Ⅰ . 事実の概要
(1)当事者 X(原告・控訴人・被上告人)は、不動産の売買、管理などを目 的とする株式会社である。Y(被告・被控訴人・上告人)は、司法 書士であり、本件一連の売買取引が取引当事者間で合意された後に、 その一部の取引について所有権移転登記手続を委任された者である。 (2)売買契約の締結 平成 27 年8月頃、A名義の本件土地について、Aと称する者 (以下、「自称A」という。)から甲社への売買契約(第1売買契約)、 甲社からXへの売買契約(第2売買契約)、そして、Xから乙社(実 質的にはXの共同買主)への売買契約(第3売買契約)が順次締結 された。この一連の売買契約は、Aの代理人を装うD、甲社、乙社、 Xとの間で締結されたものである。Xの依頼を受けて、不動産業者 Eが第2売買契約の仲介をした。 (3)登記手続についての合意 第2、第3売買契約にかかわる所有権移転登記については、中間申請人の本人性確認における司法書士の
第三者に対する不法行為責任
最高裁令和2年3月6日第二小法廷判決
(民集74巻3号149頁、裁時1743号1頁、判タ1477号30頁)
西 村 曜 子
Ⅰ . 事実の概要 Ⅱ . 判旨 Ⅲ . 検討省略登記の方法により、甲社から乙社に対する移転登記手続をする ことが合意された。そして、第1売買契約にかかわるAから甲社へ の所有権移転登記の申請(以下、「前件申請」という。)と中間省略 登記の方法による甲社から乙社への所有権移転登記の申請(以下、 「後件申請」という。)は、同一の不動産についての二以上の権利に 関する登記について、前の登記によって登記名義人となる者が後の 登記の登記義務者となる場合に、登記の前後を明らかにして同時に 申請することにより後の登記の申請時における登記識別情報の提供 を省略することができる方法(不動産登記規則 67 条。以下、この ような申請の方法を「連件申請」という。)によることが合意され、 本件前件申請については、弁護士Cに委任された。 (4)Cの法律事務所の実態 Cの法律事務所の実態は、弁護士資格を喪失したBが実質的な オーナーとして事件の受任や処理方針の決定、報酬の請求など重要 事項のすべてを仕切り、Cは、短期記憶障害の認知症の症状があり、 裁判所への出頭を要しない案件には実質的には一切関与していな かった。本件土地売却案件は、DからBに持ち込まれたものであり、 自称Aと偽装印鑑証明書等を用意して買主から売買代金を詐取しよ うとする地面師グループがAに無断で作り上げたものだった。 (5)Yへの委任 その後、本件後件申請については、甲社及び乙社が、司法書士Y に委任した。このときYは、前件申請がその申請人となるべき者に よる申請であるか否かについての調査等をする具体的指示を受けて おらず、報酬も約 13 万円であり一般的な登記申請代理と異ならな い金額であった。 (6)登記申請書類確認の経緯 同年9月7日、Cの法律事務所において、前件申請および後件申 請に必要な書類等を確認するための事前会合が行われた。甲社、X、 乙社及びEの各代表者または担当者、Y、自称A、DおよびBが、 会合に参加した。このとき、Cは不在であった。Aに関する本人確
認書面として、自称Aが提示した本件印鑑証明書および名義人が本 人である旨の公証人の認証が付された前件申請に関するA名義の委 任状などが提出された。 自称Aは、本件会合において、他の出席者らの面前で、自らの生 年を「大正 13 年」と述べた。しかし、BがAの平成 27 年7月 26 日付け印鑑証明書であるとしてDからあらかじめ受領していた書面 (以下、「別件印鑑証明書」という。)には、Aの生年が「大正 15 年」 と記載されていた。上記出席者らからこの点の指摘を受けた自称A が平成 27 年7月 27 日付け印鑑証明書であるとして提示した書面 (以下、「本件印鑑証明書」という。)には、Aの生年が「大正 13 年」 と記載されていた。そこで、本件法律事務所において別件印鑑証明 書及び本件印鑑証明書のコピーを取ったところ、そのいずれにおい ても「複製」の文字を確認することができなかった。そのため、D が、上記代金決済の日までに新たな印鑑証明書を持参するなどと述 べ、他の出席者らはこれに対し異議を述べなかった。なお、別件印 鑑証明書と本件印鑑証明書は、いずれも印鑑証明書の外観を呈して いた。 Yは、本件会合の際、Bから、本件印鑑証明書のほか、前件申請 に用いるべき書面として、前件登記の申請書と、A名義のC弁護士 に対する前件申請の委任状の提示を受けた。この委任状は、Aが公 証人の面前でこれに署名押印し公証人において旅券及び印鑑証明書 の提出により人違いでないことを証明した旨の公証人の認証が付さ れたもの(不動産登記法 23 条4項2号。以下、「本件委任状」という。) である。そのほか、Cにおいて平成 27 年9月7日午後2時 30 分か ら本件法律事務所の会議室でAと面談したこと及びAが前件申請の 権限を有する登記名義人であると認めた理由等を明らかにした旨の 書面(以下、「本件本人確認書面」という。)等の提示も受け、これ らの書面相互の整合性を形式的に点検するなどの確認をした。この ときYは、Cが実際に面談していないことを知っていたが、この点 の本件本人確認書面の齟齬について特段の指摘をしなかった。
