マット運動における「頭倒立」に関する構造体系論的研究
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第62巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.62,No.2. 平成24年2月 February,2012. マット運動における「頭倒立」に関する構造体系論的研究. 吉 本 忠 弘 北海道教育大学釧路枚保健体育研究室. EinestrukturellesystematischeBetrachtungtlberden ,,Kopfstand“amBodenturneninderSchule YOSHIMOTO Tadahiro. Departmentofphysicaleducation,KushiroCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本研究はマット運動における「頭倒立」を構造体系論的立場(金子,1974,pp.42)から分析し,体系化 することを目的とする。それにあたり先ず,「頭倒立」の運動課題を明らかにする。次に,明らかにされた「頭. 倒立」の運動課題に基づき,「頭倒立」を体系化する。 本研究の結果,次の二点が明らかになった。 ①「頭倒立」においては「交差頭倒立」と「前着手頭倒立」という新しい形態がある。 ② 構造体系論的分析から,「頭倒立」には少なくとも24種類の変形技があることが明らかになった。. 本研究の成果は,体育授業場面で学習者の技能に応じた技の選択に貢献するであろう。また,本研究で開 発された「交差頭倒立」と「前着手頭倒立」の伝承価値の検討に関しては,今後の課題としたい。. Ⅰ.はじめに. める」という二大テーマを有している必要があろ. 器械運動領域のねらいと内容に関して,現行学. う。金子によれば「わざ」とよばれる運動形態は. 習指導要領では次のように記されている。「技を. その中に他と区別できる独自性をもち,練習を通. 身に付けたり,新しい技に挑戦したりするときに. して習得され,習熟の高まりに伴って分化発展す. 楽しさや喜びを味わうことのできる運動である。. る要因を内包していなければならないという(金. また,より困難な条件の下でできるようになった. 子,19糾,p.3)。このようなことから器械運動. り,より雄大で美しい動きができるようになった. の学習においては,教材として用いる技の発展可. りする楽しさや喜びがある」(文部科学省,2008,. 能性や変形可能性,あるいは他の技との関係を明. p.15)。このようなことから,器械運動の授業に. 確に捉えておく必要があろう。. おいては,「新しい技の習得」と「技の習熟を深. 205.
(3) 吉 本 忠 弘. 〓..い∵. ..、. ら教師は,その技がどのような状態になった時に 成立するのか,あるいは他の類似した技とどこが 違うのかということを把握しておかなければなら ない。技の独自性ともいえる運動課題の分析は, 教材研究の出発点であり,この分析を行わずして 技の理想的な実施に関する検討や指導法の開発は 行えない。 倒立とは文字通り『逆さに立つ』(金子,1982, p.244)ことである。このことから,「頭倒立」. 図1 一般的な「頭倒立」. とは「頭部による安定制御を本質とした倒立」と 理解することができる。. 本論で扱う「頭倒立」はマット運動の教材とし て頻繁に用いられる技である。現行の小学校学習 指導要領において「頭倒立」は,第5学年および 第6学年において「倒立技」の例示技として取り. 2.「頭倒立」の内包構造 一般的に「頭倒立」といえば,「屈腕伸身頭倒立」 (図1)を意味することが多い。このことを裏付. 上げられている(文部科学省,2008,p.65)。マッ. けるかのように,多くの指導書においては「屈腕. ト運動の学習において「頭倒立」は「手倒立と同. 伸身頭倒立」を「頭倒立」と表記している。しか. じく逆位感覚が比較的顕著なので,手倒立の予備. しながら,上述したように,「頭倒立」を「頭部. わざとして利用されることが多い」(金子,1982,. で安定制御を行う倒立」と捉えた場合には様々な. p.264)といわれるように,この技は指導書等に. 変形技を挙げることができる。以下,「頭倒立」. おいても頻繁に紹介されている(ベルトラムほか,. と表記可能な技を取り上げ,それらの実現可能性. 1965,本間,1956,金子,1981,クッシュほか,. について検討した後に,体系化する。. 2009,ライル,1969,三木ほか,2006,中島ほか, 1991,太田,1992,リーリンク,1973,高田ほか, 1986,高橋ほか,1992,高橋ほか2008,吉田ほか,. (1)「頭倒立」における基本形態の確認 「頭倒立」においては「頭部による安定制御」. 2010)。しかしながら,既存の指導書等において「頭. と「逆位での姿勢保持」という二つの条件を兼ね. 倒立」は図1のような形態,および図1の支持体. 備えた動きを基本形態と捉える辛ができる。した. 勢を基にして脚の保持の仕方を変形させたものを. がって最も基本的な形態になるのは写真1−Aと. 呈示するに止まっている。. 考えられる。ベルトラムらはこのような形態を. そこで,本研究では「頭倒立」の変形可能性を. “Freierkopfstand”と名付け,図1のような形. 追求し,技の構造体系論的分析(金子,1974,. 態(Kopfstand)と区別している(ベルトラムほ. pp.42)から「頭倒立」の体系化を目的とする。. か,1965,pp.12)。また,金子は著書の中で写. このような研究は,「頭倒立」の学習において,. 真1−Bを呈示し,これに関して「バランスをと. 教師による教材の選択に寄与するものと考えられ. るのがむずかしく,数秒間でも制御してとまるこ. る。. とは大変な練習を要する」(金子,982,p.246). と述べている。写真1のような形態は指導書にも Ⅰ.頭倒立における構造体系論的分析 1.頭倒立の運動課題. ある技を教材として用いる時,当然のことなが. 206. 紹介されているものの,その技術に関して詳細に 記されたものは見当たらない。また,筆者もこの. ような形態を実際に見たことはなく,関係者の中 でも実施できる者がいるという話を聞いたことが.
