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Academic year: 2021

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都市災害について

村上慮直

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天六のガス爆発事故 都市災害という言葉が,一般的に用いられるよ うになったのは,昭和45年 4 月 8 日の大阪の天六 の地下鉄工事現場でおこったガス爆発事故からで ある.この事故は夕方の 5 時半すぎの人通りの多 い町なかでおこったため,工事にはまったく無関 係な一般市民を一瞬のうちに巻き添えにし, 79名 の死者と 300 人を越す負傷者を出してしまったも のである.この事故で亡くなった人は,ごく日常 的な都市生活を送っていた人たちで,たとえば勤 め帰りのサラリーマンであるとか,入学式にゆく 途中の定時制の高校生とか,始業式から帰る途中 の先生であるとか,近くの公園で遊んでいた近所 の子供たちとか,夕刊の配達を終えて店へ帰る途 中の新聞少年とか,たまたま通りかかった人たち などで,その瞬間に生命を失い傷を負い,平和な 家族が悲しみのどん底に突き落とされてしまっ た. この事故は誰が考えても都市災害という言葉が 浮かび上がるような現象で,都市がもっているい ろいろな危険性について改めて考えさせられたも のである.この事故の以前にも,工事現場でのガ ス爆発事故というのは何回もおこっているが,多 くの場合,場所がよかったとか,時間がよかった ことから事故に巻き込まれた人たちというのが工 事関係者だけであるとか,事故現場の近くの人た ちというように限定されていたために,社会的広 がりをもった関心事とはならず,単なる工事現場 での事故として片づけられ,そのためにその後の 安全対策も単に現場における技術的な改善にとど まってしまい,社会という広い場での安全の対応 策は生まれていなかった.それは事故の影響が限 定的であったことに対する解釈が間違っていたか らである.事故の影響範囲が限定的であったとい うことは何か特別な原因があったからで,その原 因さえとり除けば 2 度と閉じような事故はおこら ないというきわめて技術的な対応で安全対策の思 考が止まってしまい,社会もあまり関心をもって いないことから,それ以上追求されずに,安全対 策は十分ゃったという神話だけが残ってしまう. しかし,事故の発生のメカニズムと,その拡大の メカニズムをよく調べればすぐ分かることである が,ある事故がおこった,ある特別な原因という ものは,事故原因となりうる多数の原因のうちの 1 つでしかすぎず,事故が発生するのは,その他 の原因による場合もあるし,いくつかの原因がか さなっておこる場合もあるし,原因相互の関係に 問題があって事故が発生する場合もあり,ある特 別な原因を除いても事故が発生しないとし、う保証 は得られないわけである.もしそうだとすると, 本当の安全対策を追求するためには,事故原因を 可能な限り除いてゆけるような体制と,十分な経 験をもった安全技術者を必要とするが,このよう なことを可能にする条件は建設技術者の場だけか らは生まれてこない.また,事故の拡大メカニズ

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ムを考えると,確かに事故が限定的に終結し得た 条件の存在はあるが,それも時間的条件,空間的 条件を少し変えればまったく違った拡大化の現象 が考えられるわけで,災害が限定的現象で、終わっ たのは,いろいろな条件の中で,たまたまある条 件が選ばれているわけであるから運がよかったと 考えるほうが妥当であるのにかかわらず,災害現 象が限定的であったがために事故現場の問題にと どめ,事故をできるだけ社会問題化しないように 努力するのが日本の社会の事故対策である. しかし,天六の地下鉄工事現場でのガス爆発事 故のように,都市災害であると誰もが考えうるよ うな災害が発生すると,事故の問題は社会問題と なり,広い場での検討が必要となってくる.その ような事態になると初めて,災害発生および災害 現象の本質的追求が始まり,単に事故現場での技 術的対応にとどまらず,より広い場での社会的対 応も含めた対策が可能になる.このことは事故を どのようにとらえるかによって,その後の対応お よび安全対策がまるで違ってくることを示してお り,ある災害を都市災害として考えるかどうかは 非常に重要な問題であることが分かろう. それまでのガス爆発事故のたびに,もし時聞が ちょっとずれていたらとか,もし場所が人々の混 み合うところだったらという, r もし」をかぶせて 都市災害の問題を論じていたが,天六のガス爆発 事故は,そのようなことが現実におこってしまっ たわけであり,都市災害とは何かをいちいち説明 する必要がなくなったということで重要な事件で ある.

