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まも珍しきに 白き袷 薄色のなよよかなるを重ねて はなやかならぬ姿 いとらうたげにあえかなる心地して そこと取り立ててすぐれたることもなけれど 細やかにたをたをとして いざ このわたり近き所に 心安くて明かさむ いかでか にはかならむ そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて 預かり召し出づるほ

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Academic year: 2021

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(4)夕顔

光源氏17歳

挿 絵:

与謝野晶子新々訳より 新井勝利画 谷崎潤一郎新々訳より 安田靫彦画 心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花 夕顔 寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔 源氏 咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎ憂き今朝の朝顔 源氏 朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて花に心を止めぬとぞ見る 中将の君 原 文: 六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわずら ひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり。・・・ この家のかたはらに、桧垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾 などもいと白う涼しげなるに・・・切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれ ぬに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。「遠方人にもの申す」と独りごちたまふを、・・ 六条わたりにも、とけがたかりし御気色をおもむけ聞こえたまひて後、ひきかえし、なのめ ならむはいとほしかりし。されど、よそなりし御心惑ひのやうにあながちなる事はなきも、い かなることにかと見えたり。女は、いとものをあまりなるまで、思ししめたる御心ざまにて、 齢のほども似げなく・・・ 八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋、残りなく漏り来て、見慣らひたまはぬ住まひのさ

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2 まも珍しきに・・・ 白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなる心地 して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして・・・ 「いざ、このわたり近き所に、心安くて明かさむ・・・」「いかでか。にはかならむ」・・・ そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、預かり召し出づるほど、荒れたる門の忍 ぶ草茂りて見上げられたる、たとへしなく木暗し。・・・ 宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに、御枕上に、いとをかしげなる女ゐて、「己がいとめ でたしと見たてまつるをば、尋ね思はさで、かく、ことなることなき人を率ておはして、時め かしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」とて・・・戸を押し開けたまへれば、渡殿の火も 消えにけり。・・・「紙燭さして参れ。『随身も、弦打して、絶えず声づくれ』・・・」・・・ 「なほ持て来や、所にしたがひてこそ」とて、召し寄せて見たまへば、ただこの枕上に、夢に 見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え失せぬ。・・・「この人いかになりぬるぞ」と 思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず、添ひ臥して、「やや」と、おどろかしたまへど、た だ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。 晶子訳: うき夜半の悪夢と共になつかしきゆめもあとなく消えにけるかな 晶子 源氏が六条に恋人をもっていたころ、御所からそこへ通う途中で、だいぶ重い病気をし、尼 になった大弐の乳母をたずねようとして、五条辺のその家へ来た。・・・惟光の家の隣に、新し い桧垣を外囲いにして、建物の前の方はあげ格子を四五間ずっとあげ渡した高窓式になってい て、新しく白い簾をかけ・・・端隠しのようなものに青々とした蔓草が勢いよくかかっていて、 それの白い花だけがその辺で見る何よりもうれしそうな顔で笑っていた。そこに白く咲いてい るのはなんの花かという歌を口ずさんでいると・・・ 六条の貴女との関係も、その恋を得る以前ほどの熱をまたもつことのできない悩みがあった。 自分の態度によって女の名誉が傷つくことになってはならないと思うが、夢中になるほどその 人の恋しかった心と今の心とは、多少懸隔のあるものだった。六条の貴女は、あまりにものを 思いこむ性質だった。源氏よりは八歳上の二十五であったから・・・ 八月の十五夜であった。明るい月光が板屋根の隙間だらけの家の中へさしこんで、狭い家の 中のものが源氏の目に珍しく見えた。・・・ 白い袷に柔らかい淡紫を重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、どこかきわだ ってひじょうによいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものをいうようすに弱々 しい可憐さが… 「さあ出かけましょう。この近くのある家へ行って、気楽に明日まで話しましょう。・・・」 「どうしてそんなに急なことを、おいいだしになりますの」・・・ 五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。呼び出した院の預かり役の出てくるまで止めて ある車から、忍草のおい茂った門の 廂ひさしが見上げられた。たくさんにある大木が暗さをつくって いるのである。・・・

