2013年度海外研修(ロンドン)
Impressions from Oversea Study in Greater London
武村 秀雄
TAKEMURA Hideo
キーワード: Sorry文化、Queue、味音痴と猫舌文化、早すぎた産業革命、階級社会 1. 研修先をイングランドにした理由(2013年4月―2014年3月) 研修先を英国と決定した時、多くの教職員から「天気は悪いし、食事も不味い国に行く んですね」と言われるたびに不安が募ったことも事実である。しかしながら、次項目内の ような英国史を概観すると、近現代史で大国の一つとして欧州や東洋諸国に大きな影響を 与え続けたことは確認できる。この偉大な歴史的変遷の後裔である現在のイングランド人 の文化的活動に興味を持ったこと、特に衣食住や信仰などの物質的・精神的な物心両面に わたる活動を見聞したいという想いが強くなったのである。当然ながら、全ての原点と位 置付けられる教育活動(家庭、学校、地域)から説明できるのではとの想いも禁じ得なかっ た。更に、若い頃に米国在住(西部、南部、東部)した折に、米国人はなぜかイギリス人に 畏怖の念に近いコンプレックスを抱いていると確信できる場面に多々遭遇し、不思議に感 じたことを思い出し、渡英の後押しとなったことも事実である。
研修先のホスト大学はOxfordにあるOxford Brookes Univ.であったが、ロンドン滞在を 選択した理由は以下の理由による。 ① ロンドンは異文化の宝庫であり、ロンドン在住で他の教育機関等の訪問が容易となる。 ② あえて、少数民族が多いゾーン4内に居住することで、「人種のるつぼ」と言われてい る英国の現状に触れることができる。Oxfordへもさほど遠くない。 2. イングランドからイギリス(英国)への歴史的概観 5世紀:アングロサクソン族侵入、7世紀:イングランド七王国、8世紀:ノルマン人侵入、 9世紀:アングロサクソン(家)王朝、11世紀:ノルマン(家)王朝、13世紀:イングランド のウェールズ公国併合、15世紀:百年戦争、ばら戦争、イギリス王国、17世紀:ピューリ タン革命、王政復古、名誉革命(権利宣言)、18世紀:スコットランド合同(大ブリテン王 国)、産業革命期のイギリス王国、19世紀:アイルランド議会併合(連合王国)、ロンドン 世界博覧会、インド直接統治、20世紀:オーストラリア、NZ連邦成立、日英同盟、大英帝 国会議、ウェストミンスター憲章でイギリス連邦(British Commonwealth)の成立. 正式 名称はCommonwealth of Nationsであり、訳としては諸国連邦が適切であるとの説もある。 第二次世界大戦後の「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家政策はあまりにも有 名である。インド、ビルマ、セイロンの独立から植民地帝国崩壊への契機となり、1997年 の香港返還で主要な植民地を喪失した。2002年EC加盟国はユーロ導入となるが、イギリ スは保留権を行使し独自通貨であるイギリス・ポンドを維持している。また、シェンゲン 協定(EU内、人の移動の自由化保障)にも署名していない。現在のイギリスの正式名称は「グ
レートブリテンおよび北アイルランド連合王国」(The United Kindom of Great Britain and Northern Ireland)であり英連邦国家の一つである。 ちなみに、拙稿では「英国」と「イギリス」を普遍的に認識されている連合王国(United Kingdom)とするので、「イギリス人」とはイングランド人、ウェールズ人、スコットラン ド人、そしてアイルランド人、更に移住者のインド人、ユダヤ人やポーランド人・他の民族 も含める。よって、イングランドとはグレートブリテン島の中部・南部地方であり、スコッ トランド、ウェールズ、アイルランド、そして移住者は含まないようである。なかなか複雑 である。 3. 英国特有の気候から生まれた伝統文化 英国の春は短く、日中目まぐるしく天気が変化する。春及び初夏の午前中から厚い雲に 覆われて雨が降り出すが、夕方になると決まって青空が広がる。四季折々の気候的前線の 停滞という現象はロンドン周辺では無いようである。それは、大西洋からの強風のせいで あると説明されている。その証左として、ロンドンでは、夕方4時以降になると決まって陽 が射し始め青空が広がる。ただし、外套フードが必須アイテムであることが、この後、納得 させられることになる。風雨、特に突風が吹き荒れるので、傘がさせないのである。 6月の下旬には22時頃まで明るく、空が青みがかって見えたことに驚いた。この時期、 一日に全ての気象現象(雪以外)を経験することも稀ではなかった。7月に入って夏らし い気候になり、中旬にようやく30℃(気温はマスコミでも華氏ではなく摂氏表示である) を超えた真夏の気候となる。太陽がでると、人々は肌を日光にさらすべく必死であった。 彼らにとって日光浴(ビタミンD)の吸収期間はほんのわずかであるので、健康のために 裸になるのだそうだ。公園内の水辺で日光浴していても、蚊に刺されるということがない。 つまり、蚊がいないということである。ロンドン市内の公園や森林を散策したが、全く刺 されないという信じられない体験をする。夏でも湿度が低く、猛暑、酷暑もなく実に快適で、 日本人にとっては最高の避暑地と言えるのでないだろうか。ちなみに、住居に網戸という ものがなく、クーラーも必要ない。面白い事に、日傘をさしているのは決まって日本女性 であった。 英国の夏の風物詩と言われる「BBCプロムス」(7月中旬~ 9月中旬:8週間)音楽祭は盛 り上がる。この祭典も夕方からロンドンは天気が回復するという自然現象をうまく利用し ている。6月下中からのウインブルトン・テニス大会、7月の全英ゴルフ、もちろん伝統の クリケットやスヌーカ― (ビリヤード) は国民的スポーツとしてTV放映などで盛り上がる。 9月に入って一気に気温が下がり、中旬以降、曇り空が連日続く。小雨も多くなった。気 温も朝夕10℃以下で、昼間も15℃を超えなくなり、全く陽が当たらない曇天続きとなった。 それでも、4時前後に暮れなずむ現象となり、青空が見え美しい夕空が広がった。 晩秋の季節に入ると紅葉が目に付き始めたが、秋に対して良い印象をもっていないよう
である。理由は単純で、日本の紅葉のように美しくはないので言わずもがなである。曇天 続きで小雨も降り、日が短くなっていくという環境では日本人と同じ感性を望むのは無理 かもしれない。マスコミでも日本のように紅葉前線の「こ」の字もない。博学な友人から紅 葉に関する薀蓄が以下のようにあった。納得できた。 紅葉の話題でしたが、色の良い紅葉は水の良い地域で、暑からず寒からずの気候で昼夜の寒 暖差がある地域、、、まあ日本、カナダの一部、スイスの一部くらいでしょうか。それにモミジ、 カエデ、ナナカマド、ウルシなど紅葉の色が赤くなる植物が多くないと、他の自然条件が合 致しても、美しい紅葉を見ることができない。 10月下旬、初めてWarning Storm (暴風警告、注意) がブリテン島南部に発令された。でも、 雨が伴わないので台風とは言えないようだ。当夜のNews番組で、翌日の早朝も暴風警告が 出されていることから、早朝の出勤は控えるべきであると断言していた。確かに、翌日の9 時ごろまで台風並みの暴風であり、初等学校等の児童たちは登校を控えたようである。交 通網にも大きな遅れが出て、地上電車は運休、地下鉄もかなりの間引き運転となり、交通 ダイヤは乱れた。街路路の樹木が倒れ道路を遮断したことから、更なる交通に混乱を生じ る要因となった。 英国には地震も台風もなく穏やかそのものだと言いたいのだが、突風、暴風が吹き荒れ ることが難点である。ともかく風が強いばかりではなく、一日の天候が刻々と変化する。 小雨はよく降るが直ぐに止む。ただ、強風を伴うので傘がさせない。突然、雨が降ってきて も15~ 20分位で止む、つまり通り雨であることが特徴である。英国紳士の象徴である「こ うもり傘」はほとんど目にしない。フード付きコートは必須アイテムであることに納得。 最寄り駅に向かう交差点 (大変交通量が多い) の信号が48時間以上故障し、危険極まり ない状況であった。しかしながら、交通警官の出動もなく、全て自己責任で車も歩行者も 渡らなければならない状況には驚いた。英国人の運転マナーの良さは定評があるように、 3日目に信号はようやく復旧したが無事故であった。 11月は気候的に寒くて暗いイメージであるがゆえに、数多くの文化的イベント(エス ニック・フェスティバル、演劇、音楽など)が目白押しで、人々を鼓舞しているように見えた。 この憂鬱な季節だからこそ、何とか気分を高揚させるために寒いながらもパレードを開催 し、花火をこの寒空に打ち上げる文化は説得力を感じた。代表的なパレードは毎年11月の 第2週の週末にLord Mayor’s Parade(詳細は後述する)が賑々しく開催される。夜はテムズ 川で花火が打ち上げられた。考えてみると、日本のように花火は夏の風物詩になりえない。 短い夏期は10時過ぎまで明るく、真夜中まで白夜的であることから夏季花火大会開催は無 理である。
