Nagoya City University Academic Repository
学 位 の 種 類 博士 (人間文化) 報 告 番 号 乙第1891号 学 位 記 番 号 論 第3号 氏 名 原口 耕一郎 授 与 年 月 日 平成 30 年 3 月 26 日 学位論文の題名 隼人と日本書記
Hayato and Nihon-Shoki
論文審査担当者 主査: 吉田 一彦 副査: 阪井芳貴、山田敦
博士論文審査及び試問結果報告書
2018年2月17日 審査 委員(主査)吉 田一彦 名古屋市立大 学大 学院学則 第17条 及 び名古 屋市立 大学 学位 規程第10条 に基づき、 次 のよ うに博士 学位論 文審 査及び試 問結果 を報 告 します。 1審 査委員 の補職 及び氏 名 別紙1の とお り 2審 査 に係 る学位 授与 申請者及び論支の表題 別紙1の とお り 3学 位論 文の内容の要 旨 別紙2の とお り 4学 位 論文審査の要 旨 別紙2の とお り 5試 問の結果 の要 旨 別紙2の とお り 6学 位授与 についての意見 別紙2の とお り(別紙1) 1審 査委員 の補 職及び氏名
委員区分
補
職
名
氏
名
主査
教授
吉 田一 彦副査
教授
阪井芳貴
副査
教授
山田敦副査
*人 間文化研究科教員でない場合は、補職名欄は所属 ・補職名 2審 査 に 係 る学位 授 与 申請 者 及 び論 文 の表 題 申申請者 (ふ りが な) はらぐちこういちろう氏
名
原 口耕 一 郎 生年 月 日 1974年7月29日 隼 人 と 『日本 書 紀 』 申請 に係 る学位論文の表題
ず(別 紙2) 3学 位論文 の内容 の要 旨 本論文 は、南九州 の 「隼人」について、その概 念および実態 を考察 し、隼 人の問題 か ら古 代天皇制 の特質 と 『日本書紀 』の性格 を解 明 しよ うとす る もので ある。 まず 、「序章: 本博士論文 の視角 」 では、 これ までの 『日本書紀 』研 究 を振 り返 り、 あわせ て天皇制 の成立 とそ の意 義につ いて の これ までの研究 成果 を確認 した上で、『日本書 紀 』研究 に対 する 申請者 の立 脚点 を明確 にしてい る。 申請者 は、『古事記 』『日本書紀 』をそ れぞれ別個 の作 品 と見 る立場 が読解 として妥当で あ り、記紀 は 「歴史 的事実」や「真 実」 に 立脚 して書か れた もの とは評価 できず、古代天皇制 にとって の 「あるべ き姿」 として の歴史 が表 明された 書物 と見 るべ きだ とする。また、江戸 時代以来 の 『古事記 』『日本書紀 』の出典 論 に関わ る研 究が多 くの成果 をあ げて きた ことを高 く評価 し、本論文 もそれ らの成果 を継承 し、 さ らに発 展す る立場 にある ことを述 べる。 「第1章 隼 人論 の現在」 では、 「隼 人」概念 につ いて、 現段 階における研究 を総括 して概 念 の明確化 を行 ない、 あわせ て考 古学 の研 究成果 を参照 して、概念 と実態 の齟齬 につ いて検 討 、考究 している。 結論 として、古代南九州 の人 々が 「隼 人」 とされた のは、時間的 には天 武朝か ら9世 紀初頭 までのお よそ120年 間の ことで あ り、空 間的には薩摩 ・大 隅両 国域の在 地 系住 民に限 られ る とす る。そ して、 「隼人」 とは古代天皇 制によって 「上」 か ら 「一方 的」 に作 りだされた存在 で あって、実態 をともな う民族概念 とは評価 できず 、む しろ 「政治的概 念」 と見 るべ きだ と論 じた。 したが っで、 「隼人の文化」な る概 念は成立 困難 である と指摘す る。関連 して 「補論1隼 人の名義 をめぐって」 において、 「隼人」の名 義 について通 説的理 解 は成 り立たない と論 じ、漢 籍、 中国思想 にみ られ る 「隼」 のイメー ジが大 きな影 響 を与え て い ると説 いてい る。