︿ 講 演 〉
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ゲルと帰責
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まえがき 答 責 性 ( ︿ 巾 日 早4
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の 概 念 は 、 最 近 一0
年間において倫理学及ぴ法学の議論において鍵となる概念へと展開 した。それは一方で﹁責任(
ω
岳 旦 仏 ) ﹂ お よ び ﹁ 負 責 ( ︿o
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F
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5
8
)
﹂、他方で﹁義務侵害﹂およぴ﹁義務違反﹂とい う概念領域からの伝統的用語にとって替ったり、 それと結合されたりした。即ち、それは回顧的な要素(過去におけ ( 1 ) る自己の行為に対する答責性)と展望的な要素(将来何かをする義務)を含み、そして第三に一般的に答責的である と宣言するという﹁構成﹂の観点がなおテ 1 マとされる。この第三の観点を私はすでにこの講演のタイトルにあるよ うに﹁答責性の帰属(帰責ことして特に強調したい。今日われわれが﹁答責性﹂と呼ぶものの回顧的な部分は、﹁帰 属 ( 目 白 吉 宮 昨 日 0 ) ﹂に関する議論の全歴史から比較的知られたものとなっている。しかし﹁答責性﹂の展望的及び構成的 観点は両方とも、││それらは前史を持っているにもかかわらず││社会的展開の変化によって初めて視野に入って第13巻 I号一一36 きたものである。即ち、分業の増加及び技術的発展が人聞の行為と否定的に評価される結果との問の中間行為を増大 ( 3 ) させ、われわれの通常持つ、歴史的に形成された、そのためにできること、管轄をもっていることについての直感を 動揺させる見通しのなさの原因となった。不幸と人聞の管轄の区別、人間が管轄を持つ事例において個別主体への帰 その場合に誰に帰属するか、 そして個人的責任と集団的責任に関する決定、これらすべての問題 属するかしないか、 について最近では哲学的倫理学においても法学においても同様に関心が高まっている。それは、問題提起としてこの 両学問分野における橋渡し機能を担ってきた。技術的な大規模危険または製造物責任、環境侵害またはグローバル化、 ジェノサイドまたは腔細胞への遺伝子治療、過去の克服または将来の世代への義務、これらのいずれのものであれ、 われわれの帰属に関する直感を揺るがせ、非常に複雑な答責性に関するディスク
l
スの場になっている。 ( 4 ) まさにこのことが原因となって、最近の哲学的倫理学が再ぴ法学的帰属論に大きな関心を擁くようになり、哲学に お い て も 、 かつてのプl
フエンドルフからへl
ゲルに至るまでの帰属論において法学との共通の議論を経験したテ! マが再び大きな意義を担うようになったのである。 しかし哲学的答責性論のこの歴史的なルネッサンスだけが、 その先駆者としてのへl
ゲルの帰属論の再検討のきっ かけとなった訳ではない。 一九世紀初めの帰属論のおそらく最も精密な形式としてのへl
ゲルの帰属論は、 一 九 世 紀 の法学的へl
ゲル学派がまさに気づいていたように、 帰属理論の領域における時期の変わり目に立っていた。へ
l
ゲ ルの法学的継受は、帰属論だけに止まらなかった。それどころか、中心的に答貢性の帰属が問題となる領域である刑 一九世紀後半はへl
ゲル学派の時代だったとさえいえる。アベック、 ( 5 ) い っ た へl
ゲル学派が一九世紀末に至るまでの刑法体系の中心となった。それゆえ、 法においては ケストリンあるいはベルナ!と 帰属論における我々の今日にお ける問題の大部分は へl
ゲルが既に取り扱っていたとしても不思議ではないのである。へ
l
ゲルの帰属論にもあてはまるで ( 6 ) あろう。聞ち、彼は彼より後にこの課題について試みた全ての者より先を行っていたのである。 おそらくフォルカl
・ゲルハルトが精神哲学に関して書いている次のことは、I
I
﹁道徳性﹂におけるへl
ゲルの帰属理論 ﹁答責性﹂という言葉をへl
ゲルは、特別の文脈、即ち大臣の政治的答責性と君主制におけるそのような答責性の ( 7 ) 欠如という文脈でのみ用いている。確かにこの概念の用法とその意義についても以下の考察でなお言及される。しか しここで私が﹁答責性の帰属﹂について述べるとき、その概念を今日における、より広い意味におけるものとして、 即ち││原則的に否定的に評価される││作為および不作為の結果の何らかの行為及ぴ不作為主体への帰属として理 解 し た い 。 ( 8 ) へl
ゲルの帰属論は、原則的に一八二O
年の秋の﹁法哲学要綱﹂並ぴにその後数年間に行われそれに関する追記や 講義ノl
トが残されている講義の中に見い出される。彼の法哲学において古典的帰属論は、再びその第二部﹁道徳性﹂ において中心的に論じられている。 へl
ゲルにとっては帰属論は、第一次的には人間の意思によって媒介された連関 におけるものあったことからも、肯けるものである。 ( 9 ) へl
ゲルは、それゆえ一貫して行為の帰属にとって、その行為が故意でなされたこと( 5
一 一 七 ・5
一 一 八 ) 、 意 図 ( 叩 ) ( 口 ) ( ﹀σ
回 目 。 宮 ) が 基 礎 に あ っ た こ と(
S
