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僻地教育研究施設 40 年の歴史と課題 : その予備的考察

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(1)Title. 僻地教育研究施設 40 年の歴史と課題 : その予備的考察. Author(s). 門脇, 正俊; 市川, 雅絵; 菅原, 良子. Citation. 僻地教育研究, 48: 77-91. Issue Date. 1994-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/1483. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである. Hokkaido University of Education.

(2) 1994.3. No.48.. 僻地教育研究施設40年の歴史と課題 −その予備的考察柳 門脇 正俊 市川 雅絵 菅原 良子. APreparatoryStudyonthe40−yearHistory OftheRuralEducationInstitute,HokkaidoUniversityofEducation,. andits Future Tasks. MasatoshiKADOWAKI,MasaeICHIKAWAandYoshikoSUGAWARA. 身の教育研究所時代を含めて,本学僻地教育研究施. は じめに. 設が今日まで発行してきた研究紀要「僻地教育研究」. 北海道教育大学僻地教育研究施設が1994年3月,. 誌における論文題目を,大学院生と一緒に概観し,. 創立40周年を迎える。この研究施設は,文部省の予. その中から研究施設の歴史に関連した重要論文を取. 算的裏付けを得た公認施設でなく,学内措置で維持. り出して精読し,また,院生各自の興味関心に基づ. されてきた施設であるが,現在では全国唯一の僻地. いて,いくつかの論文を検討してもらった。第2章. 教育研究施設として,長い伝統と研究の蓄積があり,. は,演習での論文題目の概観や諸論文の検討をもと. 我が国や北海道の僻地教育の振興にとって,それな. に門脇が文章化したものであり,第3章は,院生の. りの重要な役割を果たし,今日的にも期待されてい. 菅原と市川が,それぞれの研究テーマに関連して選. る施設である。それは,本学が所在する北海道の地. 択し精読した諸論文をもとに各自が論述したもので. 域性を反映し,本学とともに歩んできた重要施設で. ある。なお,昨年までの「僻地教育研究」誌(第1. ある,といえよう。本稿では,この施設の設立の経. −47号)に掲載された論文を,分野別に分類する作. 緯,そこで展開されてきた研究活動を振り返りなが. 業を我々3人で試み,「僻地教育研究誌掲載論文分. ら,今後の課題について考えてみたい。最初に,わ. 野別一覧」として掲載した。従って,本稿全体が3. れわれがこの研究に取り組んだ経過を説明しておき. 人の共同討議をもとに作成されたといえるが,前述. たい。. のように,文責者は,「はじめに」と第1・2章が 門脇,第3章のAが菅原,Bが市川,資料の分野別. 本学大学院修士課程での1993年度後期「教育制度 特別演習」で「小規模学校制度論」をテーマに選び,. 論文一覧が門脇・市川・菅原の3人である。なお,. へき地教育や小規模教育に関する拙稿のいくつかを. 本学僻地教育施設の40年間における研究蓄積は彪大. 紹介しながら,特に「小規模性に視点においた初等. であり,本稿での我々の考察は,その一部の論文し. 教育及び教師教育の課題」や「 ̄小規模校教育研究体. か考察できておらず,とりあえず,「予備的考察」. 制の充実を期待する」等について大学院生の批判的. という副題のもとに発表することにした(門脇正. 検討を求めたり,東京都区内での人口減少に伴う学. 俊)。. 校の小規模化や統廃合問題に関する最近の資料を紹 介したりしているうちに,本学僻地教育研究施設が. 1.本学僻地教育研究施設の歴史的系譜. 94年3月に創立40周年を迎えることに気づき,この 施設の発足の経緯に関する資料を少し探して紹介し. A.僻地教育研究所の前身をめぐって. てみた。本稿の第1章は,その時の報告を中心に文. 本学の「関学三十年」記念誌(1980.3)は,僻 地教育研究施設の沿革について,つぎのような簡潔. 章化してみたものであるが,続けて,この施設の前 ー77鵬.

(3) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. な記述を行なっている。. 作成した」。. 「本学が新制大学として発足すると同時に,現施. 即ち,この報告では,49年に設立された本学が4. 設の前身の『教育研究所』が創立された。昭和27年. 年目の完成年度を迎えた52年4月,僻陣地教育の研. 『総合教育研究所』と改称し,本部敷地内に新築移. 究のための教育研究所の開設が企画され,そのため. 転した。昭和28年5月,本学の『教育研究施設総則』. の準備委員会が開催され,研究所規則案が作成され. 及び『教育研究所細則』が制定され組織も整備され. たことになる。そして,同年の学報5号には,52年. た。翌29年『僻地教育研究所』と改称し,『細則』. 6月3日施行(27年6.14達第4号)の「北海道学. の目的にも『僻地』の語を加え,組織も改組して3. 芸大学教育研究所規則」が全文掲載されているので,. 研究部と指導部をおき,各分校に支部を置いた。更. 前述の同年4月に開設準備委員会で作成された規則. に昭和33年には4研究部と事業部とし,各支部の研. 案は,6月に正式に決定されたことになる。. 究協力校制度も設けられた。昭和39年,分校支部制,. ところで,この教育研究所は,「僻陣地教育を主. 学問分野部門を廃止,企画・研究・教育・業務の4. なる研究テーマとして」開設準備が行なわれたが,. 部門とし,所員構成も改め,更に必要に応じては学. 制定された研究所規則で「僻(馳)地」という用語. 外に研究員を委嘱できるようにした。昭和45年7月. は使用されず,「開発地」という表現で,研究所の. 『僻地教育研究施設』と改称,研究員は各分校3人. 目的や事業内容が規定されていた。即ち,研究所は. とし,学長の所長兼任制を改めて施設長は研究員の. 「開発地としての北海道の現実に即し,教員養成の. 互選とし,研究部門は,基礎研究・教育計画研究・. 立場から,教育上の諸問題に対し実際的基礎的調査. 教育方法研究の3部門制にするなど大幅な改組が行. 研究を行ない,本道教育の改善進歩を図ることを目. なわれて現在に至っている」. 的」(第2条)としており,本州等における僻地の. この1970(昭和45)年の改称・改組は,そのまま. 閉鎖的停滞的イメージより,新しい開拓地といった. 現在の93年度まで引き続がれている。この記述は,. フロンティア的イメージを強く感じさせる表現が使. 当時施設長であった榎本教授によるものと思われる. 用されていた。この目的を達成するために,つぎの. が,その内容は,60・61・64・78年版の「僻地教育. ような事業内容や研究部が定められた。. 研究施設要覧」での「研究所」の沿革を圧縮しっっ,. 事業内容(第3条). その後の歩みが追加されている。従って,この沿革. 一.開発地における教員養成に関する調査研究. は,歴代の僻地教育研究施設関係者によって確認・. 二.開発地における教育内容及び教育方法に関. 継承されてきたものであり,非常な重さを有してい. する調査研究. る。しかし,筆者が昨秋に本学図書館で見いだした. 三.開発地における社会及び児童に関する調査. 52年の本学学報では,前身の経過について前述の関. 研究. 学三十年誌や要覧各年度版では全く言及されていな. 四.図書・研究物の出版,教育の相談研修等の. い内容が含まれていて,それをもとに説明すれば,. 事業. つぎのようになる。今までの「沿革」にほ出典が示. 五.其の他目的達成に必要なる事業. されておらず,前後の判断は困難であるが,本稿が. 研究部(第5条). ひとっの刺激剤となって,本研究施設沿革の厳密な. 第一研究部 教員養成に関する調査研究を行な. 検討が行なわれることを期待したい。. つ. さて,52(昭和27)年の本学学報3号は「北海道. 第二研究部 教育内容及び方法に関する調査研. 学芸大学教育研究所開設準備委員全開催について」. 究を行なう. 報告し,つぎのように述べていた。. 第三研究部 社会及び児童に関する調査研究を. 「本学もここに完成年度を迎えることになったの. 行なう. で,本道の特殊事情たる僻敵地教育を主なる研究. 指 導 部 調査研究にもとづく指導助言及び. テーマとして,教育研究所開設を企画し,まず第一. これの普及出版を行なう. 歩とし,4月14日,本部会議室において準備委員会. この教育研究所は,(恐らく,同年9月の総合教. を開催し,左記[引用を省略]の諸氏が参集して,. 育研究所への名称変更を経て)1954年3月10日に「北. 運営の方針について種々討議の上,研究所規則案を. 海道学芸大学僻地教育研究所」へと名称変更を行な − 78−.