そ して、「隼人」な る呼称は天武朝 に王権か ら設定 された もので、それ は 中国思想 を用いた理念 的な名義で あった と論 じる。 『易経 』 には悪人や 小人の象徴 として 「隼」が登場 し、また『国語 』には夷秋 に関わ るもの として 「隼」が登場す る。このよ うに、 漢 籍、 中国患想 に 「隼」がマイナ スイ メー ジで登場す る ことに注 目すべきだ と し、 中国思想 の夷狄 についてのイ メー ジをも とに 「隼」 の用字がな された と結論す る。 次 いで、 「第2章 『記 ・紀 』隼人 関係記事 の再検討」では、『古事 記 』『日本書紀 』に見 ら れ る隼人関係記事 をす べて検討 して、その一つ一つの史 料批判 を行な って いる。 こ こで は、 漢 籍 と の詳 細 な 比 較 対 照 を行 な う こと に よ り、『日本 書 紀 』出 典 論 の視 座 か ら、 これ らの記 事 の文献学的な特質 を考察 して い る。結論 として、『古事記 』『日本書紀 』の天武朝 よ り前 の部 分 に記 され る隼 人関係記事 の 中には、 中国史書 に典拠 を持 っ造 作 と評価 され る記事が いくつ か見 られ、それ以外 の記事 につ いて も漢籍や 中国思想 によ る潤色 が認 め られ 、史実 にも とづ
く記事 と評価す る ことは困難 である と説いた。そ して、これ らの記事 は 『古事記 』『日本書紀 』 の作成者た ちの政治思想 を表 明 した ものと理解すべ きもので あ り、8世 紀初頭 の思想史 の史 料 と位置づ けるべ きだ と論 じている。 続 けて、「第3章 大宝令前後 における隼人の位 置付 けをめ ぐって」で は、天武朝 か ら養 老 年間 にか けて の政府 の対隼 人政策 を分析 して、近年 の伊藤 循の隼人論 を批判 して 自説 を補強 す る。 申請者 は、①隼 人の法 的位 置付 け、② 隼 人のイ デオ ロギー的位置付 け、③実 際の対隼 人政策 の三者 に注 目してそ のそれ ぞれ につ いて 明確化 を行 な った。③ につ いて は、隼 人が蝦 夷 ・南島人 と区別 して扱 われ 、化 外の夷狄 で はな くな るのは、和銅三年∼養老元 年 にか けて の ことで ある と論じ た。 そ うであ るな ら、①② ③ はそれぞ れ に少なか らざるズ レを有 してい ると しか評価 できず、隼 人 に関す る法 の規定 と政策 の実態 とは一致 しな い場合 があ るこ とに 注 目 しな けれ ばな らない として、隼人 の実態 と、史書 の記 載 にはズ レが見 られ る ことを明 ら か に した。 っづ けて 「第4章 「日向神話」 と出典論」では、まず 、隼 人の服属 をテーマ とす る 「日向 神話」(海幸 山幸神話)は 中国の仏 教類書『法苑 殊林 』によ って文飾 されて いる とす る学説: 河村秀根か ら瀬 間正之 に至 る学 説 の妥 当性 を再確認す る。そ の上 で、記紀 で 「日向神話」 の舞台 とされ ているのは、隼人だ とされた 人々の居住 区 と見 るべ きで 、それ は宮 崎県 で はな く、現在 の鹿 児島県 本土 域 と理解 され ると した 。さ らに、 この話 は伝統 的に語 り継がれた神 話 と見 るべ きではな く、皇統 によ る地上世界支配 および隼人 に対す る支配 をイ デオ ロギー的 に正 当化す るために新 たに創作 された神話で あると結論す る。 さ らに、 「第5章 「日向神話」の隼人像」で は、 「日向神話」 に描 かれ る隼 人像 の分析が な され、 隼 人が呪術 的 に王権 を守護す る姿 は8世 紀初頭 まで確認す る ことができず、それ 以 後 に、後事 的に設 定 され た姿 である ことを明 らか に した。