一一九)および行為者が不法の認識を有していたこと(
S
二二二)を要件として いる。﹁意図﹂という語を統一的に使用していないが、第一次的には故意の最も強度の高い形式として使っている今日 の 法 学 的 用 語 法 と 異 な り 、 へl
ゲルにおいては﹁故意﹂は、行為の個別的事情への意思的関連を意味するのに対し、 ﹁意図﹂は行為の意味的性質、すなわち侵害的性質の認識を意味している。しかし、この三つの行為への主観的関連第13巻1号一一38 へ
l
ゲルは、彼にとっては全く自明のものであり、さらなる説明を不 { ロ ) 要だと考えていた帰属の客観的要件である所為(、E
C
と所為結果との因果性を置いていた。用語法的には、彼は単な の 種 類 、 即ち故意、意図および不認識の前に る因果的な人聞の︹外部的︺表出向B
S
丘芯ロ)を所為とし、意思によって担われた所為を﹁行為﹂(国何百円出g m
)
と する伝統に従っていた。 これら全てのことは法律家にとって特に目新しいものではないし、 むしろ自明なものとして、あるいはやや簡略に 過ぎるとさえ感じられる。しかしへl
ゲルもまた上述の帰属諸要素の連関の内に、法律家にとってのそれと同様の困 難性を見い出していた。例えば、私がある動物または機械を使用していて自分としては十分注意していたにもかかわ らず、他人にそれらによって損害を与えた場合、単なる因果性だけで帰属するのに十分かどうかが問題になる。 { お ) ゲルは、それらのものが自己のものである場合、この間いを肯定する(
S
一一六)。カール・ラレンツは、その限りで ( M ) 一九世紀終わりになって初めて立法化された危殆化責任の思想がへl
ゲルによって先取りされていたとする。しかし"
"
へーゲルが認識していた問題はそれだけではない。もし私が原則として意思的に行為したが、 それについて思いが及 ばなかったけれども必然的な侵害結果が発生した場合、その行為結果は帰属されるべきであろうか。このこともまた ( 時 ) へl
ゲルは肯定し(
5
一 一 八A
)
、そしてさらに進んで次のように言う。行為の客観的に通常的な社会的意味も、たと え私がその行為においてそれを全く思い懐かなかったとしても、私に認識かつ意欲された行為として帰属される(
5
(Mm} 一 二O
)
。不法の不認識でさえも私は、法律がその公開性の故に認識可能であり、 { げ ) れている限りにおいて、援用することができないのである(
5
一 三 二 A ) 。 一般的倫理において同じ内容が示さ この可能的事実認識およぴ可能的不法認識における帰属の問題は、容易でない危険な道であるが、過失および禁止 の錯誤の問題領域として現在では法律家に知られているけれども、 それが体系的に議論されるようになったのはここ一 五
0
年閣のことである。われわれがその考察においてへl
ゲルの学説よりそれほど進歩しているとはいえないだけ に、行為の客観的要素の単に可能的な認識における帰属問題のへl
ゲルの場合を分けた考察は、注目に値するのであ る きて帰属にとって主観的に偶然的な意思だけが問題になるのではないという認識はへl
ゲ ル の 発 明 で は な く 、"
"
ゲル以前の長い伝統を持つ。既に普通法の伝統の中で侵害結果は、それを知っていなければならなかったであろう場 合には、帰属されうるということは自明のことであった。その場合、﹁間接的故意E
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-g
宮 内 同 町RE
白 ) ﹂ ま た は ﹁ 広 義 の意思﹂が語られ、あるいは﹁事物からの故意言。-5
R
R
)
﹂として特定の所為からその種の所為に典型的な意思が 推論されたり、単純に意思や故意が推定されたり(いわゆる﹁故意の推定(胃忠吉田氏。号ロ)﹂)した。 へi
ゲ ル は この問題をより原則的に検討し、主観的に偶然的な意思に焦点を合わせることの一般的限界を問うたのである。 ﹂の問題提起の過激化は へl
ゲルにとっては彼の﹁良心﹂の観点から生じた。主観的に偶然的なものの極限、 1 !P
ち良心に焦点をあわせることにおいて、この主観は﹁悪﹂への跳躍におけるものである。この悪の特質をへl
ゲ ル は 、 自己の特殊なものを普遍的なことを通じて原則へと高めることだと定義する(
S
一三九)。善がまさに主観と普遍の結 合 に 成 功 す る こ と 、 即ち理性にあるならば、既にそれ故に主観的に偶然的な意思が問題になるのではない。即ちその ような帰属は、帰属主体に理性の普遍性と、 それをもって、ーーその反対物が﹁悪﹂であるが故にーーその道徳的な 主観性を否認するであろう。帰属主体がその固有の理性性によって、 即ちその理性普遍への関与によって計られるが 故に、帰属されうるのであるo
l
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-帰属する行為はその非理性の中に自己矛盾として現れるのである。 伝 統 的 立 場 と 異 な り 、 それゆえへl
ゲルはもはや特殊意思を仮定する必要はなく、事実的意思を理性によって計る ことのみが必要だったのである。ーーーこの仮定の対象は、個人の理性普遍への関与なのである。これによってこの種第13巻 I号一一 40 現実の意思に関する反証可能な推定または反証不可能な推定から、それは ( 初 ) の哲学﹂において挙げているようないわ の仮定は全く異なったものになる。即ち、 ハンス・フアイヒンガ
l
