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中世王朝物語における「火影」~印象的表現をめぐって~ 利用統計を見る

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(1)

中世王朝物語における「火影」∼印象的表現をめぐ

って∼

著者

市東 あや

著者別名

SHITO Aya

雑誌名

東洋大学大学院紀要

55

ページ

75-94

発行年

2019-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00010618/

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はじめに 物語において、灯火の光、もしくはそれに照らされた人物を指す 言葉として「火影」 (もしくは「灯影」 )という表現が用いられるこ とがある(1) 。似た用法の言葉に「月影」があるが、 「月影」と違 って歌題ではなく、散文中の用例も少ないことから、先行研究の少 ない語の一つである。特に「火影」のみを主眼に据えた考察は、こ れまでほとんどなされてこなかったと言っても過言ではないだろう。 そ う し た 中 で も『 狭 衣 物 語 』『 夜 の 寝 覚 』 の 二 作 品 に お い て は、 特 に 人 物 を 指 す 譬 喩 と し て の「 火 影 」 の 用 例 が 多 く、 「 月 影 」 と の 比 較 と い う 形 で 論 じ ら れ て き た( 2) 。 男 女 の 垣 間 見 や 逢 瀬 の 場 に 室内の景物として灯火があることは珍しくなく、その場で灯火に照 らされた時、もしくは後になって回想・思慕される時に「火影」を 用いて人物を表す例がほとんどである。 で は こ の 二 作 品 以 外 の「 火 影 」 は 考 察 に 値 し な い の か と い え ば、 決してそうではあるまい。たとえば『源氏物語』には「火影」の用 例が十七例で、数の多寡でいえば決して少ないものではない(3) 。 更にこの十七例のうち、灯火に照らされた人物を指すものが七例存 在する。 『狭衣物語』の十三例中十一例、 『夜の寝覚』の十五例中十 一例に同様の例が見られ、数としては劣るものの、先行作品として はそれなりの数が認められる。また、異なる二作品に同様の用法が みられるということは、これらの前後をも検証することで、作品同 士の影響関係や表現史を新たな観点から確認できる可能性がある。 本 稿 で は『 狭 衣 物 語 』『 夜 の 寝 覚 』 を 中 心 に、 物 語 作 品 に お け る 用例を再検討し、特に登場人物を指す譬喩としての「火影」という 表現について考察をおこなうものである。   『源氏物語』以前 「 火 影 」 と い う 語 の 表 現 性 が 格 段 に 高 め ら れ た の は『 狭 衣 物 語 』

文学研究科国文学専攻博士後期課程3年

 

市東

 

あや

中世王朝物語における「火影」~印象的表現をめぐって~

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からであるという、倉田実氏の論がある。倉田氏は物語中の登場人 物、特に女君が垣間見や逢瀬などの際に灯火のもとで印象的な映像 としてとらえられ、後にその映像が思い出の核として「火影」の表 現 で 思 い 出 さ れ る と し た う え で、 『 源 氏 物 語 』 で は こ う し た 表 現 は 少 数 か つ 限 定 的 で あ り、 『 狭 衣 物 語 』 で 初 め て 飛 躍 的 な 発 展 を 遂 げ ると述べた(4) 。 まずは『源氏物語』以前の用例がどうであったかを確認しておき たい。 『竹取物語』には「火影」の用例なし、 『宇津保物語』は五例、 『落窪物語』は二例、 『源氏物語』は前掲の通り十七例であった。主 体となっている人物を整理すると以下のようになる。なお、灯火の 光でなく人物を指している用例は、番号の上に*印を記した。 『宇津保物語』   1  あて宮  火影にさへこれはかく見ゆるぞ  嵯峨の院・三五九頁   2  藤英  火影に見えたる姿、限りなくめづらし  祭の使・四九五頁   3  帝  書に向かひたる火影、顔、有様、いとめでたし  蔵開中・四五三頁 *4  藤英  右大弁、むかしの藤英なりし、火影姿思ひて  国譲下・三〇三頁   5  いぬ宮  灯影の明かきに、 いぬ宮の、 いと白ううつくしげに て  楼の上下・六〇七頁 『落窪物語』   6  落窪の君  少納言火影に、 〈いと清げなり〉と  巻一・八八頁   7  男主人公  灯のいとあかき火影に、いと見まほしう清げに  巻一・九六頁 『源氏物語』 *8  光源氏  御灯影いとめでたく、女にて見たてまつらまほし  帚木・六一頁 *9  軒端荻  かのをかしかりつる灯影ならばいかがはせむ  空蝉・一二五頁   10 軒端荻  灯影に見し顔思し出でらる  夕顔・一九一頁 * 11 軒端荻  灯影の乱れたりしさまは、またさやうにても見ま ほしく思す  末摘花・二六六頁 * 12 紫上  灯影の御かたはら目、頭つきなど  葵・六八頁   13 六条御息所  心もとなきほどの灯影に、御髪いとをかしげに  澪標・三一二頁   14 博士達  掲焉なる灯影に、猿楽がましくわびしげに人わろ げなる  少女・二五頁   15 玉鬘  う ち 傾 き た ま へ る さ ま 、 灯 影 に い と う つ く し げ な り  常夏・二三二頁

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  16 明石女御  灯影の御姿世になくうつくしげなるに  若菜下・一九二頁   17 雲居雁  明らかなる灯影をさすがに恥ぢたまへるさまも憎 からず  横笛・三六一頁   18 夕霧  化粧じて出でたまふを灯影に見出して  夕霧・四七五頁   19 大君  心にくきほどなる火影に、御髪のこぼれかかりた るを  総角・二三四頁 * 20 大君  何心もなくやつれたまへる墨染の灯影を  総角・二三五頁 * 21 浮舟  心に入れて見たまへる灯影、さらにここと見ゆる ところなく  東屋・七二頁 * 22 浮舟  昨夜の灯影のいとおほどかなりしも  東屋・七四頁   23 女童  これが顔、まづかの灯影に見たまひしそれなり  浮舟・一二〇頁   24 老尼君  灯 影 に 、 頭 つ き は い と 白 き に 、 黒 き も の を か づ き て  手習・三三〇頁 全体を通して女君に対する用例が多く、垣間見や対面の際に灯さ れていた灯火、もしくはそれに照らされた姿を述べたものが中心と なるらしいことが、この時点でうかがえる。しかし用例1や6にみ えるように、やはり女君自身というよりは女君を照らす灯火として の用いられることの方が多いように思われる。男君が女君の美しい 容姿を知る場面ではあるが、これによって男君が女君をどう受け止 めたかという点については余り見えてこないようだ。 ただし、人物の印象を示す語としての使用が全くないかというと、 そうは言い切れない。用例2は七夕の宴の折に学生であった藤英が 正頼に見出され歩み出た際の様子、用例4は後年催された七夕の宴 に て 藤 英 が そ の 折 を 思 い 返 し な が ら 和 歌 を 詠 ん だ 際 の 様 子 で あ る。 男女の恋物語とはかかわりのない場面であり、思い返すのも自分自 身 で あ る と い う 点 を 看 過 す る こ と は で き な い が、 「 火 影 姿 」 は 明 確 に人物を指示した表現である。その場の印象的な景物として登場人 物の姿を照らした「火影」があり、それが後に回想で象徴的に用い られたという例では、これが初出と考えることもできよう。 と は い え、 『 源 氏 物 語 』 で も 印 象 や 回 想 に つ な が る 表 現 の 例 は 多 くない。たとえば大君の用例は、 19、 20の二つとも宇治の屋敷で薫 と何事もなく一夜を明かした時の様子であるが、後年、薫がこの時 の情景を回想することはない。また、浮舟の二例も回想ではあるが、 男君が見たものではなく、中の君の女房達が見た様子である。やは り『源氏物語』では、人物の印象的な映像とその回想という意味で の「火影」という表現は十分に発達していなかったと考えられる。 そうした中で用例9、 10、 11の軒端荻には、灯火に見た人物とそ の印象を取り上げるという特徴を強くみることができる。場面を引