そ して、 「隼人舞」 の奏上は8世 紀初頭 の和銅3年 ∼養老元 年頃の成立 と見 るべ きで あって、隼人 を王権守 護的性格 を持つ 存 在 と して設 定 したの も、 同じ時期 の ことと推定 され ると論 じる。以上 の分 析に立脚 して 、申 請者 は、「日向神話」に描 かれ るよ うな隼 人の服属的な姿 は、8世 紀 の政府 が求めた隼人像で あった と結論 している。関連 して 、「補論2「 神武東征」の成立」 において、最近の研 究成 果 を吸収 し、 「神武東征」神 話の成立過程 につ いて新 たな 理解 を提示す る。 申請者 は、 「神武 東征」神話 が創 作 されたのは、他の 『古事記 』『日本書紀 』隼 人関係記事 との関係か ら考 えて 8世 紀 に入 ってか らの ことである とす る。そ して、近年 の 『日本書紀 』区分論研 究の成果 を 吸 収 して 、『日本 書紀 』の編 纂 過 程 で 草 稿 段 階 の 『日本 書 紀 』の改 変 が行 な われ 、 あ と にな っ てか ら原 β群 の部分 に隼人や 「日向」 の要素が加え られて いき、それ に整合 させて 「神武東 征」神話 を巻二(神 代下)か ら巻三(神 武紀)へ と移 したと論 じ、『日本書紀 』記述 の改変時 期は和 銅年間∼養老年 間の ことだ と した。 1
「終章: 隼人、天皇、『日本・書紀 』 」で は、本論文 にお ける議論 を総括 し、『古事記 』 『 日本書紀 』に描かれ る隼人 関係記事 は8世 紀初頭の政府の政治思想 を表明 した もので あ り、 記紀 の天武朝 以前の記事 をただち に隼人の実態 に結び付 けて理解す るよ うな読解 は妥 当では な い と説 く。そ して 、「隼 人」は政治 的に上か ら設定 された概 念であって、民族 の実態 に基づ くよ うな概念 ではな く、記紀 に描 かれ る隼人像は8世 紀 の政府 が求めた隼 人像 の表現 にほか な らな い と論 じる。その上で 「『日本書紀 』はいか に してつ くられた のか」 とい う命 題の重 要性 について、古代 史研 究者および上代文学研究者は、 これ まで以上に 自覚 的でなければな らな い と論 じ、そのよ うな作業は飛鳥 ・奈 良時代 の歴史や文化 の解 明に とって重 要で あるば か りで はな く、 日本 思想史 という文脈 の上 に 『日本 書紀 』を位置付 ける ことにも繋がる と説 いて論 文を閉 じている。 以 上 、本 論 文 は 申 請 者 が 多 年 に わ た っ て 研 究 して き た 隼 人 関 係 の 論 文 を 再 構 成 して ま と め、 新 稿 を加 え て 博 士 の 学 位 請 求 論 文 と し た も の で あ る 。 各 章 の 初 出 掲 載 は 次 の 通 りで あ る 。 な お 、 本 論 文 は 単 著 の 学 術 書 と し て 刊 行 さ れ る こ と が 予 定 され て い る 。 序 章: 本 博 士 論 文 の視 角 「隼 人研 究 の 背 景 」(宮 崎 考 古 学 会 編 『宮 崎 考 古 』 第24号 、2013年)に 加 筆 修 正 。 第1章 隼 人 論 の 現 在 「『記 ・紀 』隼 人 関 係 記 事 の 再 検 討(一)」(名 古 屋 市 立 大 学 大 学 院 人 間 文 化 研 究 科 編『 人 間 文 化 研 究 』No.9、2008年)、 「隼 人 論 の 現 在 」(古 代 学 協 会 編 『古 代 文 化 』第66巻 第2号 、2014 年)に 加 筆 修 正 。 補 論1隼 人 の 名 義 を め ぐ って 「隼 人 論 の 現 在 」(古 代 学 協 会 編 『古 代 文 化 』 第66巻 第2号 、2014年)の 一 部 に加 筆 修 正 。 