現代心臓病学への歴史的考察一
遇京女子医科大学 成人医学センター シブ ヤ ミノル渋 谷 実
(受付 平成3年10月4日) はじめに 聴診器は古くはConan Doyle(1859−1930)の Sherlock Homesの中に医師のシンボルとして出 て来ますが,現在でも医学生,医師のシンボルで あることには変りありません.私はこの聴診器と 共に30余年心臓血圧研究所および成人医学セン ターにて診療および研究に従事して来ました.私 の聴診器は医師のシンボル以外に,心音,心雑音 を聴診する診断としての機能を目的とした診断技 術として用いて来ました.私が心研にお世話に なった頃は,故榊原教授がPDA(動脈管開存)の 日本での最初の第一例手術に成功し,心疾患の患 者が沢山二二に受診して来た頃でした,弁膜症や 成人の先天性心疾患を勉強できるよい機会でもあ りました.やがて心音や心雑音が記録できる心音 計も導入され,私の心音,心雑音の知識も次第に 豊富になりました.私は心研にお世話になる前に, 昭和28年から32年までアメリカ,ニューヨークの 州立大学に留学し故William Dock教授にお世話 になり,心音,心雑音の手ほどきをうけ,心音(過 剰)の発生,心雑音の発生のメカニズム等の勉強 をして来ました. 本日は聴診から聴診器の開発,心音計の開発お よび心音図の記録,その分析,超音波への現代心 臓病学への歴史の流れをお話して,将来への展望 をつけ加えたいと思います. 1.直接聴診法,HarveyからLlaennecの時代 直接聴診法とは耳を直接胸壁にあてて聴診する 方法です(写真1∼3).写真は1900年代の始めに 雑誌にのせられたものです.医師,患者の表情が よく現われています.この聴診法は古くから行わ れていた方法です.聴診器を忘れた時に便利です.ク
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写真1 Dlrect auscultationMinoru SHIBUYA〔The Institute of Geriatrics, Tokyo Women’s Medical College〕:Thirty years and
more of my life at The Heart Institute of Japan and The Institute of Geriatrics, Tokyo Women’s Medical College, in company with the stethoscope:Historical view of auscultation, invention of stethoscope,
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写真4 William Harvey(1578−1657){_輔」_しノ
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図l Musical diastolic murmur retroverted aortic vulve
87042 produced by William Harvey(1578−1657,写真4)以前には 殆んど心音についての報告はありませんが, Hippocratesの時代,約400BCにはこの直接聴診 法は一般に行おれていたようです.肺の異常呼吸 音に関する記載はみられます.しかしHarveyは 1628年にDeMotu Cordisに“心臓の動きにつれ て,静脈から動脈に血液が伝えられ,拍動が起こ りそれが胸できかれる”と記載されています,心
雑音に関してはHarveyからLaennecの時代の
間には症例報告程度の文献がありますが,特に興 味があるのは楽音性の大きな雑音で,今でいえぽ Levine 6度程度の患者より離れても聞かれる雑 音です(図1).この雑音は当時は悪魔が胸の中に いて叫んでいる,この叫びが症状を作り,わるさ をすると一般には信じられていたようです.図1 の心音図は大動脈弁の反転による逆流の心雑音で すが,この患者には悪魔はおりませんでした.時々 このような雑音は今でも経験します. 2.Rene Llaennec(1781−1826,写真5)の時 代Laennecはナポレオンの主侍医であったCor
