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保育における「自由」に関する一考察 : イギリスの保育学校における保育者の指導と役割から学ぶ

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Academic year: 2021

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(1)Title. 保育における「自由」に関する一考察 : イギリスの保育学校における保 育者の指導と役割から学ぶ. Author(s). 笠間, 浩幸. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 42(1): 97-112. Issue Date. 1991-07. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5182. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第42巻 第1号 i lof Hokkaido Univers ion( ty of Educat Sect i Jouma l on I C) Vo .42 .I , No. 平成 3年7月 Jul y ,1991. 保育における 「自由」 に関する-考察 -イギリスの保育学校における保育者の指導と役割から学ぶ-. 笠. は. じ. め. 間. 浩. 幸. に. 「 日本の就学前教育の大きな方向を示す 「幼稚園教育要領」 , および 保育所保育指針」 (以下それ 「要領」 「指針」 ぞれ 「要領」 「指針」 とする) は, それぞれ198 9年 ( ) 1 9 9 0年 ( ) , , ともに20数年ぶ 「 「 りの改訂をみた. これらの新しい 要領」 および 指針」 は, いきすぎた詰め込み教育の低年齢化 を憂慮し子 どもの個性や発達特性を尊重する立場から, 子どもの自由で自発的な活動を保 障するこ と, また豊かな活動を保 障するための環境構成を重視する, という二点において共通性をもつも の と い わ れて い る.. これに対し, 保育 (教育) の実践の場である幼稚園, 保育所では必ずしもこの自由な保育という ものが十分に理解さ れて はいないよう である. むしろ戸惑いや混 乱を生んでいるという 報告も少な 1 )である 問題の所在を明らかに くない.次にみるのはある保 育関係の雑誌に紹介された読 者の手紙{ . するうえ で恰好なものと思われるので少しく引用しておきたい . 福井県では, 今, 自由保育が問題 になっ ています 昨年着任した ばかりなので 始めのうち は . , 管理よりは自由 に越 したことはないと思っ ていました しかし 見学にいっ たり 父母からの苦 , . , 情を聞くにつけこれが 「自由」 保育なのかと疑問を持ち, 資料を集めているところです . 私が見学したときは園外へ子 どもだけで出て,県道わきで遊んでいました 子 どもがJR の線路 . 上で遊んで近所の人が見かねて注意したとも 聞きます 子 どもを指導しないことになっ ているの . で, ケンカが起きても 介入せず, 子 どもには力による上下関係ができています 未満児も含めて . , 昼寝 はしてもしなく ても自由です. 落書きはしほうだいですし 飾り付けも人工的だからといっ , て行いません. 廃校になっ た小学校 の教室のようなところで保育をしています (中略) . マスコミがもて はやすという福井 の特殊事情があるのかもしれませんが 役所も自由にさせ ろ , , 自由にさせると保 育園に言っ てきています. 福井では自由にさせる=指導しないととらえられて います‐ (後略) この例 のように極端ではなくても, 「自由保育」を戸惑いながら行 丁っ ているところは少なくないよ う である. これは「要領」 「指針」に対する理解不足から生じるといっ た問題ではない そもそも「要 . 領」 「指針」 が持つ問題点もその遠因ではあるが, 保育における 「自由」 の問題は今回突然始まっ た 2 ) こ と で は な く 古 く て 新 し い 問 題 で も あ る( .. ところで,1 930年代 ごろからイ ギリス の就学前教育の主要な考え方となっ てきたのは イ ンフォ- , 97.

(3) . 笠. 間. 浩. 幸. ion) と 呼 ば れ る も の で あ っ た. フ ォ ー マ ル で はな い 教 lnformaIEducat マ ル・エ デ ュ ケ ー シ ョ ン (. 2 )は, 「イ ンフォーマル (非形式的) なエデュ ケーショ ン 育, つまり形式的ではない教育について楠( (教育) とは, 学校における 『教え・学 び』 が伝統的な学校教育の形式に則らない教育, 子どもの 普段の家庭生活における 『教え・学び』 とよく似通っ た教育, である」 としている. ここでいわれ る 「伝統的な学校教育の形式」 とは, 机や椅子が固定した狭い教室に多数の子 どもたちを詰め込ん で, 教師が示す主に 「読み・書き・算」 を子 どもが機械的に繰り返すといっ たものである. これに 対し, マクミラ ン姉妹は1910年代に, 子 どもたちの戸外での自由な活動, 遊びを奨励する野外保育 学校での実践を行い新たな保育形態の先駆けをつくっ た. またスーザン・アイ ザックス は発達心理 19 33年 1920年代) を行い, 後にロンドン大学の児童発達研究所初代所長 ( 学に依拠した実験保育 ( から1 939年)をつとめるなかで, 整っ た保育環境における子 どもの自由で自発的な活動がいかに子 どもの知的発達と社会性の発達に良い影響をあ たえるかを実証し,イ ンフォーマル・エデュ ケーショ ンの有効性を示してきたのである. そして今日ではこのイ ンフォ ーマル・エデュ ケーショ ンこそが イ ギリスの就学前教育を貫く理念ともなっ ているのである.. こ のイ ギ リ ス のイ ンフ ォ ー マ ル・エ デ ュ ケ ー シ ョ ン も ま た, そ の 性 格 を 示 す 主 要 な 概 念 と して「自 )」 と い っ た こ と ばが 用 い ら れ る が, i ty)」 「環 境 (envi 主性 (autonomy)」 「個 性 (individual ron止nent 「 デ ュ ケ ー シ ョ ン を 学 ぶ こ と は, 先 ル ・ べるイ ー エ と も ンフ マ ギ 流 自 由 で 呼 ここ で イ リス 保 育」 ォ. に示した日本の就学前教育における 「自由」 の問題を考察するにあたり大きな示唆が得られるもの 0年9月まで滞在したイ ギリス (イ ングランド) に 989年7月から199 と考える. 小論では筆者が1 て訪問した就学前教育施設で得た知見をもとに, 子 どもの自由とそれを支える教師 (保育者) の役 割という点に問題を絞っ て考察を試みたい. なお, イ ギリスの就学前教育は, その後の学校体系同 様に多種多様なことで知られるが,ここでは日本の幼稚園に相当すると考えられる教育科学省(Depan‐ l ) を対象 ) の所管にある公立全日制の保育学校 (Nu ion andSc i r rySchoo se mentofEducat ence としたい. また, イ ギリスの就学年齢は満5歳で日本より1年早く, したがっ て保育学校は満3歳 から満5歳までの子 どもたちが就園 (保育学校なので 「就学」 ともいえるだろう が, 就学前教育で あることから日本で通例用いられている 「就園」 あるい は 「通園」 等のこと ばを以下でも用いるこ とにする) しているが, 小論のテーマである 「自由保育」 を考えるうえでこのことは何ら支障はな いと思われる.. 1 保育学校における幼児の活動 1 ) 保育学校の教育内容と方法の特徴 ( イ ギリスの保育学校をいくつか訪ねてまず強く印象に残っ たことは, その雰囲気の暖かさであっ た. キンダーガーテン (幼稚園) ではなく, ナーサリー・スクール (保育学校) という語感からは, いかにも張り詰めた学校の雰囲気が予想されたが実際はそうではない. むしろその意味では日本の 幼稚園の方がずっ と学校的であり, 保育学校の方は家 庭的な雰囲気の漂うところであっ た. 冒頭から雰囲気の違いを問題にすると抽象的な印象論におちいる危険があるが, 精神的に未発達 な幼い子 どもたちを対象とする保育施設 が全体的に どんな雰囲気を備えているか, ということは意 外に重要な問題である. イ ギリスの保育学校がもつ家庭的な暖かさとは一体何に由来するものなの か. それを探ることはイ ギリスの就学前教育の基本的な考えを知る手掛かりになると思われる.. 98.