第2章 『記 ・紀 』 隼 人 関 係 記 事 の 再 検 討 「『記 ・紀 』隼 人 関 係 記 事 の 再 検 討(二)」(名 古 屋 市 立 大 学 大 学 院 人 間 文 化 研 究 科 編 『人 間 文 化 研 究 』No.15、2011年)に 加 筆 修 正。 第3章 大 宝 令 前 後 に お け る隼 人 の 位 置 付 け を め ぐ っ て 「文 章 表 現 か らみ た 隼 人 」(大 隅 国 建 国 一 三 〇 〇 年 記 念 事 業 実 行 委 員 会 ・霧 島 市 ・霧 島 市 教 育 委 員 会 編 『大 隅 国 建 国 一 三 〇 〇 年 記 念 シ ン ポ ジ ウム 資 料 集 大 隅 国 建 国 が も た ら した も の 』、 2013年)、 お よ び 「大 宝 令 前 後 に お け る隼 人 の 位 置 付 け を め ぐっ て 」(加 藤 謙 吉 編 『日本 古 代 の 王 権 と地 方 』、 大 和 書 房、2015年)の 二 本 を あ わ せ 加 筆 修 正 。 第4章 「日 向 神 話 」 と 出 典 論 「「日向 神 話 」 と南 九 州 、 隼 人: 出 典 論 との 関 わ りか ら 」(鹿 児 島 地 域 史 研 究 会 編 『鹿 児 島 地 域 史 研 究 』No.5、2009年)に 加 筆 修 正 。
第5章 「日向 神 話 」 の 隼 人 像 「「日向 神 話 」 の 隼 人 像 」(名 古 屋 市 立 大 学 大 学 院 人 間 文 化 研 究 科 編 『人 間 文 化 研 究 』No.23、 2015年)に 加 筆 修 正 。 補 論2「 神 武 東 征 」 の成 立 「「日向 神 話 」か ら神 武 東 征 へ 」(瀬間 正 之 編 『古 代 文 学 と隣 接 諸 学No.10『 記 紀 』の 可 能 性 』、 竹 林 舎 、2018年 刊 行 予 定)に 収 録 予 定 。 終 章:隼 人 、 天 皇 、 『日本 書 紀 』 「「日向 神 話 」 の 隼 人 像 」(名 古 屋 市 立 大 学 大 学 院 人 間 文 化 研 究 科 編 『人 間 文 化 研 究 』No.23、 2015年)な どの 一 部 に 加 筆 修 正 を行 っ た が 、 ほ ぼ 新 稿 。 4学 位論文審査 の要 旨 最終試験 は、1月30日(火)午 後4時 よ りぐ人 間文化研 究科 会議室 にお いて、約120分 間 にわた って公 開審査 として 実施 され た。 申請 者、審査委員以外 に4名 の出席者が最終試験 を傍聴 した。 最初 に学位 申請者 か ら、論 文の概 要、研究 の 目的、研究 の方法、研究史上 の位置 と意義、 今後 の研 究 計画 と展望 な どについて説明がな され、そ の後質疑応答 が行 なわ れた。 質疑で は、最 初 に山田敦委員(副 査)か ら、隼 人研 究に とって この研究 は どのよ うな意義 を有す るものか とい う質問がな された。 申請者 は、 これまで の隼人研究 は史料 の記述 か らた だ ちに実態 に向か うよ うな研 究が多 く、 したが って社 会経済史的、制度史 的な研究 が大半 を 占めて きた 。そ れ らに対 し、本論文 は史料批判研究 に力 を入れ、 そ こか ら古代天 皇制はなぜ 「隼人」 を必 要 としたのか、 さ らに 「隼人」像 は どのよ うに造形 され ていったのかを明 らか に した もので あって、思想史 的、政治史 的な研究 にな って いる。それ が この研究 の新 しさで あ り、オ リジナ リテ ィーだ と考えて いるとの解答がな され た。 次 に、阪井芳貴委員(副 査)か ら、論文全体 としてはやや重複 があるよ うに感 じ られ るが どうか との指摘がな された。 申請者 は、既発 表論 文 を集成 した論文集 形式の学位 請求論文 に な って いるので若干 の重複が あるが、それ は初 出の形 を残 したか ったか らで、 単著 として刊 行す る際には もう少 し重複部分 を整理す る予定で ある との返 答がな された。 