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用し、整理していく。 灯近うともしたり。母屋の中柱に側める人やわが心かくるとま づ 目 と ど め た ま へ ば、 《 中 略 》 い ま 一 人 は 東 向 き に て、 残 る と ころなく見ゆ。白き羅の単襲、二藍の小袿だつものないがしろ に着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはにばうぞくなる もてなしなり。いと白うをかしげにつぶつぶと肥えてそぞろか なる人の、頭つき額つきものあざやかに、まみ、口いと愛敬づ き、はなやかなる容貌なり。髪はいとふさやかにて、長くはあ らねど、下がり端、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたる ところなく、をかしげなる人と見えたり。 (空蝉・一二〇頁) 空蝉を慕って屋敷へやって来た光源氏は、空蝉と軒端荻が碁を打 っている様子を垣間見する。暑いためか几帳を上げて「灯近うとも し 」 て あ っ た の で、 室 内 が よ く 見 え た。 光 源 氏 の 立 ち 位 置 か ら は、 柱に近い所に居た空蝉より東向きの軒端荻の方がよく見えたようで、 服装や身体つきなどが詳細に描写されている。 光源氏はそのまま寝所に忍び込み、寝ていた女君と逢瀬を持つ。 戸放ちつる童もそなたに入りて臥しぬれば、とばかりそら寝し て、灯明き方に屏風をひろげて、影ほのかなるに、やをら入れ た て ま つ る。 《 中 略 》 若 き 人 は 何 心 な く い と よ う ま ど ろ み た る べし。かかるけはひのいとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげ たるに、ひとへうちかけたる几帳の隙間に、暗けれど、うちみ じろき寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかく も思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣をひとつ着 てすべり出でにけり。君は入り給ひて、ただひとり臥したるを 心やすく思す。床の下に、二人ばかりぞ臥したる。衣を押しや りて寄りたまへるに、ありしけはひよりはものものしくおぼゆ れど、思ほしもよらずかし。いぎたなきさまなどぞあやしく変 りて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれ ど、人違へとたどりて見えんもをこがましく、あやしと思ふべ し、本意の人を尋ねよらむも、かばかり逃るる心あめれば、か ひなうをこにこそ思はめと思す。かのをかしかりつる火影なら ば い か が は せ む に思し な る も、わ ろ き御心浅さ な め り か し。 (空 蝉・一二三‐一二五頁) 忍 び 込 ん だ 寝 所 は「 灯 明 き 方 に 屏 風 を ひ ろ げ て、 影 ほ の か な る 」 状態であった。光は乏しく、人の判別はできない。空蝉も光源氏の 侵 入 を 知 っ た 訳 で は な く、 「 か か る け は ひ の い と か う ば し く う ち 匂 ふ 」 誰 か が「 う ち み じ ろ き 寄 る け は ひ 」 を 察 知 し て、 「 と も か く も 思ひ分かれず」と、人物を推し量る間もなくその場を去ったのであ る。光源氏も同様に寝ている人物の判別はついておらず、近寄って 初めて空蝉とは別人ということに気付くのだが、これも「ありしけ

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は ひ よ り は も の も の し 」「 い ぎ た な き さ ま 」 な ど 視 覚 以 外 の 差 異 に 頼ったものであった。その上で、人違いの相手がもし「かのをかし かりつる火影ならば」と、先刻垣間見た容姿を思い返すのである。 その後二人が再び逢瀬を持つことはなかったが、文などのやりと りをする度に光源氏は垣間見た姿を「火影」と思い返すこととなる。 「 残 る と こ ろ な く 見 」 え た 姿 と、 そ の 後 の 顛 末 が、 光 源 氏 に 強 い 印 象を残したのであろう。 注目しておきたいのは、灯火に見た「火影」を印象深い姿として 回想する際、その回想でも「火影」という語が用いられている点で あ る。 他 者 を 回 想・ 思 慕 す る 語 と し て は「 面 影 」 が、 『 源 氏 物 語 』 本文中だけで三十四例用いられているが、軒端荻が「面影」で表現 される例はない。光源氏が回想する軒端荻は常に「火影」なのであ る。 一方で、他の人物や「月影」に関しては、回想 ・ 思慕には「面影」 が 使 わ れ る こ と も 多 い。 例 と し て、 須 磨 出 立 の 際 の 紫 の 上 は「 月 影」に明々と照らし出されているが、出立する光源氏が思い返すの は紫の上の「面影」である。 御簾巻きあげて端に誘ひきこえたまへば、女君泣き沈みたまへ る、ためらひてゐざり出でたまへる、月影に、いみじうをかし げ に て ゐ た ま へ り。 《 中 略 》 明 け は て な ば は し た な か る べ き に より、急ぎ出でたまひぬ。道すがら面影につと添ひて、胸もふ た が り な が ら、 御 舟 に 乗 り た ま ひ ぬ。 ( 須 磨・ 一 八 五 ‐ 一 八 六 頁) 光 源 氏 の 誘 い に 応 え て 端 近 に 寄 っ て 来 た 紫 の 上 は、 「 月 影 」 に は っきりとその姿を照らし出されている。その姿を眺めた後、光源氏 は夜が明けないうちに須磨へ出立したが、道中思い起こすのは紫の 上の「月影」ではなく「面影」であった。紫の上にはこの例を含め、 光源氏や夕霧から「面影」を思慕される例が九例存在するが、軒端 荻に対する「面影」の例は一つもない。 これらの例から考えるに、同じく人物を回想・思慕する際に用い る語としても、 「火影」と「月影」 「面影」には差異があるように思 われる。 「火影」は男君が女君の姿を見た時の情景を示す語であり、 その時の印象は回想においても「面影」ではなく「火影」のまま用 い ら れ る ほ ど 深 い も の だ っ た の で は な い だ ろ う か。 「 火 影 」 を 人 物 の表現に用いる例が少ない中において、軒端荻に関する用例は、そ うした「火影」という語の持つ役割を示唆するものである。   『狭衣物語』 次に、 『源氏物語』以降の用例をみていく。 『 狭 衣 物 語 』 の 主 人 公 狭 衣 は、 晩 年、 か つ て 自 身 が 関 わ っ た 女 君 達 を 回 想 し て「 さ や か な り し 月 影、 も し は 灯 火 の 光 な ど や う に て、

