• 検索結果がありません。

幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び-5歳児に着目して-

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び-5歳児に着目して-"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号. 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び -5歳児に着目して- 福澤. 惇也. (学校法人隆松学園小鳩幼稚園) 幼児期の教育において、数量形に関する教育は重要なものとして位置付けられている。すでに、幼児 が数量形を用いて遊ぶ様子を扱った研究もなされてきているが、数量形に関する幼児の学びを捉えた研 究は行われていない。本研究では、 「数量形」を、数、量、形、パターンに分けて捉え、 「学び」を、知 識の再生産(自発的なまねによるもの) 、知識の獲得(他者からの教えによるもの) 、知識の生産(自ら 考えて試行錯誤することによるもの)という種類に分けて捉えた。その上で、5歳児が自発的に遊ぶ姿 を観察して得た事例を「数量形」と「学び」の両視点から分析した。その結果、数、量、形、パターン のすべてに学びがみられる事例が確認され、学びについては、知識の再生産、知識の獲得、知識の生産 のすべての学びが確認された。自発的な遊びを通しての数量形に関する学びと幼児の学びを保障する保 育者の姿勢について考察した。 キーワード:幼児 数量形. 幼児期の学び 遊びと学び 保育者の姿勢. 問題と目的 2017 年3月に幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領が同時改訂 (改定)された。この改訂は、従来からの幼稚園・保育所・認定こども園の良さを継承し、発展させな がら、その根幹を明確にし、良質な幼児教育を日本のすべての園で受けることを可能にしていこうとす るものである(無藤, 2018) 。この改訂に伴い、幼稚園等の教育において「育みたい資質・能力」が明確 に示され、資質・能力がどのように伸びているかを示すものとして、 「幼児期の終わりまでに育ってほし い姿」が 10 の項目にわたって掲げられた。10 の項目の中には、 「数量や図形、標識や文字などへの関 心・感覚」の項目があり、 「遊びや生活の中で、数量や図形、標識や文字などに親しむ体験を重ねたり、 標識や文字の役割に気付いたりし、自らの必要感に基づきこれらを活用し、興味や関心、感覚をもつよ うになる」という内容が明記されている。このように、幼児期の教育において、数量形に関する教育は 重要なものとして位置付けられている。 幼稚園等においては、幼児は自らが主体となって、時には保育者の力を借りながら、様々な遊びを展 開していく。そして、この多様な遊びこそが幼児期における学びなのだと言われている。幼稚園教育要 領解説(文部科学省, 2018)の中では「遊びを通しての総合的な指導」として説明がなされており、 「自 発的な活動としての遊びは、幼児期特有の学習なのである」と述べられている。数量形に関する幼児期 の教育についても、津守(1979)は、充実した遊びの中には認知発達の重要な要素がすべて含まれてお り、数能力の獲得に関しても、充実した遊びの中で、結果として十分に養われていくと述べている。 幼児が数量形を用いて遊ぶ場面を取り上げた研究はすでになされてきている。しかし、その多くは保 育者主導の保育場面を捉えたものであり(例えば、中村, 2016;吉田, 2016)、幼児が自発的に遊ぶ場面 を観察した研究は山名(2011,2013)や矢治(2017)の他は確認できない。それらの研究では、幼児が 1.

(2) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び 自発的な遊びの中で数量形に関する知識を用いて遊んでいることが、いくつかの事例から明らかにされ ている。そして、そこには遊びを通した学びが含まれていると思われる。しかし、これらの研究では、 幼児が遊びの中で何をどのように学んでいるかまでは言及されていない。 そこで、本研究では「学び」を捉えるにあたって、まず「学び」あるいは「学習」を、 「学習者自身が 自らの中に新たな知識を生み出そうとする営み」とし(稲垣・波多野, 1989;今井, 2016) 、ここで用い る「知識」とは「事実的・断片的な知識や、判断・実行の手続きに関する知識だけではなく、概念的知 識を含むもの」であるとした(稲垣・波多野, 1989;中央教育審議会, 2016) 。さらに、佐伯(1995)で 述べられている「文化的学習」の過程と、稲垣・波多野(1989)で述べられている「徒弟が親方になる まで」という例を用いた学習に関する考察をもとに、 「学び」を、①知識の再生産(自発的なまねによる もの) 、②知識の獲得(他者からの教えによるもの) 、③知識の生産(自ら考えて試行錯誤することによ るもの)という種類に分けた。また、 「学び」を得るためには、対象となる物事や事象に関する何かしら の特徴や要素について気付く過程を経ていると推測した。ただし、気付くことは学びの①②③のすべて に内包されるものであり、気付きそのものは「学び」ではなく現象に対する知覚行為であると考えられ る。よって、本研究では「気付き」を「学び」とは区別し、 「学び」の前段階として位置付け進めること とした。 また、幼児の遊びを「数量形」の視点から捉えるにあたっては、小学校学習指導要領解説算数編(文 部科学省, 2017)と榊原(2006)の日本語版 Child Math Assessment(以下:CMA)を参考に、 「数」 「量」 「形」 「パターン」に分けて考えることとした。 以上をふまえて、本研究では5歳児が自発的に遊ぶ姿を観察し、観察から得た事例を「学び」と「数 量形」の両視点から分析することで、遊びを通して幼児が何をどのように学んでいるのかについて明ら かにすることを目的とした。なお、5歳児を取り上げた理由は、知的発達にともない5歳児がより複雑 な活動に取り組むようになる(天岩, 1997 ; 榊原, 2014)ことから、幼児期では5歳児が最も多様なかた ちで数量形の要素を遊びに取り入れていると予想したためである。. 研究方法 対象 兵庫県の A 幼稚園に通う5歳児とした。幼稚園については、数量形に関する特別な保育を行っ ていないこと、及び、幼児が好きな遊びをする時間が設けられていることを条件に選択した。 観察期間 2018 年6月から 10 月(対象園の夏休み期間を除く)にかけて、週2~3回「好きな遊び の時間(9:00~10:30) 」に観察を行った。 観察手続き 対象園に対しては、調査に関する依頼文を通じて本調査の趣旨を理解してもらった上で 調査に協力してもらえるようにした。観察者は1名であり、 「好きな遊びの時間」に幼児が遊ぶ姿を観察 メモに記録した。. 結果と考察 幼児が自発的に遊ぶ姿の観察から、数量形に関する学びが含まれると判断された 18 の事例を抽出し た。抽出した事例は、いずれも数、量、形、パターンと関わりのある遊び場面であり、 「知識の再生産」 「知識の獲得」 「知識の生産」といった幼児の学びが明らかなもののみを取り上げた。 抽出された事例における幼児の姿を、 「数量形」と「学び」の両視点から分析を行い、幼児の自発的な 遊びにおける数量形に関する学びについての全 18 事例の結果をまとめたものが表1である。数、量、 2.