次 に 、 阪 井 委 員 か ら本 論 文 で は 「熊 襲」 につ いて 全 く言 及 が な され て い な い が 、 ど のよ う な意 図 によ るものな のか との質 問がな され た。 申請者 は、隼 人 と熊襲 との関係 について、 こ れ までの研 究史 を振 り返 るに、説得 的な論 はまだ一つ も提出 されて いな いよ うに判断 され る。 「熊襲 」に関 して は、 ここ約20年 間で2本 の論文が発表 され ているが、 どち らも明確な論
拠 を示す よ うな立論 になって お らず 、「熊襲」とは何か を解 明す るまでの道 の りはなお遠 い と 感 じて いる。 自身 としても今後 の課題 として考 えていきたい との返答がな された。 次 に、阪井委員 か ら今後 の 申請 者の研 究の方 向性 と展望 は どのよ うなものか との質 問がな され た。 申請 者は、まずは この学 位請求論文 を単著 として刊行す る ことに力をそ そぎたい。 すで に出版社 も決 まってお り、細 部の調整 を経た後 にでき るだけ早 く研究 書 として刊 行 した い。そ の後 は 「蝦夷」 についての研 究 を進めて いきた いと計画 してお り、隼人 と蝦夷 とを比 較研究 しなが ら古代 国家論、天 皇制論 を展開 した いとの返答がな された。さ らに、申請者 は、 『 日本書紀 』の史 料研 究につ いて も関心が深 く、 この方面 につ いて も新た な研究 を進 めてい く所存で、特 に 「詔勅」 の研究 を進めていく 予定で あるとの決意表 明がな された。そ れには 中国 の詔勅 と 『日本書紀 』 さらには 『続 日本紀 』の詔勅 とを詳細 に比較対 照す る作業 をさ ら に進 める必要 があ り.出 典論研究 の視 座か ら、 これ まで必ず しも十分 な研究 がな され て こな か った詔勅 の解 明を行な いた い と述べ た。 次 に、吉 田一彦委員(主 査)か ら、研 究史の理解 について、神 野志 隆光説 につ いて の申請 者の評価 はよ くわ かったが、津 田左右 吉の記紀研 究 について は どのよ うに評価 して いるか と の質 問がな された。 申請者 は、津 田左右吉 の研 究は研 究史上重要な ものだ と考 えて いるが、 ただ 、神野志 隆光説 とは異な って 、記 紀の段階的成立 を説 いて いると ころには賛 同で きず 、 6世 紀 の段階で 『帝紀 』『旧辞 』が成立 した と論 じる部分 につ いて は研究史 の中ですで に克服 されて いると理解 して いる との返答が なされ た。 次 に、吉 田委員 か ら、天皇 制度 の特 質 について どう考えて いるか。 日本 の天皇制度 の政治 体 制 上、 あるいは思想 上の特 質は何 と考えてい るか との質問がな され た。 申請者 は、 日本 の 天皇 制、特 に初期 天皇 制の特 質は、それがきわめて理念的な ものだった ところにある と理解 して いる。天 皇制の成 立期 においては外見 を整える必 要が重視 されて いた と理解 して お り、 空間 的支配 の周縁部 に関 して は、南島については実質 的な支配 のめ どがついてい るの に対 し、 蝦夷 はそ うなって いなかった。そ れが政治の実態 にも、 また記紀 の記述 にも反 映 して いる と 理解 して いる との返答 がな された。 次 に、吉 田委員か ら、「日向神話」の理解 につ いて 、これ を隼 人が服 属す る神話 と読解す る ことには賛成 であるが、『日本 書紀 』はなぜ このような若 い巻 の神代紀 の段 階で隼 人が 服属 し た と記述 しているのか、 そ こには何 らか隼人 にとって の利権 が関連 しているのか との質問が なされた。申請者 は、「日向神 話」は悪者 が罪 に服す神話 として造形 されてお り、服属神話 と して 読解 す る の が 正 しい と考 え て い る。 そ れ が 何 らか の利 権 に 関連 して い る のか 否 か につ い ては題材 も乏 しく不明 とい うよ りな いが、今後 の課題 と して考 えていきたい との返答 がな さ れ た。 その他、吉 田委員か ら 『日本書紀 』の記述 の細部 の読解や評価 について種々の質問がな さ
