異文化 の構造
楊
暁
文
On the Structure of Inter-culture
Yang Xiao-wen 異 文 化 の 構造 を語 る前 に 、 まず 異 文 化 とは な に か 、 を明 らか に しな け れ ば な ら ない 。 近 頃 、「異 文 化 理 解 」「異 文 化 コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ン」 「異 文 化 体 験 」 ・ ・な どが 盛 ん に 言 わ れ る よ うに な りつ つ あ る。 が 、一 々詳 らか に検 討 し てみ る と、 そ の 「異 文 化 」 が 必 ず し も 同一 の事 物 を指 す と は 限 ら ない こ とが わ か って き た 。 そ も そ も 「異 文 化 」 と は な に か 、 に つ い て根 本 的 に あ ま り研 究 され て い な い し、異 文 化 その もの の 定 義 もほ とん ど な され て い な い 。 八 十 年 代 以 来 、 冷 戦 終 結 後 に現 れ た 国 際 的対 立 抗 争 の 緩 和 、 南 北 対 話 の積 極 的 な推 進 、 東 西 交 流 の著 し い発 展 、 ソ連 の崩 壊 、 中 国 の 改 革 開 放 、EUの 出 現 、 APECへ の 注 目 、 ASEMに 注 が れ る光 、 な ど な ど、 国 際 情 勢 は全 体 的 に は敵 対 関 係 か ら 親 睦 関 係 へ の ター ニ ン グポ イ ン トに さ しか か り、異 文 化 に対 す る 関心 もお の ず か ら 高 ま っ て き た の で あ る。 そ れ に呼 応 す るか の よ う に異 文 化 をベ ー ス に したす ぐれ た作 品 が 次 々 と生 ま れ 、 大 き な反 響 を呼 び続 け て い る。 例 を 挙 げ よ う と す れ ば き りが な い が 、 こ こで は 、 世 界 的 な ベ ス トセ ラー と な っ た 、 ロ ン ドン在 住 の 中 国 人 ユ ン ・チ ア ンの 「ワ イ ル ド ・ス ワ ン」、 中 国 系 ア メ リ カ人 エ イ ミ ・タ ン の 「ジ ョ イ ・ ラ ッ ク ・ク ラ ブ 」 と 「キ ッチ ン ・ゴ ッズ ・ワ イ フ」、 フ ラ ン ス 作 家 マ ル グ リ ッ ト ・デ ュ ラ ス の ベ トナ ム を 背 景 に した衝 撃 作 「愛 人 」、韓 国作 家 安 正 孝 の ベ トナ ム 戦 争 をあ つ か っ た 「ホ ワ イ ト ・バ ッ ジ 」、 ベ トナ ム 系 ア メ リ カ 人 レ ・リ ・ ヘ イス リ ッ プ の ベ トナ ム とア メ リカ 、両国 にわ た る 壮 大 な 「天 と地 」 な どを参 考 に しな が ら、 現 在 異 文 化 へ の 探 究 に取 り組 んで い る 、 ま たが っ て は留 学 生 の 一 員 で もあ っ た私 自 身 の 体 験 に も触 れ 、 異 文 化 と は な に か 、 異 文 化 の構 造 、 そ して そ の 具 体 的 な例 を 近 くて 遠 い 国 、 日本 と ア ジ ア諸 国 に求 め て い きた い 。 異 文 化 とは一 二 つ 以 上 の 文 化 が 〈接 触 〉 し て い る と き、 固 有 文 化 を 〈座 標 〉 に しつ つ 、 〈未 知〉 を知 る過 程 の対 象 と して の 他 者 文 化 。 こ れ が 、 異 文 化 で あ る 。 こ の定 義 に も とづ き、 こ れ か ら異 文 化 の構 造 に迫 っ て み る 。 〈接 触 〉 し ない 限 り、異 文 化 の 面 影 は全 然 見 え て こ な く、 異 文 化 に は永 遠 に近 づ くこ と もな か ろ う。 そ う な っ て くる と、 異 文 化 間 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョン な ど は た だ の 空 論 に終 わ っ て しま う。 とに もか くに も、 接 触 して み よ う。 接 触 し て初 め て 、異 文 化 が 生 起 して くる の で あ る。 したが っ て 、 こ こで い う 〈接 触 〉 とは 異 な る 文 化 との ふ れ あ い を意 味 す る 。そ して 、この 〈接 触 〉 に は 、 い ろ い ろ な形 や 様 式 が あ り、 さ ま ざ まの 次 元 や レベ ル が あ る。 異 文 化 の 〈接 触 〉 は まず 「間接 接 触 」 と 「直 接 接 触 」 に分 け られ る。 異 文 化 との接 触 が 間 接 的 で あ る か、 直 接 的 で あ る か を さ して い る。 こ こで は先 に 「間接 接 触 」 につ い て見 て お こ う。 「間 接 接 触 」 の場 合 は 二 つ の ル ー トを通 して 行 わ れ る。 そ の 一 つ は書 籍 で あ る。「世 界 、この 大 き な本 」 と西 洋 の 哲 学 者 が 言 っ て い る よ う に、 ま た 、
12 楊 古 くか ら 「行 万 里 路 読 万 巻 書(万 里 の路 を行 き、 万 巻 の 書 を読 む)」 を 中 国 の 知 識 人 が 座 右 の銘 と して き た よ う に、 本 を 通 じて 別 世 界 の こ と を 知 ろ う とす る 営 み が 人類 の 人 類 た る重 要 な 証 しの ひ とつ で もあ る。 一二 九 九 年 に完 成 され た 「東 方 見 聞録 」 は神 秘 の ベ ー ル に包 ま れ て い た東 の魅 力 を ヨー ロ ッパ 人 に十 二 分 に見 せ 、 森 鴎外 の 「舞 姫 」 や 夏 目漱 石 の 「倫 敦 塔 」 は 当 時 の外 国 留 学 が 今 日の よ う に簡 単 に は で きな か っ た 明 治 時 代 の 日本 の 人 々 に異 国 情 緒 を た っぷ り と味 わ わ せ た の で あ る 。 日本 に とっ て 一 衣 帯 水 の 近 隣 中国 に お い て も、 清 末 の詩 人 、 黄 道 憲 に よ って 書 か れ た 四 十 巻 か ら な る 「日本 国 志 」 と 二 百 首 を詠 ん だ 「日本 雑 事 詩 」、 政 治 家 の 戴 季 陶 が 一 九 二 七 年 に執 筆 した 「日本 論 」 が 出 現 す る まで に 、 中 国 人 に お け る 日本 人像 は 実 質 的 に は 「魏 志 倭 人 伝 」 に描 か れ た 「倭 人」 の ま ま で あ っ た。 ユ ン ・チ ア ンの 「ワ イ ル ド ・ス ワ ン」 や エ イ ミ ・タ ンの 「ジ ョイ ・ラ ッ ク ・ク ラ ブ」 な どが 現 れ る ま で 、 日本 人 、 い や 、 世 界 中の 大 部 分 の 人 が パ ー ル ・バ ック の ノ ー ベ ル 賞 受 賞 作 「大 地 」 の 主 人公 た ち を現 実 の 中 国 人 だ と思 い 込 ん で い た よ う に。 ゆ え に 、異 文 化 を知 ろ う とす る際 、書 物 は もっ と も身 近 な 、 も っ と も便 利 な 手段 の ひ とつ で あ る に は 違 い な い が 、 世 の 中 が どん ど ん変 わ っ て い く よ う に、 新 しい 情 報 を絶 え ず キ ャ ッチ して お か な い と、 入 手 したつ も りの 異 文 化 が 既 に今 日性 を失 っ て い て 、 後 に 述べ よ う とす る虚 像 的 な そ れ と な っ て しま う可 能性 は 十 分 に あ る。 も う一 つ の ル ー トは 映 像 で あ る。 今 日、 マ ル チ メデ ィ アが 日頃 の話 題 に よ くの ぼ る よ うに な り、 そ の 中心 的 な役 割 を果 た す もの の ひ とつ に 映 像 が あ る が 、 そ の 映像 は 主 に テ レ ビ を通 して わ れ わ れ の生 活 と密 接 に結 び、 わ れ わ れ の 日常 に大 きな影 響 を与 え て い るの で 、 わ れ わ れ は そ の 映 像 を通 じて 違 う文 化 にふ れ あ うチ ャ ンス を もつ 。 日本 の テ レ ビ番 組 を例 に見 て み る と、NHK の 「は る ば る と世 界 旅 」で 、わ れ わ れ は カ ウボ ー イ に な っ た り本 場 の ス コ ッチ ウ イ ス キ ー を飲 ん だ りす る場 面 を 楽 しみ 、 毎 週 月 曜 日夜 八 時 か ら の 日 本 テ レ ビ の 「世 界 ま る み え」 は トー ンが ち ょっ と落 ち る け れ ど も、 世界 各 国 の 珍 事 奇 人 暁 文 を紹 介 して くれ る。 テ レ ビ局 を問 わ ず 、 外 国 に 関す る ス ペ シ ャ ル や ス クー プ を競 争 す るか の よ うに 製作 して い る か ら、茶 の 間 に座 っ て い る と、 テ レ ビ に外 国 の風 景 や 外 国 人 の 顔 が い つ も映 っ た りす る。 が 、 ヤ ラセ とい う言 葉 も生 ま れ た よ う に 、外 国 の 普 通 の 山水 で も、 製 作 者 の意 図 、 撮 影 の角 度 、 美 しいBGM、 す ぐれ た ナ レー シ ョ ンな ど に よ って 、 本 来 の 姿 と は違 っ た もの に な っ て き た りす る こ と も、 しば しば あ る 。 ひ っ き ょ う、 映 像 はあ くま で も映 像 で あ っ て 、 実 物 そ の もの で は ない 。 そ こで 、「百 聞 は一 見 に如 か ず 」 と古 人 が 言 っ た とお り、 人 の 書 い た 本 や テ レ ビの 流 した 映 像 も悪 くな い が 、 そ れ ら よ り も異 文 化 そ の もの を 自分 の 目 で確 か め たい 、異 文 化 自体 に この 手 で 触 れ た い な らば 、 〈接 触 〉 の 第 二 段 階 、 「直 接 接 触 」 の段 階 に 入 る こ とを提 案 した い。 た だ し、 一 口 に 「直 接 接 触 」 と い っ て も、 そ の 時 間 や場 所 、態 度 や方 法 に よ っ て 、「表 層 接 触 」 と 「深 層 接 触 」 と の 区別 が 出 て くる の で あ る。 