visartの弟子であり,聴診器を開発するまで熱心 に直接聴診法を実行していました.パリーに住ん でおりました.最初彼は肝硬変の研究をしており, 後に結核の研究をしていました.しかし彼は常々 直接聴診法の不便さを感じており,その頃の風習 として女性,特に若い女性の前胸部に耳を当てる ことは許されなかったようです.直接聴診法は医写真5 Ren’e Laennec(1781−1826) 師,患者共に不便であり,不快であり,病院での 使用は実際的でないと考えていました.特に女性 で乳房の大きさが物理的な障害になっていること を経験的に知っていました.1816年彼は心疾患の 症状のある少女でしかも肥満があり,触診や打診 で病気の情報の得られないこの少女に,一帖の紙 を筒状に固く丸めて一端を胸壁に,他端を耳にあ てて聴診をした所,直接法よりも明瞭に心音が聴 かれたので,彼自身驚いたようです(写真6,.上 段1).その後3年間いろいろ自分の作った聴診器 を改良研究しており,それで得られた所見と病理 解剖所見と対比して臨床研究を行ったが,彼の考 えでは1音は心室収縮により生ずる音,2音は心 房収縮による音であると考え,病理解剖所見と心 雑音があわなかったことに気がつきました.今日 では彼の考えは誤りであることは皆さん御存知で しょう.Laennecは雑音を音色で分類することも 試みました.例えば僧帽弁逆流雑音のblowing murmur等です.やがて彼の聴診器は改良されて (写真6の下段),筒状の木の径の中央を縦にくり ぬいて穴をあけ,中央部分に携帯に便利なように, 分離できるようにし,一端をじょうご状に作った ものに変って行きました.パリーはやがて聴診の メッカになり,若い医師が世界中から集って勉強 するようになり,やがて各自がその聴診器を自国 に持ちかえるようになり,当時の聴診技術が世界 中に広まりました.しかしフランスではLaennec 撫雛穿 轟 # 詔耐γ認、 鰍認瀞 舞、
写真6 Various types of monaural stethoscope
の聴診器は,机の上におかれるだけで,余り流行 せず,相変らず直接聴診法が用いられていました. 聴診上の技術的な困難さの故か,国民感情による ものかよく分りません.やがてLaennecの聴診器 は英国,アメリカ,ドイツに伝えられ,やがて現 在我々が用いている聴診器へと改良されて行きま す.単三性聴診器から両耳性聴診器へと改良され て行きます.単耳性も木から金属へと改良され, Traubeの聴診器がその例です.1876年に胎児心 音聴診器として用いられました(写真6の9). 一方単耳性よりは両耳性の聴診器が合理的であ り,使い易いということでいろいろ研究され,柔 軟性の聴診器が開発されるようになって行きまし た.今日のゴム管の部分ですが,針金をらせん状 にしてその周りを絹でおおったものが最初用いら れましたが,やがてゴムに代って行きます. 現在の聴診器の原型はアメリカの音響工学の技 師であったBowlesに負う所が多く,彼は膜型の チェスト・ピースを作り(これは音の高音成分を 聴く),1894年に特許をとっております.その後膜 型とベル型(これは低音成分を聴くのにょい)の 組合せのチェスト・ピースをSpragueが1926年に
開発し写真7の5および写真8の右,以後
写真7 Flexible monaural and binaural stetho scope
写真8 0riglnal stethoscope of modem types
Rappaportと共にゴム管の長さ,太さ,イヤ・ピー ス等の重要性を検討して現在の聴診器の基礎を作 りました.最近よく用いられるLittmannの聴診 器は軽量であるのが特徴です(写真9).最近の Rappaport−Spragueの聴診器を写真10に示しま す.小児用,やせた人にも用い易いように工夫さ れています.その他英国で作られたもの,および 電子聴診器を示しますが(写真11)いずれも原型 と似ております. 日本の我々が昔,使用した聴診器(写真12)を
写真9 Littmann types stethoscope
写真10 Rappaport−Sprague stethoscope
(new type)
写真11Stethoscope made m England and electric
