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体制転換と民営化のハンガリーの道(仙田左千夫教授退官記念論文集)

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体制転換と民営化のハンガリーの道

戯  脇  延  行

1 はじめに一政治と経済のシステム転換  体制転換を政治システムの転換,つまり「共産党の一党独裁政治システム」 から「多党制の議会制民主主義政治システム」への転換,と狭く捉えれば,ハ ンガリー共和国(以下ハンガリー)における体制転換は1990年3月と4月の国 会議員選挙において当時の政権与党社会党(旧共産党)が敗れ,40年以上続い た共産党一党独裁体制の崩壊と非共産党系保守中道右派の連立政権誕生をもっ て形式上完了したといえよう。少なくとも政治システムの転換ははっきりして いる。4年後の94年の5月の選挙において,今度は逆に,社会党が単独過半数 (386議席中206議席)を獲得して,はじめて真の信任を得た正統性を持った政       1) 権の座に就いた。とはいえ,ハンガリーはかつての国家社会主義社会に戻るこ とはないであろう。社会党は,今では西ヨーロッパ型の社会民主主義政党であ り,政治的には議会制民主主義を,経済的には私的所有と市場経済を承認して いる体制内政党になっているからである。それに,経済危機からの脱却という 課題の解決のために広範な国民の経済・社会的合意が不可欠であることを考え, 第二党の自由民主同盟(SZDSZ)と歴史的妥協を成立させ,ハンガリー史上初 1)社会党がなぜ勝ったか。社会党のイデオロギーが支持され.たというよりも,むしろハン ガリー民主フォーラム(MDF)を中心とする旧連立政権の失政によるところ大である。 MDFと独立小地主党(FgKP)の内部分裂や経済政策の無策に国民はうんざりしていた。 そのうえ,今は政治の季節ではなく,経済の季節であり,困難な経済危機を乗り切るため に社会党の有能なテクノクラートに期待しようということであろう。彼らにはカーダール 時代に旧ソ連・東欧の諸国に比べて比較的豊かな生活を保障してきた実績一「グヤーシュ 共産主義」の建設一がある。最大の労働組合組織,MSZOSZが今回は社会党の支持に回っ たことも社会党の勝利に大きく貢献したと考えられる。

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72  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) の社会・自由主義連立政権を誕生させた。このように,平和裡に再び政権交代 が行われたことは,政治システムの転換が実現して議会制民主主義が機能して いる証拠であろう。  しかし,社会の体制転換は政治システムの転換をもって終わるのではなく, 少なくともなお経済システムや精神文化の面おいてもしかるべき転換をともな ってはじめて意味を持つと考えられる。ここでは主として,経済システムの転 換と民営化の問題を申心に取り上げる。  経済システムの転換とは,「社会的所有に基づく計画経済システム」から「私 的所有に基づく市場経済システム」への転換のことであり,そのキー・ワード は「市場経済」と「私的所有」である。その移行は政治システムほど容易では ない。一度の選挙によって実現できるようなものではない。今その過程にある。 そのうち,ハンガリーでは,市場経済化の歴史は古く,1968年経済改革以来の 課題である。88年までの20年間の経済改革の歴史は社会主義下での市場経済化 への道でもあった。経済システムの転換に関する限り,杜会主義経済改革との 継続性が強くみられる。「40才から50才の,比較的若いハンガリーの経済テクノ クラート達は,90年の体制転換を本質的にこれまでの経済改革の継続として,       2) 従って進化(evolucio)としてうけとめた」といわれるほどである。私的所有に 基づく市場経済への移行過程においてハンガリーでは,ポーランドやロシアで のショック療法ではなく,いわゆる「漸進主義」の方法が採用されてきた所以 である。  こうした改革努力の結果ハンガリーでは市場経済化が曲がりなりにも進展し てきた。市場経済化の程度の測り方は色々あろうが,今コルナイに従って,自 由価格で取り引きされたGDPの割合が支配的かどうかで測れば,ハンガリー       3) はすでに市場経済と分類されるという。しかしながら,ハンガリー型社会主義 経済改革といえども,88年まではi共産党の一党独裁政治システムと生産手段の 2) Sark6こ口 Tamas : A privatizaci6 joga Magyarorszagon (1989−1993). 1993. 26. o. 3) J. Kornai, Postsocialist Transition: An Overall Survey. lnstitute of Economics, Hungarian Academy of Sciences, 1993, p. 54.

