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仏教におけるSaddhā(信)の概念

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佛教においては、信︵8口目①ロ。の︶の概念はパーリ語の困邑目サンスクリット語の酔煙&園に届するものてある。 ① $目目は通常翻訳されるような信仰︵衝昌昏︶ではなく、確信︵8口酋昌。p︶に裏づけられた信︵8口且①ロ。①︶である。 佛教哲学では信は善心︵浄化的精神︶の要素であり、単なる信よりも深遠な哲学的意味を持っている。まず第一に四 聖諦の理解と確信に裏づけられた信であり、第二には信者が佛陀の人格と教義大系に対して持つ崇敬と尊重の念であ り、第三には実行に対する真剣な意志を意味し、人間の生来の道徳性のうちの倫理的要素を実現する。 四世紀の有名な佛教哲学者の無著は“騨目目について次の三つの局面を掲げている。即ち㈲事物は存在するという 十分で堅固な確信、口穏やかな楽しみと良い素質、日目的とするものを成し遂げる熱意と意志、である。いずれにせ よ、信は佛陀の教えに対する熱烈な信者とはあまり関係がない。 佛教は、事物をありのままの見方で見ること︵含朋目沙︶を強調するのであって、人間を盲目的にしてしまう自己存 続の為の利己的な信仰や、欲望を強調するのではない。明確に見れば、いわゆる我曾目目︶は存在しないし、また存

佛教における蟹量冨一信の概念

H・サッダーティッサ

原信行訳

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法に対する信は、道徳上健全なものに対する一時的な確信から発するが、次第に完全者︵佛︶と佛の教え︵法︶と佛の 率いる高潔な教団︵僧︶に対する不動の信頼︵汁目の庁︶の形へと発展する。 佛陀は盲目的な信仰を排し、盲目的信仰を持てばどのような自己浄化をなしても信者は救われない、ということを 指摘した。佛陀は常に、教えを理解した後に於いてのみ、その教えを信ずべきであることを強調した。そして、時々、 知識に基づいた信仰を持つ者を誉めた。この信を佛教術語では、閏目目と呼ぶのである。 信が基づくところの理解は、時によって強い場合も弱い場合もある。佛陀は笛&菌を、患者が医者に或いは生徒 が先生に対して持つ信にたとえた。患者は、医者の治療と助言から受ける利益が大きいほど、医者に対して、より大 きな笛目園を持つ。同様に、学生は、受ける授業がわかり易く、試験にうまく合格できれば、先生に大きな信を持 ③ 信は、聖なる︵蝕身沙︶七財の第一、信財︵“且号目目ご餌︶である。また→精神的力︵g]曾五力︶の第一であり、心の 倫理的能力︵旨白身②五根︶の第一である。信は、努力︵勤︶と注意︵念︶と集中︵定︶と正しい知力︵慧︶の本質的精神 的特性を生み出す大きな磁気的な力を持っている。そして又、感覚的欲求︵圃日:。冨且曾負欲︶、悪意︵ぐ箇圃呂順志︶、 心と精神要素の頑冥︵昏冒P︲目呂冨惜沈・睡眠︶、落ちつきの無さと不安︵且色冒Cs︲丙口唇po8棹挙・悪作︶、確信のな ④ いこと︵ぐ冒匡cc冨疑︶を除去する。 信は、心の輝きと明るさを保持するのである。 一の修行から必ず脱落する なぜなら、そのような発展は主に信に基づくからである。精神の発展は信に基づくから$信を欠く者は徳性と精神統 在し得ない。精神の向上の限りない成就を得ようと思う者には、QgR昌騨に対する信を持つことが大変重要である。 二二

