<判例研究>株式会社の取締役が、競業会社に移籍す
るに当たり、部下である従業員を勧誘し、競業会社
に移籍させた場合、取締役の不法行為責任が肯定さ
れ、競業会社の不法行為責任が否定された事例(関
西学院大学商法研究会)
著者
田中 庸介
雑誌名
法と政治
巻
63
号
4
ページ
205(939)-221(955)
発行年
2013-01-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/10387
一. は じ め に 長 引 く 不 況 の 中 、 会 社 の 救 済 、 同 一 企 業 グ ル ー プ 内 の 再 編 等 を 目 的 と し て 、 会 社 自 身 の 組 織 再 編 が 盛 ん に 行 わ れ て い る が 、 会 社 の 枠 組 は そ の ま ま で 、 内 部 の 従 業 員 が 他 社 に 移 動 す る 、 い わ ば 「 人 的 再 編 成」 と で も い う べ き 現 象 も 多 く み ら れ て い る 。 わ が 国 で は 、「 生 涯 雇 用」 の 伝 統 が 古 く 、 大 規 模 公 開 企 業 に お い て も 、 従 業 員 や 取 締 役 が 他 社 に 移 動 す る 例 は 多 く な か っ た 。 し か し な が ら 、 近 時 の 不 況 の あ お り を 受 け て 、 こ の 伝 統 も 変 容 を 見 せ て い る よ う に 思 わ れ る 。 右 の よ う な 人 的 組 織 に 移 動 が あ る 場 合 に は 、 独 立 を 試 み る 取 締 役 が 、 そ れ ま で 業 務 に 共 に 携 わ っ て き た 従 業 員 を 連 れ て 、 新 会 社 な い し は 既 存 の 同 業 他 社 に 移 転 す る 例 が 多 い 。 こ の よ う な 場 合 は 、 元 居 た 会 社 の 取 締 役 と し て の 競 業 避 止 義 務 と の 関 係 が 問 題 と な る 。 競 業 避 止 義 務 は 、 本 来 、 会 社 の 業 務 と 同 種 の 取 引 行 為 を 取 締 役 が 行 う こ と を 禁 止 す る も の で あ り 、 従 っ て 、 取 締 役 が そ の 社 内 の 従 業 員 を 引 き 抜 こ う と す る 行 為 は 、 そ れ 自 体 で は そ の 範 疇 外 の も の と も い え る 。 し か し な が ら 、 取 締 役 が そ の 在 任 中 に 、 社 内 の 従 業 員 に 働 き か け 、 自 己 の 支 配 す る 会 社 等 他 の 会 社 に 共 に 移 籍 し て 、 前 の 会 社 と 同 種 の 業 務 を 行 う 場 合 に は 、 当 該 取 締 役 に つ い て は 、 前 の 会 社 に 在 任 中 に 会 社 と 同 種 の 取 引 を 行 う 場 合 と 同 等 に 、 そ の 競 業 避 止 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 939 二 〇 五 ︻ 判 例 研 究 ︼
関
西
学
院
大
学
商
法
研
究
会
株
式
会
社
の
取
締
役
が
、
競
業
会
社
に
移
籍
す
る
に
当
た
り
、
部
下
で
あ
る
従
業
員
を
勧
誘
し
、
競
業
会
社
に
移
籍
さ
せ
た
場
合
、
取
締
役
の
不
法
行
為
責
任
が
肯
定
さ
れ
、
競
業
会
社
の
不
法
行
為
責
任
が
否
定
さ
れ
た
事
例
田
中
庸
介
( 東 京 地 判 平 成 二 二 年 七 月 七 日 ( 判 例 タ イ ム ズ 一 三 五 四 号 一 七 六 頁))義 務 に 抵 触 し う る も の と い え よ う 。 こ の 問 題 に つ い て は 、 多 く の 判 決 例 が 存 在 す る が 、 今 般 、 従 業 員 を 引 き 抜 か れ た 会 社 が 、 そ の 引 き 抜 き 行 為 を 行 っ た 取 締 役 の み な ら ず 、 移 籍 先 の 会 社 を も 被 告 と し て 提 起 さ れ た 事 案 に つ い て の 判 決 が 下 さ れ た ( 東 京 地 判 平 成 二 二 年 七 月 七 日) 。 移 籍 先 の 会 社 を も 被 告 と し た 点 で 、 こ れ ま で の 判 決 例 と は 異 な り 、 先 例 的 意 義 が 認 め ら れ る 。 そ こ で 、 以 下 で は 、 右 判 決 ( 以 下 「 本 件」 と い う 。) の 内 容 を 概 観 し 、 か つ 、 こ れ ま で の 判 例 と 学 説 を 検 討 し て 、 右 の よ う な 、 取 締 役 に よ る 従 業 員 の 引 き 抜 き 行 為 が い か な る 要 件 の も と 、 競 業 避 止 義 務 違 反 と な る か に つ い て 、 若 干 の 私 見 の 提 起 を 試 み る も の と す る 。 二. 事 実 の 概 要 本 件 に お け る 事 実 の 概 要 は 、 次 の と お り で あ る 。 1. 当 事 者 ( 一) 原 告 ( X)( = 従 業 員 を 引 き 抜 か れ た 会 社) は 、 通 信 事 業 等 を 業 と す る 会 社 で あ り 、 映 像 事 業 部 と I P 電 話 付 加 価 値 サ ー ビ ス の 開 発 及 び 販 売 を 行 う テ レ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 事 業 部 ( 以 下 「 本 件 事 業 部」 と い う 。) の 二 つ を 基 礎 と し て お り 、 本 件 事 業 部 は 、 本 件 の こ ろ ( 平 成 一 九 年 度) に お い て 、 X の 総 売 り 上 げ の 五 二 ・ 八 % ( 一 〇 億 三 七 〇 〇 円) を 上 げ て い た 。 ( 二) 被 告 ( Y) 1 は 、 X 社 の 取 締 役 で あ り 、 本 件 事 業 部 の 事 業 部 長 で あ っ た 。 ( 三) 相 被 告 ( Y) 2 は 、 X 社 と 同 種 の 事 業 を 営 む 会 社 で あ る 。 平 成 一 九 年 一 二 月 三 一 日 か ら 同 二 〇 年 一 月 三 一 日 に か け て 、 Y1 と 共 に 、 本 件 事 業 部 の 従 業 員 二 二 名 中 八 名 が 、 Y2 社 へ 移 籍 し た 。 ( 四) A は 、 X の 代 表 取 締 役 で あ り 、 B は 、 そ の 副 社 長 ( 平 取 締 役) で あ る 。 他 方 、 C は 、 Y2 の 代 表 取 締 役 で あ り 、 Y1 他 の 移 籍 の 交 渉 を お こ な っ て き た 。 ま た 、 D 社 は 、 X 社 と 同 種 の 事 業 を 営 む X 社 の 主 要 株 主 で あ り 、 E 社 も ま た 、 同 種 の 事 業 を 営 む 会 社 で X 社 と 取 引 を 行 っ て お り 、 共 に 、 X の 再 建 を 支 援 し て い た 。 ま た 、 F 社 は 、 最 終 的 に 、 X よ り 、 本 件 事 業 部 を 譲 り 受 け た 会 社 で あ る 。 判 例 研 究 二 〇 六