(7)登記の申請 同年9月 10 日、上記の関係者が再び集まり、C不在のまま、上 記各売買に係わる契約書の調印等を行い、前件申請および後件申請 に用いるべき書面を確認した。この書面の中には、本件印鑑証明書 が含まれていたが、同日、Xや乙社はこの点を改めて指摘すること なく、第2売買契約と第3売買契約の代金決済をし、Xは、第2売 買契約の代金6億 4800 万円を甲社の代理受領者丙名義の口座に送 金した。同日、Yは、東京法務局渋谷出張所において、前件申請と の連件申請により後件申請をした。なお、前件申請に本件本人確認 書面は用いられていなかった。 (8)偽造の判明 その後、Yは、上記出張所から、前件申請の添付書類である本件 印鑑証明書が偽造であることが判明したこと等の説明を受け、平成 27 年 10 月 16 日、後件申請を取り下げた。前件申請は、同年 11 月 17 日付けで、申請の権限を有しない者による申請であるとして却 下された。これにより、乙社は第3売買を解除し、Xは、売買代金 相当額を乙社に返還しなければならない義務を負い、さらにYに交 付した金員も消失した。 (9)訴えの提起 そこで、Xは、本件登記申請が却下となったのは、C及びYが、 申請書類の不備を見落とし、同人らに要求される専門職としての注 意義務に違反したためだと主張して、共同不法行為に基づき、転売 先に返還しなければならない金員相当額及びこれに対する上記金員 の送金日(不法行為時)の翌日から支払い済みまで民法所定の年5 分の割合による金員の支払を求めた。 第1審(東京地判平成 29 年 11 月 14 日判時 2392 号 20 頁)は、 Cに対する損害賠償請求を全部認容し確定したが、Yに対する請求 は全部棄却された。そこで、Xは、Yに対して請求の範囲を限定し て控訴した。控訴審(東京高判平成 30 年9月 19 日判時 2392 号 11 頁) は、後件申請の司法書士には、前件申請に登記義務者の本人性を含
む却下事由があることについて注意義務があるところ、Yは同義務 に違反したとして不法行為責任を肯定し、5割の過失相殺をした上 で、Xの請求を一部認容した。これに対し、Yが上告したのが本件 である。
Ⅱ . 判旨
破棄差戻し。 (1) 「司法書士法は、登記等に関する手続の適正かつ円滑な実 施に資することにより国民の権利の保護に寄与することを目的とし て(1条)、登記等に関する手続の代理を業とする者として司法書 士に登記等に関する業務を原則として独占させるとともに(3条1 項、73 条1項)、司法書士に対し、当該業務に関する法令及び実務 に精通して、公正かつ誠実に業務を行わなければならないものとし (2条)、登記等に関する手続の専門家として公益的な責務を負わせ ている。 このような司法書士の職責及び職務の性質と、不動産に関する権 利の公示と取引の安全を図る不動産登記制度の目的(不動産登記法 1条)に照らすと、登記申請等の委任を受けた司法書士は、その委 任者との関係において、当該委任に基づき、当該登記申請に用いる べき書面相互の整合性を形式的に確認するなどの義務を負うのみな らず、当該登記申請に係る登記が不動産に関する実体的権利に合致 したものとなるよう、上記の確認等の過程において、当該登記申請 がその申請人となるべき者以外の者による申請であること等を疑う べき相当な事由が存在する場合には、上記事由についての注意喚起 を始めとする適切な措置をとるべき義務を負うことがあるものと解 される。そして、上記措置の要否、合理的な範囲及び程度は、当該 委任に係る委任契約の内容に従って定まるものであるが、その解釈 に当たっては、委任の経緯、当該登記に係る取引への当該司法書士 の関与の有無及び程度、委任者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該登記申請に係る取引への他の資格者代理人や不動産仲介 業者等の関与の有無及び態様、上記事由に係る疑いの程度、これら の者の上記事由に関する認識の程度や言動等の諸般の事情を総合考 慮して判断するのが相当である。」 (2) 「しかし、上記義務は、委任契約によって定まるものであ るから、委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはで きない。もっとも、上記の司法書士の職務の内容や職責等の公益性 と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと、登記申請の委任を受 けた司法書士は、委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪 又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司 法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から 一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているとき は、当該第三者に対しても、上記のような注意喚起を始めとする適 切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法 上の責任を問われることがあるというべきである。