(3) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 形、パターンのすべてに、学びがみられる事例が確認された。そして、学びについては、知識の再生産、 知識の獲得、知識の生産のすべての学びが確認された。 表1 数量形と学びの分類 学び 小学校教育へのつながり 知識の再生産. 知識の獲得. 知識の生産 1-1. 数の比較 / 等しい集合の構成 / 加算. 1-2. 計数 / 数の比較 / 等しい集合の構成. 数 2-1. 2-2. 計数 / 数の比較. 3. 計数 / 加算 4-1 / 5-1 / 6. 直接比較 / 大きさの見当付け. 7-1 / 8-1 / 9 / 11 / 12. 間接比較 / 大きさの見当付け. 量 7-2 / 10. 形. パターン. 8-2. 13-1 / 13-2 13-3 / 14. 幾何学的な推論. 15. 16-2. 幾何学的な推論 / 形の識別. 16-1. 形の識別. 4-2 / 5-2 / 18. 変化と対応の規則性. 17. 以下に、観察によって確認できたすべてのカテゴリーを網羅できるよう事例を抜粋して述べる。 【事例 1:サッカー場面】 1-1. 〔F 児〕カテゴリー:数+知識の生産 1-2. 〔D 児〕カテゴリー:数+知識の生産 園庭で、男児3人(A 児, B 児, C 児)がサッカーをして遊んでいた。そこへ、男児5人(D 児, E 児, F 児, G 児, H 児)が「いーれーてー」とやってきた。それに気付いた A 児が5人の参加を認めるので、 D 児は「こっち(のチーム)でいい?」と A 児に尋ねる。しかし、A 児は「だめ!」と言い、さらにそ こへ B 児がやってきて、 「そっち(のチーム)が多くなりすぎる!」と言う。それに対して E 児は、 「い いやん別に!」と反論するが、A 児と B 児は首を縦に振らない。そのため、A 児や B 児が再びサッカー を始めてからも、後から来た5人はしばらくゴールの傍らで立ち尽くしていた。 5人が立ち尽くしてから1~2分が経った頃、F 児が「じゃあさ、D と E は A チームで、俺と G と H が B のチームに入ったらいいやん」と他の4人に持ちかける(1-1)。すると、E 児「そうやな!」、D 児 (1-2) 「ちょうど4対4やん!」 、H 児「ちょうどええな!」と反応する。こうして、後から来た5人は2. 人と3人に分かれて A 児たちからパスをもらえるような距離まで徐々に近づいていく。その後、A 児た ちがサッカーをする中で、偶然ボールが F 児の足元へ転がった。その際、B 児が F 児へパスを呼びか け、これをきっかけにまずは F 児がサッカーへ加わる。そして、F 児が残りの4人へパスをすることに よって、次第に4人も各チームの一員としてサッカーへ加わるようになっていった。 事例1は、元々3人の男児がサッカーをして遊んでいるところへ、新たに5人の男児が加わろうと寄 ってくる場面である。D 児はサッカーに加わりたい旨を発するが、A 児にチーム人数の問題によって断 られてしまう。そのため、新たに加わろうとする5人はゴールの傍らに立ち尽くすのであるが、少なく 3.

(4) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び とも F 児は「チームの人数の問題」という断られた理由を理解し、どうすれば入れてもらえるかについ て考えていたと推察できる。なぜなら下線部 1-1 にあるように、F 児は他の4人に対してチーム人数が 同じになるような参加の仕方を提案している。すなわち、F 児は5人がサッカーに加わるために、チー ムの人数が等しくなるような方法を考えたのである。以上から、F 児は「サッカーに加わる」という目 の前の課題を克服するために F 児なりに考え、その結果チーム人数という集合を等しくする方法を提案 したため、F 児は「数」に関する知識を生産していると考えられる。加えて、サッカーに加わるためチ ームの人数が等しくなる方法を考えるという F 児の学びは、小学校教育における「等しい集合の構成」 や「数の比較」、 「加算」へつながると考える。 一方、F 児の提案を受けて3人の男児が反応している。E 児は「そうやな!」と言ったもののそれ以 上の発言はなかった。そのため、 「数」に関する何かしらの理解をしたと考えられるが、E 児自身が何を 理解したのかは不明である。D 児は下線部 1-2 にあるように、 「ちょうど4対4やん!」というチーム の人数を比べた発言をしている。つまり、F 児が等しいチーム人数の構成に関する提案しか行っていな いにも関わらず、D 児は構成されたチーム人数を比較し、各チームの人数が等しいことを確認したので ある。この時、D 児も D 児自身のもつ知識や経験を F 児の提案と合わせることで、各チームの人数が 等しいかを比べるという「数」に関する知識を生産したといえるのであり、サッカーに加わるためチー ムの人数が等しくなるかを考えるという D 児の学びは、小学校教育における「計数」や「数の比較」 、 「等しい集合の構成」へつながると考える。H 児は D 児の「ちょうど4対4やん!」という発言の後で 「ちょうどええな!」と発しており、 「数」に関する何らかの学びがあったのではないかと考えられる。 しかし、F 児の発言から H 児自身が集合数(チーム人数)の比較を行い理解したのか、それとも D 児 の発言から集合数が等しいことを理解したのかが定かではない。そのため、H 児についても今回は分析 の対象外とした。 【事例 2:大なわとび場面】 2-1. 〔B 児〕カテゴリー:数+知識の再生産 2-2. 〔C 児, D 児〕カテゴリー:数+知識の獲得 園庭で4人の女児(A 児, B 児, C 児, D 児)と保育者が大なわとびをしていた。まわっている縄へは 子どもが1人入って跳び、他の子どもは近くで順番待ちをしている。子どもたちがなわとびをする様子 を見ていると、どうやら5回以上引っかからずに跳べるのは A 児だけのようで、他の3人は引っかかっ てしまう。子どもたちは跳ぶ際に自分自身で「いち、にい、さん…」のように数唱しながら跳んでいる のだが、数唱するスピードが縄の回転するスピードと合わないため引っかかっているように見受けられ た。子どもたちは引っかかると残念そうで恥ずかしそうな顔をしながら、順番待ちの列の最後尾へ向か う。そんな中、跳ぶのが上手な A 児の番がきた。A 児は「いーち、にーい、さーん…」と言いながら 1 回縄がまわる間に2回ジャンプしてタイミングを合わせている。他の 3 人はそれを見ている。結果、A 児は 14 回も跳ぶことに成功した。A 児の番が終わると、また次の人が縄へ入って跳ぶ。こうしたサイ クルを繰り返すうちに、B 児の跳び方に変化が起こった。B 児は、跳ぶ際に「いーち、にーい…」と言 いながら 1 回縄がまわる間に2回ジャンプしたのである(2-1)。とはいえ、初めは上手くいかず引っかか っていたのだが次第に跳べる回数を増やしていった。すると、B 児は得意げに、 「縄がな、1回まわる時 に2回ジャンプすればいいんやで。B 児が跳ぶとこ見てて!」と C 児 D 児に説明し、C 児 D 児も言わ れたように 2 回ジャンプする方法で跳べる回数を増やしていった(2-2)。最終的に、A 児以外の3人も最 低5回は連続で跳べるようになった。 4.

