光源氏と現代青年にみる「いろごのみ」について
源氏コンプレックス試論
伊 東 孝 郎
§1.はじめに
「いろごのみ」という語は、現代社会においていい意味で用いられること は、まずない。「好色」「色情狂」「好き者」といった人格上の欠点として用 いられる。「英雄色を好む」という諺も、英雄ゆえの強いエネルギーの裏返 しとしてこうしたネガティヴな面があるのもいた仕方ない、という意であ り、やはり同様である。自然界では、猿やオットセイがその代表であろう が、強いオスがメスを独占するという群れの形態は多く見受けられる。人 間社会においても、地域によって、そのような婚姻形態をとる文化が存在 するが、しかし少なくとも一夫一婦制を旨とする現代日本において、かよ うな「いろごのみ」は批判の対象とならざるを得ない。 それでは時代をさかのぼって、平安時代はどうであったか。宮廷の華や かな貴族社会を背景に、めくるめく愛の物語が描かれ、読者たちがそれに 群がった時代。そこに描かれる特権階級の男性貴族たちは、自らの権力を 誇示するかのごとく、多くの女性を妻とする一方、もののまぎれといわれ §白鷗大学教育学部“Irogonomi” of Hikaru Genji and Genji Youth of Today
Consideration of “Genji-Complex”
る密通へと邁進する。おそらくそうした「いろごのみ」の行動が、当時の 高級貴族の一般的なあり方であったのだろうし、「中の品」以下の者たち も、そうしたいろごのみを解し、また憧れていたのではないか。こうした 行動は当時の貴族にとって規範となり、それが詩歌や管弦、芸術などと密 接に関連しながら、単なる性欲によるのではない優雅で風流な行為である という新たな価値を生み出し、観念性、社交性、遊戯性といった多様な側 面から評価され、肯定的評価を受ける人格とされるに至ったと考えられる。 しかしそれは男性中心の見方であり、当時の女性たちの中にも、そうし たいろごのみを共有しない者たちもいた。「蜻蛉日記」の作者藤原道綱母 は、夫兼家が通う身分の低い女性に嫉妬心を露わにしている。当時のいろ ごのみの感覚からすれば、「女性の嫉妬心は、同性に対して階級の枠を越え ることはなかった」(中村, 1985)にも関わらず。さらに中村は、源氏物語 の作者紫式部自身もいろごのみ型の女性ではなく、それを「外から眺め、 その実態に容赦のない分析を行うという」態度で源氏物語を執筆したのだ ろうと分析する。宮中を舞台に、さまざまな恋愛の形のカタログのような 女性たちとの多彩な関係を文学的に洗練された手法で表現することで、源 氏物語はスキャンダルな内容を求める当時のいろごのみの読者たちに絶大 な評価を受けたが、その一方で、源氏は決して理想の男性として描かれる わけではなく、暴力的に女性と交わったり、彼自身嫉妬に苦しんだり、女 性に惚れやすい性質を「例の御癖」と嘲笑的に表現してみたりと、確かに 記述には容赦がない。 さらに遡ると、古代のいろごのみについて、折口(1955)の以下の分析 がある。古の貴人は、「国を栄えしめる為に(中略)国々の神に仕へてゐる 最高の巫女を妻とする事」で「その国々の神を、宮廷に迎える事になる」 と信じられていたことから、「愛恋の生活を、如何に整頓し、如何に破綻な くしてゐるかと言ふ事が、結局は、その尊い人の徳と言うことになつて」、 いろ(女性)をこのむ(選択する)という意味でこの語は用いられたのだ という。その意味では源氏をはじめとする平安期の大貴族たちは、古代的