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      体制転換と民営化のハンかり一の道  73 国家的所有の支配という,スターリン型社会主義の前提を変わることなく維持 してきために,社会的所有に基づいても市場経済を健全に機能させることがで きるということを実証することができなかった。社会的所有は,現状ではみん なのものでありながら,結局誰のものでもない,ということから無責任体制を 生み出し,企業の効率的マネジメントを刺激せず,無駄をもたらす傾向があっ た。それだけではなく,勤労者の真面目な勤労意欲と進取の気象に富む精神を 発揮させることにも成功してこなかった。失敗しても罰せられない代わりに, 成功してもしかるべく報われないシステムの下では,人のやる気を起こしにく い。残念ながら我々は,self−interestを刺激する方法が生産向上にとってなお一 番有効である時代に生きている。「資源の効果的な利用を恒久的に保障するのに        4) 十分なインセンティブを与えるのは,私的所有権のみである。」私的所有の支配 なしにスムーズな市場活動はありえないというわけである。私的所有は,個人 のself−interestに基づく創意性発揮とその個人責任を明確にするという。民営 化が急がれるわけである。 II 民営化とその現状  民営化というとき,狭義には,社会的(その多くが国家的)所有の下にあっ た企業(資産)の私人の手への移転と理解されている。つまり国有資産の所有 権の変更である。通常国有企業は民営化の第一段階として株式会社または有限 会社に再編成される。その後株式が売却される。この過程において,国有国営 企業が株式会社に再編成されてもなお国が株式の過半数以上を所有している場 合(国有民営)と私人が過半数を所有する場合とがともに含まれる。このうち 後者,株式の過半数が私人の手にわたったとき,文字どおりの民有民営化が実 現されたことになる。これを私有化と呼ぼう。この場合民営化は国有から私有 への転換過程の総称であり,私有が最終目的となる。従って,国有比率の減少 過程が他ならず民営化の進展過程と言うことになる。  国有比率の減少ということになれば,既存の国有企業の民営化だけではなく, 4)J.コルナイ『資本主義への大転換』日本経済新聞社 1992年,78頁.

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74  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) 新規の私企業の創設によっても生じうる。そこで,より広義には,経済全体を 視野にいれて私的セクターの割合が増大し,最終的にはそのセクターが支配的 になる過程として民営化を捉える見方が一般的である。確かに,効率の悪い国 有企業の脱国有化を介したその私有化が今日の民営化の中心テーマであること は間違いない。しかし,私企業の新設をも含めた私的セクターの拡大過程とし て民営化を広く捉えておく方が,社会的所有が支配的である旧社会主義国の現 状に即していると考える。  民営化の現状はどのようになっているか。第1表にある企業とは国有企業の ことである。この4年間に半夢以下に減少している。それに比べて,株式会社 と有限会社の伸びは顕著である。とりわけ有限会社は16倍以上の伸びを見せて いる。その有限会社の95%は従業員50人未満の会社である。それでも昨年の, 50人以上の規模の会社の成長率が0.4%でしかなかったのに,50人未満は23.8% あったという。株式会杜と有限会社は①個人と②合弁会社とによってだけでは なく,③国有企業の再編成によっても設立される。それ故その全てが私企業で はない。それでも,伝統的な国有企業が少数になりつつあることは確かである。 さらに,個人営業者(手工業者や小売商人など)の転換後の増え方はやはり急 激であり,その数も含めれば私的セクターの事業体が圧倒的に多数であること は明白である。       第1表 経営形態別経済組織の数 年度       1989    1990    1991 企業       2,400   2,363   2,233 株式会社     4,884   18,317   41,204 有限会社      307    646    1,072 個人営業    320,619  393,450  510,459 出所:Magyar statisztikai zsebk6nyv 1993. KSH.1994.109. o.  1992  1,733 57,262  1,712 606,207  1993  1,130 72,897  2,375 688,843  次に,就業者に占める私的セクターの割合を見ると,個人営業に,非法人の 共同経営事業体(例,経済労働共同体(GMK)など)に雇われているもの(補 助家族労働者や従業員)を加えた数の,稼得就業者に占める割合は,81年には

