中性子の減速におけるエネルギー損失の平均値
1 2020/7/7 千葉 豪 エネルギー E0の中性子が原子核と弾性散乱したあとに、E から E + dE のエネルギーになる確率 P (E)dE は以下の式で記述される。 P (E)dE = dE (1− α)E0 (1) ここで α は、中性子の質量を m、衝突した原子核の質量を M とし、A = M/m としたとき、 α = ( A− 1 A + 1 )2 (2) で定義されるパラメータである。式 (1) の意味するところは、「エネルギー E0で弾性散乱した中性子は、エ ネルギー区間 [αE0, E0]のあるエネルギーに等確率でなりうる」という、極めて簡単なものである。 以降では、簡単のため、中性子と軽水素との弾性散乱のみを考えることとする。この場合、M = m とな るため、α = 0 となり、弾性散乱により、中性子は完全にそのエネルギーを失う場合もある、ということに なる。 「軽水素との一回の衝突で、中性子は平均的にどの程度エネルギーを失うか」という問いに対して(著 者も含めて)多くの人が「半分」と答えるであろう。このように考えると、例えば 3 回の衝突では 1/2 の 3 乗ということで、大体 8 分の 1 くらいまでエネルギーが小さくなるということになる。また、1MeV の中 性子が 1eV に減速されるまでに必要な平均衝突回数は 20 程度と計算される。 しかしこれは間違いで、本来はもっと少ない回数で減速が行われることになる。 この点についてはどの炉物理の教科書にも詳細に記述してあるが、分かりやすい解説としては文献 [1] の ものが挙げられる。この文献の記述を参考にして説明しよう。例えば、I 回の弾性散乱を行うものとして、 i回目の散乱で中性子エネルギーが βi倍となるとしよう。ここで、0≤ βi≤ 1 である。さて、I 回の弾性散 乱後の中性子エネルギーは β1β2· · · βI倍となるわけだが、この散乱一回あたりの平均のエネルギー変化を ¯ βとするならば、 ¯βは以下の式で決められることになるであろう。 ¯ βI = β1β2· · · βI (3) 従って、 ¯βは ¯ β =I √β1β2· · · βI (4) と定義される。つまり、平均のエネルギー変化は、単純平均ではなく幾何平均で考えるべきである、という ことを示している。平均のエネルギー変化を 1/2 とするのは単純平均であって、これを用いるべきではな いということになる。式 (4) の両辺の対数をとることにより、以下の式を得る。 ln ¯β = I ∑ i=1 ln βi I (5) この式は、幾何平均に基づく散乱後の中性子の平均エネルギーとしては、エネルギーの対数についての平 均を考えるべきことを示している。つまり、散乱後の平均エネルギー ¯Eは以下の式で計算されるべきとい うことになる。 ln ¯E = ∫ E0 0 ln EP (E)dE = ∫ E0 0 ln E E0 dE = ln E0− 1 = ln ( E0 e ) (6) 従って、一回の衝突で中性子エネルギーは平均的に 1/e 倍となる、ということが言える。 さて、中性子の軽水素との衝突による減速過程について、もう少し詳細に考えてみよう。 1/Document/Fundamental/AveEnergySlowingDownここでは中性子エネルギーの損失割合を考えるので、簡単のため初期エネルギーを 1 として考えること とする。
はじめに、i 回の弾性散乱後の中性子エネルギーの確率密度分布 Pi(E)について考えよう。i = 1 につい ては、初期エネルギーを 1 としているので P1(E) = 1が得られる。また、P2(E)については以下のように 得られる。 P2(E) = ∫ 1 E P1(E′)P2(E′→ E)dE′= ∫ 1 E dE′ E′ = [ln E ′]1 E=− ln E (7) なお、Pi(E′ → E) は i 回目の弾性散乱においてエネルギー E′の中性子がエネルギー E に減速される確率 密度を示す。さて、ここで Pi(E) = γi(ln E)i−1と書けるとしよう。このとき、 Pi+1(E) = ∫ 1 E Pi(E′)Pi+1(E′ → E)dE′ = ∫ 1 E γi (ln E′)i−1 E′ dE ′ = γi [ 1 i (ln E ′)i]1 E =−γi i (ln E) i =−1 i(ln E) Pi(E) (8) と書けることから、Pi(E)は以下のように書ける。 Pi(E) = i−1 ∏ j=1 ( −1 j ) (ln E)i−1 (9) では、ここで得られた Pi(E)を用いて、i 回の散乱後の中性子エネルギーの(単純)平均値 ¯Eiを求めよ う。 ¯Eiは以下のように記述できる。なお、以降では積分範囲の記述は省略する。 ¯ Ei = ∫ E i−1 ∏ j=1 ( −1 j ) (ln E)i−1dE = i∏−1 j=1 ( −1 j ) {[ 1 2E 2(ln E)i−1 ] − ∫ 1 2E 2(i− 1) (ln E)i−2 1 EdE } = i∏−1 j=1 ( −1 j ) ( −i− 1 2 ∫ E (ln E)i−2dE ) = i∏−2 j=1 ( −1 j ) ( 1 2 ∫ E (ln E)i−2dE ) =1 2 ¯ Ei−1 (10) ¯ E1は明らかに 1/2 であるので、 ¯ Ei= ( 1 2 )i (11) が得られる。 次に、I 回の散乱後の中性子エネルギーから、各回のエネルギーの変化割合 ∆ ¯EIを求めよう。エネルギー 1の中性子が散乱後にエネルギー E になったので、散乱 1 回あたりにエネルギーが E1/I倍になっていると 考えればよい。∆ ¯EI は以下で定義される。 ∆ ¯EI = ∫