11月はMother Goose Nursery Original版では Dull November brings the blast, Then the leave go whirling past. (11月は北風を運んできて、枯葉が舞いながら落ちる)。Chill December
brings the sleet, Blazing fire and Christmas treat. ( 12月はアラレを運んできて、暖炉には火が 燃え上がる)。やはり、こちらの11月は紅葉の季節というより、落葉の季節にすぎない。 12月は想像していたほど気温が下がらなかったが、午前中の濃霧は驚きであった。道路 は一日中降雨の後のように濡れていた。これが、霧のロンドンと呼ばれる所以であろう。 しかしながら、9月のように、夕方4時前後には決まって西の空は夕焼けで美しい。だから と言って、翌日は晴れということにはならない。降雨といえば、2013年12月末あたりから、 豪雨による洪水被害が深刻になり、250年ぶりの大水害となり、極めて深刻な状況であっ た。在英国日本国大使館より以下のような注意喚起のメールが来た。 昨年12月から散発的に局地的な豪雨に見舞われており、イングランド南西部及び南部を中 心に、連日、各地の洪水被害についての報道がされています。1月の総降雨量は、英国観測 史上最高を記録しました。特に、サマーセット州などで洪水被害が発生しています。加えて、 今後も激しい降雨が予想され、テムズ川の水位が上昇していることから、英国政府は、新た に同河川の上流各地域、特にテムズ・バレー(ロンドン郊外東部、ヒースロー空港近く)地 域に、洪水に対する厳重な警戒を呼びかけています。 この未曾有の洪水被害は2月末までテムズ川周囲の町は一ヶ月近くも冠水状態が続き、 都市機能が完全に麻痺していた。この記録的な暴風と大雨による被害は地震や台風とは異 なる恐怖をイギリス人に与えたようである。キャメロン首相はこの緊急事態に備えるため に、中東訪問という外交の変更を余儀なくされた。その間、首相から「イギリス本土を襲っ た最悪の危機」「脅威が和らいでいる兆候はない」と国民に何度も呼び掛けた。 クリスマス・シーズンに入り、聖歌隊や合唱隊が出て、クリスマスを盛り上げていた。街 並み、特に繁華街でのクリスマスのイルミネーションは質素であり、落ち着いた飾り付け の美しさを観ることができた。大晦日のテムズ川(ロンドン・アイの前)カウントダウンの 花火は圧巻であり、短時間で一気に打ち上げる華やかさにイギリス人の国民性を垣間見た ような気がした。 新年を迎えた1月は懸念していたほど気温が下がらず曇天続きで、急に雨交じりの突風 が吹き荒れる、何ともすっきりしない気候であった。その上、想像以上に湿度が高いこと に驚かされた。洗面所の小窓を24時間開放が必須であるようで、換気を怠るとカビが繁殖 するので注意が必要であると忠告を受けた。反面、インフルエンザ流行の兆しはないよう である。もちろん、マスク着用者は皆無であった。 2月下旬から梅のような花が開花し、3月に入ると水仙が咲き始めた。気温が上がってき たとは感じるが、人々は黒茶色を基調にした厚手の服装で、極めて実用的で華やかさはな い。ある意味ファッションなどに翻弄されることなく、気楽であるらしい。フランスから 私的、公的にくる人たちがロンドンではファッションに余計な気を遣わなくてすむので助 かると言っていたことが印象的であった。それにしても、花のシーズンであるのに、日本
のような桜前線などのような報道はなく味気ないが、BBCは毎時間ごとに天気予報は流 している。
蛇足であるが、英国人の好きなジョークの一つに、There are 3 things you can’t trust. One is the English weather. Two is the English wine. Three is English women. がある。やはり、気 象現象に対する意識が高いという証左であろう。ちなみに、天気予報の精度はかなり高い との評価である。 4. イングランド人の民族性と慣習 【お辞儀とSorry文化】 特筆すべきは、彼らの礼儀正しさと親切心である。これは日米の民族を圧倒している。「紳 士淑女」の国であるといえる所以ではなかろうか。テレビの番組を見ていると、英国人は 観客に対して「お辞儀」をきちんとしている。特に音楽関係、演奏者や声楽家は見事なお辞 儀である。今思えば、ビートルズはよくお辞儀(といっても西洋人特有のBOWであるが) をしていたことを思い出す。このお辞儀習慣は日本人にとって、何か親近感を覚えずには いられない。 5月8日、ウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)におけるQueen’s Speechの折にも、 女王陛下に対して衛兵及び侍従達もお辞儀をしている光景が印象的であった。英国国教会 の主教(司祭)たちは祭壇の前でのお辞儀も米国のプロテスタント系の牧師には見られな い光景であった。 日常的な風景として驚いた一つに、彼らはあらゆる場所や状況で「Sorry」の連発である。 外出すると、この表現が常に飛び込んでくる。極めて日本語の「すみません、失礼」に酷似 しているような気がする。逆に “Excuse me” はほとんど聞かなかった。日本人の「すみま せん」の連発や感覚は英国から来たのではと思いたくなる。このSorry文化のマナーは賞賛 に値する。なぜなら、相手の目を見て心を込めて伝えているのである。 【Queueで辛抱強く順を待つ人々】 2013ウインブルドン・テニス会場へ出かけた。グランドチケット購入列の整理券が8913 番であり、ともかく列に並び3時間待ったあげく、後4時間かかるとの説明があり入場を諦 めた。しかし、考えてみると整理券を配る前に、会場収容のキャパシティは分かるはずで ある。つまり、整理券配布時点で、ここからは何時間待ち、入場は無理だとの説明があって しかりと思うのは日本人の感覚だけのようである。会場の最寄りの駅舎では、「会場入場は 10時間待ち」とアナウンスを繰り返していた。一瞬ジョーク??、いわゆるイングランド 人特有のユーモア・ジョークなのか、はたまたBlack Jokeなのか解らない。 今でも理解できないことは、競技場入り口の少し手前で、「後4時間待つ必要がある」と のアナウンスに、誰もクレームをつけず、ピクニックシートを再度取り出しリラックス態