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       体制転換と民営化のハンガリーの道  75 まだ3.6%でしかなかったが,年々増えて90年10.1%,91年14.5%,92年16.7        5) %,そして93年には20.7%にまで達している。従って,非法人だけでも5人に 1人前私的セクターで稼ぎを得ている計算になる。法人を含めると,1992年に       6) 既に稼得就業者のおよそ30%が私的セクターで働いているという。新設私企業 が順調に発展して,全体としての民営化にポジティブな役割を果たしているこ とは疑いのないところであろう。  問題は狭義の民営化である。そこで,AVU(国家資産庁)とAV Rt.(国家 資産管理株式会社)の管轄下にある国有企業の民営化についてみてみよう。 AVUは90年3月目設立され,一時的に(短期に)国有に留まる企業の民営化に 携わり,遅れて92年7月に設立されたAV Rt.は継続して(長期に)国家的所 有に残る企業の資産管理に当たる国家機関である。政府の民営化特別委員会の 「民営化戦略」(案)(1994年10月4日)のデータによると,94年6月30日現在 で,AVUとAV Rt.にかかる国有資産の9436.3億Ftが民営化にかかわってお       7) り,それは国有資産の47.18%に相当する。民営化率47.18%というわけである。 そのうち100%売却された会社資産は2293.0億Ftで,国がなお多数支配所有下 の資産は2018.9億Ft,少数支配所有は907.4億Ftである。外国人所有を含めて 全体としての私的セクターの登記資本に占める割合は,ハンガリー人の私的所       8) 有22%,外国人9%,あわせてもまだ31%であるという。資産の点では国有企 業がなお支配的であることがわかる。  第2表にみるように,90年には1848あった国有企業も,94年にはAV Rt.と AVUの二つの国家組織のもとにそれぞれ7と25の’合計32が残るだけとなった。 93年末までに民営化対象国有企業はすべて会社組織(株式会社や有限会社)に 5) Laky Terez: A magangazdasag hatasai a foglalkoztatottsagra. K6zgazdasagi Szemle, 1994. 6. sz. 532. o. 6) Ehrlich Eva−R6v6sz Gabor : Varakozasok 6s va16sag (Folyamatok 1989 es 1993 k6z6tt). Kdzgazdasagi Szemle, 1994. 3, sz. 196. o. 7) Privatizacios kormanybiztos: A Magyar K6ztarsasag kormanynak privatizacios strategiaj a 1994−1998 (tervezet).31. o. 8) Lukacs Eva : Sok maganc6g, kis tokeerovel. Figyelo, 1994. augustus 4.

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76  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292.号) 再編成されることになっていたこともあって,会社化は形式的には完了してい ないが事実上終わっているといえる。この4年間におよそ1000の企業または会 社がAVUの手から離れているが,そのうち100%民営化された数は620である。 残りは清算・解散させられたり,他の機関に移されたりしている。  企業の会社化で民営化の過程が完了するわけではない。会社化されてもそれ は組織形態が変わっただけであり,その会社の株式の過半数をなおAVU(国) が所有しているケースが多いのである。第3表をみれば,国が所有者として持 ち分参加しているAVU帰属の会社において国家的所有がまだ約53%あること が分かる。この間ハンガリー人の比率が増えてきていることは注目されてよい。          第2表       1990.1.        AV Rt. AVU 国有企業      0 1848 経済社団法人(会社)     0   0  合計       0 1848 出所:N6pszabadsag,1994. november 30, 国家的所有  一うち長期所有 地方自治体 国内投資家  一うち従業員 外国人投資家 出所:第2表に同じ 民営化対象の企業と会社の数 合計 1848

 0

1848 第3表 会社の所有者構成(%)    設立時 AV Rt. 91.80 (43.2e)  2.00  6.00  0.20

AVU

84.33 4.60 7.26 (O.45) 5.81    1994.7. AV Rt. AVU 合計

  7 25 32

 147 653 800

 154 678 832

現在(1994.7.) AV Rt. 82.40 (42.90)  4.58  7.90  5.72

AVU

53.48 4.39 30.04 (7.37) 12.09  た・“,国有企業の民営化は期待通りには進んでこなかった。一つは,統一し た危機管理政策のもとでの一貫した方針を,前政府が持たなかったことにある。 政府の民営化方針はこの3年間毎年のように変わってきた。当初,自生的民営