(5) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 事例2は、女児たちが大なわとびをして遊んでいる場面である。元々B 児は縄が1周する間に1回だ けジャンプをしていたのだが、縄のまわる速さとジャンプのタイミングが合わずに引っかかっていた。 一方で、A 児は縄が1周する間に2回ジャンプをして上手くタイミングを合わせていた。B 児は跳べる 回数を増やせぬまま何度も縄に引っかかっていたのだが、他者の跳ぶ姿を見ながら大なわとびを繰り返 す中で、下線部 2-1 のような跳び方に変化した。この時、B 児の跳び方が A 児の跳び方と似ていたこと から、この時点で、B 児は A 児の跳び方を真似したのだと推測できる。つまり、B 児は大縄をより多く 跳ぶために、最も大縄を跳べている A 児の跳び方を真似したということである。そして、B 児が A 児の 跳び方を真似するにあたっては、互いの跳び方の違いを B 児自身が把握しなければ難しいと考えられ る。そのため、B 児は A 児の跳び方を真似しようと試みる中で、互いの「縄1周につき跳ぶ回数(1回 と2回) 」の違いを捉えて比較したのだろう。以上のことから、B 児は大なわとびの跳べる回数を増やす ために A 児の跳び方を模倣したのであり、模倣するにあたって互いの「縄1周につき跳ぶ回数」を比較 したのだと考えられる。ここで、 「跳ぶ回数の比較」ということが「数」に関する内容であることから、 B 児は「数」に関する知識を再生産したといえるのであり、大なわとびの跳べる回数を増やすために「縄 1 周につき跳ぶ回数」を A 児と比較して真似たという B 児の学びは、小学校教育における「数の比較」 や「計数」へつながると考える。 一方、C 児と D 児も縄が1周する間に1回だけ跳んでおり、跳ぶ回数を増やせないでいた。しかしそ の後、B 児から多く跳ぶためのコツを教えてもらうことで跳べる回数を増やしていったのである。つま り、C 児と D 児は B 児から「2回ジャンプすれば跳べる」という跳び方に関する知識を獲得したので あり、 「2回ジャンプする」ということが「跳ぶ回数」という「数」に関する要素を含むことから、C 児 と D 児は「数」に関する知識を獲得したといえる。加えて、大なわとびの跳べる回数を増やすためには 縄が1周する間に2回跳べばよいことを知るという C 児と D 児の学びは、小学校教育における「計数」 や「数の比較」へつながると考える。 【事例 7:ツバメの救出場面】 7-1〔A 児〕カテゴリー:量+知識の生産 7-2〔B 児〕カテゴリー:量+知識の再生産 5人の男児(A 児, B 児, C 児, D 児, E 児)は虫を捕まえるべく園舎の裏を歩いていると、園舎の傍で ツバメが弱って落ちているのを見つけた。男児たちは駆け寄ると、驚きと興味からか、 「鳥や鳥!」、 「ス ズメ?」 、 「めっちゃ弱ってんで」、 「迷子になったん?」など目を丸くして大声で発している。その時、 A 児が園舎の軒下にツバメの巣があることを見つけ、 「あそこに巣がある!」と言う。周りの子も上を見 上げて確認する。B 児は「そんじゃ、あそこ(巣)に戻してあげたらええんちゃう?」と言うが、C 児 は「あんな高いの届かんもん」と言う。この頃にはツバメを中心に多くの年長児(8~9人)が集まっ ていた。D 児は「壁にぶつかって落ちてきたんや」とか「クモの巣に引っかかったんや」など一人でツ バメが落ちた理由を考えている。B 児は巣の方を見て「はしごがあればとどく!」と言うが周りからの 賛同を得られないようである。E 児は「このままそっとしとこ」と言う。この時、幼児たちは全員がツ バメをどうするのかについて考えているようであり、笑いやおふざけはなく、真剣そのものであった。 しばらくして、F 児(女児)が「巣を作ろ!」と言って雑草を集め始めた。F 児は集めた雑草を地面 に敷くと、その上にツバメを置き、ツバメの横にツバメと同程度の大きさの石を置いた。そして、 「これ とおんなじ大きさの石を持ってきて」と近くの男児に呼びかけた。それに対して、B 児は「そんなん(こ こには)ないし」と言ったが、A 児は小石を2つ持ってきて F 児に渡し、 「これでおんなじくらい?」と 5.