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つ。もし、医者の処方が患者の病に効果がなければ、患者は$且厨を失ってゆくであろう。 佛陀は、佛陀自身の教えの中で、次のように説いている。 ﹁賢者が金を熱したり切ったりして試金石で試すように、汝ら比丘たちも、私の言葉を実践によって試す琴へきで ⑤ あり、私に対する尊敬の為に、安易に真受けすべきではない。﹂ 佛教徒の佛陀に対する信は、ちょうど、良い医師や先生に対して持つところのもののようなものである。 佛教徒は、信を抱くに足るだけの確固たる下地を持っている。佛陀の教えが、人為に提示したものは、まず第一に 知的に信じられるものである。なぜなら、それはこの世界の自然の法則と同様、可視的であって経験によって証明可 能なものと一致するからである。 人々は、佛陀の示す方法が自分達のみじめな状況に終わりを告げることに効果的であることを知った。遂に人々は、 ⑥ 佛陀の教えによって、自ら﹁来たれ、見よ︵の三︲圃朋時。︶﹂へと導かれた。佛陀は人々に、直接的経験によって、佛陀 の教えに納得するに足る明らかな証拠が得られるまでIそれは、最初の︵禅言習・の︶達成と同時に得られるのでぁ ⑦ り、その後は普通の疑いは生じないI自分の疑いをそのままに保留することのみを求めたのである。 佛陀の教説では、至高の力とは、自然の因果の法則であり、そこから厨日日餌︵業︶即ち意志作用︵。①3鼠思︶とそ の結果︵a忌冨異熟︶の道徳的秩序が生ずる。佛陀の倫理的な教えは、本質的に人間の究極の目的の一部である。即 ちそれは困昌閏国︵輪廻︶と呼ばれるところの繰り返される誕生の苦しみからの解放を得ることである。 佛陀は、医者が患者に治療の注告をするように、自分は正しく方法を指摘するだけである、と言った。即ち ﹁努力し実践することは、汝らに関することである。如来たちは、ただ方法を指摘するだけである。﹂と。 舌=

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な質問ができるように説いた。 はその中で言う。 のことは、質問︷ 佛陀は師︵の騨茸目︶として敬われている。佛陀は真理を悟ったあと、それを世間に説いた。佛教は、啓示︵民のぐ巴昌。旨︶ ではなく、佛陀自身が努力によって明らかにした救い︵鳥冒の日ロ8︶である。佛陀は慈悲の心からその真理を人々に説 いた。そして、その真理の正当性を、人為に自らの判断力と知力と経験の明かりのもとで検討するように求めた。 佛陀は弟子達に→三聖典︵昌冒農騨三蔵︶即ち口伝の権威に対して盲信を抱くことを、最も厳しくいましめた。こ のことは、質問自由の宣言であるところの厨回国目沙曾は四と呼ばれる正式の教説の中に明らかにされている。佛陀 ﹁これ、カーラーマよ・伝説に従うなかれ、風説に従うなかれ◎経典との一致に従うなかれ、憶測に従うなかれ、 推論に従うなかれ、単なる推理︵旨唱。︶に従うなかれ、偏見に従うなかれ、人のうわくの能力に従うなかれ、この 苦行者が我々の師であるという考えに従うなかれ。しかし、汝らが自ら︵観察と経験と正しい判断とによって︶﹃こ のようなものは悪である。そして、このようなものを採り信奉すれば、害と悪とに導かれる。﹂とわかる時には、 そのようなものを受容し信奉すべきではない。カーラーマよ、汝らが自ら﹃このようなものは善である。これら のものには欠点がない。これらのものは賢者にたたえられる。これらのものを採り、成すならば、幸福と安楽に

、⑨

導かれる。﹄ということを知れば、その時には、汝らはそれ相当に行動して暮らすのである。﹂ 佛陀は、決して弟子たちに佛陀と佛陀の教えに対する盲目的服従的な信仰を説こうとはしなかった。佛陀は理知的 カーラーマの質問に応えて、佛陀は次のように説いた。 ﹁カーラーマょ、疑うこと、確定せぬことが、汝らには適切なことである。疑わしいことについての不確定が、 ⑩ 汝らに生じたのである。﹂