「表 層 接 触 」 と は文 字 通 り、 表 面 的 な接 触 を さ して い う。 これ に も二種 類 の ケ ー ス が 考 え ら れ る 。 そ の 一 つ は旅 行 、観 光 で あ る。 生 活 が 豊 か に な っ た今 、 森 鴎 外 や夏 目漱 石 の い た 昔 と は違 い 、 海 外 旅 行 は国 内旅 行 の 感 覚 で 行 わ れ つ つ あ る。 だ が 、 そ の 国 へ 旅 行 す る こ と は そ の 国 で 生 活 す る こ と と は勿 論 イ コ ー ル な関 係 に は ない 。 旅 行 者 は そ の 国 の観 光 名所 を 回 っ た り、 設 備 の 整 っ た ホ テ ル に泊 ま っ た り、 美 味 しい 料 理 を頬 張 っ た りして 、 一 応 は 異 文 化 に接 触 し た こ とに な る。 しか し、 そ の接 触 は まだ 表 面 的 な もの に と ど ま る こ とが 多 く、真 に異 文 化 の心 に触 れ て み よ う とす れ ば 、 そ の接 触 の 度 合 を 深 め て い く必 要 が あ る。 一 例 を挙 げ る と、 中 国 へ 行 く観 光 客 は大 体 北 京 、 上 海 、広 州 な どの大 都 会 を 回 っ て 帰 る とい っ た お 決 ま りの コ ー ス をた ど る の で あ るが 、 人 口13億 の 中 国 にお い て は 、 そ れ は ご く一 部 分 、 そ れ も恵 まれ た 一 部 分 に過 ぎず 、 異 文 化 と して の 中 国 を体 験 した こ と に は な らな い 。 他 の 国 へ の 海 外 旅 行 も同 じ よ うな もの だ とい っ て よ い だ ろ う。 い ま 一 つ は、 国際 シ ンポ ジ ウ ム に参 加 した り、
ビ ジ ネ ス の 関 係 で外 国 出 張 した りす る よ う な専 門 的 接 触 で あ る。 普 通 の 旅 行 とは 異 な り、 か な りの専 門 上 や 業 務 上 の 接 触 が あ る の で 、 違 っ た 文 化 の そ の 方 面 の先 端 的 な とこ ろ に触 れ られ る か も しれ な いが 、接 触 した の は 限 られ た専 門 家 だ っ た り実 力 者 だ っ た りす る 。 そ れ ゆ え 、 質 的 に は 一 般 の旅 行 よ り収 穫 が大 きい か もわ か ら な い が 、 全 体 的 に は 、 観 光 と同 じ く、 そ の異 文 化 の 一 部 に触 れ た だ け な の で あ る 。 これ らの 「表 層 接 触 」 とは 違 っ た 「深 層 接 触 」 もあ る。 そ して 、 こ の 「深 層 接 触 」 に も二 つ の 場 合 が あ る 。 そ の 一 つ は前 に述 べ た よ う な 一 時 的 な 逗 留 に 対 す る長 期 的 滞 在 で あ る。 長 期 に わ た る 留 学 や 海 外 赴 任 な どが こ れ にあ た る。 とい うの は、 も う旅 行 者 の 立 場 で は な く、 そ の 異文 化 の 中で の 実 生 活 に入 らな け れ ば な らな い か ら だ。 時 間 が た つ に つ れ 、表 面 的 で は な く、 そ の 異 文 化 に対 して 、 一 定 の 深 さ を有 す る 認識 を もつ よ うに な る 。 日本 で 暮 ら してい る ア ジア 留 学 生 た ち の 例 を見 れ ば 、 来 日 した ば か りの こ ろ、 驚 きの 連 続 で 、 苦 しん だ り喜 ん だ りして 眠 れ な い夜 も経 験 す るが 、 だ ん だ ん畳 に も慣 れ て くる し、 納 豆 も 納 得 で きる よ う に な る 。 しか し、留 学 生 に して も、 海 外 赴 任 の商 社 マ ン に して も、往 々 に して 、 外 国 人 と して 扱 わ れ 、 自分 も意 識 的 に、 或 い は 無 意 識 に外 国 人 の 目 を もっ て、 そ の 違 っ た国 柄 や 国民 性 や 民 俗 的 特 徴 を見 て し まい が ち な の で 、 つ ま る と こ ろ 、 そ の 異 文 化 の核 に接 近 す る こ と が 難 しい 。 「深 層 接 触 」 の い ち ば ん徹 底 し たや り方 は 、 身 分 変 換 的 接 触 で あ る。 日本 の懐 メ ロ に 、 「異 邦 人 」 と い う美 しい メ ロデ ィー の流 行 歌 が あ る 。 しか し、 実 際 の異 邦 人 は歌 に出 て くる よ う な、 の どか な存 在 で は め つ た に な く、 異 国 で の ホ ー ム シ ック に か か っ た り、 異 な る文 化 の は ざ ま を 彷 徨 っ た り して い る。 この 複 雑 で名 状 しが た い 多 くの試 練 に 耐 え 、 こ れ らを乗 り越 え た そ の と き こ そ、 異 文 化 を完 全 に把 握 す る と き、 な の で あ る。 そ して この 完 全 な異 文 化 の把 握 を成 し遂 げ る に は 、 さ ま ざ ま な原 因 に よっ て 、 身 分 的 変 換 、す な わ ち 異 邦 人 の よ う な 「余 所 者 」か ら 「仲 間」 や 「身 内 」 へ の変 換 が 行 わ れ 、 異 文 化 が 自 らの文 化 と 化 す る モ ー メ ン トが あ った こ とは 、 よ く見 受 け られ る 。 こ の 「深層 接 触 」 の 一 例 と して 、平 成 七 年 の 暮 れ の放 送 が 反 響 を よび 平 成 八 年 の 春 に再 放 送 され たNHKの 「大 地 の 子 」 を見 て み たい 。 外 国 の撮 っ た 中 国 を題 材 とす る映 画 や ドラマ の 中 に は 、必 ず と言 っ て もい い ほ ど、 「文 化 人 革 命 」 が 登 場 して くる 。 赤 い 腕 章 を つ け た 紅 衛 兵 、 吊 し上 げ ら れ た知 識 人 た ち、 み ん な の 手 に は 毛 主 席 語 録 、 戦 闘 的 な 音 楽 ・ ・。 まる で 日本 映 画 と い え ば侍 、洋 画 とい え ば カ ー チ ェ イス や ベ ッ ド シー ン の よ うに 、 あ ま りに もパ タ ー ン化 され て い るの で 、 そ の真 実 味 は嘲 笑 の対 象 と な り、 芸 術 性 も薄 め られ て し ま う。 が 、 「大 地 の 子 」 は そ れ ら とは や や 違 う。 残 留 孤 児 と な っ た 日本 人 の子 供 が 中 国 東 北 部 に い る 養 父 母 に や さ し く育 て られ 、 中 国 人 と して小 ・中 ・大 学 を卒 業 して 鋼 鉄 会社 の 技 師 、 当 時 の 中 国 で はハ イ レベ ルの イ ンテ リ に ま で な る 。 しか し、 「文 化 大 革 命 」 中 に 日本 人 の 血 筋 で あ る ゆ え に、 ひ どい 目 に あ い 、 中 国 の 最 底 辺 に い た 人 々 と、 み じめ な 日 々 を過 ご さね ば な らぬ 羽 目 に陥 っ た 。 日中 国 交 回 復 以 来 、 彼 は美 しい 妻 と可 愛 い娘 に 恵 まれ て幸 せ な生 活 を送 る よ う に な っ たが 、 精神 の 深 い と こ ろで 日本 人で あ る こ とを不 安 に 思 って い た 内 心 の 葛 藤 が み ご と に描 き出 さ れ て い た 。 そ こ に お い て こ そ 、つ ま り日本 人で あ り なが ら中 国 人 で もあ っ た彼 の 眼 を通 して こ そ 、 け っ して表 面 的 で は な く、 「文 化 大 革 命 」 の 本 質 に、 そ して 長 く尾 を引 い て い る そ の深 刻 な 後 遺 症 に迫 り、 日本 人 には 戦 争 につ い て 考 え させ 、 改 革:開放 の 中 国 人 に と って もさ らな る今 日性 を も っ て い る 。 こ の 中 国 の 現 実 に根 ざ した 作 品 を通 して 、 異 文 化 に 内 包 され て い る 「深 層 接 触 」 の 重 要 さ 、 困 難 さ、 そ して そ の豊 か さ、 す ば ら しさ を 、 わ れ わ れ は あ ら ため て確 認 す るの で あ る。 わ れ われ は 「異 文 化 」 を言 う と き、 意 識 的 に 或 い は 無 意 識 に 、 自 らの 文 化 を前 提 と して い る。 異 文 化 の 「異 」 は 、 「異 人 」 「異 郷 」 「異 国 」 「異 状 」 「異 物 」 「大 同小 異 」 な どの 「異 」 とは 原 本 的 に同 じ く、「自」 とコ トナ ル 、身 の 回 りの 「普 通 」 とチ ガ ウ 人 、物 、 事 を指 して い る か らで あ る。 ゆ え に 、 自 らの 文 化 を ス タ ー トラ イ ンに して 、 わ れ わ れ は異 文 化 に立 ち 向か っ て い く。 解 析 幾