(4) . 保育における 「自由」 に関する一考察. ◇. オープン・スペースと子 どもの活動選択の自由. 保育学校が日本 の学校のイメージから大きくかけ離れている理由の一つに まず子 どもたちが学 , 校全体の中で実に自由に活動を展開しているということがあ げられる 学校のことばから想起され . る教室や整然と並べられた机や椅子,そしてそこに行儀よく 腰掛けている子どもたちの姿などといっ たものはまず見当たらない. もちろん, 教室としての部屋は存在している しかしそれ は 完全に . , 仕切られた独立 の部屋ではなく, 常に子 どもが自由 に行き来できるような 開かれた空間(オープン・ スペース) となっ ている. そして整然と並べら れた机や椅子 のかわりに見られるものは そちらこ , ちらに配置された様々 な遊具や教具, 展示物が置かれているテーブルやコーナーである . 図1は,幼児数40名を持つマンチェスターに近いボール トンのグリ ッ ジウォ ーター保育学校 の保 育室での諸活動を示したものである‐ 保育室 は一つの大きなホールで それがついたてや書棚等で , いくつかのコーナ ーに仕切られており, 子 どもたち はそれぞれ自由に自分の活動を選 んで取り組ん でいた. つまり同じ時間帯にイ ーゼルに向かっ て思い思いの色を塗っ ている子 ども パ ズルに興じ , る子 ども, 木製の汽車 で遊ぶ子 ども, 手を洗っ ている子 ども 旅行 丁会社 ごっ こをして遊 ぶ子 どもた , ち がいた.旅行 丁会社 ごっ こというのは筆者が訪ねた時に行われていた1カ月 ごとに代わる大きな「ごっ こ遊び一 のテーマであっ た. このコーナー にはいろいろな事務機器 地球儀や世界各地の人形 ポ , , スターやパ ンフレッ ト等が用意されて いてさながら実際の旅行 丁会社のよう であっ た.10名程度 の子 どもたち は客と店員に分かれそれぞれの役に成りきっ て遊んでいた . 保育学校によっ ては, 年齢別あるい は人数によるクラスの指定をしているところもある しかし , . その場合でも部屋 はあくまでオー プンであり,何か一つの活動にクラス単位 で取り組むという のは , 昼食及びその前後の活動を除いてあまり見ることはなかっ た . 開かれた空間 の中で, 子 どもたちが自発的に課題選択を行う 自由が認められていることが保 育学 校の第一の特徴としてあげることができる だろう .. 本箱 TV. おもちゃ棚. ィじゅぅたん. キ. ッ. チ. ン. 用 旅桑ご 自の 風◎ 象 評 パソコン ’地球俵等. メイキャップ. ). 手 洗い. ド真. 物. ト. 置. 図1 保育学校での諸活動 ( 1 9 9 0 . 3). 99.

(5) . 笠 間 浩 幸. 子 どもと大人の関係 次に子 どもと大人の関わり方が, 暖かな雰囲気 づくりの第2の要因として考えられる. イ ギリス の保育学校において保育に携わる大人たちというの は, 幼児教育 を担当 しその全責任 を負う教師 ◇. ) である (教 (Nursery Te ) と保育養護を担当し教師の手助けをする助手 (Nur ry Nu r s e s e ache r 師と助手を併せて以下 「保育者」 とする). それぞれは別のコースにおいて養成され違っ た資格を持 .び保育実践の場に入るなら ば子どもとの関わ りにおいてその仕事に大差はない. つ が, ひとた 上に述べたように, 子どもたち はそこかしこに散ら ばっ てそれぞれ好きな活動 を展開し, 保育学 校全体は一つの大きな縦割り保 育の様を呈する. そのなかにあっ て保育者たち は誰か特定の担任と いう固定した立場を取っ てはいない. その日, あるいはその週に割り当てられたコーナーの受け持 ちとして, 集まって来る子 どもたちに活動の助言や援助を与えるのが主な仕事となっ ている. 保育 者の周りを数名の子 どもたちが取り囲み, そこでは静 かな普通の会話が成り立っ ている. この光景 こそ, 子 どもをやさしく導く母の姿にも似た暖かさを醸し出すものである. 保育者が子どもたちの 前に立っ て, 大声で道具の使い方や注意を喚起するといっ た姿を見ることは一度もなかっ た. このような方法が可能なのは, 保育者 一人当たりに対する幼児 数の比率の違いによるところが大 きい. イ ギリスの教育科学省が定めるこの比率 は保育者 一人 に対し幼児13名(ロンドンでは10名) 「幼稚園設置基準」 )から掛け離れ 40名以下を原則とする」 ( が原則である. 日本の教師一人当たり「 た教育条件こそ子 どもと大人の密接な関係を可能にしている. 少人数制をとり, できるだけ一人 ひとりの子 どもの要求や関心に応えようという個別指導が保育 学校での第2の特徴である.. ◇ 保育制度上の要因 子 どもたちの自由な活動, それに対する大人 たちの関わり方こそイ ギリスの保育学校が家庭的な 雰囲気を持つ大きな理由といえるだろう. これらの特徴 は訪問したほとんどす べての保育学校に共 通であり, 見た目の印象としてすぐにとらえられるものであっ た. これに対し, 次のような保育制 度上の特徴も家庭的な雰囲気を生み出す隠れた要因と してとらえておきたい. まず最初に保育学校への入園制度の柔軟さである. これは子 どもたちが一斉 に保育学校に入園す るのではなく, 順次規定年齢に達した子 どもが定員のあきに応じて保育学校に入っ てくるというも のである. 一般 には規定年齢を迎えた誕生日以後の9月, 1月, 4月の年3回が入園時期とされて いる が, 必ずしもそれにこ だわらない随時の入園制度をとっているところも多く, 一人, また一人 と時期を違えて子 どもが入園してくるのである. この制度では大勢の子 どもたちが一斉に新生活に入り込み,教師はその対応に四苦八苦するといっ たことはない. 日本の幼稚園の4月, 5月 はベテラ ンの教師でも苦労する と聞くが, イギリスでは ごく自然に普段と変わり無く新入園児を迎え入れる ことができるという.また始期のずれによる個々 人の能力の差や集団生活上の困難といっ た問題も, 先にみた少数の個別指導という原則にのっ とれ ばそれほど大きな問題ではないということであっ た. また入園時における保育学校と親の連携も見逃せない. 子 どもの入園に際して, 親が子 どもと- 緒に学校で時間を過ごす 「慣らし保育」 もよく行われる方法であるという. 親は保育学校で自分の 子 どもと一緒 に遊 びながら次第に子 どもの 「親離れ」 をうながし, またこの間, 保育者たちとの交 流から保育方針を共有のものとしていく ことが可能だという. ちなみに保育学校修了 も学齢 (5歳) に達した後, 順次行われていくが, このような制度には儀 式に始まり儀式に終わる という大人が決めた学校制度への子 どもの従属ではなく, 子どもの成 長と 100.