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3 十時過ぎにすこし寝入った源氏は、枕のところに美しい女がすわっているのを見た。「私がど んなにあなたを愛してるかもしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっ しって愛撫なさるのはあまりひどい。恨めしい方」といって・・・戸を押し上げたのと同時に 渡殿についていた灯も消えた。…「蝋燭をつけて参れ。随身に弓の弦打ちをして、絶えず声を 出して魔性に備えるように命じてくれ・・・」・・・「もっと近くへもってこないか。どんなこ とも場所によることだ」灯を近くへとって見ると、この閨の枕の近くに源氏がゆ目で見たとお りの容貌をした女が見えて、そして、すっと消えてしまった。・・・恋人はどうなったかという 不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて、横へ寝て「ちょ いと」と言って不気味な眠りから覚まさせようとするが、夕顔のからだは冷え果てていて、息 は全く絶えているのである。・・・ 谷崎訳:六条あたりに人目を忍んでお通いの頃、内裏う ちからそちらへお出ましになる中宿りに、大弐の乳 母が重い病気で尼イになったのを見舞ってやろうとお思いになって、五条にあるその家を尋ねて、 お立ち寄りになりました。・・・この家の傍らに、桧垣というものを新しく作って、上の方は半 蔀ロはじとみ にして、四五間ばかり吊り上げてあり、簾などもたいそう清く涼しそうに… 切 懸ニきりかけめいた板囲い に、たいそう青々とした蔓草が心地よげに這いかかっていまして、白い花が自分ひとり得意顔 に咲いています。「遠 方 人ホおちかたびとに物申す」と、独りごとをおっしゃいますと・・・ イ重病の場合に出家して仏の加護を求めるのである。 ロ格子組の裏に板を張った建具で、採光のために金 物でつりあげるようになっている。 ニ板を横に今の世の鎧戸のように重ねて柱に切かけ、板と板との間をす かして風が通うようにしたもの ホ打ち渡す遠方人に物申すわれそのそこに白く咲けるはなんの花ぞも(古今 集旋頭歌) 六条あたりも、最初は許しそうもない御気色でしたのを思い通りになされてからは、打って 変ってそれほどに打ち込み給う御様子のないのが、お気の毒のようなのでした。ですが、まだ お手に入らなかった一頃の時分のご執心のような、ああいう一途なお気持ちには、どういうも のかおなりになれないものとみえます。女イ君は、ものをあまりに突き詰めて考える御性分なの で、年が釣り合わないことではあるし・・・ イ六条御息所 八月の十五夜に、隈ない月影が隙間の多い板屋から漏れて来ますので、見慣れ給わぬ住居の さまを珍しくお感じになるのでしたが・・・女は白い袷の上に、柔らかい薄紫の衣を重ねてい まして、そう花やかでない姿が、非常に愛らしくきゃしゃな感じがしまして、どこといって取 り立ててすぐれた点もありませんけれども、ほそやかになよなよとしていて、ものを言うけは いなど、まあいじらしい、と言いたいばかりにあどけなく見えます。・・・「さあ、じきこの近 い所へ行って、気楽に語り明かしましょう、こうしてばかりいては窮屈ですから」と仰せにな りますと、「どうしてそう急なことを」と・・・ そのあたりに近い 某なにがしの院イにお着きになって、留守番の者をお呼び出しになる間、見上げる門 が荒れ果てていて、忍草の生い茂っていますのが、たとえようもなく小暗いのです。・・・ 宵が過ぎた頃しばらくとろとろとなさいますと、おん枕上にたいそう美しい女がすわってい

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4 て、「めでたいお方よと存じ上げて、こんなにお慕い申している私を構って下さらないで、何の 見どころもないこのような人をお連れなされて、ご寵愛なさるとは、口惜しくも腹立たしゅう」 と言いながら・・・戸をお開けになりますと、渡殿の灯もきえているのでした。・・・「紙燭を つけて参れ。随身にも弦打ロ をして絶えず声を立てるように申しつけよ。・・・」「もっとこっち だ、遠慮も所によるではないか」と召し寄せて御覧になりますと、ついこの女君の枕上に夢に 現れた通りの姿をした女が、面影に見えてふっと消えました。・・・まずこの人がどうなってい るのであろうかという胸騒ぎに、ご自分の身はお忘れなされて、添い臥してお上げになって、「こ れ」とお起しになりますけれども、もう冷え冷えとなっていまして、息は疾うに絶えてしまっ ているのでした。 イ源氏の別荘であろう ロ妖魔を払いのけるために、矢をつがえないで弓の弦を鳴らすこと。 林望訳:六条のあたりのさる女のところへお忍びで通っていた時分のことであった。ちょうど内裏から その六条へ通う途中の中休み所として、源氏は五条にある乳母の大弐の家を探して訪ねていっ た。大弐は大病をして尼になっていたので、通り道だからついでに見舞おうというつもりもあ ったのである。・・・この乳母の家の隣には、檜の薄板を張り巡らした新しい垣根を設けて、そ の上のあたりには半蔀を四五枚ずっと開けわたし、中の御簾も真っ白な新品を掛けた家があ る。・・・門の中に、また粗末な板塀が立ててあって、そこに鮮やかな緑色の蔓草が、心地よさ そうに這いかかっている。見れば真っ白な花が、一人にっこりと微笑むように咲いている。源 氏は、低い声で、古い旋頭歌をうち誦ずんじた。「うちわたす遠方人をちかたびとにもの申すわれ、そのそこに 白く咲けるは何の花ぞも」・・・ また六条のあたりに通っていたお方というのは、もともと源氏の求愛にはなかなか応じよう としなかった、身分も気位も高い方だったのだが、それを源氏は無理やりに口説き落として言 うことを聞かせた、そういう恋人なのであった。が、いったんそういう関係になってしまった 後は、手のひらを返したように粗略な扱いをしているのはいかにもお気の毒なことだったが、 それにしても、まだ体の関係を持たなかったころにはあれほど執着していたものを、どうして また、今はこのようにあっさりとした心になってしまったのであろうと、まことに理解に苦し むことであった。この六条の女君は、物事を度を越して思い詰める性格ではあり、また源氏よ りはるかに年上で不釣り合いなことでもあり・・・ 八月十五夜になった。中秋の名月の浩々とした光が、夕顔の宿りの隙間だらけの粗末な板葺 の家の中まで漏れ入ってくる。そういう貧しい家居のさまも、見慣れぬ風景としてめずらしく 思われるのであった。・・・夕顔は、白い袷に、薄紫のしんなりとした上着を重ねて、いっそ地 味な出で立ちであるが、それを源氏は、たいそうかわいらしい、また弱々しいというように感 じた。・・・「どうだろう、この近くに良いところがあるのだけれど、そこで気兼ねなく夜を明 かさないか。こんな窮屈なところでばかり逢瀬をしているのでは、嫌になってしまうからね」・・ 「滅相もございません。そんなこと・・・急に仰せになりましても…」・・・五条からはほど近 い、なにがしの院というところへ着いた。管理人を呼びにやって、しばらくその門外から内部