そして、これら の義務の存否、あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても、 上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが、特に、疑いの程 度や、当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該第 三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等 の関与の有無及び態様等をも十分に検討し、これら諸般の事情を総 合考慮して、当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判 断するのが相当である。」 (3) 「これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、 Xは、Yと委任契約は締結しておらず、委任者以外の第三者に該当 するものの、Yが受任した中間省略登記である後件登記の中間者で あって、第2売買契約の買主及び第3売買契約の売主として後件登 記に係る所有権の移転に重要かつ客観的な利害を有しており、この ことがYにとって認識可能であったことは明らかである。 そして、Yは、Aの印鑑証明書として提示された2通の書面に記 載された生年に食違いがあること等の問題点を認識しており、相応
の疑いを有していたものと考えられる。なお、Xがその利益を保護 する他の資格者代理人を依頼していたという事情はうかがわれな い。 しかし、Yが委任を受けた当時本件不動産についての一連の売買 契約、前件登記及び後件登記の内容等は既に決定されており、Y は、そもそも前件申請が申請人となるべき者による申請であるか否 かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかったもので ある。さらに、前件申請については、資格者代理人であるC弁護士 が委任を受けていた上、上記委任に係る本件委任状には、印鑑証明 書等の提出により委任者であるAが人違いでないことを証明させた 旨の公証人による認証が付されていたのである。しかも、Xは不動 産業者である上、その代表者自身がXの依頼した不動産仲介業者で あるEの代表者や乙社の担当者と共に本件会合に出席し、これらの 者と共に印鑑証明書の問題点等を確認していたものであるし、印鑑 証明書の食違いはYが自ら指摘したこともうかがわれる。 そうすると、上記の状況の下、Yにとって委任者以外の第三者に 当たるXとの関係において、Yに正当に期待されていた役割の内容 や関与の程度等の点について検討することなく、上記のような注意 喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務があったと直ちにいう ことは困難であり、ましてYにおいて更に積極的に調査した上で代 金決済の中止等を勧告する等の注意義務をXに対して負っていたと いうことはできない。したがって、上記の点について十分に審理す ることなく、直ちにYに司法書士としての注意義務違反があるとし た原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反 があるというべきである。」 (4) なお、草野耕一裁判官の補足意見がある。
Ⅲ . 検討
1.本判決の意義 本件は、権利に関する登記手続を受任した司法書士が、委任者以 外の第三者に対して負うべき法律上の義務について判断したもので ある。連件申請における後件申請を受任した司法書士は、前件申請 が提出書類の偽造を理由に却下された場合に、権利を取得できな かった第三者に対して不法行為責任を負うのかが本件において争わ れた。 本判決は、司法書士が登記申請手続の委任者との関係において、 登記申請に用いる書類相互の形式的整合性を確認する義務のほかに、 登記が実体的権利に合致したものとなるよう、書類確認等の過程に おいて、当該登記申請がその申請人となるべき者以外の者による申 請であること等を疑うべき相当な事由が存在する場合には、その事 由についての注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負 うことを明示している。 そして、かかる適切な措置をとるべき義務は、委任者との関係に 限られるものではなく、司法書士の職責及び職務の性質と、不動産 に関する権利の公示と取引の安全を図る不動産登記制度の目的(不 動産登記法1条)に照らし、委任者以外の第三者に対する関係にお いても負うことがあることを示した。 従来の裁判例においては、司法書士が自ら受任した登記手続につ いての注意義務が争われてきたのに対し、本判決では、別の資格者 代理人が受任した前件登記手続上の問題につき後件申請を受任した 司法書士が不法行為責任を負う場合があることを示した。司法書 士が第三者に対して「注意喚起などの適切な措置義務」を負うこと、 その成立要件と考慮要素を具体的に明示した初めての最高裁判決と して重要な意義を有する。2.