(6) . 保育における 「自由」 に関する一考察. 学校の自然な関わり方を求める姿勢が感じられる. またこの制度は子 どもの過度の緊張やストレス を押さえる ばかり でなく, 保育者にとっ ても余裕ある保育実践を可能にさせているのである. 制度上の要因としてさらに, 教育方針決定の自由が各保育学校の園長 (Headteacher ) に ある こ と を 指 摘 して お き た い. イ ギ リ ス で は 1989 年 の 教 育 法 (Educat ion Reform Act l 989 ) によりイ ギリス教育史上初めて の 「ナショナル・カリキュラム」 と呼ばれる初等および中等学校の統一的な 教育内容が規定された. しかし, それは日本の 「学習指導要領」 のような徹底 した内容統制とはい 4 ) それゆえに保育学 いがたく, 基本的な学習の到達目標の規定, という性格にと どまるものである( .. 校としても初等教育以降の学校教育内容を射程に入れた教育内容が当然考慮はされるが, 何が何で もここまでは教えなくて はいけないといっ た 「脅迫観念」 につながることはないという. 各保育学 校では学校に通っ てくる子どもたちの状態や, 環境, 親の要求等に沿っ た自主的な教育内容 の決定. が認められている. さらにこの方針や教育内容決定 の裁量が一人園長 に固定されることなく, 保育者集団のレベルま で降ろされているところに注目したい. 保育者 (教員) 会議は各保育者の独自な発想を実践との比 較で検討し討議する場として定着している. このことは保育学校運営における保育者の高い参加意 識を生み出すものである. 彼女たちとの会話から, そもそも子 どもの自由を尊重する教師自らが, 自らの自由の実践者 でなくて はならない (端的にいえば 「強制的な管理はするもの, されるのもい やだ」 )という声を聞くことは一度や二度 にと どまらなかっ た. これは歴史的に培われてきた教育の 自由の伝統であり, また多民族の子 どもを抱えるよう になっ た今日, 教育を社会が一律に統制 でき ないという新たな事情にもよるところ であろう‐ 子 どもの自発性尊重, 少人数制による個別保育, そして強制を廃する自由の精神とでもいうべき か, 制度上にみる特徴により, イ ギリスの就学前教育は日本の場合と大きく趣を異にしているが , 次に一人の幼児 の活動を通してもう少し具体的なイ ギリスの保育学校 の様子をとらえてみたい . ( 2 ) 子 どもの保育学校での一日 5 )のシルバ{ 6 )らは 最も典型的な保育学校での子ど オ ックスフォ ード就学前教育研究プロジェクト{ , もの生活として, デヴィ ッ ド(Dav )という架空の5歳前の男児の一日を想定している. 残念なが i d ら筆者 はこのような形の個人記録 を取っ て はいない. しかし, デヴィ ッ ドの一日の活動は架空とは いえ筆者が見てきた子 どもたちの活動の様子ときわめて類似点が多い そこでここでは シルバら , . による子 どもの一日の例を援用し, 保育学校での一般的な子 ども の様子に迫っ てみたい . 【デヴィッ ドの保育学校での一日】 9:00一9:30 登園.コートを脱いで彼 の目印である星印が付いたコート掛けに掛ける デヴィッ . ドのお母さんは玄関で親子を迎えている 園長とおしゃ べりをしている デヴィッ ドは友だち ‐ のリ チ ャ ー ド を 見 つ け て ル ー ム 2 に走り込む ルーム2 は彼の部屋である ナーサリー・ナー . . スのスノウ先生はパズルが置いてある丸テーブルのところに座っている デヴィッ ドはリチャー . ドの隣に座り, 時計のパズルを取り出した. この部屋はとても静か でせいぜい挨拶の声が聞 こえてくる程度 である.. 9:30一1 0:00 デヴィッ ドはいくつか ジグソー パズ ルをやり終えると,今度は棚のところへ行っ て違うおもちゃ を捜した. そこで彼は今日レゴブロ ックが準備されている のを見つけ取り出 した. リチャードは動物のおもちゃ を持っ てきた. 二人は小さなテー ブルの上をきれいに片 101.

(7) . 笠 間 浩 幸. 付けレゴブロ ックで動物たちの桃をつくっ て動物園 ごっ こを始めた. リチャ ードがまちがっ てワニをサルの艦に入れたものだから二人 はくすくす笑い出す. 他の子どもたちも加わっ て きて動物園ごっ こはさらに広まっ た. ジェ ームズ先生がもう 一つテー ブル持っ てくると, た ちまちその上も動物園になっ た. 子 どもたちと先生は動物園の建物も作りだす. そのあと6 ~7人の子 どもたち は前に行っ たことのあるサフ ァリパークと動物園の違いを話し始めた. 話し合いが続いている間に, 日曜日から当番になっ たスノウ先生が子 どもたちに牛乳を運ん できてくれた. また, 実習中の学生が先程パズルに使われていた丸テー ブルをフィ ンガー・ プリンティ ングの準備をするために片付けている. 1 0:00一10:30 木工用ベンチの上で金づちを使う音が響き, 部屋はうるさくなっ てきた. さら に4歳のスーザンはピアノで独創的な曲を奏でている. デヴィッ ドは他の3人の子 どもたち とフィ ンガー・プリ ンティ ングを始めた. リチャードは外へ遊びに行っ た. スノウ先生が彼 と紐 ばしごで遊ぶ消防士 ごっ こをしてくれる約束になっ ていた.デヴィッ ドはしばらくの間, 道路をまねたいろいろな曲線を描いていた. 10:30一11:00 デヴィッ ドは手を洗い, 外の砂場へ行っ た. 砂場には大きさの違う木や金属, プラスチ ック製のバケツやスコ ッ プがたくさんある. 彼 は砂場の底まで堀り起こそうという 大胆なことを思い付き,一番大きな金属製のスコ ッ プを手にした.穴が砂場の底のコ ンクリ- トに達したとき子 どもたち はみな興奮していた.彼らは代わる代わる深い穴に入り立ち上がっ た.. 11:1 5 部屋の中に戻る時間.子 どもたちはみな午後の活動のためにおもちゃ を片付ける.デヴィッ ドは年長の部屋であるルーム2に戻る. (ルーム1は, 年中・年小用, ルーム3はお話や音楽, 特別なテー ブル上での活動用) .デヴィッ ドは先生に手伝っ てもらいながら プラスチックの色 板並べをしている. 彼はすぐにそれを完成させると, 食事のために手を洗うように言われる. 彼が部屋に戻っ てくると今度はジョ ンズ先生からロッ トゲーム (注:筆者, ビンゴゲームの ような数字ならべのゲーム) に誘われた. : 11 45一1 2:00 ゲームが終わっ たので子 どもたち はゲームの箱を片付けて校長のスミス先生に ついてスタッ フルームへ移っ た. そして昼食に呼 ばれるまで子 どもたちの名前を書いたカー ドを読み当てるゲームをして遊ぶ. デヴィッ ドの名前が書かれたカードはカードの山の一番 下にあり, 彼はゲームが昼食時間に食い込んでしまうのではないかと思っ ていた. 昼食 スノウ先生と学生の ジュ ディ が今日の昼食の当番だ. 昼食後デヴィッ ドはアクショ ン・ソ ン グ 「動 物 園 へ 行 こ う」 の レ コ ー ド を か けて 踊 っ た.. 1:00-1:30 デヴィッ ドは午後から使う粘土の準備を手伝う. やがて子 どもたちが集まり始 める. デヴィッ ドはぼんやり粘土をこねながら部屋を見回す. もう一人のリチャードは午後 だけ通園してくる子 どもだが, 午後のクラスには彼の特別親しい友達はま だいないよう だ. そこで彼はお母さんに本を読んでもらうことにしたよう だ. 1:45 ルーム1では音楽に合わせたリ ズム運動が始まり, デヴィッ ドも誘われる. 彼は靴と靴 下を履いたままで加わろうとしたが結局は文句を言いながら自分で脱 ぐはめになっ た. 今日 は, つま先歩き, 足裏全部をつかっ た踏み付け歩き, 駆け足, 普通歩き, そしてハイハイ と いろいろな種類の歩き方をしなくて はならない. また音楽を聴いてどんな歩き方がその曲に ふさわしいか考えなくて はならない. 2:1 5 デヴィッ ドは自分の部屋に戻る. ほとん どの子 どもたち は外遊びをしているが, 何人か は木工用のベンチのところ で忙しそうにしている. デヴィッ ドは飛行機が作れそうな木材を 102.

