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経済計画と作業仮説: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

池田, 博俊

Citation

沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL

OF LAW & ECONOMICS(1): 111-123

Issue Date

2001-03-16

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/5909

(2)

経済計画と作業仮説

法経学部助教授池田博俊 はじめに

本稿では以前私が翻訳とともに紹介論文を書いた、G・A.、フェリドマンの方法に準じて、実際の一

般計画のための作業仮説を提起したカヴァレフスキーの一般計画委員会における報告の趣旨と討論会出

席者の主要な論点、およびフェリドマン、カヴァレフスキーによる反批判を紹介、検討する。フェリド

マンの理論体系が当時のソヴィエトにおいてどのように受け止められていたか、また、彼に対する批判、

もしくは非難がいかなるものであったのかを問題にする。私が本稿を書く必要があると考えた理由はフェ

リドマン・モデルの研究書のうちではあまり問題にされることなかったが、さりとて理論の本質的理解

のためにはいくつかの問題点があるとおもわれる。それらの問題点がカヴァレフスキー報告とそれに基

づく討論会において討議されている。報告と討論の紹介を通じて私の「国民所得成長の理論」(上)(下)

への補論としたい。それによってフェリドマン・モデルの内容的吟味がより深められるであろう。

キーワード:一般計画、作業仮設、カヴァレフスキー、フェリドマン 第1章カヴァレフスキーの報告

1930年1月、ゴスプランの一般計画委員会においてカヴァレフスキーは「一般計画の作成について」

という報告をおこなった。(注l)

彼の報告は出席者の手元に配布したペーパーに基づいてその趣旨を説明するという形でなされたようだ

が、私にはそのペーパーを入手することができないので記録に残された彼の報告に従ってその趣旨を紹

介するしかない。しかし発言の内容などから推測するとフェリドマンが1929年の12月号『計画経済』誌

に執筆した「展望計画作成の分析的方法」(注2)のなかで展開したさまざまなヴァリアントが参照さ

れていることは明らかである。彼の報告の目的は多くの出席者が誤解したようなこと、すなわち計画ヴァ

リアント、数式の展開を承認させることにあったのではなくて、それらのヴァリアントもしくは数式

は彼の主張する作業仮説の理論的諸問題を論ずるための例にすぎなかったのである。

一般計画の作業仮説の目標は何であるのかカヴァレフスキーは次のように定式化する。(注3)

「(1)世界の資本主義国を技術と生産量に関して追いつき追い越すこと (2)レーニンの協同組合計画を遂行しおよそ5カ年計画の終了時、すなわち露暦10月革命以後15-1 6年以内に完了すること (3)時期の一般計画期間に社会主義的経済形態を発展させるとともに、物質的基礎が成熟する度合い に応じて、資本主義と社会主義の世界的構成において可能な限りで、共産主義社会のより完全な形態へ の移行を展開すること。」 カヴァレフスキーが提案した作業仮説は一般計画作成のためのものであり、彼の作業仮説の内容その ものに入る前に、一般計画なるものの性格付けをしておかねばなるまい。(注4) 当時のソヴィエト経済の発展により、計画経済・国家の計画的指導にとって、一般計画(10年-15年 -111-

(3)

を期間とする計画)を作る必要に迫られていた。たとえば、ドニエプル発電計画起草者の1.G.アレ クサンドロフによればひとつの水力発電所の建設には8-10年、あるいは12年くらいかかるかもしれな いという予測を立てねばならぬという。そのような建設はほかにいくらでもあった。そのような建設の ために他の経済部門からの設備計画も当然必要になってくる。いくら計画期間を短く見積もっても五カ 年計画を超える建設計画がいくらでもあったのである。(注5) したがって5ヵ年計画を超える別個の計画を立てる必要が生じてきた。しかも1ヶ月でも一般計画を遅 らせると国民経済に多大の損失を与えることになるのである。また、事実、この一般計画のための予備 的作業はすでにそれより5年前から進められてきたのである。(注6) 一般計画は技術=経済学的計算に基づいて具体的計画を導く巨大集団の作業であり、技術的計算は経 済学的基礎づけに基づいてなされねばならないし計画は経済学的分析に基づいて起草されねばならない。 たんに技術的なものから始めてもそれは一般計画の展望を与えないだろうし、また逆に単なる経済的な ものから始めても同じことだろう。 それまでの計画作業をみると、その方法の中では経済発展の可能性を常に過少に見積もる傾向があっ た。しかしそのことは決して偶然のことではなかった彼自身が「再建計画の方法」のうちで述べたよう にそれには主に3つの理由があった。 「(1)技術進歩は予測できないし、それはわれわれの具体的設計を超えるかもしれない。 (2)未来における経済活動の組織上の達成を把握することができる状態ではないない。 (3)現在において過去の年、特に前年度に関して知るようには一般計画期間における、労働力、国 富について知ることができない。」(注7) しかし一般計画に大いに関係を持っているものは他のどんな計画に対してもそれ以上に関係している のである。したがって、あらゆる技術の企画を包摂し、一般計画期間における再生産過程の全体像を描 きうるような経済分析が必要なのである。そうすることによって、単に具体的企画だけを行えば必ず陥 るような誤りを犯さずともすむ。 「ここにすべての集団が一般計画全体の作業展開に踏み切る前に、おおよその特徴を企画し、その基