従来の裁判例 ―本人確認における司法書士の注意義務 従前より、登記申請手続の委任者からの交付書類に偽造があった、 あるいは、不動産所有者のなりすましによる依頼であることを司法 書士が見抜けないまま登記申請を行ったケースにおいて、虚偽の登 記により損害を受けたとする者が、司法書士に対し、本人確認につ いての注意義務違反を理由とする損害賠償を請求しうるかが争われ てきた1。 不動産登記が実態に即した真正なものであることを担保するため には、登記申請がその申請人となるべき者による申請であるという 本人確認の制度が重要な意義を有する。制度上、登記申請手続にお いて、登記識別情報や印鑑証明書等の提出が要求されているのは、 まさに申請人となるべき者による申請であることを手続面から担保 する趣旨である。登記申請を受け付ける登記官は、形式的な審査を 行うことが想定されている。 司法書士もかつては、依頼人により確定・完成された意思を書面 化し、関係書類を揃え、登記官に伝達する「使者」と理解されてい た2。そこでは、関係書類の整合性を形式的に確認することが司法書 士の職責の中心と理解されてきた。しかし今日では、司法書士を単 なる使者ととらえる見解はほぼ存在せず、代わって、不実の登記の 発生を防止し、登記の真実性を確保するという公益的見地から、登 記の手続的有効要件のみならず、登記手続に関連する限度で実体関 係を調査・確認し、依頼者に対して説明、助言を与える法律専門家 1 加藤新太郎編『判例 Check 司法書士の民事責任』(新日本法規出版、2002 年)、 石谷毅 = 八神聖『司法書士の責任と懲戒』(日本加除出版、2013 年)、中村昌美『不 動産物権変動の現代的問題分析ノート〔改訂版〕』(DTP 出版、2020 年)、山崎敏 彦「登記代理委任契約論」(一粒社、1988 年)、同「司法書士・土地家屋調査士 と民事責任」鎌田薫ほか編『新不動産登記講座⑦各論Ⅳ』(日本評論社、1998 年)。 2 七戸克彦「不動産登記業務における司法書士の専門家責任をめぐる近時の動向」 市民と法 58 号(2009 年)52 頁。
であるとの理解が浸透してきている3。 もっとも、司法書士が本人確認においてどのような注意義務を負 い民事上の責任を負うのかを明確に定める法律上の根拠は存在せず、 この問題に関する裁判例の蓄積がある。このようななかで、本件も、 司法書士が本人確認においてどのような義務を負うのかという紛争 ケースのなかに位置づけられる4。 従来の裁判例は、(1)司法書士の委任者に対する債務不履行責 任と(2)第三者に対する不法行為責任の事例があり、それぞれ責 任の対象とされた業務内容と注意義務の内容に相違がある。また、 (3)近時の連件申請のケースでは、これらの2つの責任について、 連件申請に特有の考慮もなされている。そこで、以下3つの類型に 分けて裁判例の状況を概観する。 (1)委任者に対する債務不履行責任 委任者との関係においては、司法書士による所有権移転登記や抵 当権設定登記の代理申請がなされた後に添付書類の偽造等が判明し た場合、所有権や抵当権を取得できなかった委任者が、詐取された 代金や融資金等の損害賠償を司法書士に請求しうるかが問題とされ てきた。司法書士が登記申請手続の委任を受けた場合、委任者と司 法書士との間には委任関係が成立し、司法書士は業務の遂行につい て善管注意義務を負う(民法 656 条、644 条)5。ただし、添付書類の 真正性は、純粋な申請手続の問題とはいえず、実体的取引の存在や 3 このような職能像の変化を指摘するものとして、小野秀誠「司法書士の責任」 川井健編『専門家の責任』(日本評論社、1993 年)327 頁、加藤新太郎「司法書 士の本人確認義務と成りすまし対応」加藤雅信先生古稀記念『21 世紀民事法学 の挑戦〔上巻〕』(信山社、2018 年)、七戸・前掲注 2)論文 51 頁、山野目章夫『不 動産登記法〔第2版〕』(商事法務、2020 年)。 4 本判決(2020 年)についての先行評釈として、加藤新太郎「判批」NBL1169 号(2020 年)109 頁、同「判批」NBL1171 号 89 頁、手島豊「判批」論究ジュリ 34 号(2020 年)151 頁、村田大樹「判批」法教 478 号(2020 年)137 頁、武川幸嗣「判批」新・ 判例解説 Watch 民法(財産法)No.201(2020 年)。 5 中 弘「 登 記 代 理 委 任 契 約 の 特 質 」 大 阪 大 学、 リ ポ ジ ト リ https://doi. org/10.18910/34009(最終アクセス 2021 年 3 月 5 日)。