2. 事 実 経 緯 ( 一) X は 、 平 成 一 八 年 度 の 業 績 不 振 か ら 財 務 状 況 が 悪 化 し 、 同 一 九 年 度 当 初 か ら 、 そ の メ イ ン バ ン ク に 返 済 の 猶 予 を 求 め 、 他 方 、 D ら の 主 要 株 主 に 対 し 、 増 資 の 引 受 な ど に よ る 支 援 を 求 め て お り 、 こ れ を E も 知 る と こ ろ と な っ た 。 E は 、 Y2 の 代 表 取 締 役 C に 対 し 、 X の 破 た ん を 回 避 す る た め の 支 援 を 打 診 し た 。 ( 二) 平 成 一 九 年 ( 以 下 、 同 じ 。) 九 月 一 一 日 、 C は 、 E の 紹 介 で 、 Y1 と 面 談 し 、 X の 従 業 員 を Y2 に 移 籍 さ せ 、 X の ソ フ ト ウ エ ア を Y2 が 保 守 管 理 し て そ の 著 作 権 使 用 料 を X に 支 払 う こ と で 業 務 提 携 す る こ と を 提 案 し た 。 ま た 、 同 日 、 C は 、 右 の 移 籍 に あ た り 、 そ の 移 籍 の 人 選 や タ イ ミ ン グ は Y1 に 一 任 し 、 さ ら に 、 Y1 自 身 及 び 他 の 従 業 員 の 年 棒 は 現 状 の 維 持 を 保 証 す る 旨 、 イ ー メ ー ル に て 伝 え て い る 。 ( 三) 九 月 一 二 日 、 X の 取 締 役 経 営 会 議 に お い て 、 資 金 繰 り 打 開 の た め 、 四 億 円 の 増 資 が 検 討 さ れ た 。 Y1 は 、 右 の 会 議 に お い て 、 Y2 へ の 従 業 員 の 移 籍 に よ り 人 件 費 を 削 減 し 、 業 務 提 携 を 行 う と い う 選 択 肢 も あ り う る 旨 の 発 言 を し た 。 Y1 が 、 Y2 に 対 し 、 C の 提 案 に つ い て は 、 X の 役 員 は 概 ね 良 い 反 応 で 会 っ た 旨 、 イ ー メ ー ル に て 通 知 し て い る 。 ( 四) 九 月 二 六 日 、 B は 、 Y1 と 共 に Y2 を 訪 問 し 、 C か ら 、 従 業 員 の 移 籍 に よ る 業 務 提 携 の 提 案 が な さ れ た が 、 B は こ れ に 応 じ ず 、 C に 対 し 、 増 資 に よ る 打 開 策 を 検 討 中 で あ る こ と を 告 げ て そ の 引 受 け を 依 頼 し た 。 B は 、 A に 対 し 、 こ の 面 談 内 容 を 報 告 し て い る 。 ( 五) 右 同 時 期 、 X は 、 D に 対 し て も 増 資 の 引 き 受 け を 依 頼 し て い た が 、 D は 、 一 〇 月 中 に 、 増 資 の 引 受 で は な く 、 X の ラ イ セ ン ス を 一 括 購 入 し て 四 億 円 程 度 の 支 援 を 行 う こ と を 表 明 し た 。 こ れ を 受 け て 、 他 の 会 社 七 社 が 、 合 計 四 億 円 の 増 資 の 引 受 を 内 示 し た 。 同 じ こ ろ 、 Y1 は 、 D と の 間 で 、 ラ イ セ ン ス の 売 却 交 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 941 二 〇 七 X 社 代 取 A ・ 副 社 長 B D ( 大 株 主) 、 損 害 賠 償 請 求 E ( 取 引 先) 、 F ( 事 業 譲 渡 先) Y1 Y2 社 代 取 C
渉 を 続 け な が ら 、 C と の 間 で も 、 X の 従 業 員 の 移 籍 に よ る 業 務 提 携 に つ い て の 協 議 を 継 続 し て い た 。 ( 六) 一 〇 月 二 六 日 、 X の 全 従 業 員 が 出 席 す る 全 体 会 議 に て 、 A は 、 D に よ る 支 援 及 び 他 の 会 社 に よ る 増 資 引 受 の 意 思 表 明 が あ っ た こ と が 報 告 さ れ 、 同 月 三 〇 日 の 取 締 役 会 に お い て も 、 同 様 の 報 告 が な さ れ た 。 ( 七) 一 一 月 七 日 、 Y1 は 、 C に 対 し 、 X の D に 対 す る ラ イ セ ン ス 売 却 に よ り X の 将 来 の 業 績 に 影 響 が 出 る に も か か わ ら ず 、 A ら は 、 増 資 の 引 受 予 定 先 に 対 し て 適 切 な 説 明 を し て い な い こ と を 説 明 し た 。 ま た 、 Y1 は 、 C に 対 し 、 X の 従 業 員 の 離 散 を 防 ぐ た め に 、 Y1 が こ れ ら 従 業 員 の 雇 用 の 意 思 を 表 明 す る こ と を 求 め 、 Y2 か ら 内 定 通 知 書 を 発 行 す る こ と を 提 案 し た 。 さ ら に 、 Y1 は 、 同 月 一 三 日 ま で に 、 Y2 に 対 し 、 移 籍 予 定 の 従 業 員 に 関 す る そ の 給 与 額 を 含 む X で の 雇 用 条 件 を 開 示 し た 。 ( 八) 一 一 月 一 三 日 、 Y2 は 、 X の 従 業 員 一 一 名 宛 て の 内 定 通 知 書 を 発 行 し 、 Y1 に 交 付 し た 。 翌 一 四 日 こ ろ 、 Y1 は 、 移 籍 予 定 の 従 業 員 を 一 人 ず つ 、 取 締 役 室 に 呼 び 、 本 件 事 業 部 は Y2 に 移 転 す る こ と 、 移 籍 し て そ こ で の 仕 事 を 続 け る か 、 X に 残 っ て 違 う 仕 事 を す る か 、 辞 め る か と な る の で 、 自 分 で 決 め て ほ し い 、 と し て 、 右 の Y2 作 成 の 内 定 通 知 書 を 交 付 し た 。 さ ら に 、 翌 一 五 日 こ ろ 、 C は 、 移 籍 予 定 の 従 業 員 と 会 い 、 本 件 事 業 部 の 業 務 ス タ イ ル は Y2 に お い て も 変 え な い こ と 、 ま た 、 早 め に 移 籍 を 決 め て ほ し い こ と を 伝 え た 。 ( 九) 一 一 月 一 六 日 、 X と D は 、 ラ イ セ ン ス を 一 括 し て 、 二 億 八 五 〇 〇 万 円 で 売 却 す る 売 買 契 約 を 締 結 し た 。 ( 一 〇) 一 一 月 一 九 日 、 Y1 は 、 A に 対 し 、 従 業 員 一 〇 名 近 く を 連 れ て Y2 に 移 籍 す る 予 定 で あ る こ と を 伝 え た が 、 A は 、 こ れ を 慰 留 し た 。 ( 一 一) 一 一 月 二 一 日 、 A は 、 Y1 と 共 に 、 Y2 を 訪 問 し 、 C に 対 し 、 増 資 を 実 行 し た 後 に 徐 々 に 従 業 員 を 移 籍 さ せ る 方 法 を 提 案 し た が 、 C は こ れ に 応 じ ず 、 A に 対 し 、 X の 製 品 の 改 変 権 を Y2 に 譲 渡 す る 方 法 に よ る 業 務 提 携 を 提 案 し た 。 X で は 、 右 の C の 提 案 を 受 け て 、 そ の 方 法 に 関 す る 交 渉 を 開 始 す べ く 、 一 二 月 三 日 、 Y2 と の 間 で 機 密 保 持 契 約 を 締 結 し た 。 ( 一 二) X は 、 増 資 引 き 受 け 予 定 先 七 社 に 対 し 、 Y1 が Y2 に 移 籍 す る 予 定 で あ る こ と を 告 げ た が 、 事 業 計 画 に 大 き 判 例 研 究 二 〇 八
な 変 更 が 生 じ る と し て 、 右 の 七 社 は 全 社 、 引 受 を 辞 退 し た 。 ( 一 三) 一 二 月 一 四 日 、 X は 、 本 件 事 業 部 の 維 持 を 断 念 し 、 入 札 に よ り 譲 渡 先 を 決 め る こ と を 決 定 し た 。 Y2 も こ の 入 札 に 参 加 し た が 、 結 局 、 翌 平 成 二 〇 年 一 月 三 〇 日 、 X は 、 別 の F 社 に 対 し て 、 四 億 九 〇 〇 〇 万 円 に て 本 件 事 業 部 を 事 業 譲 渡 し て い る 。 ( 一 四) 一 二 月 三 一 日 、 Y1 及 び 本 件 事 業 部 の 従 業 員 七 名 が X 社 を 辞 職 し 、 翌 平 成 二 〇 年 一 月 、 Y2 に 入 社 し 、 さ ら に 一 名 が 、 同 年 一 月 三 一 日 に 、 本 件 事 業 部 を 辞 職 し 、 同 年 二 月 、 Y2 に 入 社 し た 。 3. X の 請 求 ( 一) X は 、 Y1 及 び Y2 に 対 し て 、 Y1 ら は 相 互 に 意 思 を 通 じ て 、 秘 密 裏 か つ 組 織 的 に 、 本 件 事 業 部 の 中 枢 と な る X の 従 業 員 を 引 き 抜 き 、 Y2 に 移 籍 さ せ 、 そ の 態 様 は 社 会 的 相 当 性 を 欠 き 、 そ れ に よ り 、 X に 損 害 を 及 ぼ し た と し て 、 主 位 的 に は 、 不 法 行 為 に 基 づ く 損 害 賠 償 を 請 求 し た 。 