(4) Nα48.. 僻地教育研究施設40年の歴史. うが,その際の規定変更(新規定「僻地教育研究所. ろ,「僻_」が当用漢字でなかったという単純な理由 に基づいていただけのことかもしれないが………。. 細則」)によって,前掲第3条の事業内容一・・ 三における「開発地」という表現はすべて「 ̄僻地」. に表現変更され,第2条の目的規定の冒頭部分「開. B.教育研究所放置の背景. 発地としての北海道の現実に即し【.」の箇所だけ「開. ところで,文部省は1947年3月17日,学校教育局. 発地」表現が残っていた。しかし,この用語変更と. 長名で師範学校長宛てに,「教育研究所開設に関す. 第5条最後の指導部が削除され第三研究部に包括さ. る件」という通達を出し,「新教育の進展を図る目. れた以外は,教育研究所規定の表現が,そのまま受. 的で,師範学校に教育研究所を開設することが望ま. け継がれており,僻地教育研究所は52年6月からの. しく,なるべくこれを新年度から実施するようお奨. 教育研究所(や,恐らくそのまま引き続いた同年9. めする」とした。この通達の背景には,前年のアメ. 月からの総合教育研究所)をはぼそのまま継承し,. リカ教育使節団報告書や教育刷新委員会建議等があ. その実質に相応しく「僻地」表現を取り入れ,名称. り,教育の民主化や地方分権との関連で当該地域の. 変更したといえようか。52年6月にスタートした前. 教育研究の中心的役割を教員養成機関に期待されて. 身の教育研究所は,総合教育研究所名で,その設立. いたのであろう。この通達を受け,各師範学校では. 年度末(53年2月)から「教育研究」という研究誌. 教育研究所の設置が進められたが,そのための特別. の発行を開始しているが,それの創刊号は「僻地教. な人的物的保障はなく,また,そのイメージも乏し. 育」を表題に掲げた特集であり,実質的には「僻地. く,形式的設置に留まっていたようである。1949年,. 教育研究」誌といってよい内容であった。そして,. 師範学校を母体に,本学を含む教員養成系大学学部. 現在の「僻地教育研究」誌も,(総合)教育研究所. が発足してから,教育研究所の内実化の努力が進め. によるその「教育研究」誌創刊号を第1号として受. られていくことになる。. け継いだものであり,その意味では,僻地教育研究. 本学札幌分校百年記念誌は,その第5葦北海道第. 施設の発足を54年3月でなく,52年6月と見なすと. 一師範学校(5)教育的活動において,「47年1月,. もこともできようが,本施設の10周年,20周年,30. 『本道の特殊性に鑑みて,その教育の実態を調査研. 周年にならい,94年3月をもって40周年と考えたい。. 究し,本道教育全般の推進に寄与』することを目的. なお,この記述は,資料確認できた52年魔の本学学. に,校長を所長とする『北海道教育研究所』を設け. 報3・5号に基づいたものであり,49年6月に本学. たが,予算や学芸大学成立の動きもあり,充分な成. の関学とともに発足した「教育研究所本部」や52年. 果を見るに至らなかった」と記している。47年1月. 9月の「総台数育研究所」への改称等の関連につい. は,上記の文部省通達より2カ月前であり,果たし. ては,残念ながら資料不足のために,次の項でごく. てそうだったのかどうか,その真偽は不明であるが,. 簡単に推測することしかできないが,今後の研究課. その前年の使節団報告等に関連した文部省通達の前. 題としたい。. 後に,札幌師範でも,教育研究所の設置が行なわれ. なお,52年規定の「開発地_」表現が,54年3月に. たということば確かであろう。なお,「国立教育研. 「僻地」表現に変更された背景には,「全国へき地. 究所十年の歩み」によれば,47年10月,教育研修所 (国立教育研究所の前身)の呼びかけで,第1回全. 教育研究連盟」の設立や「へき地教育振興法」の制 定(54年6月)運動があり,それまでの「小さな学. 国教育研究所連絡協議会が開催され,師範学校から. 校の教育」「単級複式教育」「僻陣地教育」等を含む. 43教育研究所が参加しており,当時既に,大半の師. 多様な表現が「へき地教育」表現に集約されていっ. 範学校に教育研究所が設置されていたことになる。. た流れが影響していたのではないかと推測するが,. また,前掲の札幌分校百年史によれば,48年6月30. どうであろうか。ただ,大学の施設名が「へき地」. 日,北海道学芸大学設置申請書が文部省に提出され. ではなく,なぜ「僻地」となったのか筆者にはわか. たが,その附属施設の項に「附属小中学校,図書館,. らないが,漢字の「僻▼」のイメージより,平仮名の. 研究所を設ける」とあり,研究所の設置が,本学創 設準備段階から計画されていた。そして事実,本学. 「へき」の方が,教育用語としては適切ではなかろ うか,と私は考えている。法律等での平仮名使用は,. では,49年の創立と同時に,教育研究所本部が設立. 教育用語としての適切さに基づくというより,むし. され,翌50年4月からは「教育開拓」という月刊誌 − 79 【. 1994.3.

(5) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. (8ページ程度のパンフ)を発行し,学内外に教育. 立教育研究所へき地教育研究室,北海道複式教育研. 研究の広報活動を行ない,50年1−8号,51年1− 8号,52年1−3号を発行しているが,そこには研. 究連盟,教職員組合の教育研究集会等,へき地教育. 究所規定,機構等,研究所本部それ自体に関する記. 学僻研とのつながりが弱いのではないかというこ. に関する研究機関や団体,へき地学校数職員等と本. 事はなく,教育研究所本部の実態は不明である。た. と,また,調査研究の在り方として,学内スタッフ. だし,「教育開拓」誌上で,「北海道学芸大学教育研. の共同作業はあっても地域住民からの視座が弱く,. 究所の構想」という砂沢氏(当時旭川分校)の提案. 地域との共同研究といえない研究が多いのではない. を皮切りに,函館の佐藤,釧路の平野,旭川の大居,. か,等の指摘である。 C.アラスカ大学パレット教授等,外国人研究者. 岩見沢の奈良の各氏によって「北海道学芸大学教育 研究所の在り方」についての意見が掲載されており,. の訪問や本誌への寄稿を契機として,諸外国との研. 研究所の構想整備は,継続課題だったのではなかろ. 究交流がひろがり,僻地教育の比較研究が前進して. うか。それらの構想や意見では,北海道の教育を研. きている。その成果が,現在進行中の大型プロジェ. 究対象とし,各分校での地域的特性を生かした地域. クト「 ̄遠北太平洋地域における僻地教育の比較研究」. 教育研究の役割が期待されていたが,特に「僻地教. の推進や本施設主催による国際シンポジウム「環北. 育」という表現は見られなかった。(門脇 正俊). 太平洋の地域研究と異文化理解教育」(1994.1.22 −27)の開催となっている。 D.昭和29年3月実施の僻地教育研究所細則の内. 2.「僻地教育研究」誌40年間の研究動向と課題. 規は,研究員として,札幌5人,函館,旭川,釧路, 岩見沢各3人の他に,各附属小中学校長及び教頭を. [研究動向]. A.発表分野別論文一覧が示すように,研究は非. 位置づけていたが,それは,当時の附属校が,複式. 常に広い分野に渡って展開されてきており,また,. 学級を併置していたり,あるいは,へき地校との共. へき地教育に関する総合的研究所として,全学的に. 同研究を行なっていたことの反映であろうか。初期. 運営されてきた。本研究誌1−47号に発表された論. の「僻地教育研究」誌には,附属校教師の論文も掲. 文の総数は344本,執筆延べ人数568人にのぼってお. 載されていたが,近年の本学附属校には,へき地小. り,僻地社会論,僻地教育の原論,行財政,方法,. 規模校への研究関心は非常に希薄と思われる。. 児童研究,社会教育等,僻地教育をめぐる様々な領 域での研究が蓄積されてきた。また,へき地小規模. [課題】. 校での教科教育の研究が,年度や分校の片寄りはあ. A.先住民族教育の再生・創造への視点. るものの,全教科に渡って蓄積されてきたことの意. 諸外国,とりわけアメリカ,カナダ,ロシアなど. 義は大きいといえよう。地域に根ざした教科教育研. のへき地小規模校には先住・少数民族の学校が多. 究の広がりを感じるが,いくつかの教科,特に音楽. く,環北太平洋地域を中心とした北方圏のへき地小. が少ないのは残念である。へき地小規模学校では,. 規模校教育研究には,先住・少数民族教育の視点が. 合同授業や集合学習等,全学年が合同したり,近隣. 重要となっている。国際先住民年運動の中で,先住. の小規模校が集合したりしての授業が時々行なわれ. 民の文化と教育の復権は重要課題となっているが,. たりしているが,特に音楽を中心とした取り組みが. 北海道におけるアイヌ語アイヌ文化教育の推進,そ. 多い。. のための研究活動や教員養成は,北海道教育大学に. B.僻地教育研究所10周年を記念して出版された. 課せられた重要課題であり,義務教育でのアイヌ民. 「北海道のへき地教育の現状と課題」(北海道教育. 族教育の再生や創造を展望する視点を,北海道のへ. 評論社.1965.5.)は,「へき地教育の今日的課題. き地小規模校教育の研究は求められっつあると思わ. と未来への展望」と題した座談会を掲載し,また,. れる。その点で,アラスカやマガダンでの最近の取. 20周年記念号(22巻1号.1975.3)も,「シンポジ. り組みから学ぶところは大きい。そのような視点が,. ウム:僻地教育研究20年の回顧と展望」と題した座. 本学僻地教育研究でも欠落していたことを反省しな. 談会を掲載しているが,特に後者で指摘されていた. ければならないであろう(本誌でのアイヌの文化や. 次の点は,今日なお継続課題と思われる。即ち,道. 教育を直接扱った研究は,42号掲載の笠原論文だ − 80¶.

