• 検索結果がありません。

「プラクシス」としての戦略 : 戦略概念の社会文化的考察(吉田修教授退官記念論文集)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「プラクシス」としての戦略 : 戦略概念の社会文化的考察(吉田修教授退官記念論文集)"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

プラクシス」としての戦略

T戦 略概念 の社会文化 的考察一

I は じめに M a c C r i m m o n は 『企業戦略は存在す るか』 とい うタイ トルの論文で,「あな 1 ) たは戦略をみたことがあ りますか」 という刺激的な問を掲げた。この間に答え るのはそれほど容易なことではない。そもそも,戦 略概念について誰 もが一致 する定義は存在 しないためであると多様な戦略概念を整理,統 合 しようという 試みは,70年 代後半から80年代前半に盛んに行なわれた。 しか し,そ の試みは 成功 したものとは言いがたい。いずれの試みも理論的な根拠を欠いたア ドホッ クな推論 (特に,研 究者自身の論理的思考)に 基づいていたためである。そし て,80年 後半から,徐 々に戦略概念の整理,統 合の試みは下火になる。戦略概 念が多様で,重 層的なものであ りうるという認識が学会に広まったことがその 背景にあった。 このような戦略論の混乱は,一 見すると戦略論の信頼性を損なうようにみえ るか もしれない。 しか し,本 稿は戦略概念の多様性や変遷にこそ戦略概念を統 一的に理解する鍵があることを提案 したい。すなわち,戦 略概念の揺れは戦略 が社会的構築物であ り, 日常世界を理解するためのスキームであることを示唆 している。経済環境やビジネス思想の変遷を反映 して戦略の意味は変化する。 また,戦 略の意味の変化は企業行動や組織統合の原理を変化 させるパワーを有 する。このような意味で,戦 略は企業を歴史的,社 会的文脈に埋め込む知識で あると考えられるのである。 戦略を 「プラクシス」 として概念化するShttvastava(1986)の議論は,上 記 MacCrimmon(1993) S h i r l e y ( 1 9 8 2 ) 之 博 +膝 伊

(2)

F

42 昔 田修教授退官記念論文集 (第317号) の観″点から,多 様な戦略論 をメタ ・レベルにおいて統合する可能性を有 してい る。「プラクシス」 とは自己再構成的行為 と定義 される。そ して,組 織は主体 と客体の継続的な自己転換 ・対話的再生産のプロセスにあるとされる。戦略は, 組織化原理 として,こ の自己転換 を導 く考え尽 くされた行動,つ まり 「プラク シス」 として概念化 されたのである。われわれはこのような観点から戦略論の 主要研究をレビューする。戦略概念がどのような歴史的経緯を経て変遷 してき たのかを解説することで,メ タ ・レベルでの戦略の 「プラクシス」 としての性 格を浮 き上がらせることが本稿の目的である。 工 経 営戦略論の展開 1 . 経 営戦略論の源流 経営戦略論 はアメリカ経営学の伝統のなかで展 開された。既 に,1911年 には ハ ーバー ド大学で経営政策 コースが設けられ,経 営戦略に関わる教育が開始 さ 3 ) れていた。 しか し,一 般 に経営戦略 とい う学問領域 は,Chandler(1962)の著 書 『経営戦略 と組織』 に起源 を もつ とされる。Chandlerは,戦 略 を 「企業の 基本的長期的 目標 ・目的の決定,と るべ き行動方向の採択,こ れ らの目標遂行 に必要 な資源の配分」 と定義 した。『経営戦略 と組織』 はアメ リカ企業の多角 化 の歴史記述 に基づいた研究であ り,戦 略が歴史的な文脈 に組み込 まれて議論 された。そのため,こ こでの戦略概念 はそれほど単純 な ものではなかった。 し か し,お お まかに言 えば,Chandlerの戦略概念 は,戦 略 と組織 を区別 して, 組織 を戦略 に適合すべ きもの とす る ものであった。 このアイデアは,「組織 は 戦略 に従 う」 とい う命題 に要約 されたも また,Chandlerの議論 は, トップの 主体的役割 と同時に環境決定因を強調す るものであった。その意味で,彼 の議 論 は後の コンティンジェンシー理論のアイデアを先取 りするもの とみることも で きた。 C h a n d l e r 以上 に戦略 に明確 な焦点 を当てた論者 はA n s o 圧( 1 9 6 5 ) とA n d r e w s ( 1 9 7 1 ) であった。A n s o 鮮は戦略の構成要素 を製品 ・市場の範囲, 成 長ベク トル 3)Chandler(1977)

(3)