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ある時、ニガンタ・ナータプッタ︵呂盟算冨z弾名ロヰ沙即ちジャィナ教の教祖マハーヴィーラ 者の、ウパーリ︵与豐︶という長者が佛陀の所へ行き、よく考えながら佛陀の教えを聞いた。 $目目が生じ、すぐに佛陀の弟子になりたいという考えを述べた。 しかし佛陀は、 佛陀は、我々が理由もなしに真理と一致しないものを受け入れることは望まなかった。佛陀は、物事を真にあるが ままに含ヘミ罰冨劃亀︶、理解するよう我々に求めたのである。 ⑪ そして、ウパーリは佛・法・僧に救済を求めたのである。 佛陀によれば、人は師を盲目的に信ずべきではなく、また、師が、個人的な救済や、清らかさや、穏やかな人がら を一見するだけで、自分を救ってくれるだろうと期待して、救済を求めるべきではない、とされる。 人は、師自身の精神的浄化によって自分も浄化される、と考えるべきではないのである。 そこで、ウ・ハーリは大いに歓喜して言った。 ﹁もし、私が他の教えの信者になることを承諾したとすれば、他の教えの者たちは、行列を作って私を市中に連 れてまわり、﹃これこれの長者が我々の信仰を受け入れたぞ﹄と言いふらすでしょう。 ところが、世尊よ、世尊は私に更に一層研究をなすように勧められました。私は世尊のこの御言葉によってより ﹁ウパー和りよ、し と言ったのである。 一層喜びを感じました。﹂ そして、ウパーリは佛・法 本当に十分によく研究してみよ。﹂ 旨色目ぐ司四︶の熱烈な信 そして、ウパーリには

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初期佛教の経典は、・ハーリ聖典の中に収められている。これは、佛陀の入滅の後、ど騨蝕⑳呉言︵阿閣世︶王の庇護 の下に、北インドの罰且侭m目︵王舎城︶で、弟子たちが細集したものである。 その時から経過した二千五百年の間には、何らかの改寅があちこちにあったであろうということは、大いにあり得 ることである。しかしながら、この一群の書物は、佛陀の教説に最も近く、最も信用できる資料であろうということ は、十分な確信を持って言えることである。 佛教徒は、この書物を読んで、佛陀の教えを理解し、また佛陀によって説かれた道をたどるための示唆を受けるの である。このパーリ聖典は、偉大な師からの佛弟子に対する助言として尊重されている。パーリ聖典は、受容され信 ぜられるものではなく、理解され実践されるものなのである。 ⑫ と言ったのである。 て 1ィ、 ナー ノも一 ○ 佛陀は、自分の教義を筏にたとえている。 佛陀は、 ブッヵリは、倦むことなくたえずちらちらと佛陀を見て、自分の時間を、全て佛陀のまわりにつきまとって過ごし ヴェーダに通じていた帯ハラモンで、僧になったブヅカリ︵鼠房昌︶という者があった。 ﹁戸一勺し、 ’一t+4 である﹂ ワッヵリょ、私の汚れた肉体を見たところで、何になろうか。目色日日②︵法︶を見る者が、我を見るの 脳‘

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ただしっかりと保持しているだけでは、信仰が促し意味し含むことを実践する困難さに耐えることなくして、信仰 というレッテルを貼ったにすぎないのである。 ある教説の中では、佛陀は、佛陀や佛陀の示した道や道に達した彼の弟子たちについて、決して性急に判断を下さ ないように、。ハラモンに警告している。あらゆるものには、程度と段階がある。そして十分な証拠もなしに、何か最 高の状態にあるようなものを考えるべきではない。佛陀は、続いてこのことを象のたとえによって説明している。 普通の者は、森の中で大きくて長い足跡を見ると、﹁まさに、これは巨大な王象の足跡だ。﹂という結論に達する。 しかし、象狩りに熟達した者は︲﹁これは必ずしも王象の足跡とは限らない。小さなメス象でも、こんなに大きな 足跡をつけるのがいる。﹂と言うであろう。彼は更に象の足跡を追い、象の肩が森の樹の高い所にぶつかったり、高 比丘たちは、その ﹁比丘たちよ、 ⑬ ものではない。﹂ ﹁比丘たちよ、全くそのとおりである。私が説いた教えは渡るためのものであって、しっかりと保持するための 丘たちは、その行為が正しくないことを認めた。そして、佛陀は、はっきりした答を付け加えた。 と考えたとする。この男は、筏を正しく扱ったことになるであろうか。﹂ ﹃この筏はこんなに私の役に立った。だから、私はこの筏を頭に載せて運んで旅を続けよう・﹄ この男が、 さて、比〆さて、比丘たちよ、考えてみよ。 樹と枝と葉と草とそれからなわとで筏を造り、それを使って対岸へ渡ったとしよう。 ある男が広い水域のところへやってきて、安全で危険のない対岸へ渡るところが無いのを知ったとする。彼は、 って、手近に置いておくためのものではない。 ﹁これ、比丘らよ、汝らに告げる。教義というものは︵存在の流れを︶渡るために用いられる筏のようなものであ

