!29 臨床報告 〔東女医大誌 第57巻 第10局面1235∼1237昭和62年10月〕
川崎病様症状を呈し急激に悪化したYersinia pseudotuberculosis
敗血症の1例
東京女子医科大学第二病院 小児科(部長: コバヤシ マスミ ワダエミコ フジタ小林 真澄・和田恵美子・藤田
タムラ コ ミハラ ァキラ ホシナ田村まり子・三原 章・保科
(受付 昭和62年6月23日) 草川三治教授) ユキ コ 幸子 キヨシ清
はじめに エルシニア感染症は,小児の細菌性腸炎の起炎 菌として最近重要視されている.中でもYersinia pseudotuberculosis(以下Y. ptbと略)は,川崎 病と類似した多彩な臨床症状を示すこと,また岡 山を中心とした中国地方に多くみられていたが, 最近では,千葉県の集団発生を始めとして,関東 地方などにもその流行が見られることから,注目 を浴びている疾患である.今回我々は,川崎病様 症状を呈し,DIC,腎不全を合併して急激に悪化し たY.ptb敗血症の1例を経験したので,ここに報 告する. 症例:T.S.,7ヵ月男児. 主訴:発熱,下痢,咳漱. 家族歴:父;アレルギー性鼻炎,姉;喘息性気 管支炎. 既往歴:特記すべきことなし. 現病歴:昭和60年12月末より軽い下痢が続き, 近医受診し,抗生剤,止痢剤投与にて軽快と増悪 をくり返していたが,発熱はみられなかった.昭 和61年1月15日より,38℃以上の発熱,下痢,咳 1軟が出現し,1月20日当科外来受診,翌21日に入 院となった. 入院時現症:口唇はやや乾燥し,咽頭粘膜の発 赤がみられた.胸部所見では,呼気延長が認めら れたがラ音は聴取されなかった.腹部所見では, turgorがやや低下していたのみで,肝脾触知せ ず,その他は,股間部にオムッカブレ様の湿疹が あるのみで,比較的全身状態は良好,軽度脱水の 所見であった. 入院時検査所見(表1):白血球数8,200/mm3, ヘモグロビン9.3mg/dlで,正球門下色素性貧血 を呈していた.CRP 6+↑,赤沈は1時間値55mm と充進していた.生化学的検査では,総蛋白5.7 mg/dlと低下していたが,肝機能,腎機能とも異 常は認められなかった.胸部レ線では,軽度の間 質性変化が認められた. 入院後経過(表2):入院当日,全身状態は比較 的良好であり,輸液療法および,咳漱,胸部レ線 表1 入院時検査所見 血液一般検査 WBC 8200/mm3 Stab 21% Seg 14% Eo 5% Ba O% Ly 50% Mo 5% RBC 336×104/mm3 Hb 9,3g/dl Ht 28,5% Plt 10.4×104/mm3 生化学的検査 T.PBUN
CrGOT
GPT
LDH
ESR CRP Mycoテスト 寒冷凝集反応 咽頭培養 尿培養 便培養 5.79/d1 15.6mg/dl O.49mg/d1 22K.U 25K.U 6331U〃 1hr 55 mm 6+↑ 40↓ 4↓ 全て陰性Masumi KOBAYASHI, Emiko WAI)A, Yukiko FUJITA, Mariko TAMURA, Akira MIHARA and Kiyoshi HOSHINA〔Department of Pediatrics(Director:Prof. Sanji KUSAKAWA), Tokoyo Women’
sMedical College Daini Hospital〕:Acase of yersinia pseudotuberculosis sepsis with symptoms resem・ bling Kawasaki disease.