が一九一一年の﹁あたかも・::のような(﹀ UCZ ゆる実践的または倫理的フィクションになったのである。そのような実践的または倫理的フィクションは、真でも偽 それ自体によって、 人間の相互行為をおよそ可能にするという要請を行う仮 でもなく、実践的に必要なものであり、 定である。他者に理性普遍への関与を認めることは、実践的に不可避のことである。まさに証明と全く関係しないフ ィクションとして、そして伝統的な法学的フィクションまたは推定とは異なり、 そのような実践的または倫理的フイ クションはその構成的性格を自ら認め、同時にこのような構成の放棄不可能性を主張する。この意味におけるフィク ( 況 ) ションは、刑法学者エデュアルト・コl
ルラオシュが意思自由について﹁国家にとって必要なフィクション﹂と言つ たのと、同じことが想定されているのである。 の要請に基づいて構築されーーー証明された。﹁子供、痴者、 へl
ゲルによって││カント的な自律性( n )
狂人といった責任無能力﹂(
S
一 二 O A ) といった狭い人 既に行われた行為に対する全く伝統的な回顧的帰属のこの構成的性格は、 的範囲のみがこの構成から除外される。この限界の内部の人間にとっては責任能力の軽減を容認することは、﹁彼を人 間の権利と名誉に従って取り扱わないことを意味する。なぜならば、人閣の本性はまさに、本質的にその知が普遍的 ( お ) なものであり、抽象的瞬間的でばらばらなものではないからである﹂(
S
一 三 二 A ) 。l
y - - AI
将 来 の 行 為 に 対 す る 法 的 答 責 性 一 緊 急 権 と 政 治 的 答 責 性 この帰属の構成的性格については後述する。しかし以下ではまずへl
ゲルが過去の行為に対する回顧的な答責性と 並んで展望的な答責性をも知っていたかということを考察する。この間いは多くの観点で肯定される。もちろんへ
l
ゲルは、道徳において他人の福祉のための完全に伝統的な展望的答責性を認めていた。これは今日で は答責性と呼ばれるものであるが、伝統的には﹁義務﹂の概念で把握されていた。﹁法哲学﹂の第二部、﹁道徳性﹂に は、まさにカント哲学の検討を通じて﹁義務﹂概念の詳細な検討が含まれている。ここでは直接言及しないが、その ( M ) カント的理解へのあらゆる批判においてへl
ゲルは法義務と並んでカント的意味における﹁徳義務﹂があることを確 認する。﹁義務とは何か﹂とへ l ゲルは聞い、そしてこの間いに次のように答える。即ち﹁法に従うことと、そして福 ( お ) そして他人の福祉のために気遣うことである﹂( 5
一 三 四 ) 。 祉、即ち自分の福祉と普遍的規定における福祉、 この道徳における他人の福祉への答責性は新しいものではないかもしれないが、 へl
ゲルはここにおいて法と福祉 の関係についての新たな方向変換を行った。このことが特に明らかになるのは﹁緊急権﹂の検討においてである。即 ち へl
ゲルは一定の要件の下に他人の福祉のための法的答責性を要請した。そのような法的答責性は、あらゆる所 有権者は、他人の生命の救助のために、 たとえその生命への危険が発生した状況がその所有権者の誤った態度に基づ かない場合であっても、自己の所有権への侵害を受恋しなければならないという限りで存在する。そのような事例に お い て へi
ゲ ル は 、 せいぜい法的に自由な状況で受忍してきたに過ぎなかったカントまでの伝統に反して、緊急権を 生命は、彼自身が強調するように﹁究極の危険に瀕し、ある他人の正当な所有権と衝突 ( お ) した場合、緊急権を(衡平としてではなく権利として)要求しなければならない﹂(
5
一二七)。彼はこのことにより 認 め る 。 へl
ゲ ル に よ れ は 、 このような緊急状態において救助可能な者に、この救助を受忍する義務を科し、 しかも明示的にそれを法義務として 科しているのである。この答責性は、法的なレベルにおいて明らかなように、過去の行為に対する単なる事後的な答 実性を超えた法的な意義を持つ展望的な答責性を問題にしているのである。法的主体性の基礎である生命が危険に晒 された場合、個人の個別的権利は後退しなければならないのである。われわれの今日の緊急権規定はさらに生命の保第13巻1号一一 42 ( 幻 ) ( 叩 品 ) 護を超えており、単に救助の受忍だけではなくそれへの行為をも要求しているが、 へ
l
ゲルはこのような展開への根 拠を与えたといえるのである。彼はそのことによりカントの侵害禁止か介入命令 ( N 口 当g
己 ロ
ロ 抱
一 号
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)
かによる法義 ( 鈎 ) 務と徳義務の明確な区別を破り、カント的な純粋な徳義務の部分領域を法義務へと転換したのである。 この答責性の救助義務の領域への拡大と少なくとも同様に重要な展開といえるのが、今日われわれが﹁政治的答責 性﹂と呼ぶ、前述のようにへl
ゲルが唯 ﹁答主貝性﹂という概念を明示的に使用する領域である。 ﹁法哲学﹂の印刷版においては、 政治的答責性の検討は傍論的である。即ち、 へl
ゲルによれば﹁決定を下す最終 の主体性としての君主国有の尊厳性は、統治行為に対する一切の答責性を超越したところに高められている﹂(
5
二 八 ( 却 ) 四 ) 。 ハイデルベルク時代の一八一七年から一八年にかけての学期においてヴアンネンマンによる講義ノl
トの中で は 、 へl
ゲルはこの問題をより詳細に扱っている。即ち、﹁大臣は諸侯の決定に署名しなければならず、彼らに対して ( 但 ) 答責的である﹂(
5
一 四OA