14 楊 何 学 の用 語 を借 りて い え ば、 わ れ わ れ は 自 らの 文 化 を 〈座 標 〉 と して 、 他 文 化 を凝 視 す る の で あ る 。 そ して こ の 〈座 標 〉 を よ く吟 味 して み れ ば 、そ の 中 に 「社 会 シ ス テ ム 座 標 」、「生 活 座 標 」、 「価 値 座 標 」 が あ る こ とが発 見 で きる 。 まず 「社 会 シス テ ム座 標 」 を見 て み よ う。 福 地 桜 痴 が た い へ ん 苦 労 してsocietyを 「社 会 」 と訳 した よ う に 、 この 「社 会 」 は 複 雑 す ぎる ほ ど の シ ス テ ム を な して い る。異 文 化 に お け る「社 会 シ ス テ ム 座 標 」 の 場 合 も、 具体 的 に 「仕 組 的 フ ァ ク ター 」 と 「体 制 的 バ ー セ プ シ ョ ン」 を内 包 して い るの で あ る。 そ れ ぞ れ の社 会 は 、一 時 的 にせ よ 、長 期 的 に せ よ、 そ れ に マ ッチ した 仕 組 に よ っ て構 成 さ れ、 運 営 さ れ て い る。 そ して そ の 仕 組 を形 成 す る に あ た っ て 、色 々 な フ ァ ク ター が 要 求 され て くる。 現 代 中 国 の 光 と影(影 の 部 分 を中 心 に)を 描 い た 「ワ イル ド ・ス ワ ン」 が 、 異 文 化 と して 、 中 国 を世 界 に紹 介 す る際 に、 この 「仕 組 的 フ ァ ク ター 」 に重 き を置 い て い た 。 共 産 党 の 時 代 に な っ て か ら、 国 民 は だ れ で も 「戸 口(ホ ウ コ ウ)」(戸 籍)を 登 録 す る決 ま りに な っ た 。 食 料 の 配給 を受 け られ る の は、 都 市 部 に 「戸 口」 を登 録 して い る者 に限 ら れ る。(「ワイ ル ド ・ス ワ ン」 上 講 談 社 一 九 九 三 年 二 八 五 ペ ー ジ) 中 国 で 生 き よ う とす れ ば 、 「戸 口」 が な くて は な らな い 。 そ れ に よ っ て 、 人 の 身 分 、 つ ま り 「市 民 」 か 「農 民 」 の どち らか が 決 ま る 。都 会 に住 む 「市 民 」 の 「戸 口 」 を もつ 人 間 は 「糧 店 」 (食料 供 給 所)へ 行 って 、小 麦 粉 や 米 や油 とい っ た も の を購 入 す る 。 しか し、 「農 民 」 の 「戸 口」 を有 す る 人 は 自分 の手 で そ れ らを生 産 しない か ぎ り、 口 にす る こ とは で き な い 。 そ れ だ けで は な い 。 「市 民 」 の 「戸 口 」(「城 市 戸 口」 と も呼 ぶが)が あ る と、 都 会 の どこ か で 、 先 進 的 な ホ ワ イ トカ ラ ー 的 な仕 事 に つ く機 会 も多 い が 、 「農 民 」 の 「戸 口 」(「農 村 戸 口 」 と も)だ と、 一 生 涯 農 村 部 に残 り、 農作 業 や 三K的 な労 働 を せ ね ば な らな い 。 そ こか らの 脱 出 に は 、 二 つ の 公 的 方 法 が あ る。 「上 大 学 」、 つ ま り大 学 の 試 験 に合 格 して 、 数 少 な い 大 学(中 国 で は 私 立 大 学 は ほ とん どな い)へ 行 き、 そ こ を 卒 業 して 都 市 暁 文 部 で 「城 市戸 口」 の一 員 と して 勤 め る。 い ま ひ とつ は 、 「歩 軍 」、 つ ま り軍 隊 に入 り、 そ の 幹 部 とな っ て 、除 隊 す る と きに は 「市 民 」 の 「戸 口 」 を獲 得 す る。 こ れ 以外 に 「農 民 」 か ら 「市 民 」 へ の 身分 変 換 を は た そ う と私 的 な 手 段 で 「戸 口 」 問題 を解 決 す る 人 もい る。 改 革 開 放 の 今 日、事 情 が 変 わ り、 都 会 と農 民 の 人 口 移 動 を コ ン ト ロー ルす る 「戸 口 」 の 規 制 もい くぶ ん緩 や か に な っ て きた が 、 中 国社 会 を形 作 る基 本 的 な フ ァ ク タ ー と して の 「戸 口 」 は 、 依 然 と して存 在 し て い る 。 異 文 化 と して の 中 国 を理 解 し よ う とす る な ら、外 国 で は あ ま り見 られ な い こ の 「戸 口 」 の重 要性 を知 っ て お く必 要 が あ る 。都 市 部 に住 む 「市 民 」 の 「戸 口 」 を手 に入 れ た ら、 今 度 は 「単 位(タ ンウ エ イ)」 だ 。 都 市 部 の 人 間 は 、 全 員 が い ず れ か の 「単 位 」 に は い ら な くて は な ら な い 。 「単 位 」 は 、 党 の 完 全 な 管 理 下 に お か れ る。人 々 の 生 活 は、 軍 隊 と同 じよ う に一 か ら十 まで す べ て の 面 で 「単 位 」 に よ っ て 統 制 さ れ る こ と に な る。 (前 出 一 七 〇ペ ー ジ) た だ 「戸 口」 を もっ て い る だ け で は 、 「無 業 遊 民 」、 す な わ ち 浪 人 の よ う な 存 在 と な り、 こ れ は つ い 最 近 ま で 許 され なか っ た 。そ こ で 、人 々 は 「戸 口」 を得 る と きの よ う に、公 的 あ る い は 私 的 な ル ー トを通 っ て、 ど こか の 「単 位 」 の メ ンバ ー と な る。 「螂 是 恋 介 単 位 的?(お 勤 め 先 は どち らで す か)」な どは も う 日常 の挨 拶 と な っ て い る 。 そ して 、 そ の 「単 位 」 に よ っ て 、 そ の 人 の社 会 的 地 位 や仕 事 の 性 質 も分 か っ て くる し、 対 人 関係 な ど も変 わ って き た りす る 。 や っ と都 会 の 「戸 口 」 に 落 ち 着 き、 「単 位 」 も決 まれ ば 、 「梢 案(タ ンア ン)」 の 重 要 性 が 浮 か び 上 が っ て くる。 共 産 党 は 、 政 権 を奪 取 す る 以 前 か ら、 党 員 ひ と りひ と りの 前 歴 に つ い て 詳 細 な記 録(梢 案) を作 成 し、 そ れ に も とづ い て 党 員 を支 配 して きた 。 党 員 の 梢 案 は 、 党 の 組 織 部 が保 管 す る 。 党 員 で な い 公 務 員 の 梢 案 は、 職 場 の 上 司 が 作 成 し人 事 担 当 が保 管 す る』 上 司 は 毎 年 ひ と り ひ と りの 部 下 に つ い て報 告 書 を作 成 し、 そ れ が 各 人 の梢 案 に加 え られ て い く。 自分 の 梢 案 を見 る こ とは 許 され ず 、他 人 の 梢 案 を 見 る こ とが で きる の も特 別 の権 限 を持 つ ひ と握 りの
人 間 だ け だ っ た。(前 出 二 六 三 ペ ー ジ) :普段 、抽 象 的 な存 在 と して の 「梢 案 」 は 人 々 にそ の重 要性 を あ ま り感 じさせ な い が 、 昇 進 、 転 属 、 入 党 、 出 国 な ど の 際 に 、 「梢 案 」 は 具 体 的 な威 力 を発 揮 す る 。 本 人 が 見 られ な い と い う 意 味 で神 秘 の ベ ー ル に包 まれ なが ら も、 人 生 を 強 く左 右 す る ほ どの 影 響 力 を有 して い るか ら だ 。 「仕 組 的 フ ァ ク ター 」 を説 明す る た め に、 中 国 を例 に して 、「戸 口」「単 位 」「梢 案」 をめ ぐっ て 分 析 して み た。 中 国 に は、 こ の よ う な 「仕 組 的 フ ァ ク ター 」 が まだ た くさ ん あ る 。 が 、 そ の 仕 組 の 中 で 「戸 口」、 「単 位 」 と 「梢案 」 は もっ と も基 本 的 で あ る と同 時 に もっ と も重 要 な フ ァ ク タ ー で あ る。 そ して 、 固 有 文 化 の 中 にあ る こ の よ う な 「仕 組 的 フ ァ ク タ ー」 を座 標 に、 わ れ わ れ は 固有 文 化 を再 確 認 し、 異 文 化 の 構 造 の核 心 に迫 っ て い くの で あ る。 次 に 、 「体 制 的 バ ー セ プ シ ョ ン」 に つ い て 見 て み よ う。 社 会 体 制 とい え ば 、今 の世 界 を大 別 す る と、資 本 主 義 と社 会 主 義 の二 種 類 に分 け ら れ る。 そ の 間 に は残 念 なが ら 、越 え られ な い数 多 くの ギ ャ ップ が まだ 埋 め ら れ な い で存 在 して い る。 や や もす れ ば 、 そ れぞ れ 自 己流 で相 手 に ア プ ロ ー チ しが ち で あ る。「体 制 的 バ ー セ プ シ ョ ン」 と は こ れ ら を さ して い う の で あ る 。 だが 、社 会 体 制 は 、 天 に満 ち溢 れ て い る 無 色 の 空 気 の よ う な捉 え に く く掴 み に くい もの で も ない 。 日常 の形 而 下 の 次 元 か ら、 イ デ オ ロギ ー の よ う な形 而 上 の 地 平 へ と高 め られ て い く。 「体 制 的 バ ー セ プ シ ョン」 もこ の漸 進 的 過 程 を た ど っ て 生 ま れ て くるの で あ る。 世 界 的 な 好 評 を博 し映 画 化 も され た レ ・リ ・ ヘ イ ス リ ッ プ の 「天 と地 」を通 して 、「体 制的バ ー セ プ シ ョ ン」 の検 証 を試 み た い。 社 会 主 義 の 国 ベ トナ ム を出 て資 本主 義 を代 表 す る ア メ リ カ で 生 活 す る よ う に な っ た 「わた し」 には 、 ほ と ん どすべ て が 不 思 議 に見 え た 。 ベ トナ ム で は 、犬 とい え ば まず 第一 に番 犬 、 次 にペ ッ ト、 と き に は デ ィ ナ ー の材 料 だ 。 餌 は 犬 が 適 当 に 自分 で あ さ るべ き もの で 、 買 い 主 が わ ざ わ ざ金 をか け て与 え て や る もの で は な い 。 わ た しは りー ザ の や り方 を見 て 、 つ く づ くア メ リカ 人 の 無 知 ぶ りに あ きれ 、彼 らの りっ ぱ な 家 の 中 にい て も、 さほ どひ け め を感 じな くな っ た。 (「天 と地 」 ア メ リ カ 篇 上 角 川 文 庫 平 成 五 年 二 十 九 ペ ー ジ) わ た し に してみ れ ば 、 意 外 な こ との 成 り行 き だ っ た 。 ど うや らア メ リ カ で は 、 自分 の 社 会 的 な役 割 よ り も、 ひ と りの 人 間 と し ての 自分 の ほ う に重 きが お か れ る ら しい 。 だ が わ た し は 、 た ん にエ ドの妻 と して も、資 格 充 分 とは い え な い よ う に思 え た 。(前 出 三 十 一 ペ ー ジ) そ の 日 に食 べ る もの だ け 市 場 で 買 っ て くれ ば よ さそ うな もの を。 き っ と ア メ リカ 人 は 、 高 ・ 価 な冷 凍庫 を使 い た い が ため に 、 冷 凍 食 品 な ど とい う もの を発 明 した の だ ろ う。 