1) 文化庁「平成24年度国内の日本語教育の概要」http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/jittaichousa/ h24/gaiyou.htmlより ─実践報告─
大学教育における日本語教育実習とは
─海外実習の報告書の分析から─
三枝 優子 要 旨 本稿は学部開講科目である海外日本語教育実習を受講した実習生にどのような学びや変 容があったのかを、実習生によって書かれた報告書の分析により明らかにするものである。 分析方法としてKJ法を用いた結果、「人々に感謝する」「前向きな態度」「積極的なコミュ ニケーションへの努力」などのラベル付けができた。実習生は試行錯誤の中で同じ目的や 課題を持つ他の実習生と互いに学びあうピア・ラーニングの有効性に気づき、それにより 信頼関係を構築し、能動的に学んでいった。また、実習生として学習者に受け入れられた、 外国人であると特別視されることなく社会に受け入れられたという認識が実習経験や社会 に対する肯定的な評価に影響を与えていることも示唆された。この実習で得られた学びは 文部科学省提唱の「学士力」や経済産業省提唱の「社会人基礎力」に掲げられている能力 に通ずるものであり、学部科目として日本語教育実習を設置する意義があると考える。 【キーワード】 日本語教育実習 学士課程 学士力 実習生の学び 実習生の変容 1.はじめに 日本語教師養成を設置している大学では、実践の場として日本語教育実習を行うことが 一般的である。「教育実習」という呼称は学校教育の教職課程において使われていること もあり、実践力や即戦力を身につけるための活動、教員になるための最終ステップという 印象が強いのではないだろうか。しかし、筆者が勤務するA大学では日本語教育実習を経 験した学生でも日本語教師以外の道を選ぶ者がほとんどである。日本語教師養成に関する 調査報告1)によると、平成 20 年度以降、毎年2万人前後の大学生が日本語教師養成科目 を受講しているとする一方で国内の日本語教師の総数は3万5千人足らずであるとも述べ ている。この数値から、日本語教師養成講座を受講した大学生の日本語教師の職に就く率 が低いという状況はA大学だけでなく他大学でも同様だと推測される。 このような状況で日本語教育実習は日本語教師養成のための科目としてその目的を果た していると言えるのだろうか。しかしながら、日本語教育実習を経験した実習生は日本語 教師を目指すか目指さないかにかかわらず、実習を肯定的に捉え、貴重な経験をしたと評 価する。実習生は実習を体験することによってどのような意識の変化があったのだろうか。 本稿では、A大学の海外日本語教育実習に参加した実習生が書いた報告書の分析から、実習生にどのような学びや変容が見られたのかを明らかにする。また、日本語教育実習が、 学士課程教育においてどのように位置づけられるのかを論ずる。 2.大学教育とは 実習生の学びや変容を評価するためには、まず大学の学士課程で育成する能力について 把握する必要がある。学士課程の教育内容を考えるときに、いくつかの参考となる指針が 公表されている。 一つは、文部科学省が発表している「学士力」2)である。学士力とは学士課程教育で身 につける力のことであり、その内容は各専攻分野で異なるものの「課題探求能力の育成を 重視」し「21 世紀型市民の育成・充実を共通の目標」とするとしている。そして、具体 的な資質、能力として「各専攻分野を通じて培う学士力」4点(表1)を提示している。 これは、個々の大学での学位授与方針等の作成や分野別の質保証の枠組み作りを促進・支 援することを目的とする参考指針とされているが、各大学に与える影響は大きいだろう。 表 1 文部科学省による「学士力」 1.知識・理解 (1)多文化・異文化に関する知識の理解 (2)人類の文化、社会と自然に関する知識の理解 2.汎用的技能 (1)コミュニケーション・スキル (2)数量的スキル (3)情報リテラシー (4)論理的思考力 (5)問題解決力 3.態度・志向性 (1)自己管理力 (2)チームワーク、リーダーシップ (3)倫理観 (4)市民としての社会的責任 (5)生涯学習力 4.統合的な学習経験と創造的思考力 文部科学省のこのような動きをうけて、各大学ではそれぞれの大学が目指す教育目標や 学位授与方針(ディプロマ・ポリシー)などを明文化し公表するところが増えている。日 本語教育実習を実施しているA大学文学部のディプロマ・ポリシー3)は表2のとおりであ る。A大学のディプロマ・ポリシーは学部の特色を表しつつも「学士力」の内容から大き く離れるものではないことがわかる。 表2 A大学のディプロマ・ポリシー 1.グローバル化した世界で要請される広い視野と教養 2.今日の世界を理解して判断と行動ができる言語と文化に関する知識 3.対人関係を理解し実践的なコミュニケーション行うための言語運用能力 4.自文化、異文化に対する知識と言語能力に裏付けられた人間を理解する能力 2) この用語は平成20年に文部科学省中央教育審議会が出した「学士課程教育の構築に向けて」という答 申資料に出ている。 3) ディプロマ・ポリシーとは学位授与方針のことを指し、修業までにどのような力を身につけることが必 要かを表すものである。A大学では、HPなどでもディプロマ・ポリシーという用語を使用しているため、 本稿でも学位授与方針ではなくディプロマ・ポリシーという用語を使用する。