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パンノーマン・ダムの崩壊 大阪の天六の事故は,その爆発現象と社会のか らまり方という,割合現象的側面での都市災害の 問題であるが. 1971 年 2 月 9 日にアメリカのロサン ゼルス郊外のサンフヱルナンド地震の時のパンノ ーマン・ダムの崩壊は,改めて技術と社会のかか わりを教えてくれたばかりか,ダムの安全対策を 検討するためには建設技術の場だけでは解決つか ない多くの問題点を浮き彫りにさせ,社会全体で の安全の検討がなされたことが重要な点である. サンフェルナンド地震は都市近郊の直下でおこ った地震のため,その震災の今日的意味はいろい ろあるが,今回はとくにバンノーマン・ダムの崩 壊について述べたい. 地震は早朝 6 時42秒に発生し,いまだ都市活動 が活発に動き始める直前であったため,その人 的,物的損害は最少阪にくいとめられている.し かし,それ以外に最も重要な問題は,ダムが決壊 して,濁流に人々が呑み込まれるという事態にな らなかったことである.もしダムの水が崩壊した ダムを乗り越えてしまっておれば,サンフェルナ ンド地震の問題は,すべてこのダムの話題で占め られていたはずである.もし決壊しておれば数万 人の死傷者が出ていたはずである.災害現象その ものは,ダムが崩れて水があふれそうになり,避 難対象地区の人々 8 万人が数日間避難させられた ということであるが,その社会的影響はきわめて 深刻なものであった.その避難行動も,おおかた スムーズに行なわれたと言われているが,避難が 完了したのは夕方の 6 時過ぎであり,約 12時間か かっており,それも多数の警察官が銃をもって, 地区内にいる人聞は盗人と考えて射殺することも あるという強行手段に訴えて,やっとできたこと であり,避難させられた住民も,そのことに巻き 込まれた周辺住民も含めて,改めてダムの存在に ついて考えさせられたわけである. 水があふれ出さなかった理由というのはまった くの幸運としか言いようがないが,工事のために 水位を 2 フィート下げていたという人聞社会の行 為が偶然に地震発生とかさなっていたという事実 によっている.もし,そのような幸運がなけれ ば,ダムの決壊によって人々は濁流にのまれなが ら逃げまどうという悲惨な事態となり,少なくと も 2-3 万の死者が発生したであろうことを考え ると,都市にある施設の地震時の社会的影響の問

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題は,十分に社会問題として検討しておく必要が ある. この地震後,ダムは再び作られるわけである が,再建問題を検討するに当って,単にダム建設 の技術者だけに再建問題をまかせるのでなく,社 会全体の知恵で,どうすべきかを検討している. 再建委員会には,住民の代表,行政の関係者,ダ ム建設技術者,そして土木技術者でない学識経験 者の 4 つのグループが参加していた.これはダム 建設という,きわめて土木技術的な問題を社会と のかかわりの中で考えてゆこうとしているわけで ある.すなわちダム崩壊を単なる土木工学の技術 の問題として考えるのでなく,社会の災害,すな わち都市災害としてとらえて考えてゆこうとして いるわけである.