本的指標によって一般計画の基本的輪郭を作り、そのあとで全作業を具体化するという、一般計画の作

業仮説の構想が導かれるのである。」(注8) このような意味での作業仮説が絶対に必要であるし、それはさもなくば不可避であろう迷路を短縮し、

計画成立後は作業仮説としての性格はなくなり、必要に応じた修正・変更・補足を加えられた後、個々

の計画を単一的に統合する経済的綜合となると考えたのだ。その主旨はすでに計画作業員のグループの 討論においても認められていたのである。

彼らはまず有名なマルクスの再生産表式から出発した。マルクスの(C+V+M)から国民所得部分に

相当する(V+M)をとりだすと、Vは直接的消費部分になり、Mは再生産の拡大に使われる。(注9)

このように国民所得を二つの部分に分けることは計画化にとって必然的なことと認識された。生産の主

体となったプロレタリアートの意思によって、VとMの割合を決定するのであるが、この決定如何によっ

て再生産の発展テンポ、もしくは国の発展方向が左右されるからである。

たとえば、極端な消費の切り詰めは建設テンポの低下をまねき、あまりにも行き過ぎた消費は後の消

費の成長をストップさせてしまう。このことは、当分の何年かは、現実の消費をほどほどに切り詰める

ことが将来それを急速に拡大するために都合がよいなどということがわかる。ヴァリアント計算を行え

-112-

(4)

ばわかることだが、「超工業化論者」達のいうように、ますます消費を切り詰めていくというのも誤っ

た見解(nO3HUHH)である。これらのヴアリアントを見ると、どのほうにも行き過ぎてはいけな

い限界があることがわかる。このような意味においても自律的な(内生的)再生産の指標体系が必要なの

である。

そのためには収集された資料による帰納法だけにとどまるだけでなく、マルクス的な抽象的分析も使

用しなければならない。具体的な資料を徐々に一般的な、体系的なもののうちに吸収しつつ、12ヵ年か

ら15ヵ年に渉るソヴィエトの経済発展像を描く必要を彼は力説する。

しかし、だからといって「一般計画の中で操作するすべての経済概念の内容を細かく吟味する」(注1

0)ことはできないのであった。それゆえ、彼の考察は、「一般計画作成にとって決定的と思われる基本

的経済指標」にのみ限定されることとなる。(注11)

カヴァレフスキーはそのような前置きのあと直ちに

(1)a・労働可能人口b・労働の人間・時間c・労働の平均生産`性

(2)国民所得(D) (3)F-諸フオンド (4)D/F-再生産効率係数 (5)Du/、---生産的蓄積係数(緊張度)

などの諸指標を列挙し(注12)、これらの諸指標の間には単純な関係があることの説明をしている。

たとえば、一般計画期間における再生産効率係数と生産的蓄積係数とを決定するには同期の他の二つの

指標を用いなくてはならない。D/Fを算定するためにはD=(生産性)・(人間・時間)だから、まず

労働生産性の変化と人間・時間が算定されねばならない。また、生産的蓄積係数を算定するには、D=

、u+Dpである以上、住民福祉と関連した経済政策の指示を与えることを意味する。

このような形で指標体系を作っておけば、それ以前のような「経済学者としては許されがたいような

《綜合》(注13」などはしなくてすむであろうと考えたのである。

計画化の課題はまさに一般的相互依存の作業体系を作ることにあり、国民経済の基本的発展方向がそ

れぞれの計画のうちにおく目標と照応しているとすれば、これらの諸目的と企画された基本的指標とを

結合することは生産構造と生産部門の結合を規定する

だが、そうするためには、上にあげた諸指標だけでは不十分である。なぜなら、これらの諸指標に一

定の目標がない場合には、企画に際しての十分大きな自由が残されているからである。

たとえばDu(蓄積部分)が所与であるとしても、それを農業に投資するか工業に投資するかということ

について、実践的には数多くの組み合わせが存在するのである。だがこのような「自由な領域」という

ものが単なる見せかけに過ぎないということもわかる。なぜなら、当時ソヴィエトが直面していた現実

からして社会主義建設にとっての最適な道は、経済的、技術的そして政治的に否応なしに決まっていた

からである。

以上のような理由から、カヴァレフスキーの報告は「基本的指標の一定の変数を選択するときの方法

の分析」(注14)に移行するのである。 彼はまず再生産過程の決定的要因としての労働生産性をとりあげる。

追いつき追い越すということが問題になる以上、当然ではあるがアメリカとの比較である。(注15)

まず彼はさまざまな要因分析の結果としてアメリカの労働生産性(1929)をソヴィエトのそれの12倍

-113-

(5)