もう一つは、経済産業省が提唱している「社会人基礎力」で、「職場や地域社会で多様 な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」と定義されている。これは「前に踏み 出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力と 12 の能力要素から構成され (表3)、どの職種にも共通する基礎的な能力だとしている。これは大学卒業者のみを対象 としたものではないが、卒業後社会人となる大学生にとって備わっていなくてはならない 能力だと言えよう。 表3 経済産業省による「社会人基礎力」 1.前に踏み出す力 主体性・働きかけ力・実行力 2.考え抜く力 課題発見力・計画力・創造力 3.チームで働く力 発信力・傾聴力・柔軟性・状況把握力・規律性・ ストレスコントロール力 「学士力」と「社会人基礎力」を比較すると、特に技能や態度・志向性について共通する 部分が多い。「学士力」が重視したという「21 世紀型市民」とは「自由で民主的な社会を支 え、その改善に積極的に関与する市民」とも記述されており、このような市民育成を目指 した資質および能力が「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な」力 である「社会人基礎力」と重なりが大きいことは当然であろう。どちらも「社会」の中で 「人々」とともに、仕事をはじめ様々なことに「関与する」力が必要とされていると解釈 できる。 3.教育実習について 次に、教育実習の全体的な背景について学校教育と日本語教育を比較し、日本語教育実 習の特徴を述べる。 学校教育における教育実習は、小・中・高校等の教員になるために教職課程を履修して いる学生が2週間から4週間行う校外実習で、教員免許取得のための必須要件である。高 等教育機関において指定された教職科目を履修し単位を取った後、3年次または4年次に 実習校に赴き実習校の指導担当教員に教科並びに学校運営について指導を受ける形態が一 般的である。このように学校教育では、教員免許取得に際し法律で定められた教育実習を 含む教職課程を履修することが義務付けられており、教育実習も各自が取得する免許に対 応した学校および教科で行われる。就職に関しては、公立学校の場合、教員免許取得と合 わせ自治体教育委員会が実施する教員採用選考試験に合格しなければならない。また、各 学校で採用試験が行われる私立学校の場合も多くが教員免許取得を採用要件にあげてい る。 一方、日本語教育における教育実習は、法的な制限や規定は設けられていない。実習場 所や実習対象となる学習者は実習プログラムにより異なる。国内の日本語学校でその学習 者を対象に行うもの、海外の日本語教育機関でその学習者を対象に行うもの、大学校内で 実習時だけ学内や地域の日本語学習希望者を募り対象とするものなどがあり、内容も進学
目的の日本語、外国語教育としての日本語、生活のための日本語など様々である。実際に 教壇に立ち授業をする教壇実習の前後には教材研究や教案作成、振り返りを含む検討会な どを行うことが多いが、これらすべてを実習実施大学の教員が指導する場合や、教壇実習 のみ実習受入校の教員が指導する場合など、指導する教員の立場や関わり方も実習プログ ラムにより異なる。このように国内・海外という実習場所だけでなく、実習機関、対象日 本語学習者、指導担当者に至るまでプログラム毎に異なるという実施形態の多様さが日本 語教育実習の特徴だと言えよう。これはまた国内外に広がる日本語教育現場の多様さを表 しているものでもある。このような背景から教員採用に関しても、各教育機関での基準に よる選考となる。国内日本語学校では、大学において日本語教育専攻であること、日本語 教育能力検定試験合格、420時間以上の日本語教育に関する講座受講のいずれかを採用条 件とし、採用試験時に模擬授業が要求されることが多い。日本語教師として勤務経験のな い場合は教育実習経験も参考にするようである。また、国内の大学、別科等の専任教員採 用では専門分野と語学能力を重視し、募集条件に日本語教育経験者であることを求められ 実習経験の有無は問題にされない傾向にある。海外の教育機関でも採用要件は各機関によ り異なっている。このように日本語教育実習経験は就職の絶対条件とはなっていない。 このように実習形態や就職条件が多様である一方、実習生が実習教育機関をはじめとし た実習内容を選択することは難しい。小学校教員希望者が小学校で教育実習ができる学校 教育の場合と異なり、日本語教育では実習生の希望就職先とは関係なく履修科目内で決定 した形態で行われる。このような環境は、学校教育に比べ就職を意識した学校運営を含む 教育内容にフォーカスすることが、実習生も指導教員も難しい側面を持っていると言えよ う。 上述以外にも日本語教育実習の課題や問題点が指摘されている。亀田・金久保(2003)は、 運営面での問題点として実習校の確保とその継続、また実習校との実習時期や時間数のす り合わせなどを挙げている。宮本(2012)は、実習生受入機関側の立場から、実習を大学 の授業の延長だと考えているような「実習生自身の意欲とマナーの問題」を挙げ、そのよ うな学生に対して受入側がどこまで責任を持つべきなのかと問題提起している。また、由 井(2012)は学生の志向や経済的理由からの実習参加者減少傾向を挙げている。このよう な問題点は各大学で共通する面もあるものの実習実施形態が異なるため、問題の共有がさ れにくく、各大学が個々に問題に対処しているのが現状である。教育実習における教育内 容や方法、実習生の変容などについては、大学院レベルでの実習を対象とした研究はいく つかあるが(小林2007、山本2013)、学部レベルの実習については実践報告的なもの(安藤 節子2007、安藤淑子2012)が多く、大学院ほど議論されていない。 4.海外教育実習について 本稿の調査対象データは 2012 年度海外日本語教育実習の実施後、A 大学実習科目履修 生(以下実習生とする)が作成した報告書でのレポートである。まず、以下で、該当の海 外日本語教育実習プログラム概要と報告書について説明する。