さ ら に 、 X は 、 予 備 的 に 、 Y1 に 対 し て は 、 会 社 法 四 二 三 条 一 項 に 基 づ き 、 ま た 、 Y2 に 対 し て は 、 会 社 法 三 五 〇 条 に 基 づ き 、 各 々 、 損 害 賠 償 を 請 求 し て い る 。 ( 二) X が 賠 償 を 求 め た 損 害 は 、 以 下 の と お り で あ る 。 ( 1) 従 業 員 ら の 引 き 抜 き 行 為 に よ り 本 件 事 業 部 を 閉 鎖 せ ざ る を 得 な く な っ た こ と を 理 由 と す る 、 そ の 東 京 事 務 所 の 一 フ ロ ア 及 び 大 阪 事 務 所 全 体 の 閉 鎖 に 伴 う 原 状 回 復 費 用 等 金 一 七 九 二 万 〇 五 二 六 円 ( 2) 事 業 譲 渡 を な さ ざ る を 得 な く な っ た と し て 、 そ の た め の コ ン サ ル タ ン ト 会 社 に 対 す る 成 功 報 酬 金 五 一 四 五 万 円 ( 3) 本 件 事 業 部 の 間 接 部 門 の 縮 小 に 伴 う 早 期 退 職 金 金 六 一 六 万 六 六 〇 〇 円 ( 4) F へ の 事 業 譲 渡 完 了 ま で の 業 務 を Y2 に 委 託 せ ざ る を 得 な く な っ た 委 託 費 用 及 び 関 連 費 用 金 一 三 四 四 万 六 二 八 八 円 ( 5) F に よ り 事 業 譲 渡 の 対 象 外 と さ れ た 事 業 部 用 ソ フ ト ウ エ ア の 開 発 費 及 び ハ ー ド ウ エ ア 代 金 金 五 五 〇 四 万 一 八 三 四 円 ( 6) 逸 失 利 益 ① 保 守 業 務 の 契 約 更 新 が 二 カ 月 遅 れ た こ と に よ る 逸 失 利 益 金 一 一 四 一 万 四 三 二 五 円 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 943 二 〇 九
② 既 に 受 注 が 内 定 し て い た ( 平 成 一 九 年 一 二 月 一 一 日 時 点) シ ス テ ム 構 築 作 業 を 辞 退 せ ざ る を 得 な か っ た 損 害 金 三 六 四 三 万 四 〇 〇 〇 円 ( 7) 信 用 失 墜 に よ る 損 害 Y1 ら の 移 籍 に よ り 信 用 が 損 な わ れ 、 今 後 の 資 金 調 達 が 困 難 と な っ て い る こ と 、 及 び 、 予 定 し て い た 増 資 も 実 現 で き な く な っ た こ と 金 一 二 〇 〇 万 円 ( 8) 弁 護 士 費 用 金 二 二 〇 五 万 円 ( 9) 合 計 金 二 億 二 五 九 二 万 三 五 七 三 円 4. 裁 判 所 の 判 示 内 容 右 記 の X の 請 求 に つ い て 、 裁 判 所 が 判 示 し た 内 容 は 、 以 下 の と お り で あ る 。 ( 一) Y1 の 責 任 に つ い て ( 1) Y1 ら の 移 籍 の X に 与 え た 影 響 ま ず 、 裁 判 所 は 、 本 件 事 業 部 が X の 平 成 一 九 年 度 の 実 績 で そ の 売 上 の 約 五 二 ・ 八 % を 計 上 す る 「 X の 主 要 部 門」 で あ っ た こ と 、 Y1 の 勧 誘 に よ り 、 本 件 事 業 部 に 元 々 所 属 し て い た 合 計 二 三 名 か ら 、 事 業 部 長 で あ っ た Y1 の 外 、 営 業 部 長 一 名 及 び エ ン ジ ニ ア 七 名 が Y2 に 移 籍 し た こ と を 指 摘 し 、「 ⋮ ⋮ ( 本 件 事 業 部 の) 事 業 の 継 続 に は 、 自 社 開 発 し た ソ フ ト ウ エ ア に 関 す る 知 識 や 技 術 を 備 え た 人 的 資 源 が 不 可 欠 で あ る と 考 え ら れ る と こ ろ 、 移 籍 し た 七 名 の エ ン ジ ニ ア は 、 ま さ に そ の 中 核 を 担 っ て い た の で あ っ て 、 そ の 移 籍 は 、 X に お け る 本 件 事 業 部 の 存 続 を 困 難 に し か ね な い も の で あ っ た と い う こ と が で き る」 と 述 べ 、 「 ⋮ ⋮ Y1 ら の 移 籍 が X の 事 業 に 与 え た 影 響 が 重 大 な も の で あ っ た こ と は 明 ら か で あ る 。」 と 判 示 し た 。 ( 2) Y1 の 行 動 と X の 資 金 調 達 の 方 針 と の 乖 離 ま た 、 X は 、 平 成 一 九 年 一 二 月 初 め ま で に 、 七 社 か ら 四 億 円 の 増 資 の 引 受 の 内 示 を 受 け 、 ま た 、 主 要 株 主 D と の 間 で ラ イ セ ン ス を 代 金 二 億 円 で 一 括 売 却 す る 契 約 を 結 ん で い た 点 を 捉 え 、 に も か か わ ら ず 、 Y1 は 、 右 の 動 き を 認 識 し つ つ 、 他 の 取 締 役 に 相 談 す る こ と な く 、 自 己 お よ び 従 業 員 の 移 籍 に つ い て Y2 と 協 議 を 継 続 し 、 一 一 月 一 九 日 に 初 め て 、 A ら に そ の 意 向 を 告 げ 、 こ れ に よ り 、 X の 増 資 の 引 き 受 け は 全 て 、 撤 回 さ れ た 点 が 指 摘 さ れ た 。 こ の 点 に つ い て 、 判 例 研 究 二 一 〇
裁 判 所 は 、 こ れ は 、 X の 「 実 現 が 近 づ き つ つ あ っ た 増 資 に よ る 資 金 調 達 計 画 を 根 底 か ら 覆 す も の で あ っ た ⋮ ⋮」 と 判 示 し て い る 。 ( 3) 移 籍 の 勧 誘 方 法 ① さ ら に 、 Y1 が 従 業 員 に 移 籍 を 勧 誘 し た 時 点 に お い て は 、 X に お い て 未 だ 、 Y2 へ の 事 業 譲 渡 が 決 定 さ れ て い な か っ た に も か か わ ら ず 、 Y1 が 従 業 員 に 対 し そ れ が 決 定 さ れ た か の よ う に 告 げ て お り 、 こ の よ う な 勧 誘 行 為 は 、「 虚 偽 を 含 む 事 実 を 告 げ て 不 安 を 助 長 す る 面 が あ っ た も の と 評 す る こ と が で き 、 不 適 切 な 方 法 に よ る も の で あ っ た と い わ ざ る を 得 な い 。」 と 判 示 し て い る 。 ② ま た 、 Y1 が 、 Y2 に 対 し て 当 該 従 業 員 ら の X に お け る 雇 用 条 件 を 開 示 す る こ と は 、 従 業 員 の 個 人 情 報 に つ い て 、「( 当 該) 従 業 員 の 同 意 な き 限 り 、 原 則 と し て 外 部 の 者 へ 提 供 す る こ と が で き な い 旨 の 内 規」 に 違 反 し て 、 勧 誘 活 動 を 行 っ た こ と に な る 、 と 述 べ て い る 。 ③ こ の 点 で 、 Y1 は 、 X に よ る 増 資 の 計 画 に お い て は 、 ラ イ セ ン ス の 一 括 売 却 に よ り 事 業 計 画 の 変 更 が 来 た さ れ る こ と を 正 確 に 説 明 せ ず 、 従 っ て 、 反 対 に 、 従 業 員 の 移 籍 に よ る 方 策 は 、 適 切 な 方 途 に よ り 資 金 難 を 打 開 す る た め の も の で あ っ て 、 取 締 役 の 義 務 に 違 反 す る も の で は な い 、 と 主 張 す る 。 し か し な が ら 、 こ の 点 、 裁 判 所 は 、 Y1 が X に よ る 説 明 を 把 握 し て い た わ け で は な く 、 X も 、 増 資 の 引 受 予 定 先 に 対 し て 、 ラ イ セ ン ス の 一 括 売 却 に よ り 二 、 三 割 の 売 り 上 げ の 減 少 が あ り う る こ と を 説 明 し て い た こ と が う か が わ れ 、 従 っ て 、 X に よ る 増 資 引 受 の 依 頼 に お い て は 、 詐 欺 的 な 要 素 は 認 め ら れ な い 、 と 認 定 し て い る 。 ④ さ ら に 、 Y1 は 、 九 月 一 二 日 の 経 営 会 議 に お い て 、 既 に 従 業 員 の 移 籍 に よ る 計 画 を 告 げ て お り 、 A ら も ま た 、 こ れ に 反 対 し て い な か っ た と 主 張 す る 。 し か し な が ら 、 こ の 点 に つ い て も 、 裁 判 所 は 、 X に お い て は 、 上 記 の 経 営 会 議 以 降 、 増 資 に 向 け た 交 渉 を 開 始 し て お り 、 Y1 の 提 案 が 了 承 さ れ た こ と を 認 め る こ と は で き な い 、 と 述 べ て い る 。 ( 6) ま と め ① 以 上 を 総 合 し て 、 裁 判 所 は 、「 ⋮ ⋮ Y1 の 行 為 は 、 X の 取 締 役 の 地 位 に あ り な が ら 、 X に 重 大 な 影 響 を 与 え る 移 籍 に つ い て 、 A ら X の 他 の 取 締 役 に 対 し て 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 945 二 一 一
隠 密 理 に 計 画 を 進 行 さ せ 、 そ の 最 終 段 階 で 不 意 打 ち の よ う な 形 で こ れ を 明 か し た も の で あ っ て 、 X に 対 し て 著 し く 誠 実 さ を 欠 く 背 信 的 な も の で あ る と い わ ざ る を 得 な い 。」 と 判 断 し て い る 。 ② ま た 、「 ⋮ ⋮ Y1 を 含 む 本 件 事 業 部 の 従 業 員 が Y2 に 移 籍 す る こ と は 、 ⋮ ⋮ 本 件 事 業 部 の 存 続 が 困 難 と な り 、 X の 事 業 規 模 の 縮 小 に つ な が る こ と が 必 至 で あ る と い う 点 で X の 事 業 に 重 大 な 影 響 及 ぼ す も の で あ る か ら 、 本 来 、 X の 取 締 役 会 に お け る 十 分 な 議 論 を 経 る 必 要 が あ っ た と い う べ き で あ る 。 し か る に 、 Y1 は 、 取 締 役 会 で の 議 論 を 経 ず 、 A ら 他 の 取 締 役 に 説 明 す ら す る こ と な く 、 従 業 員 の 移 籍 に 向 け て 準 備 を 進 め た の で あ っ て 、 そ の 行 為 は 不 相 当 と い う ほ か な い 。」 と 判 示 さ れ た 。 ③ さ ら に 、「 ⋮ ⋮ 従 業 員 に 対 す る 勧 誘 の 方 法 を み て も 、 虚 偽 を 含 む 事 実 を 告 げ て 不 安 を 助 長 す る 面 を 含 む 不 適 切 な 方 法 に よ っ て お り 、 ま た 、 X の 内 規 に 違 反 し て Y2 に 対 し て 本 件 事 業 部 の 従 業 員 の 雇 用 条 件 を 開 示 し 、 Y2 か ら こ れ を 勘 案 し て 作 成 し た 内 定 通 知 書 の 発 行 を 得 て こ れ を 交 付 し て い る 点 で も 不 当 で あ る 。」 と 判 示 し て い る 。 ④ 最 終 的 に 、 裁 判 所 は 、「 ⋮ ⋮ Y1 に よ る 本 件 事 業 部 の 従 業 員 に 対 す る 移 籍 の 勧 誘 は 、 取 締 役 と し て の 善 管 注 意 義 務 ( 会 社 法 三 三 〇 条 、 民 法 六 四 四 条) や 忠 実 義 務 ( 会 社 法 三 五 五 条) に 違 反 し 、 社 会 的 相 当 性 を 欠 く も の で あ っ て 、 不 法 行 為 を 構 成 す る と い う べ き で あ る 。」 と し て 、 Y1 に つ い て 、 X に 対 す る 損 害 賠 償 責 任 を 肯 定 し た 。 ( 二) Y2 の 責 任 に つ い て ( 1) 移 籍 の 勧 誘 に 係 る Y2 社 の 意 図 他 方 、 裁 判 所 は 、 Y2 の 移 籍 勧 誘 行 為 に つ い て の Y2 社 の 意 図 に つ い て 、 Y2 の 代 表 者 C は 、 九 月 一 一 日 に Y1 と 面 談 し た 以 降 、 Y1 と の 間 で 、 X の 従 業 員 の 移 籍 を 協 議 し て き た も の の 、「 ⋮ ⋮ そ の 契 機 は 、 ⋮ ⋮ X の 取 引 先 E か ら 、 X の 破 綻 を 回 避 す る た め 、 経 営 支 援 や 業 務 提 携 を 行 う こ と が で き な い か と の 打 診 を 受 け た こ と に あ っ て 、 E の 仲 介 で し た 上 記 の Y1 と の 面 談 に お い て も 、 ⋮ ⋮ X に 使 用 料 を 支 払 う 形 で の 業 務 提 携 を 提 案 し た ⋮ ⋮ の で あ る か ら 、 ⋮ ⋮ X か ら 事 業 の 譲 渡 を 受 け た り 、 X の 顧 客 を 奪 っ た り す る こ と を 意 図 し て Y1 と の 協 議 を 開 始 し た と ま で は 認 め ら れ な い 。」 と 判 示 し た 。 判 例 研 究 二 一 二
( 2) X の 資 金 調 達 計 画 の 進 捗 状 況 及 び X 従 業 員 の 移 籍 に つ い て の Y2 社 の 認 識 さ ら に 、 裁 判 所 は 、 X 内 部 で の 右 の 点 に つ い て 、 Y2 社 が い か な る 認 識 を も っ て い た か に つ い て 、 そ の 代 表 者 C は 、 X の 外 部 者 で あ り 、「 ⋮ ⋮ ほ ぼ Y1 を 通 じ て の み X 内 部 の 状 況 知 り 得 る 立 場 に」 あ り 、 ま た 、 Y1 か ら の 報 告 に よ り 、 従 業 員 の 移 籍 に つ い て 「 ⋮ ⋮ X 内 部 で 、 あ る 程 度 肯 定 的 に 受 け 止 め ら れ て い る と 考 え て い た こ と は 否 定 で き な い ⋮ ⋮ 。」 と し た 。 さ ら に 、 C は 、「 ⋮ ⋮ X の 資 金 調 達 の 具 体 的 な 進 捗 状 況 を 認 識 し て い た と 認 め る に 足 り る 証 拠 は な い 。」 と 認 定 し 、 ま た 、 C は 、「 ⋮ ⋮ 増 資 、 D の 支 援 、 Y2 と の 協 業 の 三 つ の 選 択 肢 に つ い て X 内 部 で 検 討 さ れ て い る と 理 解 し て い た ⋮ ⋮」 も の と 認 め た 。 裁 判 所 は 、 こ れ ら の 事 情 に 基 づ き 、「 ⋮ ⋮ C が 、 Y1 ら の 移 籍 に よ っ て 、 X の 増 資 に よ る 資 金 調 達 に 向 け た 努 力 を 覆 す 意 図 を 有 し て い た こ と は も と よ り 、 こ れ を 認 識 し て い た こ と も 認 め る こ と は で き な い 。」 と 判 示 し て い る 。 ( 3) 移 籍 の 勧 誘 方 法 ま た 、 C が 行 っ た 従 業 員 の 勧 誘 の 態 様 に つ い て も 、 C は 、 内 定 通 知 書 を 交 付 す る こ と も 、 従 業 員 と 面 談 す る こ と も 、 X の 代 表 者 A に 伝 わ っ て い た も の と 考 え て お り 、 ま た 、 Y1 か ら は 、 X の 役 員 か ら 、 従 業 員 の 面 談 に つ い て も よ い 反 応 を 得 た 旨 告 げ ら れ て い る こ と を 認 定 し て い る 。 ( 4) ま と め 以 上 の 認 定 に 基 づ き 、 裁 判 所 は 、 最 終 的 に は 、 「 Y2 は 、 Y1 ら の 移 籍 が X に 重 大 な 影 響 を 与 え る こ と を 認 識 し な が ら 、 Y1 と の 協 議 の 下 に 勧 誘 行 為 を 行 っ た も の で は あ る が 、 以 上 の 各 点 に 照 ら せ ば 、 Y2 に よ る 移 籍 の 勧 誘 は 、 Y1 に よ る 勧 誘 行 為 と は 大 き く 異 な る も の で あ っ て 、 社 会 的 相 当 性 を 欠 く 違 法 な も の で あ っ た と い う こ と は で き な い 。 し た が っ て 、 Y2 は 、 不 法 行 為 に よ る 責 任 を 負 わ な い 。」 と 結 論 づ け て い る 。 ( 三) 損 害 額 に つ い て 以 上 の と お り 、 裁 判 所 は 、 Y1 の 責 任 を 肯 定 し た 後 、 そ れ が 賠 償 す る べ き 損 害 額 に つ い て 、 X の 主 張 す る 各 項 目 に つ い て 、 以 下 の と お り 、 判 示 し た 。 ( 1) Y2 に 対 す る 業 務 委 託 費 用 こ の 費 用 は 、「 ⋮ ⋮ Y1 ら の 移 籍 に よ り 、 X に お い 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 947 二 一 三