プラクシス」としての戦略 43 ( 製品 ・市場範 囲の変化 の方 向) , 競 争優位 ,シ ナジーに分 けた。 しか し, A n s o r は戦略概念 を明確 に定義せず,ま た,戦 略は必ず しも明示的なものでは ないことを指摘 した。対 して,Andrewsは 戦略 自体 によ り明確 な焦点 を当て, 規範的な戦略モデルを展開 した。彼 は戦略 を 「会社 は現在 どんな事業 に属 して いて どんな種類の会社 なのか,あ るいは どんな事業に属すべ きで どんな種類の 会社であるべ きかという具合に定義 された目標,意 図ならびに目的達成のため の主要ポリシーのパ ターンである」 と定義 した。 その他,こ の戦略論の萌芽期に,多 角化 した企業に注目する一連の研究があっ た。Rumelt(1965)は多角化戦略のタイプと業績の関係 を分析 した。そ して, 多角化の程度が中程度で最 も収益性が高 くなること,多 角化の程度が高 くなる と成長性が一貫 して増加することを発見 した。また,Bower(1970)は高度に多 角化 した企業 (いわゆるコングロマリット)で フイール ド・スタディーを行な い,多 角化企業での組織的資源配分決定メカニズムを論 じた。また,ボ ス トン

・コンサルティング ・グループが開発 したPPM(Product Portfollo Managem一 ent)は 多角化 した事業部門間に資源を配分するための分析ツールを提供 した。 このような一連の初期の経営戦略論は企業の事業領域の選択を中心的な課題 つ としていた点で共通する。それは,60年 代 に入 ってか ら事業のライフサイクル の存在が知 られるようになったことをその背景 とした。事業 にも生物 と同 じよ うな寿命があるのならば,多 角化 は個別事業の盛衰 を超 えて企業の寿命 を永続 化す るための方策であると考 えられたのである。そ して,多 角化の ターゲ ッ ト としての事業領域の選択が主たる戦略論の課題 となったのである。 以上 の様 々な研究のなかか ら,1977年 の ピッツバーグ ・コンファランスや Hofer and Schendel(1978)の著書 を契機 と して,各 戦略概念やアプローチの

D 補完性が指摘 され始めた。そ こでは,多 角化 とい う文脈 を徐 々に離れて,「戦 略 は どの ようにあるべ きか」,「どの ように策定 されるべ きか」 といった規範的 議論 として戦略論が展 開されることとなった。 石井 ほか ( 1 9 9 6 ) Thomas(1984)

(4)

44 吉 田修教授退官記念論文集 (第317号)

まず,先 述のHofer and Schendelは戦略 を トップマネジメ ン トのツールで あ る と捉 えた。そ して,戦 略 プロセスのステ ップとタスクを中心 にそれまでの 議論の整理が試み られた。彼等 によると,(1)目的作成,(2)環境分析,(3)戦略策 定,(4)戦略の評価,(5)戦略実行,(6)戦略 コン トロールの 5つ のステ ップに戦略 プロセスは分割で きた。 さらに,内 容面で戦略 には階層があるとされた。すな わち,戦 略は全社戦略,競 争 〈事業 〉戦略,職 能 〈機能 〉戦略の 3つ の レベル に分割 された。 このように して,戦 略概念の構成要素に共通のテーマを求めることで戦略研 究が整理 されていった。他方,Porter(1980)は産業組織論の知見 を用いて競争 戦略論 を拡充 した。初期の戦略論が多角化 した企業の全社戦略に議論の焦点 を 当てたの に対 して,彼 の議論 は事業 レベルでの競争 (事業)戦 略 を論 じるもの であった。Porterの競争戦略論 による と,企 業の成功 は産業の魅力度 と産業内 での企業の相対的なポジションの 2要 因によって決定 される。 この競争戦略論 は策定 されるべ き (競争)戦 略の内容 についてのモデルを提供 していた。 こうした初期の戦略論 は規範的モデル として展開 したと一般的に言えよう。 この戦略の規範的モデルはアメリカ企業の経営 に広 く浸透 し,そ れは分析的戦 略論 と総称 されることになる。客観的なデータを意思決定の絶対的基準 として 強調 したハ ロル ド・ジェニー ン指揮下のHTは この ような分析的戦略論 を奉ず る代表的な企業であった。 2.分 析的戦略論への批判 しか し,こ の ような戦略論の整理 に対 して,ア カデ ミックな観点か ら,次 の ような批判が展 開 されることとなる。 まず,ShAvastava(1986)は批判理論の 立場か ら戦略論のイデオロギー的性格 を指摘 した。それまでの戦略研究はいず れ も, トップマネジメン トや経営学徒 に対する戦略の規範的モデルにす ぎず, 理論的な基盤 に体拠 していないことを彼 は主張 した。そ して,問 題の核心 を組 織 と戦略の概念が技術 的にす ぎることであるとした。つ ま り,戦 略論 は,組 織 をイ ンプ ッ トをアウ トプ ッ トに変換する中立的,合 理的,技 術的,道 具的シス

(5)