(6) Nα48.. 1994.3. 僻地教育研究施設40年の歴史. け。)本研究所発足の目的が「開発地としての北海. も,かつての僻地とそのイメージを異にしてきてい. 道の現実に即し」と表現されていたように,内地か. る。学校統廃合も進行し,近代的設備や豊富な教材. らの開拓移民の子弟の教育の研究がその中心意識に. を備えた新しい学校が増えている。テレビの普及や. あり,先住民の文化や言語を視野に入れる視点はば. コンピュータ機器の登場により,かつての文化的僻. とんどなかったといえよう。本研究所出発当初の論. 遠性は,かなり改善させれてきている。しかし,農. 文にも,本施設10周年,20周年,30周年記念の総括. 山漁村における過疎化は依然として進行し,児童数. 的論文や座談会にも,そのような視点での発言は見. の減少とともに,小規模校や過小・極小規模校を新. られない。本道の地名の多くがアイヌ語に由来して. たに産み出しつつある。地域の文化センター的機能. いるように,本道で地域の教育や文化を考える場合,. を果たしてきた学校の役割の重要性から学校統廃合. アイヌ文化に目を向けることは非常に重要であり,. の問題性も指摘され,地域の活性化のためにも,少. また,道内各地に分散しているアイヌ子弟が比較的. なくとも小学校は存続することの必要性が自覚され. 多い集落や学校は小規模であり,小規模校教育実践. つつある。また,最近では,へき地教育関係者の努. の中にアイヌ文化の視点をもつことは,今後の重要. 力により,小規模性や豊かな自然等,へき地教育の. 課題と思われる。. プラス面を積極的に生かした特色ある教育実践が産. B.僻地教育についての教師教育の研究. み出され,札幌や旭川等の特認校や日高町千栄その. 本研究施設で行なわれてきた研究は,僻地教育そ. 他,道内各地で増加しつつある山村留学の教育実践. れ自体の研究が中心で,僻地教育の教育に関する研. も注目されつつある。僻地教育をめぐる状況は変化. 究発表が乏しかったが,近年,岩見沢校や函館校を. してきたものの,小規模校は今日も数多く存在して. 中心に,大学での「へき地教育」「複式教育」等の. おり,今後も存続していくことと思われる。我々の. 教育実践に関して,いくつかの研究報告が見られる. 僻地教育研究施設は,時代の変化を踏まえつつ,へ. ようになった。大学研究と教育の填でありながら,. き地小規模校が抱えている今日的課題を研究するた. 大学教育についての研究が立ち遅れてきたことの反. めに,引き続き重要な役割を期待されているといえ. 省が近年,いろいろな分野で求められっつあるが,. よう。. 僻地教育の場合も,研究と教育のうち,後者の教育. 筆者は昨秋,臨時研究員として参加した僻地教育. やその研究が必ずしも十分であったとはいえない。. 研究施設研究員会議で「僻地教育研究施設の岩見沢. l もちろん,僻地教育の研究が進めば,その研究の過. 地区への誘致と改組拡充計画+j と適した私案を提示. 程や成果が,研究に従事した教官が担当する議義や. したが,その改組拡充計画部分を、そのまま掲載し. 演習等での大学教育にも反映されてきたであろう. ておく。多くの方からご批判ご助言をいただければ. し,学生参加のもとに進められた僻地教育研究も. 幸いである。. あったであろう。しかし,果たして,十分であたと いえるだろうか。本学が,本道の教員養成の中核的. 僻地教育研究施設の岩見沢地区への誘致と改組・. 大学である以上,僻地教育研究が,教員養成教育と. 拡充計画. 結合して展開されることも必要であろう。へき地教. 1993.11.4.かどわき. 育の教育についての研究が今後,増えることを期待. 1.僻地教育研究施設の岩見沢地区への誘致につ. したい。特に今日,都市部の高校を中心に激しい受. いて(省略). 験戦争が展開され,都市出身学生が本学学生の多く. 2.僻地教育研究施設の改組拡充計画について. を占めつつある現在,学生にへき地教育への理解や. (1)新しくセンターの名称を「北方圏(又は環. 意欲を高める大学教育の努力は重要と思われる。. 北太平洋地域)へき地小規模校教育研究セン. C.へき地教育から小規模校教育へ叫一僻地教育研. ター」(案)とする。 ・国際化時代を迎え,特に北方圏諸国での北. 究施設の改組拡充計画私案…. 全国的にも,本道でも,都市化が急速に進行し,. 海道の役割が高まっており,また,僻地教育. この施設が設立され発展してきた期待と比べて,今. 研究施設の最近の研究動向を反映した名称が. 日のへき地教育をめぐる状況は変化してきている。. 望ましい。. 近代的電気製品の普及や道路の整備に伴い,へき地. ・へき地における教育課題の中で,小規模校 -- 81 --.