な英雄の足跡をたどり、それを洗練させたといえるかもしれない。当然、 高級貴族以外の人々も、そうした信仰の名残を共有していたのであろう。 増田(2009)は、平安貴族の男たちのいろごのみには、「数多くの女性を所 有することで自己拡充をはかろうとする」もの―古代的ないろごのみ―と、 「『つれづれ』の心をまぎらわす『はかなきすさび』としての」もの、つま り「本来の自己増殖という『性』の基本に関わるものではなく、それから 切り離され」たものという、二つの意味があると述べているが、まさにい ろごのみの成立過程を物語るようで興味深い。 このように、いろごのみの意味や社会的な評価は、時代とともに変遷し てきたが、そうした行動パターンに従って生きる人は、いずれの時代にも 存在する。本小論では、平安期、光源氏にみられるいろごのみと、現代青 年の臨床事例にみられるいろごのみをとりあげ、両者に共通する新たなコ ンプレックスの提唱を目的とする。
2.光源氏のいろごのみ
いうまでもなく源氏物語は、中古文学の最高峰であり、約1000年前に書 かれた世界最古の長編小説といわれる。王家4代にわたる壮大な人間ドラ マであり、登場人物は400人を数える。恋、王権、家、仏教、風諭など、多 重な「読み」が可能な、他に類をみない物語である。作者の紫式部は、越 後・越前の国主を歴任した中流貴族の受領階級、藤原為時の娘であり、母 は幼児期に死去している。20代後半で年長の夫と結婚するが、娘を産んだ 後夫と死別し、その後源氏物語の執筆を開始して評判となった。おそらく は噂を聞きつけたであろう父の恩人、時の権力者藤原道長の誘いで、彼の 娘である中宮彰子の女房となった。彰子の家庭教師的役割を期待されると ともに、文化藝術に秀でた教養人として名高い一条帝の関心を彰子に向け る役も担っていたと思われる。彰子が入内した当時、道長の政敵である道 隆の娘、中宮定子が既におり、史上稀なこの二后併立の時代、文藝的な才能にあふれる女房たちが両后のサロンには揃っていた。定子のもとには清 少納言、そして彰子のもとには和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔。紫式部も そうした女房の一人ではあったが、源氏物語の端々にも示される学識の高 さゆえに、特別な立場でもあったようである。「御子の誕生にともない、道 長と彰子は還啓に際しての天皇への贈物を考えた折、今女房たちの間で評 判になっている源氏物語を思いついた」(伊井, 1980)ことから一条帝に献 上され、それを読み聴いた帝から「この人は日本紀をこそ読みたるべけれ。 まことに才あるべし」と言われたと、自ら「日記」に記している。当時の 「才」とは、漢字の知識や漢詩文の才能のことであるが、彼女はそうした評 価に満足することはなかったようだ。「螢」巻の物語論において「日本紀な どはただ片そばぞかし。これらにこそ道々しくくはしきことはあらめ」(日 本紀などはほんの一部が書かれているに過ぎない。物語にこそ道理にかな う詳しいことが書いてあるのだろう)と源氏に語らせたのは、帝の言葉に 対する、さらにはその裏にある、日本紀などの正史を上位のものとする当 時の風潮に対する「さりげない形での反論、異議申し立て」(秋山, 1984) と考えられるほど、物語という形式の優位性を信じる一方、この才能あふ れる女性は、男の手による古物語に満足できなかったのだろうか、「『女も してみむ』というような、野望ともつかぬ思いは、おそらく、己れの学問 と才能とに対するひそかな自負心とともに、式部を強く突き動かし」(大 野, 2002)、入内後も物語を書き続けたと考えられる。 物語は54帖からなり、一般に三部(桐壺~藤裏葉、若菜上~幻、匂宮~ 夢浮橋)に分けられる。今回、主に第一部について取り上げるため、その ストーリーを以下簡単に述べる。 光源氏は皇子として生を受け、抜群の才能と容姿に恵まれながら、臣籍 降下源氏姓となる。幼くして母を失い、父帝の后となった母似の藤壺の宮 に対して、母を慕うように愛するが、いつしかそれは性愛へと変わり、つ いには密通に及んで子をなすに至る。長じてその子は帝となり、源氏の栄 華を実現する大きな力となる一方、自身は罪悪感とつきせぬ藤壺への想い