実習プログラム4)は事前準備に充てる1学期間の授業 15 回とオーストラリアのシドニ ーにあるB大学での約2週間の実習期間からなる。A大学担当教員が実習事前事後指導を 行うが、実習直前の教案指導はB大学教員も担当する。授業で教材研究及び教案作成、模 擬授業などの実習準備をし、授業期間終了後も渡豪までの約1か月間自主参加の形で模擬 授業と教案検討を重ねる。その際、1日は学内の別科生が学習者役として参加し模擬授業 の評価を行う。 シドニー滞在は 10 日間で、第1週目に実際に教壇実習を行うクラスを中心に授業見学 をするとともにB大学教員による教案指導を受ける。教壇実習は日本語科2年生の授業時 間を使い、年間授業計画に基づいた内容で行う。つまり、日本語学習者にとっては通常の クラスに実習期間だけ実習生が入り通常の授業を行う形になる。実習授業を受けるB大学 2年生は約200名である。第2週目は教壇実習としてCommunication(文法導入含む)か、 Reading(漢字導入含む)の科目のどちらかを一人2コマ(主担当として1コマ、アシスタ ントとして1コマ)担当する。教壇実習以外では国際交流基金関連施設である日本文化セ ンターを訪問し、オーストラリアの外国語政策や日本語教育事情に関する講義を受け、図 書館を見学する活動もある。シドニーでの滞在形態はホームステイで、一人一家庭に振り 分けられ、各自でホームステイ先から大学に通学する。実習期間中は、ヘルパーと呼ばれ る日本語で意思疎通ができる上級学生が2名付き、教室への案内など生活をサポートする。 帰国後は報告書作成と学園祭でのポスター形式による成果発表が義務付けられている。 次に報告書について説明する。報告書はA大学指導教員やB大学教員、ヘルパー、実習 生のレポートのほか、使用した教案などが掲載されている。2012 年度報告書の実習生レ ポートは①準備期間を含む教壇実習について、②オーストラリアの生活について、③シド ニー文化センター訪問について、④実習前後で変わったこと、⑤来年度の実習生へ、⑥そ の他(全体の感想)という構成で一人あたりA4 用紙に3枚程度で作成されている。この報 告書は実習関係機関および次年度の実習生へ配布される。 5.調査・分析方法 5.1 分析の対象 本稿での分析対象データは2012年度の海外日本語教育実習参加者15名のうち、留学生 2名を除いた13名の報告書に掲載されたレポートの記述部分である。 本稿の目的は、この海外日本語実習プログラムを通して実習生がどのような環境でどの ような学びや変容を得たのかを明らかにすることである。学びや変容は教壇実習でのみ起 きるものではなく、準備期間である日本国内での授業時や渡豪後のホームステイ先での生 活などプログラム全体を通して起こるものである。そのため、報告レポートの分析範囲は 「①準備期間を含む教壇実習について」から「⑥その他(全体の感想)」までとする。 4) この実習プログラムは学部共通科目の2年次開講科目として設置され、授業と教育実習双方を修学す ることで2単位が認められる。
5.2 分析方法 分析対象のレポートは、教壇実習から日々の生活、来年度の実習生へ向けたメッセージ まで幅広い範囲の情報を含む。故に、分析には雑多で膨大な定性データにより「概念の整 理ができるだけでなく個々人の個別的な経験や意見、発想を一般化して全体の中に位置づ けることができる」(岩永他1996)KJ法(川喜田1986)を援用した。収集した定性データか ら(1)ラベル作り、(2)グループ編成、(3)図解化、(4)叙述化の順で作業を行った。 実際の分析では、5.1で述べた13名のレポートから学びや変容が読み取れるものや、そ れと関連する背景や行動が読み取れるものを抜き出した。ラベル作成の際には、1文でも 複数の内容が含まれているものは分け、1枚のカードに一つの内容を記述するよう留意し た。その結果332枚のラベルが作成できた。学びや変容とそれが起きる環境について焦点 化したいため、また332枚という大量のカードをより丁寧に見るために、記述された場所 によって次の三つに分けた。一つ目は、授業として実習生全員で活動していた「①準備期 間を含む教壇実習について」、「③シドニー文化センター訪問について」で述べられていた もの、二つ目はホームステイ先や授業時間以外の環境にいた「②オーストラリアの生活に ついて」で述べられていたもの、三つ目は、全体の内省という環境で書かれた「④実習前 後で変わったこと」、「⑤来年度の実習生へ」、「⑥その他(全体の感想)」で述べられたも のである。その結果、一つ目の「授業としての活動」で143枚、二つ目の「オーストラリ アでの生活」で54枚、三つ目の「振り返り」で135枚のラベルが抽出された。 6.結果と考察 調査の結果と考察を上述した「授業としての活動」 「オーストラリアでの生活」 「振り返 り」の順に記述する。 6.1 「授業としての活動」の結果と考察 6.1.1 「授業としての活動」の結果 まず、「授業としての活動」では、<1>から<6>のラベル群である「島」が現れ、 次のように解釈できる。 <1> 実習準備は試行錯誤の繰り返しで苦労した <2> 試行錯誤の結果から学びを得た <3> 外からみる日本語や日本文化を意識するようになった <4> 学生主体の授業を考えるようになった <5> 前向きな態度での教壇実習反省をした <6> 人々への感謝の気持ちを持った <1>から<6>を図式化したものが図1で、各島の意味や関係は次のように解釈する ことができる。なお[ ]内はレポートに記述されている言葉であることを表す。