(7) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. 教育問題が重要な今日的課題としてあり,そ. ても活用する。 (4)研究センターの運営は全学的運営を基本と. のことを中心に据えた研究施設の名称が望ま. するが,運営委員会と研究員会議は区別する。. しい。. 運営委員会は各校1名ずつの代表研究員と各. (2)現在の僻地教育研究施設の研究部門を,つ. 研究部長から構成する。研究員は,センター. ぎのように変更する。. 専任研究員と各校からの希望教官による兼任. (現在) A.基礎研究部 B.教育計画研究部. 研究員によって構成し,いずれかの部門に所. C.教育方法研究部. 属して研究活動を行なう。国内外からの客員 研究員も受け入れる(専任研究員の中の1名. (改革案)A.少人数教育・複式教育研究部 B.地域環境・地域文化研究部. は,任期2年又は3年の外国人研究者とす. C.民族教育・多文化教育研究部. る)。. (門脇正俊). D.交流学習・研修活動推進部 「僻地教育研究」誌掲載論文の分野別分類. ・僻地教育研究施設は永年にわたって3部制. 分野一発行年西暦下2桁(号数一目次順番). を採用してきたが,少なくとも近年は有名無. (門脇正俊 市川雅絵 菅原良子). 実ともいえる3都制で,はとんど機能してい ないと推測する。研究の具体的領域や今日的. 1.僻地社会基礎論. 課題を反映した部門制が望ましい。. A.僻地社会(史)1953(1−5).54(2岬3). 55(3−3.4).55(4−2).56(6〝1).57 (7−5).57(8−5).57(8−7).58(9− 3).58(10−4).58(9≠4).59(11−6).59 (11−−4).59(12−2−1).61(14−2).65(18 −1).67(20∼1).68(22−1).69(23−2). 73(27−3).75(29−1・2・7).76(30−3− 4).77(31−9).78(32岬8).81(35−1).85. ・A部では,少人数教育の長所を生かし短所 を克服した教育法の研究開発を行ない,複式 指導や小規模校経営の推進に貢献する。 ・B部では,へき地小規模校が所在する地域 の自然的社会的文化的環境とその教育的活用 について研究を行ない,地域に根ざした学校 づくりを展望する。. (39−1).. ・C部では,義務教育におけるアイヌ語アイ. の言語や文化の教育の歴史や現状を研究す. B.僻地生活論 54(2¶5).56(6−2).57 (7−6).58(9−2).59(11−5).59(12− 2−2)..62(15−4).65(18岬2).67(20− 2・3).67(21−1).68(22−2・3).79(33. る。. −6). ヌ文化教育の教材開発やアイヌ民族教育復活 (導入)の可能性・方途の研究を行ない,併 せて,北方圏諸国の小規模校における先住民. ・D部では,小規模校同志の集合学習,都市. 2.僻地教育基礎論. A.僻地教育原論 53(1−1).54(2−1.. 2.4).55(4−4).58(9−5).69(23∼3). 75(29−8).89(43−1).91(45−1) B.僻地社会と教育 55(4−8).56(6∼5). 57(8−6).60(13−2).61(14−3・4).62 (15−2).63(17一“1・2).66(19−2)68(22 −0).73(27−2).74(28−2).76(30Ⅶ1). 76(30−3−3).77(31−10).81(35−4).82. 学校や外国の学校との交流学習,小規模校数 職員の研修活動を促進するための研究や援助 を行なう。 (3)研究センターには宿泊施設を設置し,小規 模校の児童や教職員の交流学習や研修活動に 役立てる。 ・小規模校のために児童宿泊学習の場を提供 し,大学の施設を利用した実験的授業の実施. (36叫8).85(39一一】2.5).87(41岬2.3).92(46. や学生の児童観察・交流にも役立てる。. −4).93.(47岬6.10) C.僻地教育研究所論54(2−2).75(29−8.. ・小規模校教職員のための研修講座を開設 し,大学と現場教師の交流を深め,実践的研 究や教材開発のための共同研究を行なう。. 9)85(39). ・本学教職員や学生等の宿泊研究会の場とし. 3.僻地教育経営論 伽82 爪.

(8) Nn48.. 僻地教育研究施設40年の歴史. A.僻地教育行財政論55(4−3).60(16叫1). 76(30−2).77(31−1−1.3岬3).78(32− 9).81(35−5).92(46−2.7).93(47≠4) B.僻地教育計画論 53(1−4).59(12−1. 2−0・3).62(15−1・5).65(18蘭5).66 (19−1).69(23−1・2).79(33−3) C.僻地学校諭 57(8≠3).73(28−3).. 1994.3. (44−1).91(45岬3).92(46−8).93(47− 7.11). E.音楽 87(41鵬5) F.図工・美術 63(17−3).76(30−2−3 ・4).77(31−2−3).78(32−4).80(34− 4).92(46劇3). G.体育 57(7…3).58(10−3).76(30− 3−1).77(31−3−1).78(32−6).80(34 4.僻地児童の生活.児童調査 53(1−6.8). −6).83(37−6).86(40…4).89(43−3). 55(3−1.2).55(4−7).56(6−3).57 91(45−−5) (7−7).57(8−8).58(10−8).59(11岬 H.技術料 76(30肘2−5).77(31−2脚4). 3.7).59(12−2椚5).62(16−2).65(18 78(32−2).80(34−5).82(36−4).83(37 −3).69(23−1・3・4・5).73(27−1). −4) 74(28−1).75(29−6).76(30−3−2).78 Ⅰ.家庭科 76(30−2−6).77(31−2岬5). (32w7).78(32−10).79(33−2).80(34− 78(32…2).82(36鵬2).83(37w3).86(40 7).35−4.36…8.37−7.38−2.90(44− −3).90(44柵2) 90(44−6). J.外国語 77(31−2−6).78(32≠5).82. 6).92(46−6). 5.僻地教師論 53(1≠2.3).55(4岬6).5 6(5).58(9−1).58(10−1).60(13−1). 65(18−4). (36−3).85(39¶4). K.その他 80(34−1・2).朗(42−1.2. 3.5).91(45岬4).92(46−5).93(47Ⅶ8) 8.幼児教育 79(33−6).85(39−11.12).87. 6.僻地教育方法.単級複式教育論 53(1柵9). 54(2−6).55(3脚5).55(4−5).57(8 −1).59(11−1).68(22ザ5).69(23−5). 69(23−6).70(24−1岬1・2).70(24−3− 1).71(25−1−1).71(25−3−1・2).72 (26−1−1).72(26−3Ml・2).73(28−4). 75(29−5).78(32−11).79(33−1).89(43. 10.社会教育 56(6−4).57(7−4).58(10. ≠2).90(44∼7). −7).78(32−12). 7.教科教育. 11.養護教育 79(33−5).81(35−2.3).82 (36−6.7).83(37−6).朗(38椚3.4.6)、 85(39−−10).90(44柵3).93(47れ9) 12.諸外国 86(40…1).87(41−1).88(42鵬 6.7.8).90(44州5).93(47−1.2.3) 13.教員養成 86(40Ⅶ3).90(44−8.9.10.. A.国語 57(7≠1).58(10…2).58(10w 8).61(14鵬1).67(21−2).70(24−2岬−1). 71(25…2−1).72(26−2¶1).76(30−2− 1).79(33−7).81(35≠6).85(39−3).86 (40−2).87(41叫4).92(46−1) B.社会 53(1−7.10).57(7−2).57(8 −2).59(8】2).59(11−−2).68(22−4). 71(25−2−2).72(26】2・叩2).76(30−2≠ 2).77(31−2−1).84(38−1). C.算数・数学 54(2岬7).70(24…2椚2). 71(25−2−3).72(26鵬2−3) D.理科1957(8−3).70(24−2−3).71 (25【2≠4).72(26m2−4).77(31鵬2一−2). 78(32州1).88(34−3).82(36−5).83(37− 2).83(39−6).87(41−6).88(42−4).90 −83−. (41−7). 9A.障害児保育79(33−3).81(35w9).85(39 −8).90(44∼4).91(45鵬2).93(47−5) 9B.障害児教育 75(29w4).82(36−1).84 (38−5).85(39…7). 11.12).91(45嶋れ6.7.8.9) 14.その他1955(4≠1).57(8¶9).58(10 ∼5).61(14一−−5).67(20−4).73(27¶4). 75(29“3).81(35肘7・8).83(37−1・7). 84(38−2).85(39剛5).86(40−6).88(42 ≠9.10)..