とに生涯苦悩することとなる。そこから逃れるため、形代(かたしろ)と して藤壺の姪である紫の上を略奪、理想の妻として育てつつ、その「いろ ごのみ」の性質から多くの女性たちを惹きつけ、情事を重ねていく。 源氏と主要な女性たちとの関係を、図1にまとめた。藤壺は父桐壺帝の 後妻で、源氏よりも5歳年長の母に似た女性であり、源氏の庶母にあたる。 紫の上は、藤壺の姪で、源氏が18歳のとき略奪した当時12歳ほど(10歳説も あり)の少女。女三の宮は、第二部で中年期を迎えた源氏が、病床の兄朱 雀院から娘と結婚して後見するよう求められた姪であり、後に若い貴族柏 木との間で密通することになる。このように源氏物語の主たるストーリー は、母―藤壺―紫の上―女三の宮へと、源氏の愛の対象が性愛的な様相を 増しながら広がっていくが、みな母の面影をもつ女性たちであり、やがて は源氏もかつての父帝と同様に妻を寝取られる役割となることで、螺旋状 に展開される。 図1:物語の主要な女性たち 藤井(1978)は源氏物語におけるタブーについて、さまざまな観点から考 察をしている。彼によれば、これらの結婚はいずれも、日本においては歴
史的にタブーとされる近親婚には当たらない。ちなみにタブーとされた近 親婚は、1.母子婚、2.父娘婚、3.義娘(妻の娘)との結婚、4.義 母(妻の母)との結婚、5.同母きょうだい婚の5パターンであるという。 そして、「源氏物語(正編)に見られる男女関係25例において、情交が成 立したものの中に、上記1~5に当てはまるタブーは全く見られない。タ ブーに関わる関係は、不成立とされる」。例えば六条御息所の娘である秋好 中宮と、あるいは夕顔の娘である玉鬘と、源氏はかなりきわどい関係とな るも、情交には至らなかった。また、「当時の社会では、人妻が他の男と通 じるのは『悪』であるといった倫理は、いまだ明確には成立していなかっ たと考えられる」(増田、2009)が、しかし社会的な立場によっては、密通 に罪障意識がないわけではない。事実紫式部は、藤壺との密通場面の後、 返歌で「世語りに人や伝えんたぐひなく憂き身をさめぬ夢になしても」と 「再度源氏と逢うことになってしまったわが身の憂き宿世を嘆き、二人の 関係が世間に知られることを恐れている」(増田, 2009)。その結果妊娠し、 男児を出産したことで、源氏の子を帝の子だと偽って王権につけることと なり、源氏と藤壺はこの関係の露見を一層恐れることとなる。また紫式部 は、藤壺をはじめ密通を犯した空蝉、朧月夜、女三の宮を、後にいずれも 出家させている。(藤井, 1984)当時は、子をなすことは前世からの深い因 縁を示すこととされていた。藤壺の妊娠は「逃れ難かりけるご宿世」であ ることを示し、彼女や女三の宮の出家は、こうした因縁を断ち切ろうとい う罪障意識からの行為とも理解できる。このように密通には、社会的仏教 的な意味での罪障感が伴ったと考えられる。 さて、源氏物語の主たるストーリーに対し、サイドストーリーともいえ るもうひとつの系譜がある。両系譜は、巻としてはばらばらに入り組んで 並んでいる。武田(1954)はそれぞれの女主人公の名を取って、紫の上系、 玉鬘系と分類し、主ストーリーである前者が書かれた後、それを補うよう に後者が描かれたと推測した。玉鬘系は、夕顔の娘玉鬘や空蝉、末摘花な ど、「中の品」の女たちとの恋愛に関するものであって、母あるいは藤壺に
心を囚われた純粋な悩める男性である源氏の、もうひとつの側面を描き出 す。こうしたいわゆるドンファン的な恋多き男性というイメージの方が、 一般に源氏にはついてまわっているのではないか。ところで臨床心理学の 立場から、河合(2000)は源氏物語を「紫式部という一人の女性の自己実 現の物語」と位置づけ、彼女の内界を母、娘、妻、娼の四界からなる曼荼 羅で示し、彼女の分身たる登場人物たちをそこに当てはめた。「自分の内 界のリアリティを確実にするために、一人の男性像が必要となる」のであ り、そのため中核に光源氏が登場したのだ、という。(図2)なるほど、こ れならば源氏という虚構が一貫していないこともうなずける。 図2:紫式部の内向体験(河合, 2000)