有効性に関わる事項でもあるため、司法書士がその真否を確認すべ きかは一義的に導かれるものではない。 この問題について、裁判例は、登記申請に必要な登記済証、印鑑 登録証等の書面の真否については、「本来依頼者において調査すべ きものであって、司法書士に当然に確認義務があるとはいえない」 が、「特に依頼者からその確認を依頼された場合や当該書類が偽造 又は変造されたことが一見して明白な場合、さらに、書類の真否を 疑うべき相当の理由がある場合等に限って、司法書士が依頼者に注 意を促すなど適宜の措置を執る義務がある」とする傾向にある。こ のような裁判例として、登記済証の偽造を看過した点に過失を認め た大阪地判昭和 62 年2月 26 日判時 1253 号 83 頁6、東京地判平成 13 年5月 10 日判タ 1141 号 198 頁等がある。また、外観の不審な自動 車運転免許証の調査を怠った点に過失を肯定した判決として、大阪 地判平9年9月 17 日判タ 974 号 140 頁等がある7。 書類の真否や本人性について、原則的に司法書士の確認義務を否 定する理由には、登記手続を委任するにあたっては事前に取引当事 者間で調査をしたうえで司法書士に登記手続の嘱託をするという取 引の順序から、司法書士が職務上知り得る事実関係及び法律関係に ついては自ら限界があることがあげられている。一方で、一定の場 合において、司法書士の適切な措置義務を肯定する理由には、嘱託 を受けて不動産登記手続を代理するという業務(司法書士法第2条 1項)が、法定の有資格者のみに認められた専門的業務であること、 および、真正な登記の実現が不動産登記制度の根幹をなすものであ 6 同判決では、不動産売買の所有権移転登記手続について、取引が好条件である ことを不審に思った買主兼登記委任者から、司法書士が、特に書類の真正を調査 して欲しいとの依頼を受けていたにもかかわらず、この点を吟味せずに申請した 点に注意義務違反が肯定された。 7 なお、東京地判昭 52 年 7 月 12 日判タ 365 号 296 頁は、委任状の印鑑が印鑑証 明書の印影と異なることを看過して登記を受理した登記官の過失を否定した事案 であるが、その中でも、「当事者の同一性及びその効果意思」については、取引 当事者間で事前に調査をしたうえで司法書士に登記手続の嘱託をするという取引 の順序を考慮した上で、司法書士に原則的には確認義務がないことを述べている。
り、そのためにも司法書士が適正に職務を遂行すべきことなどがあ げられている。 このように裁判例は、司法書士は、委任者との関係において原則 として確認義務を負わないが、依頼者から書類の真否の調査や確認 を依頼された場合、および、偽造が一見して明白である等、書類の 真否を疑うべき相当の理由がある場合には、依頼者に注意を促すな ど適宜の措置を執る義務を負うものとする。 (2)委任者以外の第三者に対する不法行為責任 本人の確認に関する司法書士の義務は、委任者以外の第三者との 関係でも争われてきた。 初期の判例として、登記済証が滅失した際の代用制度であった保 証書8の作成に関する紛争がある。大判昭和 20 年 12 月 22 日民集 24 巻3号 137 頁では、登記済証に代わる保証書を作成した司法書士が、 本人確認を怠って登記申請を行った場合に、当該虚偽の登記を信頼 して取引した第三者から不法行為責任を問われたケースである。同 事案は、土地の管理者であった者が、無断で当該土地を自己の所有 とし、これを担保に融資を受けようと企て、自ら登記義務者の代理 人と称して売買を装い、司法書士に対して所有権移転登記手続を依 頼したものである。このとき司法書士は、従前、当該代理人が複数 回にわたり当該土地所有者(本人)の代理人となった際に特段の過 誤がなく、渡された書面に疑うべき点もなかったこと等から、本人 に代理権授与の有無を確かめずに詐称代理人の説明を軽信して保証 書を作成したとして、詐称代理人に融資した抵当権者に対する不法 行為責任が肯定された。大審院は、「司法書士が人違いなきことを 保証するには、単に申請名義人と登記簿上の権利名義人と付合する という形式上のみならず、これらが事実上同一人であることを確知 8 旧不動産登記法 44 条は、登記済証が滅失した場合の代用制度として、登記を受 けたことがある成年 2 名以上が「登記義務者に人違いがない旨」を保証した書面 を提出することによって登記申請を認めていた。
して保証することが必要」であり、「人違いなきことを保証するには、 慎重に行うべきで善良な管理者の注意をもって過誤なきことが法律 上要求される」として、司法書士が、本人に直接意思確認をせずに 保証書を作成した点に注意義務違反があるとした。 同様の事案についての最高裁判決として、最判昭和 50 年 11 月 28 日金法 777 号 24 頁がある。同判決は、「依頼者の代理権の存在 を疑うに足りる事情がある場合には、登記義務者本人について代理 権授与の有無を確かめ、不正な登記がされることがないように注意 を払う義務があるものというべきである」とした9。同判決は、大審 院昭和 20 年判決で示された保証書作成における司法書士の注意義 務の成立要件と内容を明確化しており、本人による登記申請である かが疑わしいときには、直接本人に登記申請の意思を確認する措置 をとるべき義務があると判示した。同様の趣旨の裁判例として、東 京高判昭 47 年 12 月 21 日判タ 292 号 258 頁、千葉地判昭和 59 年 11 月 30 日判時 1144 号 131 頁、岐阜地判昭和 57 年2月 18 日判時 1059 号 128 頁等がある10。 このような本人への直接確認が必要であるという厳格な注意義務 を肯定する姿勢は、平成 16 年不動産登記法改正後における司法書 9 本件では、登記名義人と代理人と称する者が義理の親子関係にあること、贈与 を原因とする所有権の移転先が代理人と称する者であること等の事情から、代理 権の存在を疑うに足りる事情があるとされ、司法書士は、無権代理人の説明を軽 信し、本人について代理権授与の有無を確めるべきところ、これを怠った点に過 失があるとされた。 10 保証書の作成について高度な注意義務を課すべきことについては、保証書が権 利証に代わるものであり、登記手続の中でもとりわけ厳格に扱うことが必要で あることから肯定的に評価されている。加藤一郎判例民事法昭和 20 年度 13 事 件 58 頁参照。吉野衛『注釈不動産登記法総論』(金融財政事情研究会、1974 年) 692 頁等。