(9) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. E 北村達 「戟後開拓僻地の社会構造一美瑛町. 3.「僻地教育研究」誌掲載論文から学ぷ. 五稜地区内部落の事例研究−」. A.農村僻地の社会構造研究. (「僻地教育研究」第6巻第3号 No.111959年3月). ㌦北村達・三宅信一・西勇氏の諸論文の検討をと. F 北村達・西勇 「僻地社会の実態と変動過程. おして−. 及びその教育的意義一美深町報徳部落の事例研 はじめに. 究−」. (「僻地教育研究」第7巻第2号. (1)本稿の目的. No131960年2月). 本稿では,「僻地教育研究」に掲載されている論 文の中から,僻地の社会構造について扱っている北. ・論文の問題意識とその目的. 北村氏は論文を書くにあたって以下のように述べ. 村達・三宅信一・西勇氏の研究をとりあげる。「僻 地教育研究」には,僻地の社会構造に関する北村氏. ている。「僻地教育様式は,変革や改造を拒否する. の個人研究を中心に北村氏と三宅氏,北村氏と西氏. 固定的で封鎖的な僻地社会構造によって,具体的な. の共同研究の論文が計7本あるが,本稿では,その. 教育実践が阻害されるということに特徴づけられ. うち農村の社会構造を扱っている6本の論文をとり. る。そこでは,社会構造の教育に対する規定性にお. あげる。北海道は歴史的・地理的に特殊であり,本. いてではなくて,教育の地域社会に対する作用が拒. 州の農村社会構造とどのように逢うのか興味深い問. 否されるという点において特殊的」(A論文p.71). 題である。本稿では,北村・三宅・西研究で明らか. であり,教育の地域社会に対する近代化の要請が僻. になったことをまとめ,最後に多少の考察を加えた. 地社会の構造によっておしとどめられ,教育の発展. い。. も阻害され,僻地教育のマンネリズムが朗著になる. (2)本稿の構成. としている。また「農村僻地社会の教育的立地条件. まず,Ⅰでは,北村・三宅・西論文の概要を明ら. を,地域的,経済的,文化的,社会的構造面により. かにする。農村僻地の社会構造研究への問題意識と. 分析することは僻地教育振興上極めて重要である」. 論文の目的,調査方法を明らかにし,それぞれの論. (C論文p.119)としている。そして,「われわれ. 文の概要を述べる。Ⅱでは,一連の論文で明らかに. は,僻地社会の近代化または民主化を推進するため. なったことを,(1)家族構造,(2)村落共同体,(3)村落. に,僻地における教育と社会との相互制約関係を明. 共同体と学校集団,(4)ラーバン・コミュニティの形. らかにし,僻地教育の課題を把握」し,そのために,. 成に分けて述べ,おわりにで北村・三宅・西研究に. まず「僻地の社会構造」を究明する(A論文p.72). ついて考察を加える。. としている。そして,いくつかの地域事例研究を行っ ている。. Ⅰ 北村・三宅・西論文の概要. (2)北村・三宅・西論文の概要. (1)北村・三宅論文の目的・方法. ・調査地域と調査方法. 本稿で扱う北村・三宅氏の論文は以下のA∼E. 論文で直接扱っている地域は以下の4地域であ. の論文である。. る。. A 北村達・三宅信一 「■僻地の社会構造く北海. A 釧路国白糠町茶路原野中部地区,既存畑作酪. 道釧路国管内一地域の事例研究〉」. 農経営. (「教育研究紀要」第3号 昭和30年5月). B 釧路国白糠町和天別地区,戟後開拓畑作酪農. B 北村達・三宅信一 「 ̄開拓地の社会構造一釧. 経営. E 美瑛町五稜地区内部落,戦後開拓稲作経営. 路国白糠町和点別戦後開拓地−」. F 美瑛町報徳部落,既存畑作・稲作酪農経営. (「教育研究紀要」第6号 昭和31年10月). C 北村達 「畑作,酪農村の社会構造」. 調査方法は,戸別訪問ききとり調査,質問紙調. (「教育研究紀要」第8号 昭和32年9月). 査,集団・個別面接調査を用いている。. D 北村達 「畑作,酪農村の社会構造」. ・論文概要. A論文では既存畑作酪農経営部落,B論文では戟. (「教育研究紀要」第9号 昭和33年3月) −84一→l・.

(10) 僻地教育研究施設40年の歴史. 恥48.. 後開拓畑作酪農経営部落,E論文では戦後開拓稲作. 1994.3. まず,家族についてであるが,農村家族が都市家. 経営部落に調査に入り,事例研究を行っている。入. 族と異なるのは家族が消費団体のみではなく,生産. 植の経路など地区の概況,農業経営の状況,家族の. 団体だということである。そのため,家族の結束力. 構造・機能と家族関係(夫婦・親子関係),同族・. が強く成員数も多く,固定化,永続化する。また,. 親族について,社会集団として各種の協同的組合,. 農村社会では家族外社会集団が限定,定型化されて. 青年会,婦人会,神社,寺などの宗教的集団,学校. おり,経済的,慰安・娯楽的,教育的,扶養的機能. に関係するものとして小学校,PTAについての考. 等,家族が多面的機能を遂行し,その意義は大きい。. 察を行っている。B論文では,特に大秋部落の学校. 家族構造については,外的構造は,都市家族も,. 設立運動についてとりあげ.それとの関連で開拓部. 既存農家も,開拓農家も,夫婦と子供という典型的. 落の形成過程を明らかにしている。. 婚姻家族の比率が高い。しかし,既存農家でも明治. C,D論文では,本紀要以外で行ってきた農村社. 期入植者は父母,夫婦,子供という直系家族に移行. 会調査も含めた11町45部落の調査のうち,十勝支庁,. しつつある。また,既存農家では子供が青年層に多. 更別村,幕別町,釧路支庁,白糠町,厚岸町,弟子. く,稼働力が豊富だが,開拓農家では子供が乳幼児. 屈町の5町村,13部落の調査を基礎に,明治,大正,. のため稼働力が夫婦に集中する。府県農村では,直. 昭和初期に府県より入植して形成した先住部落と,. 系家族が中心である。その意味では,北海道の農村. 終戦後,疎開,戦災,引揚者,復員者,府県,道内. 家族の外的構造は都市近代家族と類似している。家. よりの分家入植者によって構成する戦後開拓部落. 族の内的構造については,権力構造の面からみると,. (既存農村と戦後開拓農村)を区別をし比較を行い,. 直系家族がみられる府県農村,既存農村では,労働. 北海道畑作,酪農村の社会構造を分析している。そ. 統制面の指導者,経済上の実権者である父,祖父を. して,北海道農村社会は経営的にも農民の性格的に. 中心とした権力構造となり,婚姻家族が多い開拓農. も府県農村社会とは異なるにもかかわらず,北海道. 村では,一部に父が権力者である外は一般に民主的. 農村社会の社会学的観点に立った構造分析は行われ. である。分業構造の面からみると,都市家族では生. ていないとして,都市社会との対比,府県農村社会. 産は男子,家事は女子という性役割分業であり,農. との差異についての追求も行っている。. 村家族では厳密な区別はない。しかし,既存農村で. F論文では既存畑作・稲作酪農経営部落の調査を. は家族成員も多く経済的基礎が確立しているため,. 行い,僻地社会を「閉じられた社会」の崩壊と「開. 性別,年齢別に役割分担があり,労働が多面的で統. かれた社会への胎動」ととらえ,その変動過程を「生. 制・指導が必要たなめ権力が集中する。開拓農家で. 活圏」と「組織と人間」という視点から分析してい. は,稼働力が少なく,夫婦とも過重労働であり,子. る。. 供も重要な労働力である。 家族の機能については,都市家族は限定された家. Ⅱ 北村・三宅輪文で明らかになったこと. 族固有の機能のみ遂行するが、農村家族では既に述. ここでは,北村氏が,農村の社会構造分析にとっ. べたように多面的な機能を有する。他の機能として. て「家族の構造,機能の追求と,それらの家族が連. は,府県農村では「 ̄家」継承,「祖先崇拝」という. 合して,一地域内に構成される自然的,人為的社会. 家族主義的機能が重要であるとされている。この. 集団の累積により共同意識の統一性が存するところ. 「家」は,伝統的精神に装われた抽象的家であり,. の村落共同体の把握」(C論文p.119)が重要で. 既存農村の直系家族でもみられる。しかし,その「家」. あると述べていることにそって大きく(1)家族と(2)村. は土地と結びついた家族継承としてとらえられてお. 落共同体に分けて述べる。(3)では,村落共同体と学. り,開拓農家より既存農村の方がその機能は強い(開. 校集団の関わりについて取り上げ,最後に「北海道. 拓農家では農業を必ずしも子供が継承しなくてもい. 農村の特性に基づく」(同上)村落共同体の解体と. いという意識が何割がある)。また,近隣集団との. 新しいコミュニティの形成について述べる。論文の. 交流が少ない戦後開拓畑作酪農村では,独立性が強. 内容が畑作酪農村が中心のため主に畑作酪農村につ. く,家族内での防衛・擁護機能が強く遂行される。. いての記述となる。. 家族関係については,府県農村家族では,家族主 義により親子関係が中心であり,夫婦関係は,「家」. (1)家族. ー85−.