しかし、源氏を実際の臨床例として考えると、両者の統合は可能かもし れない。母を早くに失った少年が、母の面影を持った父の後妻に対して憧 れを感じ、それが性愛化して行動に至るが、妊娠出産に至って露見を恐怖 し、さらには父の死と庶母の出家という形でその関係が途絶する。しかし その一方、庶母によく似た少女を手に入れて育て、身代りとして愛しむ。 後には別の身代りすら手に入れる。これらはいずれも、失われた母への愛 の性愛化された代償であり、どのような形でも満たされることはない。そ の空洞を埋めるべく、積極的に多くの女性たちと情交を繰り返す。発達論 的にいえば、十分な母子関係を経験しなかった彼は、基本的信頼を獲得し ておらず、特定の女性との間で相互の信頼に満ちた愛情を育てることがで きないわけである。 もっとも彼には、義母の大宮や、庶母の弘徽殿の女御など、母と呼べる 者はおり、河合(2000)は前者を慈母、後者を恐母として、紫式部の内界 の深部にある「母なるもの」の権限であると分析している。また当時、母 に代わって子育て全般をひきうけた乳母の存在もある。そうした点を考慮 すると、彼が母を失ったことをあまり過大視してはならないのかもしれな い。 先に挙げた増田(2009)の古代的な自己拡充のいろごのみと、「はかな きすさび」としてのいろごのみという二つの意味に関していえば、源氏は この両面を持ち合わせたいろごのみであると考える。実際彼の権勢は、女 性や子どもたちによって得られたものである。明石の君との間にできた娘 が東宮に入内し、天皇の外祖父としての立場を得たこと、密通による不義 の子が出生の秘密を抱えたまま冷泉帝となり、源氏が准太上天皇という異 例の出世を遂げる原動力になったことなどは、いろごのみが自己拡充につ ながった好例であろう。一方で、はかなきすさびとしてのいろごのみは、 数々の女性と浮名を流す玉鬘系における源氏そのものである。玉鬘系は帚 木巻の「『雨の品定』を起点として、それによって支えられた物語」(日向, 2004)であり、頭の中将たち若き貴族の女性談義によって動機づけられ予
告された源氏の女性遍歴は、当時の男性たちの「はかなきすさび」として のいろごのみを体現したものといえよう。 源氏のような幼少期を迎え、その後女性との関係において問題を抱えた り、不適切な女性観を持ったりする人は、何も古の物語の中だけの存在で はないだろう。以下、現代の現実の社会に存在する「源氏」の問題とその 解決あるいは援助について、事例を通して考えてみたい。守秘義務に配慮 し、その意味を損ねない程度に改変してあることを申し述べておく。
3.事例
A氏 32歳 男性。開業カウンセリングセンターにて、週1回50分のカウ ンセリングを行う。 ⑴ 主訴 資格取得のための勉強に集中できない。 ⑵ 生育歴 幼少期に両親から離され、主に母方の祖母に育てられた。後に親の下に 戻るが、かなり厳しい養育を受けた。高校は非行に走り退学。その後大検 を取得し、20代半ばに大学を卒業。職を転々とした後、一人暮らしをしな がら資格取得のための勉強をしている。現在、若い女性Bとつき合ってい るが、自分はステディーな関係は持てないと公言して、複数の女友だちと も性的な関係をもち、風俗にも通う。 ⑶ 家族 母親―親らしくなくマイペース。甘えられない。同等な関係。かつては ヒステリックに怒った。 父親―最近死去。管理職。真面目だが酒乱気味。夫婦仲は悪かった。 母方祖母―本能的な優しさを持った人で、慈悲深さを教わった。大きく なったら祖母と結婚したいと思っていた。 ⑷ 経過初回面接で、勉強に集中できないと話す。完ぺき主義と先延ばしという 二重性に悩んでいる。母は愛の尺度が異なり、Aを理解していないと感じ ていた。非行を繰り返したのは、親との交流が果たせなかったためのスト レス発散だと思う。資格を取ることで母に認められたいという気持ちがあ るが、しかし無責任に期待をかけられるとイラつく。