ヴアンネンマン)といったり、﹁大臣の財に対する中心的な保障は、帝国諸侯の前で自己 ( 幻 ) の措置を取らなければならないという答責性である﹂(同前)といったりしている。しかし﹁公務員の答責性﹂につい ( お ) ても語られている(
5
一四五ヴアンネンマン)。特にパオロ・べッキの研究によってわれわれはへl
ゲルが一八一五年 のベンジャマン・コンスタンの﹁大臣の責任について﹂(ロ巾宮問。唱。D S
σ
巳 広 仏g
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2
丹 市 話 回 ) に お け る リ ベ ラ ル な 思 ( M A ) 想を攻撃していたことを知っている。政府は自律的ではなく国民とその代表者に答責的であるという思想は、アメリ カおよびフランス革命において諸侯の神に対する道徳的答責性という伝統的思想から民主主義理論的に転解釈された ものである。伝統的に道徳的な答責性から、ここでもまた法的に重要な答責性へとなったのである。 われわれの文脈においてより重要なのは次のことである。即ち、 現代の広域国家の指導における比較的複雑な文化 的関連は答責性の概念によって把握され、 それゆ、ぇ政治的な答責性はそのような複雑な課題と関連している。それは決して既に行われたことだけではなく、これからなされるべきことをも含んでいる。市民と共同体の福祉の保障は、 第一次的に、展望的な答責性、 即ちかなり見通しのきかない、多くの者の行為することと行為しなければならないこ とによって規定されている状況における将来に向けられた給付義務の対象なのである。このような複雑性と答責性が しばしば他の行為者および義務者の多くの中間段階の介入や展望性といった諸要素が ( お ) 近代的な答責性のディスク
l
スを規定している混合状態を形成している。自己の過去の行為にのみならず、不作為に 事前的に確定していないこと、 よる義務違反にさえも依存しないある種の管轄答責性が発生している。十九世紀初期の政治的答責性の概念において まさに、技術的および極端に分業的な経過に対しても何らかの管轄を認める現代の答責性問題の理解にとっての鍵と なる概念が成立したことは、疑いがない。ドイツ語圏においてはへl
ゲルは、このようなディスクl
スの意義を認識 した最初の学者なのである。I
V
﹁人倫﹂における帰属の必然性に関する考察一合目的性と恩恵 これまでの考察の結果、 へl
ゲルは伝統的な回顧的答責性においては理性普遍の基準をもって答責性の規範的・構 成化的要素を明らかにし、法的な種類の展望的答責性を個人的な救助義務においても、大臣と公務員の政治的な答責 性においても、確立したということが確認された。 しかし政治的答責性を簡単に考察したにもかかわらず、われわれのこれまでの考察においては、 へl
ゲルの法哲学 の第三部である﹁人倫﹂における答責性理論に関してはまだ言及されてこなかった。だがまさにこの﹁人倫﹂におい て へl
ゲルは、帰属を方法論的な考察の対象にすることによって、伝統的な帰属理論を越える決定的な一歩を踏み出 したのである。あるいは、 言い方をかえれば、これまでは、われわれはいくつかのへl
ゲルによって行われた伝統的第l3巻1号一一44 全体してはなお行為・義務論のレベルに止まっていたのである。しかし﹁人倫﹂に 帰属理論の修正にもかかわらず、 おいてはこの対象レベルに対してそれへのメタレベルとしての本来の帰属論が成立するのだが、この帰属行為それ自 体一つの著書のテ
l
マとなるものである。私は以下では一一つの点において詳しい例一不を行いたい。即ち﹁市民社会﹂ における帰属の相対化と﹁国家﹂における正義の止揚としての諸侯の恩恵についてである。 まず第一に﹁市民社会﹂について。 へl
ゲルによれば、市民社会では一方で行為の社会に対する危険性の観点が重 要になり、他方で﹁自信を持つに至った社会の権力は、侵害の外部的重要性を軽視し、それ故、その処罰は一層軽く ( お ) なるのである﹂(
5
一二八)。しかしながら危険と緩和においては一つの同じ基準が持ちられる。なぜならば﹁市民社 会にとっての危険性という観点は、それが犯罪を重大なものにするように見えるが、むしろその処罰を軽くするもの ( 幻 ) だ﹂からである(
5
一二八 A ) 。 ホ トl
の講義ノl
トによれば、へl
ゲルは更に進んで次のように言っている。即ち﹁そ れ故、社会自体の安定性によって犯罪は思慮深い意思からではなく、 むしろ自然の衝動から、 独自の瞬間から生じた ょうに見える単なる主観的なものの地位を得る。(:::)犯罪が犯されると、 それは思慮深い意思からではなく、情念、 即ち意思の自然的な側面から生じたものとされる。そのことによって犯罪からその帰属を合む性格が取り除かれるの ( お ) で あ る 。 ﹂ 前述の﹁道徳性﹂における実践的または倫理的フィクションは、安定した社会においては撤回可能であり、行為は 再ぴ、単なる自然の因果性にのみその原因を持つ所為とみなされうる。しかしそのことによって帰属の必要性がテ l マとなる。帰属は、自明なものではなく、よく見ると 一見そう見えるように実践的に不可欠のものでもないのであ る。あるいはわれわれは、構成が使用可能な場合には、他の解釈モデル、他の構成を適用しようとしてるのではない の か ? 犯罪はいまや自然事象として解釈され、 まさに理性普遍が制度的に貫徹されており、もはやあらゆる個別事例において象徴的に記述される必要がないが故に、自然現象として解釈しうるのである。それ故、ここでは答責的と することについてのこつの構成レベルが生じる。即ち、 そ の 一 つ は 、 理性普遍の構成に対照される構成としての単純 な自然性の構成である。しかし、この両基本モデルが社会的な必要性によって交換可能に見えるようになり、 その所 為が﹁行為者を通り過ぎて﹂説明可能なのか、それともその理性普遍を通じて説明されなければならないのかを決定 ( 羽 ) しなければならないことから、この構成は単に行われるだけではなく、考察のテ
