電気二重層を用いた回路素子
小沢正治
橋口住久
(昭和49年8月31目受理)Distributed RC Device Utilizing Electrical Double Layer
ShojiOZAWA SumihisaHASHIGUCHI Abstract Double layer capacitance between an electrode and electrolyte solutioll is much larger than that of all electrolytic capacitor and may be applicable to circuit elements in the low frequency region. In this paper the experimental results on the frequency dispersion of double layer capacitance at Au electrode/1N KCI aqueous solution illterface and on the transmission characteristics of a notch filter utilizing the distributed RC structure consisting of Au/1NKCl solution/Ag・AgCl are presented. It is shown that double layer capacitance has a large loss angle and is皿uch dependent on temperature.1.緒
言 電極と電解液を接触させると,2相の界面において それぞれの電気化学ポテンシャルが等しくなるように 電荷の再配列が起り,界面電気二重層ができる。この 二重層をコンデンサとして動作させることにより回路 素子に応用できる。 電気二重層容量は,電極や電解液の種類や状態によ って異なるが,一般に数10μF/cm2と電解コンデン サの100倍以上の大きさをもち,低周波,超低周波帯 において素子の小型化に有利である1)2)。 ここでは,電極界面二重層の静電容量の測定結果と, ノッチフィルタに応用した結果について述べる。 2.電気二重層容量3)2−1電極
ここでは,分極性電極3)にAu,電解質溶液として 1N(9当量/e)のKCl水溶液を用いた。一方, KC1 水溶液と抵抗性接触をえるための非分極性電極として Ag−AgC1電極を用いた。 Au電極については,結晶構造,結晶方位によって 二重層の性質が異なること,測定周波数によって静電 容量の値が変化することが知られている4)・5)。Ag−AgCl電極は,可逆性電極としてよく知られ
ており,標準電極としても使われている6)。また,こ の電極は,電解液との接触面においてリアクタンス分 をほとんどもたない1)。 電気二重層は,電極の表面状態や不純物によって性 質が大きく異なり,また電極電位によっても影響をう けることが知られている3)。2−2実験装置
1)Au電極 直径1mmのAu線を4000番の研
摩粉で表面を平滑にし,1NNaOH水溶液で煮沸し
て脱脂後,電解研摩により表面を鏡面化させる。 電解研摩は,電解研摩液として,KCN 80g, K2CO,40g,塩化金酸50gを水1000gに溶解したものを用
い,液温60°C∼80°Cで,電流1.2A/cm2を2∼4分 間流して行った。 電解研摩後,硝酸で洗浄する。 2)Ag−AgCl電極 直径O. 5・N・1 mmのAg線を1NKC1溶液中で通電し,電流を数回反転させて
AgC1の析出,還元を行い,表面を粗面化する。つぎにAgを陽極として約90mC/cm2のAgC1をA9
表面に化成させる。3)KCI水溶液 試薬特級のKCIを,蒸留水
(イオン交換樹脂を通したのち,蒸留器で2回再蒸留1N KCI水溶液 1mmφAg_Ag Cl 1mmφAu め ・・ ● 6 一 卜 = = = ・ 一 = 一 一 一 一 一 ≡一 一 一一 め 一 一
N
一 一 二 ひog
一 一 一 ・ 一 一 一 一 ● 一 一 一 一 一 一 10φ 15φ 図一1二重層容量測定用セル断面図を行った水)に溶解させて,1NのKCI水溶液とす