図1 「授業としての活動」における図解 <1> 実習準備は試行錯誤の繰り返しで苦労した 実習生はこれまでいくつかの日本語教員養成科目を受講してきたものの、最初は[何を すれば良いかまったくわからない状態]で[教材分析から苦労]をした。[前年度の実習生 の教案を参考に]したり[他の実習生の授業を見]たり他の人からの[アドバイスを取り入 れたり]して[試行錯誤を繰り返し]、教案を作成していった。[模擬授業をするたびに改 善点が見つかり]不安を覚えた。 <2> 試行錯誤の結果から学びを得た <1>のように試行錯誤しながら模擬授業を行ったが、その時、実習生同士互いに評価 し意見を言い合うピア評価をしたり、録画された自分の授業を見たり、学習者役をした別 科生からのコメントを受けたりして、[よりよいもの]を目指した。その過程で、別科生 の[学生の立場からのコメント]に接し「学習者の視点]を意識するようになった。また、 ピア評価では[相手のためにも自分のためにも積極的に発言したりアドバイスしたりする のが大切]だと感じ、[お互いに高めていくことができるのがこの実習の良いところ]だと 考えるようになった。 <1> 実習準備は試行錯誤の繰り返しで 苦労した 不安や苦労 最初は何をすれ ば良いかまったく わからない状態 だった 参考にする ・前年度の教案 ・他の実習生の授業 ・他人からの助言 ・別科生からの助言 <2> 試行錯誤の結果から学びを得た ・学習者の視点の重要性を認識 ・協働作業の有効性を認識 <6> 人々への感謝の気持ちを持った 他の実習生や指導教員、そして学習者 に対して感謝の気持ちを持つ 学生たちはわたしたちのことを快く受け入れ てくれた 先生方・学生たち、実習生が様々な形で協 力してくれた A→Bは因果関係にあることを示す A←→Bは双方が影響を与え合っていることを示す 内の文は実習生の記述文を表す <3> 外からみる日本語や日本文化を意識 するようになった B 大学授業見学 文化センター訪問 <4> 学生主体の授業を考えるようになった 視覚教材を作り直すなど、よりわかりやすい授業を目指し、 学習者に焦点を当てた目標を持ち、授業に臨む 熱心な学生をみて学生たちに受けてよかった、面白 かったと思ってもらえるような授業をしたいと思うように なった <5> 前向きな態度で教壇実習を反省した 反省点はあるが、それは今後に生かしたい。失敗しても 頑張った甲斐のある実習だった 今回の改善点・反省点を生かすためにもっと教壇に立 ちたいと思うようになった ・外国語としての日本 語授業をみて刺激を うける ・熱心な学生に敬服 ・外国語教育政策などを 知る ・英訳された漫画本を 見る
<3> 外からみる日本語や日本文化を意識するようになった オーストラリアに渡りB大学の授業を見学し、言葉ではなく[表情で語る]プロの日本 語教師の[工夫を凝らした授業]や、[熱心な学生]を目の当たりにし[驚き]や[焦り]を感 じた。そして、外国語科目としての日本語の授業を見ることは[想像していたものよりも はるかに楽しく、そして勉強になった]。また、シドニー文化センターで[翻訳した漫画 を初めて見た]り、[外国語教育政策]の中の日本語の扱いや[現地の考え方]に接したりす る中で、外から見た日本語や日本文化を明確に意識するようになった。 <4> 学生主体の授業を考えるようになった 教案指導や[模擬授業で指摘された]点の改善を心がけながら、[目で見て理解できる]、 [自分の言葉で話す]など学習者にわかりやすい授業を目指し、現地に合わせプロジェク ター使用の視覚教材に変更するなどした。[主役は]学習者だから、その学習者たちに[受 けてよかった]と評価される授業をしたいと、日本語学習者に焦点を当てた目標を掲げ教 壇実習に臨んでいた。 <5> 前向きな態度での教壇実習反省をした 教壇実習後、全体として[落ち着いて][楽しく授業ができてよかった]、[模擬授業より もいいものができた]とする者が多いが、それぞれに細かな反省点もあった。もっとよい 授業ができたという[悔しい思いでいっぱい]の者もいた。しかし、[この失敗は今後絶対 にどこかで生かしたい]、[1回で十分だと思ったけど、改善点を生かすためにもっと教壇 に立ちたい]と前向きに考え、失敗しても「頑張った甲斐があった」と実習経験を肯定的 に捉える姿勢が見られた。 <6> 人々への感謝の気持ちを持った <5>でよくできたと述べた者も悔しい思いをした者も、学習者や指導教員、他の実習 生に対して感謝の意を述べている。特に学習者に関しては[学生はみなやさしく][積極的 に授業に参加してくれ]、[わたしたちのことを快く受け入れてくれた]と深く感謝してお り、学習者が実習授業を[楽しかった]と評価したことから、自分が人の役に立てたと感 じた。 6.1.2 「授業としての活動」における考察 「授業としての活動」においては、日本国内での教案作成の苦労から実習生の学びや変 容の認識が始まっている。何度も模擬授業を行い教案を修正するという試行錯誤からの学 びには、以下の2点があげられる。1点目はよい教案を作るには「学習者の視点」が必要 だという教案作成に対する学びであり、2点目はピア評価活動の経験から得た協働作業の 有効性に対する学びである。 池田・舘岡(2007)ではピア・ラーニングにおいて学習活動の主体である「学習者」は「他