テム と想定 して きた。 また,戦 略 は 目的 を決定 し,そ の 目的 を達成す るための 手段 の選択 と概 念 化 され た。 この よ うな仮 定 は戦略や組織 の政治的 な性格 を見 えな くして しま うとい うのがShrivastavaの批 半Jであ った。 また,Mintzberg(1978)は「実現 された戦略」 と 「意図 した戦略」を区別 し ていた。「意図 した戦略」の一部は現実化 しない 「未実現戦略」 となる。また, 「実現 された戦略」は 「意図 した戦略」の実現する部分 と組織プロセスから生 じる当初意図 しなかった創発的組織行動 (略J発戦略」)の 合計である。このよ うなMintzbergの枠組みに依拠すると,「分析的戦略論」 と総称 される戦略論 は, トップの 「意図 した戦略」が組織デザインを手段 として全て遺漏なく実現 すると仮定 していた。つまり,初 期の戦略論は 「意図 した戦略」 と 「実現され た戦略」を明確に区別 しない点に大 きな問題 を含んでいたのである。 しか し,こ のようなアカデミックな批判以上に分析的戦略論 を疑間視 させた のは,70年代後半のアメリカ企業の表退 と日本企業の飛躍であつた。この時代, 極めて精級な分析 と計画に支えられたアメリカ企業の業績が低迷 した。他方で, それほど精級な戦略を持たないようにみえる日本企業がアメリカ企業に対する 競争上の優位 を占めることが多かった。当時,日 本企業の強さの源泉は同質的 な民族や組織に対する忠誠心の高い固有の文化 といった日本に特殊な要因に求 められていた。 しか し,82年 に出版 された 『エクセレント・カンパニー』は, 高業績かつ革新的なアメリカ企業を調査 して次のような結論を引 き出した。す なわち,エ クセレント企業 と命名 されたこれらの企業 も日本企業 と共通の特徴 を有 していた。戦略論 との関連で言えば,そ れは行動や試行錯誤を重視する一 方で,分 析的な戦略への依存度が低かったことである。そ して,そ こから,多 くのアメリカ企業が停滞 している原因を戦略を過度に重視する 「分析麻痺症候 群」に陥っているせいであるという推論が引 き出された。 このような 『エクセレント・カンパニー』の指摘は大きな社会的影響力を持っ た。 日本特殊論の立場によって説明されていたように,日 本企業の強さが日本 の特殊性にあるのであれば,ア メリカ企業は日本企業に越えがたい障害を抱え ることになる。 しか し,『エクセレント・カンパニー』が指摘するように日本

(6)

46 吉 田修教授退官記念論文集 (第317号) 企 業 もアメ リカ企業 もエ クセ レン ト企業が共通 の属性 を有す るのであれば, ア メ リカ企業 も日本企 業 に学ぶ こ とがで きるこ とを意味 した。 この メ ッセージは 当時停 滞感 の漂 ってい たアメ リカ社 会 に新 たな意味 を創 出 した こ とを想像 す る に難 くない。 この ように して,分 析的戦略論 は 『エクセ レン ト・カンパニー』 が有 した社会的影響力の もとその信頼性 を著 しく失墜 させ たのであった。 3.戦 略は組織 に従 う 以上の批判 を背景 に,主 として70年代後半か ら分析的戦略論にかわるアプロー チや コンセプ トも提案 され始めていた。先述 のMintzberg(1978)は 戦略のプ ロセス論 を提示 して,戦 略の記述的研究の晴矢 となった。彼 は戦略を 「決定や 行為の流れのなかのパ ター ン」 と走義 して,戦 略 を実践的に研究する必要性 を 説いた。分析 的戦略論 の主張がChandlerの 「組織 は戦略 に従 う」 とい う命題 に要約 されるのに対 して,プ ロセス論の立場 は 「戦略は組織 に従 う」 と表現 さ れる。 この ように して,戦 略 と組織の不可分性が戦略論のなかで認識 されるよ うになる。そ して,プ ロセス論 に属す る研究者は様 々な組織の歴史的な研究 を お こなった。 た とえば,Mintzberg and McHugh(1985)は カナダ国立映画院 の長期間にわたる戦略変移の研究 を著わ している。 この研究では,戦 略の概念 を暫定的に定義するにとどめ,長 期的な組織行動 に見出せ るパ ター ンを事後的 に戦略 として解釈 していた。 さらに,1980年 代 になると,戦 略 と組織のいずれにも分類 しかねるような組 織能力 に注 目 した戦略論が展 開され始める。 まず,先 述の Fエクセ レン ト・カ ンパニー』は組織内で強国に信奉 される価値の存在 を企業の高業績の理由とし た。強い組織文化 は組織の実行能力や学習能力 を高め,計 画 された行動 プラン 以上 に業績 に貢献することが主張 されたのである。『エクセレン ト・カンパニー』 の実務界へ の影響 は甚大であ り,組 織文化 は80年代 の ビジネス界での流行語 (「ファッ ド」)と なった。 コンサルティング会社は組織文化の構築や変革 を企 業 に売 り込 んだ。 しか し,組 織文化論 は,分 析的戦略論 に対するアンチテーゼ としての起源 を反映 して,過 度 に戦略の分析的側面 を軽視するという弱点 を持っ

(7)