わ た しに も少 しず つ 、 資 本 主 義 とい う のが どん な もの で あ る か 、 わ か りは じめ て き た。 (前 出 三十 ニ ペ ー ジ) 例 を挙 げ よ う とす れ ば 、 い くらで もあ る が 、 作 者 は 人 間 と動 物 の 関 係 、 妻 と して の資 格 、 買 物 や 冷 蔵 庫 と い っ た 日常 の発 見 か ら、 「資 本 主 義 と い うの が どん な もの で あ る か 、 わ か りは じ め て きた」 と言 う。 一 見 単 純 す ぎ る、 或 い は 簡 単 す ぎる判 断 を下 して し まっ た よ うで あ る が 、 客 観 的 に社 会 体 制 を認 識 す る と き に、 こ う した 身 近 な もの か ら出 発 しな け れ ば 、 い や 、 現 実 的 に は そ こ か ら出発 せ ざ る を得 な い の で は な い か 。 そ も そ も社 会 体 制 とい う もの は 、 そ う した具 体 的 な デ ィ テ ー ル か ら成 り立 つ もの で あ り、 忽 然 と して空 か ら落 ち て き た もの で もな け れ ば、 地 の 中 か ら涌 き出 して くる もの で もな い の だ。 現 実 の 中 に存 す る個 々 の 現 象 、事 物 、 そ して 肝 心 な人 間が 社 会 体 制 の根 底 を な し、 そ れ を形 成 し て い る と 同時 に そ れ を充 分 に具 現 して い る。 現 実 の 事 象 を通 して こそ 、 わ れ わ れ は現 存 の 社 会 制 度 の 両 極 で あ る資 本 主 義 と社 会 主 義 を認 識 し て い くの で あ る。. ア メ リ カの 他 に 、資 本 主 義 の 典 型 と して は 、 日本 が 数 え ら れ る。 そ の 資 本 主 義 の 日本 を、 す ぐ隣 にあ る 中 国 の 人 々 が ど う認 識 して きた の だ ろ う。 明 治 維 新 後 、西 洋 をモ デ ル に急 ピ ッチ で 頭 角 を現 して きた 日本 が殖 産 興 業 や 富 国 強 兵 な どの 資 本 主 義 育 成 策 を推 進 し、 急 速 な発 展 を と げ た 工 業 生 産 や 軍 事 力 をバ ッ ク に、 つ い に 日清 戦 争(中 国 で は 甲午 戦 争)を 起 こ した 。 こ の と きか ら 日本 に対 す る 中 国 人 の イ メー ジが 資 本 主
16 楊 義 か ら帝 国主 義 へ と変 わ り、 日中 戦 争(中 国 で は抗 日戦 争)に い た っ て は、 も う完 全 に 「日本 帝 国 主 義 」 と な っ た 。新 中国 が成 立 して以 来 、 国 交 の な い状 況 下 、 そ の イ メ ー ジ が 「文 化 大 革 命 」 が 終 焉 を 告 げ る 一 九 七 六 年 まで 続 い た 。 「四 人組 」 が 逮 捕 され て か ら、 中 国 は世 界 に そ の 門戸 を徐 々 に 開 き始 め た。 あ る映 画 が きっ か けで 、 そ れ ま で た だ ぼ ん や り と した朦 朧 た る概 念 と して の 日本 の 資 本 主 義 を、 中 国 の 人 々 に 実 感 させ る こ と と な っ た。 高倉 健 と 中野 良子 が 主 演 した 「君 よ憤 怒 の 河 を 渉 れ 」 とい う 「文 革 」 終結 後 ま もな く中 国 に入 った 日本 映 画 だ った 。 ス トー リー そ の もの が 「文 革 」 中 の ワ ンパ タ ー ン な中 国 映 画 に飽 き飽 き した 人 々 の心 を惹 き付 け た が 、 そ れ よ り もそ の 内 容 、つ ま り映 画 の 中 に現 れ た 日本 人 の生 活風 景 に は 、 な に よ りの 魅 力 が あ っ た 。 パ リつ と した背 広 、 ピ カ ピ カ な乗 用 車 、広 く明 る い快 適 な高 級 マ ン シ ョン ・ ・。 こ れが 資 本 主 義 だ 。物 の豊 か な と こ ろ。こ うい つ た印 象 が あ ま り に強 い た め(こ れ ら しか 人 々 の 印 象 に深 く残 せ な か っ た 、 か も知 れ な い が)、 今 日で も、 日本 の 資 本 主 義 の イ メー ジ は と聞 け
ば 、TOYOTA, SHARP, SONYな ど の企 業 名 ・ 商 品 名 を 中 国 の 人 々 は連 発 す る で あ ろ う。即 物 的 な 見 方 に相 違 な い が 、 資 本 主 義 の 本 質 に触 れ た と こ ろが な くも な か ろ う。 反 対 に 、社 会 主 義 の 中 国 を 日本 の 人 々 は ど う 見 て きた か の 軌 跡 もた ど って み た い 。情 報 不 足 な ど に よ り、 「文 化 大 革 命 」 まで は、 中 国 の 社 会 主 義 像 に は想 像 上 の 部 分 が あ っ た よ う だ。 友 好 団体 の 訪 中 団 が 限 られ た とこ ろ を回 り、 本 場 の 美 味 しい 中華 料 理 を 口 に し、予 期 通 りの成 果 を収 め て 成 功 裡 に帰 国 の途 に つ く。 中国 を見 て きた彼 ら に よ っ て 、 中 国 に は蝿 や 蚊 が 一 匹 もい な い(こ れ は オ ー バ ー だが 、 北 京 か ら最 南 端 の 広 州 へ 遥 々 と 日本 のお 客 さん にそ の 使 い捨 て の き れ い な 包 装 紙 を送 っ た 感 動 的 な事 実 もあ っ た)、 と い っ た す ば ら しい社 会 主 義 像 が 生 まれ て くる。 と く に 「文 革 」 中 、 両 国 当時 の ラ ジ オ や 新 聞 だ け を 通 じて しか そ れ を知 らな か った の で 、 風 の な か を元 気 よ く翻 る赤 い旗 の 海 、 と赤 い 腕 章 を つ け た英 姿 颯 爽 た る紅 衛 兵 の 群 れ へ 、 日本 の 人 々 は 自分 の 実 現 で きな か っ た 夢 も託 し て 、憧 れ に憧 れ て い た 、 と言 っ て も過 言 で は な 暁 文 か ろ う。中 国 当時 の ス ロ ー ガ ンの 一 つ だ っ た 「造 反 有 理 」 か ら 「造 反 」 が 日本 語 に な っ た りす る ほ ど の熱 心 ぶ りで あ っ た 。 改 革 開放 の 政 策 が と られ て か ら、 よ う や くあ りの ま ま の 中 国 を確 か め る こ とが で きた の で あ る。 そ して現 在 で は、 大 部 分 の 日本 人 に とっ て は 、 テ レ ビに 流 さ れ た 自転 車 か らマ イ カ ーへ の 映 像 、本 に 書 か れ た庶 民 生 活 の 一 齣 一 齣 、 来 日留 学 生 の 大 半 を 占 め て い る 中 国 人 留 学 生 が 、 中国 を理 解 す る主 な情 報 源 と な っ て い る 。 EUも 出 現 し、 APECも 頻 繁 にそ の 活 動 を展 開 して い る今 日、 東 西 両 側 は い ろ い ろ な面 で接 近 しつ つ あ る 。 しか し、個 々 別 々 の 具 体 事 例 か ら抽 象 化 した 両 陣 営 の 対 峙 が 依 然 と して存 在 し、 異 な っ た環 境 で の イ デ オ ロ ギ ー 教 育 、 違 っ た 思 想 や 観 点 、 そ して こ れ か ら述 べ よ う とす る 価 値 観 を もっ て い る以 上 、 い ざ とい う時 、或 い は根 本 的 、本 質 的 な局 面 を迎 え た 場 合 、社 会 体 制 に 対 す るバ ー セ プ シ ョ ンの 問 題 が ど う して も現 れ て くる の で あ る。 「天 と地 」 を例 に して み れ ば 、 作 者 と等 身 大 の主 人公 が ア メ リカ の 国 籍 を取 得 しア メ リ カ人 と して ベ トナ ム を訪 ね た と き、長 年 の ア メ リ カ生 活 で 「私 た ち は考 え 方 も信 条 も 違 う ん だ(前 出 ベ トナ ム 篇 下 一 一 四 ペ ー ジ)」 と指 摘 さ れ た 「私 と い う外 国 人(同 前 一 六八 ペ ー ジ)」 は 、共 産党 員 の 兄 に 「ベ イ ・リー と私 は母 さ ん の 分 身 だ け ど、 違 う世 界 に住 ん で い る ん だ 。忘 れ ない で ほ しい 。 ベ イ ・リー は資 本 主 義 者 、私 は 共 産 主 義 者 だ(同 前 一 四八 ペ ー ジ)」 と言 わ れ 、 党 幹 部 に 「ア メ リ カ にい るベ トナ ム 人 は 、 我 々の 社 会 主 義 共 和 国 を ど う思 っ てい る の だ ろ うか?あ な た の 知 る 限 りで 良 い か ら、 教 え て 下 さい(同 前 一 七 ニ ペ ー ジ)」 と 聞 か され た り した が 、 も う大 分 ア メ リ カ人 に な っ て い た作 者 は 「今 度 は 反 対 に 、 あ な た が た が ア メ リカ を ど う見 て い るの か 伺 い た い わ 。 ア メ リ カ とベ トナ ム の将 来 の 関 係 も含 め て(同 前 一 七 四 ペ ー ジ)」 と、まる で ホ ワ イ トハ ウス の ス ポ ー ク ス マ ンの よ うな 口 調 で 巻 き返 した り もす る の で あ っ た。 制 度 上 の 違 い か ら、 考 え方 や信 条 が 異 な っ て い る の は ま だ理 解 に苦 しま な い が 、 両 陣 営 の 戦 争 な どが 原 因 で の 感 情 的 な 問 題 と な る と、 社 会 体 制 へ の バ ー セ プ シ ョ ンが よ り複 雑 な もの に な り、 よ り難 しい もの と化 して い く。 あ