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少 し 心 に く き あ た り ど も 」( 巻 四・ 三 六 一 頁 ) と 形 容 し て い る。 そ の出会いは一夜限りの秘めたるもの、または逢瀬を持つに至らない ものなど様々にあった中で、狭衣にとって印象深く残っている女性 の 姿 と は 月 光 や 灯 火 の も と に 垣 間 見 た も の で あ っ た と い う こ と が、 この一文からもうかがわれよう。 実 際、 『 狭 衣 物 語 』 に 登 場 す る 女 君 達 は「 月 影 」 の 表 現 を 用 い ら れ る 人 物 と「 火 影 」 を 用 い ら れ る 人 物 に 使 い 分 け が な さ れ て お り、 飛 鳥 井 の 姫 君 と 式 部 卿 宮 の 姫 君 は「 月 影 」、 女 二 の 宮 と 式 部 卿 宮 の 北の方は「火影」で表されているようである。両者の差異としては、 先行研究では、主として「月影」が肯定的なニュアンスのみを含み、 それを見る主体にとって物理的・心理的に距離があることを示唆し て い る の に 対 し て、 「 火 影 」 は 肯 定 的 に も 否 定 的 に も 働 き、 近 し い 親密な距離を思わせるという見解となっている(5) 。 これらを踏まえた上で、 『狭衣物語』の用例をみていく。 『狭衣物 語』の「火影」は前述の通り十三例中十一例が登場人物に関わるも の、女君を指すものに限ると七例となる。先と同じく、灯火の光で なく人物を指している用例は、番号の上に*印を記した *1  狭衣  盃持て悩みたまへる火影、常よりももの あはれなるけしき  巻一・五一頁 *2  右大臣女  かの思ひかけざりし宵の火影  巻一・六四頁 *3  老女房  火影の姿つきなど、また見知らずあやし きも疎ましうて  巻一・八一頁   4  老女房  この見えし火影の女の、ありし法の師に 取らせんと  巻一・一一四頁 *5  狭衣  思ひなやみたまひし火影のかたちには  巻二・一六九頁 *6  今姫君  髪 を 振 り か け て 泣 き ゐ た ま へ る 火 影 の、 心苦しげなれば  巻三・七一頁 *7  舞人  脱ぎかけたる火影まばゆげなるを  巻三・一八九頁 *8  式部卿宮の北の方  火影には、さすがに似ざりけり、など思 し出でられて  巻四・二四五頁 *9  式部卿宮の北の方  とあるは、昨夜の火影の手なるべし  巻四・二五〇頁   10 稚児  火影に見し稚児の声にて  巻四・二七七頁 * 11 式部卿宮の北の方  はかなかりし花のたよりの火影より始め  巻四・二八九頁 * 12 式部卿宮の北の方  思ひの外に目とまりし火影、思し出でら れて、  巻四・三〇六頁 * 13 女二の宮  ほのかなりし火影にも、いとようおぼえ たまへりかし  巻四・三六八頁

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既 に 指 摘 さ れ て い る 通 り、 『 源 氏 物 語 』 と 比 べ て、 人 物 そ の も の を指す「火影」の使用が飛躍的に多くなっており、人物そのものを 指す例ではない用例4と 10も、過去灯火のもとで見かけた姿という 回想の表現になっている。女君を指す七例では、用例6の今姫君を 除く全てが回想である。男君が垣間見や逢瀬の場で見る女君の印象 的 な 美 し さ と、 そ れ を 象 徴 的 な も の と し て 回 想・ 思 慕 す る「 火 影 」 の表現が、 『狭衣物語』では強くなっていることがうかがえる。 また、 「火影」で回想される三人の女君は、 『源氏物語』の軒端荻 と同様、男君に一度しかその姿を見せていないという共通点がある。 ま ず 用 例 2 の 右 大 臣 の 女 は こ れ 以 外 に 言 及 が な く、 「 思 ひ か け ざ り し宵」がいつであったのか、それが垣間見であったか逢瀬であった かも判然としない。ただ、この「火影」がやや否定的なニュアンス を含んでいることから、それが行きずりのもので、狭衣自身この後 再度逢おうという気持ちを持たなかったらしいことは確かであろう。 他の二人についてもみていく。女二の宮の用例 13は巻四のものだ が、狭衣が女二の宮の姿を見るのは巻二のことである。 ・ あまた立て重ねられたる几帳どもにつたひつつ壁代の中に入り たちて見たまへば、こなたは宮たちおはしますなるべし、帳の 前に二所寄りふそたまへり。火の影ほのかなれば、いづれかい づ れ と も 分 れ た ま は ず。 奥 の 方 に 箏 の 琴 を ま さ ぐ り た ま ひ て、 かたはら臥したまへるや二の宮におはすらんと、目とどむれば、 御 髪 の か か り な べ て な ら で、 あ な を か し と 見 え た ま へ り。 ( 巻 二・一六八‐一六九頁) ・ 箏弾きたまへるは、やがて枕にて御顔ひき淹れて臥したまへる 様体なども、人に似ず、心苦しげに見たまふなど、ただかばか り 見 た て ま つ り 置 き て 出 で ん が、 口 惜 し う ぞ お ぼ え な り ぬ る。 さばかり、御簾の外をだに、むつかしうわづらはしきあたりと 思 し つ る は、 た が ひ ぬ る 御 心 の 中、 我 な が ら 憎 し。 「 た だ か く なん、け近きほどにて見たてまつる」とばかり、かの御耳に聞 こえさせざらんも、あまり埋もれいたかりぬべければ、やをら 寄りて、奥の御座に少しひき入れたてまつりたまふに、思しあ へ ず、 「 こ は 誰 そ 」 と 言 は れ た ま ふ 御 け は ひ、 世 に 知 ら ず ら う たげなり。 (巻二・一七二頁) 狭衣は「火の影ほのか」な中で女二の宮と女三の宮の姉妹を垣間 見する。灯火は「ほのか」ではあるが、狭衣は比較的早く女二の宮 の 見 当 を つ け、 「 あ な を か し と 見 」 て い る。 予 想 外 の 美 し さ で あ っ た女二の宮を奥の御座へ引き入れて強引に契るが、その動機も「た だ か ば か り見た て ま つ り置き て出で ん が、口惜し う」 「た だ か く な ん、 け近きほどにて見たてまつる」と、姿を見たことに対する反応であ った。見なかったことにして立ち去るのが惜しまれるほど、女二の 宮の容貌は狭衣にとって魅力的だったのである。 しかしこの後、狭衣の態度を悲嘆した女二の宮は若宮を出産した

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のち出家、狭衣に対する態度は冷淡なままであった。執着を捨てき れない狭衣は出家した女二の宮がいる御堂に侵入し、女二の宮への 思慕を訴える。 かかる目を見で、死ぬるわざもがなとのみ思さるれば、まこと に消え入りぬべき御けはひの、あるかなきかなど、ただ昔なが ら に て、 言 ひ 知 ら ず 心 苦 し う、 ら う た げ な る も、 《 中 略 》 い と なかなかなる心惑ひ、世の常ならねど、おぼろけならず心強く 押し返し、とかくも聞こえ悩ましたまはず。ただ御髪の限り所 狭くおぼえて、探りのいとふさやかに触りたるぞ、なほなほい みじうかなしかりける。 (巻三・一八一‐一八二頁) 狭 衣 は 塗 籠 に 逃 げ 込 ん だ 女 二 の 宮 の 袖 を と ら え、 心 情 を 訴 え る。 光源の描写はなく、狭衣は「消え入りぬべき御けはひの、あるかな き か 」「 探 り の い と ふ さ や か に 触 り た る 」 と い う よ う に、 気 配 や 髪 の感触だけを感じ取りながらひたすら語りかけている。 女二の宮に拒まれ続けた狭衣はやがて彼女を解放し、御堂を後に す る。そ し て、先刻ま で側に あった「あ は れ な り つ る御け は ひ な ど」 を「 面 影 に 苦 し う 恋 し 」 く 思 い、 自 身 も 出 家 を 望 む の で あ る。 「 面 影」として思い返しているのが垣間見の時に見た「火影」ではなく 「御けはひ」である点、留意しておきたい。 そして巻四、帝となった狭衣の前に、女二の宮の産んだ若宮が現 れる。 年のほどよりも大人び静まりたまへるけにや、げにもと思すに、 少し涙ぐみて、眉のあたりもうち赤みて、うつぶしたまへる髪 のかかり、額つきなどは、かの昔、ほのかなりし火影にも、い とようおぼえたまへりかしと御覧ずるに、我も涙こぼれさせた まひぬ。 (巻四・三六八頁) ここで思い返されるのは「面影」ではなく「火影」である。目の 前の若宮と女二の宮を比較しているので、狭衣にとって唯一明瞭な 女二の宮の姿として、 「火影」を出す必要があったのであろう。 次に式部卿宮の北の方は、その立場上狭衣と逢瀬を持つことがな い。狭衣がその姿を目にしたのもやはり一度きりであった。忍び歩 きの途中、崩れた築地から美しい花の梢を見かけた狭衣は、ふとそ ちらへ立ち寄る。そこは式部卿宮の屋敷で、中には式部卿宮の北の 方と姫宮がいるのが見えた。 格子の隙より火の影見ゆる所を、なほしもあらず、やをら立ち 寄りて覗きたまへば、几帳どもあまた見ゆれど、押しやられな どして、奥まで見通されたり。帳の前に脇息におしかかりて経 読む人、卅には足らぬほどにやと見えて、いみじうけ高う愛敬 づき、見まほしきさまなど、ここら見つもる人に並ぶべくもな