ていた。

そして,組 織文化論のそのような欠点への揺 り戻 しとして,組 織 と戦略の不 可分性の指摘 に加えて,組 織能力の戦略性 を強調する立場が台頭する。「資源 ベース理論」(e.g。,Barney 1991,Wernerfe比1994)で ある。「資源ベース理 論」は企業の持続可能な競争優位性の源泉を企業の保有する資源に求めた。こ の立場の源流はPenrOse(1959)にまで遡ることができる。彼女は経済学が企業 を同質的プレーヤーとして捉えて市場の利潤率の差異を問題にする一方で,同 一市場内の企業間の差異を捨象することを批判 していた。彼女の流れを汲む 「資源ベース理論」によると,企 業は独 自の資源の束であ り,そ の独 自性のゆ えに同一市場内の企業の業績が異なるのである。そして,資 源はその 「価値」, 「希少性」,「模倣可能性」,「代替可能性」の4つの条件で競争優位性の源泉 と しての効果を考察することができた。この意味で,「資源ベース理論」はPorter の競争戦略論の流れを汲み,経 済学 との対話を通 じて発展 したものであった。 Prahalad and Hamel(1990)の「コア ・コンピタンシー」概念 もこの資源ベー ス論の流れを汲むものであった。また,最 も模倣可能性が少ない知識を究極の 資源ベースであるとする 「知識ベース理論」力S「資源ベース理論」 より派生 し た。「知識ベース理論」は野中(1988)によつてダイナ ミックな組織論 としても 展開されているが,こ のような伝統のなかに出発点を持っていることは指摘 さ れてよい。 4 . 戦 略概念 の タイポ ロジー

このように展開してきた多様な戦略論の議論は,Hofer and Schendel(1978) らが試みたように研究間の共通性 を探ることで整理することはできない。なぜ なら,そ れぞれの戦略論は独 自の時代状況を背景 とすることにより,異 なった フォーカスを有 し (たとえば,多 角化,競 争優位性,組 織の実行力),ま た, 異なったアプローチ (たとえば,規 範的モデルタ経済学,文 化論)に 依拠する ことをより鮮明にしてきたためである。このような多様な戦略概念を整理する ひとつの方法は戦略概念のタイポロジーを作成することであった。

(8)

4 8 吉 田修教授退官記念論文集 ( 第3 1 7 号) た とえば,MacCrimmon(1993)は 戦略概念 を(1)「調整 された行為の集合」, (2)「調整 され,か つ,包 括的な行為の集合」,(3)「調整 され,包 括的で,か つ, 条件つ きの行為 の集合」 の 3タ イプに分類 した。MacCrimmonに よる と,以 上 の 3つ の戦略 タイプは階層的なものであった。すなわち,最 初のタイプは 2 つ 目のタイプのなかに組み込 まれ, 2つ 目の タイプは最後のタイプの部分 を構 成 した。 この ように戦略概念 を整理す るこ とで,MacCttmmonは 同 じ経営現 象 に対 して多様 な戦略概念 を用いて分析す ることが可能であることを論 じた。 この指摘 は,戦 略概念の唯一正 しい定義 を求めない点で,規 範的戦略モデル と 一線 を画す る ものであった。戦略概念の多様性 ,階 層性 を認めることで, MacCrimmonは 戦略概念 の混乱 を解決す るひ とつの方策 をわれわれ に提示 し た と言えよう。 しか し,彼 の分析 は諸研究の論理的分析 に依拠 してお り,理 論 的基盤 に基づいた ものではない。なぜ ,先 述の ごとく3つ の戦略概念の タイプ に分類で きるのかの理 由 も提示 されない。 この意味で,MacCrimmonの 戦略 タイポロジー もSh五vastava(1986)の戦略研 究 は理論 的な基盤 を欠 くとい う批 判 を免 れる ものではない。 これに対 して,戦 略論 を理論 的 フレームワークを用 いて分類す る試み には Rouleau&Sehguin(1995)が ある。彼等は戦略の様 々な概念 を組織論 との比較 で分類することを提案 した。彼等 によると,組 織論 は(1)古典的フォーム,(2)コ ンテインジェンシー ・フォーム,(3)社会政治的 フォーム,(4)社会認知的フォー ム,(5)批判的フォームに分類 される。古典的フォームは組織 を合理的な意思決 定者である トップ とその決定 に従 うフォロアーか ら構成 されると仮定する立場 であ り,Barnard(1938)や Simon(1945)がその代表であった。 この立場 に整合 す る戦略論 はAnsoI(1965)や Andrews(1971)の 戦略論である。第二のコン テ ィンジェンシー ・フォームは組織の環境決定 因を強調する立場であ り,コ ン テ ィンジェ ンシー理論 やポ ピユ レーシ ョン ・エ コロジーをその代表 とした。 Chandler(1962),Mlles&Snow(1978),Porter(1980)ら の戦略論 はこの組織 論 に整合す る とされた。先 に分析 的戦略論 と総称 した研究は以上のいずれかの カテゴリーに分割 される。ついで,社 会政治的 フォームは集団間の政治的プロ

(9)

