目していました。だからこそ,少年と象に 対して純粋な優しさを与え,純粋な魂で感動していると 考え,それをねらってと言うか,それを利用して金もう けをたくらんでいる,愛を金で売ろうとしているというと ころに反感を覚え「納得しない派」になっていました。 このように考えると①この作品は純粋で無垢な人々が知 らないうちに民にはめられていく社会を風刺しているこ とになります。. 今でも納得しない派であることには変わりないのです が, ②肯定側が,若者がいないことで活気があるわけで もなく,なんとなくものさびしい毎日を送っていたのが,. 少年と象のおかげで和やかな町になったという事実,そ してさびしい毎日を送っている街の人々は現代人にも通 じるものであるというのは納得するにあたいします。. 井上さんを含む学習者たちは,ディベートマッチとい. 「愛に飢えていた町の人達」という見方には,私達に. う異質の読みとの交流の場において,これまでには出会 うことのできなかった読みに出会う。. はできなかったと思います。 「愛に飢えていた」と考えれ. ①において, 「街の人々は少年と象とに感動はしてい. カスは,町の人達にとって愛を与えるサーカスであった. るものの,納得してお金を払ったのではなく,街の人々 がもっ純粋さと,紳士の校賢さといった2つの要因によっ て,だまされてお金を払う結果になった」と否定側が述. ば,だまされているとかいないとか関係なしに,愛のサー ことは間違いないでしょう。 しかし,視点が違うと意見も様々であることに驚きま した。. べる。 一方,肯定側は②のように,愛情に飢えた人々の住む. この感想文から, 「納得してお金を払ってはいない」. 暗い街に,少年と象が現れることによって街は明るくなっ. という否定側に属していた井上さんが,下線部①「肯定. た,それに対して人々は納得してお金を払ったと主張す. 側が, ∼というのは納得するにあたいします」のように. る。. 自説側だけでなく,対立する肯定側の意見をも認め,そ. このような意見の交流を通して,この作品の「主題」 に迫る,次の2つのことがらが明らかになっていった。. して自分の読みの中にそれを取り入れて,自分の読みを 客観的に見つめ直している様子がうかがえる。. ○無知で無防備な社会人が悪によって知らぬ問に員には. 「愛をお金で買うことはできない」という認識に基づ. められていく社会の恐ろしさを描いている。 (①の意見. く読みをする井上さんは,下線部①のように,主題を. から). 「純粋で無垢な人々が知らないうちに員にはめられてい. 〇日分たちの抱える無感動や孤独感をお金を使うことに. く社会」の風刺と読んでいる。. よって紛らわせようとする現代人が抱える寂しさを描い ている。 (②の意見から). 自分の読みに取り入れることによって、 「愛をお金で買. このように,ディベートマッチという異質の読みとの. う現代人に対する風刺」という主題もとらえることがで. 井上さんはさらに, ②のように他説側の読みも認め,.