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し。 白 き ど も、 薄 色 な ど の、 い と あ ざ や か に は あ ら ぬ を 着 て、 顔などもつくろひたることは見えぬに、心より外なる髪のかか り、色あはひなど、まことしうをかしげなるを、これやさは姫 君ならんと思すべけれど、さすがに聞く年のほどとは言ふべう もあらず、もてなしなども大人しうやすらかにて、この物する 稚児の七八ばかりなるを、経をば読みさしつつ、いとうつくし と思ひてうち笑みて見たまへるけしきなども、中将の母にやと 見ゆるに、余り若うをかしげなるを、なほ、いとど怪しと見た ま ふ。 《 中 略 》 今 少 し き び は に 若 か ら ん 姫 君 の 御 あ り さ ま は、 わ が 思 ふ こ と の か な ふ べ き に や と、 う れ し き を ば さ る 物 に て、 この見る人をも見さして出づべき心地のしたまはぬを、ありあ りて、いとかたくなはしき業かな、我が年のほどよりも大人し き宰相中将のありさまをなど、思ひあはせたまふにぞ、いとに げ な う、 あ る ま じ き こ と か な と、 独 り 笑 み せ ら れ た ま ひ け る。 (巻四・二四一‐二四三頁) 「 火 の 影 見 ゆ る 」 所 か ら、 屋 内 の 様 子 が よ く 見 え る。 克 明 に 描 写 されているのは姫君ではなく、母親の北の方の方であった。狭衣は 女二の宮と同様「見さして出づべき心地のしたまはぬ」と、この場 を去るのが惜しい気持ちはするが、やはり年齢などから「いとかた くなはしき」と思われて、そのまま屋敷を後にする。 思いもかけない場所で美しい女君を垣間見た狭衣は、昨夜の「面 影」を忘れられないまま、姫君へ文を送る。そこへ式部卿宮の息子 である宰相中将がやってきたので、狭衣は何気なく話をしながらも、 宰相中将に昨夜の人物と似通うものはないかと様子を窺う。判断の よすがとするのは先刻まで浮かべていた「面影」ではなく、昨夜垣 間見た「火影」であった。 夜 も す が ら、 思 は ず に あ り が た か り つ る 面 影 を 忘 れ た ま は ず、 思し明かしても、かう世づかぬ心の中をも、げに知らせぬがい と口惜しければ、慰めがてら、例の、姫君の御方に聞こえたま ふ や う な れ ど、 異 様 の 心 も 添 ひ た る べ し。 《 中 略 》 今 よ り 後 さ る べ き 隙 あ ら ば 見 定 め て、 ま こ と し う 思 ひ 定 め ん な ど 思 せ ば、 言ひも出でたまはず、中将のかたちいと清げなれど、火影には、 さすがに似ざりけり、など思し出でられてうちまぼりたまふも、 いかでかは知らむ。 (巻四・二四三‐二四五頁) 冒頭、狭衣が思い返しているのは「面影」である。狭衣が「世づ か ぬ 心 の 中 」 と 自 嘲 し て い る こ と、 「 例 の 」 姫 君 に 文 を 送 る の に 「異様の心も添ひ た る べ し」と添え ら れ て い る こ と か ら み て、 「面影」 の主は北の方であろう。折しも宰相中将がやってきたので、狭衣は そ の 顔 を 見 つ め て み る が、 「 火 影 に は、 さ す が に 似 ざ り け り 」 北 の 方の「火影」には似ていない、と結論付ける。 狭 衣 は 姫 君 と の 婚 姻 を 口 実 に 北 の 方 と 文 を 遣 り 取 り し、 「 昨 夜 の

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火影の手」を眺めたりなどするが、北の方は病がちになり、狭衣に 姫君を託して亡くなってしまう。狭衣は姫君を引き取る支度などを 整えながら、折に触れて北の方を追想する。 ・ は か な か り し 花 の た よ り の 火 影 よ り 始 め、 昨 夜 の け は ひ の あ は れ な り し な ど も 思 し 出 で ら る る に、 更 に よ そ の こ と も お ぼ え た ま は ず、 あ は れ に て、 中 将 の 君 の も と に、 細 や か に 訪 ひ き こ え たまふことおろかならず。 《中略》ほのかなりし手当り ・ けはひ、 隈 な か り し 月 影 も、 さ し も 心 に と ま り し は、 物 思 ひ の 花 の 枝 さ し添ふべかりける宿世にや。 (巻四・二八九頁) ・ い づ れ を 梅 と 分 く べ く も あ ら ず、 降 り か か る 枝 ざ し ど も、 か の あ り し ゆ き ず り の 梢 に い と よ う 似 た る も、 思 ひ の 外 に 目 と ま り し 火 影、 思 し 出 で ら れ て、 い み じ う あ は れ な れ ば、 女 君 に、 琴 の音聞きしさまなど、語りきこえたまひて、 (巻四・三〇六頁) 前者は北の方が亡くなった直後、早すぎる死に衝撃を受ける狭衣 の様子である。姫君との婚姻を理由に幾度も屋敷に通う予定であっ た狭衣は、北の方との少ない記憶を回想しながら悲しみに暮れ、熱 心に弔問に訪れる。自分と同様に悲しみに暮れているであろう姫君 については、 「ほのかなりし手当り・けはひ、隈なかりし月影」と、 母親とは別の表現で述べられている。 後者は姫君と契った翌朝の狭衣が、庭の梢を眺めながら北の方を 回想する場面である。庭の梢は初めて北の方を垣間見た時に見かけ た枝に似ているとされ、それに関連して北の方の「火影」が思い出 される形となっている。 こ れ ら の 例 か ら 推 測 す る に、 『 狭 衣 物 語 』 の「 火 影 」 に は、 男 君 が女君の姿を灯火に見た出来事それ自体が含まれているのではない だろうか。一度だけ灯火に見た女君の姿は男君に強烈な印象を残し、 後々まで思慕させるに十分な記憶となるが、その思慕が浮かばせる の は 姿 以 外 の 記 憶 も 含 め た「 面 影 」 で あ る。 実 際 に 女 君 の「 火 影 」 を想起するには、女君の具体的な容姿か出来事そのものを思い起こ させるだけの、視覚的なよすがが必要なのではないだろうか。それ は た と え ば「 火 影 」 の 近 親 者 で あ っ た り、 「 火 影 」 の 人 物 か ら 貰 っ た文であったり、 「火影」のきっかけとなった梢であったりするが、 そうしたよすがを得て初めて、男君は灯火に見た女君の「火影」を 鮮やかに思い浮かべることができるのではないか。   『夜の寝覚』 続 い て、 『 狭 衣 物 語 』 同 様 に「 火 影 」 の 用 例 が 多 い『 夜 の 寝 覚 』 に つ い て も み て い く。 『狭衣物語』と の成立年代の前後は不明な が ら、 倉 田 氏 は「 月 影 」「 火 影 」 の 用 法 に 共 通 点 が 見 い だ せ る こ と か ら、 双方に影響関係が想定できることを示唆している(6) 。 『 夜 の 寝 覚 』 の「 火 影 」 は 十 五 例、 う ち 十 一 例 が 女 主 人 公 で あ る