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5 を見渡してみると、荒れ果てた門のあたりにも忍ぶ草という名前もゆかしいシダのたぐいが鬱 蒼と生い茂っているのが見上げられる。木々も野放図に茂りあって、喩えようもなく真っ暗に 荒れている。・・・ 宵が少し過ぎたころであった。源氏が、うとうとと少しまどろんだとき、枕のところに、た いそう美しげな女が座っていて、「わたくしがとても素晴らしいお方だとお慕いもうしておりま すのに、そのわたくしのことは思いをかけて下さらないで、こんなどうということもないよう な女を連れておいでになって、こんなふうにご寵愛なさるなんて、ほんとうに恨めしくふゆか いでございます」といいざま・・・それから西の開き戸口のところに出、がらりと戸を引き開 けると渡殿の・・・火も消えていた。・・・「よいか、まずは紙燭に火を灯してまいれ。それか ら随身も魔よけに弓弦を打ち鳴らして、同時に絶えず警戒の声を上げよ、と命ぜよ。・・・ 「いいから、ここまで直接に持ってまいれ。遠慮も事と場合によるぞ」紙燭を手元に引き寄 せて見ると、まさにその夕顔の臥せっている床の枕上に、夢に見えたのとそっくり同じ女の姿 が、幻のように浮かんで見え、ふっと消えた。・・・それにしても、まずはこの女がどうなって しまったのかと、恐ろしい胸騒ぎがして、もはや自分自身のことも意識にはなくなっている。 夕顔の体の脇に添い臥しして、「おいっ、おいおいっ」と目を覚まそうと揺り動かしてみるけれ ど、その体はしだいに冷えに冷えて、息はもうとっくに絶え果てているのであった。

短 歌

優婆塞が行ふ道をしるべにて来ん世も深き契りたがふな 源氏 前の世の契り知らるる身のうさに行末かけて頼みがたさよ 夕顔 いにしへもかくやは人の惑ひけんわがまだしらにしののめの道 源氏 山の端の心も知らず行く月は上の空にて影や消えなん 夕顔 夕霧にひもとく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそあれ 源氏 光ありと見し夕顔のうは露は黄昏時のそら目なりけり 夕顔 見し人の煙を雲と眺むれば夕の空もむつまじきかな 源氏 問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる 空蝉 うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ 源氏 ほのかにも軒ばの萩をむすばずば露のかごとを何にかけまし 源氏 ほのめかす風につけても下萩の半は霜にむすぼほれつつ 女 泣く泣くも今日はわが結ふ下紐を何れの世にか解けて見るべき 源氏 逢ふまでの形見ばかりと見し程にひたすら袖の朽ちにけるかな 源氏 蝉の羽もたち変へてける夏ごろもかへすを見ても音は泣かれけり 空蝉 過ぎにしも今日別るるも二みちに行く方知らぬ秋の暮れかな 源氏

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陶 芸

永楽善五郎作 「夕顔の絵水指」 (塗蓋 飛来一閑作)

参照

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