る。 4) ガラス器具の処理 ガラス器具は,硫酸硝酸 (1:1)混液中に1日以上放置しておいたものを純水 で洗浄して使用した。 5) セル 図一1にセルの形状を示す.容器の材 料はテフロンである。ふたにAu, AgCl電極を差 し込み本体にねじ込むことによって気密を保ってい る。2−3測定方法
測定には,ユニバーサルブリッジを用い,外部から 信号電圧を周波数を可変として加えて行った。測定は 数mV以下の微少電圧で行う. 二重層の静電容量は,電極電位によって大きく変化するが,ここではAu電極電位をOV(Ag・AgCl電
極に対して)とした。 図一2にセルの等価回路を示す。二重層容量CDの値 を得るために,溶液抵抗(R)とAg・AgCl電極のイ ンピーダンス(rt〃CA9)を両電極間の測定値より差 し引かなければならない。このためあらかじ.めこれら をつぎのように測定した。図一2のAu電極をAg−AgC1電極でおきかえ,両
Ag−AgC1電極間のイソピーダンスを周波数を変化さ せ測定し,各周波数でのR十2(rノ〃CA9)の値から, 溶液抵抗と電極インピーダンスを算出した。溶液抵抗 電極 CD R CAg Ag−A ノ γD r 図一2二重層容量セル等価回路 Ag−AgCl電極 盲IOO ξ 主 δ 紳10 11 100 1k 10k 周波数 (Hz) 図一3二重層容量の周波数依存性とその経時変化 0.12
5 3.9Ω(25°C),電極インピーダンスは22Ωであった。2−4測定結果
図一3に二重層容量の周波数依存性とその経時変化を 示す。図中の数字は経過日数である。 二重層容量は,1kHzにおいて20μFでほぼ1/Wf に比例している。これは,従来報告されている値より 周波数依存性が大きい1)・5)。一般に,固体電極におい ては,表面の平滑さにより周波数依存性が変り,多孔 質電極においては1/∼/fに比例することが知られて いる8)。つまり,ここではAu電極は多孔質電極とし て動作していることになり,電解研摩しても線引き加 工の影響を完全には除去できなかったのであると思わ れる。 損失角tanδは,周波数によらずほとんど一定で, 約0.5である。この値は他の報告と同一である1)。 静電容量の大きさは時間の経過によってあまり変化 しないが,tanδはかなり大きく変化し変化には一定 の方向性がみられない。経時変化の原因としては,二 重層が吸着汚染に敏感であることから,電解液中の微 量の不純物の影響であると思われる. 図一4に二重層容量の周波数特性とその温度変化を示 す。静電容量は,温度上昇とともに増大する傾向がみ られる。tanδは,温度上昇によって周波数依存性が 大きくなる。2kHz付近でtanδが温度によらない点 100 盲i
工 k)a 10 100 1k 10k 周波数(Hz) 図一4二重層容量への温度変化 0.1 : 5があるのが特徴的である。
3.分布RC素子
3−1分布RC素子
分布RC素子は,薄膜や半導体を用いたものが実用 化されており,特に高周波帯のフィルタとして使われ ているが,低周波帯では素子寸法が大きくなる事から 作られていない。二重層容量を用いると単位面積あた りの静電容量が大きいので,低周波帯あるいは超低周 波帯の分布素子でも製作可能である。ここでは,Au電極とKCI溶液間の二重層容量を使った分布RC素
子を製作した。 図一5に二重層容量を用いた分布RC素子の部分等価 回路を示す。二重層容量CDのtanδが大きいため漏 洩コンダクタンスGを無視できない。 図一6は分布RC素子の記号である。 分布が均一であると仮定すると,この素子のZパラ メータは, プ Z1・−Z・・=Tt+元ω。C佃th W・・+ゴω・C Z (1) Z・2−Z22=V,9+」ω。Cc°seh Vr 9+元ω・C Z (2) で与えられる1)。ただし,Zは素子の長さである。 素子の出力開放伝達関数G。(ω)は, G・(ω)一会一⇒薔(θ+元7) rCl2 1∴三
| ωc θ=〆taI1δ十∼/1十tan2δ rdx (3) (4) (5) (6) 9吻 C砒 9吻 C吻 図一5電解液分布RC素子部分等価回路 2.◎一一一ヘへく∧〈t−一一ro 3. 1. 図一6分布RC素子記号 1. となる。3−2分布RC素子特性の測定