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寝覚の上に対する表現であった。また、十一例中八例は、男君が灯 火に見た寝覚の上の回想となっている。 *1  寝覚の上  言ひ知らずなつかしく、あはれげなりし火影は まづ思ひ出でられて  巻二・一四二頁 *2  寝覚の上  身を去らぬ火影の、堪へがたく思ひ出でらるる ままに  巻二・一五六頁 *3  男主人公  押し拭ひ押し拭ひ書きたまふ火影の、いとめで たきを  巻二・一六五頁 *4  寝覚の上  「か の 石 山 に て、 あ る か な き か な り し 火 影 に、 いとよく似たりかし」  巻二・一六九頁 *5  乳母  ゐざり出でたる火影も、いたく泣きたる顔した り  巻二・一九五頁   6  寝覚の上  さやかなる火影に類なく、夜見む玉はかくやと  巻三・二五二頁 *7  寝覚の上  さやかなりつる火影に、やがて魂は立ち添ひぬ る心地して  巻三・二六〇頁 *8  寝覚の上  立ち離れ見し火影に、こよなうたちまさりて  巻 三・二七七頁 *9  寝覚の上  見し火影より、堪へがたき思ひまさりて  巻三・二七九頁   10 男主人公  御帳の外なる火影の、いと暗くはあらぬなれば  巻三・三一一頁 * 11 寝覚の上  火影のただそれとおぼゆるに、限りなく御覧ぜ られつる  巻四・三二六頁 * 12 寝覚の上  さやかなりし火影の、いといみじと消え入りま どひしけはひ  巻四・三六一頁 * 13 寝覚の上  「火 影 に は、 す べ て な ぞ ら へ に 言 ひ 寄 る べ き に あらず」  巻四・三六四頁   14 姫君  いとほのかなる火影に、うつくしう見たてまつ りたまひつつ  巻四・三八七頁   15 寝覚の上  御簾の外なる火影に見たてまつりたまへば  巻五・四四九頁 寝覚の上に関する用例のうち、用例1、2、4は男主人公、それ 以外は帝が見た寝覚の上を回想したもので、それぞれ起点とする場 面が異なっている。 ま ず 男 君 だ が、 物 語 の 序 盤、 寝 覚 の 上 は「 火 影 」 で は な く「 月 影 」 に よ っ て 男 主 人 公 を 惹 き つ け て い る。 寝 覚 の 上 が 初 め て「 火 影」の語で描写されるのは、出産を控えた彼女を男主人公が尋ねた 時である。 「 な に か、 か ば か り 隔 て お ぼ す 」 と て、 御 殿 油 を か か げ て 見 た てまつりたまふに、色は、雪などを転がしたらむやうに、そこ

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ひなく白く、きよげなるに、苦しげなる面つき、いと赤くにほ ひて、言ふかひなく臥したまへる顔の、あざあざとめでたきさ ま は、 「 月 影 の、 も て な し 用 意 し た ま へ り し は、 世 の つ ね な り け り。 こ れ を む な し く な し て む こ と よ 」( 巻 二・ 一 三 二 ‐ 一 三 三頁) 男主人公が「御殿油をかかげ」て見た寝覚の上は、肌の色や表情 ま で は っ き り と 見 え、 「 月 影 の、 も て な し 用 意 し た ま へ り し は、 世 のつねなりけり」と、これまでに見ていた「月影」が平凡なものに 見えるほどの印象を男主人公に与えていた。物語全体を通して寝覚 の 上 に 用 い ら れ る「 月 影 」「 火 影 」 の 表 現 に つ い て は 既 に 渡 辺 純 子 氏の論考があり、氏はこの場面において、神秘的で手の届かない存 在 で あ っ た「 月 影 」 の 女 君 が、 近 く で は っ き り と 目 に で き る「 火 影」へと転じ、だからこそ義兄妹という関係性が男主人公の心を残 酷に締め付けるのだと述べる(7) 。ここで寝覚の上は、 「月影」よ り美しい「火影」として男主人公に印象付けられるのである。 男主人公はそのまま「あるかなきかの気色、なよなよと、あはれ げ な る 」( 巻 二・ 一 三 五 頁 ) 寝 覚 の 上 の 傍 ら に 添 い 臥 す が、 や が て 夜 が 明 け て し ま い、 「 あ る か な き か な り つ る 面 影、 身 に 近 か り つ る け は ひ、 手 あ た り な ど 」 が「 身 を 去 ら ぬ 」( 巻 二・ 一 三 七 頁 ) ま ま その場を後にする。 これ以降、男主人公は用例1、2、4、と寝覚の上の「火影」を 思い浮かべるが、これは全て他者との比較となっている。用例1は 姉である大君のもとを訪れた際、用例2と4は寝覚の上が出産した 姫君を見てのことである。 ・ 心 恥 づ か し げ に も の も の し き 気 色 の あ な づ り に く げ な る も、 言 ひ知ら ず な つ か し く、あ は れ げ な り し火影は ま づ思ひ出で ら れ て、 「 こ れ を 悪 し と は あ ら ね ど、 さ ら に 似 た ま は ざ り け り 」 と 思 ひ くらぶるに、胸うちつぶるれど、 (巻二・一四二頁) ・ 児 の 君 抱 き 移 し て 見 た て ま つ り た ま ふ に、 た だ 今 は、 な に の あ や め 見 え ぬ 御 顔 な れ ど も、 目 も 及 ば ず、 夜 光 り け む 玉 は か く や と お ぼ え た ま ふ に、あ は れ に か な し と は、世の つ ね な り。 《中略》 さ の み 待 ち つ け 心 や す か ら む こ と は あ さ ま し き こ と に 思 ひ 離 れ た る を、 身 を 去 ら ぬ 火 影 の、 堪 へ が た く 思 ひ 出 で ら る る ま ま に、 「 今 宵、 さ り と も、 か な ら ず 」 と、 あ り し な ら ひ に、 心 と き め きせられたまへるを、 (巻二・一五五‐一五六頁) ・ こ の 君、 目 も あ や に、 日 に 添 へ て 光 を 添 へ お は す る さ ま、 あ ま り ゆ ゆ し き を、 い と あ は れ と 見 つ つ、 鼠 鳴 き し か け た ま へ ば、 物 語 を い と 高 く し か け て、 高 々 と う ち 笑 ひ う ち 笑 ひ し た ま ふ に ほ ひ、 「 か の 石 山 に て、 あ る か な き か な り し 火 影 に、 い と よ く 似たりかし」と、まもりたまふに、 (巻二・一六九頁) 男 主 人 公 は 寝 覚 の 上 の 近 親 者 を 前 に し て、 「 火 影 」 を「 堪 へ が た