者」との対話によって「自己」との対話をする、つまり内省をすることで学びが起こると している。ピア評価活動ではまさにこのピア・ラーニングによる学びが行われており、実 習生自身もこの学びを役に立つものと捉えている。自分と同じ目的や課題を持った「他の 実習生」(他者)の存在は自己と非常に似た環境にあるため、他者との対話が自己との対話 につながりやすく、多くの学びを実感できたと推測する。 渡豪してからは、B大学の授業見学や文化センター訪問などを通して日本語や日本文化 を外から見る視点を持つようになり、外国語政策の一つとして実施されている日本語教育 の在り方や学習者の置かれている環境についても考えが及ぶようになってくる。学習者に 焦点を当てた授業目標を立て教壇実習に臨んでいるが、その背景には、前述のように日本 語や日本語教育に対する視点の変化とともに授業見学で見たプロの日本語教師の授業や真 摯な学習態度のB大学学生の印象も影響していると思われる。日々の緊張感ある授業を目 の当たりにし実習生として教壇に立つ責任を強く感じたはずである。尊敬と好意的な感情 を抱いたB大学学生から実習生として受け入れられたことで「感謝」という言葉が表れた と推測する。また、そのような心理状態が実習後の反省を前向きなものにしたと考える。 授業としての活動からの学びや変容をまとめると、国内の準備期間では教案作成におけ る学習者の視点の必要性の認識、ピア・ラーニングの有効性の認識が見られ、渡豪後は日 本語や日本語教育に対する視点の変化、そして実習生としての責任や学習者に対する認識 の変化と実習反省に対する前向きな姿勢が見られた。 6.2 「オーストラリアでの生活」の結果と考察 6.2.1 「オーストラリアでの生活」の結果 次に、「オーストラリアでの生活」では、<1>から<5>の島が現れ、次のように解 釈できる。 <1> 日本と異なる通学環境で不安と緊張を覚えた <2> 人の温かさを知った <3> 多文化共生の社会に心地よさを感じた <4> 積極的なコミュニケーションを心がけた <5> 気心の知れた実習生たちと楽しく過ごした <1>から<5>を図式化したものが図2で、各島の意味や関係は次のように解釈する ことができる。 <1> 日本と異なる通学環境で不安と緊張を覚えた オーストラリアでの生活で苦労したのは通学だった。特にバス通学では[現金だと乗れ ない]ときや、[混雑時に乗せてくれない]ときもあるなど[日本と違った]乗車システムに 戸惑いを感じた。また、停留所案内がないため[降りるバス停を特定するのが難しい][ち ゃんとたどり着くか]など不安と緊張の時間だったとしている。
<2> 人の温かさを知った ときには<1>の通学で帰路に迷うこともあった。そんなとき、道を尋ねると「みんな 親切に一緒に家を探して」くれるなど、[非常に優しい対応]だったと振り返っている。助 けてもらいながら真っ暗な道を歩き、やっと家にたどり着いたときには[人の温かさを痛 感」した。ホストファミリーも通学や食事など[気にかけてくれて、安心して過ごせた] と不安なときに人から親切にされた経験をつづっていた。 <3> 多文化共生の社会に心地よさを感じた ホストファミリーの中には、外国にルーツを持つ家庭や、留学生がすでにホームステイ をしている家庭などがあった。そんな家庭では出身国について教えあうこともあった。大 学構内にも[いろいろな国の料理]があり、[様々な言葉が聞こえ、多国籍、多文化だと感 じた]。自分たちも[外国人扱い]されることもなく、[たくさんの人種が認め合い、受け 入れあって生活]していると感じるなど、多文化共生のオーストラリア社会を好意的に評 価していた。 図2 「オーストラリアでの生活」における図解 <4> 積極的なコミュニケーションを心がけた <2>のような人々の温かさを感じ、やさしいホストファミリーや親切なオーストラリ アの人々とコミュニケーションを積極的にとりたいという思いを強くする。[とにかく話 A→Bは因果関係にあることを示す A←→Bは双方が影響を与え合っていることを示す 内の文は実習生の記述文を表す <1> 日本と異なる通学環境で 不安と緊張を覚えた 日本と違う乗車システムのバスでの通学にと ても苦労をした バスに放送案内などはなく、自分で降りるバス 停を把握していなければならないので、迷って しまった <2> 人の温かさを知った 道に迷った時など知らない人からも親切にされる 困っていると声をかけてくれたり、一緒に家を探 してくれたりした。 道を聞いてやっと家に帰れたときには人の温か さを痛感した。 ホストファミリーから配慮を受ける 何もわからない私をとても気にかけてくれて、 おかげで安心して過ごすことができた 本当に親切にしてくれ、実の娘のように接し てくれた <3> 多文化共生の社会に心地 よさを感じた 生活の中で多文化共生の社会に気づき、 好意的な評価を持つようになる シドニーでは、本当にたくさんの人種の人々 が認め合い、受け入れあって暮らしていた <4> 積極的なコミュニケーションを心がけた ホストファミリーなどとたくさん話をしたいと思う。英語が もっとできたらと悔しく思うこともあった。 普段の生活では不便は感じなかったが、ファミリーと話 すときはもっと英語を勉強してくれば良かったと思った 対極の環境 対 極 の 環 境 <5> 気心の知れた実習生たちと楽しく過ごした 休日は実習生やヘルパーさんと一緒に動物園に行 くことができ、とても楽しい思い出を作れた 放課後や休日は、他の実習生やヘルパーと買い物を したり、観光をしたりして楽しく過ごした