れ 、 申請 者はそ のひ とつひ とつにつ いて誠実 に 自身の見 解 を答 えた。 以上の質疑応答 を通 じて、 申請者 が広い問題関心 をもって隼人関係史 料の解析 を行 ない、 独 創性 ある隼人論 を提示す るに至 って いる こと、 『古事 記 』『日本書 紀 』の史料批判 につ いて 最 新の研 究成果 を吸収 しつつ、それ をさらに一歩 も二歩 も前 に進めるよ うな研究 を行 なって いる こと、基礎 的な学 問的素養に立 脚 しつつ、今 日的な 問題 設定か ら研 究 を深めて いる こと が確認 された。 本論文は、隼 人について、『古事記 』『日本書紀 』の関係記 事の詳細な史料批判研究 を行 な って、その記述 の信憑 性 を明 らか にした ところが優れてお り、高 く評価 され る。分析 にあた ' っては、『日本書紀 』の出典論研究 、区分論研究 の最新 の成 果 を積極的 に吸収 し、そ の上でそ れ をさ らに自身 の視座 か ら前へ と進 め る研 究 にな って いる。特 に出典論研究 の部分 について は先行研 究 には見 られ ない、独 自の発見が あ り、それ を区分論研 究 とあわせて立論 している ところにオ リジナ リティー と説得性が ある。 また 、考古学 の研 究成果や神話研究 の成 果を踏 まえた上で 、文献史 学の立場か らそれ らを総合 して説得 的 ・妥当な結論 に達 して いる ところ も高 く評価 され る。 申請者 は、結 論 として、「隼人」は実態 を ともな う民族 概念 とは評価 できず、む しろ 「政治 的概念」 と評価すべ きだ と論 じ、それ は天皇制度 の成立 にあた って政治的 に創作 され た もの と見 るべ きだ と論 じた。 この結論 は説得的な もの と評価 され る。 また 、隼人概念 の造 形にあ た って は、 中国の書 物、思想が参照 されて いる ことを具体 的 ・実証的 に指摘 して お り、 これ は隼人研 究 に寄 与す るばか りでな く、記紀研究 に関 して も大変有益で あ り、説得 的である。 学位論文 と して 高 く評価 でき るもの と考 える。 以上 、本論 文は、全体 と して綿密な 文献研究が なされてい るこ と、研究 の独創性 が認め ら れ るこ と、古代 史、文献学、考 古学 の分野横 断研究 の視 座が示 されて いる ことな ど、 これ ま で の研究 を大 き く前進 させた学術論文 にな って いると評価す る ことができる。 なお 、史 料の 引用および先行研究 の引用 は適切 にな されてお り、判定 ソフ トによる検 証 も 問題な いものであ った。 5試 問の結果 の要 旨 申請 者に対 して外 国語(英 語)の 試 問 を実 施 した。試問 においては、 日本 の歴 史 ・文化 に 関す る英 文論文 を出題 し、それ に対 して 日本 文および英文で答 える とい う小論 文形式 をとっ た。提 出され た 申請者 の解答 につ いて は、3名 の審査委員が合格 とす る とそ ろって判断 した。 なお、試問 につ いて は最終試験 の実施 前にすべて完 了する ことができた。
6学 位 授 与 につ いて の意 見
以上の学位論文審査 と試 問お よび最終試 験の結 果 に基づき、審査委員 は一致 して博士(人 間文化)の 学位 を授与す るのがふ さわ しい と判定す る。