士の確認情報提供においても維持されている11。 東京地判平成 20 年 11 月 27 日判タ 1301 号 265 頁では、親から土 地を譲り受けること(第1譲渡)を前提に当該土地を売却するとい う者から土地を買い受けた者(第2譲渡)が、第1譲渡が架空のも のであることが判明し、売買代金を詐取されたことから、第1譲渡 の所有権移転登記手続において本人確認情報を提供した司法書士 に対し、不法行為責任を追及したものである。裁判所は、「提供さ れた本人情報については、登記官の審査も予定されているとはいえ、 登記義務者本人に直接会って意思確認をする者が、どれだけ慎重か つ適正に本人確認をするのかが、この制度が適正に運用されるかど うかを左右することは明らかである」とし、本人情報の提供をする 司法書士等が、その前提として本人確認を行うのに当たっては、「登 記義務者本人に対する事前通知制度に代替し得るだけの高度の注意 義務」が課せられるとした。その上で、社会的信用力のある運転免 許証等の書面の原本を確認することが必要不可欠であり、その外観 及び形状等のみならず、本人かどうかの同一性の確認を直接慎重に 行うべきところ、これを怠った点で義務違反を認めた。同趣旨の裁 判例として、東京地判平成 24 年 12 月 18 日判タ 1408 号 358 頁がある。 これらの裁判例は、いずれも保証書の作成、あるいは、本人確認 情報の提供という業務に関わる注意義務について判断したものであ り、かつ、委任者以外の第三者に対する不法行為責任を認めたもの である。このような注意義務は、委任者との関係で認められる書類 の真否等の疑わしさにつき委任者に注意を促すなどの措置義務と比 較し、確実な調査確認を要求する点で厳格な義務をいうことができ 11 平成 16 年の不動産登記法改正により、登記済証の制度に代えて登記識別情報 制度が創設された(不動産登記法 22 条)。同時に、不正利用による虚偽登記の問 題が多かった保証書制度が廃止され、登記識別情報が提供できない場合には、登 記官が登記義務者に対して事前通知をすることにより本人確認を担保するものと した。そして、登記官による事前確認に代わる手段として、登記申請の代理を業 とするいわゆる「資格者代理人」による「本人確認情報の提供」を制度化するこ ととされた(不動産登記法 23 条 4 項)。
る。受任した手続のなかでも、特に本人性を司法書士が保証すると いう業務の性質から、不正な登記を防止するために、本人性を確知 すべき高度な義務を課す傾向にあるといえる12。 (3)連件申請における本人確認と司法書士の責任 近時、いわゆる連件申請のケースにおいて、申請人となるべき者 による申請であるかという本人確認につき、司法書士の責任が問わ れている。 東京地判平成 25 年5月 30 日判タ 1417 号 357 頁では、土地の所 有者と称するなりすましが、土地を売却し(第1売買、前件登記)、 第1売買の買主から原告が当該土地を買い受けた(第二売買、後件 登記)、各所有権移転登記手続が同日に行われた。しかし、第1売 買の売主が実際には所有者ではなかったため、原告が本件土地の 所有権を取得できなかったことから、前件登記手続を受任した司法 書士(前件買主から受任)と、原告が後件登記手続を依頼した司法 書士に対し、本件土地の登記済証が偽造されたものであることを看 過した注意義務違反があったとして損害賠償請求がなされた。以下、 前件司法書士の不法行為責任の争いを第1類型とし、後件司法書士 の債務不履行責任の争いを第2類型とする。 裁判所は、第1類型につき、前件登記の司法書士が、後件の登記 権利者(第三者)に責任を負うことを認めた。その前提として、依 頼者との関係における書類の偽造、変造については原則として司法 書士は調査義務を負わず、書類の真否を疑うべき相当な理由があ る場合に限り調査義務を負うとし、従来の裁判例と同様の判断を示 している。その理由としては、司法書士には、国民の登記制度に対 する信頼と不動産取引の安全に寄与すべき公益的な責務があること、 具体的な登記手続の受任に当たっても、依頼者が司法書士の高度な 専門的知識や職業倫理に期待を寄せており、司法書士としても、そ 12 保証書作成に関する裁判例について、このような傾向を指摘する先行研究とし て、小野・前掲注3)論文 68 頁以下。