と算定した。12年間でアメリカの労働生産性を20%だけ追い越すものとすれば、12年後には計画初年 度の14.4倍の労働生産性に達するというような数例を出している。かれのいうところによれば、そのよ うなことも政策的にはかならずとも不可能なことではなく、現に1929/30の統制数字は25%の労働生産 性の成長が見込まれていた。この率が実際実現可能であれば、12年間に146倍になるという計算にな る。 次に問題になったのは「人間・時間」である。そのころまでのソヴィエトの実態から補外すると12年 間には1.32倍になり総生産物は開始年度の19倍(1.32x14.4)となる。また、農村における遊休労働力 は労働可能人口の28%にも達しているが故に、この人的資源を合理的に利用するということも考慮に入 れると、労働時間の短縮または同一労働日のもとでの生産量増大も可能となる。このようにして一般計 画の指令として労働生産性の14倍増を選択することもできる。国民経済全体に対して、この期間内に生 産量を19倍にすることすなわち、同一のフオンド総量のもとでアメリカの3倍の生産物を作ることを仮 定してみる。(注16) これを解決するには次の二つの問題に答えなければならない。 第1の問題アメリカと同じフォンド総量をいかにして獲得するか? 第2の問題アメリカと同等のフオンド総量でまたはアメリカと同じ装備のもとで3倍の生産物を収 穫するにはどうすればよいか? 第1の問題に対する答えとなるのは企画可能な蓄積政策の作業仮説である。前出の生産的蓄積係数を 操作することにある。たとえば彼は、u/、を20%から379%までたかめ、5カ年計画の最後3年間は、45. 3%-46.4%まで徐々に高める例を出している。そうすれば、消費も1930/1931年度の15%成長から31%、 44%と徐々に成長していく。そして5カ年計画の終了後は、この緊張係数を10年後の1939/40年度で33%、 15年後には31%くらいに引き上げ、以降は最低でもアメリカの最高のときぐらいにしておけばよい。だ が《緊張度政策》が必ずしも経済建設のあらゆる時期において必要であるとは限らない。高い蓄積係数 が生産手段の膨大な発展に結びついており、そのことは「量が質に転化する」時すなわち工業化が高い 段階に到達したときには「Du/DではなくてDp/D」が興味を引くことになろうということも述べている。 (注17) 第2の問題にたいする解決法は再生産効率係数(、/F)を大きくさせることしかない。(注18) カヴアレフスキーの報告によれば、ソヴィエトの、/Fは5カ年計画の開始年度において30.7%であり、 1929/30年度では36.6%であった。アメリカの場合は30年ないし40年間をとうして平均20%以下であっ た。だが80年前アメリカでのこの係数が29%以上であったことを考えればこの係数が絶えず低下する傾 向があるということがわかる。 世界全体で考えるとこの係数は低下傾向にあるが、時折上昇することもある。いかなる時であるかと いうと、たとえばアメリカにおける1880年代、すなわち産業の急速な構造変化一蒸気力による経済から 電力経済への移行、農業における外延的方法の拡大、農業機械の普及一が起こった時期がその例である。 当時、アメリカの再生産係数は16.9%から203%まで上昇しているのである。(注19) 資本主義諸国においてさえこのようにD/Fが上昇するのであるから、単に技術の上だけでなく、社会 的にも変革を遂げている(当時の)ソヴィエトにおいてはなおさらのこと、この係数の上昇が「期待さ るべき」ものであったのだ。(注19) -114-

(6)

実際5カ年計画がはじまって以来、再生産係数は年毎に上昇した。この係数の変化の要因を分析すれ

ば、Dの増加率がFのそれより大であるということに帰着する。言い換えれば労働生産性と人間・時間

の積が労働の物的装備よりも急速に成長したのである。(注21)これは「年中無休操業」、「多交替制」、

「新技術への移行」等の影響であり、資本主義に比べれば再生産係数の高位維持の可能性がより高いと

思われる実例であると考えられた。

だがカヴァレフスキーは展望としてD/Fが増大することだけを考えていたわけではない。「第2、第3

の一般計画期間においては、労働日を短縮し、休暇を長くし、青年により長い就学期間をあたえること、

または義務労働の定年を早めることなどによって、労働年齢を短縮する必要が問題にされるときくるで

あろう」(注22)さらにまた、再生産効率係数のうちには労働生産性の上昇を可能にする労働装備の増大、

住宅建築の増大、その他フォンド拡大要因がますます多く前提されてくるようになる。

したがって「これらのことを総括的に考えると、われわれの作業仮説のうちに、1930/40に関して前

に計算された65%に達したあと、第3次五カ年計画の終わりに66%に収束する減衰曲線を想定せざるを

得なくなる」(注23)しかし、カヴァレフスキーによればそのような停滞が第4次五カ年計画のときに

やってきたとしても、そのことはソヴィエトにとっては恐慌を意味するものではないのである。

「未来は機械の時代である。最近の急速なフォンド増大によって、新規労働生産物の先行する労働生

産物の総体に対する比は現在われわれが知りうる限りでの技術進歩のもとではていかするであろう。だ

が、そうでない場合も可能なのである。すなわち人間の知識の絶えざる成長と、科学の巨大な成果は労

働過程における著しく複雑な装備をはるかに単純なものに置き換えるであろう。単純な化学反応が、現

在、甚大な機械的労働によって作られているようなものも生産するようになるであろう。」(注24)と彼

極めて楽観的な展望を自らの体制に持っていたことが窺える。

以上がl)労働生産性2)蓄積政策3)再生産効率係数についての

カヴァレフスキーの報告の概要である。彼の報告の中にはその他多岐わたっているが発展の戦略に関す

る主要な論点はこの三つのカテゴリーを巡って展開されている。(注25) 第2章作業仮説をめぐっての討論

E・ドーマーが「カヴァレフスキーの報告につづく討論は概して不明確でありまた一般的であった」

(注l)と述べているが、それは少なからず正確さを欠いているのである。たしかに、何人かの討論参加

者はカヴァレフスキーの提案を正面から捉えようとはせず、的外れな批判を行ったが、計画への接近方

法=作業仮説についての彼の構想にほとんどの発言者の発言内容が集中しているのである。

カヴァレフスキーが「結語」において述べているように、16人の発言者のうち、報告について基本的

に肯定的なもの9人、反対の意見を持っているもの4人、問題への解答をはずしているもの(要するに何

もわかっていない者)2人、はっきりしないが否定的なもの1人であった。(注2) だが注目すべきことは、発言者が本筋において肯定的であるか、否定的であるかによって、トータル