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業思想によれば、未来の幸福は、現在の行為を、満足のいくしゞヘルに維持したことの直接の結果、あるいはその継 続である。過去の行為は、必ず現在と未来とにその影響を及ぼす。人は、善にしる不善にしる行為の果を受ける。そ して、他の者の道徳的な長所をもってしても、果を避けることはできない。なし得る最高の手だては、悪しき行為を 断ち去り、善い行ないを増やすことである。そうすれば意志が解放され、いずれを選択す、へきかを判断するための、 ちょうど同様に、人は、自己の内の発展の様々な段階を経ねばならない。そして、それぞれの段階を、最も完全な ⑭ 段階であると考えるべきではなく、最終的に真理を体得できるまで、屈してはならないのである。 ︽、紫のるC と言っている。 はその足跡が王象のものであるとは断定しない。自分自身の眼で見た時に、はじめて巨大な王象であると断定するの いところのものをこすっているのを確認する。この時でも、他にも王象と同じようなあとをのこす象がいるので、彼 佛陀は 佛陀は言う。 ⑯ ﹁悪は必ず独りでなされ、人は独りで清浄となる。﹂ また、佛陀は、目標について言明している。 ⑰ ﹁︵それは各友が︶自ら正しく理解し、経験した後に︵達せられる︶﹂と。 弟子たちが佛陀に救済を求めたとしても、佛陀が弟子たちの為に応えるであろうという個人的な保証はない。 ⑮ ﹁信は人を資ける。まことに、知力は正しく人を支配する。﹂ 五

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洞察力と識別力が必ず錬磨されるであろう。 佛陀は、識別力を錬磨することを強調した。 それは、盲信は人の励ましとならないからであり、また人が悪の道に追従するのを誠めることになるからである。 己冨日日凹冨目︵法句経︶から、我々は次のことばを得る。 ﹁もし、比較的小さな安楽を棄て去ることによって、比較的大きな安楽が得られるならば、賢者はより大きな安 ⑱ 楽のために、小さな安楽は棄て去る、へきである。﹂ それ故、考え得る限り比較して識別するように意志し、その比較を引き出せることが必要である。 しかしながら、諸々の佛教国では佛教に関する信心や荘厳について、このようなことが明確にはされていない。 佛教の信心や荘厳に関与する人は心の姿勢を明瞭にすべきである。荘厳の儀式の中心となる実体的なものは切目︲ ⑲ 号凹︲昌冒︵佛像︶にある。このような概念は、紀元前一世紀迄の佛教儀式には知られていない。初期の儀式は菩提 樹、法輪、蓮華、足跡によって行なわれ、佛あるいは佛教の特定の概念を表わしていた。佛陀を人間の姿で表現した のは、インド以外、とりわけおそらくはギリシアからの影響であると、一般には解されている。 佛教徒が、それらの像の前に行き香や華を捧げる時には、その像に対して帰依をしているのではない。それは、報 謝の表現であり、信者は、しおれてゆく華を見て黙想する。 種盈の華によって、我は佛陀に敬意を表す。 そして願わくは、この功徳によって解脱があらんことを。 まさに、この華がしおれるよ︾フに、 ⑳ そのように、我が身体は減に近づく。 普通の者は、像を、注意力を集中するのに役立てるが、智者は像なしですますことができ、注意力のかわりに思考