(4) マット運動における「頭倒立」に関する構造体系論的研究. ない。「頭のみで安定制御をする頭倒立」に関し. p.177)に基づくものである。技の姿勢変化要因. ては,理論的には実現可能と考えられるものの,. とは技を実施している時に「器械に対して転位す. 現時点では,技術開発の目処が立っていない。し. る身体がどんな姿勢になっているのか」(姿勢変. たがって,現時点では,この形態を「頭倒立」の. 化要因)というものである。このような視点から. 基本形態と考えることはできない。なぜなら技の. 以下,「頭倒立」の変形技について検討してみよう。. 基本形態が確認されていないのにその技をベース にして多様な変形技を捉えるということは,技の 難易度や指導手順の構築に貢献するという技の構. 1)支持部の変化. 「支持部の変化」としては,腕による支持の変. 造体系論的研究の趣旨とは異なったものになるか. 化が考えられる。この場合「手による支持」と「前. らである。また,「頭のみで安定制御する頭倒立」. 腕による支持」および「前腕と手による支持」が. と同様に「頭と片腕で安定制御する頭倒立」も考. 考えられる。なお,ここからさらに「一本指での. えることができるが,これに関しても現時点で技. 支持」や「肘による支持」など多様な変形パター. 術開発の目処が立っていない。このようなことか. ンも考えることができるが,これらはいずれも「わ. ら,ここでは,「頭倒立」の基本形態を,「頭と両. ざ」として独自の構造を有していると考えること. 手による安定制御で逆位体勢を保つ形態」と捉え. ができない。なぜなら「一本指での支持」などは. ることにする。. 最終的に「掌での支持」に収赦され,「肘による 支持」も同様に「前腕支持」へと収赦されるもの と考えられる。そのため,「一本指での支持」や「肘. での支持」は技の習熟度を判断するための練習課 題として位置づけるのが妥当であろう。. 2)支持体勢の変化 支持体勢の変化可能性は「支持部分の変化」と. 「保持姿勢の変化」に分けることができる。前者 において第一に考えられるのは「頭」を中心とし た着手位置の変化である。この場合,頭を中心に. l■l−_..._..−一・−−■b. A(本間,1956,p.49). B(金子,1982,p.245). 写真1「頭のみで支持する頭倒立」の実施例. して「後ろ着手」,「横着手」,「前着手」の三パター. ンが考えられる。「後ろ着手」はごく一般的に行 われるものである。「後ろ着手」においてはさらに,. (2)頭倒立の変形技. 前段において,「頭倒立」の基本形態を確認した。. 「両手をおおよそ平行に着く形態」と「両腕を交 差させる形態」(写真2)に分けることができる。. それでは,「頭と両手による安定制御で逆位体勢. 前者は指導書等においても頻繁に取り上げられて. を保つ形態」にはどのようなものがあるだろうか。. いる着手技術である。一方の後者は関連文献に紹. ここで基本形態として示した形態においては「三. 介されていない全く新しい形態である。「横着手」. 点倒立」という協定語が表しているように「頭と. は,かつて体操競技のゆか運動において,「頭を. 両手」で支持し,逆位を保っている。ここを起点. 着いた十字倒立」(InternationalerTurnerbund,. として「頭倒立」の変形可能性を探るための視点. 1979,p.79)(図2)と表記されていた形態であ. として「支持部の変化」と「支持体勢の変化」が. る。しかしながら「横着手」においては,完全に. 挙げられる。これらは,金子による技の運動課題. 頭の真横の延長上よりもやや後ろ側で支持される. 分析の視点における姿勢変化要因(金子,1974,. のが一般的である。最後に「前着手」においては. 207.