(8) . 保育における 「自由」 に関する一考察. 探しだし, 翼を作ることにした. 彼 は方力に木材を固定してやっ との思いで切り取っ た. 角 にやすりをかける. スノウ先生は手元のところにいて, ち ょう どよい道具を使うこと, もし そうでないと怪我をするよと言っ ている. デヴィッ ドは釘箱が三つあることに気付く--長 いの, 中くらいの, そして短めのもの. スノウ先生とのやり取りから, 短めの釘でも十分だ と思う. ち ょう どデヴィッ ドがこの仕事を終えたとき, お話の時間になり子 どもたちが部屋 に集 ま っ て き た.. 3:00一3:30 スタ ッフルームにて年長者のためのお話の時間.動物のお話であっ た.デヴィッ ドは今朝の動物園ごっ こを思い出し, ジェームズ先生に明日ももっ と遊 びを広げられるよう 小さなレゴブロ ックの準備を頼んだ. 3:4 5 お母さんがデヴィッ ドを迎えにやってくる.彼 は自分で作っ た飛行機を誇らしげに見せ, 先生に挨拶をして家に帰る. 様々 な活動が連続的にデヴィッ ドをとらえているが彼 の一日は次のような流れになっ ている. 登園・着替え--パズ ル遊 び--動物園ごっ こ--おやつ (牛乳) --フィ ンガー・プリ ンティ. ング--砂場での穴堀り--おもちゃの片付け-一色板並べ--手洗い--ロットゲーム--名 前読みゲーム--昼食--ダンス--粘土の準備・粘土遊び--リズム運動--木工製作 (飛 行機作り) --お話--降園 繰り返しになるが筆者が見た保育学校の子 どもたちもデヴィッ ドのような一日を過ごしていた. 子 どもたち は自分の興味に従い, 遊びから遊びへと移る. 時には一つの活動に長時間熱中するとき もあれば, デヴィッ ドの粘土遊 びのよう に心虚ろにすぐに他の活動へ移っ てしまう場合もよく見か けることだっ た. 時間割はどこの保育学校でも設定されているが, それは子 どもたちよりもむしろ 保育者たちの指導の目安であり, 昼食や読み聞かせ, 降園時の帰りの会 (あるところ, 無いところ があっ たが) 等以外はおよそ子 ども本位 の時間が流れていた‐ 保育学校での子 どもの活動を見て, それを 「自由」 と見るか, 「放任」 と見るか, 意見 は分かれる ところであろう.筆者にとっ てもそれが放任に見て見えなくもないという のが最初の感想であっ た . 特にこち らからあちら, そしてまた別 のコーナーへと忙しく動き回るような子 どもを見るとその思 いは強かっ た. しかし, 保育学校の子 どもたち はそれぞれ自分の思い どおりに動き回っ ているとは いえ, その判断と行動は決して無軌道なも のではないようにも思われた. よく見れば, 彼らなりに 自分の能力や興味に従っ て遊びの対象や仲間を求めて動き回り, やがては何か に集中していくので ある. 逆に, 日本の自由遊び時間によく見られるような喧喋やドタ バタは見られず, むしろそこに は何かゆっ たりとした落ち着きさえも感 じることができた‐ 彼らはここぞとばかり, せっ かちに短 い自由を享楽しようとする必要がないよう である. いくつかイ ギリスの保育学校を訪ねるうち に一斉に何かに向かっ て活動する (させられる) 姿以 外は放任に見える見え方が次第に変化してきたよう だっ た. それは 「はい, 止めてこちらを見て下 さい. お手てはおひざの上に置きましょう. どこの列が一番 早いかな 」な どといっ た掛け声が次第 ‐ に遠いものとなっ ていく思いでもあっ た. 保育学校は 「自由か放任か」 の問題から 「保育学校での 子 どもの自由を支えているものは何か」 と問題が一歩先 へ進んだとき, 水面下における教師の役割 に目を転じなくて はならない.. 103.

(9) . 笠 間 浩 幸. 2 保育学校における教師の役割 シルバらによるデヴィッ ドの例から今度 は保育者たちの仕事をひろっ てみたい. 親と話をする--動物園 ごっ このためのテー ブルを運ぶ--動物園 正面玄関で親子を迎える÷÷怖 ごっ こをする--サファリパークと動物園の違いを話し合う--牛乳を運ぶ--フィ ンガー・ プ 外で消防士 ごっ こ--おもち ゃ の後片けの指示--ロ ッ トゲーム--名 リンティ ングの準備. 前読み当てゲーム--昼食準備--粘土の準備--リズム運動指導 話--見送り. 飛行機作りの助言--お. 保育学校の保育者たちの役割をまず, 子 どもたちとの直接の対応に限っ てみれ ば次のようにまと められる. a) 遊び相手, 共同制作者, 共同探究者:子 どもたちと共に遊 び, 何かを作り, また一緒に疑問 や課題の解決を探る. その過程を通じて子 どもたちに助言や援助, 時には質問を与え, 子 ど もたちだけでは達成できないことを助けたり, より発展ある遊 びを展開させていく役割. b) 保育環境の整備者:実際に子 どもたちの前に遊具や教具を提示する. またテー ブルや椅子, 棚等を遊 びに応じて設定するな ど保育の環境を整える役割. c) 直接的指導者:ルール遊びや比較的多人数での遊 び, また合奏や本の読み聞かせなど遊びを 直接的に組織する役割. 三つの役割の中でも特にa) の役割 は顕著であっ た. 保育者たち はもっ ぱら子 どもたちの遊びの 中に入り込み, それがまた保育学校のな ごやかな雰囲気を生みだしていたことはすでに述べたとお りである. 逆に日本の幼稚園がずっ と学校的だと感 じたのはC) の役割が際立っ ている点にあるか らかもしれない. 保育学校の保育者たち は子 どもとの直接の対応においては指導者然 とした姿は少ないのであるが, それでは直接的な子 どもとの対応以外の部分においてはどのような役割を持つものであろうか. そ れを次に, 子 どもの発達の把握と評価, カリキュ ラムの構成, 科学的な保育実践の探求という 三つ の点から考えてみたい.. ( 1 ) 幼児の行動観察と発達の記録及びその評価 保育学校での実践 を進めていくなかで最も基本的な仕事となるの が幼児 の活動や発達の度合いを 観察し, 記録し, そしてそれらを総合的に評価する ことである‐ 日本でも観察及 び記録の意義 はよ く指摘されるところであるが, 筆者 が訪ねた保育学校にみられた徹底ぶり は管見の限り匹敵すると ころがそう多く は思い当たらない. 保育学校の保育者たち は子 どもたちの遊びに加わるなかで, 間近に子 どもを観察することができ る. 先にみた個別指導という保育形態 と, 保育者一人当たりの幼児数が少ないという教育条件は何 7 )は保育者(教員)養成に向けた著書の よりもこの子 どもの観察を容易なものにしている. ウェッ ブ( なかで, 幼児の行動や学習の様子を形式的にとらえ, 漠然と一般化することによっ て生じる教育の 問題点を指摘し, その弊害を無くすためには正しい児童研究, つまり徹底した観察に基づいて子 ど も一人ひとりの発達特性をつかむことの重要性を強調している. もともとイ ギリスのイ ンフォーマ 104.