の期待に応えるべきこと、専門的知見を駆使することによって依頼 に関わる紛争を未然に防ぐことも、登記の速やかな実現の要請とも 相俟って、依頼者との委任契約上の善管注意義務の内容となること をあげている。 その上で、委任関係のない後件の登記権利者に対しても、同様の 調査義務を負うとし、不法行為責任を肯定した。その理由として、 不動産登記法上、登記手続をする場合、原則として登記義務者の登 記識別情報を提供しなければならないが(不動産登記法 22 条)、連 件申請の場合には、後件の登記手続の際に提供すべき登記識別情報 が提供されたものとみなされ(不動産登記規則 67 条)、前件と後件 の登記手続が密接な関連性を有しており、前件の登記が完了するこ とが後件の登記のために必要となること、司法書士が公益的な責務 を負っていることがあげられている。 これに対して同裁判所は、第2類型につき、後件の登記手続を委 任された司法書士に注意義務違反はないとし、債務不履行責任を否 定した。ここでは、後件登記の代理人司法書士は、前件登記手続書 類について、原則として、登記が受理される程度に書類が形式的に 揃っているか否かを確認する義務を負うに止まるとした。例外的に 「前件の登記手続書類の真否について確認することを依頼者との間 で合意したか、前件の登記手続を代理した別の司法書士が、その態 度等から、およそ司法書士としての職務上の注意義務を果たしてい ないと疑うべき特段の事情がある場合に限り」、前件の登記手続書 類の真否について調査義務が生じることが示された13。 その理由として、書類の真否について司法書士は第一次的な確認 義務を負わないということのほかに、前件の登記手続を代理する司 法書士がいる場合には、前件の登記手続書類の真否については、前 13 同事案では、後件の依頼者との合意の状況について、委任契約についての契約 書が作成されていないこと、特別の委任があったことを裏付ける証拠はないこ と、司法書士への報酬は 3 万 6 千円に過ぎず、依頼者自らもこの報酬が低額であ ることを自認していることなどの客観的事情から、後件の司法書士に十分な注意 を払って書類の真否を確認すべき義務はないと認定された。
件の登記手続を代理する司法書士が一定の場合に調査義務を負って いるのであり、登記の速やかな実現の要請からは、後件の登記手続 を代理する司法書士が、重複して、前件の登記手続書類の真否につ き調査義務を負うと解するのは相当ではないとした。 第2類型につき、同様の判断をした裁判例として、東京高判令和 元年5月 30 日判時 2440 号 19 頁がある。同裁判所は、原則として、 後件の司法書士は、前件司法書士の書類確認を信頼するのが通常で あるとし、前件の登記手続書類の真否につき調査義務は負わないと する。例外的に、前件の司法書士の態度等から、同人を信頼したの では、前件の登記自体が完了せず、その結果、後件の登記も完了し ないことが具体的に予見できるような事情がある場合には、当該書 類の真否を調査確認すべき義務が生じるとした14。 このように、近時の裁判例は、前件申請の司法書士は、書類の真 否につき疑いがある場合には、後件の登記権利者たる第三者に対し て調査確認義務を負うとする(第1類型)。また、後件申請の司法 書士には、一定の場合に限り、前件の申請書類についての調査確認 義務が肯定するものである。同義務の成立要件として、前件の登記 が完了しないために後件の登記も完了しないことについて、後件の 司法書士が具体的に予見しえたかが考慮されている(第2類型)。 3. 本判決の分析 本判決は、申請人の本人性の確認において、司法書士が委任者に 対して負うべき義務を明示している。本判決では、司法書士は、原 則として、登記申請に用いるべき書類相互の整合性を確認する形式 14 同判決は、後件司法書士は、前件司法書士から、連続する売買の各所有者3人 の本人確認について、所有者3人と直接面談して運転免許証などで本人確認をし た旨を聞いており、前件の司法書士の態度に不自然な点はなく、このほか、前件 の登記自体が完了しないことが具体的に予見できたと認めるに足りる証拠もない こと、後件司法書士自身が、前件の登記が受理される程度に登記手続書類が揃っ ているかは確認しており、実際に形式的には揃っていたことを認定し、後件司法 書士の注意義務違反を否定した。
的な義務を負うものであるが、申請者の本人性を疑うべき相当な事 由が存在する場合には、例外的に、委任者との関係において適切な 措置をとるべき義務を負うことが示された。このように、本人性に ついての疑いを要件に、登記が実体的権利に合致したものなるよう 適切な措置が要求されるという考え方は、Ⅲ . 2.(1)及び(3) において第2類型として整理した従来の裁判例を維持するものとい える。続けて本判決は、司法書士が、委任者以外の第三者との関係 においても、上記の委任者に対するのと同様の適切な措置をとるべ き義務を負うことを明らかにした。 従来、司法書士の委任者以外の第三者に対する不法行為責任の成 否は、Ⅲ . 2.(2)及び(3)の第1類型において整理したとおり、 自らが受任した登記申請手続について問われてきた。この点、本判 決では、連件申請の後件を受任した司法書士が、別の資格者代理人 が受任した前件申請の提出書類の真否に関して、第三者に対して不 法行為責任を負う可能性を示した点において、新たな局面を判示し たものといえる。 本判決は、司法書士の適切な措置義務を認めるべき理由として、 法律上、登記等に関する手続を適正かつ円滑に実施することで国民 の権利保護に寄与するという司法書士の職責(司法書士法1条)が あり、登記に関する手続の専門家として公益的な責務を負わされて いることをあげる。本件のような、土地所有者のなりすましによる 地面師詐欺を抑止し、適正な登記を実現するという観点からは、司 法書士の責任を広く肯定する判断がありうる。そのような判断手法 を示したのが、本件控訴審判決であるところ、最高裁は、控訴審判 決を否定した。 本件の控訴審判決は、Yの不法行為責任を肯定した。その際、前 件申請に却下事由があるなど登記が実現しない可能性を疑わせる事 由が明らかになった場合には、後件の司法書士は、前件申請に関す る事項も含めて更に調査を行い、調査結果の説明や代金決済中止の 勧告などの注意義務を負うとした。控訴審判決は、後件司法書士が、