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殆んど全ての宗教は、信仰︵曾昏︶の語で信︵8口目①口。の︶を説いている。しかるに佛陀は、信者たちに、自ら見て理 解する様に勧めたのである。 れる雫へきである。この態度は、佛教徒の道徳的な観点にどのように影響するであろうか。 を集中することができる。佛陀に対する真の敬意は、どの程度まで佛陀の教えに従うかということによってのみ測ら 神或いは神々が地位を向上させてやろうと思うまでは、人間は神或いは神々の下に永久に追従する創造物である、 という有神論の宗教とは対照的に、佛教徒は、努力しようとする高さまで自らを高揚させることができる。佛教徒の 精神力は決して隷属させられない。この力は、理解から生ずる信の利点であって、決して盲信ではない。佛教徒の巡 礼者は成就の見込を持って出発する。彼は決して哀れな罪びとではなく、示唆を得る為に聖地を訪れるのである。 佛教徒は、寺に着けば何をするであろうか。寺院の中で、示唆の徴となる佛像を見出だす。佛教徒は、その佛像が 佛陀の教えに精神を集中するのに有用であることを知る。彼は又、寺院の中で供物を成す。香や華をささげるのは、 彼の恭敬と報謝を表すものであって、真の意義を示すものではない。佛教徒の供養は、佛陀の卓抜した能力を認める ことなのである。そしてそれは、佛陀と法とを自分の指導者とすることの、外面的表現である。佛教徒は、人生の道 程を佛陀によって敷かれたものとして受け取っているのである。 註①、騨目目についての英訳語は、勺昌出巨哩邑︺巨旦目︺餌ご﹀耳目君.罰耳の□ゆく巳⑱仔弓陣巴①︶P目昇冒︺四昌具勺昌 月色]飼口P鴨︺ず冒閃.○○巨匡日興岸皆ロ二宮黒用︶遇︵曽○]C娠雰ウ望○P員同]垣、己四ぐ匡印︾︵ど旨官営呂冒昌旦胃U言きい○巨昌︼ず]いい 缶冒侭.などでは全て誉三]とされている。。g一日、①勺動崖︲︲目︺唱呂目︵廿○冒騨ご︶9F同国且&58洋秒では旨ご]の他に :ご︹丘○口があげられ、己5弔遇目巳○唱○巴診再舜目︵一①9国胃毎国ロニニ匡駕国昌○m○豆昌﹄壱百FP︹さく甘口色では置屋旨の他 こ8国臣の旨8もあげられている。また、戸冨餌一己己旦筐旨目同旨日包﹄gz習呂、↑では8]]目①ロ。①と訳されている。梵語