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く思ひ出で」たり、 「さらに似たまはざりけり」 「いとよく似たりか し」と比較したりする。やはり「火影」の回想には視覚的なよすが を必要とするもののようである。一点、 「身を去らぬ火影」という、 常 に「 火 影 」 の こ と を 考 え て い る か の よ う な 表 現 が 不 審 だ が、 『 夜 の 寝 覚 』 で 回 想 さ れ る「 面 影 」 は「 身 を 去 ら ぬ 」「 身 を 離 れ ぬ 」 な ど、 思 慕 す る 者 か ら 離 れ な い か の よ う な 表 現 が 非 常 に 多 い( 8) 。 前 掲 の「 あ る か な き か な り つ る 面 影、 《 中 略 》 身 を 去 ら ぬ 」 も そ れ で あ る。 そ う し た「 身 を 去 ら ぬ 」「 面 影 」 が、 姫 君 と い う 視 覚 的 な よすがを得て「火影」という限定的な記憶へ移行していったと考え れば、それほど不自然ではないように思われる。 一方、もう一人の男君である帝はかねてより寝覚の上の入内を望 んでおり、大皇の宮の助けを借りてその姿を垣間見る。この時は前 後 に「 月 影 」 の 語 も 見 え ず、 「 火 影 」 だ け が 寝 覚 の 上 を 照 ら し 出 す ものであった。 大殿油心もとなきほどにほのかなるほど、様体小さやかに、を かしげに見えて、さやかなる火影に類なく、夜見る玉はかくや と、 御 心 お ど ろ か れ て、 《 中 略 》 火 近 く 召 し 寄 す れ ば、 御 几 帳 ども、隙間あるまじくて、御殿油まゐり寄するに、いとまばゆ げに扇さし隠して、扇よりはづれて見えたる影の、さやかにす ぐれたる、言ふもおろかなり。 (巻三・二五二‐二五三頁) 最初は「大殿油心もとなきほどにほのかなる」明かりであったが、 大皇の宮によって「近く召し寄」せられ、寝覚の上の姿をあらわに さ せ る。 「ほ の か な る」明か り で さ え「類な く、夜見る玉は か く や と、 御心おどろかれ」るほどの美貌であったものが、灯火を近づけるこ とによって更に際立ち、強調させられた格好となっている。これは 今ま で の用例と は一線を画す も の で あ り、他の例に も増し て「火影」 を見た人物に強く印象づけさせる表現であるといえよう。 そのことが、帝にとってどのような影響をもたらすのか。そのま ま辞去した寝覚の上の「面影」を、帝は「身に添ひぬる」ほど思慕 する。しかしその思慕には「面影」だけでなく「火影」も同時に用 いられていた。 ・ 面 影 は 身 に 添 ひ ぬ る や う に、 わ り な う お ぼ し め さ る れ ば、 つ く づくと端近うながめさせたまひて、 (巻三・二五七頁) ・ い づ れ の 御 方 も、 ま か り 上 ら せ た ま は ず。 御 覧 ぜ む と も お ぼ さ れ ず。 さ や か な り つ る 火 影 に、 や が て 魂 は 立 ち 添 ひ ぬ る 心 地 し て、我は我ならぬやうにおぼしめされつつ、 (巻三・二六〇頁) 「 面 影 」 は「 身 に 添 ひ ぬ る 」、 「 火 影 」 は「 魂 は 立 ち 添 ひ ぬ る 」 と い っ た 方 向 の 違 い は あ る が、 こ の 前 後、 「 火 影 」 と「 面 影 」 は ほ ぼ 同様の表現と し て用い ら れ て い る。 『狭衣物語』に お い て「火影」は、 視覚的なよすががなければ男君に意識されにくいものであり、よす

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が を 持 た な い 時 の 思 慕 は「 面 影 」 が そ の 役 割 を 担 っ て い た。 『 夜 の 寝 覚 』 で も、 男 主 人 公 は「 火 影 」 に 視 覚 的 な よ す が を 必 要 と し た。 し か し、 帝 に 限 っ て は、 思 い 返 す よ す が が な く と も、 寝 覚 の 上 の 「 火 影 」 が 意 識 さ れ 続 け て い る。 「 ほ の か な る 」 明 か り を 近 付 け た、 その衝撃の強さが、ここにあらわれている。 「 面 影 」 も「 火 影 」 も 離 れ な い 帝 は、 つ い に 寝 覚 の 上 に 接 近 し、 これを捕らえる。そして言葉を尽くして口説き、その心を和ませよ うとするが、寝覚の上が帝に靡くことはなかった。 かたがたおぼし忍びて、いとやはらかに、なまめかしくもてな させたまひて、あながちに和めて、ただうち添ひ臥いたまひて、 わざとならねど、衣ばかりは引き交はさせたまひたるに、いみ じう心強う、引きくくまれたる単衣の関を、引きほころばされ たる絶え間より、ほのかなる身なりなど、つぶつぶと丸に、う つくしうおぼえて、かばかりも近きけはひ、有様は、立ち離れ 見 し 火 影 に、 こ の や う た ち ま さ り て、 言 ひ 知 ら ず な つ か し う、 らうたうぞあるや。 (巻三・二七七頁) 先行研究にて渡辺氏は、この場面の前後に「月影」が配されてい ることに注目し、女君との距離を示唆する「月影」が目に入らない ほど、帝が「火影」に魅了されていると指摘する(9) 。 実際、寝覚の上が「立ち離れ見し火影に、このやうたちまさ」っ ていることに気付いてしまった帝は、寝覚の上への執着を一層強め て行く。まさこ君に対する「髪ざし、髪のかかり、頭つきなど、火 影のただそれとおぼゆる」 (巻四・三二六頁) 、女御に対する「火影 には、すべてなぞらへに言ひ寄るべきにあらず」 (巻四・三六四頁) な ど、 視 覚 的 情 報 に よ る「 火 影 」 は 見 受 け ら れ る も の の、 「 面 影 」 「火影」の併用は更に続いていく。 さ や か な り し 火 影 の、 い と い み じ と 消 え 入 り ま ど ひ し け は ひ、 有様、はた、時の程も御心に離れさせたまはで、 「いかにして、 あ り し ば か り も、 か の 人 に 行 き 逢 ひ 見 る や う も が な 」( 巻 四・ 三六一頁) 男 主 人 公 の 時 に 行 わ れ て い た「 火 影 」「 面 影 」 の 使 い 分 け が、 帝 に至って混同され続けているのは、作者の意図によるものと見てよ かろう。 『夜の寝覚』でも本来「火影」は瞬間的な映像記憶であり、 本 来 な ら ば そ の 回 想 に は よ す が を 必 要 と す る は ず だ っ た。 あ え て 「火影」によすがを必要とさせないことで、帝が寝覚の上の「火影」 に 魅 了 さ れ た 人 物 で あ る こ と を 強 調 し、 男 主 人 公 の「 月 影 」 か ら 「火影」への移行と対比させたのであろう。