勢に入る。その列を抜け、怒りをあらわにして帰途についたのは私だけのように見えた。 どう考えても、辛抱強く待つという限度は、はるかに超えていたはずである。 駅、銀行、郵便局、店舗、娯楽施設など、いたるところに有名な順番を待つ行列(queue) ができる。ここでいつも感じるのは、並ぶことを楽しんでいるように見えた。こちらとし ては、窓口などで説明を求めたり相談したりするので、どうしても時間がかかってしまっ た。それでも、この国の人達は決して「早くしろ」とどなる声や舌打ち等は一度も聞くこと はなかった。もちろん、窓口業務の人からも、「多くの人が待っているので、、、云々」と急 がされることは一度もなかった。こちらの方から、「時間がかかって申し訳ない」と背後の 人達に声をかけると、一様に微笑んで、「大丈夫だよ」と返答が帰ってきた。この辛抱強さ はどこからくるのであろうか。歴史的、民族的伝統もあるだろうが、やはり家庭教育、学校 教育、地域 (特に教会、スポーツサークルなど) における教育の結果であろう。 【政治的セレモニー】 既述したように、英国議会の2013年度会期初日(5月8日)にエリザベス女王のQueen’s Speechがあった。女王は馬車で騎馬隊や近衛兵にガードされながら議事堂に入り、国旗(ユ ニオンジャック)から王旗にかえられ、更に「火薬陰謀事件(1605)」以来の議事堂内の厳 戒態勢を古式ゆかしく演出するなどの、「王朝絵巻」が繰り広げられた。 面白いことに、女王の演説中、貴族院議員は座ることは許されており、庶民院議員(首相 および大臣)は下院議場から連れてこられて、貴族院議場入口の横木の後ろに一塊になっ て立たされたままであった。当然ながら、庶民院議員は650人もいるので、狭い議場には入 れないので廊下に立ったままであるが、全員それを楽しんでいるように見えた。4時間近 いBBC独占中継だったが釘付けになった。ちなみに、庶民議員2名はその間バッキンガム 宮殿に拉致監禁されているとの説明があった。1605年の「火薬陰謀事件」の実行責任者と いわれる「Guy Fawkes」(ガイ・フォークス)を捕えて、未遂に終わった事件を称えるために、 11月上旬に多くの場所で花火を上げて祝福するeventがある。確かに、11月は日に日に昼 が短くなり、寒くなる暗いイメージの月であることから、数多くのイベントが目白押しの ようである。一般市民も結構大がかりな花火を一週間打ち上げて祝う。ただし、23時以降 は条例で禁止されている。 首都ロンドンに市長は二人居る。一人は行政上の大ロンドン市長:Mayor of Londonと 呼ばれる。もう一人はシティ・オブ・ロンドン(単一自治体の地区)の市長でロード・メイ ヤー(Lord Mayor of London)(ロンドン市長)と呼ばれ、任期は1年であり毎年9月29日の 聖ミカエル祭に選挙が行われる。実際は名誉職にすぎない。シティの市庁舎はギルド・ホー ルと呼ばれる。毎年、11月の第2週の週末にLord Mayor’s Paradeが賑々しく開催される。 Lord Mayor of Londonのパレードに関する情報を整理する。このパレードはCity of London (1.6Km2)内の1.7マイルの道路を3マイル以上の長い行列がパレードするというユニーク
Woolf 女史で686代目となり、この長い歴史の中で女性では2番目なるとか。The Cityの諸 ギルド (Livery Companies) のメンバー約26,000人の選挙で選ばれるということである。英 国王、女王といえども、この小さな自治都市に入るときはLord Mayorの許可が必要だ。格 式最優先のイングランド人の証左であり、実に面白い。
さ ら に、Lord Mayorは 英 国 ビ ジ ネ ス 界 の 顔 と し て 活 動 す る。彼 女 の 爵 位 と し て 「Commander of the British Empire 英帝国勲爵士」という爵位が強調されていた。ちなみに、
名前の後にCBEとなっている年配教員数人と出会った。参考までにCBEとか、OBEとか、 MBEとか英国人は、名前の後ろに勲位を付ける。昔の騎士団で団員、将校、司令官といっ たところらしいが、これらは一般人で受けている人が多い。ただ、この上の勲位になると ナイトが2階級あり、どちらも男の場合、ファーストネームの前にSirを付けられて呼ばれ るようである。例として、Sir チャップリンではなく、Sir チャーリー・チャップリンとい う風に使うと教えられた。 首都ロンドンにはスコットランドヤード(ロンドン警視庁)があるが、このCity of Londonは1マイルスクエア(約2.6km2)しかない狭い地域にもかかわらず、独自のロンド ン市警察組織をもっている。このパレードは全長2.7kmの道路を5kmの長い行列で、2時 間以上かかった。素晴らしいパレードであったが、ともかく長いの一言!夕方、テムズ川で 祝いの花火が上がり、15分という短い時間であるが一気に打ち上げるので、その迫力に圧 倒された。 【芸術文化】 大英帝国の歴史を物語るように、大ロンドンには美術館、博物館等が数多くあり、英国 人の収集能力と展示センスは他国の追従を許さない。近年、エジプト、ギリシャ、イタリア などから返還要求されているが、これらの「人類の遺産」をしっかりと保存でき、かつ展示 できるのかとうそぶいている。英国側の言い分として、保存能力と施設が完備しているの で、英国にあったほうが良いとの考え方をしているようだ。ということもあって、すべて 無料で公開している。ちなみに、入場者は観光客の方が多いとの統計が出ている。当然な がら、外国人からは入館料をとるべきであるとの声が出始めている。英国民の血税で運営 されているので、推して知るべしである。イギリス人には面と向かって言えないが、「イギ リスには、なぜか偉大な画家や彫刻家が少ない。しかし、美術作品を観る目は、ほかの国の 人々にまさるとも劣らぬほど鋭く確かだ」と、言いえて妙である。 美術館や博物館内で古い柱時計が数多く展示されているが、ほとんどの時計が動いてい ることに驚かされる。16世紀、17世紀に製造されたものが、今でも時を刻んでいること自 体驚きである。部品などはどう調達しているのであろうか。古いものを伝統芸として畏敬 の念をもって保全している技術力や姿勢は称賛に値する。ある有名な時計技術者はその技 術の高さから「Sir」の称号を授与され、Westminster Abby(ウェストミンスター寺院)に王 侯貴族や世界に名声を轟かせた文化人、科学者等と一緒に葬られている。時計の技術の高
さもさることながら、その技術を駆使した「カラクリ人形」等は「飛騨高山のからくり人形」 とは異なる精巧さで、只驚きの一語に尽きる。友人から、以下のような薀蓄が寄せられた。 これも日英の文化論の格好の材料となる。ヨーロッパでは家具調度に金をかけ、親子何代に も渡って使い続ける。ところが、日本では木造家屋の影響なのか、家具調度は焼け出されて も良い程度のものを揃えるのが一般的である。石の家に住む英国人と木造住宅に住む日本 人の違いを言いたかった訳だ。ヨーロッパでは本などは買い集めるが、くだらない土産は買 い求めない。それに比べ日本は、伊勢参りや大山詣などの習慣からか、くだらない土産物を 買い求める。実はライカのカメラやレンズも、ドイツの職人が精密な技で作りあげた芸術品 である。でも、55年も経つが古さを感じさせない。日本は工業製品を安く大量に作ること が得意だが、これらの物は、何年か使ったら捨てるような代物になっている、つまりアメリ カの大量消費の文化に迎合している。 項目3内で記述したように、英国の夏の風物詩と言われる「BBC Proms: プロムス」は想 像以上に盛り上がる。緯度の関係で夏は10時過ぎまで明るく青空が確認できる。降水が あっても、4時以降天気が回復するという特殊な気象現象を見事に活用した伝統芸術祭で ある。世界最大の音楽祭と言われており、この音楽祭抜きでは英国は語れない等と豪語し ている。最終日に観客全員がイギリスのエドワード・エルガー作曲の「威風堂々」 (Pomp and Circumstance)と(Land of hope & glory)の大合唱をする伝統がある。2013年は日本か ら4人(辻井伸行、他)前後の音楽家が招待されて高い評価を受けた。余談であるが、英国 にはもう一つ国歌が存在すると言われている。“And did those feet in ancient time”(古代あ の足が)という聖歌であり、一般に『エルサレム』(Jerusalem)という曲名で知られており、 この曲が最後の楽曲の一つとして歌われる。それに、労働党が保守党に圧勝した1945年以 来、労働党の党歌としても歌われている。もう一つの愛国歌として知られている曲はホル ストのジュピターを[I Vow to Thee , My Country]である。