初回は 「友だち」 と いう若い女性Bと来所。Bは待合で待機。10歳ほど年下で、東京の学校を 卒業して地元で就職したばかりだったが、たびたび上京し、Aの話を黙っ て聴いて素直に受け止めてくれる、優しさを持った女性。反面、自身のこ とはなかなか話してくれず、一方通行という感じで物足りなさを感じ、距 離も感じているという。プレッシャーがかかると、女性に逃げていた。以 前もパートナーがいたが、彼女の独占欲が強くなったので別れたという。 Aによれば、女性は何か―例えば試験勉強など―をやり過ぎないための ブレーカーのようなもの。しかし、戻し方がわからず困っている。ステ ディーな彼女は作れず、複数の女友だちを性の対象と見てしまう。たくさ んの女性と知り合いたいという欲求がある。仕事に関しての真面目な面と、 性に関する欲求とのギャップ。オスがメスを射止める感覚のようで、苦し い。性欲は10代から強いと意識しており、その頃から、偉くなったらスキャ ンダルが出てしまうのではないかと心配していたという。 Aは自ら、以下のような自己分析をしている。まず、母から満足な愛情 を得ていないため、土台に穴が開いていて、それを女性との関係で埋めよ うとしているのだと思う。甘えたい、上からの愛がほしい。風俗や不特定 の相手とのセックスは、身体はすっきりしても満たされない。セックスが 合う異性を従属させたい。「僕無しでは生きていけない相手」が必要。求め たり求められたりは好きだが、それ以上の関係を求められるのは好きじゃ ない。信頼し合うのが面倒くさい。愛せないことで不幸にしている人の顔 が浮かぶ。申し訳ないという罪悪感を感じ、ストレスになる。 筆者は、主にパーソン・センタードの態度で、受容と共感を心がけつつ関 わった。その一方で、勉強への集中や母との交流といったテーマに関して
は、現実的側面に注意を向けつつ、具体的な方法等をともに検討していっ た。 その後、Aは生活のためアルバイトを始め、しばらくは勉強と両立させ て順調に推移する。カウンセリングの場で練習をした上で、実家で母と話 し合い、今まで言えなかった「母のマイペースに傷つけられてきた」とい うことを伝え、少しは伝わったようだったが、母は寂しそうに見え、言葉 は返ってこなかったそうだ。またBの前で女性と親密に話し、複数の女性 友だちと関係を持ったりする。Bとは距離を置きながらつき合うが、Bは 「彼女になりたい」といい続けるという。 資格試験直前に、母と大喧嘩をした。関係を断ち切るつもりで、母にひ どい言葉をぶつける。しかし、高齢の母が一人でいるところを想像すると、 寂しさも感じて悩む。結局この年、資格試験は受けられず、翌年の再受験を 決める。その後、母との関係は変化を見せ、母は少しずつ問題を認識でき るようになり、Aは実家にたびたび戻るようになる。A自身もカウンセリ ングを通じて、母がAを愛する部分が見えるようになり、反発を解除しよ うと思い始める。そして、Bを連れて母と行楽にも行く。母から愛を受け る幸せを感じ、これまで自分は女性から愛を受ける幸せを感じられなかっ たことに気づく。そして、母親をカウンセリングに連れてきたいと言い、 三者で面接を行う。互いにこれまで感じていたことを話し合い、愛情を確 認し合ってから、Aは試験に向けて協力してほしいこと、注意してほしい ことなどを伝える。それでも母にはあまり変化がみられなかったが、A自 身は自分をよく見せようとする思いがなくなる。 B以外の女友だちとは性的な関係を絶ち、電話で日常会話をする程度と なる。Bは地元での仕事をやめて上京することを考えるようになる。Aは、 Bに対して徐々に、ストレートに本当の自分を見せられるようになる。そ して今後のチャレンジ生活が楽しみになり、紆余曲折はあったものの、爽 快な朝も迎えられるようになり、終結となった。
4.考察