l
マとなるのである。﹁道徳性﹂のレ ベルにおいては単なる事実的な、主観的に偶然の意思への帰属と理性普遍への帰属が対置されるが、ここではおよそ 意思への帰属と、自然現象に対するような所為へのリアクションが対置されるのである。 ここにおいてもへl
ゲルは、なぜ刑罰は時代の流れにつれて軽減され得たかという啓蒙時代の世代に良く知られた 問題を原則的なものへと転換した。 一 七 六0
年代においてなお、行為者におけるより大きな敏感性 ベッカリl
ア は 、( ω )
が制裁の軽減を可能にしたとの見解を取っていた。フイランジエリは、 ( 位 ) の理由だと考えた。 八0
年代に社会の敏感性の増加が刑の軽減化 へ!ゲルは、ここでは実践的な問題について帰属自体が使用さる、 即ち﹁市民社会﹂の段階にお ける帰属は合目的性の問題となるとする。しかし帰属の問題が合目的性の問題に縮減されるとなると、 対応する診断 において、帰属の必要性に関する他律的・予防的な決定がその社会の安定性に応じてなされるような﹁市民社会﹂の 欠陥のある状態へのへl
ゲルの批判をも併せ見ることは誤りではない。 へl
ゲ ル は 、 まさにそれ故に﹁国家﹂の段階において再び帰属の必要性に関する原則決定を明示的に行い、 帰属の 構成的性格といういったん見い出された中間的な結論をここでも維持するが、 その構成の内容を変更するのである。 君主が主権を持つ﹁国家﹂においては合目的性とは別のレベルでの帰属の取り下げがテl
マとなる。即ちそれは恩赦 へl
ゲルはそれをまさにこの帰属の取り下げという観点の下で、 権 で あ る 。 しかし免放に解消される形で、再び認め第13巻1号 46 るのである。すなわち﹁君主の主権から犯罪者に対する恩赦権が出てくる。なぜならば、 なされたことをなかったこ とにし、赦し忘れることによって犯罪をなかったことにする精神力の実現は、 ( 位 )
( 5
二 八 二 ) 。 君主の主権にのみ属するからである﹂ へl
ゲルにおける他のコンテキストを前提としている。﹁精神現象学﹂は、その道徳性 ( 必 ) に関する章の最後に相互的な承認の最高段階として放しへの指示が含まれている。この文章の意義は、へl
ゲ ル が 、 ( 叫 ) 何度も相互承認をまさに法それ自体の定義として使用していることを考えてないと明らかにはならない。﹁イエナの 法哲学におけるこの文章は、 現実哲学( H
N g
f z
z g
℃E O
)
﹂においてへl
ゲルは法律について、それは悪を﹁それ自体として認識﹂すべきであり、 ( 江 川 ) ( 必 ) ﹁それを放し、そしてその所為をなかったことにす﹂べきであるとし、恩赦との関連についても簡単に言及している。 ﹁市民社会﹂の段階における合目的性からの帰属の放棄と並んで、﹁国家﹂においては恩赦における放しとして帰属 の取り下げが行なわれる。両者の事例において帰属を﹁するかしないか﹂ということおよ決定されるべき構成として の帰属が議論の対象となるのである。V
不作為の帰属と集団的帰属 ﹂こでいったん少し立ち止まって へl
ゲルがわれわれの現代の答責性ディスクl
スにいかなる寄与をなしうるか を検討してみよう。このことは、 われわれが今日その問題提起の複雑性において、 どこでへl
ゲルを越えているかを 一 京 す も の に も な ろ う 。 実践的フィクションとしての回顧的答責性の理性能力志向的なへl
ゲルのモデルは、彼の他人の福祉のために法的 答責性を││たとえ非常に限定されたものであったとしても││認めたことことと同様に、 一九世紀以来の法学的帰理性普遍への帰属をするかしないかということに関する合目的性の決定についての ( 門 別 ) 考察は、機能的な、システム理論の影響を受けた今日の帰属論によって初めて取り上げられ、過去の所為に対する帰 ( 必 ) 属の法的に重要な対抗モデルとしての放しによる恩恵と複雑な文化的プロセスにおける鍵となる概念として政治的な 属論に重大な影響を与えてきた。 答責性を発見することは現在においても留保されたままである。従ってへ
l
ゲ ル の 帰 属 論 は 、 作 用 史 的 に ( 項 目 吋 } 自 ロ m m E m o m n E n y 己山岳)に重要でありまさに現代的であるように見える。 し か し 、 その問題認識において今日の状況と全く異なる点もある。私は、二つの問題領域を取り上げることにおい てこのことを明確にしたい。即ち、第一に﹁行為﹂において初めてそうなるのではなく、既に﹁所為﹂において見ら れるその構成的性格と、第二に集団的帰属の問題についてである。 ギュンタi
・ ヤl
コプスは、最近へl
ゲルを、その不法論には、﹁何が﹃外部的な出来事﹂を﹃所為﹂、 ( 印 ) 表出にするのかの説明﹂が欠けていると批判した。 即ち人格の へl
ゲルが所為と行為の区別の構成化的性格をテl
マにしていた が、不幸と所為の区別はテl
マにしてなったとの指摘は正しいものである。あるビアガーデンで木から落ちてきた枝 による負傷を不幸として済ますか、 その経営者に責任を取らすか、病院における患者の死を運命として説明するか、 医師の不作為によって説明するのかという問題は、行為結果に対する人聞の主観的関連のあらゆる検討の前に提起さ れる帰属問題である。 へl