(6) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び 言った(7-1)。F 児は小石を2つ受け取ると、またツバメの横に置いた。その傍らで B 児はツバメの横に 置かれた石を見つめていた。すると、突然無言のままあたりを見回し小石を拾い始めた。B 児は3個小 石を拾うと F 児へ持って行った(7-2)。F 児は3個の小石を受け取ったものの、雑草だけで巣を作った。 事例7では、F 児がツバメのために雑草や石を用いて巣を作ろうとしている。F 児は、A 児と B 児に 「これとおんなじ大きさの石を持ってきて」と言ってツバメと同程度の大きさの石を要求する。これに 対して、B 児は「そんなん(ここには)ないし」と言って石を探そうとはしなかった。しかし、A 児は 小石を2つ持ってきて、 「これでおんなじくらい?」と F 児にたずねた。つまり、A 児は、ツバメの大き さと同程度の大きさになるよう小石を集めて渡したのである。このことから、A 児は「ツバメと同程度 の大きさの石を探す」という課題に対して一個体の石を探すのではなく、小石を集めればツバメと同程 度の大きさになるという知識を生産したと考えられるのであり、ツバメの大きさと同程度になるよう小 石を集めるためにはツバメと小石の大きさを比較する必要があるため、小石を集めるという A 児の生産 した知識は「量」に関するものであったといえる。加えて、どうすればツバメと同程度の大きさの石を F 児に渡せるか考え、結果ツバメと小石の大きさを見比べながら小石を集めるという A 児の学びは、小 学校教育におけるモノの大きさの「間接比較」や「大きさの見当付け」へつながると考える。 一方、B 児は、F 児の要求に対して A 児が行動を起こすまでは応えようとしなかった。しかし、それ は B 児自身が「ツバメと同じ大きさの石は一個体として存在していない」と考えていたからに他ならな いだろう。そのため、目の前で A 児が小石を集めている姿を見て、「小石を集めればツバメと同じ大き さになる」ということに気付いたのではないだろうか。そして、F 児の要求に応える術を A 児の姿から 獲得した B 児は、3個小石を拾うと F 児へ持って行ったのだと考えられる。このことから、B 児は A 児 の行動を模倣することで「小石を集めればツバメと同程度の大きさになる」という知識を再生産したの であり、これは小石の大きさとツバメの大きさを比較するという「量」に関する知識であるといえる。 加えて、小石を集めればツバメと同程度の大きさになるという B 児の学びは、小学校教育におけるモノ の大きさの「間接比較」や「大きさの見当付け」へつながると考える。 【事例 8:ヤモリの捕獲場面】 8-1. 〔B 児〕カテゴリー:量+知識の生産 8-2. 〔C 児〕カテゴリー:量+知識の獲得 園舎の裏の倉庫近くで、ある子が「ヤモリいた!」と言った。すると、すぐさま 10 人ほどの男児(A 児, B 児, C 児を含む)が集まってきた。どうやらヤモリは倉庫と園舎の隙間に立てかけてある網戸(網 戸は長方形で縦長に立てかけてある)にいるらしい。男児たちは倉庫と園舎の隙間を左右両側から前の めりにのぞき込む。 「ヤモリや、ヤモリ!」、 「ぜったい逃がすなよ!」 、 「え、どこにいるの?」といった 声があがっている。その時、 「あ、あそこ」といって一人の男児が網戸を指さす。しかし、指さした先は 網戸の上の方で手を伸ばしても幼児の伸長では届きそうにない。すると、 「そーっとやぞ、そーっと」と いう声とともに男児たちはとりあえず網戸を隙間から出す。ヤモリが網戸にくっついて動かないため、 A 児が「台持ってこい!」と言った。しかし、その矢先に B 児が「そっち持って」と全員に呼びかけた。 B 児は続けて「これ倒すぞ!横にすれば(ヤモリを)取れる!」という(8-1)。どうやら、縦長の網戸を 横に倒そうというらしい。これには他の男児も賛同したようで、C 児は「そうや、横にすればいいんや」 と言っている(8-2)。網戸を横に倒すことが決まると、 「お前そっちもって」 、 「ちがうそこじゃない」、 「ゆ っくりやぞ」というように全員で協力して網戸を倒す算段をつけている。その間も「ぜったい(ヤモリ を)逃がすなよ」という声が口々から聞こえている。男児たちは協力して網戸を倒すことに成功し、ヤ 6.