て 保 守 業 務 を 履 行 す る こ と が 困 難 に な っ た こ と に よ る も の で あ る と 認 め ら れ る」 と し て 、 業 務 委 託 費 か ら Y1 ら へ の 三 カ 月 分 の 給 与 合 計 を 控 除 し た 金 一 三 四 四 万 六 二 八 八 円 を 、 損 害 と 認 定 し た 。 ( 2) 既 に 内 定 し て い た シ ス テ ム 構 築 代 金 さ ら に 、 右 の Y1 ら の 移 籍 前 に す で に 受 注 し て い た 「 ⋮ ⋮ シ ス テ ム 開 発 案 件 に よ り 、 X は 、 三 六 四 三 万 四 〇 〇 〇 円 の 利 益 を 得 る こ と が で き た と 認 め ら れ る と こ ろ 、 Y1 ら の 移 籍 に よ り こ れ を 得 る こ と が で き な く な っ た と 認 め ら れ る か ら 、 Y1 の 不 法 行 為 に よ り 同 額 の 損 害 が 生 じ た と 認 め ら れ る」 と し た 。 ( 3) 弁 護 士 費 用 ま た 、 右 記 ( 1)( 2) の 約 一 割 を 、「 本 件 に お い て Y1 の 不 法 行 為 と 相 当 因 果 関 係 の 認 め ら れ る 弁 護 士 費 用 相 当 の 損 害」 と し て 、 金 四 九 八 万 八 〇 〇 〇 円 を 認 定 し た 。 ( 4) 事 業 譲 渡 に 伴 う 事 務 所 閉 鎖 費 用 、 事 業 譲 渡 コ ン サ ル タ ン ト 費 用 、 間 接 部 門 縮 小 費 用 し か し な が ら 、 裁 判 所 は 、 右 の 各 費 用 に つ い て は 、 X は 、「 ⋮ ⋮ Y1 ら の 移 籍 と い う 事 態 が 生 じ る か 否 か に か か わ ら ず 、 い す れ 本 件 事 業 部 を 譲 渡 せ ざ る を 得 な く な る 可 能 性 が あ る 状 況 に あ っ た ⋮ ⋮」 と し て 、 Y1 の 行 為 と 相 当 因 果 関 係 に 立 た な い も の と 判 示 し た 。 ( 5) F 社 に よ り そ れ へ の 事 業 譲 渡 の 対 象 外 と さ れ た も の さ ら に 、 事 業 譲 渡 か ら は ず さ れ た ソ フ ト ウ エ ア に つ い て は 、「 ⋮ ⋮ 開 発 途 上 に あ る こ と ⋮ ⋮」 、 ま た 、 ハ ー ド ウ エ ア に つ い て は 、「 ⋮ ⋮ 故 障 が 存 在 す る こ と ⋮ ⋮」 を 、 各 々 理 由 と し て 、 譲 渡 の 対 象 外 と さ れ た に と ど ま る か ら 、 損 害 と は い え な い 、 と 判 示 さ れ た 。 ( 6) 保 守 業 務 の 契 約 更 新 の 遅 延 ま た 、 右 の 点 に つ い て も 、「 ⋮ ⋮ 専 ら X の 資 金 繰 り の 困 難 に よ る 信 用 不 安 を 理 由 と す る も の で あ っ た こ と が う か が わ れ る」 し て 、 更 新 が 遅 れ た こ と が Y1 の 不 法 行 為 と 相 当 因 果 関 係 に 立 た な い 、 と 判 示 し て い る 。 ( 7) 無 形 の 損 害 さ ら に 、 右 の 点 に つ い て も 、 X は 、「 ⋮ ⋮ Y1 ら の 移 籍 以 前 か ら 経 済 的 信 用 が 低 下 し て い た こ と」 、 Y1 ら の 移 籍 後 、「 ⋮ ⋮ F に 対 す る 本 件 事 業 部 の 事 業 譲 渡 の 代 金 と し て 四 億 九 〇 〇 〇 万 円 の 対 価 を 得 て ⋮ ⋮」 判 例 研 究 二 一 四
い る こ と 、 ま た 、「 現 に 借 入 れ に よ る 資 金 調 達 が 予 定 さ れ て い る わ け で は な い こ と」 を 理 由 と し て 、 信 用 失 墜 に よ る 無 形 の 損 害 が 生 じ た と は い え な い 、 と 判 示 し た 。 ( 四) 結 論 以 上 の と お り 、 裁 判 所 は 、 X の Y1 に 対 す る 不 法 行 為 に 基 づ く 損 倍 賠 償 請 求 を 認 容 し 、 そ の Y2 に 対 す る 請 求 を 棄 却 し 、 Y1 が 賠 償 す べ き 損 害 と し て 、 上 記 ( 三)( 1) な い し ( 3) の 合 計 金 五 四 八 六 万 八 二 八 八 円 を 認 め た 。 三. 学 説 及 び 判 例 1. 学 説 の 状 況 に つ い て ( 一) 本 件 の よ う に 、 取 締 役 が 在 任 中 に 、 そ の 従 業 員 に 対 し て 、 自 己 が 退 職 後 に 就 職 す る 予 定 の 同 業 他 社 へ の 移 籍 を 勧 誘 す る 行 為 に つ い て は 、 い か な る 場 合 に 当 該 取 締 役 に 競 業 避 止 義 務 違 反 が 認 め ら れ る か に つ い て 、 学 説 上 、 争 い が あ る 。 ( 二) ま ず 、 取 締 役 が 在 任 中 に 自 己 が 支 配 す る 会 社 等 、 同 業 他 社 へ の 移 籍 を 勧 誘 な い し 引 き 抜 く 行 為 を 行 う こ と 自 体 が 、 競 業 避 止 義 務 に 違 反 す る 、 と す る 見 解 が あ る ( 以 下 ﹁ 厳 格 説 ﹂ と い う 。) ( 三) 右 の 見 解 は 、「 従 業 員 の 引 抜 き は 従 業 員 の 獲 得 を め ぐ る 取 締 役 と 会 社 と の 間 の 競 争 で あ り 、 広 い 意 味 で の 競 業 に あ た る」 と し て 、 在 任 中 の 勧 誘 行 為 は 、「 会 社 の 利 益 の 犠 牲 に お い て 自 己 の 利 益 を 図 る 行 為」 で あ っ て 、 そ れ 自 体 で 忠 実 義 務 に 違 反 す る 、 と 主 張 す る() 。 ま た 、 従 業 員 の 引 抜 き な ど の い わ ば 「 競 業 準 備 行 為」 の み を 取 締 役 が 在 任 中 に 行 っ た だ け で は 、 競 業 避 止 義 務 違 反 を 認 め る こ と は で き な い が 、 取 締 役 が 、 従 業 員 を 大 量 に 引 き 抜 き 、 県 へ の 廃 業 届 な ど を 悪 用 す る こ と に よ り 会 社 の 業 務 の 遂 行 を 不 可 能 に す る な ど の 特 段 の 事 情 が あ る 場 合 に は 、 そ の 退 任 後 に 競 業 取 引 を 行 っ た と し て も 、 在 任 中 の 行 為 と 総 合 的 に 判 断 し て 、 競 業 避 止 義 務 を 肯 定 し て よ い 、 と 主 張 す る() 。 さ ら に 、 会 社 が あ る 事 業 に つ い て 開 業 準 備 を 行 っ て い る と き に 取 締 役 が こ れ と 同 様 の 準 備 行 為 を 行 う こ と が 競 業 避 止 義 務 の 対 象 と な り う る の で あ れ ば 、 会 社 が 現 に 行 っ て い る 事 業 に つ い て 同 業 の 会 社 の 設 立 を 準 備 す る な ど の 「 競 業 準 備 行 為」 も ま た 、 競 業 避 止 義 務 の 対 象 と す る べ き で あ る 、 と の 主 張 も あ る() 。 ま た 、 厳 格 説 に よ れ ば 、 会 社 は 、 取 締 役 の 在 任 中 の 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 949 二 一 五