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       体制転換と民営化のハンガリーの道  77 化(spontaneous privatisation)(国が関与しない,企業自身の決定による民営 化)は87年頃から,民営化としてではなく,企業組織の再編合理化として展開 された。しかし,それが国有資産の安売りと経営者の地位保全の方策となって きたので禁止され,民営化のすべてを国家資産庁(AVU)を介して進めるとい う「民営化の集権化」が図られた。/j・規模店舗などの「予・備民営化」(pre−        9) privatisation)は予定の1万件のうち94年10月現在で9795件実現していて,成功 しているが,国家資産庁発議の第一次民営化(20社),第二次民営化(22社)は いずれもうまく行かなかった。すべてAVUを通さなければならず,官僚主義的 な仕事は時間がかかりすぎる。企業の協力無しに民営化は進まないことがわか ってきた。そこで,自主民営化(self−privatisation)と呼称を変えて企業のイ ニシャティブの承認となる。「民営化の分権化」である。その後また,AV Rt. の設立と93年末までにすべての企業を会社化することを義務づけたことにみら れるように,再度集権化が始まったとも受け取られている。  また,ハンガリーでの民営化のひとつの特徴として,原則として無償返還や 無償分配はなく,有償原則,つまり「そのためにお金を支払うことができるも のが国有資産を手に入れることができる」という方針がこれまで採用されてき た。つまり市場を介した資産の売却である。しかし,今年の選挙直前にMDF政 権は票目当てに「優遇株式購入プwグラム」(KRP)を導入した。 KRPは18才 以上のハンガリー人なら2000Ftの登録料で最高10万Ftの株式購入資金を5年 間無利子で借りられるというものである.これは明らかに一種の無償分配方式 である。民営化原則も一貫して保持されてきたようには見えない。  第二に,ハンガリー国内の資本不足である。いかに早くから第二経済の合法 化が進められていたとはいえ,大国有企業を購入する資本または信用を自由に できる大資本家が多く形成されているわけがない。民営化された,かつての東 欧一の電機メーカーVIDEOTONの弓長となったセレシュは例外的存在であ る。普通の市民の貯蓄を集めても全国有資産の10%ほどしかカバーできないと いわれた。それ故,最:初から,外国資本への依存が考えられていた。 9) Nepszabadsag, 1994. november 30.

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78  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号)  ところが,第三にその外国投資家の関心が予想外に低かったのである。なる ほど,ハンガリーは東欧諸国の中で市場経済化が最も進んでいた上に,政治的 にも安定していたし,比較的安く,よく訓練された労働力が利用可能であると いう評価から,当初は西側資本の高い関心を集めた。民営化収入に占める外貨 の比重や合弁企業の増え方をみればわかる。90,91年の2年間の東欧への外国 資本投資の約半分はハンガリーに向けられ,そのおよそ半分が国家資産の購入 に充てられた。ところが,西側資本にとっては東欧全体が買い手市場になるに つれて,ハンガリーのかつての優位性は消失した。その結果,1990年には会社 化した企業資産の12%,91年でも8%を外国資本が占めていたのに,92年は1       10) %そこそこになってきた。民営化収入に占める外貨の割合も91年81%,92年59        11) %そして93年は8月まで29%と年々減少している。また,ハンガリー企業の中 でも“美味しい”ところはもう食べつくされた。残っているのは買い手のつき にくい企業である。それ故,前政府としても“改善してから売却する”方針を 採用せざるを得なかった。  もともとハンガリー企業に魅力あるものが多くないということであろう。92 年末までに破産・清算手続きにかかわった企業は,大企業セクターでは1/3       12) に達するという。陳腐化した技術と老朽化した生産設備,競争力の乏しい製品 構成,過剰労働力,遅れたインフラ等を考えれば,二の足を踏むのであろう。 かりに投資するとしても,古い企業を購入するよりも,新しい企業を起こす方 が安くつくこともあろう。加えて,西側資本主義自体の景気の悪さも資金供給 の制約条件となったに違いない。いずれにしても外国投資家の関心の低さは, ハンガリー人の期待を大きく裏切ったようである。  こうした国有企業の民営化(狭義)と私企業の新設をも含めた全体としての 私的セクターの拡大過程(広義)はどこまで進んでいるか。ここではGDPに占 le) Kocsis GyUrgy : Osztasnak indul. HVG, 1992. november 21. 7−8. o. 11) Vigvari Andras : N6gy ev gazdasagpolitikaja. Tarsadalmi Szemle, 1993. 12. sz. 11. o. 12) Ehrlich Eva−Rev6sz Gabor: Varakoza$ok es va16sag (Folyamatok 1989 es 1993  kdz6tt). KUzgazdasagi Szemle, 1994. 3. sz. 196. o.