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地震災害について われわれが日常生活を送っている都市空間はい ろいろな施設物によって構成されているが,それ らは,いったん何かがおこり災害が拡大化すると 手のつけられない状態になってしまう.大阪の天 六のガス爆発の場合,サンフェルナンド地震のバ ンノーマン・ダムの場合,現象的には異なってい るが,施設がもっ潜在的な危険性を知らせてくれ ている.このような危険性は都市空間の随所にあ り,日常的にもいろいろその危険性は顕われてく るが,いったん大地震が都市を襲ったことを考え ると,あらゆる危険性がふき出してくるため日常 的におこる大事故のようなことが同時に多発する ことも考えられ,都市災害の展示会場のような事 態となり,それらがお互いに関係し合いながらよ り大きな都市災害へと展開してゆく可能性をもっ ている.まさに都市における地震災害は都市災害 の共演であり,都市災害の極であると言えよう. もし都市にあるあらゆる施設が都市災害的観点 から作られ,配置され,管理されるようになって いれば,地震災害は極小に押えることができるは ずであるが,今日の都市にある施設は,その災害 1979 年 9 月号 時における社会的位置づけをもたないまま,安全 対策はひととおり施されてはいるものの,短期的 経済性に支えられて作られている.このような状 況に地震が発生したことを考えると,そら恐ろし いこととなろう.とくに日本の大都市では,土地 があまりにも高価であることから,施設密度は高 く,地震からみた場合きわめて破壊効率のよい地 域である. 現在,日本の社会が地震災害で最も恐れている ものは,都市大火であるが,たとえすぐに都市大 火にならなくても,非常に大きな災害が多発し, それが火災防禦を妨げ,結果的に大きな火災に成 長する可能性は大きい.いま都市大火というと木 造密集市街地の大火災であるが,耐火建物の立体 的建物火災も,今後の地震災害の中では大きな役 割をはたすものと考えられる.あちこちで高層建 物の火災が多発したと仮定すると,今の消防体制 や防火設備では消火することは困難で,燃えるに まかせるより仕方ない状態である.この問題は, 超高層でも,地下鉄でも,地下街でも,高速道路 の上でも,道路上でも,あらゆる所で発生する可 能性をもっている. われわれの社会にある施設は大災害にならない ようにするための手段はもっているがし、ったん大 きくなってしまってからの手段はない.このこと が日本の都市の地震災害の対策を考えてゆく時の 大きな障害となっている.

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東名目本坂トンネル事故 東名日本坂トンネルの事故も,単なるトンネル の事故と考えるのでなく都市災害と考える必要が あるので,今回の事故のことについて述べたい. 日本坂トンネルは,東名高速道路の静岡と焼津 の間にあり,全長2050m と東名では一番長いトン ネルである.事故がおこったのは下り車線の焼津 側出口から約 500m 入ったところの追越し車線で 最初の追突事故がおこっている.時は昭和54年 7 月 11 日の午後 6 時40分前のことである.追突の状

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況を正確に述べることはむずかしいが,別の事故 による渋滞がトンネル内までつながりはじめ,前 方の車が急停車したために 6 台の車がつぎつぎに 追突を起こし 3 台目の乗用車が 2 台自の大型貨 物トラックの下に押し込められ,追突と同時に燃 え上がり,その火がトラックのホロに燃えうつ り,消火作業に失敗しているうちに火は大きくな り,追突したトラックの積荷の袋に入った粒状の プラスチッグや, ドラムカンに入った松ヤニの溶 液に火が移り,火は大量の煙を発生させながら急 速に拡大し, トンネルという筒状の空間の中で熱 の損失が少ない状態でつぎつぎと中に停っている 自動車に燃え移っていっている. そして結果として,死者 7 人 15ラ台の自動車 を焼きつくしてしまった.その内訳は乗用車 38台

(24.5%)