しかけた」り、ときにはパソコンの翻訳機能を活用したりして、コミュニケーションをと るよう努力した。ホストファミリーも[やさしい英語」で[何度も話してくれ]るなど応え てくれた。コミュニケーションがうまく取れず[もっと英語を勉強してくればよかった」 と[悔しい思いをしたこともあった]と特に英語の力不足を感じていた。 <5> 気心の知れた実習生たちと楽しく過ごす <1>の通学や、<4>のうまく取れないコミュニケーションでのストレスもあったが、 休日や放課後は気心の知れた他の実習生やヘルパーと遊び[楽しかった]。 6.2.2 「オーストラリアでの生活」の考察 「オーストラリアでの生活」においては、日本とはシステムの異なるバスでの通学や英 語での意思疎通に多くの実習生が不安を覚え苦労をしていた。このような海外生活で不安 や苦労を体験することから学びが起きている。また、外国にルーツを持つ人々との関わり や見聞により、多文化共生の社会を感じ、自分たちも受け入れていると感じるオーストラ リア社会に対して、好意的に評価している。このような経験を通した感情から、もっと周 りの人々とコミュニケーションをとりたいという気持ちが強まったと推測する。しかし、 一方で海外の慣れないシステムや困難を感じるコミュニケーションと一人で向き合うのは ストレスである。そのストレスの多い環境とは逆にある<5>のような意思疎通が容易に とれる集団で行動することがストレスの緩和になった。この<5>があるからこそ、精神 的バランスがとれ、オーストラリア社会の肯定的評価につながったと考える。また、ピア・ ラーニングにより築かれた信頼関係は学習面だけでなく生活面においても活用され、休日 も行動を共にしていたことが分かった。なお、<5>の中にはヘルパーも含まれており、 日本語で意思疎通できるヘルパーは、オーストラリア人として特異なポジションにあるこ ともわかった。 以上、オーストラリアでの生活からの学びや変容をまとめると、異文化の中で生活する 不安と困難の経験、親切な人々や多文化共生の社会との接触によるオーストラリア社会に 対する肯定的評価の生起、コミュニケーションに対する積極的な態度への変容があげられ る。これは海外という環境から起こるもので、国内実習では得難い学びや変容だと言えよう。 6.3 「振り返り」の結果と考察 6.3.1 「振り返り」の結果 次に、「振り返り」では、<1>から<5>の島が現れ、次のように解釈できる。 <1> 一緒に参加した実習生やヘルパーなど人との出会いに感謝する <2> 異文化の中での経験や挑戦で自信が持てた <3> 日本語教育や社会への関わり方に対する想いが変化した <4> この実習は貴重な体験で、充実した日々だった <5> 貴重な経験を次回の実習生にも勧めたい
<1>から<5>を図式化したものが図3で、各島の意味や関係は次のように解釈する ことができる。 図3 「振り返り」における図解 <1> 一緒に参加した実習生やヘルパーなど人との出会いに感謝する 実習を通してできた[人とのつながりはとても濃い]。ヘルパーを含む[仲間に助けられ ることも多く]、[新しい家族]のような[14人の仲間]がいたから[最高の実習になった]、 [これからもずっと大切にしたいと思えるほど大事な出会い]だったと他の実習生を「仲間」 と表現し、その存在が成功のカギだと捉えている。[すべての方々に感謝している]など の言葉に他の実習生だけでなく教員、ホストファミリーなどの人々への感謝が表れている。 <2> 異文化の中での経験や挑戦で自信が持てた 最初は不安もあったが、忙しい中で、また異文化の中で[やらなければいけないという 状況下におかれ」たことで、挑戦することができた。それにより、自信がついた。[異文 化に触れ][視野がひろがった]という意識を持ったとしている。 <3> 日本語教育や社会への関わり方に対する想いが変化した 日本語教育現場を実際に見て、また教壇に立ち、[日本語教師の大変な面もいい面も見 た]。学生の[日本語を一生懸命勉強している姿]に感動し、[どんな形でも日本語教育に 携わってみたい]、 [彼らの役に立ちたい]と思い、以前よりも日本語教育を学びたい、日 本語教師になりたいという気持ちを強くした。また、シドニーでたくさんの[人に親切に A→Bは因果関係にあることを示す 内の文は実習生の記述文を表す <1> 一緒に参加した実習生やヘルパー などの人との出会いに感謝する この実習が成功したのも、貴重な経験だと思えるの も他の実習生や、周りの人々のおかげだ。 とても感謝している。 <2> 異文化の中での経験や挑戦で自信が 持てた 大変なこと、不安もあったが、「やらなければならな い」という状況も後押しして、どうにかやり遂げられた。 それが自信につながった。 異文化の中での経験は視野が広がった。 <3> 日本語教育や社会への関わり方に 対する想いが変化した 教壇実習を経験して、日本語教育に対する考え方 が変わった。 この実習で真剣に日本語教育と向き合ったことで、 もっと日本語教育について知りたいと思った <4> この実習は貴重な体験で、 充実した日々だった 海外での生活、教壇実習は決して楽ではなかったが、 得るものが多く、成長を感じる貴重な経験だった。毎日 が充実していた。 「頑張って生きる」ってこういうことかなと実感した 研修を通して得たものは私の一生の財産になると思う <5> 貴重な経験を次回の実習生にも勧めたい 自分の経験を振り返り、大変だが貴重な経験になる。不 安もあるだろうが、準備をしっかりしてがんばってほしい。 不安がらずに何事も挑戦することが大事 とてもいい経験になるから協力し合って頑張って
