論 文 内 容 の 要 旨
論文提出者氏名 今 村 泰 輔 論 文 題 目
Depleted tumor suppressor miR-107 in plasma relates to tumor progression and is a novel therapeutic target in pancreatic cancer.
論文内容の要旨 膵癌は早期から局所進行のみならず遠隔転移を高率に引き起こす極めて予後不良 な難治性の癌である。膵癌治療の現状は非常に厳しく早期診断法や新規治療法の開発が 急務である。 機能性の短鎖型non-coding RNAであるmicroRNA(miRNA)は、標的遺伝子のmRNAの3’ 末端の非翻訳領域に結合してmRNAの分解や転写の抑制を行うことで全遺伝子の約30%も の発現調節に関わり(Lewis et al. Cell 2005)、様々な生命現象の維持に深く関与している。 miRNAの発現異常は多くの疾患に関連していることが知られており、特に癌においては癌 の発症や進展に働く癌遺伝子型miRNAと、癌の発症や進展を抑制する働きを持つ癌抑制型 miRNAの存在が同定されている(He L et al. Nature 2005, Lu J et al. Nature 2005, Croce CM. Nature 2006)。さらに、近年、miRNAが血液中において、タンパク質と結合したり、 エクソソームなどの小胞に内包されたりして、リボヌクレアーゼによる分解から逃れ非常 に安定して存在することが明らかとされた。そして、これら細胞外遊離miRNAは細胞間情 報伝達の担体として能動的に細胞から分泌されていることも明らかとなった。つまり、血 中遊離miRNAが癌の診断や予後、モニタリングのバイオマーカーとして有用である可能性 が注目され近年活発に研究されている。 近年、さらにがん抑制型 miRNA は正常細胞が、がんの発生や進展を抑制するために能 動的に分泌されることが報告された。我々のこれまでの血中遊離 miRNA の新規バイオマー カー探索において、一部のがん抑制型 miRNA は血中で減少しており、減少した患者は減少 していない患者に比して予後不良であることを見出していた。今回我々は、癌抑制型 miRNA の血中での減少が癌の増殖、浸潤、転移、抗癌剤耐性などの悪性化に寄与しており、これ らの miRNA を血液中で高濃度に維持することで抗腫瘍効果が得られる可能性を考え、膵癌 患者において血液中で減少している癌抑制型 miRNA を網羅的に探索し、この癌抑制型 miRNA の血中での濃度低下の臨床的意義、膵癌細胞での機能解析、およびモデルマウスを 用いた生体における体液を介した腫瘍への送達と抗腫瘍効果を評価した。 網羅的 microRNA アレイ解析により健常人群に比して膵癌患者群の血漿中で高度に 低 下 して い た 6 種類の癌抑制型 miRNA (miR-451, miR-126, miR-145, miR-146b-5p, miR-491-5p, and miR-107)を選出した。②qRT-PCR による test-scale 解析 (膵癌患者 10
例、健常人 10 例)により、健常人血漿に比し膵癌患者で血漿濃度が低く、最も有意な差 を 認 め た miR-107(p=0.0273) に つ い て さ ら な る 解 析 を 進 め た 。 次 に 多 数 例 を 用 い た validation 解析(膵癌患者 100 例、健常人 80 例)を行い、miR-107 は健常人血漿に比し膵 癌患者で血漿濃度が低いことを確認した (p<0.0001, AUC=0.85)。さらに、膵癌患者にお いての検討でも、膵癌患者血漿 miR-107 低濃度群は全膵癌症例において独立した予後不 良因子となり(p=0.042, HR=2.95, 95%CI: 1.03-9.46)、切除症例における検討でも血漿 miR-107 低濃度は T 因子、N 因子の進行と有意に相関し、Overall survival (p=0.003), Disease-free survival (p=0.016)の有意な短縮を認め た。 膵癌細胞株 4 株 (MIA PaCa2, Panc1, KP4-1, PK45H)を用いて mimic-miRNA により miR-107 を過剰発現させたところ、 コントロール群と比較して p21 の発現誘導、G1/S arrest を伴う著しい細胞増殖抑制が認 められた。さらに、In silico search において miR-107 が制御するターゲット遺伝子を検 索し、我々は膵癌においてがん遺伝子としての機能が報告され、治療標的分子としての 可能性も注目されている Notch2 に注目した。miR-107 を過剰発現すると、膵癌細胞にお いて Notch2 のタンパク質発現が抑制され、miR-107 は Notch2 をターゲットとしてがん 抑制型 miRNA としての機能を発揮する可能性が示唆された。膵癌細胞株を皮下移植した SCID マウスに、アテロコラーゲンを用いて miR-107 を腫瘍周囲に皮下投与したところ、 血中 miR-107 の濃度回復と有意な腫瘍抑制効果が認められた。血漿中 miR-107 は、膵癌 の新規のバイオマーカーとして極めて有望である。また、膵癌患者で高度に低下してい る癌抑制型 miR-107 を導入することで次世代の抗がん核酸治療への応用も期待できる。 本研究は血液中の分泌型の癌抑制型 miRNA の濃度減少と癌の進展や悪性度との関連を マイクロアレイの手法を用い網羅的に探索したものである。我々は新規癌抑制型 miR-107 を同定し診断、予後のバイオマーカーとしての有用性に加え、血中で高濃度に維持するこ とで抗腫瘍効果を得られる新たな癌治療としての可能性を世界に先駆けて証明した。健常 人の血中に元来豊富に存在する分子であり、安全かつ治療効果モニタリングが可能な血中 分泌型の癌抑制型 miRNA を指標とした新たな治療戦略の可能性を示唆するものと考えて いる。