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体制転換と民営化のハンガリーの道 79 める割合を見てみよう。P.ミハーイは,92年段階では私的セクターのGDPに占       13) める割合はおおよそ30%から40%程とみていた。93年には,前民営化担当大臣 T.サボーの評価では,GDPのすでに40−50%が私的セクターに由来する,とい 14) う。また,K.ボッシャー二によれば,94年末までには外国人所有を含めた私的        15) セクターはGDPの60%を産するであろうと予測している。  A.ヴェルテーシュとJ.アルヴァイの「隠れた経済」(hidden economy)につ いての興味深い研究(第4表参照)によると,統計局から公表される「公式の GDP」に「隠れた経済」(または「インフォーマルな経済」)を含めた「拡大さ れたGDP」に対する私的セクターの寄与率をみると,80年代に既に17%(公式 10%)になっており,85年には2割(公式15%)を越え,92年にはなんと外国       16) 人セクターを含めれば,50%(公式44%)にまで達しているという。  周知のように,ハンガリーでは68年以降,第二経済の発展,つまり計画外の, 消費生活に密着した主として小生産とサービス部門における小規模私的活動の 発展によって,私的セクターのGDP比率は80年には既に10%になっており,体 制転換時には20%に達していたことになる。急激な発展を遂げるのはやはり90 年以降であるが,私的セクターの拡がりの大部分は新規の会社の設立によって 13) P. Mihaly, Progress in Privatization, 1990−1992. ln Economic Commission fer  Europe, Geneva, April 1993. p. 1039. 14) Szab6 Tamas : A maganositas harom eve. Magyarorszagi politikai evk6nyve 1994.  828. o. 15)Bos甑nyi Katalin:Gazdasagi傾rtprogramok. Mozg6 Vi工直g,1994.4. sz.121. o. 16) Andras Vertes and Janos Arvay, A New Concept of the “Hidden Economy” 一The  Real Contribution of the Private Sector to the GDP in Hungary(1980一ユ992),Hungar・  ian Economic Review, February 1994.ここで「隠れた経済」でいう「隠れた」というの  は,社会的需要を充足させる財またはサービスを生産する活動から得られた所得のうち税  務当局または統計局に申告・公表されていないことをさしている。最近3年の隠れた経済  の多くは,闇雇用などの私企業法人と私企業家の意図的な脱税からなっている。賄賂や犯  罪による所得は隠れた所得には含まれない。例えば,正規に労働者を雇用すると,経営者  は社会保険料40%,連帯基金7%を,労働者は個人所得税30%,社会保険料10%,連帯基  金2%(93年末)をそれぞれ支払わなければなちない。これを闇雇用にすれば経営者も労  働者も共に上記の税金等を支払わずに自分のポケットに納めることができるということで  ある。

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80 仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号)  第4表 所有セクター別GDPへの寄与率(1980−1992)       1980          ¢ CD 社会的セクター   90 83 私的セクター(国内) 10 17 外国人セクター*   0 0 GDP全体     100100 1985

0@

85 79 15 21  0 0 100 100 ①は「公式のGDPjに対する寄与率 1989

0 @

80 74 20 26  0 0 100 100 1990

0 @

76 70 23 29  1 1 100 100   (o/o) 1991

0 CD

70 63 27 34  3 3 100 100 1992

0@

56 50 36 42  8 8 100 100 ②は「拡大されたGDP」(「公式のGDP」+「隠れた経済の合計」)に対する寄与率 *「外国人セクター」とは外国人によって支配されている企業のこと 出所:A.Vertes and J. Arvay いることは想像に難くない。その発展の一部  AVUの報告では,28.5%        17) がいわゆる国有企業の民営化によるものであるという。いずれにしても,ハン ガリーの経済は公式統計以上に民営化が進んでいて,フォーマル,インフォー マルを含めてGDPの半分はもう私的セクターから産出されているということ である。その計算に基づけば,94年には公式データによっても50%を越えるで あろう。GDPへの貢献において私的所有の優位が確立されることになり,所有 関係において根本的な変化が生じ,私的所有に基づく市場経済へと着実に歩ん でいることは間違いない。この限りにおいて,ハンガリーは社会主義経済から 事実上離脱した,ということができよう。  しかし,それが「民族再生プログラム」(90年9月)において経済システム転 換の目指すべき方向として示された「私的所有に基づく現代ヨーロッパの社会 的市場経済」にどれだけ近づいているか,である。

III体制転換後の4年

 80年忌後半に抱いた「夢」が,早くも90年代はじめに「幻想」であったこと        18) がわかり,今や「覚醒」の時がやってきているようである。いくらかバラ色の 資本主義像を期待した国民は,4年後に,一層深刻化する経済危機,再び頭を 17) Bossanyi Katalin:1, m. 121. o. 18) Agh Attila : A kiabrandulas kora. Va16sag, 1993. 10. sz. 62. o.