「プラクシス」としての戦略 49 セス として組織 を概念化す る ものである。その代表 はCyert&March(1963) であ り,Bower(1970)やBurgelman(1983)の戦略論 はこの組織論 の立場 に分類 された。 この社会政治的 フォームにおいては戦略 と組織の区別が極めてあいま いになっていることを注記 したい。 さて,以 上の 3つ の立場は戦略論の主要な 議論 を包含するものである。 しか し,次 にあげる 2つ の立場 は本稿で レビュー した戦略研究 を含む ものではない。第四の社会認知的フォームは組織内の個人 を独 自に認識 し行動する主体 として概念化するWeick(1979)の解釈学的組織論 に基づ くとされた。そ して,戦 略的 リアリテイーは社会的に構築 されるとみる 戦略論が この立場か ら派生するとされた。最後の批判的フォームは組織 を支配 の手段 と概念化する批判的組織論 に基づいた立場である。そ して,戦 略を組織 メンバーの主体 を変容する媒体 となる政治的 ・イデオロギー的な概念 とした。 Rouleau&Sehguinの 研究は戦略論 を組織論のフレームヮークに関係づける ことによって理論的な整理方法 を提案するもの として意味 を持 っている。 しか し,こ こでは組織論のそれぞれのフォームを土台 とする各戦略概念が並置 され るにとどま り,そ れ らの関係 は明確 にされない。Rouleau&Sehguinの 分類方 法はなぜ戦略概念が多様 で変化 しやすいかを説明 しない相対主義 に陥る危険 を 有 している と言 えよう。

プラクシス」としての戦略

以上で示 された戦略概念の混乱や変遷は戦略概念が不要の ものであることを 意味 しない。む しろ,戦 略概念が変化 しつづけること自体が戦略概念の本質的 な特徴 を示 しているとわれわれは考 える。つ ま り,戦 略概念の意味は歴史的 ・ 社会的文脈のなかで構築 されていると考 えられるのである。そ して,い ったん 構築 された戦略は企業の行動 を規定 して,再 度,歴 史的 ・社会的文脈 を再生産 してい く。 この戦略の再構成 プロセスを経 て戦略の意味,ひ いては組織や経営 の意味が変遷 してい くとい うのが本稿 の指摘である。 この ように社会的に構築 されたある概念 (たとえば,戦 略概念)力浦J度を形 成 し,変 革する力 を有す ることをFoucault(1972)は「パ ワー知識概念」 として

(10)

一 5 0 吉 田修教授退官記念論文集 ( 第3 1 7 号) 説 明 した。 た とえば, 精 神 医学 とい う知識領 域 が社 会 的 に成立す る こ とに よつ て,精 神 病 と診断 された人々 を隔離施設 に強制 的 に収容す るこ とが科学 の名 に お い て正 当化 されたと もし,精 神 医学が存在 しなければ,精 神病 院や強制収容 とい った制度 ,精 神 病患者 とい ったアイデ ンテ イテ イー も存在 しない。 この よ

うに知識 (たとえば,精 神医学)は 中立的なものではなく,制 度を創造 ・再編

するパワーでもあると 「

パワー知識概念」は主張する。

このような 「

パワー知識概念」の観点から,戦 略概念を経営の中核をなす知

識とみることができると上記のように各時代において戦略の定義が変遷するこ

とは,そ れに応 じて制度 としての組織が変遷 していることを意味 している。た とえば,Porterの競争戦略論が正 しい戦略概念 と同一視 されるならば,組 織の 個人や集団は 自らの立場 を正当化す るために競争戦略論 に依拠 して他者の説得 を試みるとPorterの指摘 に適合す る主張が合理的な もの として判断 されるか ら である。言いかえれば,そ の場合,Porterの競争戦略論が組織の合理性の基準 その もの となっているのである。 また,分 析的戦略論が戦略 を意味するとい う 社会的合意が成立す るのであれば,戦 略の策定部署は実行部署 と区分 されるこ とになる。 この ように して, どの ように戦略 を理解するのかによって組織や経 営のあ り方 は変容 をこうむるのである。 この ような観点か らShrivastava(1986)は戦略 をメタ ・レベルで 「プラクシ ス」であると概念化 した。「プラクシス」 は 自己再生的行動であ り,組 織化原 理 として作用する ものである。それは外的要因によって制御 される行動 とは区 別 される。戦略 は 「プラクシス」 として, 物 質的 ・社会的 ・文化的組織生活の 再構成 プロセスの中核 に位置す る。 このような 「プラクシス」 としての戦略が 企業のおかれた文脈 に応 じて多様 な変遷 を遂げたのが戦略論の歴史であった と 解釈 で きるのである。 その点,戦 略概念 の変遷 をアメ リカの ビジネス ・ヒス トリーに結びつける Foucault(1965)

Knight and Morgan(1991) Knight and Morgan(1991)

(11)