もう一つ特筆したい文化はクラシック演奏会である。特に多くの教会で昼、夜と演奏会 を開く豊かな文化があるので、大手の英国国教会に絞り、毎週Lunchtime Concert (13:00 ~ 14:00)を聴きに出かけた。奏者は音楽大学の学部生、院生や修了生の若手プロが中心 である。聞くところによると、伝統のある大手教会での演奏は相当な競争があり、コンテ ストを勝ち抜いた一流の演奏者しか機会が与えられない。弦楽4,5重奏、ピアノ、木管・金 管アンサンブルや、ソプラノ、テノール等のボーカルを生で聴く機会が豊富でなんとも羨 ましい限りであった。 【音楽大学の公開授業とコンペティッション】 ロンドンには世界トップクラスの王立音楽学院、大学や演劇・芸術大学があり、市民や 旅行者に授業や演奏会、演劇などを開放している。Royal Academy of Music (以下、RAM)
は1822年の創立以来、世界の音楽学院として一流のアーティストを輩出してきた名門大学 で、現在はロンドン大学の一部を構成している。この学院は授業、コンサートやコンペティ ションの多くを公開している。特に、Masterclassesの公開授業と競演は素晴らしいもの であった。11月の下旬にRAMの院生によるテナー・ソプラノCompetitions [English Song Prizes](10:00-18:00)があるということで、午後プログラムの鑑賞に出かけた。午前か ら声楽家の院生19人が賞をかけて競演した。この賞は毎年の歴代受賞者に名前が刻まれ、 個人のプロフィールに書くことが許される名誉あるものだそうだ。しかしながら、観客が 意外と少なく場違いの会場にいるのではと落ち着かなかったが、歌の素晴らしさに圧倒さ れ、結局最後まで鑑賞させてもらった。詩の内容は理解できなかったが、彼らの総決算の 舞台であり修了後の進路に大きく影響を与える賞なので、迫力満点で貴重な経験であった。 正式なコンテストなのでネクタイを締めて行ったことから、東洋からの音楽関係者と思わ れていたようで、今思えば冷や汗がでる。競演後、学内関係者から声をかけられそうになっ たので急いで退散した。新年早々(1月6日)から普通の公開授業が始まったので楽しませ てもらった。
春学期のRAMプログラム鑑賞の中でも、Postgraduates Vocal Students による声楽コンペ (14:00-19:00)は忘れられないものとなった。CompetitionのタイトルはRichard Lews/ Jean Shanks Award in association with the Webb Award for Accompanists [Final Round]と最も 権威のある賞の一つであるらしく、一年を通して予選を勝ち抜いてきた11人の院生達の最 終競演であった。音楽に対する知識・理解レベルから見ても、すごい実力者ばかりである ことは分かる。もちろん、素人が等列を付けることは不可能であった。そして、圧巻は優勝 賞金(次年度の学業継続の奨学金との位置づけ)として£14,000であり、いかに権威のあ る賞であるかの証左である。各演者にはピアノ伴奏者もおり、彼らもWebb Awardとして£ 3,500の賞金が用意されていた。予想通り5人の審査員からの結果発表まで30分以上かか り、優勝者は二人とも女性であった。5時間という長丁場だったが、すごいものを観させ てもらい感謝であった。 【豊富な緑地・公園財産】 この狭いロンドン地区には大きな緑地、公園が散在していている。「芝生立ち入り禁止」 等という無粋な掲示もなく、市民の憩いの場になっている。小さなものから、東京ドー ム(4.7ヘクタール)が25個分以上の広大な敷地を持った植物園(Royal Botanical Gardens, Key; 120ヘクタール)もある。圧巻は王立公園でありながら国立公園(Richmond Park; 995 ヘクタール)になっているものまである。ここは東京ドームが210個分以上という桁違い の広さである。特に、市民にとってのベスト3はRegent’s Park(2km2)、Hyde Park(2.5km2)、
Hampstead Heath(3.2km2)であろう。明治維新後、英国との関係は深く、東京都の近代化は
英国のシステムを多く取り入れた結果、文明開化が一気に進んだようである。ただ一点、 惜しむらくは大名屋敷の上屋敷、下屋敷の跡地を緑地化しなかったことである。この緑地
化政策だけを模倣しなかった、また出来なかったことから、東京都は都民が憩う緑地が極 めて少ない。 ロンドンの公園は王族や貴族の屋敷跡地やシカ狩り場等を緑地として残し、一般に開放 したのである。どこでも芝生が敷き詰められており、見事に整備されている。無粋な看板 は余程の事が無い限り目にしないが、厳格な規則はある。各王立公園にはそれぞれの規則 がゲートに書かれているので確認が必要である。特に、Richmond Parkのように自然保護 区に指定されている公園は特に要注意となる。自然環境保護のため、枯れ木一本動かして はならない。 【クリスマス・シーズン】 12月に入り久しぶりに青空が出たので、クリスマス・イルミネーションを観にCentral Londonにでかけたが、正直言って少し拍子抜けした。日米と比較すると飾りつけ技術やセ ンスも微妙で地味である。飾り付けにしてもある種の行政的な抑制が効いているのではと 勘繰りたくなった。古い伝統的な街並みには日米のようなイルミネーションが似合わない ことも確かである。誰かがネットで書いていたが、「ロンドンのイルミネーションは漁火っ ぽい」と、特にテムズ川沿いの飾りつけはその通りであった。ビルとビルの間を繋げて演 出しているが、点灯していない箇所も繁華街に結構あり、やはり技術的に複雑なものは無 理なのであろうか。しかしながら、よくよく考えるに英国は聖公会でアドベント(降臨節) のシーズンであることから、意識的にフランスなどのような派手な演出は避けているとの 見方もできる。更に商業主義を抑制するかのように、Christmastide (Christ-tide) の表現も 目につくことにも意識的な抑制証左の一つではないだろうか。そのような見方をすると落 ち着いた雰囲気に見えてくる。ただ、公園などの移動式遊園地の規模及びイルミネーショ ンは華やかである。特に、Hyde Park内の「Winter Wonderland」の規模は圧巻であった。 クリスマス・イブに地元のSt Mary at Finchleyに18時からの礼拝に出席してみたところ、 極めてカトリック的で驚く。25日のクリスマスはBBC中心にWestminster Abby大聖堂、カ ンタベリー大聖堂等の(take [receive] Communion 聖体を拝領、take [go to] Communion 聖 餐式に参列)、が放映されていた。この英国国教会の礼拝を観察すると、ラテン語や胸の前 で十字を切るしぐさはカトリックに近く、聖職者もかなりの人数で神父と見間違う様相と 礼拝(歌も詠う)である。一時間のサービスであったが、厳かで伝統に従って粛々と行われ る礼拝は壮麗の一言に尽きる。聖歌隊に関してだが、成人男性に混じりボーイソプラノの 少年たちが多く参加している。しかしながら、女性、女子の姿は皆無である。この理由は女 性のソプラノと男子のソプラノはかなり異なるようだ。
Oxford大学のChrist Church Collegeの教会(大聖堂)内にはマリア像があり、それにキリ ストが十字架に磔のままの姿であるので、質問したところ、「16世紀にヘンリー 8世がロー マ教皇庁から独立したのであって、彼自身はカトリックである。現在ではプロテスタント に分類されることがあるが、実際の英国国教会は典礼的にはカトリックに近い。見様によっ
