「関係づくり」から見た自閉症児の育ちと保育者の気付き : 共に過ごし共に育ちあうクラスを目指した実践 利用統計を見る
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(2) としばらく気にしながら見ていた。しかし,ある日,同じようにすぐにあきらめて担任を 呼びに帰ろうとする子ども達に,園長がすこし強い口調で「本気で迎えに来ているのか」 と言葉をかけた。驚いた子ども達であったが,その直後,真剣な表情でA君と向き合い, 「A君。帰るよ 。」と真剣に連れて帰ろうとした。突然のことに驚いたのか,A君は黙っ て彼らについて行く。しかし,階段をおりたところで,突然,大泣きした。 ところがその日以来,A君と他の子ども達とが一緒に遊ぶ場面が観察されるようになり, また,A君が2階の事務室へと行くことがほとんどなくなった。 他の子ども達は,A君を特別視したり,A君に対して過剰に遠慮したりしていたのかも しれない。A君もそのことを察していたのかもしれない。A君に対して真剣に対等な立場 で子ども達が接して,そしてA君がそのような接し方を受けて,A君とクラスの子ども達 との関係は大きく変わったのではないだろうか。 職員はA君とどのように接するかということのみに関心をうばわれがちであったが,実 は,他の子ども達をも含めた関係づくりの在り方が重要であると痛感させられた出来事で あった。A保育園としての障害児保育の在り方,つまり共に過ごし共に育つということを 改めて考えるきっかけとなった。. 2.本研究の目的 障害の有無に関係なく,さまざまな子どもがいて,様々な個性があって,そんな彼らが 一つのクラスとして毎日を過ごしていく。そこに,障害児と呼ばれる子どもがいる中で, 筆者は彼らと共に2年間を過ごした。本稿は,その営み,つまり子ども同士の関係や自閉 症児が示した成長,そして筆者の気づきに関する実践の記録である。「統合保育」か「障 害児保育(あるいは分離保育 )」かという枠組みの中で障害のある子どもの保育が語られ ることが多く見られた。通常の保育の枠組みの中で,自然に自閉症児が受け入れられ,特 別視され過ぎない環境でその子どもらしい育ちが見られること,そしてその過程で気づか されるさまざまな課題などを明らかにし,障害のある子どもの保育の在り方を検討する。. Ⅱ.自閉症児N君について. 1.入園までの経過について. -入園当時(4歳7か月)の受け入れと保育. -保護者からの聴きとりから-. 1歳ごろからN君が,周囲の人々が奇異に感じるような声を頻繁に発することに疑問を 感じ,居住地の健康保健センターの発達相談や親子教室へ通う。児童相談所の判定に基づ き,2歳で障害認定である「療育手帳」を得た。その際,母親として覚悟はしていたが, しばらく立ち直れなかった。自暴自棄を乗り越え,また家族の理解も促進され,母親とし て何ができるのかも冷静に考えられるようになった。そして ,「明るく過ごす」ことがN 君本人のためにもなるとの判断に至った。1999年から2年間,他の保育所に通い,転居と 共に2001年4月にA保育園に入園した。その他,医療機関にて,必要な心理検査や巡回相 - 122 -.