勉強に集中したいというAの主訴は、母親との関係改善というテーマを 引き出し、それに焦点を当ててカウンセリングは展開していったが、彼の 異性観や異性との不適切な関係も、母との関係改善に比例して適応的なも のへと変化していった。母と対決する前にカウンセラーとの間で予行をし、 さらにはカウンセリングの場に母を連れてくることさえした。母自身はさ ほど変化したようではなかったが、こうした試みを通して、Aの母に対す る感情と認知は確実に変化し、試験に集中する準備が整った。それに伴っ て、異性との関係も安定したものとなった。 Aの場合は、母が現に存在しており、カウンセリングを媒介にして、母 との関係改善を実際に行うことができた。しかし、幼少期に母がいなかっ た、あるいは母からの愛情が欠如していた者の多くは、成長した後も母と 直接かかわることはできない。したがってAは、幸運な例外的事例だった のかもしれない。今なお母を失っているクライエントの場合は、イメージ を用いたワークを用いて、同様の効果を期待することができると考える。 例えば、交流分析の再決断療法(Goulding & Goulding, 1979:深沢訳, 1980) は、交流分析にゲシュタルト療法の技法であるチェア・ワークなどを取り 入れて、過去の体験と向き合い、感情に関心を向け、「幼い頃、家庭のな かでうまくやっていくためにどんな種類の決心をしたのか」を〈今、ここ で〉探求する。そして「過去の病的な決断を放棄」して、今度は「自分が4 4 4 したいやり方でその場面に対処4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4する4 4のである」。幼少期、家庭でサバイブす るためにやむを得ずした決断を捨て、再決断をしてなりたい自分になるこ とで、母親の呪縛から逃れ、自律性を獲得し、先に進むことができるだろ う。 さて、実は古事記と源氏物語の類似性について指摘する声がある。鈴木 (1991)は、母イザナミのぬくもりを知らない「スサノオ」が、母の面影 を姉アマテラスに求めつつ、破壊的な行動を繰り返して悲劇が生じたように、源氏はそれを庶母である藤壺に求めつつ、情交によって自らと女性た ちとを破滅へと追いやったとして、構造的に両者は同じであると述べてい る。Aの高校時代の非行や、その後の女性関係のあり様は、まさに、スサ ノオと源氏の双方を、死と生の衝動そのものを、生きていたということで はないか。 強い性欲を持つAにとって、女性は快楽を伴うストレス発散の対象だっ た。彼が述べた「オスがメスを射止める感覚」「たくさんの女性と知り合 いたいという欲求」は、先にあげた二種のいろごのみのうち、自己拡充を はかろうとする古代的ないろごのみである。一方、女性を逃げ場と見なす 「やり過ぎないためのブレーカー」といった見方は、「はかなきすさび」と してのいろごのみ、と考えられる。「僕無しでは生きていけない相手が必 要」と紫の上を渇望する一方で、「甘えたい、上からの愛がほしい」と藤壺 を求めていた。なぜか、Bをはじめとして次々と彼に魅かれる女性たち。 Aは決して光源氏のような、いわゆるハンサムな外見をしているわけでは ない。しかし筆者はAに対し、その女性観に対して「不快感」を感じる一 方で、なぜか「憎めなさ」のようなものを感じていた。まあしょうがない な、といった感じである。筆者自身、Bをはじめとする彼の周りの女性た ちの思いを引き受けていたのかもしれない。 Aのドンファン的な行動は、強い性欲に基づきつつ、古代的な自己拡充 のいろごのみと、「はかなきすさび」としてのいろごのみという二つの側面 を同時に満たす、自己の存在確認と自己救済の意味を持っていたと考えら れる。恐らくAは源氏と同様に、母からの愛情欠如に起因する母へのアン ビバレントな想いによって、いろごのみを開花させざるを得なかったので はないか。こうした複合感情に、何らかの命名―例えば「源氏コンプレッ クス」―をすることで、より具体的な姿を与えることができるかもしれな い。 しかしそれには、今後さまざまな点からの検討が必要だと考える。まず、 他の事例の理解において、こうしたコンプレックスの適用が可能かどうか。