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  中世王朝物語 このように女君の容貌に関する印象的記憶と共に使い分けられて き た「 火 影 」「 月 影 」「 面 影 」 の 三 語 で あ る が、 「 火 影 」 を 女 君 の 印 象的な姿として回想に用いる例は、これ以降一気に少なくなる。 と は い え、 「 火 影 」 の 用 例 が 全 く な く な っ た 訳 で は な い。 参 考 ま でに、平安末期から中世以降の用例を掲出する。平安後期以降の物 語は成立年が判然としないものも多いため、用例整理の便宜上『風 葉和歌集』以前の作とみとめられる物語(後世の改作を含む)に限 定した。 『とりかへばや物語』   1  四の君  いと暗くはあらぬ灯影に、いとさやかに細うをか しげなる  巻二・二六三頁   2  四の君  ほのかなる灯影に、いとど身もなくあはれげなる さまにて  巻三・三三六頁   3  四の君  ほのかなる灯影に、いと細やかになよなよと  巻三・四〇八頁 *4  四の君  ほのかなる灯影など、あてにあえかになよなよと  巻三・四〇九頁 *5  今尚侍  さにやとばかり見し灯影の、いみじうめづらしう  巻四・四五七‐四五八頁 『浜松中納言物語』   6  五の君  火影に見れば、十七八ばかりにて  巻一・六二頁   7  児姫君  火影にうちまぼり給ひつつ  巻二・一六三頁   8  姫君  几帳の外なる火影の、心にくきほどなるを  巻四・三一四頁 『松浦宮物語』   9  華陽公主  ほのかなる火影に、似るものなくめでたきを  巻一・五二頁 『海人の刈藻』 * 10 藤壺の女御  ありつる御火影のふと思ひ出でらるるにも  巻三・一三七頁 『木幡の時雨』   11 男主人公  ほのかなる火影入り給ひぬるを  巻一・二二頁 『苔の衣』 * 12 不明  なほありし灯影の姫君は優るらん  春・三九頁 『しのびね』 * 13 女主人公  かのほのかなりし火影はおとるまじく見えし  十八頁 『我身にたどる姫君』   14 帝  ほのかなる火影なれど、まぎれむやは  巻七・一六〇頁

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15 姫君  火影に、草子にや、見給ふとて  巻八・一九五頁 「 火 影 」 全 体 の 用 例 数 も さ る こ と な が ら、 人 物 の 譬 喩 と し て の 使 用 が、 や は り『 狭 衣 物 語 』『 夜 の 寝 覚 』 に 比 べ る と 格 段 に 減 っ て い る。 使 用 が 多 い の は『 と り か へ ば や 物 語 』 の 四 の 君 だ が、 こ の「 火 影 」 が 男 君 に 強 い 印 象 を も た ら す こ と は な く、 「 面 影 」 な ど の 言 葉 を 用 い て の 思 慕 さ え さ れ る こ と は な い。 「 面 影 」 で 語 ら れ る の は、 女性に戻ってからの女主人公である。用例5はそうした女主人公に 対する思慕のひとつであり、帝が女主人公と契った翌朝に、垣間見 の時の「さにやとばかり見し灯影」がずっと「すずろに身を離れぬ 心 地 」( 巻 四・ 四 五 八 頁 ) で あ っ た と 述 懐 す る 場 面 で あ る。 垣 間 見 の 場 面 に 明 確 な 灯 火 や 光 源 の 描 写 は な く、 「 火 影 」 と 表 現 す る た め に必要と思われる印象の場面が定かでない。しかし、室内で垣間見 た 女 主 人 公 の 姿 は「 火 影 」 で 印 象 付 け ら れ た の か、 「 面 影 」 同 様 に 帝 の 身 に 付 き 添 っ て い る。 『 夜 の 寝 覚 』 の 帝 に 見 た「 火 影 」 と「 面 影」の混同が、更に進んだ形といえるだろうか。 用例 10、 13は、他者との比較というよすがを得た「火影」である。 『 海 人 の 刈 藻 』 は、 男 君 が「 灯 を つ く づ く と 眺 め て 添 ひ 臥 し 給 へ る さ ま、 言 ひ 知 ら ず う つ く し う な ま め か し げ 」( 巻 二・ 一 〇 二 頁 ) な 女御を垣間見して逢瀬を持ち、後に女御が産んだ子を見た時の感慨 を述べたものである。 『しのびね』では「大殿油まゐる気色」 (十一 頁 )「 火 明 か く か か げ ん や 」( 十 二 頁 ) と い う 明 る さ の も と で 見 た 「 い は ん か た な く う つ く し 」 い 女 主 人 公 を 忘 れ ら れ な い 男 君 が、 別 の女性を前にして「かのほのかなりし火影」と比較する場面である。 『しのびね』では前後に「面影恋ひしかるべければ」 (十三頁)とい う表現もみられ、 「面影」と「火影」の使い分けが想定される。 用例 12の『苔の衣』は、用例 13と同様に他の女性と「火影」を比 較したものであるが、この前後に「灯影の姫君」と思しき人物の場 面 は 出 て 来 ず、 『 狭 衣 物 語 』 の 右 大 臣 女 と 似 た よ う な 行 き ず り の 垣 間 見・ 逢 瀬 と な っ て い る。 『 苔 の 衣 』 は『 狭 衣 物 語 』 か ら の 影 響 が 指摘される( 10)ところであるので、これもその一つなのかもしれ ない。 こ れ ら の 例 か ら 言 え る こ と は、 「 火 影 」 は『 狭 衣 物 語 』『 夜 の 寝 覚』以降も女君の印象的な映像記憶を示す表現として少ないながら も 用 い ら れ 続 け て い た と い う こ と、 一 方 で 回 想 や 思 慕 の 差 異 に は 「 面 影 」 と の 併 用・ 混 同 が お こ な わ れ る よ う に な っ て い た 可 能 性 が あることである。仕草や手触り、交わした言葉など、記憶の内容が 多 岐 に 及 ぶ「 面 影 」 と は 違 い、 「 火 影 」 の 記 憶 は あ く ま で 視 覚 と い う 限 定 的 な も の で あ っ た。 そ れ ゆ え、 「 面 影 」 と の 併 用・ 混 同 が 起 こると、使用頻度では「面影」に押されることも多かったであろう。