ゲルがこれについて述べていないことには、次の二つの理由が考えられる。ボイラーが爆 発し、列車が脱線するようになって以来、 即ち一九世紀の後半において人間によって創られたが常に統制可能とは限 らない大規模危険が日常化して以来、以前に比べ明らかにそのような帰属問題が急を要するものとなった。しかしそ れは、同時に多くの管轄の競合関係の故に解決が困難なものとなり、 それ故、体系化的考察がますます必要とされる ようになったのである。さらにここで問題となる区別は、所為と行為との区別であることは極めて稀で、行為義務の第13巻 1号一一 48 ない不作為と行為義務を伴う不作為の区別であることが多く、 それ故、作為ではなく不作為が非難されるような領域 のみに妥当するのである。この区別はわれわれが、誰かがあることをするべきであったかどうか、誰かに義務が科さ れていたかどうか、法によって確定された管轄が存在していたかどうかを開うときに問題となるのである。 ( 日 ) このことは、その体系的取扱いがへ
l
ゲル以降初めて、一九世紀の三0
年代に法律学においてなされた問題である。 へl
ゲルは、全く簡単にこの問題について触れているのみであり、否定的な見解を採っている。即ちS
一 一 一 八 に お い て 彼は﹁したがって法的禁止のみが存在するのであって、法的命令の積極的形式は、 ( 位 ) が基礎になっている﹂と書いている。その際、 その究極的内容から言えば、禁止 へl
ゲルは、彼の手書きのメモがそれを明らかにしているように、先 ( 臼 ) 行行為、すなわち契約締結の観点からみて侵害禁止から生じる契約の履行の法命令を念頭においていた。これに対し て、緊急権の事例における所有権者の受忍義務は、唯一の彼によって受容された法命令である。 今日の法学用語で言えば、 民法における社会生活上の義務や刑法における保障人的義務のような社会的な管轄から 生じる法義務の体系的研究のこの完全な欠如から見れば へl
ゲルが運命と管轄から生じる答責性の限界について見 解を述べていないことは驚くに値しない。 今日の答責性ディスクl
スのさらなるアクチュアルなテl
マ 、 即ち国内法における、特に刑法的な種類の集団的な 答責性の問題については へl
ゲルは明確な見解表明をなしていない。国家聞の関係または全体しての国家の集団的 責任の問題については、ここでの考察の対象外とする。戦争と平和の領域、個人への補償給付や賠償給付におけるそ の国際法的な意義は へl
ゲル哲学の枠内におけるその意義については、特別の研究に値するテl
マ か も し れ な い 。 それに対してここで私が問題にするのは、例えば環境カタストロフィや製造物責任における刑法的な企業の答責性で ( 日 ) ある。そのような答責性を構成する方向での国際的潮流は、もはや押し止めることのできないものである。論拠には様々なものがある。即ち現代の企業における複雑な、あまりヒエラルキー的には構造化されていない諸関連は、さま ざまな部分的答責性の交錯とあいまって、通常の帰属基準によって個々の侵害結果にとって特殊な管轄を構成するこ とを殆ど不可能にし、証明の困難性が法的な介入が、 その構成上、個人的な答責性を挙げることができる場合ですら 妨げる要因となろう。そして現実に一旦ある個人が惹起された損害に対して有罪判決を受けた場合さえ、 その企業に 対する制裁は郵便口座から振り込まれ、発生した損害に十分に見合うものにはならないであろう。 へ
l
ゲル自身は 過 ー ぎ 九 な 世 い岳車己 O~ の 刑 法 的"
"
ゲ lレ 学 派 と 同 様 どこにも超個人的な集団の処罰を提案しておらず、 ただ若干言及しているに へl
ゲルは、いわゆる﹁法人﹂( B
O B
-日 聞 のF O
司q
g
ロ)にほんの数行触れているだけで、そこではその人格性 {白山) を﹁抽象的な﹂ものであるとしている(
5
二 七 九A
)
。 しかしながらこの論争のさらなる展開は、再びへl
ゲルに大きく接近する可能性を持っている。すなわち集団答責 性はそれ自体仮象問題に過ぎないとみなすことができるかどうかを問うことができ、 そのような種の答責性は団体構 成員のそれに還元され、その様な者に威嚇的な損失の大きい団体刑を科すことによって解決しようと試みられている ( 閉 山 ) のである。﹁ある制度から利益を得る者は、リスクも担わなければならない﹂とのモットーに従って支払いを求められ るべきだとされ、このことは通常の答責性のルールでは認められない場合でさえ、まさに認められるのである。しか し な が ら 、 へl
ゲルが5
一一六において所有権者は主観的な帰属可能性には依存せずに、その所有権に由来する危険 について責任を負うとしていることを思い出せば、ある制度から利益を得る者が損害に対する最終的な答責性を担う という思想は へl
ゲルにとってそれほど異質のものではないということわかる。しかしへl
ゲルが、経済的に補償 することができる者、最も良くそれを保証できる者が、損害を負担すべきだとする現代の民法における補充的な理由 ( 時 ) づけを承認したかどうか、そしてそのような論拠が刑法内部で認められるかどうかという聞いに肯定的に答えるかど第13巻 1号一一 50 うは疑わしい。これらは経済的な考慮であり、 そこにおいてはへ