(5) 吉 本 忠 弘. これまで関連文系においても紹介はされていない. は「かかえ込み」,「屈身」および「伸身」に分け. 全く新しい形態である(写真3)。. ることができる。最後に「脚の保持体勢」に関し ては,先ず「閉脚」と「開脚」に分けることがで. 8.Aus Hstand:Langsames Senken m. Seitw台rts柏hren d.Armei.d.Kopf− St8nd.2Sek.. きる。「開脚」に関してはさらに「前後開脚」と「左 右開脚」に分類でき,「前後開脚」に関しては「片. 膝を曲げた前後開脚」と「両膝を伸ばした前後開 脚」に細分化できる。一般的には後者の場合を「前 後開脚」と呼んでいる。 0. 図2 体操競技における「頭を着いた十字倒立」 (InternationalerTurnerbund,1979,p.79から転載). 以上のように体系化を試みると,「開脚かかえ 込み」や「開脚屈身」という保持形態も可能にな る。たとえば,「開脚屈身」においては,開脚の. 度合いを大きくしていくと,「開脚伸身」と区別 することができなくなり,保持姿勢の独自性を保 てなくなる。また,「開脚かかえ込み」に関して. も理想的な開脚度など,この姿勢の独自性を定め ることはできない。そのため「開脚かかえこみ」. においては「閉脚かかえこみ」の練習課題として 位置づけておくことが安当であると考えられる。. 3.「頭倒立」の体系化 以上の考察を通して明らかにされた「頭倒立」 写真2 「交差頭倒立」の実施例. の変形技を体系化すると図3のようになる(点線 は本研究において技の発展性を確認できていない ことを意味する)。. 写真3 「前着手頭倒立」の実施例. 図3 「頭倒立」の体系. 保持体勢の変化に関しては,「腕の保持体勢」,. 本研究においては「頭倒立」における逆位での. 「体幹の保持体勢」および「脚の保持体勢」を挙. 保持姿勢のみを分析の対象としたが,ここからさ. げることができる。先ず「腕の保持」は「屈腕」. らに「頭倒立」への持ち込み方や頭倒立から立位. と「伸腕」に区別できる。次に,「体幹の保持体勢」. への移行手段などを含めて体系化すると,より多. 208.
(6) マット運動における「頭倒立」に関する構造体系論的研究. くの発展形態を確認できるだろう。. 高橋健夫,藤井喜一,松本格之祐,大貫耕一編著(2008) 新しいマット運動の授業づくり,大修館書店:23. 書出茂,栗原英昭,楠戸辰彦,中村剛(2010)器械運動. 指導法研究プロジェクトー学校体育に於ける器械運動. Ⅱ.おわりに. の指導法研究−,体操競技・器械運動研究,18:38−50.. 本研究では,マット運動の教材としてなじみが 深い「頭倒立」に関して,構造体系論的分析を通. (釧路校講師). して,「頭倒立」の変形可能性について考察した。 その結果,「頭倒立」においては現在のところ実 現可能な形態が24種類以上存在していることが明 らかになった。また,「前着手頭倒立」や「交差. 支持頭倒立」など,今日までその実現可能性の指 摘や技術開発がなされていなかった新しい形態を 呈示することができた。今後は「頭倒立」の指導 体系の確立および,本論で明らかにされた新しい 形態の伝承価値について検討することが課題とな る。. 文 献 Bertram,A.,Fetz,F.(1965)DieBezeichnungender Bodentibungen,WilhelmLimpertVerlag:12−13. 本間茂雄(1956)教師のための体操図鑑,河出書房:49.. InternationalerTurnerbund(1979)Wertungsvorschrif− ten Manner 金子明友(1974)体操競技のコーチング,大修館書店:一 金子明友(1981)マット運動,大修館書店:227−266.. Knirsch,Kurt,Laumanns,Sonja(2009)Turneninder Schulc,KnirschVcrlag:23.. Layr,Ernat(1969)WielehrtundlerntmanBoden− und−Geratturnen,OsterreichischerBundesverlag: 27−29.. 二木四郎,加藤澤男,本村清人編著(2006)中・高器械 運動の授業づくり,大修館書店:157. 文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説一体育編−, 65. 中島光広,太田昌秀,吉田茂,三浦忠雄(1991)器械運 動指導ハンドブック改訂版,大修館書店. 太田昌秀(1992)楽しい器械運動,ベースボールマガジ ン社:59.. RielingKurt(1973)Gerattlbungen,VolkundWissen VolkseigenerVerlag:156−157. 高田典衛,栗田憲昭,松井貞夫(1986)マット運動指導 のコツ,明治図書:61. 高橋健夫,三木四郎,長野淳次郎,三上肇編著(1992) 器械運動の授業づくり,大修館書店:48.. 209.
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