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おわりに 以上、人物表現としての「火影」を見てきた。 『源氏物語』軒端荻の例を嚆矢として、 「火影」は「月影」と同じ く女君の姿を男君に印象付ける景物であり、後には女君の姿そのも のとして象徴的・譬喩的に回想されてきた。神秘的で手の届かない 雰 囲 気 を 暗 に 示 す「 月 影 」 と は 違 い、 「 火 影 」 は 男 君 に そ の 場 で 手 に入れてしまいたいという感情を抱かせるほどに近しく、魅力的な 雰囲気を放つ人物に用いられるものであった。 それは印象的な出来事として男君の中に強く残るが、常に空で照 る「月影」とは違い、明かりが消えた後、多くは女君を手に入れる 機会を再び得る こ と は な い。 「火影」は そ の場限り の幻影な の で あ る。 また「火影」は、灯火に照らされた女君の姿という視覚記憶以上の 情 報 を 持 た な い。 ゆ え に 四 六 時 中 想 起 す る こ と は 難 し く、 『 狭 衣 物 語』以降の作品においては、回想には近親者など視覚的なよすがが 必要であった。常に男君の身を離れない「面影」は、必ずしもその 姿形を克明に思い浮かべているとは限らず、気配や感触、交わした 言葉など、視覚以外の記憶の要素を多分に含んでいる。いっぽうで 「 火 影 」 は、 あ く ま で 女 君 の 視 覚 情 報 に 限 定 さ れ る が ゆ え に、 思 い 返した時にはそのぶん印象的かつ鮮烈な記憶として、男君の脳裏に 蘇ってくるのである。 (1) 『全文全訳古語辞典』火影の項「①ともしびの光。②ともしび に照らされた人の姿・物の形」 、『日本国語大辞典』火影の項「 (1) 灯火の光。灯火の炎。 (2)灯火に照らされた形。光のあたった姿。 また、うす明りでできた陰影」 。 ( 2) 倉 田 実「 狭 衣 物 語 の 灯 影 と 月 影 」( 『 論 叢 狭 衣 物 語 1   本 文 と 表現』新典社・二〇〇〇年五月一日) 、渡辺順子「 『夜の寝覚』にお け る「 月 影 」「 火 影 」」 (『 古 代 文 学 研 究( 第 二 次 )  第 9 号 』 二 〇 〇 〇年一〇月十九日) 。 (3)本文テキストの引用は『新編日本古典文学全集』 (小学館)を 使 用 し た。 『 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 』 に 収 載 の な い 作 品 に つ い て は 『中世王朝物語全集』 (笠間書院)を使用した。 ( 4) 倉 田 実 氏 は( 2) 掲 出 の 論 文 に お い て「 こ の 連 続 し、 変 容 さ れ て 使 用 さ れ る、 人 物 呼 称 と も な る 機 能 性 は、 『 狭 衣 物 語 』 が 新 た に獲得した表現性なのであり、巻四は自在な表現によって場面性は 際立っているのである。 『源氏物語』までは、 「面影」の語がこの働 き を 担 っ て い た が、 『 狭 衣 物 語 』 は こ の「 灯 影 」 や 次 に 検 討 す る 「月影」に も、こ の働き を見い だ し た の で あ る」と述べ て い る。な お、 倉 田 氏 は『 新 潮 日 本 古 典 集 成 』( 新 潮 社 ) を 使 っ て お ら れ る た め、 本稿とは引用本文などに若干の差異が出ている。 (5)倉田実氏は(2)掲出の論文において「 「月影」が人物を象徴 する場合は、そこに否定的なニュアンスはなく、逆にその人物の美

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質 を 賛 美 す る こ と に 働 い て い た。 「 灯 影 」 が 否 定 的 に も 肯 定 的 に も 働くのとはこの点で相違している」と述べる。同様の意見としては、 河 添 房 江 氏 の「 光 源 氏 の 身 体 と 装 い を め ぐ っ て 」( 『 源 氏 物 語 時 空 論』東京大学出版会 ・ 二〇〇五年十二月)に「 『源氏物語』の世界で、 「灯影」と「月影」はみごとに描き分けられていて、 「月影」は、見 る主体にとって物理的、心理的に距離のある人の月に映える美しい 姿をかたどるものである。それに対して「灯影」は、もっと距離の 近いかいま見や、恋人である女君を灯火の光で見る場面など、親密 な 関 係 に あ る 女 性 の 姿 を エ ロ テ ィ ッ ク に か た ど る と い う 印 象 が 深 い」とある。河添氏の論は光源氏と夕霧の「火影」に対する言及で あるが、人物に対する「火影」の用例は『源氏物語』から用例が見 ら れ る こ と、 『 狭 衣 物 語 』 に『 源 氏 物 語 』 か ら の 影 響 が 多 く 指 摘 さ れ る こ と な ど を 考 え る と、 『 源 氏 物 語 』 以 降 の 作 品 に つ い て も 一 考 の余地があろう。 ( 6) 倉 田 実 氏( 2) 掲 出 の 論 文 に「 狭 衣 物 語 の 灯 影 と 月 影 」( 『 論 叢狭衣物語1   本文と表現』新典社・二〇〇〇年五月一日) 「なお、 成 立 の 先 後 関 係 の 必 ず し も 明 ら か で は な い『 夜 の 寝 覚 』 で も、 「 灯 影 」 と「 月 影 」 に は 特 徴 的 な 使 用 法 が 見 ら れ る。 《 中 略 》『 狭 衣 物 語 』 と 共 通 す る 用 法 で あ り、 影 響 関 係 も 想 定 で き る か も 知 れ な い 」 とある。 ( 7) 渡 辺 純 子「 『 夜 の 寝 覚 』 に お け る「 月 影 」「 火 影 」」 「 も は や、 女主人公は男主人公にとって、手の届かないおぼろげな「月影」で はなく、近くではっきりと目にできる――だからこそ義兄妹という 隔てが残酷に心を締め付ける――存在、 「火影」なのである」 。 ( 8) 「 昨 夜 の 面 影 は 身 を 離 れ ず 」( 巻 一・ 四 二 )、 「 見 え む か ひ つ ら む 面 影、 身 に 離 れ ぬ に 」( 巻 一・ 五 一 ‐ 五 二 頁 )、 「 あ る か な き か な りつる面影、身に近かりつるけはひ、手あたりなど、身を去らぬや う な る に 」( 巻 二・ 一 三 七 頁 )、 「 推 し 量 ら る る 面 影 の、 た だ 今 向 か ひたる心地して」 (巻二・二一〇頁) 、「耳につき、面影に見え、 《中 略 》 身 に 添 ふ 魂 も な き 心 地 に 」( 巻 四・ 三 九 六 頁 )、 「 面 影 離 れ た ま は ず 恋 し き に 」( 巻 五・ 四 四 九 頁 ) の 六 例。 『 夜 の 寝 覚 』 散 文 中 の 「面影」の用例は十四例、うち女君を指すものは九例。 ( 9) 渡 辺 純 子「 『 夜 の 寝 覚 』 に お け る「 月 影 」「 火 影 」」 「 帝 が 女 主 人公に「かぐや姫」的な光を見ていないわけではない。以前に間近 で 垣 間 見 た「 火 影 」 が、 あ ま り に も 強 く 焼 き 付 い て い て、 「 心 理 的 に距離の あ る」と い う「月影」は、視界に残ら な い の で あ る」 。な お、 「 心 理 的 に 距 離 の あ る 」 は( 5) に 前 掲 し た 河 添 房 江 氏「 光 源 氏 の 身体と装いを巡って」からの引用である。 ( 10) 加 藤 奈 保 子「 『 苔 の 衣 』 の 人 物 形 成 ―『 狭 衣 物 語 』 摂 取 の 方 法」 (『大妻国文』三〇号 ・ 一九九九年三月) 、大倉比呂志「 『苔の衣』 の構想―『狭衣物語』との関連を中心に」 (『学苑』八七九号・二〇 一四年一月)ほか。 【 付 記 】 本 稿 は 平 成 二 十 七 年・ 二 十 八 年 度 井 上 円 了 記 念 研 究 助 成 の

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“the firelight” in the story of Medieval Dynasty

focused on the symbolic motif

-SHITO, Aya

“the firelight” is one of the motif in the story of Medieval Dynasty. For example,"the tale of Sagoromo" has two symbolic motif for the ladies, “the moonlight ” and “the firelight”. Especially, for the love scene, “the moonlight ” and “the firelight” pick out the ledies for the hero. Needless to say, It seems very important motif.

However, there are few thesis on “the firelight”. Only “the moonlight ” has many thesis, and we did not take notice of “the firelight”. Though "the tale of Sagoromo" has many “the firelight” and the ledies “the firelight” pick out.

So in this paper, I research the stories of Medieval Dynasty, including “the tale of Genji”, and think about why “the firelight” was not take notice for thesis. It must has some reason or other.

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