公法判例研究
著者
高木 武
雑誌名
東洋法学
巻
25
号
2
ページ
93-98
発行年
1982-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006032/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja公法判
例研究
高
木
武
検査づけ診療報酬︵讐懲藩釜件骸縣裁灘五麹罷︶号・鯛蠣︶
︹事実︺A︵蘇叢醸響は、約八○○名の健康保険法・生活保護法の簾馨・藻馨のい謬る綾診蓼行い、社会綾診
療報酬支払基金︵以下﹁基金﹂という︶に対し、合計一億六千万円余の診療報酬を請求した。ところが基金は、Aの講棄する合 計額の%に相当する四千二九七万円に、減点措置をとって、これは、過剰診療であるとして、その支払・請求を拒否した。そこ でAは、基金に対して右の未支払分を請求した。裁判所は、左の理由によって、Aの請求を棄却した。 ︹判旨︺ 判旨は、とくに給付行政上、重要な諸点に触れるが、つぎのようである。①申請︵保険医療機関の︶・指定の法的性質は、都道 府県知事が、医療機関との間で締結する公法上の双務的付従契約である。②したがって療養担当規則等の定めに従った療養の給 付が診療報酬請求権の発生要件であるから、保険医療機関は、右の給付についての主張に立証責任があり、減点措置は、これを 左右しない.③療養担当規塁恥︶は、各種の検査は、診療上必要があると認曽鷲場盒、行うというが、その必護、現在東洋法学
九三公法判例研究 九四 の臨床医学の一般的水準を基礎とした患者の療養上の必要性である。④原告が﹁主治医権﹂の語を用いるが、医療行為は、独立 性があるけれど、その裁量は、医師がどんな診療を行おうとも自由であるという意味でなく、一般医師の医学常識又は医学水準 においてという制約は、まぬがれない。判旨は、概して支持できる。 ︹研究︺ 判旨で省略した重要な点は、多々あるが、その主なものは、つぎの点である。③過剰の検査 過剰診療を理由とし て診療報酬請求権が一部否定された。 ⑤減点措置 これは、処分ではない︵畷腐峨一ゴ欄融報昭伍征号︶とされ、そのた めに、本件のように減点未支払分請求は、民事訴訟で争う。◎基金の法的地位 これは、保険者︵被保険者でない︶ と同一である。@都道府県知事の社会保障的保険診療報酬額の決定 これは、処分であり、公定力があるとされてい る。しかし疑問がある。決定自体は、すくなくとも処分とはいえないからである。 ①﹁申請・指定の法的性質﹂というが、保険診療の基本的法律関係の性質である。判旨は、国の機関としての知事 が第三者である被保険者のために保険者に代わって療養の給付、診療方針、診療報酬等の健康保険法に規定されてい る各条項︵いわゆる法的約款︶を契約内容として医療機関との問で締結する公法上の双務的付従的契約であるとする。 公法上の契約については、わが国では、すでにドイッの学説によって旧憲法下でも、その存否が争われたりしてきて いるが、今日では、その効用説まで説かれ、学説は、積極的である︵参照・糊縮樋鶴蔚灘旗遡都噸躰踊蘇馳㌃︶。公法上の 契約は、公法契約、行政契約等ともいうが、公法上の債権の発生を目的とする複数の当事者が、行為目的を異にしな がら、意思の合致によって成立する公法行為である︵酬瀟﹂蚕静行︶。公法上の債権は、この場合、療養の給付・保険診
療報酬等であり、当事者は、さしあたり都道府県知事と保健医療機関であり、第三者としての被保険者・被保護者が、 これに加わり︵第三者のためにする契約、恨継駈稚︶、その行為目的は、内容として対瞭的である。しかしその意思は、 とにかく合致しているというのである。しかしこの法律関係は、それだけのことであるにすぎないのである。それは、 とくにつぎのようにいえるであろうからである。なるほど右契約は、療養の給付の事務の委託を目的としてもち、保険 医療機関の診療報酬請求権を委任事務報酬請求権にするものであるかもしれないが、具体的には基金と保険診療機関 との間の法律関係とは別個のものであり、まだ実体的法律関係を形成しない。又通説によっても、とくに行政事件訴訟 法で争うべきものであるとされているにもかかわらず︵本件もそうであるが︶、その減点措置による未支払分請求は、 民事訴訟法で争うことになっているからである︵最高裁同上参照・㈱髄謡熾照腱初法︶。又右契約では、公法上の契約で あるとする限り、その﹁申請﹂とくに﹁指定﹂は、非権力関係であるものとしても、行政契約の積極論のいうようで はなく、依然として行政権︵繧︶と麗・麓︵相手方・劣位︶の関係は、傾斜的である︵参照癖肇繋臨砿︶ ことは否定でぎない。むしろ基金と保険医療機関の法律関係は、明確に私法関係であるとしなけれぱならなかったの
ではなかろうか︵播灘耀議踊撫糟齢鍛ピ筋纏鰭黎鋤番懲差ω購継離赫額噂騰罷鶉麓簸%騎
諺魚講協薦欝触黙継の
の講凝欝鱗盤証雛窪讐獣振辮雛慕讐講湧隷塘錘骨鎚紙灘霞講額
慰ω鮎縮縦陛繊雌励納鄭吻︶。②保健医療機関は、命令の定めに従って、被保険者・被保護者の傷病に関して診療その他の 治療等の療養の給付を行わなければならない︵唯糠蘇噸難酒妊瀞衡劃灘劃騒条噸庭条参照・嶽購題縣叢瑚願齢蘇轍遜麟髄噛︶が、その 命令に従ったかどうかの判断の基準は、とくに保険医療機関及び保険医療養担当規則の規定の中にあり、具体的な診東洋法学 九五