(3) 談を受けていた。. 2.A保育園に入園した時のN君の状況について A保育園に入園した時の状況は次の通りである。 ・言葉を発するが,多くは反響言語である。 ・クレーン行動による要求が顕著に観察される。 ・要求が満たされないときは「キー」と大きい声を出す。 ・嬉しいときは「キー」「キャッキャ」という声を出しながら,手をふり笑う。 ・偏食が強く,白米,きゅうり,フライの衣,小魚以外は口にしない。なお,砂を食べて しまうことがあった。 ・家では便を粘土のようににして遊んでしまうといったことがあった。. 3.受け入れ体制とクラスについて (1)年中組(平成13年度) 2クラスあり,N君のクラスは27人の子どもに担任2人(正職員1人・非常勤1人)の体制 であった。 (2)年長組(平成14年度) 体制は平成13年度と同様であるが,N君のクラスは29人の子どもがいた。. 4.N君への対応の仕方について N君への対応の仕方について以下に示す。 ・主にN君をみるパート職員を園の方針で1人配置して,1クラス2人の担任の体制を組ん だ。 ・連絡帳は,両年度とも,睡眠や排便,食事の様子が記せる様式の「3歳未満児用」を使 用した。 ・平成13年度から平成14年度にかけて,担任は持ち上がる。平成14年度については,引き 続き1クラス2人の担任の体制を組んだが,平成13年度のような役割分担をあまり意識し ないようにして,正職員とパート職員との連携のもと,両者で対応を行う。 ・入園直後は思うがまま走り回ることが多かった。しかし, 「今はこれをする時間である」 という認識を持っていってほしいという保育者の意図により,活動には積極的に参加せ ずとも,「みんなと同じ空間にいる」ことをN君に要求するようにした。 ・自閉症という診断名(障害名)だけから,子どもを理解してはいけない。しかし,その 障害の一般的な特性について理解することで,必要な配慮事項に気づく手がかりを得ら れる。そこで,自閉症という障害についての基礎的な知識を学ぶ必要性を,担任を含め た全職員で確認した。. - 123 -.
(4) 5.成長と保育のポイント (1)食生活の広がり N君の生活の広がりや成長は,食生活の広がりとの関係が大きかった。偏食が強く,ご 飯のみ食べる日も多かった。そこで,保育者がN君の目の前でおいしそうに食べる様子を 見せる,調理法により判別しにくくなった食材を「これはお肉だよ。」と説明するなどの 対応を繰り返すことで,食べることのできるメニューが増えた。年長時には,これまで決 して手を付けなかった汁物も含めて完食することも観察されるようになった。食生活の広 がりが自信へとつながったようで,行動範囲や活動内容,友達関係も広がっていった。 (2)担任との関わりから友達同士の関わりへ 対大人(担任)とは違う子ども同士の関係から育つものは多い。年中組の際には見られ なかった以下のようなエピソードがあった。そのエピソードの中に示したさまざまな関係 の成立が,N君のみならず,他の子どもの成長にもつながっているといえる。 ・年長5月頃の「散歩 」:年中組の時には,担任としか手をつながなかった。他の子ども とつないでも,すぐに手を離して走り出すことが多かった。しかし,担任から離れて他 の子ども達と遊ぶ機会が増えるに従い,散歩での行き帰りに子ども同士で手をつなぎ続 けることが多くなった。 ・年長児9月「リレーでの取り組み 」:クラス全員が参加するクラス対抗リレーは全員の 協力が必要である。練習のみならず作戦会議も行う。その過程の当初,他の子ども達か らN君は特別扱いのようにされていた。しかし,子ども達は徐々にN君にも遠慮せずに 注意したり叱ったりするようになるほどに関係が深まっていった。 ・年長12月頃「他の子どもの顔と名前の一致」:以前から担任の名前は呼ぶことはあった が,この頃から,友達を名前で呼ぶことが目立つようになった。自然に,クラスのほと んどの子どもの名前を覚えていった。友達との関係の広がりを示すものである。 ・年長2月「チーム交換 」:2クラスの半数ずつの子どもが入れ替わり,1週間を過ごす行 事があり,N君もいつもと違う子ども達と過ごした。新しい環境やいつもと違う生活の 流れに対して,不安定になることなく,普段どおりに過ごすことができた。 (3)保護者との連携 障害児であるかないかにかかわらず,保育上,保護者との連携は重要である。N君の母 親はとても勉強熱心であり,「どん底は体験してきた。」と明るく言える人ではあったが, 時には落ち込むこともあったようである。そこで,先にあげた連絡帳でのやりとりをはじ め,より深いコミュニケーションを図るように心がけた。必要に応じて,手紙でのやりと りも行った。 筆者自身がN君やその母親から学ぶことが多かった。また,筆者の知識や技術ははなは だ未熟ではあったにもかかわらず,N君の母親がいつも絶対の信頼をもってN君を預けて くれたことが大きな励みになったのは事実である。. - 124 -.