130 表2 入院後の経過 月 1月 日 20 21 22 23 24 25 26 病日 7 8 9 10 11 !2 13 体温40
一
アスピリン ABPC LMOX † 39 R8 FOM 37 36 35 ヘハリ/ FOY 咳徽発疹一
・唇発赤苺舌。
硬性浮腫一
手掌紅斑一
WBC 8200 9100 9000 7800 Hb 9.39/dl 8.3 ア.4 6.5 Plt 10、6x104mm3 6.8 5,7 2.1 CRP 6十 6十 FDP 30 35 ブイブリノーゲン340 120 BUN 32.8 43.8 Cr. 2.8 3.0 で間質性変化が認められたことよりマイコプラズ マ肺炎を考慮し,Erythromycin(EM)の投与を 開始した.翌日より湿性咳喉がひどくなり,ラ音 が聴取されるようになったが,下痢に関しては1 日に4∼5回軟便が出る程度で,哺乳力もよく なってきていた.入院3日目の夕方より,両上肢, 下肢,背部に細かい発疹が出現し,続いて口唇, 口腔粘膜の発赤,苺舌,四肢の硬性浮腫が見られ るようになった.眼球充血は認められなかった. 入院時の咽頭培養,尿培養,便培養はすべて陰性 であった.入院4日目,全身状態が徐々に悪化し はじめ検査にて血小板6.8×104/mm3と減少,また 多呼吸,頻脈とな:り心音もギャロップリズムが聴 取された.心エコーを施行したが,心のう液貯留 はなくその他,冠動脈にも異常は認められなかっ た.症状および白血球数その他の所見から,川崎 病はどちらかというと否定的ではあったが念のた めにアスピリン400mg(50mg/kg)を投与した. また同時に血液培養を行なうと共に,Ampicillin (ABPC)100mg/kg静注を開始した.出血傾向の 進行と同時に,尿素窒素32.8mg/dl,クレアチニン 2.8mg/dlと上昇,尿量も減少し, hemolytic uremic syndromeなども考慮し,ヘパリン利尿剤 投与などの対症療法を行なったが,改善されな かった.骨髄穿刺を行なったが,異常は認められ なかった.血液培養施行翌日,混濁が認められ, 敗血症と診断し,腎不全のための排泄遅延を考慮 し,Latamoxef(LMOX)100mg/kg, Fosfomycin (FOM)100mg/kgを分2で投与開始した.またFDP上昇,フィブリノーゲンの低下とDICの合
併が明らかになったため,ヘパリンに加えてメシ ル酸ガベキサート(FOY)を投与した.一方頻脈 が続いていたためジゴキシンを投与し,低アルブ ミン血症に対し,アルブミンの補給も行なった. 同日夜より,けいれん発作がおこり,意識レベル の低下がみられ,呼吸困難となったため,挿管腎 不全の進行もあり,乏尿も進んできたので,腹膜 潅流を施行した.腹膜潅流開始後,尿量増加し, 自発呼吸も出現,意識レベルも上昇したが,8時 間後,突然,心停止,呼吸停止をきたし,蘇生に 対して一度も反応せず,死亡した.翌日,血液培 養から,Y. ptbが同定され,同菌による敗血症と 診断された. 考 察 Y.ptbは,1883年,モルモットの結核様病変よ り発見され1),ヒトの報告では,1954年,Knappら の腸間膜リンパ節炎より分離したのが最初であ る2).本邦では,1913年に西沢がY.ptb敗血症例 を報告しているが3),その後同じYersinia属のY. enterocoliticaに比べると,頻度としては少なく, 中でも敗血症は,稀な疾患である.最近では,そ の多彩な臨床症状より,川崎病や溶連菌感染症と の鑑別などが話題となり,また佐藤らは,泉熱と の関連を指摘している4).一方,以前は岡山県を中 心とする中国地方に多くその発生がみられていた が,最近になって,千葉県の集団発生を始め,関 東地方にも広がってきているようである.今回私 達の経験した症例は,入院時全身状態が良好で あったものが,途中から発疹,口唇,口腔粘膜の 発赤,苺舌,四肢の硬性浮腫といった川崎病様の 症状をおこし,その後急激に悪化,2日間でDIC, 急性腎不全を併発して死亡した. 病理解剖が行なえなかったことから,直接の死 因は明確でないが,臨床的には,出血傾向や腎不 全も改善した後の,突然の心停止であったため, ショックのような状態であったのではないかと推 定している.感染経路に関しては不明であり,ペッ ト動物への接触もなく地方への旅行,井戸水の使 用の既住もない. 