(10) . 保育における 「自由」 に関する一考察. ル・エデュ ケーショ ンの先駆を切っ たアイ ザックス は幼児の行動観察をいかに科学的, 客観的に行 うか, その方法の確立に専念し, そこからこの新しい保育形態の可能性が導き出されたのである.. しかし, その後, 就学前段階における観察・記録の方法の探求は一部の先進的な保育学校を除いて 970年代後半になっ て大学や各研究機関 そう広く は行われてこなかっ たという経緯もある.それが1 によっ て統一的な観察及び記録方法の重要性がいわれるようになり, マニュ アルづくりなども行わ 8 ) 今日では 観察及び記録の方法と幼児の発達研究 は一つのセ ッ ト れるようになっ てきたのである( , . として教員養成の段階から重要な科目に位置付けられている. さて, 観察及び記録のマニ ュアルも出ているとはいえ, 具体的な観察, 記録の視点や方法 は各保 育学校の保育方針, 目的, 保育内容等によっ て様々 である‐ 先に保育者自身の自由性について述べ たが, 観察及 び記録 の方法についても独自のアイ ディ アを出させてそれを学校全体で検討するとい 9 )は ロ ンドン市内のセント・ジェームズ保育学校で うところもあり, 多様な試みがみられた. 表1( , 使用されている幼児観察のチェックリストの抜粋である. 実際のものは5つの領域内の細かな事項 が合計95項目にも達しており,1項目ごとに可能になっ た日時と教師のコメ ントが入れられるよう 1 0 )(次頁) は ロンドン市内のレイ チェ ル・マクミラ ン保育学校で使用されて になっ ている. 表2( , いる遊び場に焦点を当てた観察シートである. 各遊び場, コーナーに集まる子 どもたちの数やその 1 }(次頁) もしイ チェ ル・マクミラン保育学校のも 遊びの様子が記されるようになっ ている. 表 1 のだが, これは保育者が子 どもたちのどのような遊びにどの程度参加しているか, それを時間の流 れとともに記録していく観察シートである. 表1. 幼児観察のチ ェッ クリス ト. 自立 ( SELF HELP) ・一人でトイレの用をたせる ・手洗い, 手拭きができる (石鹸を使って) ・コートを脱ぐ ・コートを 着る ・他の衣服 (ズボン, スカート, 上着) はどうか ・ボタンやチャックが外ずせる ・靴下と靴 (紐 靴以外の靴) が履ける ・要求されたらおもちゃや本を片付ける ・テーブルの上を拭く ・掃くことがで きる. ○社会性 ( SOCIALIZATION) ・2~3人の友達と1 5分ぐらいの共同遊びをする ・大人の指導による集団ゲームでルールが守れる ・ 「どうぞ」「ありがとう」 を50%の割合で言う ・問題にぶっかったとき助けを求める ・他の子供が使っ ているおもちゃが欲しいとき許可を求めている ・困っている友だちを慰める ・自分で友達を選んでいる ○身体面 (PHYSICAL ) ・転がってくる大きなボールを蹴れる ・両足で左右交互に階段を降りる ・三輪車でコーナーを曲がる ・ ジャ ングルジムを登り降りする ・合図に合わせて走ったり止まったりできる ・スキップができる ・鉛 筆を正しく持つ (手首による操作) ・大きなビーズに紐を通す ・3個の積木を使って塔をっくる ・10 ピースのパズルを完成させる ・はさみで△○□, それぞれの形をぐるりと連続的に切り取ることができる ○言語 (LANGUAGE) ・二っの関連のない指示を実行できる ・日用品がどう使われるか話す ・未来の出来事にっいて‘ i ngto’ go ‘How t ‘ ‘ ’ ’ ‘ ld would tt o wan oを用いて説明している ・出来事を起こった順序で話す ・話の中にcou を用いる ・重文を使う (ぼくがボールを打ったら道路までいってしまった) ・「姉, 弟, おばあさん」 の言葉を使う ・複文を使う (彼女は~のために, 私のところへ来たがっている) ・日常の経験を話す ○経験的認識 (COGNITIVE) ・1対1対応 (三つ以上の対象物に対して) ・数量の保存ができる ・長さの保存ができる ・青, 赤, 黄, 緑, 黒, 白の色を調和させて使える ・自分のクラスのシンボルを認識している ・人を描ける (頭, 胴体, 手足) ・三っの対象物から一っが取り除かれたとき, 何が無くなったかわかる ・三回聞いたお話 から五っの主な出来事を話すことができる ・次に何が起こるか予想を立てられる. 105.

(11) . 笠 間 浩 幸 表2. 各遊 びのコーナー の観察 シー ト. 活動 男児数 女児数 活動. 図 書 コーナー. 絵 画 (絵の具). 砂. 水. パズノ レ. 素 描. 木 工. 音 楽. 小さな組立 おもちゃ. 科 学. ドレスアップ. 人形. ゲーム (ロッ ト,ドミノ等). 男児数 女児数 活動 押し車(乳. 母車,カート ). よじ登り. 器機. 車輪がつい たおもちゃ. 組立て. フかロ ッ ク. ホーム コーナー. 粘 土 練り粉. 工作 (切り, さ まよ い 貼り, 模型) 歩き. 男児数 女児数 表3 保育者の遊びへの参加を見る観察シー・ ト ill 10 : 30… : : 00.11 30. 1: 30 2: 00. 記録の方法はこれら観察シートによるも のの他に, 時に応じて保育者が記したメモ, 写真, 親と の連絡, 子 どもが製作した作品等まで含まれている. そしてこれらすべての記録は実に子 ども一人 ひとりに専用に設けられた個別のファイ ルブックに収められているところが多かっ た. ボールトン のグロス ヴェナー保育学校の個人記録ファイ ルは圧巻であった.背表紙の厚さが5センチもあるファ イ ルが80冊も並び, それぞれの子 ども の入園時からの発達の様子が克明に綴られていた. さて, 子 どもの発達に応じた保育指導を行ううえ で観察, 記録の徹底 はまだその任の半分を終え たに過 ぎない. 次にこの観察記録をどう読み取り, どう実践に生かしていくかということが求めら れる. まず, 観察記録の結果から個人の発達特性に応じた個別の指導が試みられる. たとえば一人 遊びが多くなりがちな子 どもに対しては集団での遊びに誘いかけるとか, 運動発達面が未熟でしか も部屋に閉じこもりがちな子 どもには外遊びを勧める等の働きかけが行われる. また, 動物, 植物 に関心を抱く子 どもがいれば生き物に関わる仕事や書物 による学習を勧めるな ど, 子 どもの持つ消 極面, 積極面それぞれに対する指導が試 みられるのである. もちろんそれは強制的なものではなく, あくまで子 どもの自発的な興味を引き出すよう に行われるという. 次に表2でみたような観察記録 からは各遊びの環境構成をどう組み立てていくかということも考えられる. たとえば図書コーナー の利用率が悪かっ たり, 男児, 女児の どちらか一方に片寄っ たりしていれば, 本の種類を変えたり, 棚やソフ ァの配置を変えたり, あるいは保育者がそこに張り付いて読み聞かせ の時間を多くする等 の試みがなされる. さらに表3のような観察記録は保育者自身 の指導のあり方を点検する検討材料 を与えてくれるという. 観察及び記録とそれをどう読み取り評価していくかという作業は, 保育学校の新たな指導 のあり 方, 新たな教材構成, 環境構成を考えるうえで最も基本的な仕事である. その意味では何気なく子 どもの遊びに加わる保育者 の姿というものは, 一方では子 ども一人ひとりの行動を注意深く観察す る姿であり,また一方では以前の観察記録の評価に基 づいた新たな働きかけの姿でもあるといえる. 106.