る元 グ リー ンベ レー は、 社 会主 義 の ベ トナ ムへ 旅 行 に行 か な い か とい う作 者 の 誘 い に こ う反応 した。「冗 談 じ ゃな い 、あ ん な と こ、行 く もん か! あ そ こ が ア カ ど もに 牛 耳 られ て い る か ぎ りは な!(前 出 ア メ リ カ篇 下 三 五 四 ペ ー ジ)」。 「仕 組 的 フ ァ ク ター 」 を異 に して い るが ゆ え に、 「体 制 的 バ ー セ プ シ ョ ン」 が 複 雑 で 難 しい もの とな っ て い る 。 したが っ て 、 異 文 化 に お け る「社 会 シ ス テ ム座 標 」の 重 要 性 が 浮 か び上 が っ て くる の で あ る 。「天 と地 」の 中 で 作 者 が 兄 の 「ボ ン ・ニ ェ の 頭 の な か で 、 私 が 見 知 らぬ 資 本 主 義 者 か ら末 の 妹 に な るの に は相 当 な 時 間 が 掛 か っ た の だ。 だ か ら、 母 が 私 を大 切 な娘 だ と理 解 す る に は もっ と時 間 が 掛 か る の だ ろ う(前 出 ベ ト ナ ム 篇 下 一 四 一 ∼ 一 四 ニ ペ ー ジ)」 と 自 ら の 経 験 を語 っ た よ う に、 異 文 化 の 内 包 して い る 「社 会 シ ス テ ム座 標 」 に対 す る認 識 が 深 ま る に は 、 もっ と もっ と時 間 が か か る だ ろ う。 次 に 「生 活 座 標 」 で あ るが 、 文 字 通 り生 活 に 関 す る 〈座 標 〉 で あ って 、 衣 食 住 、風 俗 習 慣 、 礼 儀 作 法 は そ の バ ッ クボ ー ン を な して い るが 、 冠 婚 葬 祭 、 祝 日節 句 、 交 通 手 段 、性 の い と なみ 、 容 貌 、 皮 膚 の 色 、 髪 の 毛 の 形 ・ ・とい った 生 活 の 細 部 のす べ て が この 範 疇 に入 る。 挙 例 し よ う とす れ ば 、 紙 幅 が い くらあ って も足 りな さそ う な の で 、 省 くこ と にす るが 、 お も しろ い こ とを 一 つ だ け紹 介 して お くと、 西 洋 人 に東 洋 を異 文 化 と して語 る と き に、 身 体 的 な特 徴 に 力 点 が お か れ る こ とが あ る 。 「福 耳 」 現 象 が そ の 代 表 的 な もの だ。 母 が 、 わ た しの 耳 を触 っ た 。 「お ま え は 運 が い い わ。 わ た し と同 じ福 耳 を して い る 。 この 厚 い 耳 た ぶ は 、 財 産 に恵 まれ る しる し よ。 な か に は貧 し く生 まれ つ く人 もい る の 。 そ うい う人 達 の 耳 は 薄 くて 頭 に ぴ っ た り貼 りつ い た よ う に な っ て 、 幸 運 の 呼 び声 も聞 こ え な い の よ 。 お ま え の耳 は 立 派 だ け ど、 幸 運 の声 を聞 き と る よ う に しな い とね 」 (「ジ ョ イ ・ ラ ッ ク ・ク ラ ブ」 角 川 文 庫 平 成 四 年 三 四 〇 ペ ー ジ) 中 国 系 の エ イ ミ ・タ ンの こ の 神 秘 な ま で の 「福 耳 」 論 を読 ん で 、 ア メ リ カ人 の 読 者 は み な 自分 の 耳 に 触 っ た り した の で は なか ろ うか 。 レ ・リ ・ヘ イ ス リ ップ の 「天 と地 」(ベ トナ ム 篇 上)を 読 ん で い る と、 次 の場 面 に 出 会 う。 母 は 他 の 点 で も きれ い だ っ た。そ の一 つ は「福 耳 」 だ っ た 。 耳 た ぶ が ふ っ く ら と 豊 か で 、 長 寿 と子 だ くさ ん を 表 して い た 。(前 出 十 八 ペ ー ジ) こ う な っ て くる と、 「福 耳 」 に ま つ わ る 作 者 た ち の偶 然 の 一 致 か 、必 然 の 結 果 か につ い て の 詮 索 は も う止 め て し ま うべ きで 、 そ こか ら は 、 の ち に また 触 れ るが 、異 文 化 の なか にお け る相 似 性 が 見 い だ さ れ る の で あ る。 「社 会 シ ス テ ム 座 標 」 「生 活 座 標 」 と密 接 な 関 係 に あ る の は、 「価 値 座 標 」 で あ る 。 価 値 とい う もの は 、 時 間 、 空 間、 人 に よ っ て 違 っ て くる よ う に、 文 化 に よっ て は 当然 と言 っ て い い ほ ど にそ の 〈座 標 〉 が 異 な っ て い くもの で あ る。 だ が 社 会 体 制 が 空 か ら も地 の 中 か ら も 生 ま れ て こな い の と同 様 で 、 「価 値 座 標 」 も確 実 に 、 「伝 統 意 識 」 と 「宗 教 観 念 」 と に 支 え ら れ て 、 そ の働 き を は た して い くの で あ る 。 「伝 統 意 識 」 とは字 面 どお り、 自 らの 伝 統 に培 わ れ て き た意 識 で あ り、 そ れ は意 識 的 に注 入 され た 場 合(教 育)も あ れ ば、 無 意 識 に そ の 生 活 環 境 や 接 触 す る 人 々 か らの 影 響 を受 け て 育 っ た ケ ー ス もあ る。 わ れ わ れ は往 々 に して 、 形 成 さ れ た 伝 統 意 識 を 〈座 標 〉 に、 人 、物 、事 の 価 値 を判 断 し、 そ の伝 統 意 識 に もとづ い た思 想 や 理 念 に 従 って 、 そ れ ぞ れ の 行 動 様 式 を決 め 、・そ して 実 行 に移 して い く。 ア メ リカ で生 まれ た ウ ェ ヴ ァ リー ・ジ ョン は 中 国 人 の 母 親 の 言 葉 、「賢 い 人 は 、風 に さか ら っ た り しない もの よ。中 国語 で は こ う言 う の。南 か ら くる 風 に 吹 か れ ろ一 一 ビュ ー ン!一一 北 が つ い て 来 る っ て ね 。 い ちば ん強 い風 は 目に 見 え な い の よ(「ジ ョイ ・ラ ッ ク ・ク ラ ブ」一 〇 五 ペ ー ジ)」 に 啓 発 され 、公 園 で や さ しい 笑 顔 を見 せ た 中 国 系 の 老 人 に チ ェス の ゲ ー ム を教 え て も ら い 、 地 元 の チ ェ ス大 会 に 参 加 して トロ フ ィー を 勝 ち取 る 。 九 歳 の 誕 生 日 に は 全 米 の チ ェ ス ・ チ ャ ン ピオ ン に な っ て希 望 の 星 とか 神 童 、 天 才 少 女 と もて はや さ れ た。 両 親 は 「私 」 に チ ェ ス の 練 習 を させ る た め に幾 つ も譲 歩 して くれ た 。 で も一 つ だ け 避 け られ な い 義 務 が あ っ た。 チ ェ ス の 試 合 が な い 日曜 は 、 母 につ い て市 場 に行 か な くて は な らな か っ た 。 母 は 鼻 高 々 に
18 揚 私 を連 れ 歩 き、 ほ と ん ど何 も買 わ な い くせ に 次 々 に店 に立 ち 寄 っ た 。 「これ が 娘 の ウ ェ ヴ ァ リー ・ジ ョ ン よ」 母 は 、 誰 か れ と な く言 っ て 歩 い た 。 あ る 日、店 か ら 出 て きた と き、母 に小 声 で言 っ た 。 「あ ん な こ と しな い で ほ しい わ 、 こ れ が 娘 だ っ て み ん な に言 っ て歩 か ない で よ」 母 は 足 を止 め た。 重 い バ ッ ク を持 っ た人 々 が私 達 の 肩 に次 々 とぶ つ か りな が ら歩 道 を歩 い て い く。 「ア イ ヤ ー 。 母 親 と一 緒 に い る の が 恥 ず か しい だ っ て?」 母 は私 の 手 を ぎ ゅ っ と掴 ん で 睨 み つ け た 。 私 は うつ む い た 。 「そ う じ や な い の よ、 た だ 見 え 透 い て る だ け。 と って も恥 ず か しい だ け な の 」 「わ た しの 娘 だ っ て こ とが 恥 ず か しい?」 母 の 声 が 怒 りで 甲高 くな った 。 「そ う じや な い っ て ば 。 そ うい う意 味 じゃ な い の よ」 「じゃ、 ど うい う意 味 な の?」 これ 以 上 何 か 言 っ た ら大 変 だ と わ か っ て い た の に、 自分 の 声 が 聞 こ え て き た 。 「なぜ 娘 を 種 に して 見 栄 を張 らな く ち ゃい け な い の?見 栄 を張 りた け れ ば 自分 で チ ェス を覚 え れ ば い い じゃ な い 」 母 の 目 は危 険 な黒 い二 つ の 裂 け め に な っ た 。 言 葉 を失 っ て 黙 り こ くって い る。 (前出 一 一 九 ∼一 二 〇 ペ ー ジ) これ を きっ か け に 、 親 子 の 問で 深 刻 な まで の 「冷 戦 」が 長 く続 い た。 そ れ で は 、 この 「戦 争 」 の 導 火 線 は い っ た い何 処 にあ っ た の だ ろ う。 実 は この 冷 た い 「戦争 」 の 導 火 線 は 親子 の そ れ ぞ れ の伝 統 意 識 に あ っ たの だ。 そ の 国 を治 め ん と欲 した者 は 、 先 ず そ の 家 を斉 え た 。 家 が 斉 っ て 、そ の 後 に国 が治 ま り、国 が 治 ま つ て 、 そ の 後 に天 下 が 平 らか に な る。 国 を治 め る に は家 を斉 え ね ば な らぬ 、 と言 っ たが 、 家 族 を教 化 しえ ない の に 人民 を教 化 し う る者 は 、 無 い の で あ っ て 、君 子 は 、 まだ 家 か ら 出 な い の に既 に国 じゅ う を教 化 して い る の で あ る。(優 秀 な 為 政 者 は 、 ま だ そ の 地 位 に就 かず 、 家 を治 め て い る だ け の時 期 にお い て、 既 に 一 国 を統 御 しう る 能力 を 身 に 備 え て い る。) 暁 文 一 家 が 仁 な ら ば一 国 が仁 に興 る。 一 家 が 譲 な らば 一 国 が 譲 に興 る 。 詩 に は こ う あ る、 「桃 の 夫 夫 た る、 そ の 葉 葵 藁 た り、この 子 こ こ に 帰 ぐ、そ の 家 人 に 宜 し」 と。(国 を治 め よ う とす る者 も また 、)お の れ の 家 の 人 び と と じ ゅ うぶ ん に和 合 し え て こ そ 、 国 の 人 び と を教 え う る。一 詩 に また こ うあ る 、 「兄 に宜 し く、 弟 に宜 し」 と。 