プラクシス」としての戦略 51 A n s o r ( 1 9 7 9 ) の議論 は示唆的である。彼 によると,そ もそ も戦略の祖先たる戦 略 プランエ ングは,1950年代 に,(1)企業は市場 をコン トロールで きる,(2)環境 の予測は容易である, とい う2つ の前提 に立 って,企 業 と市場 を運結するため に生み出 されて きた。戦略 プランエ ングには,過 去の慣例やパ ター ン (毎年同 じセールスのサイクルが繰 り返 されるというようなパターン)が もはや有効で はなくて,将 来の予測を 「合理的に」おこなうことが必須であるという想定が あつた。そ して,そ こから分析的戦略論が展開されたのである。このタイプの 戦略をAnsofは 「行為戦略」 と呼んだ。そこでは,戦 略は分析に基づいた行動 プランであ り,戦 略の実施は問題 とはならなかった。 このような戦略の概念に大 きな転換 を促 したのは,将 来の予測困難性 と資源 の希少性の認識が深まったことである。まず,将 来が予測可能でないのであれ ば,戦 略は予期できない事態に効果的に反応するための資源の配置をすること であると考えられるようになった。予測不可能な状態において,将 来の計画を 立てることはできないからである。また,資 源が無限に入手可能であれば,正 しい機会を認識 してそこからプランを策定することのみを考えることもできる。 しか し,資 源に限界があるという前提に立てば,最 初に入手できる資源を考慮 して,そ こから機会を探 さなければならない。このような第二のタイプの戦略 をAnso釘は 「準備戦略」 と呼んだ。近年注 目されたコア ・コンピタンシーに代 表される資源ベース理論はこのような将来の予測困難性 と資源の重要性を戦略 論に組み込んだものであると言えよう。 このようにしてAnso軍は経済環境が戦略の意味に与える影響を提起 した。環 境の予測可能性が揺 らぎ,資 源の希少性の認識が深まるとともに,戦 略の意味 は行動 プランの策定 (行為戦略)から予期で きない事態に対応する組織的能力 (準備戦略)へ とシフ トしていった。このような戦略概念の変化は環境の変化 を反映 したものであ り,そ れは経営パラダイムを変革するものでもあった。こ のように変遷する戦略の意味は,そ の時々で考え尽 くされた行為 としての 「プ ラクシス」 としてメタ ・レベルでの概念化ができる。そ して,状 況に組み込ま れた戦略はこのようにして企業のあ り方を環境の変化に対応 させていったので

(12)

F

5 2 吉 田修教授退官記念論文集 ( 第3 1 7 号) ある。 上記で記 したように 「プラクシス」 として戦略 を概念化することは不必要, かつ,抽 象的な哲学的観念論 と思われるか もしれない。 しか し,改 めてこの よ うな立場 か ら戦略論の展 開を振 り返 ってみると,既 に本稿の指摘 を示唆する議 論が進化論 的モデル として展 開されて きたことがわかる。Burgelman(1983)や 竹 内ほか (1986)がその代表例である。彼等 はWdck(1979)の 文化進化論 を戦 略論 に応用 して,組 織 をある一定のパ ターンをとる戦略的イエシアチブのエ コ ロジー として概念化 した。そ して,そ のエコロジーのなかでは次のような文化 的進化 プロセスが進展す るとした。 まず,異 なったスキルや経験 を有 し,昇 進 を求める個人の戦略的イエシアチブが組織の多様性の源泉である。戦略的イニ シアチブは戦略的コンテクス トにおいて,事 後的な合理化や意味付 けが行 なわ れる。 ここで,戦 略的 コンテクス トは トップとミ ドルの政治的な対話の場 と定 義 される。その際,企 業の資源配分 を支配する管理 システムや戦略が政治的な 対話 に影響 を与 えるべ く対話の参加者 に動員 される。その際,戦 略は企業の過 去 ・現在 の成功 を説明す る企業 自身が保持す る基礎理論 である とBurgelman (1983)は定義 した。 この対話 を生 き残 った戦略的イニシアチブは組織的に正当 化 され,組 織の戦略に組織 目的, ドメイン,独 自能力 として組み込 まれてい く。 組織 はこの ように戦略 を中心 とした変異 ・淘汰 ・保持のサイクルを繰 り返すプ ロセスのなかに存在するとい うのが進化論的モデルの指摘である。 このプロセ スはWeick(1983)が組織化 プロセス,野 中 (1988)が知識創造 プロセス と呼ぶ もの と類似 した もので もある。 もちろん,Burgelmanを は じめ としてこれ らの 論者 は戦略概念 自体 を分析 したのではない。 しか し,こ れ らの論者は本稿が指 摘す るメタ ・レベルの戦略概念 の晴矢 となるものである。 戦略が 「プラクシス」である以上,現 象的な戦略の意味が固定化することは ない。今後 とも戦略の意味 は変化 してい く可能性 は高い。90年代 に入つて戦略 論 はパ ラダイム ・シフ トを迎 えている とい う指摘がある。それは次の ような点 の で これまでの戦略論が依拠 した前提が崩壊 し始めているか らであるとされる。

(13)

