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新漢語成立史の研究

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新漢語成立史の研究

著者

張 春陽

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第18975号

(2)

博士論文(要約)

新漢語成立史の研究

東北大学大学院文学研究科 言語科学専攻 国語学専攻分野 張春陽 本論は、新漢語の成立、特に、従来の新漢語研究において十分に明らかにされてこな かった具象概念を表す新漢語はどのように発生し、広がり定着したかを明らかにするも のである。それにあたっては、具象概念を表す新漢語の成立においてどのような資料が 有用であるかということについても検討加えていく。本論は以下に示す6 部、全 13 章 からなる。 第1 部 序論 第1 章 新漢語とは 第2 章 新漢語の研究史概観 第3 章 新漢語研究における課題と本論の目的 第2 部 具象概念を表す新漢語研究の資料 第4 章 幕末・明治初期の遣外使節団員の手による西洋見聞録類 第5 章 西洋近代文明の導入に関わる公的記録類 第3 部 西洋文明利器の受容と具象概念を表す新漢語の成立 第6 章 新漢語「蒸気機関」の成立 第7 章 新漢語「電信機」の成立 第4 部 近代都市建設と具象概念を表す新漢語の成立 第8 章 新漢語「煉瓦」の成立 第9 章 新漢語「灯台」の成立 第10 章 新漢語「水道」の成立 第5 部 具象概念を表す新漢語の成立における西洋見聞録類資料及び 公的記録類資料の位置づけ 第11 章 具象概念を表す新漢語の成立における西洋見聞録類資料の位置づけ 第12 章 具象概念を表す新漢語の成立における公的記録類資料の位置づけ 第6 部 結論 第13 章 本論のまとめと意義

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以下、各章の要旨を示す。

1 部 序論

第1 章 新漢語とは 漢字文化圏の近代語彙体系における顕著な言語現象の1つとして、西洋からの新しい 概念を取り入れたるために登場した新漢語が挙げられる。これまで、その新漢語に関す る研究が盛んに行われ、多大な研究成果が蓄積されている。しかしながら、新漢語の定 義・時期・分類については、各研究者間で、必ずしも一致するわけではない。また、新 漢語の定義・時期・分類を決めることによって、その発生、展開、定着という成立のプ ロセスをより明確に捉えられるということもある。そこで、本論では従来の説を概観し 整理した。その上で、本論では、新漢語の定義・時期・分類について、以下のように捉 える。 ① 新漢語の定義 本論では、新漢語を漢字文化圏共通の言語現象と看做し、次のように定義した。 新漢語とは、「従来の漢字文化圏にない西洋の近代文明を導入するために使われてい る漢語を指すものである」と定義する。 ② 新漢語の時期 中国語における新漢語の形成時期は 16 世紀末からである。日本語における新漢語の 形成時期は 18 世紀後半からである。本論では新漢語の形成時期について、その形成は より早い中国側に従い、すなわち、16 世紀末からと定める。 ③ 新漢語の分類 本論では、造語法・訳語法という観点から、新漢語を次のように分類する。 (A) 新造語 (a) 日本製新漢語 ①借用語 ②非借用語 (b) 中国製新漢語 ③借用語 ④非借用語 (B) 転用語 (c) 日本における転用語 ①借用語 ②非借用語