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②患迂きミ言念吻へミミ8ミミ︾弔国合い口城①旦・︺、.。泳国二︵言抑冨菌目色?閉はぎ品目届く胃尊鼠鳥冨芽①響鶉号巨ぃ騨冒官Pご島農も国︲ 切胃ざ︾ずpH]似い四戸oopppQ⑳升⑩四口目届Hゆく④q脚ロ四両四門口﹄骨汽画、.︵*︵﹀○戸岸屈庸﹀、①g固禺つ。恥四丙韓騨含ぐのやロ。︾の彦四ロロ四。︶ “、 。、 ︵濫睡ずぱ匿い門目四mm目ロ○○四冒四︲国ロ溜昌騨冒目も.切即四鼻一グ$︺ず巨如自己宅同妙詐くゅ﹃画炭山H脚かH伊ロロ罫倒︾ぬロロ四威討①もH囚の脚口脚丙画︺帥︸蟹]門︶国ず﹃①︾げご︲ 目脚の画丙抑吋糾小国丙琶④口胄H目色]四℃H蝕む営貝ゼロ儲己脚。p憾洋目員﹄く①鰊. ③ここで言う七財︵、胃3号少鼠日︶とは、七聖財︵の胃国冑曼四︲旦冒圖昌︶であり、信・戒・伽・槐・間・施・慧の七つの聖 罰習開凹国の四目po8旨とは、北京版西蔵大蔵経z○.留日の目①︲胖叩目目も○百目︲厨、冥易︲圃呂①の︲ご色︲富︵智心随集︶ である。著作は三世紀頃の宵苫号ご砂に帰せられているが、実際には、内容的には後期のものとされている。前掲の梵文は、 下記の文の還元梵文と思われる。 ︵い﹄︶ずい門①、めず︵︺四aず色pH︲ずPぽ]函⑱①Hご狸ローロロ、色、①︲⑪昌○コーユ蛍ぬい四ゞ民邑.口︺丙彦四いIHp四ヨ︺ぬI丙胃芦如、割○.めlのロヴ肖庁四mmI]色目麹、︲望掛ヴー汽竺、一︶、ご]○口︲ 冨昂ず制︲冒唱印︲吾冨﹃目旨三︵訳者註︶ ⑥来たりて見る今へきものという意味で、佛陀の教法を指す。&.ぐ曽口.や曽①︵訳者注︶ ⑦不善心所の一である疑曾巳函8日︶は、見所断であり預流向に入れば断ぜられる。︵訳者註︶ ③。言ミミ§員含堂.、?曾目目のご宮oo3目鼻名冨昌騨嶌目薗H○目昏尉凹薗﹄ ⑨警嘗ミミ急員闘冒胃︵、昌團きぎミミ・目員。農忌日.食も息ミ︶︾や畠。弓①倖冒冨日胃圃面﹃3門目騨国扁砂目﹃①口凹日四 も四同色HPも四門p望①口︺画︼歓声昌叶脚くゆHロ山も辱い丙四mpHp宅騨旦脚口の口四口目酔計塑穴丙四ロの汁巨H昌脚冒秒割四]胃①汁pHロ動画汽倒HpもゆH]ぐ芹曾丙戸の]︺餉民ロ倒包拝廿丘砕︲ 4 ⑤”葛剰菖愚匂ミ農§冒含。ミヘー目︽詫尋劃ゞ・冒笥。、富昌曾筒詳慧ミミ富ミミ︵鐸膏畠曾ミミ菅ミ静迄負ミミ爵吻§。電到ご倉ミミヘミご§︵︺胃﹃ 法である。︵訳者註︶ ④これらの五つは、五蓋の内容である。 房富国匡扁は︵訳者註︶ 者註︶ 勺国o言︺巴酔旨烏昌跨]卸ご鎭房彦目o曽昌自国︾一︺くくめ.シ宮①には茸易守.註詳岸一︾冒一]具8]︺一︺︵一の胃8などが挙げられている。︵訳 酔門艮障]凶については、の宙.涛烏与国、︺哩骨吾]︼C昏︶二騨曼︾ず琶冨.冨○巳︵肖では註畠︼︾茸二巽山︾8口酢:巨○①などが挙げられ、弓︶① ご↑叱負黛鳶頃ご畠弓 9.シ詳洋5m己旨副ロロP冨筐旨旦四七四凶︺画勺的骨の胃]昌働[名吊︶塁]砧匡、画酔匡四巨冒昌局騨邑①菖︲