( 1 ) これ までの戦略論 は安定 した産業構造 を前提 として,そ のなかでの事業のポ ジシ ョエ ングに焦点 を当てた (もはや産業構造の安定性 を前提 とはで きない)。 ( 2 ) 戦略論 は既存の産業 に注 目し, 産 業 自体の創出 を扱 わなかった ( 新産業の創 出こそが戦略論の最 も重要な課題である)。(3)戦略論は分析 を事業単位に集中 し,企 業 レベルでの資源や能力全体の分析を欠いた (企業ネットワークや戦略 提携 を考慮 に入れると個別企業の分析では不適当なケースが多い)。(4)戦略の 結果は経済的なものに限 り,政 治的な結果を考慮 しなかった (戦略は企業内の パワーや知識の分布に影響 を与える)。(5)戦略策定を分析プロセスとして,戦 略実施を組織プロセスとした (戦略の策定 と実施は密接不可分であ り,ひ いて は組織 と戦略 も密接不可分な関係にある)。このような戦略論の諸前提の崩壊 はAnso鮮の 「準備戦略」から一歩踏み込んで,積 極的に産業を創出する創造型 戦略論の必要性を示唆するものである。このタイプの戦略を仮に 「創造戦略」 と名づけよう。野中(1988)による知識創造理論はこのような観点からの戦略論 の方向性 を示唆するものである。 IV む すび 戦略概念をメタ ・レベルで把握 しようとする本稿の試みは萌芽的なものであ る。 しか し,戦 略 と組織の相互浸透性が認識され,組 織の本質を知識創造プロ セスにあるとするパラダイムの登場は戦略を 「プラクシス」 として考察するこ とを要請するようにみえる。戦略 と組織の相互浸透性は伝統的な戦略・組織概 念では記述不可能であ り,メ タ ・レベルでの戦略概念をこの相互浸透性の記述 に適用できる可能性がある。われわれは 「創造戦略」を理解するための新 しい 言葉 を必要としているのである。

(14)

54 吉 田修教授退官記念論文集 (第317号) 引用文献

Andrews,K.,7脇 夕attcの けげ ∽ 響。拘姥 Sサ陶けり欽 HOmewood,1971。 (山田一郎訳 『経 営戦略論J産 業能率大学出版部,1976)

Ansoi H.I.,Cο ttο町けθSけ抱 けり銃 McGraw―Hlll,1965。(広田寿亮訳 「企業戦略論』産業 能率大学出版部,1977)

Ansoi H.I., “ The Changing Shape Of the Strategic Problem," in HOfer,Ce and D. Schendel(eds.),Sけγoけθ9ウc虹 転物Qθθ9物θ%ιfム ハlθtt Pθrtspθcけぢυθ O/β ttsウ%θss Pοιづcグ attα Pιa物物襲 、 Prentice Hall, 1979,pp.30-47.

Barnard,C.,質んθF切物cけあο句 げ Ettec切けづυq Hattard Business Press,1938.(山本安二貞円・

田杉競 ・飯野春樹訳 『経営者の役割』 ダイヤモ ン ド社,1968)

Barney,J.B., “ FirIII Resources and Sustained COmpetitive Advantage," 」 θ切竹物aιげ 吻 θ切物夕れち 17, 1991, pp. 99-120.

Bower,J.L.,れ 危“畑り物 量鶴ο切竹θムιιοcaけわ物 P/00鶴島 Hattard Business Press,1970. Burgellnan, R., “A Process MOde1 0f lnternal COrporate Venturing in the Diversined

M t t o r F i r m , ルムc 滅9 物ヶ げ 財の物り θ物∽ ↓妃θυウθ物 駅1 た1 9 8 3 , p p . 6 5 - 7 5 . C h a n d l e r , A . D . 」 r . , S け 街a けθθヶ αttα Sけ地 cけ物竹 fσ んてっ 形 容 づ物 滋 θ ガ 癒 ο物 げ けんθ Й らα体 ″克 aι

助 け釘wtte MIT Press,1962.(三 菱経済研究所訳 「経営戦略 と組織』実業之 日本社,

1967)

Chandier,A.D.」 r.,4物θ ttsあbιθ万の%α Hattard Business Press,1977.(鳥羽欽一朗 ・小

林袈裟冶訳 『経営者 の時代 ,上 ・下』東洋経済新報社,1979)

Cyert,Rc M. and」 . G.A/1arch,ム Bθん。υウοTa/ιTんθοれグザ けんθF力7L PrecetOn―Hi11, 1963.

(松田武彦 ・井上恒夫訳 『企業の行動理論』 ダイヤモ ン ド社,1967)

Foucault,MI.,PИααttθss attα Cお づι″αけあο% Vintage Books, 1965, Foucauit, M.,POttθγク7みα【%Ottιθttq PanthOn B00ks, 1972.

Hofer, C.W.and Do E. Schendel,Sけ γαけθθグ FOr挽 切ιaけづοtt fム物aιグけあcaサσο%cマクち WeSt

Publisher,1978,(奥村 昭博 ・榊原清則 ・野 中郁次郎訳 『戦略策定』千倉書房,1981)

石井淳蔵 ・奥村昭博 ・加護野忠男 ・野 中郁次郎 『経営戦略論』有斐閣,1996. Knight, D.and G.MIorgan, `COrporate Strategy, OrganizatiOns,and SubieCtivity:A

Critique,'' Ottα物姥aけぢοtt Sけ物αケθ5 12(2), 1991,pp.251-173.