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(d) 中国における転用語 ③借用語 ④非借用語 第2 章 新漢語の研究史概観 新漢語の使用・増加は近代における漢字文化圏の最も顕著な言語現象の1 つであるた め、それを対象とする研究は盛んに行われている。特に、日本においては、国語学が発 達している環境に恵まれ、日本人研究者のみならず中国人や韓国人研究者も参画してお り、多くの研究成果が出されている。また、日本における新漢語の研究成果は次に示し ている5 つの方向をめぐって、進められている。 A. 訳語の訳語法・造語法についての研究 この種の研究は、外来の新概念を導入するにあたって、どのような語がどのような形 で使われたかという新漢語の訳語法の視点及び近代の短期間において、なぜ大量の新漢 語を造出することが可能であったかを究明するという、新漢語の生産性の視点をめぐっ て、進められてきた研究を指す。前者には、山田孝雄(1940)・飛田良文(1992)らの 研究がある。後者には、森岡健二(1969)・鈴木英夫(1978)らの研究がある。 B. 翻訳書における新漢語についての研究 この種の研究は、翻訳(ここで述べた翻訳とは、江戸期の蘭学者や幕末・明治期の洋 学者・啓蒙学者などによって西洋の書物が日本語に翻訳されたことを指す)によって成 立した書物に見られる語彙を全体的に考察し、新漢語として認定できる語がどのような ものがあるかを究明することを目的とする研究を指す。このような研究には、佐藤喜代 治(1971)・松井利彦(1979)・佐藤亨(1992)らの研究がある。 C. 日中における新漢語の影響関係についての研究 この種の研究は、中国語が日本語へ影響を与えたという視点及び日本語から中国語へ の逆輸入という視点をめぐって、進められてきた研究を指す。前者には、松井利彦 (1983)・佐藤亨(1983)らの研究がある。後者には、沈国威(1994)・陳力衛(2001) らの研究がある。 D. 特定の分野についての研究 この種の研究は、ある特定の分野に関する新漢語の成立を明らかにすることを目的と する研究を指す。このような研究には、荒川清秀(1997)・朱京偉(2003)・孫建軍(2015) らの研究がある。 E. 個別語の語史(語誌)についての研究 この種の研究は、近代の多種多様な文献資料を精査することを通して、個別語である

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新漢語がどのように発生し、広がり定着していったかを明らかにすることを目的とする 研究を指す。このような研究には、広田栄太郎(1969)・鈴木修次(1981)・木村秀次(2013) らの研究がある。 第3 章 新漢語研究における課題と本論の目的 ・ 新漢語研究における課題 これまでの新漢語研究が様々な視点から行われ、数多くの研究成果が蓄積されている と同時に、課題も多く残されている。本章では、新漢語の成立問題を中心とする研究で あり、そこに残された課題を次の観点から分析する。 (一) 翻訳による文献資料に見られる訳語に注目する傾向が強い 漢字文化圏における西洋近代文明を導入する重要なルートの1つとして、西洋の書物 を翻訳することが挙げられる。このような西洋の書物の翻訳を通して、従来の漢字文化 圏に存在していない西洋の新概念を表すための新漢語は数多く登場した。そこで、従来 の新漢語の成立問題に関わる研究はこれらの翻訳による文献資料に見られる訳語に注 目して行われてきた。しかしながら、新漢語は西洋の近代文明を取り入れることによっ て齎されたものであるため、その成立は西洋近代文明の導入に深く関連する。特に、西 洋近代文明を導入するための重要なルートである人的交流及び具象物の導入も、新漢語 を成立させるルートとして、考察すべきではないかと考えられる。 (二) 調査資料の画一化 これまでの新漢語研究において、翻訳によって成立した対訳辞書と翻訳書という類の 資料が多く注目された。しかしながら、近世末〜近代の日本においては、対訳辞書や翻 訳書のような翻訳によって成立したもの以外に、西洋の近代文明を導入するルートとし ての具象物の導入及び人的交流によって成立した資料も存在する。例えば、具象物の導 入に関わる資料としては、政府の公的記録類資料が挙げられる。人的交流に関わる資料 として、西洋新文明と直接に接触する幕末・明治期の遣外使節団員の手による西洋見聞 録類資料が挙げられる。これらの資料は西洋の近代文明の導入と直接関連するため、新 漢語が使われている可能性が高い資料であると考えられる。したがって、これらの資料 も調査すべきではないかと考えられる。 (三) 研究対象語の偏り これまでの新漢語研究における個別語史(語誌)研究においては、蘭学の著訳書に多 く見られる自然科学を表す抽象概念である新漢語及び幕末・明治期の翻訳書に多く見ら れる人文科学を表す抽象概念である新漢語を中心にして、行われてきた。しかしながら、 新漢語には、翻訳によって成り立った抽象概念である語以外に、具象物の導入に伴い成

