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脚本の醍醐味

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Academic year: 2021

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国立国語研究所学術情報リポジトリ

脚本の醍醐味

著者

寺島 アキ子

雑誌名

日本語科学

4

ページ

3-3

発行年

1998-10

URL

http://id.nii.ac.jp/1328/00001996/

(2)

脚本の醍醐味

寺島 アキ子

 舞台劇,ラジオドラマ,テレビドラマ,映画シナリオを書いてきたわたしは,科学とは 最も遠い所で日本語(せりふ)を書いてきたと思う。  それぞれのドラマによって,せりふの違いがある。舞台劇では格調高いせりふもあり得 るが,テレビドラマでは日常的なせりふが生き生きと表現されることが必要なように。そ して,ラジオドラマは舞台劇に近く,映画シナリオはテレビドラマに近いと言えよう。  「若者たちのH本語が乱れている」と世の人は言う。だからこそ,現代劇に登場する若者 たちにきちんとした日本語を使わせると嘘つぼくなってしまう。ことに,日常生活の場で 見られるテレビドラマの場合,黒っぽさは最大の敵だ。  方言というのは,いいものだと思う。ことに脚本家にとっては,方言を使うことで,そ の土地や,そこでの生活の雰囲気を出すことができる。あるいは,方言を使う登場人物の, 出生地や,暮し振りを表現することもできる。  ただし,方言を正確に使うと,その土地以外に住む人たちには,理解できない恐れがあ る。  十年以上前のことだが,わたしは返還以前の沖縄を描いたドラマを書いた。沖縄の人に 頼んで,せりふを方言に直してもらった。ところが,書いたわたしにさえさっぱりわから ないドラマになってしまった。結局,相談して,沖縄の雰囲気が伝わる程度まで方言を減 らしてもらった。それが正しかったかどうかはわからないが,沖縄以外の人にさっぱりわ からないせりふに,二時間も付き合わせるわけにはいかないと,わたしは考えたのだった。  時代劇のせりふにも,同じような問題がある。  もっとも,テレビの時代劇には,わかり易さを通り越して,現代語そのもの,ひどい時 には外来語までとび出したりして,白けてしまうこともあるが。  そんな時思い出すのは,山田太一氏がNH:Kから『壬申の乱』を大河ドラマにしてほし いと言われて,断ったという話だ。「その当時の人々が使っていた言葉をイメージできない から」という理由で。  そして山田氏は,その代りに幕末を素材にする『獅子の時代sを書かれた。これは,会 津藩士と薩i摩藩士を主人公にしたドラマで,いわゆるテレビ時代劇のサムライ書葉ではな く,会津,薩摩の方言を使う藩士たちを登場させたのだった。  せりふはドラマの命。そのドラマを書く脚本家たちは,さまざまな時代に,さまざまな 場所に生きた人々を,せりふによって表環しょうと苦闘している。  その苦闘がまた,脚本を書く者にとっての醍醐味だと言えるのかもしれない。 3

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