(15)

妃仰姥物 7(1),1982,pp.45-48,

MacCrimmOn,R., “ Do Firm Strategies Exist?,"Sけ γoけをυぢθ?γo物aクθttθ%け」θ切物 aら 14, 1993, pp. 113-130.

Miles, R. and C. SnOw, Ottα 物後oけあοttaι SけγaけOgtt Sけ?切cけ切γθ O切αP/OCθs島 MlaGraw―Hlll, 1 9 7 8 。( 土屋守章 ・内野崇 ・中野工訳 『戦略型経営』 ダイヤモ ン ド社 , 1 9 8 4 )

Mintzberg,H., “ Patterns in Strategy Formation," Ma物 。θθttθ物けSCをθttce 24(9),1978, pp. 934-948.

MIintzberg,H.and A.MIcHugh, “ Strategy ForIIlation in an Adhocracy," ムα竹みあ物体けγα″ぢυθ Scあσれcθ 02aγけθ句欽 30, 1985, pp. 160-197.

野 中郁次郎 『知識創造 の経営 : 日本企業のエ ピステモ ロジー』 日本維済新聞社,1988.

P e n r o s e , E . T . , T んθ t t θο物 げ れθC 拘 切けん ザ けんθ見 物 B l a c k w e l l , 1 9 5 9 。( 末松玄六訳 「会社成長 の理論』 ダイヤモ ン ド社 , 1 9 8 0 )

Peters,T.J.and R.Ho Waterman,Jr.,あ Sθa竹ん ザ E″Cθιιθttca Harper&Row,1982. (大前研一訳 『エ クセ レン ト・カンパニー』講談社,1983)

Porter,MI.,Cοttp例あけあυθ Sけγaけ?θヶ:コθcルれう?切θs Jわγム物aιυβo竹σれαttsけ克θs attα σοttpθけぢ―

れο物島 The Free Press,1980。(土岐坤 ・中辻高冶 ・服部 昭夫訳 『競争 の戦略』 ダイ

ヤモ ン ド社 ,1982)

Prahalad,C.K.and G.Hamel, “ The Core Competence of the Corporation," 万 atta疱 娩 物θss ttθυあθ9ら 68(3),1990,pp,70-91.

Prahalad, C. K. and G. Hamel, “Strategy as a Field of Study:ヽVhy Search for a New Paradigm?," Sけra/けθθウc MattQθθ物 物け」θttγれaら 15, 1994, pp. 5-16。

Rouleau, L. and F, Sehguin, “Strategy and Organization Theories: Cornlnon ForrIIs of

Discourse," Jθ 切何敬財ιげ 」И働物Qgθ ttθ%け Sけ切αケθ島 32(1), 1995,pp. 101-117.

Rumelt, R. P.,説 γaけθθtt Sル切cけ切γe attα 』cθttο竹みあC Pθヶbγttattca Hattard Business

School,1974.(鳥羽欽一朗 ・山田正喜子 ・川辺信 雄 ・熊沢孝訳 「多角化戦略 と経済

成果』東洋経済新報社,1977)

Shrivastava, P., “Is Strategic MIanagement ldeology?," 」θ切ヶれaι げ 虹転竹agθttθ%ち 12 (3), 1986, pp. 363-377.

Shirley,R.C,“LiEniting the Scope of Strategy:A Decision Based Approach,"Acaαθηttυ Q/五 万働7うo9θ 街均θ物け 妃の ぢθ物 , 7(2), 1982, pp.262-268

(16)

56 吉 田修教授退官記念論文集 (第317号)

Simon,H.,ム 腕 れ体け陶け力θ Bθんoυウοtt The Free Press,1945。(松田武彦 ・高橋 暁 ・二村

微子訳 『経営行動』 ダイヤモ ン ド社 ,1989)

竹 内弘高 ・榊原清則 ・加護野忠男 ・奥村昭博 ・野 中郁次郎 「企業の 自己革新』中央公論社,

1986.

Thomas,H.,“ Mapping Strttegic Management Research," し 碗加吻↓げ 晩 物 侮脚われ匈 効 ― θ物ち 914), 1984, pp. 55-72.

ヽVeick, K,, Tんθ Sοcあaι Psycんοιοθク げ 0竹90物を″ぢ鴫 , 2nd Reading,Addison― ヽVesley, 1979.

(金子暁嗣訳 「組織化 の社会心理学J誠 心書房,1980)

Werllerfelt,B.,“A Resource一Based View of the Firm," Sι ttaう。9をcプИa%Qσθ竹形物あ」θ切物 aら 5, 1994, pp. 171-180.

参照

関連したドキュメント

現代の企業は,少なくとも目本とアメリカ合衆国においては,その目標と戦略

フラである (池上,2013)

まず,AICPA の CAP が 1950 年に公表している ARB 第 40

研究上の視点を提供する。またビジネス・コミュニケーション研究イコール英

を,松田教授開講20周年記念論文集1)に.発表してある

学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件

「必要性を感じない」も大企業と比べ 4.8 ポイント高い。中小企業からは、 「事業のほぼ 7 割が下

Citrix DaaSは、より広範なクラウドサービスの領域を扱う完