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り立った具象概念である語も数多く存在する。したがって、そのような語も新漢語の成 立問題における研究対象として詳細に捉えるべきではないか。 ・ 本論の目的 上で述べた課題を踏まえて、本論では、新漢語の成立問題をめぐって、以下の点を明 らかにする。 第1、 新漢語の成立に関わる資料を系統的に整理し、特に、翻訳によって成立した 文献資料とは異なり、これまでの新漢語研究にあまり使われてこなかった具 象物の導入及び人的交流によって成立した、政府の公的記録類資料及び西洋 新文明と直接に接触した幕末・明治期の遣外使節団員の手による西洋見聞録 類資料を詳しく整理した上で、そのような資料において、どのような新漢語 が見られるかを明らかにする。 第2、 これまでの新漢語研究における個別語の語史研究で十分に検討されてこなか った具象概念を表す個別語である新漢語を取り上げ、それがどのように発生 し、広がり、定着したかという成立プロセスを明らかにする。 第3、 抽象概念を表す新漢語の成立は翻訳によって成立した文献資料が有用である のに対して、具象概念を表す新漢語の成立に、どのような資料が、具体的に どのように有用であるかを明らかにする。

2 部 具象概念を表す新漢語研究の資料

第4 章 幕末・明治初期の遣外使節団員の手による西洋見聞録類 新漢語の成立を考察するにあたって、まず、考えなければいけないのは資料について である。近代の資料は多様であり、量的にも極めて膨大である。研究遂行上、すべて調 査とするのは不可能に近い。また、研究対象によって、有用である資料は一様でないと いう点も含めて、具象概念を表す新漢語の成立を考察する前に、従来の新漢語研究にお ける資料の整理及びこれまでの新漢語研究で利用されている資料を概観した上で、本論 の目的に合う新漢語研究資料の分類を行う必要がある。本章の考察から、新漢語研究の 資料を次のように分類できる。 (Ⅰ)中国側の資料 ア.西洋人宣教師の手による資料 A. 耶蘇会関係の資料群 B. 新教宣教師の資料群 イ.中国人の手による書物 C. 世界事情・地理の書物

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D. 外国記録類 E. 日清戦争後の資料 (Ⅱ)日本側の資料 ウ.蘭学関係資料 エ.幕末・明治期の資料 F. 公的記録類 (a) 幕府によるもの (b) 明治政府によるもの G. 西洋見聞録類 (a) 遣外使節団員のような公的渡航者の手によるもの (b) 民間の密航者のような私的渡航者の手によるもの H. 啓蒙学者や知識人の手による英学を中心とする翻訳類 (a) 対訳辞書 (b) 翻訳書 (c) 専門用語集 I. 文明開化の宣伝を目指す手による定期刊行物類 (a) 新聞 (b) 雑誌 この分類における日本側の資料のうち、F.公的記録類と G.西洋見聞録類が、具象概念 を表す新漢語の成立過程を明らかにする際に有用であることが想定できる。 そのうち、幕末・明治初期の遣外使節団員の手による西洋見聞録類資料としては、本 章では、成立時期が早いこと及び現時点で資料が整備されていることから、幕末の万延 元(1860)年遣米使節団員と文久二(1862)年遣欧使節団員、明治初期の岩倉使節団 (1871-73 年)員の手による記録類資料を取り上げる。その中に、まず、万延元年遣米 使節団員の手による資料として、総計23 点が見られ、そして、文久二年遣欧使節団員 の手による資料として、総計6 点が見られ、くわえて、岩倉使節団の資料として、1 点 が見られることを確認した。 そして、これらの遣外使節団員の手による西洋見聞録類資料は、記述の年月日が明確 であり、記述された内容が自然環境から人文社会の状況に至るまで多岐に亘っている。 特に、西洋の現地で見聞した従来の日本に存在していない西洋の器械類や施設類などの 新文物(具象物)に関する記述が多く詳細である。当然、これらの記録において、西洋 の新文物(具象物)を表す用語も多く見られる。 また、遣外使節団員たちは、当時の日本に存在していない西洋の新文物(具象物)の