1)素子構造 分布RC素子を実現するための構造 には,図一7(a),(b)の2つの形が考えられる。図中の数字1,2,3は図一6の端子番号1,2,3に対する。
(a)は抵抗分rとして電解液の抵抗を利用するのであ り,(b)は分極性電極に抵抗分をもたせたものである。 ここでは(a)の形を採用した図一8の素子を試作した。 素子の材質,電極とも二重層容量測定セルと同じで, 各部の処理も同様である。分布RCは,中央部分の直径1mmのAu線とテフ
ロンの直径1.2mmの孔のすきまの厚さ0.1mm,長 さ10mmの電解液とAu線との間に形成される.左右にあるAg−AgC1電極は,電極抵抗を下げる
ために,リング状にして表面積をふやしてある。 この素子のrlは,2.58kΩ(25°C)であった。 3−3 測定方法図一8のAu線の端子1を共通にして,端子2を入
力,端子3を出力として,入力電圧一30dBm一定で, 減衰量および位相差の周波数特性を測定した。 3−4 測定結果 図一9に伝達特性G。(ω)の経時変化を示した。縦軌 横軸は,それぞれ伝達関数の虚部,実部である。 製作後2日ぐらいまでが特性の変化が大きい。これ は,二重層容量測定セルと同様に,電解液の微量不純 物の影響と思われる。 図一10に温度変化を示す。温度変化はかなり大きい。 (a) 電解液 抵抗分をもった分極性電極 (b) 図一7電解液分布RC素子構成法 1N KCl水溶液 非分極性電極 1mm・・、諏C−1mm,畑 \ 3. 三 = =に 一 ± ∨ n L口 e− 一 「: @二j
=:一 1 10一ト1・一ト1・
30 S0ト
図一8試作電解液分布RC素子断面図20 o製作当日 1日後一〇.1 図一9RC素子伝達特性の経時変化
\
o温度5℃ ;::: 図司0分布RC素子のG。(ω)の温度依存性 これは,二重層の温度変化だけでなく,抵抗分として 溶液の抵抗を利用しているため,溶液抵抗の温度変化 が大きく影響していると思われる7)。 図一11,図一12は,伝達特性から計算した二重層容量 の経時変化,温度変化である。二重層容量セルのブリ ッジによる測定値(図一3,図一4)と比較すると,値は ほぼ等しいが,容量は周波数依存性が少なくなってお り,反対にtanδは周波数依存性が大きくなり,周波 数が低いところで値が大きくなっている。これは,素 子の工作精度が不十分であること,非分極性電極の抵 抗を無視したこと,計算の近似の悪さ等が原因と思わ れる。今後検討する予定である。 4.分布.RC素子を用いたノッチフィルタ 分布RC素子を用いてノッチフィルタを構成し測定 100 乍 ミ ぼ 二 〇 10 1 0.1 侮 § 10 100 1k 周波数 (Hz) 図一11分布RC素子の二重層容量の周波数特性と経時変化 1008
ミ、。=二竃§)ら
゜ ……一竃…§)㎞ δ 1 0.12
5 10 100 1k 周波数 図一12分布RC素子の二重層容量の周波数特性と温度依存性 c>一・一一一一一一,vvv−一一一一一〇 c (a) (b) 図一13 分布RC素子を用いたノッチフィルタ構成法 した。 分布RC素子を用いたノッチフィルタの構成方法と しては,図一13の2通りの方法がある。これからのう ち入力インピー一ダンスの大きさや調整の容易さを考慮 して,外付抵抗を用いた(a)を採用した。 均一分布RC素子を用いたノッチフィルタの出力開 放電圧伝達関数は,G(ω)一そll諜 (・)
で与えられる。R。は外付抵抗である。 式⑦がノッチフィルタ構成条件G(ω)=0から Z、、+R。 =・O (8) でなければならない。これを満足する条件は,tanδ をパラメータとして最適ノッチパラメータ(」Vc=rl/ Rc, Rcは最適ノッチ外付抵抗),最適正規化ノッチ0
20
重 瑠・・ 60 周波数(Hz) 100 図一14外部抵抗を変化したときのノッチフィルタの特性 周波数 (Hz) 10 100 1k 10 20 菖蘭40