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ゲルによっても承認されている危殆化責任とは異 なり、功利主義的計算か連帯性感情が基準となる。 上述の社会的管轄からの法義務および集団に媒介された損害答責性に共通なものは何かを問うならば、第一に回顧 的な答責性概念からの議離が挙げられる。しかしそれを超えて展望的な答責性も、もはや将来に関連した義務が非難 可能な先行行為または過去における明示的な自己義務づけから演縛されるものに限られなくなってきた。そのように 見ると過失原理からの議離または││へl
ゲルの﹁道徳性﹂に関連させて言えばi
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答責性の﹁脱道徳化﹂が生じて い ヲ hv。
さてわれわれはへl
ゲルにおいても答責性帰属のそのような脱道徳化が、市民社会においてはその帰属の決定を合 目的性考慮に依存させ、﹁恩恵﹂においては帰属の取り下げを許していたというかたちで、生じているのを見てきた。 しかしどちらの場合も合目的性と放しという思想は、 帰属の限定のために用いられているのであって、 その基礎づけ または拡張のために用いられているのではない。後者、 即ち過失原理を超えた拡張は、 へl
ゲルにおいては彼の危殆 化責任の擁護において見られる。しかしその体系的な地位は、以下ですぐに述べるように、﹁道徳性﹂よりも﹁人倫﹂ に住置づけられるべきであったのである。V
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答貢性と﹁社会的コンフリクト﹂ しかしこの﹁人倫﹂における答責性の帰属の変更は、﹁道徳性﹂における﹁答責性﹂と比較して何を意味しているの であろうか。われわれはこれまで二つのことを確認できたに過ぎない。即ち、﹁人倫﹂のレベルでは合目的性と放しに よって負責帰属が修正されうるということと、そこでは答責性の帰属は帰属行為(
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として視野に入ってくるということである。これらの事情が一緒になって、何が共通の基礎であるのかがわかる。帰属行為の考察は それが社会的行為であることをはっきりさせ、社会の強度または君主によってなかったことにすることという観点に おける上述の脱道徳化は、﹁人倫﹂における答責の帰属は﹁道徳性﹂における帰属と違って、社会的全体文脈をも共に テーマ化していることを示している。 この社会的全体文脈は、帰属を狭い範囲に止めることを排除し、すべての因果的行為が因果的な諸行為の全体とし ての関連の中に埋め込まれていること、あらゆる行為義務が他の行為義務と競合することを見ざるをえなくする。個々 の意思への行為または不作為結果の帰属は、他の意思の関与、 即ちその制度的な性格の故にへ!ゲルにとっては﹁人 倫﹂の制度レベルで初めて語られうる関与から抽象化される。しかしこの﹁人倫﹂においては、人間の行為が、例え ( 的 ) その利益を十分に考慮していない﹁市民社会﹂への参加可能性の欠陥によって影響された、典型的な下層 ば 個 人 の 、 へ
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ゲルが挙げているよ( ω )
うに、社会が悪を﹁それ自体として認識し﹂、それを﹁放しまたはその所為をなかったことにする﹂ことができるかど 犯罪かどうかを考慮することができ、 むしろ考慮されなければならない。ここにおいては、 、 7 か 、 できるとすればどの範囲においてかをテl
マ化することが許されるだけではなく不可欠である。制度的な人倫 の観点のもとでは、﹁道徳性﹂のレベルにおいてはある人格の単独の答責性が認められる行為が﹁社会的コンフリクト﹂ に突然変異するのである。このことは両者は当然構成であるが、その両者とも相対的な法をもっているということが 一 不 さ れ る 。 私 は へl
ゲルにおける答責性の帰属の最初の概観をこれだけに止めようと思う。今一度結論を要約すると、次のよ 7 になる。即ち へi
ゲルは理性普遍を仮定することの実践的な必要性を指示することによって、まず第一に、古典 的な回顧的帰属を含めたあらゆる帰属の構成的性格を明らかにした。しかし彼は同時に生命の危険がある事例と、 お第13巻1号一一 52 そらくより重要なのは、複雑な社会的関係において、﹁政治的答責性﹂に関して、展望的な法的答責性への道を拓いた。 さらに彼の帰属論の最も重要な要素は、道徳性の部分における単に行為理論的な帰属の明示的な問題化へと導く﹁人 倫﹂の補充的な考察レベルである。そこでは﹁市民社会﹂における制度的な合目的性の観点と﹁国家﹂における君主 の恩恵による帰属の取り下げの観点の下で考察がなされる。すべての領域をカバーするような組織的管轄からの答責 性のモデルは いまだ欠けているが、これについてもへ
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ゲルは危殆化責任について一つの論拠を示唆しているよう にみえる。これらすべての個々の要素は、歴史的に遡及可能であり、 それ自体全く新しいものはない。例えば発展し た社会における謙抑的な帰属の診断は新しいものではないし、 君主の恩恵もましてそうである。彼の法哲学の枠内に おける体系的な位置づけによって初めてこれらの要素は全く新たな関連に置かれ、今日の議論状況へ通じる道が拓か れたのである。答責性の帰属について へl
ゲル哲学は、中世の神学における帰属の主観化やプl