引 き 抜 き 行 為 が あ っ た こ と さ え 証 明 す れ ば 、 忠 実 義 務 違 反 の 証 明 に 成 功 し た こ と と な っ て 、 立 証 の 点 で 明 確 で あ る 、 と の 主 張 も 存 在 す る() 。 ( 四) こ れ に 対 し て 、 取 締 役 が 在 任 中 に 従 業 員 の 引 き 抜 き 行 為 を し た の み で は 足 り ず 、 勧 誘 方 法 の 当 不 当 そ の 他 の 事 情 を 考 慮 し て 、 不 当 な 態 様 の も の の み が 競 業 避 止 義 務 違 反 と な る 、 と す る 見 解 が あ る ( 以 下 「 不 当 勧 誘 説」 と い う 。) ( 五) 右 の 見 解 は 、「 ⋮ ⋮ わ が 国 の 会 社 で は 、 仕 事 上 の ノ ウ ハ ウ の 個 人 的 な 伝 授 等 、 会 社 に 対 す る 義 務 と し て 本 来 要 求 さ れ る 以 上 の も の を 取 締 役 が 部 下 に 対 し つ ぎ 込 ん で い る 場 合 等 も あ ろ う 。 そ の よ う な 取 締 役 が 子 飼 い の 部 下 に 対 し て 退 職 勧 奨 ・ 自 己 が 計 画 中 の 事 業 へ の 参 加 勧 誘 を 行 え ば 当 然 に 違 法 と な る と い う の は 、 取 締 役 に と り 酷 に 過 ぎ な い か」 と 主 張 さ れ る() 。 ま た 、 右 の よ う な 取 締 役 に よ る 従 業 員 の 退 職 勧 奨 が 問 題 と な る の は 、「 ⋮ ⋮ と く に 中 小 企 業 の 場 合 、 取 締 役 同 士 の 争 い で あ」 る か ら 、 こ う し た 事 案 に お い て 「 ⋮ ⋮ 取 締 役 の 従 業 員 に 対 す る 退 職 勧 奨 ⋮ ⋮ は 当 然 に 忠 実 義 務 に 違 反 す る 、 と い う ⋮ ⋮ 判 断 枠 組 が 単 純 す ぎ る() ⋮ ⋮」 、 も し く は 、「 ⋮ ⋮ 従 業 員 を 会 社 の 財 産 と し か 見 な い 見 解 で あ り 、 適 当 で な い」 、 と 主 張 さ れ て い る() 。 2. 判 例 の 状 況 に つ い て ( 一) 以 上 の 学 説 上 の 対 立 と 同 様 に 、 判 例 上 も 原 則 論 に つ い て は 、 種 々 の 相 違 が 認 め ら れ る が 、 古 い 判 決 例 に お い て は 、 厳 格 説 に 立 つ も の が 多 く 、 逆 に 、 比 較 的 近 時 の 判 決 例 に お い て は 、 不 当 勧 誘 説 に 立 つ も の が 多 い 。 ( 二) 例 え ば 、 東 京 高 判 平 成 元 年 一 〇 月 二 六 日() は 、 プ ロ グ ラ マ ー 等 の 人 材 派 遣 を 業 と す る 原 告 X 社 の 取 締 役 Y が 、 在 職 中 に 従 業 員 に 対 し 、 自 己 が 退 職 後 に 設 立 し よ う と す る 会 社 へ の 参 加 を 勧 誘 し 、 こ れ を 移 籍 さ せ た 事 案 に お い て 、「 X の よ う に 、 プ ロ グ ラ マ ー ⋮ ⋮ 等 の 人 材 を 派 遣 す る こ と を 目 的 と す る 会 社 に お い て は 、 こ の 種 の 人 材 は 会 社 の 重 要 な 資 産 と も い う べ き も の で あ り 、 そ の 確 保 、 教 育 訓 練 等 は 、 会 社 の 主 た る 課 題 で あ る こ と は 明 ら か で あ る 。 し た が っ て 、 こ の 種 の 業 を 目 的 と す る 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 右 の よ う な 人 材 を 自 己 の 利 益 の た め に そ の 会 社 か ら 離 脱 さ せ る い わ ゆ る 引 き 抜 き 行 為 を す る こ と は 、 会 社 に 対 す る 重 大 な 忠 実 義 務 違 反 で あ っ て 、 同 取 締 役 は 、( 旧) 商 法 二 五 四 条 ノ 三 、 第 二 六 六 条 第 一 項 第 五 号 に よ り 、 会 社 が 被 っ た 損 害 に つ き 賠 償 の 責 任 を 負 う ⋮ ⋮ 。」 と 判 示 し 、 さ ら に 、 そ の 損 判 例 研 究 二 一 六
害 論 に つ い て は 、 退 職 し た 従 業 員 へ の 教 育 に 要 し た 費 用 は 、 一 般 的 必 要 経 費 と い う べ き も の で あ る か ら 、 損 害 と は い え な い と し つ つ 、 逸 失 利 益 に つ い て は 、 X は 、 当 該 従 業 員 の 退 職 後 、 新 た に 従 業 員 を 雇 用 し て お り 、 ま た 、 通 常 、 三 ヵ 月 の 期 間 が あ れ ば 新 人 教 育 と し て 十 分 で あ る か ら 、 三 ヵ 月 分 の 得 べ か り し 利 益 が 損 害 に 当 た る 、 と 判 示 し て い る 。 ( 三) 他 方 、 千 葉 地 裁 松 戸 支 部 平 成 二 〇 年 七 月 一 六 日 決 定 ( ) は 、 青 果 物 の 小 売 業 及 び 卸 売 業 を 営 む 原 告 会 社 X1 と そ の 代 表 者 た る X2 が 、 X1 の 元 取 締 役 た る 被 告 Y が 在 任 中 及 び 辞 任 後 に 、 従 業 員 へ の 勧 誘 、 同 業 他 社 の 支 援 な ど 行 い 、 Y の 辞 任 後 、 X1 の 全 従 業 員 一 四 名 中 四 名 の 従 業 員 が 退 職 し 、 X1 の 取 引 先 の 三 八 社 中 八 社 が X1 と の 取 引 を 中 止 し た こ と は 、 Y の 会 社 法 第 四 二 三 条 第 一 項 に 違 反 す る 行 為 で あ る と し て 、 X1 が Y に 対 し 、 同 条 項 違 反 に 基 づ く 損 害 賠 償 の 仮 払 い を 求 め る 仮 処 分 を 申 し 立 て 、 さ ら に 、 X2 が Y に 対 し 、 会 社 法 第 三 六 〇 条 第 一 項 ・ 同 第 三 項 に 基 づ き 、 Y の 違 法 行 為 の 差 止 め の 仮 処 分 を 申 し 立 て た 事 案 に つ い て 、 一 般 に 、「 取 締 役 の 具 体 的 な 行 為 が 、 善 管 注 意 義 務 及 び 忠 実 義 務 に 違 反 し て い る か 否 か は 、 従 業 員 の 引 抜 き や 競 業 取 引 に よ る 取 引 先 奪 取 等 の 取 締 役 の 行 為 に 至 る ま で の 会 社 内 部 の 事 情 、 当 該 取 締 役 と 従 業 員 の 人 的 な 関 係 、 当 該 取 締 役 の 行 為 に よ る 会 社 の 業 務 に 与 え る 影 響 の 度 合 い 等 を 総 合 し て 、 不 当 な 態 様 か 否 か に よ り 判 断 す る の が 相 当 で あ る 。」 と し 、 ま た 、「 取 締 役 が 退 任 し た 後 は 、 上 記 各 義 務 は 消 滅 し 、 会 社 と の 競 業 に つ い て は 、 職 業 選 択 の 自 由 の 保 障 に よ り 原 則 と し て 自 由 に で き る こ と に な る も の と 解 さ れ る が 、 取 締 役 の 行 為 の 時 期 や 態 様 に 照 ら し て 、 信 義 則 上 、 上 記 各 義 務 を 負 う こ と が あ る も の と 解 さ れ る 。」 