(7) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 モリを無事捕まえることができた。 事例8では、男児たちがヤモリを捕ろうとしている。しかし、ヤモリは縦長に立てかけてある網戸の 上の方にいるため、男児たちの伸長では届かない。そんな中、B 児が「これ倒すぞ!横にすれば(ヤモ リを)取れる!」と周りに呼びかける。つまり、B 児は縦長の網戸を横長に回転させるという方法を考 えついたのである。ただし、下線部 8-1 において、B 児が網戸を長方形という形として捉えていたかは 定かではない。むしろ、ヤモリを捕まえるにあたって、立てかけてある網戸の縦の辺よりも横の辺の方 が短いため回転させた方がヤモリとの距離が近くなると考えたのではないだろうか。つまり、B 児は網 戸を形として操作しようとしたのではなく、あくまで網戸の縦と横の辺の長さを比較して、横の方が短 いためヤモリとの距離が近くなると判断したのだろう。このことから、B 児は「ヤモリを捕まえる」と いう課題に対して、網戸を回転させるという知識を生産したのであり、これが網戸の縦と横の辺を比べ るという長さの比較に関する内容を含むことから、B 児が生産した知識は「量」に関するものであった といえる。加えて、ヤモリを捕まえるために網戸の辺を比較して距離を縮めようとする B 児の学びは、 小学校教育におけるモノの長さの「間接比較」や量の「大きさの見当付け」へつながると考える。 一方、下線部 8-2 では、B 児の下線部 8-1 を受けて C 児が「そうや、横にすればいいんや」と反応し ている。つまり、B 児とともにヤモリを捕まえようとしていた C 児は、B 児の発言によってヤモリとの 距離を縮めるためには網戸を回転させればよいということに気付いたのだろう。ただし、C 児も網戸の 形に関する発言をしていないことから、網戸を形として捉えて回転させようとしたのではなく、あくま でヤモリとの距離を詰めるために網戸の辺の長さを捉えたのだろうと考える。以上から、C 児は「ヤモ リを捕まえる」という課題に対して、網戸を回転させればヤモリとの距離が縮まるという知識を B 児か ら獲得したのであり、網戸を回転させる理由が網戸の辺の長さを比較することに由来しているため、B 児の獲得した知識は辺の長さの比較という「量」に関するものであったといえる。加えて、ヤモリを捕 まえるという課題に対して、網戸の縦と横の辺では横の方が短いため回転させればヤモリとの距離が縮 まることを知ったという C 児の学びは、小学校教育におけるモノの長さの「間接比較」や量の「大きさ の見当付け」へつながると考える。 【事例 13:紙飛行機作り場面】 13-1. 〔B 児〕カテゴリー:形+知識の獲得 13-2. 〔C 児〕カテゴリー:形+知識の獲得 13-3. 〔C 児〕カテゴリー:形+知識の生産 保育室にある机で3人の男児(A 児, B 児, C 児)が紙飛行機を作っていた。A 児は青色の折り紙で紙 飛行機を作り、B 児と C 児は緑色の折り紙で紙飛行機を作った。紙飛行機を作り終えると、3人は出来 上がったものを手に持って保育室後方の壁際へ行き、B 児の「スリー、ツー、ワン」という掛け声に従 ってそれぞれに自分の作った紙飛行機を対面の壁めがけて飛ばす。すると、A 児の青い紙飛行機は対面 の壁に刺さるような勢いで飛んでいくが、B 児と C 児の紙飛行機は横に曲がって飛んだり、すぐに床に 落ちてしまう。それを見た C 児は、 「色を変えよう。他の色の方が飛ぶ!」と B 児を誘い、2人は机の 方へ向かう。そうして、机へ着いた B 児と C 児は他の色の折り紙を探すのだが、結局、A4 版の紙を出 し、B 児は、 「大きい方が飛ぶ!」と言って作り始める。どうやら、紙の大きさ(飛行機の大きさ)に良 く飛ぶ要因を見出したようである。こうして、B 児と C 児は新しい紙飛行機を折り始めるが、A4 版の 紙は折り紙とは異なり長方形であるため、2 人は上手く折り進められない。そこで、2人は A 児に「A 児、ちょっと来て」と言って、折り方を教えてくれるよう頼む。 7.

(8) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び こうして、A 児も含めた3人でそれぞれに改めて A4 版の紙を折り始め、A 児が「ここはこうやって 折るんやで」 、 「ちがう、ここはこう」と他の3人に自分が折ったものを見せながら作っていく。B 児と C 児は苦戦しながらも A 児の助けを得てなんとか完成へ近づけていくのだが、その過程で、B 児は A 児 に対して「ここはこうするん?」 、 「羽は大きい方がいいん?」 、 「ねぇねぇ、こっち(飛行機の先端部分) は折らんくていいん?」など逐一質問しながら A4 紙の向きや裏表、折る形や折る面積を変えていく。 こうした、試行錯誤の末、B 児は紙飛行機を完成させた(13-1)。一方で、C 児も A 児から紙飛行機の折り 方を教わっている。最初、C 児は A 児に対して質問をすることなく A 児の助言に従って折り進めてい く。しかし、途中からは C 児の折り方が A 児の助言通りではないこともあったようで、度々A 児は「そ うじゃない、こうやねん!」と C 児の折り方についての指摘をしていた。それに対して C 児は無言の まま直すこともあったが、直さないこともあった(13-2)。そのため、徐々に A 児の指摘は減っていき、C 児は途中からオリジナルな折り方(紙飛行機の先端を折る, セロハンテープで両翼をくっつける等)を するようになっていった。その後も、C 児は黙々と折り進め、早々に紙飛行機を飛ばしに行った(13-3)。 事例 13 は、A 児 B 児 C 児が紙飛行機を作って遊んでいる場面である。A 児はすでに良く飛ぶ紙飛行 機の作り方を心得ているようであり、一方の B 児と C 児は紙飛行機が上手く飛ばない理由を飛行機の 「大きさ」や「色」に求めながら作り直しを図っている。結局、B 児と C 児は A4 版の用紙で紙飛行機 を作り直そうと試みるのであるが、A4 版の用紙は長方形であるため折り紙(正方形)の時と同様には折 り進められず、A 児に助けを要請する。こうして、B 児と C 児の新しい紙飛行機作りが始まるのである。 まず、B 児について、B 児はすでに折り紙を用いて紙飛行機を折ったことがあるため、本来であれば A 児に教えてもらわなくとも紙飛行機を折ることは可能なはずである。しかし、下線部 13-1 のように、 B 児は A4 版用紙での紙飛行機の折り方について逐一 A 児に確認をとっている。これは、A4 版用紙が 長方形であることから、折り紙の時と同様に折り進めることが難しいということに加え、どうにかして 自分も A 児のような「良く飛ぶ紙飛行機」を作りたいという B 児の意思の表れであったと予想される。 つまり、B 児は「良く飛ぶ紙飛行機」を作るために B 児が知り得る知識を採用せず、あくまで A 児に習 おうとしたのである。このことから、B 児は紙飛行機の折り方という「形」に関する知識を A 児から獲 得したといえるのであり、自分の知らない折り方を教えてもらうという B 児の学びは小学校教育におけ る図形の構成の仕方について考察する、いわゆる「幾何学的な推論」へつながると考える。 次に C 児についてである。C 児も自分で紙飛行機を折ることができるにも関わらず、A4 版用紙での 紙飛行機の折り方について A 児に助けを求めている。このことから、C 児も A4 版用紙での紙飛行機の 作成が自分の力では困難であったか、もしくは、A 児のような「良く飛ぶ紙飛行機」を作りたいという 思いがあったのだろうと考えられる。C 児は B 児と異なり、A 児に対して折り方に関する質問をするこ となく A 児の助言通りに折り進めていく。途中からは A 児の助言と異なる折り方をする様子も見られ たが、A 児の指摘によって折り直す姿も確認された。その後、C 児は徐々に A 児の助言と異なる折り方 を展開するが、少なくとも途中までは A 児が教える通りに紙飛行機を折り進めていた。この時点で、C 児についても B 児と同様、紙飛行機の折り方という「形」に関する知識を A 児から獲得しており、自分 の知らない折り方を教えてもらうという C 児の学びは、小学校教育における「幾何学的な推論」へつな がると考えられる。しかし、上述の通り C 児は途中から独自の折り方で紙飛行機を完成させていく。も しかしたら、折り進める中で、やはり「自分はこう折りたい」という気持ちが強くなったのかもしれな い。もしくは、C 児の方が B 児に比べて紙飛行機作りの経験が豊富であったため「紙飛行機の折り方」 に関する知識が慣用化しており、A 児の助言通りに折るよりも独自性や自身の経験知を付加させること 8.