てはカトリックとプロテスタントの中道路線をとっていますよ」との説明があった。つま り、英国国教会はカトリックとプロテスタントの中道路線をとっており、典礼的にはカト リックといえる。英国国教会から分派したものがバプティスト、メソディスト教会である。 宗教は聖書の解釈や典礼、教義等、誠に複雑で理解することは至難の業である。英国の清 教徒(プロテスタント)革命(17世紀中期)は英国史においては王政復古と英国国教会の 拡大を助長したと言われていることも大変興味深い。 24, 25日は動くな(外出するな)との忠告があった。24, 26日の地下鉄、バスの間引き運 転はまだしも、25日のクリスマス当日はロンドン市内のバスや地下鉄(15線)、全て運休 となり驚いた。地元 (Finchley Central) の商店街は日本の元旦のような風景であった。ただ し、イスラム系の店舗は開店していたのが印象的であった。考えてみると、この北ロンド ンはイスラム系とユダヤ系が多いので、クリスマスは関係ない。 日本の師走とはかなり異なる。学校は冬期休みに入っているが、会社関係は22日からク リスマス休暇が始まり26日で終わった。帰省ラッシュは21日から始まり、25, 26日はスー パーや日用品店舗は閉店となった頃から食料品等の買いだめが始まり、24日の午後早く には品薄になった。例えが稚拙だが、25日が日本の大晦日で26日がBoxing Day(salesの日 で朝6時から店頭に並ぶ姿がTVで流れていた)で福袋の日のようなものである。もちろん、 元旦は休日となった。因みに、イングランドとウェールズの祭日は年間8日あり、その内 「Early May Bank Holiday, Spring Bank Holiday, Summer Bank Holiday」というユニークな祭
日が3日ある。 【メディア】 英国の新聞事情というと、高級紙、大衆紙、中級紙等と色々あるが、中身はともかくタブ ロイド判が狭い地下鉄、バス内では読みやすい。もちろん、通常サイズの高級紙はあるが、 交通機関の中ではほとんど見かけない。無料で配る大衆紙が多く、地下鉄の中で読んでい るが下車する時に置いていく。これは、結構回し読みの習慣ができているようである。と 同時に駅構内のごみ箱に捨てるのはマナー違反であることも大きな要因となっているよう である。 日本の報道番組、スポーツ番組、趣味番組等を観なれていると、こちらの番組の報道記者、 コメンテータの話が長くいらついてくる。インタヴューでも、永遠に会話を続ける。その間、 映像も流すが極めて短く、ついチャンネルを変えてしまいたくなるが、他局も同様である。 ここでまた一つ大きな問題(?)がある。民放局はCMが長い、ともかく長い。日本の3倍 から5倍の長さで、プライムタイム以外の時間帯では一旦CMに入ると5分前後流れる。し かも10分間隔で来るので、我慢強さが要求される。日本の民法のCMの長さなどは英国の 比ではない。 BBCはお堅いイメージがある。しかしながら、5月から6月にかけて、「The Tudors」と いう16世紀のヘンリー八世の半生を描いた大河的王宮絵巻が再放送されていた。王を取
り巻く男女の愛憎劇を繰り返すが、何とポルノ張りのセックスシーンが多く驚かされた。 BBC2といえども、年齢制限つきの映画ならまだしも、一般家庭で視聴できる地上波であ ることに驚きを隠せなかった。またまた、イギリス人が分からなくなった。 TVの時報の存在はない。問題は番組の放映時間である。番組等の告知として何日何曜日 何時からと提示されるが。8時、9時丁度に番組が始まったためしがない。必ず5分前後ず れて始まる。前の番組がそのまま放映されているのである。日本の番組進行状況に慣れて いる人間として、実に落ち着かないばかりか理解できない。 いま一つは、イングランド特有のユーモア、ブラック、エスニック、セックス・ジョー クなどは結構盛んでエスカレートしているようにみえる。実際、TVのプライムタイムが 終わった11時過ぎからバラティ番組が始まる。司会者までFour-letter word、特にF-wordを 使いまくり、倫理規定やモラルの基準が分からなくなった。TVの深夜番組よりも、巷で、 F-wordが頻繁に聞こえてくる。知るところでは、英国人は「Bloody...」と表現していたよう な気がする。米国のTVが常に放映されているので、その影響はないとは言えないだろう。 でも、Queen’s (King’s) Englishにこの米国英語表現は似合わない。
TV番組は英語の字幕(subtitles)を出せるので、イギリス英語に慣れるには便利である。 ただ日本語字幕のように早く読めないので、かなりの集中力が必要となるが慣れてくると、 それなりに楽である。もちろん、生放送の場合は字幕がかなり遅れて出てくるので、ニュー ス番組などは、字幕だけを集中して読んだ方がよい。少数民族が多くなっている現状を考 慮しているようである。 【国民的スポーツ】 テニスもゴルフも世界4大メジャートーナメント大会というものがあるが、英国開催の メジャー大会に限って、ゴルフで言えば「The Open Championship: 1860~」であり、[他の メジャー大会はそれぞれ、The Masters Tournament(The US Masters: 1934~)、US OPEN: 1994~、全米プロ選手権(PGA Championship: 1916~)]英国という英語表記はない。 テニスに関しても、全米オープン、全仏オープン、全豪オープンと国名を付けるが、英 国に限って「The Championship」だけで国名はつけない。時にはWimbledonだけである。更 に、ウエアーは白と義務付けており、やはり歴史と伝統を重んじる誇りだろうか。因みに、 The Open Championshipもテニスほどではないが、ゴルフウエアーのどこかに「白」が入っ ていなければならない。ちなみに、日本語表記では「全英オープン」としている。テニスに 関しては、「全英オープン」とか「ウインブルドン・テニス」と表記している。クリケット・ゲー ムでも選手のユニフォームは「白」が基調である。確か、イングランド代表サッカー・チー ムのユニフォームも「白」である。 【ゴミの山】 情報雑誌でもこのゴミのポイ捨て事情について全く触れていない。とにかく道路、特に
歩道上のごみの量に愕然とする。大学の教職員、学生、美術館、博物館の職員達でさえ、た ばこの吸い殻は道路へのポイ捨て(屋内喫煙は一切禁止であるが、屋外に吸殻入れなどど こにもない。特にバス停やパブの前などはゴミの山)、または側溝の中に捨てることは日常 の光景である。歩行者による紙屑、缶類のポイ捨ては当たり前である。食べながら歩いて いて、周りなど気にせず路上にポイ捨て、後ろから歩いて怒鳴りたくなる。駅構内で駅前 通りに大きめのビニール袋が吊るされている場所もある。でも、分別ごみの考え方はあま り普及していないようだ。 もちろん、街中にはLitterと呼ばれる大きな年代物の立派なバスケットはあるが、いつも ごみで溢れている。清掃人もいることはいるが、誠に効率の悪い方法で清掃している。焼 け石に水といったところか。勝手な推察であるが、ロンドンもパリに勝るとも劣らず、ゴ ミや糞尿を近代まで道路に捨てていたというDNAが残っているのではないだろうか。道 路は公共のゴミ捨て場という概念が残っていると言うのは穿ちすぎだろうか。イングラン ドで風刺画の父と言われている、ウイリアム・ホガース(William Hogarth: 1697-1764)はロ ンドン市内の二階の窓から排泄物を捨てる絵画は有名である。当時から、階級社会と奴隷 制の名残で、ごみは人間が片づけるものであり、それらを生業にしている人たちも多くい る。たばこのポイ捨ても帝国主義時代の名残であるとの解釈も可能である。イングランド の白人に問いただすと、決まって次のような答えがかえってくる。「旧植民地からの単純 労働者として移住してきた人が多くなり、完全な多民族国家の首都のマナーが低下してし まったことは事実である。」と、でも文字通りには解釈できない。残念ながら検証はできて いない。 珍しく店頭の歩道を掃いている店主がいたので、感心しながら見ていると、後がよくな い。