兄 弟 と の 仲 が 良 くて こ そ 国 の 人 び と を治 め う る。 一 詩 に ま た こ うあ る 、 「そ の儀 式 らず 、こ の 四 国 を 正 す 」 と。 わ が 身 の 言 行 が 家 族 親 族 の 手 本 と な る に足 りて こそ 、 人 民 の手 本 と もな りう る 。一 こ う した こ とが 、つ ま り、 国 を治 め る には 、 まず 家 を斉 えね ば な らぬ と い う こ と の 意 味 で あ る。 (「中 国 古 典 文 学 大系 」 第 三 巻 平 凡 社 昭 和 四 十 五 年 五 一 二 四 五 一 四 ペ ー ジ) と儒 教 の 経 典 の うち 最 も重 要 な五 経 の 一 つ で あ る 「札 記 」 に か くの如 く記 さ れ て い る 。 家 を最 も基 本 的 で 、 最 も現 実 的 で 、 そ して 最 も決 定 的 な パ ワー を もつ 小 宇 宙 とみ な し、 そ こ を実 験 の 場 に対 人 関 係 や 処 世術 を身 につ け 、 そ こ を根 拠 地 に 外 の 世 界 へ 巣 立 っ てい く。 つ ま りまず 家 を う ま く統 率 す る力 量 が あ っ て初 め て 、 国 の 舵 取 りをつ とめ る こ とが で き、 そ して 天 下 を リー ド して い け る。 こ の 「家 」 を原 点 とす る発 想 か ら す れ ば、 外(他)に 対 して 、家 は 内(自)と な り、 両 者 の 問 に は っ き りと した境 界 線 が 引 か れ る こ と に な る 。 「礼 記 」 以 来 の 二 千 年 の 長 き に わ た って 、 家 を 中 心 とす る伝 統 が 中 国 で徐 々 に 形 作 られ 、 中 国 人 の 細 胞 の 隅 々 に まで 浸 透 して い っ た。 ゆ え に 、 「家 醜 不 可 外 揚(家 の ぼ ろ は 外 部 に出 さぬ)」 は み な の 黙 契 と な り、 「家 法 」 や 「家 規(家 の 掟)」 を 固 く守 り、「家風 」「家 学 」 「家 教(家 庭 教 育)」 な どを 大事 に し、「家 譜(家 系 図)」 を作 っ た り、 「家 業(家 の 財 産)」 を 築 い た りす る。も ち ろ ん 、「家 政(家 庭 の 事 務 管 理)」 は 「家 有 千 戸 主 事 一 人(家 に千 人 の 人 が い て も一 人 が 責 任 を も って こ と を運 ぶ)」 の 「家 長 」 に委 ね ら れ る 。疎 遠 な外(他)に 対 して 、 家 族 の 構 成 員 は 「親 人(肉 親)」 と して 互 い に 喜 怒 哀 楽 、 栄 枯 盛 衰 を共 有 し、 一 致 団 結 を 要 求 され る(要 求 す る)。 だ か ら、 正 真 正 銘 の 中 国 人 で あ る ウ ェ ヴ ァ リー ・ジ ョ ンの 母 親 は 、 ア メ リカ
に行 っ て も、 中 国 の 伝 統 的 な意 識 か ら、 娘 の 全 米 チ ャ ン ピ オ ンを 自分 の 手 柄 の よ う に思 い 、 娘 を誇 ら しげ に人 に紹 介 す る こ と に よ っ て 、 そ の 栄 光 を 家 族 と して最 大 限 に味 わ お う とす る の で あ っ た 。 しか し、 ア メ リカ 育 ちの ウ ェ ヴ ァ リ ー ・ジ ョ ンの 意 識 は 母 親 の そ れ とは ま っ た く違 っ て い た。 世 界 各 国 か ら の 移民 で 人 種 の坩 堝 と な っ て い る ア メ リ カは 歴 史 が 短 く、 蓄 積 され て き た伝 統 の 遺 産 が 少 な い た め 、 中 国 の よ う に家 を 中心 に す る よ り も、 自 由 や民 主 の 思 想 を声 高 らか に唱 え る こ と に よ っ て個 人 の 権 利 が 尊 重 され る。 す な わ ち 、 「集 団 」 よ り も 「個 」 の ほ う が 強 調 さ れ て い るの で あ る 。 ま さ に レ ・リ ・ヘ イス リ ッ プ が 言 う よ う に 、 「ど う や ら ア メ リカ で は 、 自 分 の 社 会 的 な役 割 よ りも、 ひ と りの 人 間 と して の 自分 の ほ う に重 きが お か れ る ら しい 」(「天 と地 」 ア メ リ カ篇 上 三 十 一 ペ ー ジ)。 した が っ て 、 い く ら社 会 を構 成 す る 最 小 単 位 の家 庭 の 一 員 で あ っ て も、 自分 の 名 誉 はあ く まで も 自分 の努 力 の 賜 物 で 、 家 族 とは あ ま り関係 が な い よ うに 思 わ れ て い る よ うだ 。 短 い 伝 統 の 中 で こそ 可 能 と な っ た この よ うな 意 識 を、 ア メ リカ 生 ま れ の ア メ リカ 育 ち を誇 りなが ら 自然 に 身 に つ け て きた ウ ェ ヴ ァ リ ー ・ジ ョンの 口 か ら、 あ る意 味 で 他 人 の 範 疇 に 入 っ て し ま う母 親 に対 して 、 「なぜ 娘 を種 に して見 栄 を張 ら な くち ゃい け な い の? 見 栄 を 張 りた け れ ば 自分 で チ ェ ス を覚 え れ ば い い じ ゃ な い 」、 と言 い 張 るの が 理 解 で きな い こ と も な い 。 む しろ 、 「他 人 」 の 母 親 を前 に して 自分 の 「既 得 権 」 を主 張 す る の が 当 然 の な りゆ き だ と言 っ て もい い か も知 れ な い 。 こ こ で は 、 中 国 文 化 とア メ リ カ文 化 や そ の 他 の 文 化 の 優 劣 、 善 し悪 しを論 ず る つ も りは毛 頭 な い。 そ して 、 異 文 化 はお 互 い に な い が しろ に した りす べ きで は 絶 対 な く、相 互 に 理 解 しあ い 、 尊 重 しあ わ な け れ ば な らな い の で あ る。 互 い の 価 値 観 を認 め て 初 め て 異 文 化 が存 在 し得 るの だ 。 で な い と、 ウ ェ ヴ ァ リ ー ・ジ ョ ン とそ の 母 親 の 「冷 戦 」 が 示 した よ う に、『異 文 化 ど う しが 衝 突 して し ま う。 ゆ え に 、 この 例 を通 して わ れ わ れ は 「価 値 座 標 」 に お け る 「伝 統 意 識 」 の根 強 さ を確 か め る の で あ る 。 そ の 伝 統 が 長 い もの で あ れ 、 短 い も の で あ れ 、 そ の 中 か ら芽 生 え 、 育 ち、 実 った 意 識 が 同 じ生 命 力 を もつ 。 「伝 統 意 識 」 の 他 に、 価 値 の 〈座 標 〉 を左 右 す る 有 力 な 「候 補 」が も う一 つ あ る。そ れ は 「宗 教 観 念 」 で あ る 。 世 界 各 地 で 宗 教 紛 争 が 絶 え な い こ と か ら もわ か る よ う に、 一 歩 間 違 え れ ば 「価 値 座 標 」 に お け る 「宗 教 観 念 」 の 相 互 不 理 解 が 異 文 化 の 命取 り とな って しま う危 険 性 が 生 じて くる 。 キ ・うの 住 民 は 、 他 の ベ トナ ム 人 と 同 じ よ う に カ トリ ック か仏 教 徒 だ っ た。 ジェ ム大 統 領 とマ ダム ・ニ ュ ー は フ ラ ンス を 崇拝 し、 常 に ア メ リ カの 意 見 に左 右 さ れ て い た 。 そ して ア メ リ カは キ リス ト故 国 だか ら、 仏 教 国 の 防衛 は して くれ な い の で は ない か と恐 れ 、 た とえ ベ トナ ム が キ リス ト故 国 に は な らな くて も、 そ れ をで き る か ぎ り取 り入 れ よ う と して い た の だ 。 ジ ェ ム の兄 、 ト ゥ ック はサ イ ゴ ン の大 司 教 で 、 ま た、 ク ア ン ・ナ ムの よ う な と こ ろ で も、 上 層 部 の役 人 は 大 抵 が カ トリ ッ ク信 者 だ っ た の で あ る。 だ が 、 ベ トナ ム全 土 で は仏 教 徒 が 圧 倒 的 に多 く、 また 仏 教 はベ トナ ム の 伝 統 に も密 着 して い た 。 に もか か わ らず 、 仏 教 徒 に対 す る 差 別 を始 め た た め 、 農 民 は 茫 然 と し、 政 府 の す る こ とを す べ て 疑 う よ う にな った の だ 。 そ う な る と政 府 側 も農 民 に不 信 を抱 き、小 さな 政 治 論 争 が 本 格 的 な宗 教 論 争へ 、 果 て は戦 争 へ と 膨 れ上 が った 。 (「天 と地 」 ベ トナ ム 篇 上 二 七 八 ペ ー ジ) こ の例 か ら 「宗 教 観 念 」 に 関 す る二 つ の 点 が 明 らか に され て い る。 ひ とつ は差 別 の 問 題 で あ る 。 日本 人 の よ う に 神 道 を信 じな が ら も、 キ リス ト教 ふ うの 結 婚 式 をあ げ た り、 仏 教 の し きた り に従 っ て 悟 りの彼 岸 へ 旅 立 っ た りす る の は あ く まで も特 別 な現 象 で あ っ て 、無 神 論 者 は さ て お き、大 抵 の 場 合 、 一 つ の民 族 に お い て、 あ る特 定 の 宗教 が 信 仰 さ れ 、 人 々 は そ の 宗 教 の影 響 下 で生 まれ 、 成 人 し て い くの で 、 そ の 宗 教 が 人 々 の思 想 的 、 観 念 的 な基 礎 とな り、 そ して彼 らの文 化 の重 要 な一 部 分 と して位 置 づ け ら れ る。 が 、彼 らに と っ て 自 分 の 文 化 の一 部分 と して 当 た り前 の存 在 で あ る そ の 宗 教 は 、 違 う民 族 に は ま っ た く異 質 の 文 化