された]経験から[日本でも自分ができることがあるかもしれない]と思うようになった。 <4> この実習は貴重な体験で、充実した日々だった この実習は準備期間も[忙しくて][決して楽ではなかったが、それ以上に得るものが多 く][成長できた]、[貴重な経験]だったと評価していた。教壇実習の反省点や英語をもっ と話せればよかったという思いはあるが、オーストラリアでの日々は[刺激的なことばか り]で、[頑張って生きるってこういうことなのかな]と思うほど充実した日々だったと振 り返っている。 <5> 貴重な経験を次回の実習生にも勧めたい <4>のように[必ず貴重な経験になるから]ぜひ後輩たちにも参加してほしい。[不安 があっても][みんながついているから大丈夫]、[自分は教師だという自覚を持って][事 前準備をしっかりして]実習生同士[協力して]がんばってほしいと事前準備と協働の重要 性を強調している。シドニーでは、[積極的に] [異文化交流を楽し]むよう勧めている。 6.3.2 「振り返り」の考察 「振り返り」において、もっとも多く述べられていたのが「貴重な経験」であったとい う評価と人への「感謝」である。「決して楽ではなかった」と書かれているように試行錯 誤をしながら挑んだ実習であったが、得るものが多く成長できたと全体を振り返っている。 このような評価へとつながった要因の一つは他の実習生の存在である。自分と同じ不安や 苦労を感じている同じ境遇にいる他の実習生との活動は、常にピア・ラーニングの状態で あり、自己と向き合い自問自答をした日々であったはずである。レポートから、共に支え あい協働作業を行える他の実習生の存在が実習成功のカギだと認識していることがわか る。最初は同じ科目を履修している学生だった他の実習生が最後には「新しい家族」のよ うな「かけがえのない仲間」に変化している。この存在があったからこそ、「成長」や「充 実した日々」があったと捉えている。 また、「不安」や「異文化」の環境の中で「やらなければならない」という外因的要因 もあり、課題に挑戦し自分の納得する結果を得たことで自身の成長を感じている。後輩の 学生たちへの記述にも協働作業を共にできる実習生の存在の大切さと、異文化に関わるこ とからの学びを示唆する文言が表れている。また現場を見、学習者に接したことで「教師 として自覚を持って」というアドバイスに見られるよう、学習者の貴重な授業時間を使う 責任を認識し、また、自己と日本語教育の関わり方だけでなく、異文化の中での経験から 社会との関わり方にも思い及んでいる。 以上、振り返りの記述にみる学びや変容をまとめると、成長や学びに対する実感、他の 実習生の存在の重要性の認識、実習生としての在り方の認識、経験を通した日本語教育や 社会への自己の関わり方に関する気持ちの変化が見られた。
6.4 総合的考察 6.4.1 海外日本語教育実習における学びと変容の様相 以上、3場面に分け、その中での学びや変容を見てきたが、この節ではそれらを総合的 に捉え、学びと変容の全体像を考えたい。 この実習プログラムでの学びや変容は、人への感謝の言葉が3場面すべてで書かれてい たように「人との関わり」に関連している点が特徴である。顕著なものは他の実習生との 関わりである。教壇実習までの過程は試行錯誤の連続で負担も大きかったが、その中で行 われた互恵的なピア・ラーニングによる学びは信頼関係を構築し、良好なチームワークで の活動を可能にした。良好なチームワークは個々の意欲を高め、能動的に活動することを 支援するとともに、個々の経験を共有する場も提供した。このことが、多くの学びや変容 を実習生に実感させたと考える。この協働作業をより有効的に作用させたのが、不安や困 難を感じる異文化でのストレスの存在である。ストレスの存在が実習生同士の関わりを密 にし、より信頼関係が強固になったと考える。 また、もう一つの「人」はB大学の学習者やホストファミリーをはじめとするオースト ラリアの人々である。教育実習生として認めてくれた、英語のあまりできない「外国人」 の自分を特別扱いせずに受け入れてくれたという想いは積極的に、そして前向きに挑戦す る環境を作り出すことに貢献した。 レポートに表れた人々への感謝の言葉は、実習プログラムに対する満足を表すものでも ある。このような温かな人間関係が背景にあるからこそ、積極的にコミュニケーションを とるなど能動的に動き、学習者主体の授業展開の視点や、外から日本語や日本社会を見る 視点、多文化共生社会への評価などを肯定的に学び取れたと考える。協働作業ができる他 の実習生の存在、受け入れてくれる人々や社会の存在が積極的な態度への変容を促し、能 動的、肯定的な学びへとつながったのである。 6.4.2 学士課程教育における海外日本語教育実習の位置づけ 次に、今回調査した実習プログラムが大学教育の中でどのように位置づけられるかを考 えてみる。 学士力の項目と今回の調査結果を比較したものが表4である。