(11) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. を維持,存続するための手段的関係とされる。既存. いてであるが,その機能は戦後弱められ,調査部落. 農家の親子関係は,長男に対する期待,尊垂心が強. では組織がないところもある。義務的に役場の指令. く,奉仕と保護という権力関係であり権威義的であ. 伝達,統計書類の配布,回収,寄付金集めなどが,. る。開拓農家は,親子の年齢が低いため,子供達を. 部落駐在員によって行われているところもある。こ. 平等に考え,子供の自由を尊重し,権力関係はなく,. のような傾向に対して,国や,道は部落を行政の末. 平等民主的である。夫婦関係については,府県農村. 端組織としてとらえ,部落の連帯性を利用するため,. や既存農村では直系家族が多いため権威主義的で,. 部落全組織を強化しようとしている。白糠町各部落. 開拓農村では婚姻家族が多いため一般的には平等民. では,町政の能率的運営のために区長制度が確立さ. 主的である。嫁姑関係については,既存農家では嫁. れ,部落秩序を維持しようとしている。しかし,現. 姑の緊張関係が見られるが,開拓農家では,入植し. 在部落会がおかれているところは,全般的に民主的. てから新しいこと,農事多忙によって敵対関係はみ. な運営がなされている。 農事実行組合は,農協の融資,肥料,種子等の配. られない。 (2)村落共同体. 当,作況調査,税査定の基礎的仕事をし,農民の生. まず,生産組織体についてであるが,部落単位の. 産を直接左右するため,農民は部落会以上に強い関. 生産共同体組織はほとんどない。それは,各戸が地. 心を持っている。組合の運営は民主的に行われ,資. 域的に分散しているためである。特に畑作酪農経営. 金の配分などをめぐり激論が交わされることもあ. では経営が個別的であり,農具も各戸所有で,用水. る。特に農業以外の職業層が集まる戦後開拓村農で. が不必要なため水利をめぐる共同体組織は成立せ. は激しい。実行組合は,感情や人情によってではな. ず,ゆいなどの慣行もみられない。しかし,地域的. く,理性的に結びついているといえる。地域によっ. に近接する2,3軒の間,本分家,婚威関係の3,. ては,農協の連絡機関としての機能しかもたず,上. 4軒の間でインフォーマルな集団がつくられている. 意下達的で,農協に対する部落民の意見が反映され. こともある。特に,開拓部落では生産力が低いため,. ない地域もある(白糠町)。部落会がない地域では. 農具の共同購入・管理・無償の労働提供などを計画. 実行組合が部落会の機能を果たしている地域もあ. 的に行うため,近隣集団が,部落の下部組織である. る。. 班単位,農事実行組合単位でつくられている。しか. ここで,農事実行組合の上部機関である農業協同. し,府県農村のような生産組織体による共同体的強. 組合についてふれておく。農協は部落民が最も関心. 制は,道路補修,橋の修理,学校建築などの部落の. を持っ経済団体である。戦後開拓農村では,開拓農. 仕事以外にはない。. 業共同組合がつくられている。開拓農協は,昭和23. 次に生活組織体についてであるが,本分家間の血. 年よりつくられ,昭和30年までに339組合が全道で. 縁集団は府県農村のように強制的ではなく,冠婚葬. つくられている。一般農協が普通,販売・購買,金. 祭時における相互扶助を中心に,これも近隣集団が. 融事業のみを行っているのに対し,開拓農協の主な. 大きな役割を果たしている。正月,祭り,盆に親睦. 目的は,開拓民のための助成融資,開拓用地の諸工. が図られる。しかし,既存農村では,婚戚関係が部. 事,道路工事,諸施設の計画実施,住宅・建物の建. 落内で柘接しているため,親戚による生活意識や生. 設等多面的な事業を行い,入植民の安定した経済確. 活態度の規制が強い。府県農村部落における氏神は. 立を図ることである。しかし,多くは流動負債と資. 部落社会の客観的象徴であるが,調査部落では,部. 本の固定化のため堅実性を失い,一般農協に合併し. 落の形成が新しく,部落民の氏神崇敬心も薄いため,. た組合もある。. 氏子集団の組織的活動としては祭りの時の慰安娯楽. (3)村落共同体と学校集団. 的活動のみである。檀家集団については,講が大き. 次に,部落民と学校の関係について述べる。調査. な意味をもっが,創価学会貞を含む部落もあり,部. 地域は,市街地から隔絶した地域のため,学校が唯. 落包含的でないところもある。. 一の文化機関となり,学校が文化面で果たす役割は. 最後に,部落の自給組織,または役場の下部組織. 大きいといえる。さまざまな教養・文化講座,映画. となっている部落会,農業協同組合の下部組織であ. の開催場所となり,部落民の教養獲得の場,娯楽・. る農事実行組合について述べる。まず,部落会につ. 慰安の場である。学校の設立には,特に戦後開拓地 ー86 h.