(9) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 に楽しさを見出したのかもしれない。いずれにせよ、C 児が紙飛行機を折る中で「良く飛ぶ紙飛行機」 を作るために試行錯誤していたことは確かである。つまり、C 児は「良く飛ぶ」という紙飛行機作りに おける自身の課題を越えるために、 「紙飛行機の先端が折れる」ように折り方を工夫し、紙飛行機の両翼 が開いてしまわないよう「セロハンテープで翼同士をくっつける」といった工夫を加えているのである。 これはすなわち、C 児が思い描く紙飛行機を作るために紙飛行機を工作する過程で「形」に関する知識 を生産しているといえる。加えて、 「良く飛ぶ紙飛行機」を作るために工作の過程で試行錯誤するという C 児の学びは、小学校教育における「幾何学的な推論」へつながると考える。 【事例 18:色鉛筆の片付け場面】 18. 〔A 児〕カテゴリー:パターン+知識の生産 女児(A 児)が保育室の机で絵を描いていた。絵を描くために用いていたのは色鉛筆(10 色以上あり、 アルミ製のケースに並べてあるタイプのもの)であった。A 児は絵を描く過程でケースに入っていた色 鉛筆を次々に机の上へ出し、最終的にケースには一本も残っていない状態であった。しばらく A 児を見 ていると、納得した絵が描けたためか色鉛筆をおもむろにケースへ片付けはじめた。机の上に散乱して いた色鉛筆は、A 児の手によって怒涛の勢いでケースにしまわれていく。A 児はもはやケースなど見ず、 手に取った色鉛筆からケースにたたきつけるようにしまっていく。こうして、色鉛筆はすべて一応ケー スにしまわれたが、上下はバラバラでお世辞にも綺麗とは言い難い状態であった。A 児は色鉛筆のケー スに蓋をすると、描いた絵とともに持って立ち上がる。しかし、すぐには動かない。1~2秒ほどの間 をおいた後、A 児は再びその場に座りこんでしまった。そして、手に持った色鉛筆のケースを机の上に 置くと、ケースの蓋を開けて先ほど片付けた色鉛筆をすべて机の上に出す。すると今度は、短い色鉛筆 から順にケースの左端から順番に詰めて入れ、色鉛筆の先端が上になるように向きを揃えて片付けはじ める。A 児は机の上にある色鉛筆をケースに収めていく過程で、すでにケースに収めたものより短いも のが見つかれば、ケースの色鉛筆を適当な位置にずらして、左から短い順で並ぶよう調整を行っていた 。結果、A 児はケースに収められた色鉛筆が左から右にかけて順に大きくなるような配置で並べ、. (18). 上下の向きもすべて揃え、蓋をして片付けた。 事例 18 では、A 児が絵を描いた後に色鉛筆を片付けている。1回目の片付けにおいて A 児は、かな り煩雑に色鉛筆をケースへしまう。こうして一応片付けられた色鉛筆は、ケースの中で上下バラバラと なっていた。それでも A 児は色鉛筆のことなどお構いなしで絵を持って立ち上がる。しかし、ここで A 児は1~2秒ほど立ち尽くし、再びその場に座って机に向かう。すると、先ほど片付けた色鉛筆のケー スを開け、中の色鉛筆を机の上に全部出したのである。おそらく、A 児は片付けた色鉛筆を色鉛筆など が仕舞ってある棚へ戻すために立ち上がったが、立ち上がった瞬間に色鉛筆の片付け方が頭をよぎり、 片付け直そうという気になったのだろう。ただし、片付け直すと思い立ったきっかけが、単なる気分な のか、それとも習慣によるものなのか、はたまた色鉛筆の並び順に関わる規則性(パターン)を気にし たものなのかは定かではない。 A 児は一度片付けた色鉛筆を再び机の上にすべて出すと、今度は短い色鉛筆から順にケースの左端か ら詰めて入れ、色鉛筆の先端が上になるように向きを揃えて片付けはじめる。加えて、A 児は机の上に ある色鉛筆をケースに収めていく過程で、すでにケースに収めたものより短いものが見つかれば、ケー スの色鉛筆を適当な位置にずらして、左から短い順で並ぶよう調整を行っていた。このことから、A 児 は一度色鉛筆をケースへ仕舞ったものの、ケースに並んだ色鉛筆の煩雑さや不規則性に気が付き、片付 け直すことにしたと推察される。さらに、2回目の片付けにおいて、A 児は色鉛筆の上下を揃え、短い 9.