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サッダーティッサ博士は、スリランカに生まれ、一九二六年に出家した。冨号o8pp僧院で弓眉巳冨の試験に合格、・ハー リ語に熟達した。後に、数年間インドの、ヘナレス・ヒンドゥ大学で、パーリ語と佛教とについて講義をし、その間、サンスクリ ット語を学んだ。旨.Pと国目.pの称号を有している。現在は、ロンドンに住み、目宮CFO且○旨団巨呂冨の什冨目国の管長で あり、呼旨昏冒四薗切呂巨の○。]①qの主任を務め、また吋昌房再の○日①qの評議員であって、各大学で講義をしている。 一九六一年には、吋昌忌騨普凰⑦ごより、口凰の鳥皇秒目巴凰圃国︵在家佛教者の荘厳︶を校訂出版した。その一二○頁余りに 及ぶ序文の中には、綿密詳細な調査研究の成果が著されており、博士の日頃の学究が伺われる。 ここに掲載した論文は、昭和五十三年十月四日、大谷大学佛教学会主催の学術懇談会においてなされた博士の講演の内容であ る。その際、聴取者に博士のタイプによる英文論文が配布され、講演はそれに基づいてなされた。この時の論文は、息。国四黒①昌 一皆目冒里︵ロ⑦乏駕風⑦の︶ぐc一・〆胃z○画︵︵︶具.邑認.嵐冒5︶に掲載されている。訳者の翻訳はこれに基づいた。 ﹁信﹂を表わす語については、茜邑目霄②︹冨圖︶の他に君出目︵冒儲倒目︶や亘畠昌︵g農eがあり、これらについて ⑳ ⑲ ⑭思武目.己冒邑 、﹄’pF ⑮留日官洋四昌雨 ⑯己9日目秒己呂四 ト ⑰随所に見られゼ ⑬己日日目騨冨目 もロ﹄pH旨の口斥罫四︻己. 毛ロ]⑦口淳冒ご戸︵]色ぽい胃廿歸pm匡胃﹄①巨四﹄]①]︼煙ごロロロ⑦﹄]四1口程IC庁C画四︵︺凹苣○首P]ご○︸胸戸丘④唇胃吊︶口器︶宅﹄声い︺己国]﹄]いく凹言くい倖﹄画汽一Pp目]]︺①戸似望○ 鄙 庁色計巨脚ぐぃはぐ芦p脚のPぴ言画く、匡己. 岳認︶・に掲載されている。 且.ぐ尉冒.や隠騨︵訳者註︶ この偶とこれに類似した偶については、題.隙﹄&目爵出開憲惠き。忌呉陣畠§曽吻︵冨農豐○呂賦○日①茸○国且厨﹄醇唇閏の⑦﹄ t 随所に見られる。 ロロ閏昌旨︺四dPQ四ぐ ⑳凹尉口昌ロォナ四壱口]]流四割四月︾四m.⑩四、QQぽい・口はく脚もpH届四の印四声○陣﹂勺四口ロゆC①ロ騨昼肖吊︶四m似い凹含] 思武目﹄君.﹄認l忠︾o巳巨富#巨冨合冨目凹曾芹四.内容略。 I q 1 K l 己ぽ四日目四℃四口四ぐ.﹄訊皿シヰ閏圃ぐ四戸四計凹冒冠畠︶、.B酌雰伊ロ凶の四日E︶岳のゆは︶ 画や。“︾罠凹茸訓画印巨斥け四隅︶P風。︵いぼ画函幽帛︶四mめ①c①ぐ]もロ﹄、員口いロ戸彦pH画︾○m↑]①頁﹄印庁庁倒のロ︸内ぽい門口八一首引鄙○の、自己己pいい②口肖く声︲

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なお、買四の旦騨やg四陣︼との比較は、大谷学報第四十九巻第一号︵昭和四十四年六月発行︶に、佐灸木現順博士の論文︽﹁信 仰﹂を意味する諸原語’ず冒冨ゞ:呂目﹄冒出§l︾があり、歴史的、地域的な考察がなされているので、それを参照せ られたい。︵訳者︶ また確信という意味内容を持つ語には、且冨日口菖︵且匡目鼻酋信解・勝解︶という語もある。 ・ハーリ論害の割切目号目煙謁曾や騨昏四m目日などでは、、騨且目について、園出目昌凹を味︵昌閏︶とし、且三目自昌を 起︵冒○8冒拝目ロ秒︶とするとされている。パーリ経典からの引用のみならず、.︿−リ諭書からの引用もして頂きたかった。更 に欲を言うならば、缶g昼冒H目色︲の四gpoo畠幽や罰冒開胃開pgp。8種以外にも、北伝佛教からの広範な引用を望みたかった。 しかし、我が国でも屡全言われてきた脅四&目I確信という説が、博士の種為の経典引用によって、より一層明確となったこ この論文は、佛教︽ 大乗佛教では、こ︸だ た別のものであろう。 とは事実である も言及して頂きたかった。 佛教での信について書かれたものであるが、とりわけ上座部佛教に関するものである。各国に広がる佛教、特に ここに書かれた信とはまた別の概念の信も説かれる。浄土教思想で説かれる信心などは、確信としての信とはま

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