一1236一131 また患児は保育園に通園していたが,園児の間 で,下痢の流行も認められなかった.しかし昭和 60年12月より,軽快と増悪をくり返しながらも下 痢が続いており,腸管感染症から敗血症に進展し ていったものと思われる.一般的には,Y. ptb敗 血症は基礎疾患のある場合が多いが,乳幼児の場 合には,基礎疾患がなくても,腸管感染症から菌 血症,敗血症に進展する可能性もある5).しかし長 期間下痢が続いていた間に,近医にてCefaclor (CCL), Amoxillin(AMPC)等が投与されており, 今回検出された菌は,投与されていた抗生剤に対 して高い感受性を示していた. したがってY.ptbの感染がいっから始まって いたものなのかは,明確でないのが実状である. 入院時は,全身状態が良好であっこと,CCL,
AMPCで軽快しない持続する下痢からキャンピ
ロバクターによる腸炎も考慮する必要のあったこ と,また咳漱が強く,胸部レ線写真で,間質性肺 炎の様相を呈していたため,マイコプラズマ肺炎 の可能性も考えられたことから,EMで投与開始 していた. 状態が悪化してからは,川崎病と敗血症の両方 の観点から,アスピリンおよびABPCを投与して いたが,血液培養にて混濁が認められてからは,LMOXおよびFOMの併用療法を行なった. DIC
に対しては,ヘパリン,FOYを投与して,出血傾 向の改善は認められていた.結果論ではあるが, 唯一EMに対してだけは耐性があり,抗生物質の 選択を誤まったことがこの悪化を招いたのかもし れない.DICの合併した症例は,竹下らが報告し ているが6),ヘパリン,FOYの投与にて軽快して いる。腎不全の合併例は数多く報告されており, 腎生検の結果では,tubulointerstitial nephlitisが 多く認められ,いずれも保存的治療で軽快してい る.諸家の報告によると,Y. ptb感染症は,腎不 全,DIC等,重症感染症を示唆する合併症をおこ しえるがいずれの場合も,抗生剤治療にて治癒し ている.敗血症の死亡例は,佐藤らが1例報告し ているが5),点頭てんかん,水頭症があり,V−P シャントを施行していて基礎疾患があり,やはり 本症例と同様に突然の呼吸停止,心停止をきたし ている. 本症例では詳細な検査は行なえなかったので明 確ではないが,免疫学的な異常があった可能性も 考えられる.検出されたY.ptbは,血清型,4bタ イプのものであった.Y. ptbは集落形成が時間が かかり,しかも至適発育温度が25∼30℃前後とい う特異な性状があり,他の細菌の混在する状態で は,特殊な培地でないと,検出されにくい.入院 時の便培養で検出されなかったのは,一般の腸内 細菌の培養しか行なわなかったためと思われる. ま と め 途中から川崎病様症状を呈し,DIC,腎不全を合 併したY.ptb感染症の1例を報告した. Y. ptb感 染症は多彩な臨床症状を示し,川崎病の診断基準 をみたすものがかなりみられるようであり,両者 の鑑別診断を含めて,小児科領域における重要な 疾患であると恵われる. 稿を終えるにあたり,御校閲を賜わりました草川三 治教授に深謝致します. またエルシニア菌について御教授いただきました 鳥取大学農学部,坪倉 操教授ならびに,血清型別を していただきました,東京都立衛生研究所,丸山 務 先生に感謝致します. 文 献1)]Mallassez L, Vignal W:Tuberculose
zoologique. Arch Physiol No㎜Pathol 2:
369−373, 1883
2)Knapp W:Mesenteric adenitis due to Pas−
teurella pseudotuberculosis in young people. N
Engl J Med 259:776−781,1958
3)Saisawa K=Uber die Pseudotuberculosis beim Menschen. Z Hyg Irfektkr 73:353−358,
1913 4)佐藤幸一郎:Yersinia感染症.小児科23: 813−820, 1982 5)佐藤幸一郎,村上元正,井上正直ほか:乳幼児 Yersinia pseudotuberculosis敗血症の5例.日児 一志 85 :384−391, 1981 6)竹下善一,鬼塚寛志,黒田美奈子ほか:Yersinia pseudotuberculosis敗血症の1例.臨床と細菌 10:87−91, 1983 一1237一