ごみの山を車道に落としているだけである。そこまでやるなら、なぜ片付けないのか 分からない。車道の掃除は行政の責任であるとの認識からであろうか。やはり、この国も 日本の義務教育機関のように、帰宅前の清掃をさせることが必要のようである。 11月に入ると一気に落葉が進んだ。しかしながら、街中落葉で灰色の寒空風景をさらに 助長しており、特に吹き溜まりの場所などゴミ捨て場と化しているようにも映る。なぜ、 清掃しないのか解せない。幹線道路以外は剪定や伐採作業を実施しないので、大木の落葉 が歩道を埋め尽くす。確かに電線等が地中にあることから、必要ないのであろう。気にな るのは、歩きたばこの多い現状では極めて危険であり、特有の強風に煽られれば一溜りも なく大火になる。でも、朝の霜や濃霧で歩道上の葉は濡れているので心配ないのかもしれ ない。晩秋から冬季にかけて湿度が極めて高い。それにしても、街の景観を壊しているこ とは事実である。日本のように町内会、商店街組織で美化運動を促進しようとする意識は ないのであろうか。店内に吹き込んだ茶色の葉を歩道に吐き出しているだけである。誰も 濡れた落ち葉もたばこの吸い殻も清掃しようとしない。(ただクリスマスの前に清掃車が 出て落葉等の清掃をしたことは事実であるが、もっと頻繁にすべきではないか) タバコの吸い殻といえば、何と喫煙者の多いことか。その上、何といっても歩きたばこ
が多い。日本では圧倒的に男性が多かったが、こちらでは女性も同じ割合で多い。希望的 観測であるが、10年後にはロンドン市条例で禁止となることを期待したい。 【飲み食いマナー】 喫煙マナーが悪いということは既に述べたが、それよりも、立って飲み食いすることに なんの抵抗も無いようである。特に夕方のパブでは立ってビールを飲むこと自体かなりの 自然体であるらしい。もちろん、屋内外で座り込んでサンドイッチやホットドックを食べ ているのはあらゆる場所で見ることができるが、こんな場所に座って飲食するのかという 場面にも頻繁に遭遇する。具体的にいうと、路上はもちろん、地下鉄やバスの中で何らた めらうことなく、飲食している。飲み物ならまだしも、サンドイッチは当たり前、中にはタッ パーの蓋を開けてスプーンで食べている。 男女とも立ったまま飲み食いするのは日常茶飯事であるが、それにしても、歩きながら 食べているのか、食べながら歩いているのか、何とも行儀の悪さが目立つ。でも、理由があ るようである。英国の歴史は常に戦乱の中にあり、常に身構えている必要があったので、 のんびり座って行儀よく食べることは出来なかったようである。つまり、食べられるとき は場所を選ばす、また歩きながらでも食べることが当たり前のようであったことから、そ の習慣がDNAとして受け継がれているらしい。日本ではおにぎりであり、英国ではサンド イッチが携帯用に定着したのであろう。
Windsor & Eton Central駅の前に小奇麗な飲食店街通りが目に飛び込んできた。よく見 るとゴミひとつ落ちていない。必ず目に付く「歩きたばこ」の輩もいない。やはり、駅構内 からの通路に大きな立て看板があり、“Windsor Royal Shopping -NO Smoking- It is against the law to smoke on these premises”と書かれた掲示があった。ここは英国王室の現役の城、 Windsor Castleがあるので清掃に心がけているらしい。「やれば出来るじゃん!」と感心しつ つ、ロンドンも条例や法令で取り締まれば市内も綺麗になるであろう。何でも法律で規制 することは感心しないが、ここまで汚いと時間の問題かもしれない。 更なる驚きとしてグローサリーで清算を済ませる前に商品の飲み食いが目に付くことで ある、特に辛抱強くレジで並んでいる最中に飲み食いしている光景は驚きであった。もち ろん、パッケージは捨てずに清算すれば問題はないらしい。それから、バナナのばら売り である。パッケージに入っていないバナナはばら売りつまり一本でも目方で購入できる。 年配者などは一本むしり取ってかごに入れている。これはさすがに清算する前には食さな い。商品棚のぶどうとかサクランボの味見は大目に見られるようだ。しかし、バナナ一本 やりんご一個の味見は不可である。やはり、言動の常識や許容範囲を理解するには「人間 観察」以外に方法はない。 【刺 青】 英国人(白人)に刺青が目立つ。しかも、首の後ろや背中、そして二の腕に多いが肘から
手にかけても目に付く。TV出演者も隠そうとする気配は全くない。さすがに、司会者や記 者連中には刺青をしている気配はない。確かに、米国のアメリカン・フットボール、バスケッ トボールの選手、特に黒人に多く見られる。21世紀に入って急増したような気がする。も ちろん、説明できる根拠はない。ロンドンでは白人男性に多くみられ、しかも面積が広い。 実際のところ社会的な評価はどうなのか、把握できていない。数年前にサッカー選手ベッ カムの刺青を観たときには驚き、かつ違和感をもった日本人は少なくなかったであろう。 久しぶりにTVで彼を観たが首の後ろから、腕まで広がっていた。個人的にショックであっ たのは、大英図書館の品の良い年配の職員が半袖のワイシャツ着用の時に手首まで、青い 茨の入れ墨に覆われていたことである。 巷でも、男性陣を観察してみると、青一色、時々赤色が入っているがまれであり、茨の図 柄というか、爬虫類を彷彿させるような絵図が多いように見える。若い女性も例外ではな い。プリントもかなりいるようであるが、地下鉄車内で30~ 40台の女性は二の腕を出し ていて肩から手首まで青一色の髑髏や荊の刺青が彫ってあり、目が点になってしまった。 どう見ても、プリントの範囲を大きく超えている。反面、「刺青消します。75% off」なんて いうTVCMをよく観る。消そうとしている人たちも多いとの証左であろうか。 さらに観察すると、強面、スキンヘッドの男性やヤンキー風、粋がっている女性だけで はなく、ごく普通のサラリーマン風、子供連れのお父さん、及び主婦風、オフィスレディー 風の女性にも広がっていることが確認できる。特に夏場の週末のカジュアル服装の時に赤、 黄色、青の原色の入れ墨が散見された。 米国滞在中にインテリでも刺青をしている人たちは散見できたが、話を聞くと若いころ の軍隊経験者が多かったように記憶している。もちろん、見えない場所であり、普段は隠 していた。頭文字程度で、「ポパイの碇絵」より小さいものであった。いわゆるタツー(tattoo) であった。 【トイレ事情】 比較文化論のトップに来るのはやはりトイレ事情である。トイレ設備ほど、文化的背景 や民族的意識や社会的状況を如実に反映している対象物は他には無いと言っても過言では ないであろう。 ロンドンは公共のトイレが少ない。書物によると、英国の公共トイレ文化は極めて遅く、 19世紀に入ってから設置に取り組んだとある。英国のトイレ事情、特に公共トイレの歴史 的変遷を調べると実に興味深い。やはり、異文化としてのカルチャーショックはトイレか ら始まるともいえる。この都市、ロンドンでは外出時にかなりの気をつかう。あの大きな 大英博物館でも、トイレの数が少ないことには驚かされる。特に女性トイレはどこでも行 列ができている。ともかく数が少なく、またどこにあるかわからない。ただ、近年、飲食店 は必ずトイレの設備を持つ義務があるようで、緊急の場合は駆け込むことができる。もち ろん、行列は覚悟したほうがよい。男性は立小便をするとかなりの罰金 (£80)(CCTVD
監視及び録画)が課せられてしまう。いたる所にカメラが設置されており、監視体制が厳 格に機能しているようだ。確かに立小便は軽犯罪であることは認めるが、そこまで厳格で あるならば道路上のゴミ捨て、ポイ捨ても同じように取り締まるべきであると思うのだが。 それより、男子小便器設置の高さは尋常ではない。確かに英国男性陣は背が高いこと は確かである。この高さは、昔米国の軍艦の狭い箇所で経験して以来であった。因みに、 Oxford Brookes Univ.の男子小便器はさらに高位置にあり、使用は不可能であったので、便 座に座ることにした。Hyde Parkの北ゲートのトイレ内に子供用の便器が設置されており、 うれしくなって使用していると、数人の子供たちが入ってきてお互いに苦笑し合った。さ すがに、フランスにあるような「トルコ式トイレ」(和式に酷似)は無かった。 トイレ事情に関して褒めるとすれば、いかなるトイレ、公園内の施設でもドアや便器が 壊れているということはなく、必ず「エアブロー」が設置されていることと、場所によって は湯が出る。見た限り英国人はしっかりと手を洗うという習慣は定着している。