な肯定、トータルな否定、をしているのではないということである。反対論の多くは、彼の報告には社

会関係の分析がないという点にあった。たとえば、バイスベルグは「カヴァレフスキー同志は、前の一 般計画委員会の仕事とは異なるレールを敷き、方法上も新しいレールを敷いた。」(注3)とその功績を指 摘した後で、「---カヴァレフスキー同志は、報告の最後の部分で社会関係をあげているが、この領 域については彼の報告において概して欠落してといる部分なのである。また、彼のように生産力と生産 -115-

(7)

関係を機械的に切り離してはいけないのであり、生産力だけを分析してそのあとを上部構造という形で 捉えようとしてもそれはできないことだ。」(この発言の最中に報告者のカヴァレフスキーから横槍がと ぶ。「3時間ばかり時間をくれたら君に『人間』についてはなしてあげてもいいよ。」)「時間の長さが問 題なのではではないだろう。問題は、報告の中に、テーゼと定式化の中に、両者を結び付けねばならな いということだ」と述べている。(注4) メンデリソンが指摘しているようにフェリドマンーカヴァレフスキー構想は、一定の政治的前提を 基にしたものであること(注5)をバイスベルグは少しも理解していないのである。かれは第1の基本目標 が無階級社会を作ることにあり、「無階級社会になってはじめて、技術的再建のプログラム追いつき追 い越すという課題をもっと具体的にかつ広範にわたって展開すべきだ。」とまで極言するのである。(注 6) またコーンのように、「もしわれが集団化のプロセスを計画のうちに考慮しないとすれば、集団化の 結果として実現する成長率の可能性を無視することになる。」として報告が経済法則に基づかない分析 であるというような批判もある(注7)。 この種の批判に対してカヴァレフスキーは「結語」において批判者は報告の中にある考え方を故意に 歪曲しており、報告をまったく不注意に聞いていたからだと答えている。(注8) この種の議論は別として、論争の中心はやはり 1)マルクスの再生産表式の応用 2)再生産効率係数と労働生産性 3)緊張度(生産的蓄積率) 等にあり、これらの問題をめぐって展開された。(もちろん、これらの3項目は有機的な連関を持つの である) カヴァレフスキー報告に肯定的であった論者はほとんどマルクス再生産表式の応用を-つの進歩とし て歓迎したが、カテゴリーの検討が不十分であるという意見がそれに付加られておりカヴァレフスキー 自身もそれを認めている。(注9) たとえば、サブチュックはカヴァレフスキー、フェリドマンがマルクスの拡大再生産の理論を資本論 第二巻から計画化のために機械的に応用したのは間違いであり、マルクス理論の方法論から出発すべき であったという。「----レーニンはマルクスの理論が資本主義経済の法則性だけの分析であると考えて いたことは明らかである。----フェリドマンとカヴァレフスキーの誤りはどこにあったか?それは彼 らがこの理論を丸ごと採用したことにあり、この理論によってわが国民経済の発展計画を建てようとし たことにある。」(注10) 報告の趣旨に好意的であったラゴルスキーは、一般計画のヴァリアント作成のアプローチとして再生 産論をもとにしていることの妥当性みとめながらも、再生産に関するマルクスの理論は資本論第二巻第 3篇だけに注意を向けるのではなく、第一巻にある単純および拡大再生産に関する諸章にも注意を向け ねばならないことを指摘している。「問題は表式にだけあるのではなく拡大再生産の条件を考察するこ とにあり、必要な社会的生産物の分配について分析することである。----マルクスの表式について言 えば、報告者はそれを自分の計画している社会に機械的に取り入れようとしている。マルクスの再生産 表式は資本主義社会をその視点として持っている。したがって、それをわれわれの社会に応用する場合 にはそれを修正する必要がある。」 -116-

(8)