20 楊 暁 文 と見 え て しま うか も知 れ な い し、 反 対 に 、 異 民 族 の 宗 教 もこ ち ら側 に は完 全 な異 文 化 と しか 映 らな い で あ ろ う。 「伝 統 意 識 」 の よ う に お 互 い に理 解 しあ え ば 、 い ち ば ん 理 想 的 で 世 の 中 も平 らか で な に よ りだ が 、 現 実 は厳 し く、 宗 教 に代 表 され る そ の 異 文 化 に違 和 感 を感 じ、 さ ら に反 感 を覚 え る と、 つ い に さ ま ざ まな 形 で 差 別 が 始 ま る。 そ して 差 別 か ら宗 教 論 争 が 起 こ る。 た だ 論 争 の レベ ル で解 決 の 道 が 見 い だ され れ ば 、 そ れで も まだ 平 和 が 保 た れ る が 、 残 念 なが ら論 争 の範 囲 を越 え て 戦 争 の 泥 沼 に 突 入 して し ま う事 実 が歴 史 上 、 数 多 くあ っ た 。 げ ん に レ ・リ ・ヘ イ ス リ ッ プが 挙 げ たベ トナ ム の 例 や 、 サ ラ エ ボ の 銃 声 が そ の 教 訓 で あ り、 パ レス チ ナ 解放 機 構 と イス ラエ ル の 間 で の 血 に染 ま っ た摩 擦 が 今 日 の 国 際 社 会 に お け る課 題 の 一 つ と して 世 界 中の 注 目 を集 め て い る 。これ らに よっ て 、「宗 教 観 念 」 の く座 標 〉 の あ りか た が い か に重 大 で あ り、 い か に難 しい も ので あ るか が 、 あ らた め て 思 い知 らさ れ る の で あ る 。 も う一 つ は 宗 教 と政 治 の関 係 で あ る。 表 面 上 、 形 式 的 に 、 宗 教 の 独 立 性 、 つ ま り信 教 の 自 由 が よ く唱 え られ て い る が 、 そ れ は 宗 教 と政 治 が撞 着 しな い か ぎ りの こ とで あ っ て 、 い っ た ん 政 治 的部 署 か ら、 そ の 宗 教 が 逸 脱 して い く と、 政 治 と宗 教 の 間 に 軋 轢 が 生 じて二 種 類 の可 能性 が 生 み 出 され る。 まず 政 治 が い ろ い ろ な手 段 を講 じ て 宗 教 に プ レ ッ シ ャ ー を か け る場 合 で あ る 。 た と え ば、 べ'トナ ム の場 合 、 国 民 投 票 が 身 分 証 明 書 の 発 行 に利 用 さ れ 、 人 々 に は 国民 の 証 と して 、 カ ト リ ッ ク の 象 徴 で あ る 十 字 架 の 印 が つ い た カ ー ドが 渡 され た 。 しか し、 国民 の 大 多 数 が 仏 教 徒 で 、彼 ら は キ リス ト教 の 象 徴 な ど を持 っ て い た く な か っ た の で 、 そ れ を す ぐに 捨 て て し ま っ た 。 そ の た め 、 警 察 に捕 まる と困 る こ とに な っ た一 証 明 書 を持 た な い 人 が 、警 察 や 兵 隊 の脅 迫 や 嫌 が らせ を受 け た の だ 。思 想 を矯 正 して や ろ う と思 う グ ル ー プ(多 くは カ トリ ック で 、 中 には ベ トコ ン を根 絶 し よ う とす る政 府 の 人 も い た)も あ っ て 、証 明 書 を持 っ て い な い 人 を 見 つ け る と、そ の 家 に押 し掛 け て 、祭 壇 を ひ つ く りか え した 。 家 の 者 はぶ っ た り蹴 った りさ れ た あ げ く、 抵 抗 す る者 は殺 され た 。 米 の 袋 に入 れ られ 、 近所 の 川 に投 げ 込 まれ た信 心 深 い 仏 教 徒 もい た の で あ る。 (前 出 二 七 九 ∼ 二 八 ○ ペ ー ジ) 政 治 家 が 中心 と な っ て い る 政 府 が 意 図 的 に宗 教 弾 圧 を はか っ た の で 、 普 通 の 人 々 に は、 「ど こ ま で が 宗 教 戦 争 で 、 ど こか らが 政 治戦 争 か の 明 確 な線 引 き は で きな か っ た(同 上 二八 ○ペ ー ジ)」 の も、 充 分 に う なず け る 。 反 対 の 場 合 、 す な わ ち宗 教 が 政 治 に打 ち勝 ち、 政 治 を完 全 に コ ン トロー ル して し ま う場 合 もあ る 。 た と え ば 、 一 九 七 九 年 一 月 の 中 旬 、 シー ア 派 の 教 会 に よ っ て 国 王 の パ フ レ ビー が 外 国 へ の 亡 命 を余 儀 な くされ 、 イ ラ ン王 朝 もつ い に ピ リ オ ドを打 た れ る こ と と な っ た イ ス ラ ム革 命 の こ と は、 ま だ 人 々 の 記 憶 に新 しい で あ ろ う。 差 別 の 問 題 か らで あ れ 、 政 治 との 軋 轢 か ら で あ れ 、 戦 争 は 非 常 時 で あ る 。 そ の と き冷 静 さ を 失 っ て し まっ て い る人 々 の 価 値 の 〈座 標 〉 に狂 い が 生 じる の は、 止 む を得 ない こ と と し て も、 平 静 な と きは ど う だ ろ う。 レ ・リ ・ヘ イ ス リ ッ プ が 祖 国 ベ トナ ム か ら 遥 々 と主 人 の エ ドの 国 ア メ リカ に辿 り着 き、 主 人 の仕 事 捜 しにユ タへ 赴 き、 そ して イエ ロ ー ス トー ン とい う名 前 が つ い た イ ンデ ィ ア ン居 留 区 の 国 立 公 園 を見 に行 っ た。 ぐつ ぐつ 水 が 煮 え た ぎっ て い る池 の縁 に来 てい る と、 彼 女 は 悲 鳴 を あ げ て 後 に飛 び の い た。 幼 い と き に仏 教 の 僧 侶 か ら も ら っ た 本 にあ っ た 、 そ れ に似 た煮 え た ぎ る 地 獄 の 絵 が しき りに思 い 出 され た か らだ 。 混 乱 し、 震 え な が ら走 っ て車 の ほ う に 引 き返 した 彼 女 は外 を歩 くの を遠 慮 させ て も ら う こ と に し た 。 自然 の神 秘 を楽 しむ 主 人 と息 子 の姿 が 霧 に 煙 る 中 を 消 え て い くの を窓 越 しに見 て い る と、 森 の は ず れ か ら一 頭 の 雄 鹿 が 現 わ れ 、 角 を上 下 させ なが ら湖 の ほ う に近 づ い て い っ た 。 地 獄 の 入 り口 を前 に して 、 雄 鹿 は 堂 々 と落 ち 着 きは ら っ て い た 。 そ の と きわ た しは 、 や は り 聞 い て い た とお り、 ア メ リカ とい うの は魔 法 の 国 な の だ と確 信 した一 子 供 の 頃 か ら聞 か され て きた 不 思 議 な話 とい うの は、 本 当 だ っ た の だ 。仏 教 徒 に とっ て 、 鹿 は善 と無 垢 と平 和 の シ ンボ ル な の だ 。西 洋 の ユ ニ コ ー ンの 角 につ い て も同 じこ とが い わ れ て い る ら しいが 、 鹿 の角 を切 り取 っ て 、 そ れ を細 か く砕 い て煎
じて 飲 む と、 病 気 が 治 り、長 生 きが で きる の だ 。 さ ら に は 、 霧 に煙 る大 き な湖 につ い て は、 ベ トナ ム に は こ ん な い い 伝 え が あ る。 お釈 迦 さ まが そ の湖 に 渡 され た橋 を渡 って い る と、 そ こ に竜 が 現 わ れ た 。 だ が 、 お 釈 迦 さ ま は 少 し も慌 てず 騒 が ず 、 手 を の ば して 竜 が 吐 き だ して い る炎 を慈 悲 の 心 で 消 して しま っ た とい う もの だ。 今 、 この 世 の 地獄 の ど真 ん 中 で 、 わ た し は 自分 の この 目 で 、 無 垢 の シ ンボ ル で あ る鹿 が 現 わ れ 、 悪 魔 の湖 で 渇 き を癒 して い るの を見 た 。 これ は偶 然 で はあ り得 な い一 一 お そ ら くは 、 わ た しに た い す る な ん らか の お 告 げ な の だ 。 池 が 煮 え た ぎ り、 空 か ら氷 が ふ る国 で 、 わ た しの 息 子 は 竜 の 湖 の ま わ りを 歩 き、 お 釈 迦 さ まの 使 い で あ る鹿 の 口づ け を う け た の だ 。 善 と悪 が ひ とつ の 場 所 に 同 時 に 存 在 し、 鹿 の 頭 に花 の蕾 の よ う に顔 を だ した 魔 法 の 角 が 花 開 い て 、 そ こ に平 和 と い う花 が 咲 き乱 れ る 。 だ か らこ そ 、 ア メ リカ 人 た ち は こ の 場 所 を聖 地 と して崇 め る。(「天 と地 」 ア メ リ カ篇 上 七 十 三 一七 十 四 ペ ー ジ) イエ ロ ー ス トー ンは ア メ リカ人 に とっ て は 風 光 明 媚 な 国 立 公 園 に過 ぎ ない が 、 ベ トナ ム か ら 来 た レ ・リ ・ヘ イ ス リ ッ プの 目 に は 、温 泉 は「池 が 煮 え た ぎ」 っ て い る よ う に見 え、 雪 は 「空 か ら氷 が ふ 」 っ て きた よ う な もの とな り、 の どが 乾 い た鹿 が 必 然 的 に水 を飲 み に湖 へ 近づ い て い くの も 「これ は偶 然 で はあ り得 な い」 と断 定 し、 は て は そ こ を ア メ リ カ人 の 聖 地 と決 め こ んで し ま う。 彼 女 の こ う した 考 え の源 をな して い る の は 、 そ の 宗 教 観 念 で あ り、 つ ま り先 の 引 用 の 中 で 何 回 も言 及 され て い る、 彼 女 が子 供 の 頃 か ら 蓄 積 して きた仏 教 の 思 想 で あ り、 お 釈 迦 さ ま の 教 え で あ る。 人 は往 々 に して 、 自分 の宗 教 観念 を 〈座 標 〉 に 、異 文 化 の 理 解 で きぬ 現 象 を解 釈 し、 価 値 判 断 を し て し ま い が ち で あ る 。 ベ トナ ム 育 ち の レ ・リ ・ヘ イ ス リ ップが つ い に仏 教 の 〈座 標 〉 か ら、 多 くが キ リ ス ト教 を信 ず るア メ リ カ人 の 国立 公 園 イ エ ロー ス トー ン をそ の 聖 地 に して し ま っ た の は 、 典 型 的 な例 だ とい え よ う。 