(5) (4)N君の保護者の見解 2年間の保育を通して,N君の保護者が何をどのように感じたのかを,卒園後の聴きと りをもとにしてまとめる。 ・食生活の広がりが大きかった。 ・友達とのかかわりを持てるようになった。N君が,相手を意識して自分からついていく, 真似をするなど姿が見られるようになったことはとても大きかった。 ・親と同じように先生を信頼することにより,甘えたいときは先生に思い切り甘えたり, 安心して先生や友達と遊べたりできるようになり,成長を感じる。 ・言葉の理解は集団の中で育まれたものがとても大きかった。 ・自然の中での保育により,体力がつき,危険回避もできるようになった。. Ⅲ.保育者としての省察と課題. 以下,N君との2年間のかかわりを振り返りながら,保育者自身の視点から特に気をつ けた点と今後の課題を記しておきたい。. 1.油断はしてはいけない,ということ 入園時から道路に飛び出してしまうことが多かった。散歩の多い園生活で,危険回避は 保護者も保育者も最も気にした。年中児の際には,担任がほぼ常時,手をつなぎ,とび出 そうとした時はすぐに「いけない」「危ない」「ダメ」ときつくはっきりと伝えた。結果, 徐々に危険回避ができるようになった。 しかし,年長への進級直後に行われた散歩での山登りの帰りに,担任の油断や過信およ び担任間の連携の不足により,N君の姿を見失うことがあった。この事件について,A保 育園全体で反省し,再発防止を徹底して行った。. 2.何をどこまで求めるのかの判断は難しい,ということ N君に「みんなと一緒のこと」をどこまで求めるのか,常にこれが大きな課題の一つで あった。前提としては,無理なく適度な後押しができたらとは思っていた。しかし,ここ だけは一緒にいてほしいと思っても逃げたり,抱っこして戻ろうとして大泣きされたりと, どうしてよいか,落ち込むこともあった。そこで,担任間でしっかりと話し合い,具体的 な対応まで検討することで,よりよい結果になることが多かった。. 3.他の機関を知ることや連携することの大切さについて 障害児にとって,人生の大きな転換期は就学である。地域の小学校なのか,養護学校(現・ 特別支援学校。以下,同様)なのか。小学校の通常の学級なのか,特殊学級(現・特別支 援学級)なのか。それらの長所と短所について,筆者は十分に知らなかった。N君の保護 - 125 -.
(6) 者が悩んでいる時期も話を聴くだけで,筆者には必要な助言ができるほどの知識はなかっ た。 そこで,N君の通う予定の養護学校の見学を行うことにした。その際に初めて知ったこ とは多く,このようなことを以前からより積極的にすべきであったと痛感させられた。. 4.共に過ごす中で育ったもの 障害児の存在は,我々が思っているほど子ども達にとっては「特別」な存在ではないら しい。子ども達はN君にサポーティブにかかわることもあるが,対等な立場で「ダメだ よ!」と気持ちをぶつけることも多くあった。このことは,あたりまえにいるクラスの一 員として,仲間として共に過ごしていく中で,できないところはお互いに助け合うという いたって普通の関係であるに過ぎないのかもしれない。それだけ,N君はクラスの子ども 達にとって,あたり前の存在であり,共に育ち合う関係であった。. 文献. 1) 石井葉(2004)自閉的といわれる子ども達. その理解と指導の実際.すずき出版.. 2) 梅津敦子(2002)発達に遅れのある子の親になる. 子どもの「生きる力」を育むため. に.日本評論社. 3) 佐々木正美(2000)気になる連続性の子ども達/ADHD・LD・自閉症.子育て協会.. - 126 -.
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