前述したが、11月上旬にThe Lord Mayer’s ShowパレードがThe City of Londonで開催さ れたが、心配なのがトイレであった。夕方にはThames川で花火が打ち上げられるというこ とで、何万人という人々が沿道や川岸に訪れた。確かに飲食店に入るとトイレの設置は義 務付けられているが、パレードルートはビジネス街であることから、いかなる対応策をと るのか興味津々であった。沿道の主要な地下鉄の駅のトイレを解放(普段は有料)すると の広報があり、安心して出かけた。Websiteによると、主要地下鉄駅は5か所、それ以外の 公共トイレは5か所解放されるとなっていた。 【交通事情】 ロンドン-正確にはGreater London-は6地域のゾーンがあり、中心部がゾーン1で外側 に向かってゾーン6まである。ロンドン市内の地下鉄(underground)は網の目のように張 り巡らされており、乗り換えれば、殆ど地上に出ることなく地下道で他の路線に移動でき る。階段を上下したり、長いエスカレーターを上下したりすることで移動できる。地下道 はかなり狭いが人々はぶつかることなく、神業的にすれ違ったり交差したりする。急いで はいるが決して他の歩行者の邪魔をしない心遣いは見事である。駅によってはリフト(エ レベーター)で地上に出る場所もある。一例として、ビジネス地区の中心街にあるBank駅 ではリフトは3台(30人は乗れる)が上下している。一度間違えて階段を上り始めると地 下8階の表示があり、途中でGive upしてリフトまで戻る。狭い駅構内ではリフトが有効利 用されている。ただし、災害に襲われた時の恐怖はいかほどであろうか。地震が無いこと がこのようなシステムを可能にしていることは確かである。 地下鉄の歴史(1863年開業)は古い。ロンドンは地下で縦横無尽につながっている点は 絶賛に値する。パリも東京も基本的なノウハウを吸収して現在の繁栄をもたらしている。 反面、毎週末、どこかの路線で工事をしている。あまりにも古すぎて抜本的な改修工事は 不可能であるようである。つまり、産業革命が早すぎたようである。その点、パリ・東京は
その轍を踏まない近代的な技術革新や整備を怠りなくすることで、現在の繁栄を謳歌でき ているのである。つまり、イングランドの技術進歩の遅れからくる問題点を克服したイン フラ整備に成功しているのである。一点、ロンドン地下鉄車両のドアの開閉速度は異常に 速い、要注意である。一度挟まれた時、車内放送でかなり強く怒られてしまった。
英国の地上列車(Overground)はNational Rail(旧国鉄 British Rail)とは呼んでいるが、 民営化されており30社近い会社によって運営されている。運賃も運行の時間帯によって異 なり、off-peak割引、往復割引、Railcard割引等複雑極まりないが、知っておくと便利である。 市内には中央駅、つまりロンドン駅のようなものはなく、10近い駅から出ている。つまり、 行先によってターミナル駅は決まっているということである。 バスはロンドン市内の街並みを網の目のように走っており、誠に便利である。しかしな がら、一般車両は路上駐車が基本なので、もちろん、時間帯とか交差点に近い場所などは 駐停車禁止であるが、バス同士のすれ違いはぎりぎりである。お互いに譲り合いながら、 駐停車している車両に気を付けながらの運転はかなりの技術がいる。しかも、バス停が4 ~ 500メートルおきにあることから、予想以上に時間はかかる。とにかく、道路標識が多 いという印象であった。 地下鉄より料金がはるかに安いので、バス利用者はかなり多い。しかしながら、問題は 着席するなり携帯で話し始める。大きな声で、下車するまで話続けていた。しかも、土地柄 (人種のるつぼ)か英語以外の言語が飛び交い、騒音に近い。ちなみに、携帯に関して何ら かの規制をかけようとする動きもあるようである。長距離列車の「Quiet Coach」では携帯 は使用できなくなっている。近未来に禁煙と同じように規制条例が発布されるであろう。 バス、特にダブルデッカー・バスに乗車すると道路がいかに狭いか実感できる。さらに、 街路樹の剪定が不十分であることから、2階の車窓にかなり激しくぶつかるという、日本 ではなかなか体験できないシーンが多々あった。運転もかなり乱暴であるが、車内におけ る行動は自己責任が原則となっている。特に2階にいて、下車するために一階に降りるタ イミングと行動も自己責任であり、階段の傾斜もかなりきついので要注意である。年配者 の乗降(基本的に階上席にはいかない)にはドライバーもそれなりに気を付けていること は確認できる。感心すべきは年長者に必ず席を譲る。ごく自然な行為として実践している 様子をみるにつけ、民度の高さを実感できた。地下鉄車両内で席を譲られたことが数回あっ たが、複雑な心境であった。 ロンドン市内には混雑税、渋滞税(Congestion Charge)(月~金7:00-18:00)制度が 2003年から導入されている。その地域(Central London)への車の乗り入れは税金納入の対 象となる。標識に赤白でⒸと書かれており、カメラでナンバープレートを撮影していると いう標識があり、C標識の下にHave You Paid? の標識が出てくる。とにかく、ロンドン市 内は道路標識の多さに驚かされるばかりか、運転をあきらめさせるような標識ばかりのよ うな気がする。延滞金はかなり高額になるので要注意である。ガソリンも欧州地区最高値 で、かつ渋滞税を課す意味は可能な限り自動車に乗るなという行政であるようだ。
驚いたことに、車が結構きれいに保たれている。近所の洗車場はいつも順番待ちで並ん でいる。最大の理由の一つに、車窓、特にフロントガラスが汚れていると罰金の対象にな るようである。つまり、いたるところにカメラで撮影しているので、ドライバーの顔が認 識できる必要があるということらしい。
DLR(Docklands Light Railway)は1987年開業でロンドンの東側を走っている。この路線 は赤ではなく青い地下鉄マークが特徴である。更に、改札口がないし、駅には基本的に駅 員もいないので、買ったきっぷは機械に通したり係員に見せたりする必要はない。つまり、 信用乗車方式を採用している路線である。驚いたことに、運転手がいない無人電車なので ある。改札口がないので、上の機械にタッチ(オイスターカードや切符)しなくても乗り降 りはできなくはない。しかし、車内検札がしばしば行われており、検札係員がテレビのリ モコンのような機械を差し出してくるので、それにオイスターカードをかざす。そこで、 不正乗車が判明すると、80ポンドのペナルティー料金が課せられたり、場合によっては起 訴されたりする可能性があるそうである。 初めて乗車したおりに、検札係員がきて、何をしているのか理解できなかった。不正乗 車をするつもりはなくても、乗るときか降りるとき、どちらかうっかりタッチするのを忘 れると、次にオイスターカードをタッチしたときに、8ポンドほど差し引かれるようであ る。夕方都心方面に乗ると、企業関係者の男女が多く、不正乗車をするような階級人種で はないと見た。 公共のバスや地下鉄内で驚いたことは、犬連れの乗客は普通に乗ってくる。これがまた 実に大人しい。他の乗客も犬の存在など気が付かないように振る舞っている。不思議な光 景である。ただし、犬が吠えたり人間を襲ったりすることも考えられることから、用心の ために口輪(muzzle)をされている犬も散見できる。先日、子供が犬に襲われて殺された事 故があったが、世論は誠に厳しく、刑が軽すぎるので運転過失致死の12年の実刑と同じ刑 量にすべき方向にあるらしい。 ストライキ:2014年2月上旬に地下鉄のストライキが実施されて、通常の1/3の運行で混 雑、特にラッシュアワー時に大混乱となる。翌日6日もストの影響が残り、全線運休(Planned Closure, NO Service)、または区間限定運行(Special Service)があるかと思えば、Northern Lineのように通常運行の線(Good Service)もあった。 大事なことを書き忘れるところであった、それはロンドン名物の乗り物といえばタク シー「ブラックキャブ」である。個人営業であり、かなりレベルの高い「ノリッジ試験」(ロ ンドン地図の筆記及び口頭試験)に合格してライセンス取得(バッジを首から下げている) まで平均4年かかるようである。地名はもちろん郵便番号からでも場所が特定できるので、 当然ながらナビ不要であるし、使うは「恥」であると言い切る誇りを持っている。ちなみに、 受験予備校まである。試験内容は司法試験と同等のレベルだとうそぶくプロ意識を持って いる。ロンドン市民から尊敬され、信頼されていることは確かである。