(10) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び ものから順にケースの左端へ詰めていった。すなわち、A 児は2回目に色鉛筆を片付ける際、片付け方 について自ら規則を作成し、その規則に則って色鉛筆を片付けたといえる。以上から、A 児は色鉛筆を 片付けるという行為の中で、どのように片付けるかについて考え、結果、色鉛筆の上下を揃えて短いも のから左詰めにするという「パターン」に関する知識を生産したといえる。加えて、片付けをする中で 自ら片付け方についてのパターンを作り出すという A 児の学びは、小学校教育における「変化と対応の 規則性」へつながると考える。. 総合考察 1. 数量形に関する学び 抽出した事例の分析を通して、幼児の自発的な遊びの中に、数、量、形、パターンのすべてに学びが 確認された。また、学びについては、知識の再生産、知識の獲得、知識の生産のすべての学びが確認さ れた。以下に、数、量、形、パターンそれぞれの学びに関して考察する。 「数」については、知識の再生産、知識の獲得、知識の生産が確認され、小学校教育へのつながりと して「計数」 「数の比較」 「等しい集合の構成」 「加算」が想定された。 「数」に関する事例からは、数に 関する知識が直接的に扱われて数に関する学びとなっている場面や、遊びの中で生起した課題を解決す るための新たな知識を生み出す手段的な位置付けとして数に関する学びが起こる場面が確認された。つ まり、同じ「数に関する学び」であっても、数に直接関係する知識を扱うのか、それとも知識を構築す る手段として数を扱うのかについては場面ごとに変化するということである。とはいえ、幼児が自発的 な遊びの中で数に関する学びを得ていることは確かだろう。河原(2016)の研究結果では、5歳児とも なれば「1対1対応」 「数の保存」 「数の多少判断」 「数唱」 「数字の読み書き」 「順序数」 「計数」 「集合」 といった数に関する課題をおおむねクリアできることが示唆されている。しかし、これはあくまで幼児 の数能力を測るための課題であり、実際の幼児は遊びや生活の中で生じる数そのものとは直接関係のな い多種多様な課題に対して新たな知識を構築することで対応していく。そして、新たな知識を構築する 過程には直接的、手段的な数に関する知識が含まれることも往々にしてあると予想されるのであり、そ の場合、幼児は数に関する学びを得ていることになる。従って、幼児は数に関する直接的、手段的な知 識を用いて課題を解決に導き、遊びをさらに展開すると考えられるのであり、その際に数に関する学び を得ているといえるのである。 次に「量」についてである。 「量」についても知識の再生産、知識の獲得、知識の生産が確認され、小 学校教育へのつながりとしては「直接比較」 「間接比較」 「大きさの見当付け」が想定された。量につい ては漏れなく、量を捉えるための手段的な位置付けとして学びが起こっていた。すなわち、幼児が遊び の中で構築する知識自体は量そのものの知識ではないが、知識を扱う上では手段的な部分で量に関係す るということである。とはいえ、これは当然のことのようにも思われる。なぜなら、 「量」は「数」や「形」 とは異なり、 「量」という概念そのものがすでに「比較」や「測定」といった手段の先に位置付いている ためである。従って、遊びの中で量を扱おうとすれば必然的に比較や測定を行わざるを得ないのであり、 その結果、幼児は比較や測定を通して量に関する学びを得ているのである。従って、幼児は量を捉える 手段的な行為を通して量に関する学びを得ているといえる。 次に「形」についてである。 「形」については知識の獲得、知識の生産が確認され、小学校教育へのつ ながりとしては「幾何学的な推論」 「形の識別」が想定された。事例 13 では、幼児が何かを作り出そう としている姿や、物の形を捉えて動かそうとしている姿が確認された。こうした遊びの中で直面する「形」 10.

(11) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 について、Bishop(1988)は、 「型や形それ自体に注意が向けられるのは, 形が抜き出され, 作られ, 形 が与えられたときなのである」と述べている。ここで Bishop が言う「型や形それ自体に注意が向けら れる」とは、いわゆる「形の識別」と同義だと捉えられるため、 「形の識別」とは何かを作り出すことに よって初めて可能となるわけである。しかし、一方で「何かを作り出す」という「幾何学的な推論」を 要する営みを成立させるためには素材となるモノの形を捉えていなければ不可能であると考えられる。 そのため、結果的に「幾何学的な推論」と「形の識別」とは相互的な関係性であるといえる。この意味 において、幼児は遊びの中でインフォーマルに「幾何学的な推論」と「形の識別」を行き来しながら「形」 に関する学びを深めると考えるのである。 最後に「パターン」についてである。 「パターン」については知識の再生産、知識の生産が確認され、 小学校教育へのつながりとしては「変化と対応の規則性」が想定された。本研究で参考とした日本語版 CMA では「パターン」に関する項目の中で、 「与えられたパターンを多様な材料を用いて複製する能力」 や「与えられたパターンを延長する能力」のような「与えられたパターン」について評定する課題のみ が設定されていた。しかし、事例 18 を確認すると、幼児は自らパターンを作り出して遊んでいるので ある。もちろん、幼児には「パターンを作りなさい」といったような課題が課せられているわけではな い。無論パターンを必ず遊びに取り入れる必要などもない。つまり、あくまで幼児自身が自発的にパタ ーンを作り出し、遊びに取り入れているのである。さらに、中村(2016)の事例の中で「誰かが色の法 則を崩すような発言や行動をした際に、違うよと声がかかるようになる」といった幼児の様子が確認さ れている。このことから、もしかしたら幼児はパターンを取り入れることにある種の「面白さ」を見出 しているのかもしれない。もしくは、遊びの中で共有されるべきルールとして暗黙のうちに了解してい るのかもしれない。いずれにせよ、本研究の結果から幼児は遊びの中で「パターン」というものの存在 に気付き、そしてそれを延長し、自ら作り出す中で学びを深めているといえる。. 2. 幼児の学びを保障する保育者の姿勢 本研究では、幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学びについて考えてきた。これはすなわち、 幼児自身が能動的な学習者であるということでもある。一般に、幼児期の教育は経験主義的であり、子 どもの心(好奇心、探究心、憧れ)を起点として、感性や感覚を働かせることで経験を通じて育ち学ぶ 教育だといわれている(北野, 2018) 。このことから、幼児は周囲の環境と自発的に関わりながら学ぶ存 在であるといえるのである。本研究では幼児期の学びを、 「知識の再生産」 、 「知識の獲得」、 「知識の生産」 という種類に分けて、幼児の数量形に関する学びを捉えた。その結果、幼児が自発的に遊ぶ中で学ぶ過 程を確認することができ、幼児は遊ぶ中で自ら数量形に関する学びを得ていることが明らかになった。 これまでは幼児期の数量形の学びに関して、知識は大人が教えなければ幼児に理解されないため、幼 児期の積極的な数的支援が必要だとする主張があったほか(栗原, 1990 ; 松原・岡田, 1973) 、保育者の 数的支援が幼児の数に関する能力を効果的に促す役割を果たしているという研究結果もある(榊原, 2006)。このことから、幼児に対して保育者が意図的に数量形を教えることの大切さは疑い得ないとこ ろである。ただし、幼児期は知識や技能を一方向的に教えられて身に付けていく時期ではない(文部科 学省, 2018) 。本研究で確認したように、幼児は自発的な遊びの中で自ら学びを得ているのである。その ため、保育者は幼児に対して積極的に何かを教えるという姿勢でいるだけではなく、時には教えること を待つ姿勢でいることも必要だろう。すなわち、遊びの中で幼児自身が試行錯誤して学ぶことのできる 時間や機会を保障することが、保育者には求められるということである。もちろん、数量形について幼 11.