(12) 恥48.. 僻地教育研究施設40年の歴史. 域においては入植した当初は学校がなかったため,. 益集団の形成と部落内での抗争があげられている。. 部落民の働きが大きい。学校建設のための労働力の. 二つめは,法律に基づき,或いは指導行政の一貫と. 奉仕だけでなく,建設費の一部を負担した地域も. して作られた離農,道路愛護などの組合組織,自主. あった。学校設立後も,運動会前のグランド整備,. 的な酪農等についての研究会,主婦が主体となって. 学校の増改築,教員の住宅建設,学校と教員住宅で. いる婦人会等の生活改善組織,青年会・青年学級組. 年間使用する薪切等,部落全員の労力の提供が行わ. 織,農村の民主化運動を進めている農民同盟の支部. れている。運動会,文化祭,学芸会は部落民たちの. 組織等の機能的集団の形成である。しかし婦人会も. 慰安会ともなる。. 部落によっては不活発で,青年会,農民同盟も総じ. PTAは組織されているが,予算が少額という事. て不活発である。三つめは,就職,結婚等における. もあり,少ない学校経費の補助機関となっており,. 部落民の部落外(他部落,他町村)への社会的移動. 負担外のものに支出されていることも多い。組織と. である。最後に,直接に村落共同体の解体要因には. しては,通学生がいない家族も含め,全部落を包含. ならないが新聞,ラジオ,雑誌,映画等のマス・コ. して組織されていることが多いようである。. ミュニケーションの発達による都市文化の浸透があ げられている。. 子供は,家庭労働が激しく,登校できないことも ある。一般に既存農村より開拓農村の親の方が教育. 北村氏は,ラーバン・コミュニティの形成には,. の必要性を痛感し,高等学校進学も考える親が多い. 各部落と市街地との道路と交通網の整備が必要だと. ようである。しかし,経済的余裕,稼働力の余裕が. している。そのことにより,部落民が,生産物の販. ないため難しい。また,娘は義務教育まで,長男に. 売,肥料・農具等の購買,医療,慰安・娯楽,寺参. は農業を継がせ,次,三男には外の職業に就かせた. り等のために都市との接触をもち,農民の生活の揚. いため高等学校進学を、と考えているためである。. が中心田舎町に拡大され,ラーバン・コミュニティ. (4)村落共同体の解体とラーバン・コミュニティ. が形成されるとしている。しかし,市街地,部落聞. の形成. の交通整備が不完全なところ,また,経済的余裕の. ラーバン・コミュニティとは,都都共同体のこと. なさから市街地との接触が少ないところもあり,そ. で,アメリカの農村社会学者ギャルピン. こでは部落内の生活共同体組織が農民の意識や行動. (Galpin,C.].)が名づけた名称である。簡単に. を規制している面もある。. いえば,農業社会と町,都市との購買・販売,医療, 娯楽などの生活上の結びつきからつくられ、拡大さ. おわり に. れたコミュニティのことである。北村氏によれば, ギャルピンは,散在する農場相互間にほとんど社会. 以上,北村・三宅・西論文で明らかになったこと. 関係がなく,田舎町に政治,経済,教育,宗教面で. を述べてきた。以上のことから北海道の農村社会は,. 依存している農場の分布圏を劃定し,そこに形成さ. 既存農村に比べて封鎖性が弱く封建制もあまりみら. れる地域的,社会的に統一された社会をラーバン・. れないといえるであろう。また,同じ.道内農村で. コミュニティと名づけた。そしてサービス圏のうち. も,戦後開拓農村より累代性を帯びている既存農村. で経済的側面を重視し,商圏を基礎的とみて,その. の方が家族主義が強いことも明らかになった。しか. 範囲内での社会的統一一があるとしている(D論文,. し,封鎖性,封建制が弱く利益的・機能的集団の形. p.143)。アメリカ農村社会でも社会集団として 近隣集団,インフォーマルな集団は存在するが,農. 成,社会的移動,都市文化との接触により農村共同 体が解体しつつあり,ラーバン・コミュニティを形. 民の生活の型は広大なコミュニティに拡大している. 成している地域もある道内農村だが,まだ,部落内. ようである。. の生活共同組織体の規制もみられる。その点から,. 北村氏は,村落共同体の解休の面と新しいコミュ ニティーラーバン・コミュニティの形成過程の追求. 北村氏は道内の畑作・酪農村社会を,村落共同体と. は重要であるとして,その解明を行っている。まず,. の中間的構造として把握できるとしている。. して把握される府県農村社会とアメリカ農村社会と しかし,北村氏の村落共同体を前提として北海道. 村落共同体解体の要因については,一一つめに,牛乳,. 農村社会を分析する方法を,榎本守愚民は「北海道. 豆類の雑穀,炭等の生産物を出荷する業者ごとの利 ll一 87l. 1994.3.

(13) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. 僻地社会における共同体論の問題」(「僻地教育研究」. いている。そしてこの2つの情報は相補的であると. 第8巻第1号 No.141961年3月)で批判をしてい. 述べている。つまり,読解に際して,「眼球の後ろ. る。榎本氏によれば,北海道は村落共同体が形成さ. からの情報」が多ければ多いはど「眼球の前からの. れる条件としては不適当であり,北海道僻地社会の. 情報」は少なくて済むということだ。. 小山内氏は,Smith,Holmesと共に読解におい. 分析は国家による開発政策からの規定性と資本主義 からの疎外との二つの外からの規定性の過程として. て後者を(言語情報より背景知識を)重視した考え. 進められるべきだとされている。この点を考察する. かたに首肯してはいる。しかし,これをそのまま外. 力量と余裕が筆者にはないが,榎本氏の批判を前提. 国語教育の実践に用いることはできない。外国語で. とすれば,北海道農村における村落共同体は果たし. 善かれたものを読むには困難が伴うので,生徒が「眼. て形成されたのか,共同体の概念をふまえてもう一. 球の後ろからの情報」を十分活用できるような教材. 度吟味してみる必要があるといえよう。. を用意する必要がある程度の応用に留まると述べて いる。更に,氏は外国語における読解指導は視覚的. (菅原良子). 情報・非視覚的情報の2つが均衡を保って関与して いくように展開される必要があると述べている。そ. B.英語読解指導lこ関する一考察. して,僻地の特殊性を生かしたバター作りの授業を. −・小山内 洗氏の詩論文の検討を通して劇. 利用して,生徒が† ̄眼球の後ろからの情報」を十分 活用でき,さらに言語能力をも延ばすことができる ような理想の読解教材例を提示している。. はじめに. B.谷口賢一郎氏のスキーマ論. 「【僻地教育研究」誌掲載論文の中から,第39号掲 載の僻地小規模校における英語の授業の研究(3). この小山内氏の読解程度における2つの情報論. 及び(4)(小山内 胱氏)の論文を選び,最近出. は,谷口氏のスキーマ論に共通点が見いだせる。谷. 版された谷口賢一郎氏の「英語のニューリーディン. 口氏の「【英語のニューリーディング」は,リーディ. ングはテクストと読み手の持っ先行知識との相互作. グ」と比較対照の上,私なりの考察を加えたい。 これらの論文は,僻地教育研究に掲載されたもの. 用であるという観点から効果的なリーティングをす. であるが,その焦点はむしろ英語読解指導にあり,. るにはどうしたらよいかを考えている。この垂皇室. 僻地という環境のなかでの英語教育と言う視点から. の持つ先行知識がスキーマと呼ばれているものであ. 善かれてはいないことをまず前置きしなければなら. る。谷口氏はスキーマを以下のように定義してい. ない。故に,私の考察も英語読解についてのものが. る:あらゆる過去の知識(priorknowledge)を. 主になっていることを述べておかねばならない。. 構造化し原形化して表したものであり,記憶の中に 貯えられた一般的な概念を表するためのデータ構造. 小山内氏と谷口氏の比較をするのは,両者が読解 過程を考えるに当たってある程度類似した論に基づ. である。(Rumelhart1980)スキーマは,あらゆ. いているためである。視覚的情報・非視覚的情報と. る情報プロセスが依存するものだが,リーティング. スキーマ論,テクストの結束性・統括性について比. では,テクストの中で情報に接するとそれらを基に. 較したい。. 自分なりの仮説的なストーリーを再構築して理解す る。ストーリー再構築の基になるのがスキーマであ る。スキーマは,内容スキーマと形式スキーマに分. 1視覚的情報・非視覚的情報とスキーマ翰. かれる。内容スキーマとは,文化的・社会的な人間. A.小山内 胱の視覚的情報・非視覚的情報. 小山内 胱氏はF.Smithの論に依り,読解過程. の実世界に関する知識をパターン化して記憶の中の. に関与してくるのは,以下の2種類の情報であると. 収納したもので,形式スキーマは,全ての言語的な. している。視覚的情報・非視覚的情報の2つだ。前. 知識に関するスキーマである。. 者は印刷されたページを読むことによって得られる. C.比較対照. 情報であり,それに対して後者は読み手が読解とい. これらのスキーマは,小山内氏における視覚的情. う営為についてすでに知っていること,その言語に ついての知識,世界一般についての知識などに基づ. 報・非視覚的情報と類似している。小山内氏は,読 解指導は視覚的情報即ち言語情報が非視覚的情報即 一−88 一.

