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昭和戦前期における大正自由教育の変容 ―成城小学校を中心に―

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Academic year: 2021

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(1)第8回教育デザインフォーラム 学生発表会の報告. 学生発表会. 昭 和 戦 前 期 にお ける大 正自由 教 育 の 変 容 ― 成 城 小 学 校を 中 心 に―. 教育学領域. 大 野 幸 太 当日のポスター. 自発性・個性を尊重しようとした自由主義的な教育であ り、そうした立場からの教育改造が一つの運動として展 開されたこと」1 と定義されている。中野によると、大 正自由教育は昭和初期まで継続され、その限界がおと ずれたとされている。戦時下の軍国主義的な流れの中 で、多くの新教育学校や実践は衰退し、その他は、方 法的な側面で時局の中に取り込まれていくこととなった。 本研究は、昭和戦前期において、軍国主義の中に取 り込まれた自由教育がどのように変容したのかについ て、成城小学校を具体例に、詳細を検討していくもので ある。 3 昭和戦前期の成城小学校の実態 昭和戦前期の成城学園の教育には大きな転換点があ り、2つの時期に区分することができる。前半は、小原 国芳が学園の中心となってから成城事件によって学園を 去るまで、後半は、成城事件からの学園再建から終戦 までである。本発表では、後半の昭和8年~17年ご ろにおける、成城小学校の教育の質的変化について注 目した。. ポスター発表の概要 1 研究の主旨. この時期の成城小学校についての先行研究は非常に 少ない。したがって、本発表では当時の学校行事や、. 本研究では、大正自由教育が、戦時下において、ど. 教育方針、訓導の移り変わり、また、教育実践や研究. のように停滞し、その質を変容させていったのか、また. の状況などを整理した(詳しくは1、本発表のポスター. どのように戦後新教育への連続性を保っていったのかを. 参照)。これによって、学校内の教育の質の変化の節目. 明らかにするために、昭和戦前期における教育の質的. を提示した。. 転換を調査する。そのための具体例として、成城小学 校の昭和戦前期における教育の方向性がどのような要 因によって変化したのかを考察する。. 当日の成果 修士課程での研究を実際に発表して、多くの方から意 見をいただくことで、自身の研究を再認識し、新たに研. 2 大正自由教育の限界について 大正自由教育とは、中野光によると、「大正期におい て、それまでの(中略)画一主義的な注入教授、権力 的なとりしまり主義を特徴とする訓練に対して、子どもの. 6. 究に必要な視点を得ることができた。.

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