写真12Japanese stethoscope 示しますが,医学生の頃使用するのに非常に困難 であった記憶があります.イヤ・ピースがすぐ耳 から落ちてしまうのです.高価なものはチェス ト・ピースは象牙でできており,イヤ・ピースも 象牙でできていました.ベル型の聴診器ですが, この日本の聴診器の原産は日本なのか,中国なの かよく分りません.今迄示して来た聴診器のカテ ゴリからははずれているように思います.どなた か御存知の方はお知らせ願いたいと思います, 3.心音計(心音図)の時代 現代的な心音計の開発の始まりは心電計の開発 記録が心音図とよぼれました.私が留学していた 頃Dock教授は, string galvanometerを用いた 心音計を使って実験している時に,振幅の大きい 低音成分の音により,stringが切れて困っている 光景を目にしたことがあります. 私が留学していた1953年頃は,心臓カテーテル が一般の病院でも行われており,心音の発生メカ ニズム,狭窄のある弁膜症における圧較差と心雑 音の型,圧較差と心雑音の継続,薬剤負荷による 心雑音の変化と血行動態の変化,心内心音図の記 録へのマイクロフォンつきのカテーテルの開発や その記録,それによる心音,心雑音等のメカニズ ムの解析等が行われ,心音図の分析に飛躍的な発 展をとげた時代です.聴診技術や心音図分析の黄 金時代を作りあげました.図2はMSの術前術後 の心音図およびカテーテル所見を示したものです が,術後弁口が拡大され,左房圧が下がると(軽 くなると)II−OS間隔は広がり,心雑音も拡張初期 1陣川麗1陣191111川Ill岡蹴川1圃鰍II,1開剛困llllll鵬閥圃幽ll劇旧開脚闇開酬融川㎜ll鵬噂陣随川1旧勘m闘闘闘II鵬1闘旧闇剛訓川開膿llll図
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Extreme Sl A2 X:Aortic election Sound Aδb監。、図3 Pattern of systolic murmur and
hemodynamics of PS and T/F (流入期)と心房収縮期に限局して来ます.即ち II−OS間隔が長く,拡張期雑音が短かいのは軽い
MSの所見といえます.図3の左はPSの心音お
よび心雑音と右室圧を対比したものです.雑音(収 縮期)のピークが収縮期後半にずれ,2音の分裂 間隔が広がり,A2を雑音が包むようになれぽ,重 症のPSであると云えます.図3の右はファロー 四徴症の心雑音の変化と血行動態を対比したもの ですが,収縮期雑音が短い程,チアノーゼが強く, 重症であると云えます. しかし1980年頃からは心音図学は次第に斜陽化 して,研究発表も少なくなり,やがて超音波によ る心臓超音波診断技術の開発へと進んで行きま す. 4.Echocardiographyの時代へ 超音波は第二次大戦後主に金属のひび等の発見 に用いられていましたが,1950年Keidelが超音波 を使って心臓を調べた最初の人です.しかし心臓 の弁膜,特にMSについて調べたのはスウェーデ ンのElderとHertzです.彼等は商業ベースで売られている超音波装置を使ってMSの前尖の運
動を記録し,正常弁との相違を発見し1950年代の 半ばから1960年代の始めにその結果を発表してい ます.スウェーデンのElder等の仕事はすぐにド イツに伝えられ,Effertによって1950年代の後半 にElderの追試を行ったような結果になりまし た.しかし彼は左房粘液腫の記載もしています. 一方アメリカではJohn ReidがPennsylvania大 学で超音波装置を作製しClaude Joynerと共に 1963年MSでElderの追試を行い,これがアメリカの最初の実験でした.その後1963年の後半
Feigenbaumが興味を示して,心臓内の構造物の解明を行い,現代echocardiographyの基礎を
作っていきました.一方日本の東北大学の蛯名教 授等は1967年に断層超音波装置を開発したのは有 名な話です.1973年にはDopplerが超音波装置に 組み込まれるようになり,血流も調べられるよう になり,現在の色つぎのDopplerへと発展してい ます.今後いろいろ考案されて,患者の診断およ び管理にますます重要な役割を果して行くと思い ます. あとがき 私は今迄話して来ました聴診の長い歴史の中の 僅か30余年,この分野の研究をして来ました.こ こで私の経験で得られた聴診技術は大切な心疾患 の診断法でもあります.聴診器は医師のシンボル でなく,重要な診断技術です.その技術を身につ けて,後世の皆さんに是非伝えていって速きたい と思います.本日の話の大半はVictor A, McKusickによる
Cardiov律scular Sound in Health and Disease,
The Williams&Wilkins Co., Baltimore,1958
によります.