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       体制転換と民営化のハンガリーの道  81 もたげてきた生活不安,前世紀資本主義社会に特徴的だったような資本蓄積一 分配関係に直面させられている。MDF政権はハンガリーをどの様な状態に導 いたのか。ハンガリーの経済実績は体制転換後も根本的には改善されたように は見えない。一部に明るい兆しもみえはじめ,ハンガリー経済は危機の兆候の 中に活性化の兆候も見られる状況になりつつあるところであろう。  先ず第5表のマクロ・レベルの数字からみてみよう。GDPは,93年も結局マ イナス成長であった。この4年間におよそ20%減少している。工業生産は93年 ようやく対前年比プラス4%を記録94年に入っても好調を持続しているよう で,第1四半期9.4%プラスであるという。ただ,93年の水準はまだそれでも88 年の68.1%でしかない。投資は,昨年辛うじて前年水準を維持したようだが, 88年の84.7%水準に留まっている。しかし,Kopint−Datorgの報告では今年第 1四半期はなんと30%アップを記録している。同じ報告では,ネットの平均収       19) 入も7%アップであるという。これらの数字は確かに明るい兆しではある。そ こから前政府当局者は「経済危機の底を脱した」と喧伝していた。しかし,そ のほかの数値は決して良くない。農業は工業よりも悪く,4年間マイナス成長 で,約40%の落込みである。実質賃金なども93年は85年の82.7%でしかない。 インフレ率も鎮静化しつつあるが依然としてふた桁の上昇率であるし,失業率 にしても今年度に入って低下傾向にあるとはいえ,なお11%を越えている。特 に問題なのは財政赤字の増大,貿易収支と対外債務の増加である。財政赤字は 92年にはGDPの6.8%,93年は8%近くになる。対外債務も増えている。こう した数字をみると,「経済危機の底を脱した。」という評価を直ちに受け入れる ことをためらわせるものがある。  国民の生活状況はどうなっているか。社会研究情報連合(TARKI)の調査に よると,体制転換から人々は生活条件の改善を期待したが,経済危機の結果, 国民の2/3が悪化し,1/3しか改善されなかった。所得の不平等も拡大し      20) ているという。 19) HVG, 1994. jalius 23. 7. o. 20) Ketharmados tarsadalom−Bossanyi Katalin interjuja Kolosi Tamassal. Tarsadalmi  Szemle, 1993. 11. sz. 13. 6s 17. o.

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82  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号)        第5表 ハンガリーの経済実績(1990−1993年) 1)GDP 2)工業生産高 3)農業生産高 4)投資 5)実質賃金 6)一人当り消費 7)インフレ率 8)失業率 9)国家財政赤字(10億Ft) 10)貿易収支(10億Ft) 11)対外粗債務(100万US$)  1990  96.6  90.7  95.3  90.5  96.3  96.3 128.9  1.4  0.7  59.0 21,270  1991  88.1  81.7  93.8  87.9  93.0  92.8 135.0  7.5  53.1 −91.4 22,658 1992  199393年度の対基準年度比 95.5 98−100 (79.56)89=100 90.3 80.0 98.7 98.6 99.7 123.0 12.7 176.5 104.0 (68.1)88=100 93.1 (67.3)86−90=100 100.2 (84.7)88=100 96.2 (82.7)85=100    (92.9)85=10e 122.5 (405.5)85=100 12.6(630万人) 一34.9 一342.6 21,438 24,560 1)∼7)までは対前年比率(%) 出所:Magyar statisztikai zsebk6nyv 1993. KSH.1994.  また,K.ファルシュネー・シルカによると,日常の生活において国民は,近 年,経済モラルの弛緩,所得と資産の格差の拡大,そして社会保障の動揺のも たらす問題を感じているという。経済モラルの弛緩は,例えば誇大広告から詐 欺,脱税,背任,密輸などの犯罪につながる周知のものに加えて,民営化にか らむ汚職・腐敗(corruption)など現象形態は多様であるが,粗野な資本主義を 連想させかねないものがある。もちろんそれらのことは,大なり小なりどこの 国にも,また社会主義時代にもみられた現象であるが,市場経済への移行期に       21) ある今日において激増しているという。  所得と資産の格差の増大に関して,物的条件の最善のもの上位10%と最低の 下位10%の所得の差は,89−91年の間に5:1から6:1に拡大した。生存限 界にある生活者の比率が89年の9%から91年に15.4%に増えているともいう。 貧しいものは一層貧しくなった。ハンガリー社会の二極分解の危険性を彼女は 警告している。  三つ目の社会保障の動揺について,それについても体制転換の前からみられ 21) Falsne Szikra Katalin : Vadkapitalizmus ? KOzgazdasagi Szemle, 1993. 7−8. sz.