公法判例研究 九六 療・医療の療養の給付、被保険者・被保護者の傷病等がその他の判断の資料である。そしてその命令に従った療養の 給付であると認められて、はじめて、その診療報酬請求権が、その療養の給付について生じ、その命令に従わない療養の 給付には、その診療報酬講求権も生じないのであろう。それは、それに従った給付が真の保険診療の療養の給付であり、 従わない給付は、保険診療のそれでないからである。その結果、行われた療養の給付でも、従う従わないによって、診 療報酬請求権への積極・消極であるものの両軸に分けられるのであろう。問題は、療養の給付を行う行わないではな ヤ ヤ ヤ く、その命令に従ったかどうかである。この命令に従わないことは、診療の過少と過多に分けられ、いずれも、傷病 に相応しない意味で、医道にも反することになる。それは、過少は、傷病の程度に比例して診療が行われず、その意 味で非行であり、患者の診療の選択の自由をも侵し、過多は、とくに患者のその自由を奪い、傷病を奇貨としているか らである。判旨は、命令に従った療養の給付が診療報酬請求権の発生要件であるとするが、これは、保険診療の内容 サオビス がとくにたまたま命令に規定されているからであろう。しかし他の役務の提供でも、相手方に普通考えられる期待・ 予想する役務の提供があってはじめて報酬請求権が生じるのが一般的であり、原則であるのではなかろうか。保険診 療の場合、診療の性質のため患者は、医学・医術や保険制度について無知であるが故にその医師の選択の自由をはじ め診療の選択の自由が少なく、医師の診療の自由・独立のみがあるように見え、かつ保険診療の内容が命令で規定さ ヤ ヤ れ、﹁充分でなく﹂﹁必要﹂であることが求められているに過ぎないのであろう。その主張の立証責任は、主張する者 にあることは、一般的であることは、いうをまつまい。ただ判旨は、②のように減点措置の問題を避けるために、診 療請求権の発生要件は、命令に従った療養の給付報酬であるとして、巧みに減点措置は、過程措置であるといいきる
のは、出来すぎであろう。それは、減点措置で診療報酬講求権がまったくゼ導になることは制度上ないからであろう。 ③検査は、﹁必要がある場合﹂行われるとされているが、必要は、客観的でなければならない。診療上必要であるは、 判旨のいう通りであろう。﹁必要﹂は、その傷病に相応し、命令の内容・規定の中にあるであろう。ただ医師は、そ の医学・医術の原則・原理に従って﹁必要﹂を認め、その傷病に相応の検査を行うのであろう。④主治医権とは、主 治医の権能ということであろうか。しかしその︵原告の︶主張する内容からいえば、診療の自由・独立のようである ︵5 7好競邸碓殖韓誤疎撚射生鵡遜雑駒壕参照・瀦鵬↑卿彫加臨甑樋騨鰍混融ゆ襯範︶。診療の自由・診療の独立は、﹁権﹂といっても、 いわゆる権利ではなく、せいぜい制度的保障的なものである︵灘鱗﹂﹁噺膨藤腱初︶。とくにその法的効力は、裁判所が確 認し確保してくれるものでなく、ただ医師の法的責任が問題である場合、その法的責任を否定又は軽減するにすぎな いものである︵嗣O悼ぴΩ の籍樟嫉虫融鱗駒講¢願蜘灘櫨雌朧︶。わが国では、診療の自由・診療の独立の観念は、まだ一般 的でもなく、せいぜい診療における医師の裁量︵権︶として論じられているようである。しかし診療の自由・診療の独 立は、主張されなければならない。それは、すぐれて医学・医術は、専門・技術的であり、医術は、医学を基本とし、 医学も、医術を基本として、両者には相互関係があり、とくに医学・医術が実践的であるからである︵匙のの魚ぎ嘔騨魏卜 暗幅毯臨掴嫁峨轍のの煙轍酬駅聴鶴嘔都融鮨一測甑げ螺謝戯殿饗耀餅謹嚢㏄螺堅雁燦翻薙謎驚駒輔噛帥︶。診療の自由も 診療の独立も、条理上の限界がある。それは、診療自体も、医療の目的をもつ医師の行為であり︵参照・酬稿配酬曜禮一︶ 医師のいかなる行為もすべて診療ということはでぎず、診療の方法も、学理に背反せず、絶対不能ではなく、かつ社
会・制度的承認書ける髪が喜るもの窪け殺奮塗︵蟹︶かなある.診療が絶対かつ完全に畠であ
東洋法学 九七
公法判例研究 九八 り、独立するものでない。まして保険診療は、命令に従うものでなければならないから、はじめから又はあらかじめ制 ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ 約がある。しかも保険診療は、とくに具体的に命令に従い被保険者・被保護者の具体的な傷病に相応し、かつ具体的 に医学・医術的に必要と認められなければならない・診療が自由であり診療が独立であるのは、具体的な条理上の限 界のなかである。まして保険診療は、その命令の故に重層かつ具体的に限界がある。したがって医師の診療における 裁量は、どのような診療を行おうとも自由であるという意昧であるはずがない。患者も、医師・診療の選択の自由が あり、法的には、患者と医師の関係は、対等であり自由であるのが基本である。ただ医学・医術について知識・技能 が、両者を隔離し、差異を認めているにすぎないのである。そのために、医師に、傷病・診療についての説明の義務 があり、この説明の義務を前提とする患者の診療︵方法︶の承諾を得る義務があるといってもいい。もし医師の診療 における裁量は、まったく自由であるとすれば、こうした患者の自由もなければ、こうした医師の義務も、存在しな いであろう︵影慰は