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名称を与えた際に、多くの新漢語を用いた。例えば、西洋の軽気球を記述した際には「風 船」を用いた。西洋のポンプを記述した際には「吸水筒」を用いた。鉄道を記述した際 には「鉄路」を用いた。博物館を記述した際には「器械局」「諸国物品館」を用いた。 これらの遣外使節団員の記録では、具象概念を表す新漢語の初期の使用例が確認できる と同時に、その定着までの様々な試みも確認できる。 第5 章 西洋近代文明の導入に関わる公的記録類 具象概念を表す新漢語の研究資料として有用であると想定できるものとしては、西洋 近代文明の導入に関わる公的記録類資料も挙げられる。 現在、西洋近代文明の導入に関わる公的記録類を収録した資料集やデータベースなど が多く公刊または公開されている。その代表的なものとして、例えば、幕末の外交文書 類の資料集である『通信全覧』、政令・法令記録類の資料集である『幕末御触書集成』、 データベース類である『国立公文書館デジタルアーカイブ』などがある。 そして、これらの公的記録類資料、例えば、幕末の外交文書類には、当時の日本の様々 な西洋文化に対する認識及びその移入事情が記されている。政令・法令類資料には、日 本における西洋文明の導入に関わる諸施策や規則などが記されている。これらの資料に は、特に、政府によって導入された西洋の実用的な器具類や近代都市の施設・設備など に関する内容が多く見られるため、西洋の新文物(具象物)を表す用語も多く見られる。 また、これらの公的記録類資料においては、西洋の実用的な器具類や近代都市の施 設・設備が記録された際に、多くの新漢語が用いられている。例えば、発電機を表す際 には「電気機器」が用いられた。蒸気機関車を表す際には「蒸気車」が用いられた。図 書館を表す際には「書籍館」が用いられた。 さらに、これらの公的記録類資料は、中央・地方の行政機関の職務遂行上の特定の出 来事を受けて作成された資料である。そのため、新漢語研究の資料として利用する場合、 語が表す西洋の新文物の受容史を通して、近代の膨大な言語資料から新漢語の成立に関 連するものを蒐集することができる。同時に、政府の主導で導入された特定の分野にお ける具象概念を表す新漢語の使用も確認できる。

3 部 西洋文明利器の受容と具象概念を表す新漢語の成立

第6 章 新漢語「蒸気機関」の成立 具象概念を表す新漢語には、近代の西洋の実用的な機械・器具類など、西洋文明の利 器(具象物)の受容に伴い、生み出されたものが多い。例えば、steam engine を表す新 漢語「蒸気機関」が挙げられる。

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steam engine に関する情報をより早く受容した中国側においては、それを表す用語と して、「火蒸機」「水気之機」「汽機」などの語が用いられた。対して、「蒸気機関」の使 用は見られず、この点から「蒸気機関」という語は和製漢語と考えられる。そして、そ れまでの日本に存在していなかった蒸気機関はアヘン戦争以降、蒸気船と共に初めて輸 入された。それに伴い、1849 年の薩摩藩と佐賀藩の蘭学の翻訳書にそれぞれ蒸気機関 を指す「水蒸機盤」「蒸気機」が用いられた。また、1853 年のペリー(アメリカ合衆国 東印度艦隊の代将であるマシュー・ペリー)来航をきっかけに幕府はオランダから蒸気 軍艦を購入し、洋式軍艦の建造に着手した。この段階においては、steam engine を「蒸 気仕掛け」「機械蒸気」などを以て表した。 「蒸気機関」という語は、幕府の海軍行政部署の用語として、長崎海軍伝習所で伝習 生たちを教授する規則である「海軍教授所規則」(1857 年)という御触書に見られるの が初出である。さらに、1860 年代に入り、幕府は万延元(1860)年遣米使節団と文久 二(1862)年遣欧使節団を派遣したが、この 2 回の遣外使節団員は西洋の現地に赴いて 蒸気機関を多く見聞した。その記録として残された日記には「蒸気機関」という語が多 く見られ、その使用は次第に遣外使節団というグループにも広がっていった。また、1860 年代後半には、西洋の文化を紹介する翻訳文献にもsteam engine を表す「蒸気機関」の 使用が見られるようになり、「蒸気機関」の使用は幕府の海軍や遣外使節団から知識人 階層まで拡大していたことがわかる。1870 年代に入ると、steam engine が用いられる分 野が蒸気船から蒸気機関車や近代洋式工場へ拡大したことに伴い、「蒸気機関」は新聞・ 学校用教科書・国語辞書などの多様な資料に使われるようになった。そして、1880 年 代には、ほぼ「蒸気機関」が定訳になった。 第7 章 新漢語「電信機」の成立 同様に、西洋文明の利器(具象物)の受容に伴い、生み出された具象概念を表す新漢 語としては、(electrical)telegraph を表す「電信機」も挙げられる。 中国側においては、(electrical)telegraph に関する情報を受容させた西洋人宣教師の 手によって成立した文献資料には、それを表す用語として、「電理機」「電機器」「電気 機」「電報機」などが用いられた。対して、「電信機」の使用は見られず、この点から「電 信機」という語は和製漢語と考えられる。そして、それまでの日本に存在していなかっ た電信機は嘉永7(1854)年正月のペリー艦隊の第 2 回の浦賀来航の際、アメリカ大統 領から徳川将軍への贈物として、初めて届けられた。当時の記録においては、それを表 す用語として、漢語訳の「雷電傳信機」「傳信機」及び外来語訳の「テレガラープ」類 が用いられた。また、ペリー来航後、幕府は西洋の先進科学技術を導入する必要性を痛