前件申請が完了しないことについて具体的に予見可能であることを 注意義務の成立要件としている。前述の第2類型における下級審裁 判例においても、これと同様に、後件の司法書士の予見可能性を中 心に注意義務の有無が判断されている。 一方、本判決は、このような司法書士の予見可能性から、直ちに 司法書士の注意義務を認めることに否定的な立場といえる。本判決 は、第三者に対する責任の成立要件については、委任者に対する場 合と区別して判断すべきであることを明示し、①第三者に客観的な 利害関係があること、②これに対する当該司法書士の認識可能性の ほか、③当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けら れるという正当な期待を有していることを要件としてあげた。本判 決では、③第三者の期待の正当性についての審理が不十分として原 審を破棄し差し戻したものである。その理由として、Yが委任を受 けた当時本件土地についての一連の売買契約や登記の内容が既に決 定され、Yには前件申請の本人性の確認につき具体的な委任は受け ていないこと、前件は資格者代理人が受任したのであり、その委任 状には委任者であるAに人違いなきことについての公証人の認証が 付されていたこと、X自身が不動産業者であり自ら依頼した仲介業 者とともに会合で印鑑証明書の問題点を確認していたこと等があげ られている。 このことから、本判決では、司法書士の第三者に対する責任につ いては、登記が実現しないことへの司法書士の予見可能性のみなら ず、当該司法書士以外の専門性ある資格者等の関与、および、第三 者自身の専門的知識や認識を考慮した上で、司法書士に期待される 役割の有無や程度を判断すべきことを明らかにしたものといえる。 本判決は、司法書士の第三者に対する不法行為責任の判断構造を 最高裁としてはじめて明確に示したものとして意義がある。ただし、 その成立要件は厳格であり、司法書士の責任を広く認める趣旨では なく、むしろ不法行為責任の成否を慎重に判断する姿勢を示したも のといえる。
草野耕一裁判官の補足意見では、このような司法書士の不法行為 責任を限定的に解すべき理由が詳述されている。草野裁判官は、司 法書士が「職業的専門家」として社会にとって有用な存在であるか らこそ、「提供する役務の質を向上させるため」には、「依頼者との 間において高度な信頼関係が形成されることが必要」であり、「依 頼者の同意を得ずに依頼者以外の者に対して助言することはないと いう行動原理が尊重されなければならない」と述べる。そのため、 司法書士が第三者に対して助言を提供するべき場合があるとしても、 真の委任者の明示的または黙示的同意が与えられる場合に限られる とするのでる。ここでは、本来の委任者が存在する場合には、その 者の黙示的同意を考慮する必要性を説き、司法書士が助言等の措置 を行うことが申請期日前に現実的に可能であったのかをより慎重に 吟味する必要性が示されている。 このように本判決は、第三者への適切な措置義務の成立要件を具 体的に明示したものであり、本件ケースのように不動産取引が複雑 化し、登記申請手続に関わる専門家が複数存在する場合に、取引へ の関与の程度も含め、どのようなリスクの分配が公平であるのかを 判断する際の基準を示したものとして重要な意義がある。 今後は、第三者に対して「適切な措置をとるべき義務」の内容の 具体化が課題となろう。登記申請書類の確認という業務のなかで、 申請人の本人性に疑いが生じた場合、司法書士がその疑いに対して どのようなアプローチをすべきかについては、本判決では明らかに されていない。本人性の調査を行うべきかについては、取引当事者 間の信頼関係の維持や登記申請の迅速性など、多様な事情を考慮す る必要がある。特に、本来の委任者が存在するケースでは、第1次 的に、委任者に対し、申請者の本人性の問題について情報を共有し た上で、さらなる調査を要するのかの意思確認を行うなど、委任契 約の内容を具体化する措置が必要であろう。司法書士には、このよ うな委任者との合意に反しないことを前提に、第三者に対し、本人 性についての問題点を情報提供することが望まれる。本人性の疑い
があるという状況で、第三者がそのリスクを引き受けて取引を実現 するのか、または、さらなる調査を司法書士に委任するのか、少な くともその判断の機会を与えるための情報提供や助言は、司法書士 が登記手続を実現する過程で担うべき義務として位置づけられよう。