と 判 示 し 、 当 該 事 案 に つ い て 、「 ⋮ ⋮ Y は 、 父 ( X1 の 元 取 締 役) と と も に 、 X1 の 従 業 員 を 引 き 抜 き 、 X1 の 主 要 な 取 引 先 を 奪 っ て 、 X1 を 経 営 破 綻 に 追 い 込 み 、 従 業 員 や 主 要 な 取 引 先 を 自 ら の 陣 営 に 確 保 す る こ と を 企 図 し て 、 前 記 辞 任 直 前 に は 、 父 を 通 し て 、 大 口 の 取 引 先 に 対 し て X1 と の 取 引 を や め る よ う 働 き か け 、 前 記 辞 任 直 後 か ら 、 従 業 員 の 引 き 抜 き 行 為 と 、 取 引 先 に 対 す る 自 ら の 営 業 活 動 を 本 格 的 に 始 め 、 そ の 影 響 を 受 け て 、 本 件 取 引 先 八 社 が X1 と の 取 引 を 打 ち 切 っ た も の と 推 認 さ れ る 。 ⋮ ⋮ こ の よ う な Y と 父 の 行 為 の 目 的 と 態 様 、 行 為 に よ る X1 に 対 す る 影 響 の 度 合 い に 照 ら す と 、 Y の 上 記 認 定 の 行 為 は 、 そ の ほ と ん ど が 取 締 役 辞 任 後 の 行 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 951 二 一 七
為 で は あ る も の の 、 信 義 則 上 、 取 締 役 の 善 管 注 意 義 務 、 忠 実 義 務 に 違 反 す る と と も に 、 取 締 役 の 競 業 避 止 義 務 に も 違 反 す る も の と い う べ き で あ る 。」 と し て 、 Y の 責 任 を 肯 定 し て い る 。 四. 検 討 1. 原 則 論 に つ い て ( 一) 右 記 学 説 に い う 厳 格 説 は 、 会 社 側 に 有 利 な 立 論 と い え 、 ま た 、 善 管 注 意 義 務 と 忠 実 義 務 と を 異 質 の も の と 捉 え る 立 場 と 親 近 性 を も つ も の と い え よ う 。 し か し な が ら 、 不 当 勧 誘 説 の 指 摘 す る と お り 、 本 件 の よ う な 従 業 員 の 引 き 抜 き が 問 題 と な る 事 例 に お い て 、 独 立 を 志 向 す る 取 締 役 が 従 業 員 を 勧 誘 し た こ と の み を も っ て 違 法 と 断 ず る 原 則 論 は 、 実 務 上 、 あ ま り に も 堅 苦 し い 、 融 通 性 に 乏 し い 立 論 と 言 わ ざ る を え な い 。 さ ら に 、 善 管 注 意 義 務 と 忠 実 義 務 と の 関 係 に つ い て も 、 そ れ ら の 義 務 違 反 に つ い て の 要 件 と 効 果 を 異 に し な い わ が 国 の 法 制 度 の 下 で は 、 両 義 務 の 異 質 性 の み か ら 演 繹 的 に 結 論 を 導 く こ と は 適 切 で な い と 解 す る 。 ( 二) 会 社 か ら 従 業 員 を 引 き 抜 き こ れ よ り 離 脱 し よ う と す る 取 締 役 と 、 会 社 に 残 り 支 配 を 続 け よ う と す る 取 締 役 と の 間 の 当 不 当 の 判 断 は 、 裁 判 に お い て も 容 易 な こ と で は な く 、 ま た 、 そ こ ま で の 役 割 を 民 事 裁 判 に 期 待 す る こ と は 過 大 な こ と の よ う に も 思 わ れ る が 、 少 な く と も 、 厳 格 説 は 、 裁 判 所 が 右 の よ う な 当 不 当 の 判 断 を な す こ と 自 体 を 困 難 と す る 立 論 と 思 わ れ 、 そ の 点 で 、 支 持 で き な い 。 ( 二) し か し な が ら 、 原 則 論 と し て 不 当 勧 誘 説 に 立 っ た 場 合 に は 、 い か な る 事 情 に よ り そ の 勧 誘 の 「 不 当 性」 を 判 断 す る か が 問 題 と な る 。 こ の 点 、 右 記 千 葉 地 裁 松 戸 支 部 の 決 定 は 、「 従 業 員 の 引 抜 き や 競 業 取 引 に よ る 取 引 先 奪 取 等 の 取 締 役 の 行 為 に 至 る ま で の 会 社 内 部 の 事 情 、 当 該 取 締 役 と 従 業 員 の 人 的 な 関 係 、 当 該 取 締 役 の 行 為 に よ る 会 社 の 業 務 に 与 え る 影 響 の 度 合 い」 と い う 事 情 を 例 示 し て い る 点 が 着 目 さ れ る 。 ( 三) も っ と も 、 右 決 定 の い う 「 当 該 取 締 役 と 従 業 員 の 人 的 な 関 係」 、 又 は 、 不 当 勧 誘 説 の 論 者 の い う 「 子 飼 い の 部 下 を 連 れ て い く」 と い う 点 に つ い て は 、 取 締 役 側 に と り 酷 か 否 か と い う 観 点 か ら 判 断 す る の で は な く 、 勧 誘 し た 取 締 役 に 付 い て い こ う と す る 従 業 員 側 の 自 由 意 思 を 根 拠 と し て 、 不 当 性 を 減 殺 す る 方 向 で の 要 素 と 判 例 研 究 二 一 八
し て 判 断 す る べ き で あ ろ う 。 ま た 、 右 決 定 に い う 「 当 該 取 締 役 の 行 為 に よ る 会 社 の 業 務 に 与 え る 影 響 の 度 合 い」 に つ い て も 、 こ の 点 は 、 当 該 取 締 役 が い か な る 損 害 を 会 社 に 与 え た か と い う 、 い わ ゆ る 損 害 論 に お い て 重 視 さ れ る べ き 要 素 で あ っ て 、 義 務 違 反 を 肯 定 で き る か と い う 要 件 論 に お い て は 、 副 次 的 な 要 素 と 解 す べ き で あ る 。 従 っ て 、 要 件 論 に お い て は 、 右 決 定 の 例 示 す る 中 に お い て は 、「 従 業 員 の 引 抜 き や 競 業 取 引 に よ る 取 引 先 奪 取 等 の 取 締 役 の 行 為 に 至 る ま で の 会 社 内 部 の 事 情」 、 特 に 、 取 引 先 を 奪 取 し て 会 社 に 損 害 を 与 え よ う と す る 主 観 的 な い し 客 観 的 事 情 の 有 無 が 、 重 要 視 さ れ る べ き も の と 解 す る 。 2. 本 判 決 の 問 題 点 ( 一) 本 判 決 は 、 右 記 の と お り 、 Y1 の 行 為 は 「 社 会 的 相 当 性」 を 欠 く と し て 、 そ の 義 務 違 反 を 肯 定 し て い る か ら 、 原 則 と し て 、 不 当 勧 誘 説 に 立 つ も の で あ り 、 こ の 点 で は 、 評 価 で き る 。 ( 二) し か し な が ら 、 本 判 決 が 、 Y1 に つ い て 、「 取 締 役 と し て の 善 管 注 意 義 務 や 忠 実 義 務 に 違 反 し 、 不 法 行 為 を 構 成 す る」 と い う 判 断 し た 点 に つ い て は 、 不 明 確 さ が 残 る 。 一 般 に 、 取 締 役 の 在 任 中 の 行 為 に つ い て そ の 任 用 契 約 上 の 義 務 違 反 が 存 在 す る 場 合 に は 、 契 約 上 の 責 任 と し て の 損 害 賠 償 責 任 が 肯 定 さ れ る べ き で あ り 、 他 方 、 取 締 役 辞 任 後 の 行 為 に つ い て 一 定 の 違 法 性 が 認 め ら れ る 場 合 に は 、 契 約 上 の 責 任 を 問 う こ と は で き な い か ら 、 不 法 行 為 責 任 が 論 ぜ ら れ る べ き こ と が 原 則 で あ る 。 