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感した。その一環として、電信機の技術に関する伝習も始められた。この段階において は、電信機を外来語訳の「テレガラーフ」類を以て表した。 「電信機」という語の使用が初めて見られるのは、西洋の現地へ赴いて、電信機を多 く見聞した万延元(1860)年遣米使節団員の日記においてである。また、同じく西洋の 現地へ赴いた文久二(1862)年遣欧使節団員の日記において、「電信機」は引き続き用 いられていた。その後、1860 年代半ばに入り、江戸幕府が電信架設を計画していた際 には、「電信機」の使用も見られるが、結局、幕末には電信の架設が実現できなかった ため、「電信機」という語は西洋の現地で電信機を見聞した遣外使節団員及び幕府の外 国奉行などに限られた範囲の人たちにしか知られず、広がらなかった。 明治期に入り、日本の電信事業が正式に整備されるようになった。その極初期には、 (electrical)telegraph を表す正式な用語として、「傳信機」が用いられた。その後、1871 年に、電信事務を処理する機関が「傳信局」から「電信寮」に改称されて以降、「電信 機」という語も多用されるようになった。また、日本全国の主な電信幹線の架設が迅速 に行われたことに伴い、「電信機」という語は世間一般の人々にまで急速に広がってい た。さらに、1870 年代後半以降、「電信」が法律用語として定められたことによって、 (electrical)telegraph を表す「電信機」が定訳になった。

4 部 近代都市建設と具象概念を表す新漢語の成立

第8 章 新漢語「煉瓦」の成立 具象概念である新漢語が産出されたもう1 つの重要なルートとして、日本の近代国家 建設の重要な一環としての近代都市建設が考えられる。すなわち、日本の近代都市を建 設し整備していく過程で導入された、西洋近代都市の設備・施設などを表す概念として、 具象概念である新漢語も多く使用されたということである。例えば、近代都市を整備す るための重要な存在として、近代西洋における代表的な建築材料brick を指す語「煉瓦」 が挙げられる。 西洋の建築材料brick に相当する物は古くから中国に存在する。ただし、中国語にお いては、そのような物を表す語として「塼」が用いられた。なお、近代中国語において は、brick の訳語として、「塼」と「瓦石」が用いられた。対して、「煉瓦」の使用は見 られず、この点から「煉瓦」という語は和製漢語と考えられる。そして、それまでの日 本に存在していなかったbrick は幕末の 1850 年代において反射炉建設の材料として、初 めて輸入された。この段階において、それを表す用語としては、「瓦石」「焼石」「瓦」 が用いられた。 「煉瓦」という語の使用が初めて見られたのは、西洋の現地へ赴いて、煉瓦造建築を