(12) 幼児の自発的な遊びにおける数量形に関する学び 児に何かを教えることが間違いだと言っているのではない。例えば、幼児が遊ぶ中で課題を見つけ、そ の課題を解決する糸口が見えていない様子である時、保育者が「幼児は自ら学ぶから大丈夫」といって 見守っているだけでは、幼児は身動きがとれなくなり、ついには課題に向き合うことを諦めてしまうか もしれない。そのため、保育者は幼児の様子を確認する中で、何かを教えることが必要な場面に遭遇す ることもあるだろう。そのような場面では、幼児に何をどこまで教えるのか見極めることが重要だとい うことである。 さらに、保育者には幼児同士の学び合いが起こることを待つ姿勢も大切だろう。本研究の事例の中に は、複数の幼児が共に遊ぶ中で学びを得ている場面があった。つまり、幼児は他の幼児と遊ぶ中で学び 合っているのである。そのため、保育者は幼児の会話の内容や遊びの動向に注意を向け、幼児同士の学 び合いが起こりそうな場面では、しばらくその様子を見守ることも必要ではないだろうか。もちろん、 幼児同士の学び合いが起こる可能性のある場面においても、保育者はただ見守るというわけではない。 幼児が遊ぶ中で何かに行き詰っている様子であれば、やはり必要な部分において援助をすることが求め られるだろう。 以上のように、保育者が「教えることを待つ姿勢」と「幼児同士の学び合いが起こることを待つ姿勢」 を意識することは、幼児が自発的な遊びの中で数量形に関する学びを得るうえで大切だと考えるのであ る。この二つの「待つ姿勢」について、保育者がどこまで待てばよいのかを判断するためには、多分な 保育経験や技術が必要なのかもしれない。もしくは、そもそも判断すること自体が難しいのかもしれな い。しかし、幼児が能動的な学習者であることを踏まえたとき、保育者には待つ姿勢が求められるので ある。従って、保育者はあくまで幼児を主役としながら、幼児にとって必要最小限の援助を行うにとど め、幼児が悩み考える余白を残すことで幼児の学びを保障していくことが望ましいのではないだろうか。. 引用文献 天岩静子(1997) 自由遊びの中で幼児が用いる数表象 信州大学教育学部紀要, 92, 77-85 Bishop, A. J. (1988) Mathematical Enculturation. A Cultural Perspective on Mathematics Education. Dordrecht/Boston/London: Kluwer Academic Publishers. (ビショップ, A. J. 湊三郎 (訳) (2011). 数学的文化化-算数・数学教育を文化の立場から眺望する-. 中 央 教 育 審 議 会 ( 2016 ). 教育出版). 「知識」についての考え方のイメージ(たたき台). www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/069/siryo/attach/1371893.htm ( 情 報 取 得 日 : 2018/10/30) 今井むつみ(2016) 学びとは何か-〈探求人〉になるために- 岩波書店 稲垣佳世子・波多野誼余夫(1989) 人はいかに学ぶか 日常的認知の世界 中央公論社 河原聡子(2016) 算数分野における小学校と就学前教育の関連性 京都光華女子大学京都光華女子大 学短期大学部研究紀要, 54, 165-179 北野幸子(2018) これからの幼児教育の在り方を考える-教育保障としての幼児教育の一体化- 無 藤隆(編) 幼児期の終わりまでに育ってほしい 10 の姿 東洋館出版社, 18-21 栗原九十朗(1990) 幼児の算数 新しい教育要領と保育指針 あゆみ出版 松原達哉・岡田明(1973) 講座これからの保育内容 7 数・文字とその導き方 明治図書出版 文部科学省(2017) 小学校学習指導要領解説 算数編 日本文教出版 文部科学省(2018) 幼稚園教育要領解説 フレーベル館 12.

(13) 幼年教育 WEB ジャーナル 第 3 号 無藤隆(編) (2018) 幼児期の終わりまでに育ってほしい 10 の姿 東洋館出版社 中村玲心(2016) 幼児における数理教育の意義と実践 瀬木学園紀要, 10, 12-15 佐伯胖(1995) 「学ぶ」ということの意味 岩波書店 榊原知美(2006) 幼児の数的発達に対する幼稚園教師の支援と役割:保育活動の自然 観察にもとづく検討 発達心理学研究, 17, 50-61 榊原知美(2014) 5 歳児の数量理解に対する保育者の援助:幼稚園での自然観察にもとづく検討 保 育学研究, 52, 19-30 津守真(1979) 子ども学のはじまり フレーベル館 矢治夕起(2017) 幼稚園における物とのかかわり・数量や文字とのかかわり 淑徳大学短期大学部研 究紀要, 56, 157-164 山名裕子(2011) 幼児が遊びを通して学んでいること-「遊び」の中の「学び」という観点から- 秋 田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門, 66, 55-61 山名裕子(2013) 幼児が遊びを通して学んでいること(2)-「遊び」の中で育まれる数量感覚に着 目して- 秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門, 68, 35-40 吉田明史(2016). 幼児の活動を数学的豊かにする方略. 47, 81-93. 13. 奈良学園大学奈良文化女子短期大学部紀要,.

(14)

参照

関連したドキュメント

する愛情である。父に対しても九首目の一首だけ思いのたけを(詠っているものの、母に対しては三十一首中十三首を占めるほ

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

断面が変化する個所には伸縮継目を設けるとともに、斜面部においては、継目部受け台とすべり止め

えて リア 会を設 したのです そして、 リア で 会を開 して、そこに 者を 込 ような仕 けをしました そして 会を必 開 して、オブザーバーにも必 の けをし ます

今回の SSLRT において、1 日目の授業を受けた受講者が日常生活でゲートキーパーの役割を実

(注)

層の項目 MaaS 提供にあたっての目的 データ連携を行う上でのルール MaaS に関連するプレイヤー ビジネスとしての MaaS MaaS

小学校学習指導要領総則第1の3において、「学校における体育・健康に関する指導は、児