し か し な が ら 、 本 判 決 で は 、 Y1 が X の 取 締 役 在 任 中 に な さ れ た 行 為 の み を も っ て 、 そ の 責 任 を 肯 定 し て い る の で あ る か ら 、 こ れ に つ い て 不 法 行 為 責 任 を 肯 定 す る こ と は 、 一 見 、 論 理 の 矛 盾 が 認 め ら れ る と い え よ う 。 も っ と も 、 本 件 で は 、 X が Y1 の 責 任 に つ い て 、 主 位 的 に そ の 不 法 行 為 責 任 を 追 及 し 、 ま た 、 主 位 的 請 求 を 認 容 す れ ば 、 そ の 予 備 的 な 、 契 約 上 の 責 任 の 主 張 ま で を 判 断 す る 必 要 が な か っ た 点 が 、 裁 判 所 の 右 の 判 示 内 容 に 影 響 し た 可 能 性 も あ ろ う 。 ま た 、 判 決 文 か ら は 明 確 で は な い が 、 X の 主 位 的 請 求 が 、 不 法 行 為 責 任 し か 追 及 し え な い Y2 と Y1 と の 間 の 共 同 不 法 行 為 と し て の 主 張 を 含 ん で い た 可 能 性 も 、 考 え ら れ る 。 さ ら に 、 取 締 役 の 不 当 性 を 主 張 し な け れ ば な ら な い 原 告 と し て は 、 一 定 の 契 約 上 の 義 務 を 定 立 し て そ の 違 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 953 二 一 九
反 を 主 張 す る と い う 契 約 責 任 の 構 成 よ り も 、 取 締 役 の 種 々 の 行 為 の 悪 質 性 、 加 害 性 等 を 主 張 す る と い う 不 法 行 為 責 任 の 構 成 の 方 が 採 用 し や す い 面 も あ る 。 ま た 、 不 法 行 為 に お け る 「 過 失」 と は 、 加 害 者 と 目 さ れ る 者 の 順 守 す べ き 注 意 義 務 の 違 反 で あ り 、 さ ら に 、 そ の 注 意 義 務 と は 、 一 般 的 な 観 点 か ら の 義 務 の み な ら ず 、 そ の 者 の 立 つ 地 位 の 特 殊 性 か ら 導 き 出 せ る 注 意 義 務 を も 含 み 、 従 っ て 、 本 件 で は 、 裁 判 所 は 、 Y1 の 取 締 役 と し て の 地 位 か ら 導 き 出 せ る 善 管 注 意 義 務 な い し 忠 実 義 務 を そ の 判 断 に 含 め た 可 能 性 も あ ろ う 。 し か し な が ら 、 も し そ う で あ れ ば 、 判 決 文 に お い て さ ら な る 詳 述 が 必 要 で あ っ た と い え よ う 。 ( 三) さ ら に 、 本 件 に お い て は 、 Y1 と Y2 の 代 表 者 C が い わ ば 、 二 人 三 脚 で X の 従 業 員 を 引 き 抜 い た 事 案 と 見 る の が 自 然 な よ う に 思 わ れ る が 、 に も か か わ ら ず 、 Y1 の み の 責 任 を 肯 定 し た 点 に 不 自 然 さ を ぬ ぐ い え な い 。 本 判 決 に お い て は 、 C の 自 供 に 大 き な 信 用 性 を 付 与 す る こ と に よ っ て 、 C が X 社 内 の 事 情 を よ く 知 ら な か っ た 点 が 重 視 さ れ て い る よ う で あ る が 、 自 供 に 過 度 な 信 用 性 を 付 与 す る 点 に お い て 、 一 見 、 無 理 筋 な 論 述 と の 印 象 を 避 け え な い 。 認 容 さ れ た 五 〇 〇 〇 万 円 も の 金 額 の 回 収 可 能 性 を 考 え た 場 合 、 X と し て は 、 法 人 た る Y2 の 責 任 が よ り 重 要 で あ る か ら 、 Y2 の 責 任 の 否 定 、 及 び 、 Y1 と の 帰 責 性 の 差 異 に つ い て 、 も う 少 し 、 詳 細 な 検 討 が な さ れ る べ き で あ っ た よ う に 思 わ れ る 。 ( 四) し か し な が ら 、 本 判 決 は 、 損 害 論 に お い て は 、 ま ず 、 Y1 ら の 移 籍 前 に X が 既 に 受 注 済 み の 契 約 に よ る 利 益 、 及 び 、 Y1 ら の 移 籍 に よ り 他 に 委 託 せ ざ る を 得 な く な っ た 委 託 費 を 損 害 と し て 認 定 し 、 他 方 、 本 件 事 業 部 の 閉 鎖 に 伴 う 費 用 に つ い て は 、 元 来 こ れ を 閉 鎖 せ ざ る を 得 な か っ た こ と を 理 由 に 損 害 か ら 排 除 し 、 ま た 、 契 約 の 更 新 や 信 用 の 棄 損 に つ い て は 、 Y1 の 移 籍 に 無 関 係 で あ る こ と 等 を 根 拠 に こ れ を 否 定 す る な ど 、 一 定 の 詳 細 な 因 果 関 係 論 を 展 開 し て い る 点 で 、 評 価 し う る 。 民 事 裁 判 に お い て は 、 損 害 論 に よ り 判 決 文 が 完 結 す る も の で あ る か ら 、 右 記 の 原 則 論 に お い て い ず れ の 立 論 に よ っ て も 、 違 法 行 為 と の 因 果 関 係 が 否 定 さ れ れ ば 請 求 は 棄 却 さ れ ざ る を 得 な い か ら 、 本 件 の 問 題 に つ い て は 、 実 務 上 、 損 害 論 が 最 も 重 視 さ れ る べ き で あ っ て 、 そ の 意 味 で 、 本 判 決 は 一 定 の 評 価 を 与 え ら れ る べ き も の と 解 す る 。 判 例 研 究 二 二 〇
( 五) も っ と も 、 X は 最 終 的 に は F に 対 し て 本 件 事 業 部 を 譲 渡 し て 約 五 億 円 も の 対 価 を 取 得 し て い る 。 そ の 限 度 に お い て 、 本 件 事 業 部 に 係 る 損 害 は 填 補 さ れ た も の と い い う る の で は な い か 。 X は 、 Y1 ら の 移 籍 の 有 無 に か か わ ら ず 、 本 件 事 業 部 を 譲 渡 せ ざ る を 得 な か っ た と の 事 実 認 定 を 前 提 と す れ ば 、 そ れ ま で の 短 期 間 で 上 げ ら れ た 利 益 と し て の 損 害 は 、 右 の 事 業 譲 渡 に よ り 全 て 、 実 現 さ れ た も の と 考 え る こ と が 可 能 で あ ろ う 。 本 判 決 が こ の 点 を 、 Y1 ら の 移 籍 に よ り X 社 の 経 済 的 信 用 の 低 下 は 生 じ な か っ た こ と の 根 拠 と し て の み 引 用 し て い る 点 に は 、 大 き な 疑 問 が 残 る 。 以 上 ( ) 吉 原 和 志 「 判 例 批 評」( ジ ュ リ 九 二 〇 号 ( 一 九 八 八 年) 三 四 頁) ( ) 松 山 三 和 子 「 判 例 批 評」( 金 判 九 八 三 号 ( 一 九 九 六 年) 五 〇 頁) ( ) 砂 田 大 士 「 引 抜 行 為 と 忠 実 義 務」「 現 代 企 業 ・ 金 融 法 の 課 題 ( 上)」 ( 平 出 ・ 高 窪 古 希 記 念) 四 一 七 頁 ( 二 〇 〇 一 年 ・ 信 山 社) ( ) 北 村 雅 史 「 従 業 員 の 引 き 抜 き と 取 締 役 の 忠 実 義 務」( 論 叢 一 六 四 巻 一 ∼ 六 号 ( 二 〇 〇 九 年) 二 六 九 頁) ( ) 江 頭 憲 治 郎 「 判 例 批 評」( ジ ュ リ 一 〇 八 一 号 ( 一 九 九 五 年) 一 二 二 頁) ( ) 江 頭 ・ 前 掲 注( ) ( ) 江 頭 「 株 式 会 社 法 第 四 版」( 二 〇 一 一 年 ・ 有 斐 閣) 四 一 二 頁 ( ) 金 判 八 三 五 号 二 三 頁 ( ) 金 法 一 八 六 三 号 三 五 頁 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 株 式 会 社 の 取 締 役 が 、 競 業 会 社 に 移 籍 す る に 当 た り ⋮ ⋮ 955 二 二 一