(12) . 保育における 「自由」 に関する一考察. 2 ( ) カリキ ュラムの構成 デヴィッ ドの例でみたような, 子 どもたちの自由な活動の展開というものは, 保育学校における 指導の間接性を示すものである. つまり, 保育者は直接的に子 どもを導くというよりも, 子 どもの 興味, 関心を引き出すような環境 づくりを通して指導を行うというものである. たとえば, デヴィッ ドは9時半から10時の間にレ ゴブロ ックを見つ けてこれで遊ぶが,どの保育者も彼にレゴブロック での遊びを直接に勧めてはいない. 保育者 はこの日の遊びとしてレ ゴブロ ックを用意しておいただ けであり, それが選 ばれるか否かは子 どもの選択に任されるものであっ た. ただ, レゴブロ ックが 子 どもの目につきやすいように準備されていたことは予想される. このような意味で子 どもを取り 巻く環境, つまりコーナーやおもち ゃ, ゲーム, パズ ル, 楽器, 絵本, がらくた類というありとあ らゆるものは, 保育学校の教育課程・教材の考え方を具現化したものと考えることができる. オープンスペースによる保育はともすれ ばすべてが子 どもの自由に任されているように見えるが, 教材, 教具, 遊具といっ た環境 は子 どもの回りに意味もなく置かれたものではない. むしろ保育者 たち が子どもの発達課題に合わせて, なぜ, 何を, いっ, どのように与えていくかを検討した結果 与えられたものである. しかもそれは保育活動全体の中でどう位置づくものなのか, 構造的な把握 のもとになされるべきものであるという. 保育者がこのような点をどの程度明確に意識化している かどうか, その把握の程度 はそのまま保育実践の質に反映するものであろう. イ ギリスにおいて 「カリキュ ラム」 のこと ばが示す概念は, 日本の 「要領」 が示していた 「六領 域」 といっ たような学習領域の大枠と, その学習領域の構造 (ストラクチャ ア) というも のである. 学習領域の構造とは, 学期や月, 週といっ た時間の単位によっ て順序づけられた計画表のようなも のではなく, 学習内容の系統及び子 どもの能力の発達の観点を構造化したものである. 具体例をみ 1 2 } てみよう. レイチ ェ ル・マクミラ ン保育学校では保育内容の領域を次のように設けていた( .. ○製作 (粘土や紙細工, 木工, 模型づくり). ○科学遊び ○砂, 水遊び ○音楽 ○絵画・. ○机上での練習, 遊び (ゲーム, パズ ル) ○読書 ○小世界の構成 (ミニチュ アモデ ル, 積み木, 人形による遊び) ○ホームコーナーや仮装による役割遊び ○戸外での遊び. 文字. これらはそれぞれの領域においてさらに, 科学性, 数学的理解, 言語, 社会性および情緒, 身体・ 1 3 次頁) は 「砂 水遊び」 の構造表である 技能といっ た5つの観点から構造化されている. 表4( , . 日本では砂遊 びや水遊びというのは一般的すぎて, しかも子 どもの発達への影響な ど自明のことの ように思われ, この遊びの意味を改めてかえり みることは少ないのではないだろうか‐ ましてやこ れらの遊びから情緒や言語の観点を見いだすというのは日本の保育者にとっ ては意外なものに思わ れるかも知れない. レイ チェ ル・マクミラン保育学校でも他の領域と比べるとそ の記述 は量的に少 ないのであるが, 日本との比較の意味からあえてこの 「砂, 水遊び」 を取り出してみた. 構造表 は砂遊 び, 水遊びのもつ意義を5つの観点から分析的にとらえて描いている. もちろん保 育者は一つの遊びをとおして子 どもの全体的に調和のとれた発達を目指すも のであり, 特定の部分 だけを強調して指導することはない. しかしその全体がどのような構成要素から成 り立っ ているの か, それを分析的にとらえることは決して無意味なことではない. 遊びの構造を分析的に把握する ことは保育者自身がその遊びのもつ意義と指導 の観点を明確にすることであり, 目的意識的な保育 を可能にしていくための必要条件と思われる.たとえば砂場で遊んでいる子 どもを見て,今彼が行っ ている遊びは彼のどんな点を伸 ばすのに有効なのか, どんな点がまだ未熟なのか等を考えることは そもそも分析的な行為であり, これがなければ保育者としてそれ以上 の遊 びの発展や指導の観点は 107.

(13) . 笠 間 浩 幸. 表4 砂遊び, 水遊びの構造表. 砂/水遊び 砂や水遊びは幼い子どもたちにとってはたいへん人気のある活動である. 砂 や水による活動に際しては, 多様な家庭用品, 小物を準備したい. たとえば コ ッ プ, バ ケツ, 水 きり ボウ ル, じ ょ う ご, ジ ョ ッ キ ー, ふる い, ス プー ン. 等々. 砂には乾いたもの, 湿ったものの二種類が準備できる. 水のほうは時 には温かい水, 時には冷たい水が考えられよう. 子どもたちはまた特に水の 中の泡ぶくを楽しむ. この活動がもつ可能性は多種多彩である.. 社会性・情緒の発達. 科学性の発達. 水や砂は子どもが喜んで熱中する素材である. 子どもたちは保育学校に来た最初の日から自然 にその面白さに引き寄せられる. まだおもちゃ や経験を分かち合うことを学んでいない子ども には徐々に集団での遊びに導きたい. 子どもたちには自分自身で使いたい小物を選 ばせるなどして独立心を養いたい. 男児も女児同様に人形の洗濯を好むものであ る. このような活動は男児に愛護の気持ちを育. 子どもは砂や水遊びから多くの重要な発見をす る. たとえばコルクや舟が浮かび, 石が沈むのを 見たとき, 比重というものを考えようとする. 保 育者は多種多様なものの運動が見られるよう準備 をする一--吸水性を示すもの等. 雨の日, この活動はますます広がる一--水た まりの水はね, 油がにじんだ七色のさざ波. 子どもは何かを予想する一--水ははね上がる. 水はしたたり落ちる. 泡は軽い. 乾いた砂, 湿った砂, それぞれの違った性質. たとえば, 砂のお城づくりにはどちらが適当か.. て る こ と にも なる.. 数学的思考の発達 言語の発達. 保育学校において, 砂と水は子どもの数学的 思考の発達に関わる基本的な経験を与える. ジ ョッキーやコッ プ, バケツなどの家庭用品を使 うことにより, 子どもは、 満タン, 空っ ぽ, 重 い, 軽いの意味を学ぶ. また, 子どもたちは比 較や対応を学ぶ. 一一一同じ砂のお城が二つだ けど, 一方は大きい‐. 砂や水は子どもが何かそのことについて話して みたい欲求をもたせる魅力ある素材である. 子どもたちは, 垂れる, はねる, タラタラ, ビ チャビチャなどの語桑を増やしていく. また, 次 に起こることを予想することは,ことばの使用を広 げ る.遊びの状況を文脈にそってとらえさせたい. .. 身体的発達 砂や水は子どもたちに手指の操作や動作をコントロールする様々な機会を 与える. たとえば狭い穴に水を注ぐ, 瓶を持つ, じょうごをしっかり支える, 容器に水を一杯にする等‐ 子どもたちは砂や水の扱いに喜びを得る‐ 夏には プールでのヨチヨチ歩きから全身をつかった遊びを楽しめる.. なかなか見つ けにくいものである. イ ギリスではカリキュラムと同様にス一 トラクチャアのこと ばも 一般的に用いられ, あらゆる教材に対してその構造を明らかにする工夫 が実践の場、 研究・指導的 機関においてみることができたが, 保育という仕事を分析と総合という2つの方向でとらえようと 1 4 } する具体的な表れとして興味深いことであっ た( . 表4の構造表は砂遊び, 水遊びのおおよその目的を示したものといえる が, 実際の保育のための 環境をどう構成していくかは, さらに保育者の独自のアイ ディ アと子 どもの観察をもとにした結果 1 5 ) にゆだねられる. 表5( (次頁)は同じように砂遊び, 水遊びをカリキュラムにもつグロスヴェナー 108.