さて、この式を以下のように変形する。 ∆ ¯EI = ∫ E1/I I∏−1 j=1 ( −1 j ) (ln E)I−1dE = I∏−1 j=1 ( −1 j ) ∫ E1/I(ln E)I−1dE = I∏−1 j=1 ( −1 j ) {[ I I + 1E (I+1)/I(ln E)I−1 ] − ∫ I I + 1E (I+1)/I(I− 1) (ln E)I−2 1 EdE } = I∏−1 j=1 ( −1 j ) ( − I I + 1(I− 1) ) ∫ E1/I(ln E)I−2dE = I∏−2 j=1 ( −1 j ) ( I I + 1 ) ∫ E1/I(ln E)I−2dE (13) ここで、 ∫ E1/I(ln E)jdE = [ I I + 1E (I+1)/I(ln E)j ] − ∫ I I + 1E (I+1)/Ij (ln E)j−1 1 EdE = − I I + 1· j ∫ E1/I(ln E)j−1dE (14) となることから、 ∆ ¯EI = ( I I + 1 )I (15) が得られる。 I→ ∞ の極限をとった場合には以下となる。 lim I→∞∆ ¯EI = limI→∞ ( I I + 1 )I = lim I→∞ ( 1 1 + 1/I )I = 1 limI→∞ ( 1 +1 I )I = 1 e (16) つまり、衝突回数が大きくなった場合には、中性子と軽水素との一回の弾性散乱において、平均的にエネル ギーが 1/e 倍となることが分かる。Fig. 1 に、中性子が軽水素と有限回数弾性散乱したときの、散乱1回 あたりに失なわれる中性子エネルギー相対値の平均を示す。1 回のみの衝突では平均は当然 0.5 となるが、 回数が大きくなるにつれて 1/e に漸近していく様子が分かる。 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 5 10 15 20 25 30
Average relative loss energy per one collision
Number of total collisions
Fig. 1: Average loss energy of neutron per one elastic scattering with hydrogen-1
以上では、軽水素との弾性散乱を考えたが、質量数が 2 以上の原子核との散乱の場合、i 回の弾性散乱後 の中性子エネルギーの確率密度分布 Pi(E)はどう計算されるだろうか?
この場合、E′から E に散乱される確率密度 P (E′→ E) は P (E′ → E) = 1 (1− α)E′ (α < E < 1) 0 (0 < E < α) (17) と与えられる。このように、確率密度がエネルギーの範囲に応じて変わることが Pi(E)の導出を困難にする。 以下では、中性子の初期エネルギーを 1 として、Pi(E)について考える。 P1(E)については以下のように与えられる。 P1(E) = 1 (1− α) (α < E < 1) 0 (0 < E < α) (18) P2(E)dEは以下のように書ける。 P2(E)dE = ∫ 1 E P1(E′)dE′P2(E′→ E)dE = ∫ 1 E P1(E′)dE′ dE (1− α)E′ = dE 1− α ∫ 1 E P1(E′) E′ dE ′ (19) P1(E)が式 (18) に示されているようにエネルギー領域によって異なることから、この積分は場合分けで計 算する必要がある。α < E < 1 であれば、積分区間で P1(E)は同一の式となるので、 P2(E)dE = dE 1− α ∫ 1 E P1(E′) E′ dE ′= dE 1− α ∫ 1 E 1 (1− α)E′dE ′=− dE (1− α)2ln E (20) となる。一方、α2< E < αであれば、 P2(E)dE = dE 1− α ∫ 1 α 1 (1− α)E′dE ′ =− dE (1− α)2ln α (21) となる。以上を整理すると、P2(E)は以下のように書ける。 P2(E) = −1 (1− α)2ln E (α < E < 1) −1 (1− α)2ln α (α 2< E < α) 0 (0 < E < α2) (22)
この例のように、i が大きくなるに従い、Pi(E)の定義範囲の数は大きくなることが考えられ、Pi(E)を導 出することは容易ではないことが想像される。 なお、中性子の減速に関しては、1983 年、斎藤慶一氏が日本原子力学会誌の「私のノートから」の欄に 「中性子減速の数学モデル」と題したメモを寄稿している [2]。このメモでは、中性子と軽水素との弾性散乱 反応に関して、レサジー u における衝突回数 nuの確率分布と n 回の衝突後のレサジー unの確率密度関数 を考え、両者の平均がそれぞれ ⟨nu⟩ = u, (23) ⟨un⟩ = n, (24) と与えられる一方、エネルギー E における衝突回数 nEの確率分布と n 回の衝突後のエネルギー Enの確 率密度関数の平均はそれぞれ ⟨nE⟩ = ln (E0/E) , (25) ⟨En⟩ = E0/2n, (26)
と与えられるため、⟨un⟩ ̸= ln (E0/⟨En⟩) となり、「衝突ごとに平均エネルギーは何倍になるか、という設 問(説明)にあいまいさが生じ、1/2 か 1/e かということになる」という記述があり、古くから議論されて いる内容であることが分かる。また、文献 [3] も同様の内容に関するものである(が、筆者はまだ読解でき ていない)。 本件に関して、有益なメモを作成してくれた平成 29 年度「原子炉物理」受講者である稲垣慶修君に深く 感謝します。