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助産学専攻を修了して現場で教わったこと

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Academic year: 2021

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助産学専攻を修了して現場で教わったこと

著者

野口 裕子

雑誌名

新潟県立看護短期大学紀要

10

ページ

70-70

発行年

2005-03

URL

http://hdl.handle.net/10631/548

(2)

70 新潟県立看護短期大学紀要 第10巻 2004年12月

助産学専攻を修了して現場で教わったこと

助産学専攻科2期生 野 口 裕 子 平成12年4月柏崎市役所に保健師として就職して以 来、現在まで母子保健事業を担当している。また配属 先が基幹型子育て支援センターのため、日頃利用して いる子育て中の方からの来所相談や電話による育児相 談に応じている。仕事を通して感じることは、「ひと りひとりのケースからすべてがはじまる」ということ である。以下に私が関わったケースを記す。 Aさんは、第1子を是非母乳で育てたいと乳房マッ サージを熱心にして妊娠期間を過ごしていた。無事に 出産を終え、実家へ帰り助産師訪問を受けた。「母乳 だけでこのまま大丈夫です」と助産師に励まされ、母 乳栄養を続けた。しかし、母乳の出があまりよくな く、1時間おきに泣くことが多かった。体重増加も悪 く助産師に相談してミルクを足してみようと試みた が、実際にミルクをあげることができない。このまま では児の体重増加が期待できないという助産師からの 連絡を受け、実際に母子と面接した。児は泣き叫んで おり、母親の表情もとても暗く切ない表情だった。母 親に今までの育児をねぎらいながらミルクをあげる必 要性の説明をしてミルクをその場で飲ませた。母親は ミルクを飲ませたとたんに大粒の涙を流し、「実母か らもミルクをたすように勧められていたが、ミルクを 飲ませると(実母に)子どもを取られる気がして、あ げることができなかった」と話をし始めた。この関わ りをきっかけとして数日後、家庭訪問と電話訪問を実 施し、1カ月後に育児学級への参加の呼びかけを行っ た。育児学級には夫と共に参加をし、母親の表情も明 るくなっていた。児の体重も順調に増え、心配なこと があればいつでも元気館に電話をしてほしい旨を伝え た。一緒に参加した夫は「(出産直後は、)妻が笑わな くなった。化粧もしなくなり、一切外出したがらなく なった。普段の妻とは別人のようであった。今は普段 の姿に近づきつつあるが、もう少ししたら自宅に戻る のでその後は自分もできるだけ育児を手伝いたい。」と 話をしていた。育児学級が終わり、2ケ月が経過し た。母親からの電話はなく、4ケ月児健診で偶然にも 母子を問診することとなった。母親は、「初めてミル クをあげる頃が一番気持ちの余裕がなかった。」とその 時を振り返った。「今は、時々は実母に育児を手伝っ てもらったりしながら自分のペースで育児している。 気分もずいぶん楽になった。」とも話していた。今育児 で気になることについてはその場で話をしたが、今後 も気軽に話をできる相談相手として、地区担当保健師 の紹介と地元の子育ての集いを紹介することとして母 親に説明を行い、了解を得て私の関わりは終わった。 Aさんの関わりを通して改めて感じたことは、連絡 を受けてからその人を活かすにはどうしたらよいか? を常に考えて援助を行ってきたということである。訪 問はもちろんのこと、あらゆる母子保健事業の機会を 通じ親子の関わりを見守ってきた。あたりまえのこと であるが、学生の時、ひとりひとりの看護・助産計画 を立て実行していったが、就職して改めてケースの大 切さを実感している。就職して間もない頃、先輩保健 師からよく言われていたことがある。『ひとりひとり のケースからすべて始まる。ひとりに関わることで地 域が見えてくる。その人を最大限活かすのが看護であ る』と。このあたりまえのことを常に考えこれからも 仕事を続けていこうと思う。

参照

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