表からこの実習プログラ ムは学士力に必要とされる資質、能力の大半に関わっていることがわかる。 また、「社会人基礎力」に関しては、挙げられている12の能力要素同士の関連性が高く、 個々の能力要素について記述の有無を判定することが困難であるため、学士力のように表 での提示はしないが、結果や考察した内容から考え「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チ ームで働く力」すべての能力に関わる活動ができたと判断する。 日本語教育実習を履修しても日本語教師にならない学生が多い状況の中で、日本語教育 実習は養成科目としてカリキュラムの目的を果たしているのかという問題提起をしたが、 今回の調査から、日本語教育実習は日本語教師としての資質、能力のみならず、学士力、 社会人基礎力という大学生が身につけるべき能力を育成する意義のあるプログラムである
と評価できることが明らかになった。 表4 学士力と調査結果の比較 学士力の項目 本調査の結果 知識 理解 多文化・異文化理解 ◎ 人類の文化、社会、自然への理解 ◎ 汎用的技能 コミュニケーション・スキル ◎ 数量的スキル 情報リテラシー ○ 論理的思考力 問題解決力 ○ 態度・志向性 自己管理力 ○ チームワーク・リーダーシップ ◎ 倫理観 市民としての社会的責任 ○ 生涯学習力 ○ 総合的な学習経験と創造的思考力 ◎ 結果の◎は学士力の項目に関連する学びや変容が見られたもの、○は直接的な記述は なかったものの背景から読み取れるものである。 7.まとめと今後の課題 海外日本語教育実習における学びや変容について調査した結果、その特徴は「人との関 わり」にあると判明した。実習生同士のピア・ラーニングは学びだけでなく、信頼関係を 構築し、それがより良いチームワークを生み、更にそのチームワークは実習に対する満足 感と肯定的な評価を可能にした。海外での生活も異文化を感じるだけでなく、その中で実 習生として、また一人の人間として平等に時に温かく受け入れてもらえたという認識がさ らに積極的な行動や能動的な学びへとつながっていることも示唆された。これは、①海外 という異文化の中で不安や困難を感じる環境を経験しながら、②教壇に立つという同じ目 的、課題に複数の学生で取り組む、③教育実習生としての責任を持ちB大学学生と関わる という実習プログラムの内容があるからこそ起こるものである。特に①の環境と経験が海 外実習ならではの学びや変容の形成を支えている。また、②や③は同じく海外で実施され ている研修でも語学研修にはない環境であり、日本語教育実習の特徴的な学びや変容を作 り出していると考える。このような学びや変容を可能にする海外日本語教育実習科目は、 学士課程科目として意義ある科目であると考える。 なお、本稿では実習生の記述という1視点からのデータのみを扱った。学びや変容を多 角的に明らかにするためには教員の観察記録や日本語学習者からの評価など複数のデータ
を用いる必要がある。また、教育実習は相手のあるものであるから、一方的に教育実習を 実施する側の評価だけでプログラム内容を決定することはできない。全ての関係者を考慮 したより良いプログラムの実施のためにも、総合的なプログラム評価を行う必要があると 考える。これらは、今後の課題としたい。 参考文献 安藤節子(2007) 「日本語教育専攻における実習の役割と可能性 ─基礎調査と現行の見直 し─」『言語教育論集』第3号 pp101-113 安藤淑子(2012) 「サービス・ラーニングを取り入れた日本語教員養成課程カリキュラム ─地域社会の課題改善に向けた学生の実践的な学び─」 『大学日本語教員養成課程研 究協議会論集』6 pp26-35 池田玲子・舘岡洋子 『ピア・ラーニング入門 創造的な学びのデザインのために』ひつじ書房 岩永雅也 大塚雄作 髙橋一男(1996) 『社会調査の基礎』放送大学教材 亀田千里 金久保紀子(2003) 「日本語教育実習の改善を目指して」 『東京家政学院筑波女子 大学 紀要』第7集 pp105-113 川喜田次郎(1986) 『KJ法 ─渾沌として語らしめる─』中央公論社 小林美希(2007) 「「教師成長型」教師養成の意義と可能性」 『日本語教育実践研究』6号 pp 81-90 才田いずみ(1997) 「日本語教育実習と実習生の内的変化」 『日本語教育論文集 ─小出詞子 先生退職記念─』凡人社 pp345-357 三枝優子(2010) 「日本語教育実習での学び 教育実習レポートの分析から」 『言語と文化』 第23号 pp50-63 鈴木(清水)寿子(2006) 「多言語多文化共生日本語教育実習における実習生の学びのプロセ ス:修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによる内省レポートのテクスト分 析」 『言語文化と日本語教育』第32号 pp54-57 鈴木(清水)寿子(2009) 「共生日本語教育実習におけるコーディネーターの学び:PAC分 析による検討」 『言語文化と日本語教育』第38号 pp89-92 宮本真由美(2013)「日本語教育実習生の受け入れと課題」 『大学日本語教員養成課程研究協 議会論集』6 pp21-25 山本晋也(2013) 「日本語教師養成とそのあり方に関する一考察 養成担当者へのインタビ ューをてがかりとして」 『言語文化教育研究』11 pp204-220 由井紀久子(2012) 「日本語教育実践能力の育成と日本語教育実習」 『大学日本語教師養成 課程研究協議会論集』6 pp13-17