再生産表式利用についての批判に答えてフェリドマンはかなり長時間の発言をしている。とくに、コー

ンがマルクス主義の香りがしないと評した「自然法則」という言葉を含む一節の意味を再説し、再生産

表式の応用の意義をフェリドマンは強調しなければならなかったのである。

まず彼は、マルクスがクーゲルマンに宛に書いた手紙(1868年7月11日)(注11)の中で述べている言

葉を引用したり、エンゲルスが『反デューリング論』の中で述べている「広義の経済学」(注12)という

概念の説明をすることによって自分の理論の根拠づけする。そして「自然法則と同じような、いかなる

社会構成体にとっても妥当する国民経済発展の一般法則を究明するのは無駄な努力なのだろうか?」と

反論する。(注13) マルクスの再生産表式の普遍的意義はブハーリンの『過渡期の経済学』へのレーニンの評注において

も指摘されていることだが、表式を構成している歴史的カテゴリーだけが表式に歴史的規定性を付加し

ているものではなく、その形態そのものも歴史的規定性を付加しているのだと彼は主張する。

「資本主義の包囲のもとでの社会主義の建設の際には、表式に次のような形態を与える必要が生じて

くる。すなわち、<最短期で資本主義国に追いつき追い越す>というわれわれ経済発展の基本的条件を

実現する可能性がそれによって規定されているような経済的カテゴリー相互間の関連を明らかにするこ

とができるような形態を与える必要が生じてくるのである。(1)国民所得(2)フオンド(3)消費

(4)蓄積(5)フオンド利用効率(6)国民所得における蓄積率(7)雇用労働者数(8)労働生産性

がそのカテゴリーになるのである。これらのカテゴリーの助けを借りて、マルクスの表式を利用すれば、

計画的な社会主義建設のもとでの経済成長率を規定することができる。」(注14)

批判者の多くはフェリドマンの論文やカヴァレフスキーの報告を誤解しているのだとかれはきめつけ

ているのだが、確かに上の引用文を見ても明らかなようにマルクス表式の機械的導入という批判は誤解

であろう。(注15) 更にフェリドマンはいう、「勿論いかなる抽象的表式といえども、歴史的条件の産物であり(その抽

象性ゆえにあらゆる時代に適用できるということを無視すれば)その条件の中でのみ完全な意義をもっ

ている。特に興味あることであるが、ウラジミル・イリイチ(注一レーニンのこと)が共産主義社会にお ける理論経済学のことを考えるとき、マルクスの表式に注目していることである。」(注16) マルクスの表式利用についてはこのほか、ヨッフェ、ヴラーソフ、エヴェントフ、ペトロフなどがコ メントしている。 問題点の第二は再生産効率係数についてである。これに関して前にも述べたとおりフェリドマンの効 率係数とは定義が若干違うが内容的には大差はない。討論においてはこの概念を反マルクス的なものだ として頭から否定するものから、この係数に一定の意味を認めながらも経済の効率をはかる指標として は不完全だという意見をいうものまでいて、ヴァラエティに富んだ論議がなされている。発言者のほと んどがこの係数に伝は何らかの言及をしているのである。討論者はこの問題に関する限り、カヴァレフ スキーにたいする意見表明というよりも、むしろ討論者相互の間で討論しているのである。たとえばバ ザーロフはこの係数が経済効率をあらわす程度には疑問をもっていたけれども、コーンの発言「靴と半 熟の卵の比はまったく何にもならない。」(注17)にはまったく反対であった。整理の都合上、討論者を 二つのグループに分け、代表的意見を紹介し検討する。 第一のグループはこの係数を「資本の生産性」なるものを表すブルジョア経済学的概念であるとして -117-

(9)

否定的態度をとるのである。たとえばエヴェントフは「《資本の効率》という言葉は聞くだけでも我慢

できない。マルクスの香りがしない。---労働生産』性だけをもとにして議論をはじめることを提案す

る。」(注18)とのべている。サブチュックはこれがブルジョア経済学のナイーヴな概念であると規定す

るだけでなくカヴァレフスキーが66%にまで達すると報告で述べたことに対して、次のように批判して

いる。

「この用語に対してのかれらの定義を受け入れたとしよう。カヴァレフスキーは初期の諸年度に三交

替制や、(工場の)年中無休操業、その他のものを導入すればこの《資本の効率》は上昇すると主張して

いる。だが同志カヴァレフスキーは未来においては三交替制をやめるべきだと述べている。これはまっ

たく正しい。われわれが現在、三交替制を導入しているのは、人間にとって夜の労働が有益であるから

ではなくて、<追いつき追い越す>という課題があるからなのだ。しかし、われわれが生産を大規模に

拡大したとき、勿論徐々にではあるが、夜間労働、夜間交替制などという資本主義的経済属性を除去し、

できるだけ労働日を短縮するだろう。それゆえ、《資本の効率》は必然的に低下する。すなわち計画的

経済運営によって可能となる《資本の効率》の上昇はその低下によって償われるであろう。」(注19)

サブチュックは価値的な面からのみこの係数にアプローチしているのだ。不変価格で測る場合には、

使用価値量が問題にされているのだから、労働時間の短縮のみでD/Fが低下すると考えるのは正しくな

かったのである。

コーンはカヴァレフスキーの効率係数の代わりに「純生産物」と「支出された労働」の比を採用する

ことを提案する。

このグループには属さないが、メンデリソンは《資本の効率》の「必然的上昇」の法則もないし、こ

の効率が常に低下するという意見にも賛成しかねると述べている。なぜならこの係数の上昇を促すよう

な要因、たとえば、資本主義社会にあるような大規模な遊休設備の除去、三交替制等があると同時に、

社会主義自身から生じてくる反対方向の要因もあるというのである。(注20)