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      体制転換と民営化のハンガリーの道  83 たが,近年急激に増えてきたばかりでなく,ほとんどすべての基本的な社会的 戦果が危機にさらされているという。「若干誇張して言えば,社会政策はカーダ ール体制の成功分野であった」というほど,仕事場,ヘルス・ケアー,教育, 老齢者福祉などが,質はともかくとして一応全ての国民に平等に提供されてき た。社会主義のメリットは,弱者救済と生活の安定を曲がりなりにも保障して きたことにあった。改革社会主義者達は彼らが目指してきたのは「福祉社会主 i義」であったといい,J.コルナイによって,一人当りGDPではスカンジナビア 諸国と相当の差があるのに,国の福祉費用支出はあまり変わらない水準にあり,       22) カーダール時代に「未熟児福祉国家」となったと批判されるほど,福祉政策は ゆき届いていた。それが今,かつての国の「温情主義」に多くを期待できなく なってきたということであろう。  彼女によると,「ハンガリーでは粗野な資本主義と呼ばれる症候の数々の兆候 が看取され,毎日毎日それに遭遇していることは疑いない。経済的悪弊,腐敗       23) が蔓延している。」ハンガリーの経済の現状は現代ヨーVッパの社会的市場経済 よりも19世紀的資本主義に近いという。余りに悲観的に過ぎる見方のように思 えるが,確かに,まだ十分に市場経済の倫理的要請がプレイヤー全員に共有さ れていないことは事実である。現に,先の,「隠れた経済」も結局は税金逃れを 中心とする闇経済が幅を効かしているということである。下手をするとマフィ ヤ経済になりかねない。隠れた経済は今ではGDPの30%に達するまでになつ       24) ているという。政府もここにきて本格的にこの問題に取り組み始めた程である。 況や社会的市場経済下の資本主義への転換に必要な文化,価値規範,エートス が形成されるまでにはまだかなりの時間がかかるかもしれない。精神文化の面 での転換がまだないということである。移行の過渡期において,社会主義経済 22) Kornai Janos: A legfontossab: a tartos ndveked6s. 2. A k61ts6gvetesi hiany.  Nepszabadsag, 1994. augusztus 30. 23> Falsne Szikra Katalin: 1. m. 692. o. 24)政府は闇経済,経済の“イタリア化”を懸念してこれまで以上に断固として,またでき  るだけ早急に対策を講じるべく,金融,税務,関税,内務,法務,及び産業の各専門家か  らなる委貝会を作ることを決めた。N6pszabadsag,1994. november 10.

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84  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) のメリットが消失したのに,資本主義経済のメリットがまだ享受できず,その デメリットが全面に出ている段階にある。従って,国民は経済の現状に必ずし も満足しているようにはみえない。そのことを証明したのが先の選挙であろう。 IV 新政権の民営化戦略  新しい連立政権の1994年一98年の民営化の戦略と民営化法案が11月に議会に 提出された。新しい戦略の狙いとして,民営化政府特別委員副代表のP.ミハー イは私との10月のインタビューでは第一に,ハンガリー経済をできるだけ早く 成長路線に乗せるために,民営化をこれまで以上に加速促進し,公益企業の民 営化にも着手し,4年間でやり終える計画であること,第二に,AVUとAV Rt. の二つの組織を統一し,簡素化すること,そして第三に,中小企業の民営化の 促進を図ることの三つを挙げた。民営化の目的として,経営効率の向上,経済 の資本不足の緩和,必要な資本増強の保障,国際的な最先端の技術・マネジメ ント・マーケティングのノウハウの獲得,市場喪失のストップと新市場の開拓 等が唱われている。  新しい戦略を準備する過程でいくつかの議論があったが,その一つに,民営 化される企業は「先ず改善して,それから売却する」のか,それとも今のまま 売却して,改善・リストラは新しい所有者に任せるべきか,というのがある。 政府案は,後者の立場,つまり国はこれ以上資本投資して企業を救出するべき ではなく,その作業は市場と新しい所有者に任せるべきであるというものであ る。この主張は連立のパートナーであるSZDSZによって以前から展開されて いたものである。民営化の基本原則として従来通り「市場を通しての売却」原 則が維持されることとの整合性が図られている。  今一つの議論は,AVUとAV Rt.の二つの組織をどうするか,というもので ある。国家的所有資産を減らしていく作業に二つも国家機関はいらない。そし て,新しい組織はどのような性格のものにするか,である。新しい組織は株式 会社組織がいいのか,国家組織か,それとも研究所タイプがいいのか。政府案 は,AV Rt.を母胎に新しく「国家民営化と資産管理株式会社」(APV Rt.)を