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多く見聞した万年元(1860)年遣米使節団員の日記においてである。その後、明治維新 を経て、日本における近代国家の建設が始められた。その一環として、近代都市を建設 していく過程で、西洋の建築材料であるbrick も導入され、建築用煉瓦の国産化が次第 に実現されるようになった。そのうち、1870 年代前半には、煉瓦を製造・使用する明 治政府の官営工場において、それを表す用語として「煉瓦石」と「煉化石」の2 語が用 いられた。1870 年代後半には、煉瓦の製造と使用は官営工場から一般庶民にまで広が っており、その際に、「煉瓦」という語が多用された。また、1880 年代後半には、工学 に関する専門的な書物の刊行に伴い、そこにおいてbrick を表す用語として選用された 「煉瓦」という語がさらに世間一般まで普及し、1880 年代後半以降、定訳になった。 第9 章 新漢語「灯台」の成立 また、日本の近代都市の整備過程において使用されるようになった新漢語として、交 通領域の近代化を実現させるために導入された西洋式航路標識のlighthouse その物を表 す具象概念である「灯台」も挙げられる。 「灯台」という語は、古典中国語に存在し、「灯火を載せるための照明器具」の意味 で用いられている。この意味での「灯台」の使用は近世以前の日本語にも見られる。ま た、幕末においてはこのような「灯台」が転用され、江戸時代の和式灯台を表す用語と して、一時的に用いられた。 西洋式灯台 lighthouse を表す「灯台」の使用は初めて見られるのは、万延元(1860) 年遣米使節団員の日記においてである。すなわち、万延元年遣米使節団の遣外活動に伴 い、西洋式灯台lighthouse が初めて日本人の目に入ったということである。この段階に おいて、lighthouse を表す用語としてはほかにも、「海灯」「海灯台」「灯明台」「常夜灯」 などのように様々な語が見られるが、「灯台」はその1 つとして、「岬の先端や港内に設 置され、その外観や灯光による船舶の航行目標となる航路標識」という近代的な意味・ 用法を持つようになった。しかも、このような意味・用法での「灯台」は、文久二年(1862) 遣欧使節団においても、引き続き用いられている。 幕末の1860 年代半ば頃、日本における西洋式灯台の整備が計画され、その際に、「灯 明台」が公式用語として用いられた。また、明治政府が幕府の灯台事業を継承する極初 期において、その正式用語として「灯明台」を引き続き用いられた。そして、1870 年 代に入り、日本沿岸に西洋式灯台の整備が完成し次々に点灯された段階において、明治 政府は、それらの西洋式灯台を「灯台」と統一的に命名した。同時に、灯台事業を管理 する機関も「灯明台掛」から「灯台寮」に改称されたことに伴い、「灯台」は明治政府 の公式用語として定められ、また、lighthouse の点灯に伴い世間一般まで急速に展開さ

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れ、1870 年代後半定訳になった。

第10 章 新漢語「水道」の成立

さらに、日本の近代都市の整備過程において使用されるようになった新漢語として、 明治政府の主導によって導入された、西洋近代都市の象徴としての大規模な設備である 近代水道(the water supply system)を表す具象概念である「水道」も挙げられる。 「水道」という語は古典中国語にあり、河川や湖海を指して、「水が流れる道筋、水

が通る道」「水路、航路」という意味で用いられる。このような水道の使用は日本語に

おいて中世から見られるようになった。そして、江戸期には人工の旧水道を指して、「水

を引く溝渠、上水路」という意味として使われることもあり、これが後の近代水道を指 す「水道」の発生の基盤であると考えられる。

西洋式近代水道the water supply system に関する情報が日本へ受容されたのは、幕末・

明治初期において、西洋の現地へ赴いた遣外使節団員においてである。その段階におい

て、西洋式近代水道を表す用語として、「導水(の事)」「上水」が用いられていた。「水

道」も用いられた可能性がある。

西洋式近代水道the water supply system を表す「水道」の確実な使用は、1883 年以降、

日本最初の西洋式近代水道の横浜水道の整備が始まったことに伴い、その敷設事情を記 録する公式文書においてである。すなわち、横浜近代水道の敷設に関わる公式文書にお いて、「水道」は西洋式近代水道を表す概念として用いられることによって、「外部から 汚染されないように鉄管など閉じた導管を使い、濾過・消毒などを行った人の飲用に適 する水を、圧力をかけて広い範囲に常に供給する施設の総体」という近代的な意味・用 法を持つようになったと言える。さらに、1887 年の横浜近代水道の正式給水に伴い、「水 道」は物の普及と同時に世間一般の人々にまで急速に広がった。1890 年の「水道条例」 によって、近代的な意味での「水道」が法律用語として用いられ、新漢語「水道」は定 着していった。

5 部 具象概念を表す新漢語の成立における西洋見聞録類資料及び

公的記録類資料の位置づけ

第11 章 具象概念を表す新漢語の成立における西洋見聞録類資料の位置づけ 具象概念を表す新漢語の語史に関する記述から、その成立に際して、西洋見聞録類資 料及び公的記録類資料は重要な存在であることを明らかにした。第5 部では、これらの 資料のそれぞれについて、さらに詳細な検討を行い、具象概念を表す新漢語の成立にお ける有用性及び位置づけを明らかにする。まず、第 11 章では、万延元年遣米使節団員