フエンドルフにお ける古典的・回顧的な諸帰属の体系化と同様に エポックメーキングなものなのである。 ( 1 ) こ の 両 観 点 に 関 す る 概 念 史 に つ い て は 、 同 ミ ミ 凶 ミ ミ F 巴 R r R B の g 円E n F R 己 R E R r E 枠 内 同 巾 ﹃ ︿ 巾 門 同 三 者 22 口 問 w 古 一 母 3 ・ ( Z B 問 -Y ︿ 巾 SR 君 。 ユ ロ ロ m p・ 山 口 N S C 仏 巾 門 司 司 O E m g γ U R 5 2 白 色 同 巴 由 ? ω ・ω 門 戸 N 品 町 内 ( 2 ) こ の 円 B 官 同 国 巴 C 論の展開については︾ R F 凡 さ 同 3 雪 F R O E 巾E r z z 邑 田 己 民 R C 丘 g 己 H n Z N ロ 吋 巾 n y ロ ロ ロ 問 σ 巾 回 目 ν 民 巾 足 。 広 N R。
g n F W F H 巾 ロ E N R F e E g m 仏 巾 ﹃ 盟 問 片 品 円 巾 ロ N 4 0 口 出 n z o -ず 巾 5 5 印 巾 ロ E R Z o -σ 巾 円 白 山 口 n E m p N問 看 甲 町 ( H S S ・ g H W M 門 ミ 4 匂 同 町 内 苦 N b s一 誌 、 の 白 巾 冨 口 。 司 口 同 ロ 岡 山 巾 コ ロ ロ 仏 門 出 巾 同 v g 句 。 ﹃ E C 口 同 ロ 仲 間 門 ︿ Oロ ω 可 田 町 丹 田 門 戸 口 広 ω 可 担 問 巾 w H B 甘 口 同 白 丘 C ロ 己 ロ 仏 3 1 悶 4 巾 ロ 件 目 。 ロ 日 ロ 門 同 巾 円 ω 可 担 問 吋 巾 門 町 門 的 歪 ] C 印 告 げ { 白 色R
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日 台 ・ ( 3 ) こ れ に つ い て は F H m 喜 前 掲 注 ( 1 ) 、 包 民 一- 3
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尽 き ﹃ 門 吉 岡 山 口 宮 目 立 Z E E -z z z g 司 円 O N 巾 印 印 g w 司 25 日 間 ¥ 守 内 ロ ロ n F 昂 ロ ] { 由 也 ∞ ・ ω 出 ω 町 一 戸 H N ] 戸 ﹃ 同 ・ ( 4 ) 前掲注 ( 1 ) お よ び ( 3 ) で あ げ た 著 者 と 並 ん で 、 む な 号 、 尽 き 宮 内 P R 、 吋 ロ ロ ロ E C E R g g 巾 P ω Z H 仲 間 同 ス 忌 甲 印 γ ﹄ 可 巴 丘 、 h N 昌 た おHarm to Others , New York/Oxford 1984; Go ゆた d Seebas , Handlungstheoretische Aspekte der Fahrlassigkeit , in: Jahr-buch f Ur Recht und E 出 ik 2 (1994) , 375 任総監。 (凹) Eberhard Schmidt , Einf Uh rung in die Geschichte der deutschen Strafrechtspflege , 2. Aufl. 1951 , S. 283 任以 ~:b (l露軍事会 J 総監。 (坦) Volker Ge rhardt , Die Gr ・ ose Hegels , in: Merkur 602 (1999) , 53 1ff, 538. (t-) リ ~U やニ νti~ 鰻富。 (∞) やヰヰ ti' 諸手 U r(4 再三年(Jヰヰ -\.l ~V ~Ul<111 叶_lJ制 l悔仰~いニ-\.l。 (∞) (ート会~ rお~知併陣要 (Grund Ii nien der Philosophie des Rechts) J ti けりゃ ti' IIt ing 長~ Ge org W ilhe 加 Hegel , Vorlesungen uber Rechtsphilosophie 1818-1831 , 2. Band: "Rechtsphilosophie “ von 1820 , Stuttgart-Bad Cannstatt 1974 -R "";U:;慣が時。忽 1 1 ギ, 1 1 <~I ト 4ヤ1\-"・ ti' (ートーとな昨輸相 J~ 、九時 J_lJ "';:>U S.412ff. U 探縦約 ~ν ニ時。 (ヨ) Hegelj ii; 理組(∞)' S.434 丘 (口) Hegelj ii;~ 利(∞)' S.466 丘 (出) Hegelj 霊卑:国(∞)' Anrnerkung zu H15 , S.410. (ロ) Hegelj ii; 理組(∞)' S.412. (ヨ) Karl La renz , Hegels Zurechnungslehre und der Begriff der objektiven Zurechnung , Leipzig 1927 , S. 56. (白) Hegel 糧思組(∞)' S.416. (~) Hegelj ii; 理組(∞)' S.438 (口) Hege l1ii;~ 剥(∞)' S.466 任, 472: r潟事!I:~r( 4~ 起心掛 E用g:-<怨 U~(' ν' 回総 ti' 庭面持~潟 4ミヘl:'...絵 f否定~~雲閣_lJ,州軍事 U í'ニ ν 設や~終組合 j重量-m~I'(l O
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