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トラック 114 台 (73.5%) ,パス 1 台,タ ンクローリー l 台,中継車 1 台となっており,危 険物を含めた,いろいろな生産物を積んだトラッ グが多いことが分かる.火災が始まって置き去り にされた車は 171 台であったが,つぎの朝 16台が 静岡口から出されている.消火作業の途中排煙装 置のファンの焼き切れによって故障し排煙機能が 止まり,煙が自然に噴き出したりしたため,消防 隊も避難するなど作業が止まり,結局 3 昼夜以上 燃えつづけ, 14 日になってようやく火災もおさま ったものの,燃えるものは,ほとんど燃えつきた という事態になってしまった. この東名の日本坂トンネルは,昭和44年に開通 したが,その 2 年前におこった滋賀,三重県境の 国道 l 号線の鈴鹿トンネルで,玉突衝突事故によ り 13台の自動車が燃えたことを教訓として,万全 の防災設備を施し,開通当時は世界に誇る近代的 防災設備をもったトンネルで、あると言われていた にもかかわらず,実際の災害に対しては,それら 防災設備がまったく役立っていないという恐るべ き事態となってしまった.スプリンクラーは初期 消火のために取りつけられたものであり,最初の 数台の火災に対しては有効に働くべきものであっ た.また事故現場で消火栓からホースをのばした 運転手の証言によるとパルプを聞けても水は,チ 三ロチョロとしか出なかったために初期消火の役 にはまったく立っていないし,ホースが短かくて 火災まで水がとどかなかったとも言われている. これは消火栓は48m 間隔にあり,ホースの長さが 30m しかないことから当然であるが,計算では 2 カ所の消火栓から引っ張れば, 12m のかさなりが ありかっ,水圧があれば十分であると考えられて いたわけである.水がチョロチョロとしか出なか った理由は,消火栓の正しい使い方を知らなかっ たことからおこっているが,人間,火災がおこり 煙がうずまく中で注意深く使用法を読んで,パル プを聞けて,かつ駆動ボタン(水圧ポンプが動き 出す)を押すことができたであろうか. 1 度も訓 練を受けたことのない人たちに,そのようなこと をやれということは無理な相談であろう.それか ら,いざという時のため,上り線との聞に 3 カ所 の非常用通路が設けられていたが,非常口の表示 は煙のために発見できず,火災が進むにつれて電 線ケーブルが熱で、やられてしまい,あらゆる明り が消えてしまったわけであるから,なんの役にも 立っていない.またコントロール室で、道路状、況を 把握するために設けられている工業用 TV も,今 回のような大量の煙が発生する火災では,ほとん ど役に立たないばかりか, TV 用のケープールさえ 熱でだめになってしまっている. 排煙装置にしても,かくも大規模な火災を前提 としていないため,火災によって発生する大量の 煙をコントロールすることはできなかった. これらの 2 , 3 の点だけを考察しでも,防災設 備の前提とすべき災害の条件が,いかに低い状態 であったかがよく分かる.スプリンクラーで初期 消火をするという第 1 段階が崩れてしまうと,つ ぎに打つ手が何もないような防災設備では,安全 対策があるとは言えない.安全対策に必要な考え 方は,できる限りの最新の設備をすることは当然 であるが,それらがもし駄目だったらどうするか