【郵便事情】 郵便事情が極めてお粗末である。特に、配達事情で、以前の居住者宛ての郵便物がほぼ 毎日配達される。明らかに2代3代前の住居人の郵便物まである。ある日、配達員を捕まえ て苦情を述べたところ、「Return to Sender」と書いてポストに投函せよとのこと、つまり配 達員は配達するだけでそれ以外の業務は責任外ということを強調していた。渡そうとした がタッチできないと、強く拒否された。 時々、「要受取人署名」(signed for)の封書がくるが、不在との判断だけは早く、すばやく 「不在郵便物集積所」まで取りに来いとのメモを置いていく。最初は集積所などという場所 も分からず、重要な書類であったことから大変難儀をした。再配達のサービスは無いよう である。 さらに、12月上旬に日本の家族、親戚にクリスマス・カードを郵便局から出した。とこ ろが、翌日大変驚くことが起きた。前日に出したカードの一枚が差出人に「配達」されてき た。当然、International形式に則った宛名であり、しかも郵送先の住所の前に「TO」とも明 示しておいた。当然ながら、英国のRoyal Mail切手も貼ってある。直ぐに郵便局へ出向き、 クレームをつけたところ「よくあることだ」と平然としていた。もちろん、新切手を要求し 再度の配送を依頼したが心もとない限りであった。 日本の近代郵便制度は1871年にイギリス郵便制度の導入から始まった。現在の日本の郵 便制度は世界に誇る管理・運営方式を築き上げた。英国のシステム創りは常に世界をリー ドしていたが、その後の維持管理に問題があるようである。地下鉄はもちろん、水道、電気、 ガス、IT関係でもメンテナンスが他の先進国に比較すると、かなりの後れを取っているこ とは明らかである。今回の苦情に対しては、郵便局のお偉いさんから「日本のようには、ま ~だま~だ!」と日本語で対応されて苦笑いするしかなかった。 【味音痴と猫舌文化】 物価が高いが、パンは安くて美味い。野菜は噂より豊富(ほとんど輸入物)で結構うまい ものがある。特に野菜は人参が甘く、りんごも富士の味とは比較にならないが、結構うまい。 うれしいことに食品と生活必需品には一切消費税(軽減税率が徹底)がかからない。その 代り、ぜいたく品や日常必需品以外は20%の税金がかかる。日本もグローサリーの消費税 は無くすべきだと愚考している。英国の料理レベルの名誉のために代弁すると、気候的に 野菜の栽培に不向きなので、大量に収穫できかつ栄養価値の高いブロッコリーが野菜摂取 の中心の頃があったことも事実のようである。しかしながら、現在は世界中から野菜を仕 入れて、薄利多売の路線をとり、食事もFish & Chipsばかりではなく美味しい食事作りに 国家を挙げて名誉挽回に取り組んでいるようである。TVでは料理番組が目白押しで料理 する努力を促している。イギリス人は味音痴などと悪口を言われていたことも確かであり、 汚名返上で努力していることも確かであるが、フランス、イタリア、中国、日本料理レベル までに行くには、かなりの年月が必要であろう。
Teaの国、英国とはどこやら。一般の人達がこれほどコーヒーを飲んでいるとは驚きで ある。しかも、スターバックス等で購入して、基本的にトールサイズが多いが、電車、バス の中で飲むのがトレンドのようである。特に女性が多い。しかしながら、コーヒー自体は エスプレッソのような濃い目のものを飲んでいるようで、ミルク、砂糖をこれでもかと入 れている。ともかく、とんでもない量の砂糖を滝のごとく流し込んでいる光景は見るに堪 えない。彼らはアメリカンではなく、もっと濃いコーヒーを飲んでいるので、Whiteにす るとの説明もある。がやはり、コーヒーの文化は未成熟でブラックの美味しさを味会うの はまだ先のようである。ちなみに、アメリカンをアメリカーノ (Americano Coffee)と表示 している。このアメリカンを注文すると「white?」と尋ねてくるので、「Black」と答えると 不思議な顔をする。先日、「American black coffee, please」と言ったら、店内大受けであった。 つまり、こんな英語表現は無いのである。
店内で飲むよりもtake out(to go)のほうが多少廉価である。理由として、WiFiなどが無 料で使用できることから、コーヒー一杯で長時間陣取られるので席料を含んだ値段である にも関わらず、いつも空席を見つけるのが大変である。つまり客の回転が極めて悪い。 硬水であるので、lime(石灰)を含んでいるので、ポットなどには白いLimescale(deposit of lime: a white deposit that forms on a surface such as the inside of a teakettle or boiler because of the evaporation of water containing lime [Microsoft Bookshelf より])が付着してしまう。 厄介なのは洗面器(台)のU-パイプにこの石灰が付着して、水はけが悪くなる。取り除く ための薬品(Tablets: Limescale Removal)を使うが週一度の使用を推奨している。しかし ながら、湯沸し器程度なら取れるが、洗面台のU-Tubeで効き目がみられない。やはり、バ スタブや洗面台、キッチンのシンクのU-tubeには [Buster: Plughole-Unblocker, Bathroom: Dissolves hair and sluge, Stops slow draining water] の薬品を使用しないと効き目がない。結 構な面倒な作業となる。 硬水でも良いこともある。1.紅茶がうまい 2.カルシウムの値が高く「骨粗鬆症」 (osteoporosis)が少ないそうだ。やはり、彼らには紅茶が似合う。水道水(硬水)は飲めない ことはないが、ミネラルウォーターを買ったほうが良いようだ。店でペットボトルの水を 買うときには、単に「ウォーター」というわけにはいかない。「水」が2種類あり、一つは純 粋な「水」、もう一つは「炭酸水」である。純粋な水は「スティルウォーター (Still Water)」、 炭酸水は「スパークリングウォーター (Sparkling Water)」という。レストランにいっても「お 冷です」「お冷下さい」の習慣はないので、何か味気ない。 自動販売機といえば、路上にないので小銭(結構大きくてかつ重い)が使えないばかり か、モールや公共施設の奥に隠れるように設置されているが、「つり銭は無い」の表示がつ いており、驚かされる。結局、コンビニ等に入って購入するが、値段が高いどころか、冷え ていない。缶類もペットボトル飲料水も冷えておらず、生ぬるい。ちなみに、ビールも生ぬ るいと聞いている。一度日本人経営の人気ラーメン店に入ったが、湯気が全く立っておら ず、生ぬるいスープで落胆したが、周囲の人たちは美味しそうに「すする」のではなく、食