翼 60 図一15 ノッチフィルタ特性の温度依存性 角周波数(Pc。=ω,/ω。,ω。は最適ノッチ角周波数) がCarsonらによって与えられている8)。 4−2 ノッチフィルタの特性測定 図一8の端子1と接地間に可変抵抗器を挿入して最大 減衰量が得られる周波数を抵抗値を求め,そのときの 伝達特性を測定した。 図一8に外付抵抗.R。を変化したときの伝達特性の 変化を示す。外付抵抗R。が10Ωのとき最大減衰量 46.2dB(80Hz)が得られた。使用した発振器の歪率が約 0.1%であったため,50dB程度以下の減衰量は確認 できなかった。 図一15は,ノッチフィルタの伝達特性の温度変化を 示す。ノッチ周波数の温度依存性が大きい事がわか る。これは,分布RC素子の温度変化が現れているも のと思われる。 このノッチフィルタの伝達特性を損失のない分布R C素子を用いたノッチフィルタと比較すると,tanδ があるために高域での減衰量が10dBほど大きく,帯 域幅も広くなっている。また抵域でも,減衰量が10dB 大きくなっている。これは非分極性電極の抵抗のため と思われる。4.結
言 高抵抗Au薄膜電極 3兵極
図一16 Ag−AgCl電極をAu電極におきか えた場合の分布RC素子等価回路 測定結果から電解素子は,tanδが大きいこと,温 度依存性や経時変化があることなど,回路素子として は十分でないことがわかる。しかし,今後材料の純 度,工作精度を向上させ,処理方法を改善すれば,よ りよい結果が得られると思われる。 ta11δの劣化の主な原因は, KCI中に溶解した微量のAgClのAg+イオソがAu表面に付着すること
であると思われる9)。これを防ぐため,Ag−AgClを AuでおきかえAu表面に電気二重層を作り,図一16 のような形でコンデンサの直列状態にして使用するこ とが考えられる。この場合抵抗分としては,Au電極 を薄膜にして抵抗を持たせる方法が考えられる。 またノッチフィルタに応用した場合,tanδが大き くてもノッチ特性が現れるため,帯域幅のひろがりと 通過帯域の減衰量に増加がみられるが,それらがあま り問題にならない場合には使用可能である。 電解素子は,能動回路等と組み合わせて,低周波帯 の回路が小型にできる事から医用電子方面への応用が 期待される。 謝 辞 貴重な御助言をいただいた本学応用化学科の本尾哲 教授および古屋長一助手,御討論をいただいた電子工 学科の高原幹夫助手,テフロンを工作していただいた 機械工場の松野氏,実験に御協力いただいた鈴本謙作 氏(現在日立製作所勤務)および電子工学科第3講座 の諸氏に深く謝意を表する。参考文献
1) 山田,松尾:電解液を用いた分布RC素子とその二, 三の応用,信学論(C),56−C,2,pp.91−98(昭48−2) 2) 鈴木:電解液を用いた分布RC素子,昭和48年度山梨 大学工学部卒業論文 3)P.Delahay(加藤訳)二電気二重層と電極反応機構, コロナ,(昭47−4) 4)G.MSchmid, N. Hackerman:Electrical double layer capacities and absorption of alcohols ongold, J. Electrochem. Soc.,110,5, pp,440−444 (May−1963) 5) J.P. Carr, N. A. Hampson:The differential capacitance of poly crystalline gold in aqueous so・ lutions, J. Electrochem. Soc.,119,3, PP.325−331 (March 1972) 6) D.J. G. Ives, G. J. Yanz:Reference elect・ rodes, PP.179−230, Acadmic Press(1961) 7) 日本化学学会:実験化学講座,1(下),p.307,丸善 (昭32−8) 8) LA. Carson, et a1.:Effects of dielectric losses, on the performance of evaporated thin.film. distributed RC notch丘lters, IEEE J.,SC−6, PP. 120−124 (June 1971) 9)本尾,古屋:private comm.