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というつぎの手を考えておくことである.ところ が完壁な防災設備とし、う神話のために,つぎの手 を考えることさえできなくなってしまうのが現状 である. 今回の事故を契機として防災設備および防災対 策を道路環境の安全という立場から,もう l 度見 直す必要があるが,道路の安全を考えるためには 非常に広範でかつ総合的な検討が必要である.そ れは道路の安全を支える要素は,運転者であり車 であり,道路であり,天候など自然条件も含まれ るからである. 今回の事故も始まりは,追突事故であるから運 転者側にも責任があるかも知れない.しかし完全 にそうだとは言いきれないこともある.事故の翌 日の昼過ぎ,焼津側から第!事故現場に入った が,道路が下り坂でなおかつ大きく右にカープし ている.そして上下線のトンネルが分離されてあ ることから, トンネル内で、も追越しが許されてお り自動車はスピードを上げて現場を通り過ぎよう としていたことが分かる.追越し車線での見通し が悪いことも手伝って,右にカーブしてすぐ前方 に車輔を見つけ急ブレーキを踏むという図式にな りやすい場所である.スピードの出しすぎ,車間 距離の問題など運転者側が守るべきルールもある が,トンネルの中の特殊性について,人間の心理, 物理的能力なども含めて十分研究しておく必要が あるしそれらの事実を道路利用者にも衆知徹底 することも重要である. 今回の事件で人間側のもう 1 つの問題点は,火 災が発生してからトンネルに入っていってしまっ た車が数多くあったことである.それは標識の位 置が日本坂トンネル入口から 500m 手前で、あった ため,その聞にいた人たちは知らないで入ったわ けであるが, 170 台もの車が入ってしまったのは いかにも多い.標示を見ながら入ってしまった人 もいる.その人たちの話を聞くと,小坂トンネル が火災で通行止と出ていたが,なんでもなかった ので入っていってしまったと言っている.日本坂 トンネル用の標識は小坂トンネルと共用している わけである.それは小坂トンネルと日本坂トンネ ノレの聞は 50m ぐらいしかなく,そこに標識があっ てもスピードで走っていれば見れないからという 考え方からであるが,事故の場合はすでにスピー ドは落ちてしまって,ノロノロと入ってしまって いるわけであるから十分に見れたはずである.ま た標示板は文字で示すようになっているが,人間 というものは経験のないことは理解できないの で,どの程度大変なことか分からないため,行動 で示すことはきわめてむずかしい.今回のような 事故がおこった後であれば文字でも役立つかも知 れないが,知識のないグループには効果的でな い.もっとはっきりと進入できないという状態を 作る必要があろう.このような人間の心理的,生 理的問題を考えるには,それぞれの専門家の協力 を必要とする. 今回の事件の一番の重要な点は,スプリングラ ーがあって,どうして初期消火ができなかったか にかかっている.もし十分効果的にスプリンクラ ーが出て,火災を消しておれば,問題は一般の玉 突衝突事故と閉じ段階で話は終わったはずであ る.ところが初期消火に失敗してしまうと, トン ネルとし、う特殊事情により火災に対応する足場が きわめて悪く,消防が消すということは非常にむ ずかしくなる.これは超高層ビルの場合にも似 て,もし初期消火に失敗したら燃えるにまかせる 以外手の施しょうがない.もしそうだとしたら, 初期消火できなかったつぎの機械設備的対応,計 画的対応をもつべきではなかろうか.消火用の貯 水槽も 220 トンと限られているのだったら,いっ たん使用した水をまた集めて再利用するような考 えも必要であったのではなかろうか.限られた水 を使っていながら下水から川へ流してしまうこ と,そして環境汚染問題まで引きおこしていると いうことは,近代的設備と言えるだろうか. 今回の事故のため国道の渋滞が大変であった が,これは東名高速という大幹線に頼りすぎて,

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解決してゆくためには道路公団の道路管理という もっと広い社会の場での検討が 立場だけでなく, 望まれる. 在来道路の整備がなおざりになっているからでは なかろうか.あまり大幹線重視の道路体系では, 地震がおこったとか,警警戒宣言が出て東名が閉鎖 されたということがおこった時,どうしようもな (むらかみ・すみなお 防災都市計画研究所) これらの問題も含めて い事態がおこってしまう. ミミ浴衣誌再選ミミミ詰還さ主義昔話司、ミ誌誕祭お話提出高話持委誕百蕊ミミ担割高選型選養護 SS 詰お宮出雲警在日ささき ESS5S 詰時苛弘詰得時還さ詰誌唱さミ タヴチされてきた。会員教は嗣凋つめ H で制二 9 ることで併決され日常の研究情動は、人員がハ川ま民刊にくらべ、今日では世板、茂 、 1lillli--11111111--JU1 にふえ、十年たった六七告は一ていくとい-つ五い。ってグループでまる研兜部会形塙などの岡でいろいろな制限が加 ιbEE 』巳忌ヨ -LL ・ -\l 干名台を突破し、今日では二千百語系 Y丹、かしでのきょう昔、企業や官公庁の霊蓮けまれ、しかも不要器時代と 戸山手間滞を負え之\司五十=豪雪るに至った@詰尺将来定かで躍のあったもて問喧伝した耶門家主的車いわれるさつ伝言語の 〆ニノ l---J ノ lJE2 口正会員が一干九百辛コ一名の主び、 7l スのなかで聖にする受託研究がある .h なみに民地しい今、勺耽といえモ 3ι 。し出

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