第二のグループに属する論者はカヴァレフスキーの発想には同意しながらも、概念上の不備を指摘す

るという有意義な発言が多かったようだ。問題点は多岐に及ぶが、労働生産性を切り離して考えたほ

うがよいとか、あるいはむしろ労働生産』性指標を用いるほうが好ましいという意見を出した論者に、ヨッ

フェやバザーロフ等がいる。

ヨッフェはこの係数がフォンドの外延的稼動、すなわち人間・時間の増大、3交替制などによって大

きくなるとともに、内包的稼動一時間当たりの生産性向上によっても大きくなるのであるから、外延的

なものと内包的なものとの混同があるという。だからこの指標を計画手に応用するには、「国民経済再

建の技術的指標と結合」さるべきであると述べた。また、ヨッフェはこの係数の分母となるフォンドに、

固定活動フォンドだけを含めることを提案した。

バザーロフは、再生産効率係数が形式的には申し分ないにしてもそれを経済効率の基準とすることが

どれだけ有益であるかを直ちには云々できることではないと述べ、正しく構成された社会的労働の生産

性指標のみが好ましい指標であるといって、カヴァレフスキーの再生産効率係数にはあまり積極的な評

価をしなかった。

「《E》(効率係数)は多かれ少なかれ、国民経済の再建の効率をそれなりに反映するものである。

しかし、固定資本の比重の著しい増加を伴うところの技術的再建が始まるや否や、《E》は指標として

まったくふさわしくないものになる。とくに、固定資本がゼロに近いプリミテイヴな生産から高度な技

-118-

(10)

術に移るような場合は役に立たない。例えばわが国のプリミテイヴな農業を、トラクター化、もしくは

一般に機械化したばあい、大きな効率が達成でき、農業労働の生産性を郷土に高めることができるであ

ろうが、効率係数《E》はこの場合低下することは明らかである。なぜならく諸フォンド>はゼロから

成長してはじめから労働生産性のテンポを超えたテンポを示すからである。《E》は効率が成長してい

る場合でも低下し、再建政策の効率が低下した場合でも上昇する可能性がある。」(注23)

ラゴルスキーは再生産効率係数を価値表現で考える場合と、不変価格に基づく物的表現で考えた場合

とに分けて考える。価値表現では「交替数の増加、固定資本稼働率増大、固定フオンド要素の低廉化に

よって上昇する可能性」があるが低下するという必然性は認められないが、不変価格に基づく物的表現

では《E》の上昇は証明されえないと述べている。(注24) 以上のような議論を見てもわかるように、不変価格の問題が常に付きまとっている。カヴァレフスキー

が不変価格を取った意図は物的生産力の発展を測定することにあったが、それが全体系に及ぶときどの

ような問題を招来せしめるのかということを十分予知し検討していなかったようだ。

このことに関してヨッフェは価値的指標の代わりに物的指標を用いたことの照明が十分になされてい

ないとしてきする。つまり、カヴァレフスキーの定式化の基礎にあるマルクスの表式は『資本論』にお

いては何よりもまず労働量間の比をあらわす表式として研究されている。価値的なものを物的なものに

変更することが合理的であるのかどうかの検討が不十分である。労働関係の分析が不可能なのはこのた

めであろうと述べている。(注25) これらのすべてに対してカヴァレフスキーーフェリドマンは答えているわけではない。

カヴァレフスキーは「結語」において労働生産性は物的表現において測定されるのであるが、当面その

代用物として不変価格を利用せざるを得ないという前置きからはじめ、《E》の再説明をおこなう。(注

26)

まず彼は「再生産の効率係数」という用語がエヴェントフのような誤解を生むことになるので、これ

を単に「再生産係数」とよべば混乱もなくなるだろうと述べる。つぎに、利潤率が資本主義社会の特徴

をあらわしているように、再生産係数は社会主義の特徴たりうることを強調する。カヴァレフスキーに

よれば、特にこの係数がバザーロフ等が考えているように、効率の絶対的基準としてあるのではなく投

資の選択をする際の総体比較の基準として考えてみれば、実践的に重要な指標でありうる。だからヨッ

フェのいうように、Fの変わりに「固定活動フォンド」をおいた係数にも興味を持つというのである。

また、バザーロフに対しては次のように反論している。シベリヤの処女地でトラクターを用いた外延

的農業を行う場合と、人口密度の高い地域で肥料、施設をより多く用いた集約的農業を行う場合とでは、

前者の方が再生産係数は高まる可能性がある。また、巨額の投資を必要とするが、高い労働生産性と原 価引き下げをもたらす水力発電所と、低い労働生産性しかもたらさないが小額の投資ですむ標準的な火 力発電所とでは後者のほうが再生産係数は大きい。

「一国が人的、物的資源を正しく選択し、正しく配置することが経済政策の中心となる。しかも、再

生産係数の高さがわれわれの前進のテンポを規定している。また、この目標のため、しばしば、安価な

設備だがわれわれに必要な成果を与えるものを建設したり、もとよりよい時期になるまで巨大な設備の

建設も据え置かねばならないだろう。」(注27) 最適の利用を保証し、再生産係数を、当該年度においてあらゆる可能な値うちで最大にするように労 働力の配置、資源の利用を考慮すれば前進のテンポは可能な限りの最大値を得るようになる。そうする -119-

(11)