(10) 40. きている。 このように対立する双方の読みを認めながら,作品の 形象,構造をしっかり押さえることによって,個の読み はより豊かに,確かになっていくのである。. る総合的授業。 ○やはり, ①話し合ったことすべてを,納得いくように 上手く話せた,というわけではないと思います。突然, 思いもよらない意見が来たこともありました。しかし, そのような時でも,思った以上に班員の人それぞれが,. 6学生へのアンケートより 本論の冒頭部で,ディベート学習指導をおこなうこと. 積極的に意見を言えたことは,とても,うれしいことで した。 <水船>. によって, A-Cの3つの条件を満たす授業が展開でき. ○ (略)いかに,審判者の考えを自分たちの側に変える. るのではないかという仮説を提示した。ここでは,ディ. か。ここにポイントがおかれていると忠いました。です. ベート学習指導の後に学生たちが書いた感想をもとに,. から, ②述べる内容だけでなく,発言者の態度,口調ま. 3つの条件が満たされたかどうかを検証する。 (各感想. でもが影響してくることが分かりました。 <長谷川>. の後に感想を書いた人の姓を示した。). 水船さんが①において, 「話し合ったことすべてを, A,生徒が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習 形態による授業。. 納得いくように上手く話せた,というわけではない」と 述べているように,ディベートにおいては音声言語のあ. ○私はこの授業を受けるまで, 「ディベート」という言. り方がある程度問題にされる。長谷川さんが②において. 葉は知っていたけど実際自分がやってみるということは. 言うように, 「発言者の態度,口調までもが影響してく. ありませんでしたO最初はこんなのでディベートできる のかと不安でしたが①本当に楽しかったと思います。 <. る」のである。 もちろん,論理構築過程において,読む,書くという. 仲元>. 文字言語活動がしっかりおこなえてこそ,ディベ-トマッ. ○(略)実際ディベート大会をしてみると,審判側も2 つの意見に分かれて臨んできているわけで②「肯定否定. チにおける音声言語活動が有効になってくる。こうした 意味で,ディベート学習は「音声言語活動」と「文字言. どちらが正しいか」ということが問題ではないという考. 語活動」とを関連づけた総合的学習であるといえよう。. えに達しました。 (中略)結果として,肯否同数の投票 になりましたが, ③ディベートをやってとても楽しかっ. たです。 <長谷川>. C,それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合 う場をもつ授業。. ○授業にとりいれるのは,なかなかおもしろいものだと. ○今回のディベートで,納得しないでお金を払った派と. 思う。 ④一番難しかったのは,やはり相手の意見を予想. して,この教材の読みを深めていった。グループでの話. することだと思う。何を言ってくるかがわからない。 (参. し合いで, (》正直なところ,,納得して払ったのではな. でもそこがおもしろい所だと思う。 <鈴木>. いかと揺れ動いたこともあった。しかし,初発の感想と して,やはり,おかしいと思い,教材の各所から,その. 多くの学習者が, (9③⑤のようにディベート学習指導. 裏付けとなる要素を掘り起こし,我々の主張を固めていっ. が楽しかった,おもしろかったと述べている。その楽し. たのだが,その過程で②メンバー,一人一人の読みによっ. さやおもしろさ,は鈴木さんが④において「何を言って. て,なるほどそういった部分からも読みとれるのかと自. くるかがわからない」と述べているように,相手の主張. 分の読みと違う角度からの読み取りもあり,とても参考. を自分で受けとめ,そして自分が主体的に考えて反論す. になることが多かった。. るというところにあると考えられる。. 実際のディベートにおいても納得する派の論理の構築. これまでの授業は教師中心の一斉指導が多くを占め, 学習者の読みは指導者が導く一つの読みに収束していく. もしっかりとしており,こっちとしても③なるほどと恩 わせられる部分があった。一つの作品でも様々な読みが. ことが多かった。しかし,ディベート学習指導は,学習. あることを改めて認識することができたと思う。やはり. の目標と手段が明確にされており,学習者自身が主体的 に学習できるようになっている。したがって,長谷川さ. フヤンタジーなどの作品などは,個人で世界を創り上げ. んが②において「どちらが正しいかということが問題で. 入った読みをすることも読者に興味を抱くきっかけとな. はない」と述べているように,これまでの教師中心の一 斉授業にありがちな読みを一つの読みに収束するのでは. ろう。 ④ディベートではある程度の自らの読みを尊重す. ない方向への展開,つまり,互いの読みを出し合い,そ れを認め合うこと-向かうことができるのである。 B, 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づけ. ることで読みの喜びを感じると思う。そのように主観の. ることもでき,また自分と同意見の仲間との意見の交換 により,より深い読みへの意欲が湧いたりと,そんな意. 味でも貴重な体験をすることができた。総合の学習一例 として,今後現場に出た際,この体験を活かして実践が.