宗 教 観 念 の 違 い か ら戦 争 を起 こす よ りは 、 この ほ う が ず っ と安 全 で 平 和 で は あ る が 、 異 文 化 の なか で 、 そ の 価 値 座 標 の ひ とつ と して 、 宗 教 観 念 が 伝 統 意 識 と同 じ よ う に重 要 な役 割 をは た して い る こ とは 、 充 分 に認 識 され るべ きで あ る。 以 上 、 異 文 化 の 内 包 して い る座 標 、 具 体 的 に い え ば 、 社 会 シ ス テ ム座 標 、 生 活 座 標 、価 値 座 標 につ い て そ れ ぞ れ に分 け て述 べ て き た が 、 こ れ は あ くま で も論 述 の 便 宜 上 そ う した の で あ っ て 、 この 三 者 は 緊密 に絡 み 合 い 、 互 い に制 約 を 受 け なが ら も力 をあ わせ て異 文 化 の 座 標 を築 き 上 げ て い る の で あ る 。 社 会 シ ス テ ム 座 標 が 異 文 化 の 制 度 的 属 性 を決 め る うえ で大 き な力 を もち 、 生 活 座 標 の ス タイ ル や パ タ ー ン を生 み 出 し、価 値 座 標 に は か り知 れ ない ほ どの 影 響 を与 え て い る 。 生 活 座 標 は社 会 シス テ ム の具 体 的 な現 わ れ で あ る と 同時 に 、 そ の 基 礎 的 な土 台 を も培 っ て お り、 そ して価 値 座 標 が 成 長 す る に必 要 な土 壌 を用 意 して お く下準 備 をす る は た ら き を も担 っ て い る。 価 値 座 標 は 生 活 座 標 の滋 養 を受 け て生 まれ 育 ち、 形 作 られ て い き、 そ の 母胎 と な る生 活 座 標 に依 拠 しな が ら も そ こ か らの離 脱 や 転 換 を試 み た り もす る が 、 社 会 シ ス テ ム座 標 に 関 し て は 、 強 い 内 的 つ な が りを形 成 して い る。 自 ら の 社 会 シ ス テ ム座 標 を肯 定 的 に 固持 しが ち で 、 一 方、 ほか の社 会 シス テ ム座 標 に接 触 した と き に、 他 の 生 活 座 標 に ぶ つ か る と き の よ う に ス ム ー ズ に接 点 を見 い だす こ と もあ るが 、 マ イ ナ ス の ほ う に展 開 して い く と、 予 想 で き ない 事 態 を きた す 場 合 もあ る 。 rエ ドが あ の さ もお か しい と い っ た様 子 で 笑 った の で 、 わ た しは ま た もや 自分 の 知 ら ない ア メ リ カ の 未 知 の 部 分 に触 れ た こ と を悟 っ た (「天 と地 」 ア メ リ カ 篇 上 六 十 九 ペ ー ジ)」、 と 初 め て ア メ リカ に足 を踏 み 入 れ たベ トナ ム 人 の レ ・リ ・ヘ イ ス リ ッ プが 悟 っ た よ うに 、 〈未 知 〉 が 異 文 化 の魅 力 的 な と こ ろで あ り、 そ の なか に 異 文 化 の 具 体 的 な 内 容 が 包 み 込 ま れ て い る。 〈未 知 〉 に遭 遇 して 初 め て、 わ れ わ れ は 異 文 化 の 存 在 を実 感 す る こ と に な る。 そ して 詳 し く見 て み る と、 〈未 知 〉 に は 「相 似 的 未 知 」 と 「差 異 的 未 知 」 とが あ る こ とが わ か る。 しば ら く沈 黙 が続 き、 わ た しは は っ と思 い つ い た 。 そ うだ 、 ヴ ェ トナ ム も韓 国 とお な じ漢 字 文 化 の 国 だ 。 わ た しは喜 び勇 ん で 貝殻 を拾 い 、 砂 の上 に 文 字 を書 い た。
22 楊 暁 文 知 漢 字 ハ イ の顔 が ぱ っ と輝 い た 。 彼 女 は 〈知 〉 を指 差 す と 、 自信 に満 ち て に っ こ り と う なず い た の だ。 二 人 は砂 に 漢 字 を書 い て は消 す とい う 、 きわ め て原 始 的 な方 法 で 意 志 を伝 え あ っ た 。 わ た しが 貝殻 で 漢 字 を書 く と、ハ イは ほ っ そ りし た 人差 し指 で砂 地 を なぞ る。 ま るで 無 言 劇 だ 。 漢字 で 伝 わ らな けれ ば 、絵 も描 く。 と きお り、 わ っ と歓 声 を上 げて 笑 うハ イ。 ま る で 隣 家 の 塀 に落 書 きす る 子 供 の よ う に、 わ た した ち は 胸 を ど きど き させ な が ら この 奇 妙 な 会 話 を楽 しん だ 。(「ホ ワ イ ト ・バ ッ ジ」 光 文 社 一 九 九 三 年 一 〇 八 ペ ー ジ) 韓 国 兵 士 の 「わ た し」 とベ トナ ム の 女 性 ハ イが 偶 然 に 知 り合 い と な り、 交 際 を 始 め る。 が 、 韓 国 で は韓 国語 が 公 用 語 と して 普 及 して お り、 ベ トナ ム 人 は ベ トナ ム 語 で コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン を行 っ て い る。 の ち ほ ど ま た触 れ るが 、 言 語 とい う壁 にぶ つ か っ た 二 人 に とっ て は 、ベ トナ ム と韓 国 は互 い に 〈未 知 〉で あ っ た 。 そ の 〈未 知 〉 の 入 り口 を な ん とか して突 破 して 異 文 化 の 世 界 に入 り込 も う と して 、 ふ と漢 字 の こ と を思 い 出 した 「わ た し」 は 、砂 に そ れ を書 い て み た ら 、意 外 にハ イ との 「奇 妙 な会 話 」 が で き た の で あ る 。 そ の 時 か ら、 〈未 知 〉 が だ ん だ ん既 知 とな っ て くる よ う に な っ た。言 い 換 え れ ば 、「わ た し」とハ イ は 〈未 知 〉 の な か に相 似 した 部 分 もあ る こ と を発 見 した の で あ る。 思 う に、 異 文 化 は も と も と人 間 に よ っ て創 り出 され た も の で あ る 。 どの 国 の 人 で あ ろ う と、 どの 民 族 に 属 し よ う と、 皮 膚 の 色 が 違 お う と、 同 じ人 間 で あ る以 上 、 形 而 上 に も形 而 下 に も共 通 項 を も って い る の で 、 そ れ が 「相 似 的 未 知 」 の存 在 と出 現 を可 能 に した の で あ る 。 そ して 、 地 理 的 に近 い場 合 、 文 化 的 にな ん らか の接 点 を共 有 して い る場 合 、 そ れ が 異 文 化 へ の接 触 を容 易 な もの にす る こ とが あ る。 この 「相 似 的 未 知 」 を通 して 、 人 々 は異 な る 文 化 に親 近 感 を覚 え 、 そ こか ら生 じた安 心 感 に よ っ て 、 異 文 化 に ア タ ッ ク す る意 欲 も強 ま っ て い く。 げ ん に 「わ た し」 とハ イ は 「相 似 的未 知 」 を具 現 した 漢 字 を通 して 交 流 を深 め て い くの で あ っ た 。 しか し、 盾 に両 面 が あ る よ うに 、 物 事 に は 表 と裏 、 正 と負 が あ る。 ま た漢 字 を例 にす る と、 中 国 人 と 日本 人 は共 に漢 字 を用 い て い て 、 地 理 的 に も一 衣 帯 水 の 関係 に あ り、 顔 な ど も よ く似 て い る の で 、 互 い に 知 っ て い るつ も り で い るが 、実 際 、 似 て い る か ら誤 解 が 生 じや す く、 相 似 して い るか ら こそ相 互 に異 文 化 に 対 す る認 識 不 足 が 起 こ りや す い 、 とい う こ と もあ る。 〈未 知 〉 の なか に親 近感 と安 心 感 を もた ら す と 同時 に誤 解 や 認 識 不足 を も生 み 出 しか ね ない 「相 似 的 未 知 」 もあ るが 、 そ れ を遥 か に 越 え る規 模 で(と き に は そ の延 長 線 上 に)、 「差 異 的 未 知 」 が 陣 取 って い る。 差 異 、 つ ま り違 い な どが あ っ て もそ れ を知 らな い か ら 、 〈未 知 〉 な の で あ っ て 、 そ の な か に は相 似 した部 分 が あ っ た りす る か も知 れ な い が 、 異 な る 、 知 ら な い部 分 の ほ うが 圧 倒 的 で あ る 。 こ れ が 「差 異 的 未 知 」 の 意 味 す る と ころ で あ る 。 「差 異 的 未 知 」 を前 に して 、好 奇 心 が まず 涌 い て くる。 これ は必 然 的 な 反応 で あ り、 当 た り前 と い っ て い い ほ どの異 文 化 に接 触 す る と きの 特 徴 的 現 象 で あ る 。 だ が 、 好 奇 心 は異 文 化 へ の 接 近 の ス タ ンス を整 え て は い る が 、 あ く まで も表 面 的 な タ ッ チ に過 ぎな い 。 言 い換 え れ ば 、 好 奇 心 は 異 文 化 へ の接 触 に必 要 欠 くべ か ら ざ る もの で は あ る が 、 あ く ま で も基 礎 的 な レ ベ ル の も の で あ っ て 、 そ こ を ス ター トラ イ ンに して 、 高 次 元 へ 飛 翔 し ない か ぎ り、 異 文 化 の核 に 近 づ く こ とは 永 遠 に な い で あ ろ う。 異 文 化 の 核 に近 づ くに は、 表 面 的 、 一 時 的 に な りや す い好 奇 心 で は な く、奥 深 い 、 本 質 的 な探 究 心 が 必 須 の 条 件 で あ る 。 そ して こ の 探 究 心 を通 して こそ 、 異 文 化(理 解)に お け る 究 極 的 な使 命 で あ る 「反 射 作 用 」 と 「同 異 効 果 」 が 実 現 され る の で あ る 。 「反 射 作 用 」 の 反 射 は 「条 件 反 射 」 の 反 射 で は な く、 自 らの 文 化 を 〈座 標 〉 に 、他 者 文 化 とい う鏡 に 〈接 触 〉し、そ の 反 射 光 線 に よ っ て 得 ら れ る もの を さ す 。 掘 り下 げ て み れ ば、 「反 射 作 用 」 に は 「一 方 通 行 的反 射 」 と 「双