ことが勝利への鍵であるとカヴァレフスキーはいう。ここでは現存資源を利用する効率を表す、投資選 択の基準としてのこの係数の重要'性が説かれている。しかし報告において彼が論じたこの係数の上昇の 必然性に対する批判に対しては何も答えていないようである。 この点、フェリドマンに関しても同様なことがいえる。彼はこの係数が計画化にとって必要なことを 論ずるだけでなく、この係数の歴史的な』性格付けもしているが、係数の上昇を疑問視した多くの批判に はこたえていない。 最後の問題、すなわち蓄積率に移ろう。生産的蓄積率の概念をめぐってはあまり発言者がいなかった が効率係数に対しては理解を示さず、社会関係の分析に出席者から緊張度を下げる必要はなく更に37% 以上に上げることも可能であるという意見すらでたのである。シヤハノフスカヤはカヴァレフスキーの 考え方が「蓄積と消費の比率の選択は妥協に基づく」というローゼントゥールの見解を導入していると いう批判をしている。(注28) 以上、カヴァレフスキー報告とそれに基づいた討論の輪郭を紹介してきたが、カヴァレフスキーは 「結語」終わりのほうで作業仮説の意味が理解されなかったと述べている。ローゼントウールがいみじ くも述べたようにカヴァレフスキーは「戦術的にまずかった」のである。「前もって、計画作業段階と、 この作業仮説段階の方法論的連関ががどのようなものであるのか説明すべきだった」のである。 彼の計算例は恐意的な仮定が多く、そのことが討論を混乱させたのである。それだけではない。再生 産効率係数にかんしてカヴァレフスキーは、結局バザーロフの批判に答えることができなかったのであ る。カヴァレフスキーもフェリドマンもこの係数が常に増加するものとは考えていない。かれらはそれ が歴史的なものだということを十分認識していたのである。歴史的可能性としてのこの係数の成長と、 「追いつき追い越す」という彼らの前にあった課題が彼らをして発展計画の方法の中にその時期の傾向 をそのまま取り込ませたのであった。彼らの関心事は理論一般にあったのではなく、彼らを取り巻く歴 史的条件の中で最も重要な発展のための戦略をとることにあった。だが、彼らは実践的感覚から得られ たものを論理のふるいにかけることなく「仮説」として提起しなければならなかったのである。カヴァ レフスキーのいうように投資配分を常にD/Fが最大値をとるようにすることは、発展の戦略としては有 効であるし、必要でもあることだが、そのことがD/Fの増大を意味するもではないのである。このこと は価値と使用価値の関係が複雑に絡み合う問題でもあり、単純に推論することもできない問題であろう。 ここで拙稿「国民所得成長の理論」(上)沖大経済論叢通関23号75-105ページ「国民所得成長の 理論」(下)沖大経済論叢通関24号41-62ページにおいて紹介したフェリドマンの経済成長モデル とカヴァレフスキー構想との関連を整理しておく。「モデル」と構想はその理論的基礎付けからして同 一性をもっている。構想はモデルの内容をふくんでおり、より実践的、もしくは簡素化された形で提示 されている。モデルでは特殊な2部門分割が用いられているが構想では-部門モデルになっており、作 業仮説の論議をしやすくするために問題点を単純化して提起したものと思われる。 おわりに ソヴィエト連邦が解体してはや10年になる。崩壊した体制の経済理論を研究し続けることの意義を 疑うものもいるかもしれない、だが考えてみるとフェリドマンーカヴァレフスキーの理論的価値を評価 できたのはソヴィエトの学会ではなかったのだ。ドーマーが「ソヴィエト成長モデル」を書いたのは19 55年のダートマス大学においてである。ソヴィエトでフェリドマンのことが取り上げられたのは彼の死 -120-

(12)

後10年経った、1968年『数理経済学」誌においててあった。、むしろソヴィエトでは彼らは粛清の犠

牲者であった。ここで取り上げた1930年の討論会の議事録を最後に機関誌『計画経済』はゴスプラ

ンとともに同志スターリンの「功績」を讃えるための機関に変貌していくのである。ナチズムとスター

リン主義という社会的ヒステリー状態の中に突入していく中ではまともな経済理論家の住める家はなかっ

たのだ。現在は「グローバリズム」とか市場主義などというあまり社会科学的な裏づけのない用語が賊

属しているようだが計画経済の中で知性の自由がもう少し保証されていたならソヴィエトの歴史も少し

は変わっていたのではないかと思われる。このあと、ソヴィエトは自らの手で知的財産を圧殺していっ

たのである。いずれにせよソヴィエトが崩壊して始めてその時代の真の情報が伝わり始めたということ は、研究者としては幸いに思っている。 注 第1章の注。 (注1)H、AKoBaJIeBcKHii,KnocTpoeHHIoreHepaJIbHoTonJIaHa,”ⅡⅡ aHoBoeXo3HHcTBo",No.31930,cTpll7-211(ただし、cTpl45-l84は討論、cTpl85-2q」 11はカヴァレフスキーの結語) (注2)のeⅡbⅡMaH、”AHaJIHTH[IecKHHMeTonnocTpoeHHHnepcneKTU "″nJIaHoBoeXo3HHcTBo″,No.l21929cTp95-127q」 HBHblxnⅡaHOB (注3)KoBaJIeBcKHH、TaM1Ke、cTpl43-144LD (注4)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpll7U (注5)KoBaJIeBKHii、MeToⅡoJIorHHnJIaHapeKoHcTpyKUHJI,”nJIaHo BoeXo3HHcTBo〃,No.4.1928、MeTonloJIorHHreHepaJIbHoronJIaHaqj ” nJIaHoBoeXo3JIHcTBo″,No.6.1928,cTpl34-207LO (注6)KoBaⅡeBcKHii,KnocTpoeHHIoreHepaJIbHoronJIaHa,cTpll9 (注7)KoBaJIeBcKHII、TaM)Ke、cTpll9q」 (注8)カヴァレフスキーは-部門モデルで報告をしている。 (注9)KoBaJIeBcKHH、TaM】Ke、cTpl22 (注10)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpl22L」 (注11)不変価格によって労働生産性の上昇を測る。 (注12)文字はフエリドマンの理論モデルとの関連をわかりやすくするために英語表記とした。なおD/Fは批判をう けて、その呼び方を「再生産係数」と改められている。フェリドマンでは「効率係数」、もしくは「資本効率」 であった。またFはフェリドマンとちがって労働力の価値を含まない。 (注13)"CBOⅡKa”(「一つにまとめること」)は計画案の集成において辻棲を合わせるために非論理的なやりく りをすることを意味する。 (注14)KoBaⅡeBcKHH、TaM)Ke、cTpl26 (注15)労働生産性を物的な量で測る必要があるため不変価格を導入しているが、このことは、その後の論理展開に 深くかかわっている。 (注16)カヴアレフスキーの報告の数例をそのまま書いたが、ここでいう「3倍」の根拠がはっきりしない。フオン ドの現存量の比較がドキュメントにはでていない。 -121-