(14) 僻地教育研究施設40年の歴史. N(148.. ち背景知識と均衡の上に展開されるべきであるとし. 1994.3. ② 因果関係の緊密性. ていたが,谷口氏はどうであろうか。谷口氏は,読. (卦 文脈の明快さ. 解が失敗する原因として以下の3点を挙げている。 ① 読み手の側に内容スキーマがない。. これらの3点からテクストをよく吟味し,足りな い部分を補うことが読解を進めることに繋がると,. ② 読み手の側に形式スキーマがない。. 小山内氏は述べている。. ③ テクストにスキーマを呼び起こす手掛かり. B.谷口氏のテクスト分析. が少ない。. 谷口氏もテクストの意味的関連性については. マがないことも,形式スキーマがないことも,等し. Halliday/Hassan(1976)に基づいている。CO− hesion(結束性)とcoherence(統括性)につい. く読解にはマイナスに作用すると言っている。また,. ては,Moe/Irwin(1986)の考えを引用している。. 上記の点から分かるように,谷口氏は内容スキー. 結束性一冊局部的なっながり(localcoherence). テクスト側の問題点をも読解失敗の原因として挙げ. で読みのマイクロプロセスに関連するもの。テクス. ている。. 両者の共通点としては,言語情報・背景知識・テ. トに存在し,言語的な分析に関連するもの。. クストの妥当性を読解の要素として見ているという. 統括性伸テクストの統=−▲一に役立っ全ての総合的. なっながり(globalcoherence)で読みのマイク. 点が挙げられよう。 では,両者の決定的な差異は何処に認められるだ. ロプロセスに関連するもの。テクストと読み手の両 方に関連し,心理的な分析に関連するもの。. ろうか。小山内氏が「【情報」として言及している部. 統括性(globalcoherence)がとれているテク. 分は,谷口氏は「スキーマr」としている。この言葉 は,古くはカントにその原形をみいだすことができ. ストの現象として次の3点を挙げている。. る認知主義心理学の用語である。谷口氏が,新しい. (D 各文がテクストの主題から外れない。. 概念,考えの認知は,既知の何かに基づくという認. ② 各文の論王割こ整合性がある。. 知主義心理学を読解理解の解明過程に取り入れたこ. ③ 結束性がとれている。. とが両者の大きな適いである。更に,谷口氏はこの. さらに,マイクロプロセスに関連するものとして. データ構造を基にして予測・推測が読みを進めてい. 次の3点を加えている。. くという読解の指導方法を確立している。. ④ 照応が適切に行われている。 ⑤ 主題進行がうまく行われている。. 2 テクストの結束性・総括性. ⑥ 新・旧情報の関連が正しく行われている。. A.小山内 流民のテクスト分析. マイクロプロセス統括性が適切でなければ,テ クストの統括性をとることが出来ないので結束性は. 「テクストは,文章全体が内容上1つの統一体を なし,また各文の意味が有機的に結びつくことに. 統括性に含まれるといえる。 C.比較対照. よって,初めて成立する。この堕二さ旦建全埜とい. 面から考えることができる。」と小山内氏は述べて. 両者ともHalliday/Hassan(1976)に基づい てテクスト分析を試みていること,COhesionと coherenceを下位の分析ターゲットに据えている. いる。(Halliday/モiassan1976)更に氏は,. ことは共通である。. うテクストの中核的な概念は,テクストの意味内容 の面とそれを表現している文の言語的構成の面の両. 異なっている点は,まずcohesionとcoher・enCe. Widdowsonを引用し,テクストを構成する統括・ 統一性について次の2つに言及している:COhe−. の定義及び捉えかたである。小山内氏は,語によ. sion(語による統括作用)とcoherence(意味内. る統括作用としてcohesionを捉え,意味内容的統 一性としてcoherenceを捉えている。それに対し. 容的統一性)。そして,テクストの全体性は言語的 な面だけでなく,意味内容における統一の面からも. て谷口氏は,局部的なっながり(localcoherence). 見る必要があるとしている。テクストの意味内容に. で読みのマイクロプロセスに関連する結束性として. おける統一性は,小山内氏によると,次の3点を満. cohesionを捉え,テクストの統一に役立つ全ての 総合的なっながり(globalcoherence)で読みの マイクロプロセスに関連する統括性としてcoheト. たさねば,読解に支障を及ぼすとしている。 ① 論理的一貫性 ーーー89−−.

(15) 門脇 正俊・市川. 雅絵・菅原 良子. enceを捉えている。つまり,小山内氏の捉えかた. 化理解教育の中で,生かす鍵を秘めていると私は考. が視覚的情報・非視覚的情報から発展した,言語と. える。小山内氏は第36号掲載の論文の中で,「バター. 意味内容の範時に分けたものであるのに対し,谷口. 作り授業」を基にした眼球の後ろからの情報を活用. 氏のそれはマイクロからマクロへの統括性のプロセ. できる英語の授業を紹介している。これは,単に眼. スのなかにある。. 球の後ろからの情報を活用できるだけでなく,もっ と深い意味があるのではないか。つまり,自己の肯. 3 まとめ. 定的評価に繋がる自分の住む地域への愛着を,こう. A.英語読解指導. いった地域に根ざした英語教育を通して,育てうる. 近年,どの学問分野においても,もはやその一分. のではないかという意味があると思う。未来の国際. 野だけでは究明しつくせないことが多く存在するこ. 化社会に生きるコスモポリタンの必須条件の一つに. とがわかってきており,その反映として従来の分野. 必ず数え上げられるなかに,この自己に対する肯定. の中間に位置するような分野が出現しており,また. 的評価があると私は考える。僻地英語教育には,こ. 問題意識の追求形態も従来の分野内に限定されない. の自己意識を育てるに都合の良い豊かな地域性が存. アプローチをとることを多く見るようになってい. 在している。. る。 谷口氏の「英語のニューリーディング」もその例. 僻地英語教育が,その特性を生かす形で活発に研 究され続けることを切に願うものである。. であり,外国語教育の従来の枠組から一歩でて認知 心理学のアプローチを取っていることが,解読過程. 参 考 文 献. の解明に新鮮な見かたを与えている。 B.僻地における英語教育研究の必要性. 1)F.Smith,Psycholinguistics and Read−. 文部省の学校基本調査報告書1992年版によると,. ing,Holt,Rinehart and Winston,New York,. 北海道の僻地中学校のパーセンテージは依然として. 1973,pp.6−7. 2)D.L.Holmes,“Theindependence oflet−. 51%と高率で,404校で19%に当たる生徒達が僻地 という特殊な環境のなかで学んでいる。. ter,Word,and MeaningIdendificationin. しかしながら,この度「僻地教育研究」誌を概観. Reading,”inF.Smith. して分かったことは,僻地における英語教育に関す. 3)三宅信一一 「バター作りの授業記録」 北海道. る研究論文は非常に少なく,今までのところこの分. 教育大学僻地研究施設「僻地教育研究」,第34号,. 野についてはあまり研究が進んでいないように見受. 1980年12月. 4)M.A.K.Halliday and Ruquaiya Hasan,. けられる。僻地(あるいは遠隔地という表現の方が 適切か)の特色は,その小規模校と豊かな地域性に. Cohesionin English,Longman,1976,p.. ある。これらの特性は,僻地英語教育の研究を進め. 1. ることによって,欠点というよりは寧ろ利点として. 5)H.G.Widdowson,Teaching Languages as. 作用しうるものとこの論文の作成を通して感じられ. Communication,0Ⅹford University Press,. た。. 1978,p.10. 6)H.G.Widdowson,“Directions in the. 本論文は英語の読解指導に焦点をあてたものなの で,リスニング・スピーキングカの向上指導は含ま. teachingofdiscourse”,in C.).Brumfitand. れてはいない。しかし,英語教育として広義に捉え. K.Johnston(eds.)The CommuniCAtive. させてもらえば,リスニング・スピーキングカの向. Approach to Language Teaching,0Ⅹford. 上を目指した言語教育は本来少人数で行われたほう. UniversityPress,1979,p.55. が効果があることは,明らかである。そういった視. 7)ルーメルハート著,御領謙訳「人間の情報処理」. 点から僻地小規模校における英語教育を考えれば,. (サイエンス社,1979),p.198 8)D.E.Rumelhart,Introduction to Human InlformationProcesing,JohnWiley&Sons,. 僻地校の少人数は素晴らしい言語教育の可能性を秘 めていると言えるのではないか。豊かな地域性もま た,僻地校のメリットを英語教育の中で,更に異文. 1977,p.ユ54 (以上 小山内論文より再引用) 【 90 【.

(16) 僻地教育研究施設40年の歴史. 恥48.. 9)僻地小規模校における英語の授業の研究(3) 小山内 胱,「僻地教育研究」第36号 10)僻地小規模校における英語の授業の研究(4) 小山内 洗,「僻地教育研究」第39号 11)谷口賢一郎著,「英語のニューリーディング」 大修館書店,1992 (市川 雅絵). 一 91≠−. 1994.3.

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参照

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