(14) . 保育における 「自由」 に関する-考察. 表5 水/砂遊びの週間計画表 月. 火 水 木 金. 水 箱 計量カップ ジ ョ ッ キー. 泡水 色水 色水と同じ色の小物 ポリエステル袋 ボーノレ. 床上のトレイ トウモロコシの粉 指とへらをつかって ゼリー ス プーンと皿 小さなお盆に入った 色付きの砂. 砂箱 (乾燥した砂). シ ェ ー ビングフ ォ ーム. スプーン ボウル (容器). 石のかけらとダイノザウ ルス (恐龍のおもちゃ). ダイノザウルス 小枝と石ころ 自動車とおもちゃ パイ プ ノでケツ ジ ヤバミ ノレ. 瓶の蓋. 砂箱 (湿った砂) がらくたの箱 スプーン. 砂糖の袋 ま ま ごと用 の ティ ー. セットとなべ類 チューブ パイ プ ジ ョ ッ キ ー, じ ょ う ご. 保育学校の 「水・砂遊び」 の計画表の一部である. 水遊 びは水を深目の箱と浅いトレイ と二種類の 入れ物に準備 したり, それぞれ日によっ て違う小物を使っ て遊 ばせるものである. 砂遊びではやは り乾い た砂と湿っ た砂が準備されている‐ 表4と表5は別の保育学校のものである が, 同じような 観点を見い だすことができて面白い. 以上のようなカリキュラムの構造や具体的な環境 づくりの計画というものは, 短時間の保育学校 訪問で子 どもたちの動きを見ている だけではとうてい気付かないものであっ た. しかしこれらの存 在とその徹底 ぶりを知るにいたっ て保育学校の子 どもたちの自由という ものが, 実は 「管理された 自由」 と呼べるようなものであることがわかる. もっ ともこの 「管理」 とは日本でいう 「管理教育」 の 「管理」 とは違っ て, 子 どもの様子や活動の見通 しを持っ た教師の目的意識化された環境の枠内, という意味での 「管理」 である. このよう に考えるな らば保育学校の自由という ものは 「放任」 と は全く別のものということができるのではないだろうか. 保育学校での 「自由」 を結論づける前に, 保育者たちの役割 としてもう 一つ感 じたところを述べておきたい.. ) 保育実践の科学性の探求 ( 3 教育実践における科学性 というものをわずかな紙幅 で述べよう とすることには問題 があろう が, 保育学校での実践の特徴の一つとしてその方法論上の科学性というものはぜひとも指摘しておきた い と こ ろ で あ る.. 保育学校での保育計画は現実の子 どもたち一人ひとりの実態をとらえることから始まっていた‐ そしてその実態に即し保育者は次に行う べき具体的な保育の中身を考えるのである が,このことは, 保育者が子 どもの実態をどう把握したかということと, 保育者自身の持つ子 ども観・発達観を突き 合わせていく作業であり, 保育者の保育観全体 が問われていく重要な仕事である. さらにそれは保 育実践として子 どもの前に展開されるが, これがまた自分 が行っ た子 どもの把握は正しかっ たか否 か, 実践の見通しは適切であっ たか否かをその計画の段階にまで振り返るという仕事でも あっ た‐ このような流れをもつ保育学校での保育実践 は, 単なる経験の羅列ではなく, 意識的・能動的保育 行為の蓄積であり, 教育の方法における科学性の一つの表れであるといえるだろう. ところで, 教育がこのような目的意識的な行為であることはいまさら特筆す べき新たな事項 でな いことは明らかである‐ しかし, 教育が目的意識的な行為であるべきだという ことと, 実際にそれ が実践 の中でも意識的に進められるという ことはまた別の問題のようである. つまり, 子 どもの発 達に見通しを持ち, それぞれの実践を検証する という作業を客観的に意識し継続的に行うことは, 言う は易しでも行いがたしということである‐ 109.

(15) . 笠 間 浩 幸. ここで, 子 どもの実態から実践を行い検証するという 科学的な方法の理解とともに 保育者自身 , がいま子どもに対して行っ ていることの行為を常 に保育全体の仕事の中 で客観的にとらえようとす る営み, あるい はとらえることが できる機構・体制のあり方が問題にされる だろう 実践に没入す ‐ る中でともすれば忘れがちになる, 現在進行中の保育行為 の意味と次に何を為すべきかを客観化し ていく工夫は, 保育者集団の研究者集 団としての力量が問われることでもある 図2{ 1 6 )に示すレイ . チェ ル・マクミラン保育学校の 「保育者の役割」 はこの機構を示唆するものとして興味深い 保育 .. 者の役割は 「計 画・ 立 案. 「 「 (P1arming)」 i ion)」 ion)」, s , 準 備 ・ 環 境 設 定 (Prov , 観 察 (observat. 「参加 (Pani 「 i i )」 t l )」 という大きな5つの行為を順序を踏まえて連続的 i c t on ua on pa , 評価 (Eva に行っ ていくことと記されており, 保育実践の質はこれらの活動を螺旋的に発展させ た方向で改良 されていくというものであっ た. このことは上 に見た方法論上の科学性といえるだろうが さらに , レイチェ ル・マクミラン保育学校では定期的な教員会議の場で 自分たちの活動をこの表の中に位 , 置付けて点検する作業が行われるということ である ここにもう一つの科学性 つまり自分たちの . , 行為を客観的にとらえ保育行為全体 の中に明確に位置付けようとする機構・体制の存在を見ること が で きる の で あ る.. 筆者が訪ねることができた保育学校のいく つかは, 学校によっ てその程度の差こそあ れ 個人の , 発達を注意深く見守り(子 どもの実態 の客観的把握), 保育実践を常にフィ ードバックしながら進め ていくことの重要性を理解しそのシステムを作り上げる努力 (保育者の保育行為の客観 的把握) と いう点において共通の努力を見ることが できた そしてこの一点 においてこそ 「イ ギリス流自由保 . 育」 は, 日本のともすれば放任に流してしまう自由保育とは決定的に違う条件を備 えているという ことができるように思うのである.. 計画・立案 保育者チームに. 評価. よる立案. それぞれの段階におけるグループ,. 個人の注意深い記録. 準備・環境設定. 参加. 子どもの興味を引く刺激的な 環境の設定. 細やかな対応 活動への参加. 観察 注意深い観察. ○ 「計画・立案」:実践の裏の場面において保育者はチームを組んで, 一人ひとりの子どもが魅力的な環境の下で発達を確実な ものにできるような細心の計画を立てる. それぞれの発達段階における記録を参考にする ‐ ○ 「準備・環境の設定」:子どもたちの広がりつつある思考によって挑戦できるような刺激的・魅力的な活動の場を準備 例え . 「 ば子どもにとっ て ~は大きいけど, それはいつも大きいものなのか」 といっ たような挑戦の場を与える . ○ 「観察」:よく練られた保育計画と優れた保育者による実践の中で, 子どもの要求を正確に拾いあげていくための観察 . ○ 「参加」:子どもが最良の状態で学ぶことができるよう, 上手に活動の意味を引き出したり, 遊びを発展させてやること . 助言, 援助, お話や質問‐ 子どもの発達に対してより良い指導を与えているかどうか, 保育者自身の確認と点検 ‐ ○ 「評価」:保育学校での子どもの発達に関わる記録. プロフィール, メモ書き, 観察, あるいは就学前教育の評価ガイド等 , 子どもが可能となった活勤を積極的に記録する取り組み‐. 図2 「保育者の役割」. 110.