(13)

(注17)KoBaJIeBcKHH、TaMjKe、cTpl33かれはDp/Dを「効用係数」と名づける。 (注18)Fには国の労働装備全体すなわち、国が生産手段、個人的直接消費財以外の消費財予備としてもっているもの のすべてが含まれる。 (注19)数字はカヴァレフスキーのままであるが、どのようなデータに基づいて計算されたかは明らかにされていな い。 (注20)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpl32 (注21)カヴアレフスキーは、12年後にフオンドが9倍になる場合を仮定して、 D/F(1940)=2.1*D/F(1929)と計算している。 (注22)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpl32 (注23)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpl32 (注24)KoBaJIeBcKHH、TaM)Ke、cTpl33 (注25)そのほか、具体的課題として、産業部門A,Bの構成比を変えていく問題、農業を含めた形でのA-B分割の必要 性、電化計画を中心とした地域総合計画の必要性などについても言及している。 第二章の注 (注1)E、ドーマー署、宇野健吾訳『経済成長の理論』東洋経済新報社1968Ⅸ章「ソヴィエト成長モデル」P2 23-306参照 (注2)KoBaJIeBcKHii、TaM1KecTpl84、必ずしも正確ではないと思われるが、彼は以下のよう な分類を行っている。 肯定的=ペトロフ(A・H・neTpoB)、ヴラーソフ(BJIacoB)、ヨッフェ(M・B・Hod)のe)、 ポドゴルヌイ(nonTopHblti)、ヨッフェ(Ⅲ.B・Hod)のe)、ローゼントゥール(PC 3eHTyJI)、ラゴリスキー(PaTOJIbCKHii)、フエリドマン(のeJIb瓜MaH)、バザー ロフ(B・A・Ba3apoB) 批判的=サフチュク(CaBⅥyK)、コルドプスキー(KoJIⅡo6cKHii)、コーン(KoH)、シヤハ ノフスカヤ(maxHoBcKaH) 問題外=エヴェントフ(J1.H・aBeHToB)、ヴァイスヴエルグ(P.E・BaiicBepr) その他=メンデリソン(MeH1eJIbcoH) (注3)npeHHHnoⅡoKJIa瓜yH.A、KoBaJIeBcKoro、”nJIaHoBoeXo3Hii cTBo”,No.31930,cTpl46 (注4)TaM1Ke、cTpl67 (注5)TaM】Ke、cTpl48 (注6)TaM2Ke、cTpl56 (注7)TaM〕Ke、cTp207 (注8)TaM)Ke、cTp210 (注9)TaM2Ke、cTpl50 (注10)TaMxfe、cTpl52 (注11)マルクス=エンゲルス全集第32巻下村由一訳『クーゲルマンヘの手紙』大月書店、1975,453-455ページ (1868年7月11日) -122-

(14)

(注12)マルクスーエンゲルス全集第20巻村田陽一訳『反デユーリング論』大月書店1975152-1 (注13)npeHHH、TaM)Ke、cTpl76 (注14)npeHHH、TaM1Ke、cTpl76

(注15)のeJIbⅡMaH、”AHaJIIITHuecKHiiMeToユnocTpoeHHHner

IIBHblxnJIaHoB””nJIaHoBoeXo3HiicTBo",No.l21929cTp95-l27 152-265ページ nePCneKT (注16)npeHHH、TaM躯e、cTpl77 (注17)npeHHH、TaM1Ke、cTpl56 (注18)npeHHH、TaM1Ke、cTpl73 (注19)npeHHHTaM2KecTpl51 (注20)npeHIIHTaM】KecTpl68 (注21)npeHHHTaM】KecTpl65 (注22)npeHHHTaM】KecTpl55 (注23)ⅡpeHHHTaM1KecTpl53 (注25)ⅡpeHHHTaM1KecTpl81 (注26)KoBaJIeBcKHii、TaMjKe、cTpl87 (注27)KoBaJIeBcKIIii、TaM班e、cTpl93-194 (注28)npeHHH、 (注29)npeHHH、 cTpl60 cTpl69 TaMXfe、 TaM1Ke、 -123-

参照

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