同時に、古澤の阿闍世コンプレックス(小此木・北山, 2001)をはじめとす る、既に提唱されたコンプレックスとの異同についても、多面的に検討す る必要があろう。一方、源氏物語を引き合いに出すのであれば、文学的歴 史的な観点から、さらに検討をしていく必要がある。例えば源氏の心性に ついて、平安期の大貴族特有の事情―婚姻制度、母子関係や乳母の存在、 家政、相続など―を考慮して、このかなり特殊な母子関係を理解する必要 がある。さらに、男性を含む多くの読者が物語を書き加えていったのでは ないかという複数作者説(西村, 2010)や、紫式部以前から源氏物語の元本 となるような一群の物語の断片が存在しており、「紫式部はただこの有名 な題材を使ったに過ぎぬと見る」(和辻, 1926)見方も無視できない。それ が事実だとすると、ここで論じている源氏の生育歴は、さまざまな意図を もって作成された物語から抽出されたものに過ぎず、そこに彼のいろごの みとの単純な因果関係を見ることは危険であり、平安貴族集団の願望とし て検討していく必要が生じるのかもしれない。いずれにせよ、今後検討す べき問題は、山のように残されている。多方面からのさらなる研究が待た れるところである。 引用文献 秋山虔(1984)この人は日本紀をこそ読みたるべけれ, 日本文學62, pp1-11, 東京女子大学 藤井貞和(1978)タブーと結婚, 国語と国文学, 東京大学国語国文学会, 至文堂, 藤井貞和 (2007)タブーと結婚−「源氏物語と阿闍世王コンプレックス論」のほうへ, pp1-24, 笠間書院 藤井貞和(1984)源氏物語の性、タブー , 「G・S」2, 冬樹社, 藤井貞和(2007)タブーと 結婚−「源氏物語と阿闍世王コンプレックス論」のほうへ, pp25-41, 笠間書院
Goulding, M. M. & Goulding, R. L.(1979) Changing Lives through Redecision therapy., 深澤 道子訳(1980)自己実現への再決断:TA・ゲシュタルト療法入門, 星和書店 日向一雅(2004)源氏物語の世界, 岩波新書 伊井春樹(1980)成立や構想について未解決の課題は何か, 国文学25⑹ 源氏物語の謎, pp44-49, 學燈社 河合隼雄(2000)紫マンダラ, 小学館, 河合隼雄著作集7物語と人間(2003), pp3-213, 岩波 書店 小此木啓吾・北山修 編(2001)阿闍世コンプレックス, 創元社
増田繁夫(2009)平安貴族の結婚・愛情・性愛−多妻制社会の男と女, 青簡舎 紫式部(?/1965)源氏物語1~6, 岩波文庫 紫式部/谷崎潤一郎(1979)潤一郎新々訳源氏物語1~10・別巻, 中央公論 紫式部/瀬戸内寂聴(1996)源氏物語1~10, 講談社 中村真一郎(1985)色好みの構造−王朝文化の深層, 岩波新書 西村亨(2010)源氏物語とその作者たち, 文春新書 大野順一(2002)色好みの系譜−日本文芸思想史, 創文社 折口信夫(1955)折口信夫全集14, pp203-233, 中央公論社 鈴木日出男(1991)はじめての源氏物語, 講談社現代新書 武田宗俊(1952)源氏物語の研究, 岩波書店 和辻哲郎(1926)源氏物語について, 日本精神史研究, 岩波書店, 和辻哲郎全集4(1962) pp130-143, 岩波書店 〈謝辞〉 本研究は、第17回 日本語臨床研究会において発表した「源氏コンプレックス試論―母から の愛に飢えた男性の活発な性活動」を改題し、大幅に加筆したものです。同会において貴重な 指摘をしてくださった先生方、また構想段階でさまざまな視点から助言をくださった白鷗大学 教育学部心理学専攻の先生方とLorraine Reinbold先生に、この場をお借りして御礼申し上げま す。