(16) . 保育における 「自由」 に関する一考察. 3. 結びにかえて. 保育における子 どもの自由を問題にするとき, 子 どもの自由は一本の直線のようなものにな ぞら えて考えられるこ とが多いよう である. つまり, 自由は直線上の中間の部分にあたり, その自由を 延長していくと段々 と放任の色彩が濃くなっ ていく. 逆に, 放任の対極としては規律(管理)があっ て, それは規則, 責任, しつけといっ たことばで置き換えられるよう である. また別の言い方をす れば, 天秤の一方 に 「規律」 を, 一方に 「自由」 を載せて丁度釣り合い が取れるあたりで子 どもの 自由を認めるといっ たような考えが一般的ではないだろうか. 「自由」の方に傾き過 ぎればそれは放 任であり, 「規律」 に傾き過 ぎればそれは 「管理教育」 になるの だという. しかし, 保育における子 どもの自由の問題で, 一本 の直線上に 「自由」 と 「規律」 をその度合い によっ て並べて考えることは可能な ことなのだろうか. あるいは天秤上で 「自由」 と 「規律」 は対 置させられている が, この二つ は相反するものなのだろうか. さらには, これを子 どもの側だけか ら論じてよいものなのだろうか. このことはまさに, 最初の福井県の保育者の疑問でもある. イ ギリスの保育学校にみる子 どもの活動の自由というものは, 子 どもの個々 の能力の発 達保障と いう観点から導かれて きたものであることを本稿では明らかにした. 自主性を追求するなかで独立 心, 創造性, 想像力, そして社会性等々 を育てることが保育学校の大きな方針である ことはみてき たとおりである. ここで社会性というのは, まさに規律を学ぶことでも あり, 日本でいうところの 「しつけ」 を含むものでもある それは時に厳しいものもあり, 決して自由だから何もかも許され . るというものではなかっ た. また, 子 どもの活動の自由は、 実 は子 どもがすべての 「下駄」 を預け られていたのではなく, むしろ保育者の側 が保育内容, 教材, 教具等の環境構成を予め準備して, 子 どもはその範囲内で自由 が許されていたという事実を見逃してはならないだろう.その意味では、 子 どもの自由は保育者の手の平上の自由であり, 子 どもの活動の自由さに比例して保育者の保育活 動に対する責任 は大きなものとなっ ていくのである. 自由と規律は相反するものではなく, むしろ規律によっ て高められる自由があること, さらにこ の自由と規律の関係 は, 保育者が目的意識的な保育行為のなかで実践的に作り上 げていくものであ ると考えるが, このことはまた機会を改めて論じることにする. ただ最後に保育 (教育) が目的意 識的な行為であることが理解され, その下に実践が進められていくなら ば, そのなかで子 どもの活 動の自由は最大限保障されるであろう し, またその自由をどれだけ許したからといっ て放任につな がっ ていくことはないという ことをいっ ておきたい. そのよう な科学的な保育実践の探究とその蓄 積こそが今日の 「自由保育」 に関する課題であるといえる だろう. 〈註〉 5 ( 1 ) 投稿者不明 『現代と保育』24号 199 0年5月 ひとなる書房p ‐21 3号をもって 「小学校令施行規則」 のなかにあった幼稚園関連の規定が÷部改められ ( 2 ) 明治4 4年, 文部省訓令第1 た‐ このことにより保育内容にっいては, 遊嬉, 唱歌, 談話, 手技の4項目が示されただけで, それまでの内容を 規定する保育事項, 条文等が削除され, 自由な保育の方法が認められていく端緒となった‐ 特に, 遊嬉は随意遊嬉 と共同遊嬉の二つに分類され, さらに随意遊嬉は 「自由遊戯」「自由遊び」「自由遊」「自由あそび」 等とも書かれ, 幼児の自発性を育てるものとして盛んに唱えられた. 明治末期から大正期にかけては欧米の児童中心主義, 自由教 『 育の思想の影響を受け, 和田実の 『幼児教育法』 『実験保育学』 , 倉橋惣三の 幼稚園真諦』 等に自由保育の理論的 「誘導保育」 ) を提唱し大きな影響 基礎をみることができる‐ 特に倉橋は各地での講演, 講習をとおして自由保育 ( ‐. 111.

(17) . 笠 間 浩 幸 を与えた. しかし, 当時においてすでに自由な保育は子どもたちをただ遊ばせておくだけの放任保育であるという 批判があり, その後も自由保育に関する論議の中身は今日の状況とさほど変わっていない ‐ ( 3 ) 楠瑞希子 「イギリスのインフォーマル・エデュケーション」 『増補 乳幼児の教育』1 9 90年 明治図書 pp.30一32 ( ) 「ナショナル・カリキュラム」 とイギリスの保育及び学校教育との関係について書かれたものとして次の文献が参 4 考となる. 木下龍太郎 「イギリス いい実践. とは何かを求めて-幼児教育の保育内容をめぐって-」 『現代と保育』23号 1 9 90年1月 ひとなる書房 浦野東洋一他 「特集 すすむイギリスの教育改革」 『教育』 No 6 1 98 9年3月 国土社 .50 ( 5 ) oxford PreschooIReserch Pr 70年代より, J t l9 j o ec rの影響の下, イギリスの就学前教育の基礎的及 une .Br び, 実証的研究を行ってきた. ( 6 ) SYLVA, Kathy‐ (Ed ) Chi ldwatch ing at pl l aygroup and Nur i IB1 l l pp 153 sery Schoo ackwe ,1986 ,Bas ,. ‐156. .. ( 7 ) W[EBB, Lesley. Making a start on Chi l d Study l l ing & Sons Limi ted ,1975 , Bi ,pp.4-12 ( 8 ) CURTIS, Au(壮ey. M- A Cu lhcu lum forthe pre-schooI Ch i ld ,1986 , NFER‐NEI寺ON,pp.134‐135 ( ) St 9 l i sery prof s Nursery School e .lame , Nur Qの Rache I McMi S h l l l N N i t an us e即 c oo, ursery observat on shee 側 同上, Che i i tor tfor moni ti ti iv i i t t ng adul ckl s nvol vemen n ac es ) 同上, A Ctmi 鯉 l cu um Docuぱnentl988 Q ) 同上, 上掲書 3 側 より厳密で体系化されたカリキュラムの構造, ストラクチャアの実際例を示すものとしては次の文献が最適と思 われる. The Ea i lwm Group Ear ly Ch i l dmood Educat i ly Year r s Cur r cu I T icu lmm and t r l l y Year on:The Ear s Cu e ‐ Nat i 1 Cuhdcu 1wぬ,1989 T h B k ona t r , en am oo s Q ) Grosvenor Nur 5 l l sery Schoo ay ,Sand/water p Q 6 ) RacheI McMi l l T h l er an Nursery School o e oftheteacher and nur sery nur se ,. 参 考 文 献 上記以外のものとして, 以下のものが本稿との関連で参考になると思われる (発行年順) .. ・金丸晃二 「イ ギリ ス のlnformaIEducation と The Malting HouseSchoo lの実験」 『信州大学教育学部紀要第4 5 号』1 981年10月 ・水野国利編 『世界の幼児教育7 イギリス』1 3年 日本ライ ブラリィ 98 ・稲垣忠彦編 『子どものための学校』1 98 4年 東京大学出版会 ・Her Ma ) Aspect of Pr trslnspectorate (HM工 i imaw Educat ion of Ch j i e s on : The Educat rdren Under Five i f f trs stat i j onery o e s ce(HMSO) ,1989 , Her Ma ・山本和美 「個性を伸ばす保育に関する研究‐イギリスの幼児教育を中心に-」 『保育学年報1 9 9 0年版』1 9 9 0年 フ レーベル館. (本学講師・釧路分校). 112.

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