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である森田清行の『亜行日記』を実例として、それに関する考察を通して、西洋見聞録 類資料の特質及び具象概念を表す新漢語の成立における位置づけを明らかにする。 すなわち、遣外使節団員が西洋の現地に赴いた際には、啓蒙的な意図のもとに西洋近 代文明、特に西洋の新文物(具象物)に関わる情報を大量に吸収していると同時に、そ の記録である西洋見聞録類資料においては具象概念を表す新漢語が多く使用されている ことを明らかにした。また、新漢語の成立という視点から見ると、西洋見聞録類資料に 見られる新漢語のうち、後に定着していったものもあり、使われなくなったものもある。 これらのことから、西洋見聞録類資料は新漢語の生産場と試験場のような存在であり、 そこにおいて具象概念を表す新漢語が考案され試行されたということも明らかにした。 第12 章 具象概念を表す新漢語の成立における公的記録類資料の位置づけ 第12 章では、具象概念を表す新漢語の成立における公的記録類資料の有用性を考察 することを通して、公的記録類の特質及び具象概念を表す新漢語の成立における位置づ けを明らかにする。公的記録類資料の有用性を纏めると次のようになる。 ① 政府の主導によって導入された特定の分野に関わる具象概念を表す新漢語の 成立を確認できる。 ② 新漢語の展開の時期が確認できる ③ 新漢語の定訳に決定的な役割がある すなわち、公的記録類資料は公権力を持つものであり、しかも、実物の導入と深く関連 しているため、そこに見られる用語は政府の公的用語として用いられていることに伴い、 あるいは、実物の普及に伴い、大勢の人に採用されやすいということである。そこから、 公的記録類資料は新漢語の展開の場と看做される。また、同じ西洋の事物を表す様々な 用語のうち、最後に、公的記録類で使われた用語が定訳になったことから、公的記録類 資料は新漢語の定訳の場と看做されることを明らかにした。

6 部 結論

第13 章 本論のまとめと意義 第13 章では、上で述べてきた第 2 部〜第 5 部の考察結果をまとめた。また、それを 踏まえて、本論の新漢語研究上の意義を検討した。本論の意義は、次のような点に纏め ることができる。 ア 近代日本における新漢語研究のための新たな資料を提示したこと 従来の新漢語研究は、江戸期における蘭学の翻訳資料及び幕末・明治期における英学 を中心とする翻訳資料をめぐって進められてきた。しかしながら、本論の考察から、新

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漢語研究資料としての遣外使節団員の手による西洋見聞録類資料及び西洋近代文明の 導入に関わる公的記録類資料の有用性と位置づけを明らかにした。 イ 新漢語成立ルートとしての具象物の導入の重要性を提示したこと 従来の新漢語研究は、翻訳活動によって成り立った訳語である新漢語を中心にして、 行われてきた。そこで、新漢語を成立させるルートと言えば、よく言われたのは、蘭学 者や洋学者の翻訳である。しかしながら、本論の考察から、新漢語、特に具象概念を表 す新漢語の成立ルートとして、具象物の導入、すなわち、実物の受容ということも重要 な存在であることを明らかにした。 ウ 学際的な視点から新漢語の成立問題を明らかにする 本論の第 2 部では遣外使節団員の手による西洋見聞録類資料及び西洋近代文明の導 入に関わる公的記録類資料を整理した。また、第5 部では、具象概念を表す新漢語の成 立におけるこれらの資料の有用性及び位置づけを明らかにした。この2 部は新漢語研究 資料の成果だけではなく、文献史研究の成果と看做すこともできる。 また、第3 部と第 4 部では、科学技術の近代化に伴い成り立った新漢語である「蒸気 機関」「電信機」「煉瓦」「灯台」「水道」の成立を明らかにした。この2 部は語彙史研究 の成果だけではなく、科学史研究の成果と看做すこともできる。すなわち、本論は、単 純な語彙史研究ではなく、文献史・科学史・語彙史の3 つの分野に亘る研究であると位 置づけられる。

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