(11) ディベートで文学をく読む>学習指導Ⅲ. 41. できたらと思う。 <下田> ○<略>自分一人では思いっかないことが人が集まると. (ディベートについての検討)と,さまざまな学習形態 によって,授業が展開される。. 考えが広がり,新しい見方が出来た。自分一人で読んで. Bのいわゆる<関連指導>の問題については,ディベー. いると紳士に対する不信感ばかりで町の人々がサーカス を見ようとして見たのではないという考えは,ひらめか なかったと思う。 <藤田>. ト学習指導では,まさに複合的に関連し合った学習活動 が展開される。文章を「読み」,自分の意見を「書く」 ことによって整理し,それを他の人に「話し」,他の人 の意見を「聞く」ことによって読みを交流するのである。. ディベートは「言い負かし合い」であり,自分の考え. Cの<言語による伝え合い>の問題については, Bの. に固執して,相手の意見を押しつぶすものと考えられが. ところで述べたように,さまざまな形態の言語を用いる. ちである。しかし,下田君も①において「揺れ動いたこ ともあった」と,述べているように自分の読みを絶対化. 学習指導が用意されている。しかも,単なる「伝え合い」. することなく, ②や③にあるように「自分の読みと違う. 生かそうとうする「認め合い」まで高められたく言語に. 角度からの読み取りもあり,とても参考になることが多 かった」 「なるほどと思わせられる部分があった。一つ. よる伝えあい>が展開され得るのである。. の作品でも様々な読みがあることを改めて認識すること. 「文学の学習指導の新たな可能性を拓くものである」と. ができた」と,互いの読みを伝え合い,他の読みを認め. いう仮説を掲げた。今回の実践分析により,小説・戯曲. 合いながら各自の読みを形成していくのである。しかも. などといった比較的長い作品を扱う場合,作品の対立構. それは④で「自分一人では思いつかないことが人が集ま. 造に注目した論題を設定してディベート学習指導を展開. ると考えが広がり,新しい見方が出来た」と述べられて. することによって, 「作品の構造を切り口として,形象・. ではなく,自分の読みと他の人の読みのどちらをも認め,. また,本論の冒頭において,ディベート学習指導が. いるように,他の人たちによっても押しつぶされるもの. 主題へと<読み広げる>」ことが可能であることを,小. ではなく,自らの読みを尊重しながら,多くの交流に支. 説『愛のサーカス』においても検証できた。ディベート. えられたより確かで豊かな読みなのである。. を単なる「言い負かし合い」ととらえるのではなく,. 藤田さんも下田君と同様に,ディベートによって自分. 「言い認め合い」,さらに「読み広げ合い」ととらえる時,. の読みが広がり,新しい見方が出来たと述べている。ディ. まさにディベート学習指導は「文学の学習指導の新たな. ベートが「言い負かし合い」であるなら,他の読みを認. 可能性を拓くもの」になり得るのである。. めないわけであるから,そこには読みの広がりもないし, 新しい読みの発見もない。ディベートが「言い認め合い」. 注. 「伝え合い」であるからこそ,ディベート学習指導によっ. 1)この作品は平成6年度版中学校教科書東京書籍「新しいE司. て文学作品を読むことが可能になるのである。. 語1」に収められている。 2) Goodnight, Lynn. Getting Started in Debate.. 7おわりに ディベートを用いた学習指導は,次のA∼Cの3つの. National Textbok Company, 1987. 3)本論においては「資料,データ,情報の収集と分析」 「論理. 条件を満足する可能性のある学習指導法であるという仮. の構築」の過程を合わせて「論理構築過程」と呼ぶことにす. 説を検証するために,学部4回生対象の授業においてお. m. こなった小説『愛のサーカス』に関するディベート学習 指導を取り上げ,分析・検討した。 A,生徒が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習 形態による授業。 B, 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づけ る総合的授業。 C,それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合 う場をもっ授業。 Aの<学習形態>の問題については,今回の実践例が. 4) 「ディベ-ト学習活動全体についての検討」とは,ディベー トマッチの結果を踏まえ,学習者一人ひとりが作品を再度客 観的に見つめることによって,集団の中である一つの読みに 収束させたものを,もう一度自己の読みに戻す過程である。 論題の二倍的立場によって構築された読みを解き放ち,二値 的立場から生み出された多様な読みを,再構築し,個の読み をもう一度生み出す過程といえよう。一般的には感想文を書 くという方法を用いることが多いが,他にも作品の続きを創 作する,登場人物に手紙を書く,作品をめぐる新聞をっくる,. 示すように,ディベート学習においては, I.個の読み,. 朗読によって自己の読みを音声化するなど多くの方法が考え. Ⅱ.同質の読みとの出会い(小集団の形成), M.同質. られる。. の読みとの交流(論理構築過程), IV.異質の読みとの 交流(ディベートマッチ), v.個による読みの再構築. 5)後藤恒允『国語科教育学叙説』 1993年右文書院.

(12) 42. A Study on the Teaching of Reading Literary Works through Debate (II) Yuji Hone (Faculty of Language Teaching, Hyogo University of Teacher Education, Shimokume, Yashiro, Kat0-gun, Hyogo 673-14, Japan). Masahiko Inoue (Kobe Kita High School, 2-41 Karatodai, Kita-ku, Kobe 651-13, Japan). Recently Japanese teachers have struggled to change their stance towards instruction; from their existing teacher-oriented approach to learner-centered approach. The learner-centered approach has a philosophy that is aimed towards total-understanding of the contents through integrated learning activities. In this article, three trends in Japanese language teaching as LI are discussed: (l)the move to flexibly ar range learning activities. ; (2)the move to integrate activities between comprehension area and expression area; and (3)the trend emphasis on interactive activities through language among learners. Debate can give classes those integrated activities. In debate-based instruction, reading, writing, speaking, listening , and thinking are interwoven, and a teacher is a critical facilitator for providing an authentic learning opportunities.. This article describes theory of a debate-based instruction on reading a literary works, Minoru Betuyaku's `Ai no Circus', and practice in an undergraduate class of Hyogo University of Teacher Education.. Key words: debate, Japanese language teaching as LI, reading literary works, reading instruction.

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参照

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