観音玄義は観音義疏と共に性悪法門を開示せる重要な典 籍であり、四明智礼は観音玄義記四巻等を作り、性悪説を 大成したのである。この観音玄義は伝教大師の台州録に妙 法蓮華経観音品義一巻、智者大師出とあるをその初見とす る。普寂は四教儀集証詮要等において、六由を挙げて、天 台大師の真撰でないことを指摘してゐるのであるが、法華 1 文句巻第十には﹁別有私記両巻。略撮彼釈釈此題﹂とあり 境智、能所と対立した場合に、従の教学の中には、どう しても、境をとり、所詮所証をとって第一義としました、 これは、実在論的な認識によったのであります。此の点カ ントは、智あっての境であり、能証あっての所証であるこ とを示唆してくれました。 隆尊のくり返し五百座点劫説で、もう一つ満足が行かな かった私は、此の主客転倒した立場を教えられて、報中論
三の仏が主体だとしたのが大正十三年頃に発表した﹁著
述﹂であります。観音玄義の研究
若杉見
寵
文句は普門品の解釈において、先ず観世音普門の品題を釈 し、次に句々文々に及んでゐるのであり、前文は観音玄 義、後叉は観音義疏の省略なることは一読して知り得るの である。更に妙楽大師は止観輔行巻第五の三において観音 玄義の作名を挙げるのみならず、同時に同辨より引用して ゐるのである。 かくて普寂の指摘せる如く、観音玄義を偽作とする時は 文句との関係においても、且つ本薔が天台大師滅後あまり 遠からざる時代に存在した点についてみても、改めて別な 見地より検討を加える必要があるであらう。 観音玄義を読み直ちに想到せられるのは嘉祥大師撰の法 華玄論及び法華義疏である。今之らの文献と観音玄義とを 比較してみたいのであるが、最初その解釈法から検討す る。 ︵一︶観音の名を釈するに当り、観音玄義︵以下玄義と 略称︶は十義を用ひ、法華義疏は十対、玄論は二十条を挙 げて釈するが、玄義と両疏を対比するに九義まで名称が一 致する。 ︵二︶普門の普を釈するに義疏は三義を挙げて釈し、玄 義は十義を用ひて釈するが、十義の中、二義はその名称が 一致する。 (144)︵三︶玄義は十義を挙げて、観世音普門を通釈した後、
更に別釈段を設けて解釈を施すが、玄論は釈名を終へた
後、観音の名を論じ、玄義は別釈段において境智と感応を 用ひて釈するに、玄論も亦境智と感応の二義にて釈してゐ るのである。 以上三例はその解釈法において軌を一にし、且つ名称が 一致した例であるが、次にその内容に立ち入ってみること とする。 観世音普門を釈する玄義の十義と、義疏の十対玄諭の二 十条とを対比してみると、それぞれの箇所において著しく 内容の類似しているものが多いが、その一一について列挙 するのは繁に堪へないので、玄義の五釈薬樹王身如意珠王23
身の箇所と玄論の十者二身一盤の箇所を比較してみよう。 先ず玄論は観音を薬樹王身、普門を如意珠王身に配し、 その出典を挙げ、更に無心の物の苦を域するは薬樹王の如 く、無心にして物の楽を与ふるは如意珠王の如くであると 釈してゐるが、玄義についてみても、概ね玄諭と同文であ る。 以上解釈の形式洛称及び内容に亘り、全部ではないが、 一斑を挙げただけで、嘉祥大師の玄諭、義疏と天台大師の 玄義とが深い関係にあることが理解せられたことと恩ふ。 0 由来天台大師と嘉祥大師とはほぎ同時代の人であり、別 4 に述べる如く、天台大師説の法華玄義法華文句と嘉祥犬師 撰の法華玄論、法華談疏とは一致する箇所もあり、伝記そ の他から推してみるに、これら天台大師の諸疏は嘉祥大師 の諸疏によって加筆せられ、且つ嘉祥大師の諸疏により加 筆したのは、第二祖章安大師或はその一門と推定せられる から、此の観音玄義も章安大師或はその一門によって編輯 せられたかとも推察され、法華玄義や文句が天台大師の説 の記録とされる以上、観音玄義も天台大師説として差支︿ なからうと恩はれるのである。かくて再び問題とされるの は性悪説であらう。 法華文句の釈観世音品は大きく二段に分けられ、最初に ﹁釈此題﹂として、通別の二釈を用ひて品題を釈した後、 文々句々に及んでをり、先述せる如く、この品題を釈する 箇所は概ね観音玄義釈名段の要略である。観音玄義は大正 蔵経で約十五頁で、出体段以下を除くと約十四頁で性悪説 の説かれてゐる料簡段は約二頁である。而して料簡段以外 は各部分とも文句中に略説せられてゐるにも拘らず、料簡 段は一行も文句中に見出せないのが事実である。してみる 時は文句の蕊録者が故意に除いたか、或は後世における加 飛かと考へられるのである。文句の鐙録者が料簡段を除い (必5)たとすれば、筆録者はなぜかこの部分に賛意を表しなかっ たことになるが、然し文句と嘉祥大師撰の法華義疏とを比 較し、法華玄論並びに義疏と観音玄義を引用や構成の面よ り比較してみた場合、法華文句と観音玄義は同一者によっ て筆録せられたものと考へられるので、文句の筆録者が除 いたといふ点は考へられ得ず、随ってこの料簡段は後世の 加箪とみるべきであらう。然し前述せる如く、妙楽大師が 既に引用してゐる程であるから、比較的早期の加筆ではな からうか。 ︻註︼