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      体制転換と民営化のハンガリーの道  85 組織し,AVUは廃止してその権利と義務をAPV Rt.に引き継がせる。 APV Rt.は,一人株式会社組織で,その株式は名目だけのものであり,取り引きされ ない。その所有者権利は大蔵大臣が行使する,というものである。その課題は, 国家的所有にある株式,店の一部またはその他の資産をできるだけ早く私的所 有者に売り渡すことである。この問題については国会で議論を呼ぶものと思わ れる。  この新しい組織に関連して,どの企業がどの省の所有下に入るかという問題 でも激しい議論があった。結局159企業が長期に何等かの形で各省の所有に留ま ることになり,そのうち90%以上の144社が依然として国の過半数以上の支配下        25) に残ることになる。APV Rt.には一番多い46社が属する予定である。  今一つの特徴は,従来からの従業員持株制(MRP)とは別に,その会社の経 営者と従業員による買取りを認めている点である。経営者と従業員は最低10% の株式を契約に基づいて60日以内に現金で払い込めば購入できる。5年間の間 に買い手は会社の持株の多数を,少なくとも50%+1株を買わなければならな い。過半数を入手すると,国は残りの持株を無料で会社に引き渡す。経営者と 従業員に対する優遇措置である。こうした優遇措置を取ったとしても,これま で以上に民営化が加速されるかどうか,疑問無しとしない。ハンガリーを取り 巻く内外の環境に有意な変化がないからである。 V 結びにかえて  ハンガリー経済の現状はできあいのどの処方箋によっても処理できないとい う意味で新しい状況にある。D.スタークは,ハンガリーの企業の実態調査に基 づいて,今日の東欧において国家的所有とも,私的性格の所有とも異なった新 しい所有形態が生まれつつあるという。「東欧において国家資本主義とも,市場 社会主義とも分類し得ないような経済形態が発展しつつある。混合経済と言え 25)APV Rt.の他に所有者の権利を行使する省は11省ある。合計12機関の所有率別会社数の  内訳は,100%所有は46社,75%は19社,50%+1株は79社,25%÷1株は15社となってい  る。N6pszabadsag,1994. november 30.

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86  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) ばそうではあるが,しかし私企業と国有企業が共に機能しているが故に混合経 済なのではなく,典型的な企業形態そのものが国家的所有と私的所有とのコン ビネーションであるが故にである。もっと正確に言うと,新しい所有関係が形 成され,そこでは私的所有と国家的所有の特性が融合し,相互に絡まりあい, 新たに連結しているということである。東欧では再結合所有(rekombinans       26) tulajdon)が決定的である。」という。つまり,国民経済的にみた所有の混合化 ではなく,企業そのものの中に旧所有システムのエレメント,国有と私有とが 新たに再結合しているということである。そこから彼は,東アジアの資本主義 が西欧の資本主義から区別されるのと同じように,固有の特徴を持った東欧資 本主義が発展しつつあるという。しかしながら,それが過渡期的なものなのか, それとも長期にわたって西ヨーロッパ型のものと並存しうる資本主義になるの か,については明らかにされてはいない。そもそも,どの様な意味で固有の資 本主義かである。所有形態のユニークさがどの罪なマネジメントのユニークさ を保障するのであろうか。とりわけ仕事へのインセンティブにおいて,効率と 労働の人間化の関係において,資本主義企業に勝さるシステムを開発できるか どうかである。社会主義の失敗の一つは結局生産現場においてまともに働く気 を起こさせることに成功しなかった点にあるからである。  「放蕩息子の帰宅」を許したハンガリー国民は今度は皮肉にも,彼ら社会主 義者に資本主義の建設課題を課した。改革社会主義者は目下のところ構造的な 経済危機からの脱出に手がいっぱいであるが,過去40年の経験を批判的に生 かして,いくらか「人間の顔をした資本主義」への道につながる糸口でも見い だすことができるのであろうか,が問われている。 26) Daid Stark : Uj m6don 6sszekapcsolodott r6gi rendszerelemek : rekombinans tulaj−  don a keleti−eur6pai kapitalizmusban. KUzgazdasagi Szemle, 1994. 11. sz. 947. o.

参照

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